ヒロ九クエスト 第22話 誰もいない駅に拍手を! ― 奥阿蘇、無人駅“ちょい盛り”大作戦 ―」
奥阿蘇鉄道のトロッコ列車が大成功に終わった、その夕暮れ。
ホームに残っていたのは、拍手の余韻と、少しだけ言いにくそうな顔をした奥阿蘇鉄道の偉い人だった。
「……実はな」
やっぱり来た。
菜々子支配人は、もう顔に出さずに頷いた。
「はい。なんでしょう」
おじさんは苦笑しながら、ホームの先、山の影に溶けていく線路を見た。
「うちは無人駅が多かろ?」
「そうですねぇ」
香澄がうなずく。
「乗る人も少なか駅が多くてな。静かでよかと言えばよかばってん……ちょっと寂しかとよ」
そこへ陽菜がぽつりと言った。
「確かに、静かな駅が多かったですね」
全員が一瞬、陽菜を見る。
「……すごく核心ですね」
つばさが感心する。
「珍しく一言で全部言ったね」
美紀が言う。
「珍しくって何」
陽菜がちょっとだけむっとした。
おじさんは続ける。
「若いヒロ九の皆さんで、何か駅を盛り上げるアイデアはなかね」
その一言に、菜々子の目が変わる。
「……やりましょう」
「早いですね」
つばさが言う。
「こういうのは考えるより先に動いた方が勝ちです」
「官僚の発言と思えんですねぇ」
ひなたが笑う。
翌朝。
ヒロ九一行は、奥阿蘇鉄道の中でも特に“静かすぎる”と言われる無人駅へ向かった。
駅は本当に静かだった。
静かというか、何もない。
風が吹き、草が揺れ、駅舎の看板が少し日に焼けている。
駅前の小さな広場も、かつて何かがあった気配だけを残して、今はただ広い。
「……これは」
真央が駅前に立ち、腕を組む。
「逆にやりやすいがや」
「前向きですね」
菜々子が言う。
「何もないなら、ちょっと足せば印象変わるでな」
器用な愛知県人、覚醒。
真央はすぐに動いた。
「板ある?」
「あります」
「ペンキは?」
「あります」
「脚立は?」
「あるばい!」
香澄が地元鉄道スタッフと連携して道具を集める。
「よし、看板作るがや」
「そんなすぐですか?」
「こういうのは勢いだで」
毎回勢いで何とかする人。
駅前では、麻衣と茉莉花が大翔の相手をしながら、簡単な飾りつけを始めた。
「大翔くん、そこは触らないでね〜」
「はーい、麻衣センセー」
すっかり定着した呼び名。
陽菜も一緒に飾りを持っていたが、途中で空を見上げてぼんやりしている。
「陽菜ちゃん、手止まってるよ」
美紀が言う。
「うん、でものどかでいい駅だなって」
「今は作業して」
容赦なし。
その頃、真央は看板づくりに入っていた。
「駅の印象はな、看板で決まるんだわ」
ベラベラしゃべりながら、手は止まらない。
「文字は丸くした方が親しみ出るし、色は明るめ、でも安っぽく見えんようにせなあかん」
板を削り、色を塗り、文字を入れ、イラストまで添える。
「……またこの人、しゃべる量と手の速さが合ってないですね」
つばさが静かに言う。
「真央さん、口も手も両方うるさいです」
菜々子がぼそっと付け足した。
数時間後。
駅前には、妙に可愛くて親しみやすい案内看板が立っていた。
「おお……」
奥阿蘇鉄道の社員たちが本気で感心する。
「ほんとに雰囲気変わったばい」
そして午後。
“ほぼ告知なし”の即席イベントが始まる。
「さあさあ、今日はよう来てくれました〜!」
香澄がマイクを持つ。
観客は多くない。
地元のおじいさん、おばあさん、たまたま通りかかった親子、そして近所の人々がぽつぽつ集まってきた程度だ。
だが、それで十分だった。
ひなたが元気に動き回り、
つばさが穏やかに案内し、
茉莉花が地元のお年寄りの椅子の位置を整え、
麻衣が子どもたちを相手し、
陽菜はただそこにいて笑っているだけで場を和ませる。
「いやぁ、久しぶりに賑やかになったねぇ」
おばあさんが言う。
「駅にこんなに人がおるの、いつ以来やろか」
おじいさんも笑う。
真央は、その様子を見ながら満足げだった。
「ほらな、ちょっとやるだけで変わるがや」
「その“ちょっと”の密度が普通じゃないですけどね」
菜々子が言う。
イベント自体は、小規模だった。
派手な演出もないし、劇的なサプライズもない。
だが――
駅に人がいた。
笑い声があった。
誰かが立ち止まり、誰かが話しかけ、誰かが写真を撮った。
無人駅に、ほんの少しだけ“日常の外の特別”が戻ってきた。
「これ、いいですね」
つばさが言う。
「仕事って感じがするのに、押しつけがましくない」
「そういうのが一番いいんですよ」
菜々子が静かに答えた。
イベントが終わる頃には、駅前の空気は朝とはすっかり違っていた。
真央の作った看板は大好評で、
「これ、ずっと置いとくとね?」
「写真撮っていい?」
と評判になり、駅前広場も軽く整備されたことで、だいぶ“人を迎える場所”らしくなった。
「ヒロ九が去ったあとも、ここに残るのがいいですねぇ」
ひなたがしみじみ言う。
「こういうの、ええですね」
陽菜も笑った。
最後、奥阿蘇鉄道の偉い人と社員全員――十数名がずらりと並び、ヒロ九を見送った。
「ほんっとに助かったばい!」
「ありがとうございました!」
「駅に人がおるって、こんなによかもんだったとかい」
おじさんは、何度も何度も頭を下げた。
菜々子も、深く一礼する。
「また必要なら呼んでください」
「呼ぶに決まっとるたい!」
即答だった。
ヒロ九バスがエンジンをかける。
ゴロロロロ……モクモク……
「……感動的な場面で、やっぱり煙出ますね」
菜々子が言う。
「それも込みでヒロ九ですたい」
香澄が笑う。
「そこブランド化しないでください」
一同、笑う。
駅の人々が大きく手を振る。
その手に応えるように、ヒロ九バスは黒煙をあげながら、次の目的地へ向かって走り出した。
無人駅に残ったのは、新しい看板と、少し整った広場、そして――
久しぶりに人が集まった、あたたかな記憶だった。




