ヒロ九クエスト 第26話 笑顔を曇らせるな ― 阿蘇、優しき飼育員を守る夜 ―
阿蘇の“もふもふ王国”で、パネル問題も人気者偏り問題も無事に解決し、ヒロ九はそろそろ大分へ向けて動き出そうとしていた。
……はずだった。
だが、その前に。
「ちょっと、透花さん元気なくないですか」
つばさが静かに言った。
皆の視線が、美人で優しい飼育員・坂口透花に向く。
脚が長く、笑うと明るく、動物にも客にも優しい“もふもふ王国”の人気者。
その透花が、いつものように笑ってはいるのだが、どこか疲れている。
「……そんなことなかですよ」
透花は熊本弁で軽く流そうとする。
「いや、あります」
つばさは即答した。
「なんで分かるんですか」
「仕事です」
静かな迫力である。
菜々子支配人が、少し真面目な声で言った。
「話してもらえますか」
透花は最初、首を横に振った。
だが、香澄がそっと隣に座って熊本弁でやわらかく話しかける。
「一人で抱えんでよかですよ」
その一言に、透花の表情が少し崩れた。
「……実は」
ぽつりぽつりと話し始める。
・洗濯物がなくなる
・気持ち悪い文面の手紙がポストに入っている
・帰り道、誰かに見られている気がする
・休みの日も、どこかから視線を感じる
静かに話しているが、中身は全然静かではなかった。
「いや、それもう完全にダメなやつやん」
真央が即断する。
「うん、アウトっちゃ」
茉莉花も腕を組む。
ひなたも珍しく笑わない。
「……絶対許せんですねぇ」
陽菜も小さく顔をしかめる。
「怖かったね……」
大翔は事情を全部理解しているわけではないが、空気の悪さだけは感じて透花の方を見ていた。
「でも、警察沙汰にしたくなくて……」
透花は俯く。
「園に迷惑もかけたくないし、動物たちのこともあるし……」
その言葉に、菜々子が静かに頷いた。
「分かりました」
一拍置いて、はっきりと言う。
「これはヒロ九で解決します」
そこからのヒロ九は早かった。
菜々子が司令塔になり、透花の動線、園の出入口、手紙の投函タイミング、常連客の特徴を整理する。
つばさは“客として自然に紛れ込んでいた人物”を洗い出す。
ひなたは帰り道を実際に歩いて危ないポイントを確認。
真央は見張られやすい場所や死角を見つけ、簡単な目印を置く。
香澄は透花から、細かい違和感まで聞き出した。
「この人、差し入れ持ってくる時だけ妙に目が怖かったです」
「その情報、大きいですね」
つばさがすぐに反応する。
美紀は透花の体調を気にし、無理をさせないよう見ている。
陽菜は「透花さん、絶対守ろうね」とまっすぐ言い、
大翔はなぜか「わるいやつ、だめ」と短く決意を表明していた。
そして夕方。
透花の帰り道で、相手は現れた。
いかにも“よく来ていた常連”の顔で、だが視線だけが異様に粘ついている。
「……やっぱり来ましたね」
つばさが言う。
菜々子が前へ出る。
「坂口さんにつきまとっていましたね」
男は最初、とぼけた。
「いや、たまたまで」
「たまたまで洗濯物がなくなって、たまたまで手紙が届いて、たまたまで帰り道が一致するんですか」
菜々子の声は、冷たかった。
つばさが続ける。
「これ以上続けたら、あなたは全部失います」
静かなのに、逃げ道がない。
ひなたが一歩出る。
「二度と近づかんでください」
柔らかい口調なのに、圧がすごい。
真央も腕を組む。
「次やったら、ほんと終わりだで」
茉莉花が低い声で言う。
「よう聞いとき」
香澄は透花のそばに立ち、陽菜と美紀もその後ろに控える。
完全包囲だった。
男はついに観念した。
「……もうしません」
「二度と近づきません」
それを確認し、菜々子は短く頷いた。
「なら、今回だけはここで終わりにします」
透花の希望もあった。
園や動物たちに余計な騒ぎは持ち込みたくない。
ヒロ九はその気持ちも守ることにした。
すべてが終わったあと、透花はしばらく何も言えなかった。
それから、小さな声で言った。
「……ほんとは、ずっと怖かったです」
そのまま目に涙が浮かぶ。
「でも、言ってよかった……」
香澄がそっと背中をさする。
「もう大丈夫ですたい」
透花は何度も頷いた。
そこで菜々子が、まっすぐ透花を見た。
「坂口さん」
「はい」
「ヒロ九に来ませんか」
透花は目を丸くする。
「あなたは必要な人です」
一瞬、沈黙。
透花は、泣き笑いみたいな顔になって答えた。
「……有難か話です」
「こんな素敵な皆さんと一緒に行動できるなんて、本当に有難かです」
そこで少し顔を上げる。
「ばってん、動物たちを置いてはいけません」
その言葉には、迷いがなかった。
菜々子は静かに頷いた。
「それも大切なことです」
「いつか、また手伝ってください」
透花は涙を拭いて笑う。
「喜んでお手伝いします」
翌朝。
ヒロ九ラッピングバスは、ついに大分へ向けて出発する。
ゴロロロロ……モクモク……
「……この黒煙で感動がちょっと減りますね」
菜々子がぼそっと言う。
「それでも走るけんよかです」
香澄が笑う。
だが、その日ばかりは誰も強くツッコまなかった。
“もふもふ王国”のスタッフが並び、その中心に透花がいた。
目は赤い。
でも、ちゃんと笑っている。
「本当にありがとうございました!」
深く頭を下げる。
それから顔を上げ、涙をこぼしながら大きく手を振った。
「また来てください!」
ひなたも手を振り返す。
「絶対来ます!」
陽菜も、大翔も、美紀も、つばさも、みんなが窓から手を振る。
バスはゆっくり動き出す。
透花は、涙を流しながら、それでもしっかり笑って見送っていた。
阿蘇の朝の光の中で、その姿はとてもきれいだった。
ヒロ九は仲間を一人増やしたわけではない。
けれど、確かに一人、大切な協力者を得た。
そして黒煙を引きながら――
ヒロ九バスは、次の舞台・大分へ向かって走っていった。




