ヒロ九クエスト 第11話 港はまだ終わらない ― 佐世保、小さな出会いが未来を変える ―
長崎の熱気をそのまま引きずるように、ヒロ九ラッピングバスは佐世保へと入った。
軍港の街、異国の空気、でかいバーガー、うまい魚、そして全国通販で有名な企業の本社――やたら情報量の多い街である。
「なんか強い街ですね」
澪が呟く。
「バーガー食べたい」
沙羅が即本音。
「仕事です!!」
菜々子のツッコミが響くが、香澄が笑う。
「終わったら食べればよかですたい」
それで全員納得するのがヒロ九である。
今回のイベントは商業施設の一角。
規模は小さいが、距離が近い分、観客の反応がダイレクトに伝わる。
「こういうのもええな」
ひなたが言うと、澪も頷く。
「はい、空気が分かりやすいです」
香澄の進行で場は温まり、彩香のキレのある受け答えが締める。
まずまず好評――だった、その時。
「なんやその態度は!」
前列で怒号。
どうやら列の整理で注意された客が不満を爆発させたらしい。
そして矛先は、近くにいた彩香へ。
「そっちが割り込みみたいな動きしたから言うただけやろ」
即応戦。
「それはあかんやつ!!」
沙羅が頭を抱え、澪が止めに入ろうとするが、火はつきかけていた。
「客に向かってなんやその言い方は!」
「ほんならちゃんと並べや!」
正論と感情のぶつかり合い。最悪のパターンである。
――その時。
「まあまあ、よかじゃなかですか」
すっと割って入った女性がいた。
距離の取り方が絶妙だった。対立の真ん中ではなく、少し横。
声は柔らかいのに、よく通る。
「せっかく来とるとやけん、楽しく見た方がよかでしょう?」
客の視線が、彼女へ移る。
「この子も真面目やけん、つい強う言うただけですけん」
彩香のフォローも自然に入れる。
さらに一言。
「ここで揉めたら、一番損するのはお客さんですたい」
空気が止まる。
怒っていた男が、急に言葉を失った。
「……まあ、そこまで怒っとるわけでもなか」
「よかったです」
女性はにこっと笑う。
「ほんなら、今日は楽しんでいってください」
「……おう」
――終わった。
いや、終わったどころではない。
「ちゃんと盛り上げろよ」
さっきまで怒鳴っていた男が、応援側に回っている。
「何今の」
沙羅が素で言う。
「魔法ですか?」
澪も呆然。
ひなたは目を輝かせる。
「よかですねぇ、ああいうの」
彩香は腕を組んだまま固まっていた。
「……うち、言い過ぎたな」
珍しく反省。
「いや、正しいことは言ってました」
菜々子がフォローする。
「でも、ああやって丸く収めて、しかもファンにしてしもたやん」
そこだった。
“収める”を超えて“味方にする”。
それはもう技術の域だった。
イベント後、ヒロ九はその女性に声をかける。
「ありがとうございました」
「いえ、ついクセで」
落ち着いた笑顔。
「川原つばさです。コールセンターで働いとりました」
その一言で全員納得する。
「……あの人、何者?」
沙羅が小声で言う。
誰も答えないが、全員同じことを思っていた。
イベントはその後、むしろ良い空気のまま終了した。
「さっきの人ら、ええな」
「また来てほしか」
観客の声も温かい。
「まずまず成功ですね」
菜々子が言う。
「いや、かなり良かったでしょ」
ひなたが笑う。
彩香はまだ考え込んでいた。
「……うち、修行せなあかんわ」
「珍しいですね」
澪が言う。
「ほんまに。あれはすごい」
その目は、本気だった。
夕暮れの佐世保港。
ヒロ九バスは再びエンジンをかける。
ゴロロロロ……
「この音、大丈夫なんですか」
「味ですたい」
「もうええですその理屈」
笑いが起きる。
バスは次の街へ走り出す。
この日、ヒロ九はまた一つ“人”と出会った。
そしてその出会いが、未来を変えることを――
この時は、まだ誰も知らなかった。




