ヒロ九クエスト 第23話 主役はクマか、ヒロインか!? ― 阿蘇、“もふもふ王国”で任務を忘れる者たち ―
奥阿蘇鉄道の無人駅をひと騒ぎの末に賑やかにし、盛大に見送られたヒロ九ラッピングバスは、今日も元気に――いや、やや過剰に黒煙を上げながら次の目的地へ向かっていた。
ゴロロロロ……モクモク……
「……あの煙、もうヒロ九の演出扱いなんですか?」
菜々子支配人が真顔で言う。
「存在感ですたい」
香澄がもう何度目か分からない答えを返す。
「便利な言葉にしないでください!!」
ひなたが笑う。
「でも今日の目的地には似合ってるですねぇ。なんか“野性味”ありますし」
「バスの黒煙に野性味はいりません」
次なる舞台は、阿蘇の人気動物レジャー施設。
クマの観察や動物ショーで有名な、家族連れに大人気の“もふもふ王国”である。
「うわ〜、絶対楽しいやつですね」
つばさが小さく言う。
「今日は平和そうでよかですねぇ」
ひなたもほっとしたように笑う。
「その“今日は平和”っていう言い方がもうフラグです」
菜々子が言った瞬間だった。
「わああああ!!」
陽菜、崩壊。
園内に入った瞬間から、戦隊ヒロイン一の美少女・白石陽菜は仕事を忘れていた。
「見て見て!お猿さん可愛い!」
「クマー!!」
当然、大翔も完全同調。
「羊もいる〜!!」
「うさぎ!うさぎ!」
「ペンギンも良い〜!!」
「ぺんぎん、歩いとる!」
完全に観光客である。
しかもかなりテンションの高い観光客である。
「……あの二人、今日の任務知ってます?」
つばさが静かに聞く。
「知ってるはずなんですけどね」
菜々子が遠い目で答える。
「忘れとるね」
真央が即断した。
今回の任務は、施設とのコラボによる小規模イベント。
動物ショーの前座としてヒロ九が盛り上げ役を務め、子どもたちや家族連れに楽しんでもらう――という、比較的平和でほのぼのした内容だった。
香澄がマイクを持つ。
「みなさーん、今日はよう来てくれました〜!」
いつも通り、やわらかくて耳に馴染む熊本弁。
空気が自然にまとまっていく。
その横で真央が元気よく割り込む。
「今日はな!クマもヒロインも全部かわいいがや!」
「ざっくりしすぎです!!」
菜々子が即ツッコむ。
だが、その間にも――
「見て、大翔くん!あっちの子、手ふってる!」
「ほんとだ!おーい!」
陽菜&大翔、完全に別行動。
「陽菜さーん!そろそろ戻ってください!」
麻衣が声をかける。
「はーい!」
返事だけはいい。
だが戻ってこない。
「大翔くんも!」
「はーい!」
同じく戻らない。
二人はヤギに草をやり、ウサギを覗き込み、クマの前で同じタイミングで「おっきい!」と叫び、ペンギンが歩けば自分たちも並んで歩き始める。
「あれ、ヒロインと五歳児の動きが同じですね」
つばさが感心したように言う。
「感心するとこじゃないです」
菜々子が言うが、口元は少しだけ緩んでいる。
実際、見ているとほっこりするのだ。
「陽菜ちゃんって、ああいうとこあるよねぇ」
茉莉花が笑う。
「大翔と相性よすぎるんやないん?」
美紀が腕を組む。
「危ないことさえしなければ、まあ……いいことです」
またしても看護学生によるゆるい肯定。
その頃、イベント自体はちゃんと回っていた。
香澄が安心感ある進行をし、
つばさが保護者やスタッフとのやり取りを整え、
ひなたが子どもたちと一緒に盛り上がり、
真央が妙なテンションで客席を煽り、
麻衣が小さな子の相手をし、
茉莉花が全体に目を配る。
「なんか、あの二人がいなくても成立してません?」
つばさが真顔で言う。
「成立してるのが逆に困るですね」
菜々子も真顔だった。
だが不思議なことに、陽菜と大翔の存在は無駄ではなかった。
二人が全力で楽しんでいるのを見て、子どもたちも安心して笑い、保護者たちもつられて表情が柔らかくなる。
いわば、**最強の“見本客”**である。
「……あれ、逆に完璧なのでは?」
ひなたがぽつりと言う。
「仕事してないようで、宣伝はしとるんですねぇ」
香澄が笑った。
イベントの終盤、動物ショーが始まる。
客席の最前列には、当然のように陽菜と大翔。
「くるよ!くるよ!」
「きたー!!」
拍手。歓声。大興奮。
ショーのお姉さんがクマを紹介すると、
「すごーい!」
「かしこい!」
誰よりも大きいリアクション。
周りの観客もつい笑ってしまう。
「可愛いの、どっちだろうねぇ」
と後ろの母親が言えば、
「熊とあの子たち、両方ですね」
とつばさが静かに返す。
ショーが終わる頃には、陽菜と大翔はすっかり満足していた。
「楽しかった〜!」
「また来る!」
「今度は最初から最後まで見る!」
「今日も最初から最後までいたでしょ」
茉莉花が冷静に言う。
「任務忘れてたけどね」
真央が追い打ちをかける。
「えへへ……」
陽菜が全然反省していない笑顔を見せたその時だった。
「すみません、ちょっとよろしいですか?」
飼育員のお姉さんが、少し困った顔でやってきた。
「今日はありがとうございました。すごく助かりました」
「こちらこそ、楽しかったです」
菜々子が丁寧に返す。
だが、お姉さんの表情はどこか歯切れが悪い。
「実は……少し相談したいことがあって」
来た。
ヒロ九一同の空気が、ほんの少しだけ変わる。
「最近、園内でちょっと困ってることがあるんです」
「やっぱりそうきたねぇ」
真央が腕を組む。
「次のクエストですねぇ」
ひなたが笑う。
陽菜はまだ大翔と一緒にクマのぬいぐるみを見ていた。
この二人だけ空気が違う。
「内容、聞かせてください」
菜々子が一歩前に出る。
阿蘇の風が、静かに吹く。
もふもふ王国でのひと時は、どうやらまだ終わっていないらしい。
そしてヒロ九クエストは、また次の騒動へと続いていくのだった。




