ヒロ九クエスト 第3話 海を越えて初勝利!? ― 天草、手作りイベントと逃げた金を追え ―
ヒロ九ラッピングバスは、昭和の香りをむんむん漂わせながら、ようやく天草へとたどり着いた。
窓の外には青い海。
大小の島々がきらきらと連なり、どこまでも空が広い。
キリシタン文化の歴史が息づき、海の幸も豊富で、人も景色もやわらかい。
天草とは、なんとなく心がほどける場所である。
「……よかとこですね」
菜々子が小さくつぶやく。
「これは観光地ですねぇ」
澪も素直に感心する。
「リゾートじゃん!」
沙羅は完全に遊びに来たテンションだった。
「遊びじゃなかです!!」
菜々子が即座に釘を刺す。
するとひなたが、にこっと笑う。
「でも、ちょっと嬉しかですねぇ。こういうところで最初のイベントって」
その言い方が妙に前向きで、菜々子もそれ以上きつく言えなかった。
今回のイベントは、ヒロ九としては初めての“自主開催”に近いものだった。
熊本の山の中のプレハブ拠点で、菜々子とひなたが夜遅くまで段取りを組み、足りない備品をかき集め、資料を作り、チラシの位置まで議論して作ってきた、いわば手作りの第一歩である。
会場は天草の小さな広場。
ステージも簡易。
音響も「たぶん大丈夫」という心もとない状態。
だが地元のイベント会社が協力してくれたおかげで、どうにか“イベントっぽい体裁”にはなっていた。
そのイベント会社のおじさんがまた、どうにも善人そのものだった。
「いやぁ、ええですねぇ、若い人が地元ば盛り上げてくれるのは!」
日に焼けた顔で、やたらと嬉しそうに笑う。
おにぎりまで差し入れてくる。
しかもやたらうまい。
「この人、良い人すぎません?」
澪がひそひそ声で言う。
「逆に心配になるレベル」
沙羅も珍しく同意した。
イベントが始まると、その“手作り感”は隠しきれなかった。
ステージ横の看板はちょっと傾き、マイクは時々変な音がし、BGMは一瞬だけ止まった。
だが、その不器用さがかえって温かかった。
「みなさん、よう来てくれました〜!」
香澄がマイクを持つと、空気が変わる。
元バスガイドの本領発揮だった。
熊本弁のやわらかなMCで、最初は少し遠慮がちだった地元のお客さんの心を、するするとほどいていく。
「今日は気楽に楽しんでいってよかですけんねぇ〜」
その一言で、前列の子どもたちが一気に笑顔になる。
高いテンションを押しつけるでもなく、かといって地味にもならない。
香澄の司会は、まるで地元の空気そのもののように自然で、匠の技というほかなかった。
ひなたは子ども相手に体を使ったミニゲームを仕切り、菜々子は裏で進行を回し、澪は受付や誘導を丁寧にこなし、沙羅はなぜか写真撮影タイムで一番人気だった。
「なんで私が一番撮られてるの?」
「顔です」
「即答やめて」
イベントは、派手ではない。
だが間違いなく成功だった。
「ヒロ九、ええじゃなかですか」
菜々子が小さく安堵した、その直後だった。
「……あれ?」
イベント会社のおじさんが、売上の入った封筒を数えながら固まった。
「どがんしたとですか?」
香澄が聞く。
「いや……計算が……合わん」
空気が止まる。
確認してみると、収益金の一部が消えていた。
管理があまりにも杜撰だった。
現金の受け渡しも、誰が何を持ったのかも、だいぶ“なんとなく”で進んでいたのである。
「いやいやいやいや!」
菜々子が頭を抱える。
「どうしてこういう大事なところがふわっとしてるんですか!?」
「いやぁ……信用でやっとったけん……」
おじさんがしょんぼりする。
その顔が、あまりにも良い人ムード全開だった。
完全に悪くないとは言えない。
杜撰だったのは事実だ。
だが、それでも。
「……かわいそうすぎません?」
言い出したのは、ひなただった。
「このおじさん、絶対悪い人じゃないですよ」
「それは分かりますけど」
「取り返しましょう」
ひなたは、まっすぐ言った。
一拍おいて、菜々子が頷く。
「……やります」
香澄もマイクを置いた。
「行くしかなかですねぇ」
沙羅が腕を鳴らす。
「やっとイベントっぽい展開きたじゃん」
「その感想はどうかと思う」
澪まで静かに前へ出た。
「……こういうの、嫌い」
全員の意見が、珍しく一つになった。
聞き込みの結果、売上を持ち逃げしたのは、イベントを一部手伝っていた外部プロモーターの男たちだった。
港の方へ逃げたらしい。
「バスで追いますか!?」
ひなたが言う。
「小回りきかんです!!」
結局、走る。
ひなたが先頭。
菜々子が後ろから指示を飛ばし、香澄が道を聞き込み、沙羅と澪が脇を固める。
追い詰められたプロモーターたちは開き直った。
「ちょっと借りただけだって!」
「それを持ち逃げと言うんです」
菜々子が冷たく言い放つ。
そこで小競り合いが始まる。
ひなたは元アスリートらしい瞬発力で前に出た。
だが意外だったのは、普段ほとんど役に立っていない沙羅と澪だった。
沙羅は派手な身のこなしで相手の注意を引きつけ、
澪はこれまで誰も見たことがないくらいの、妙にキレのあるアクションで横から入り込んだ。
「澪!?」
菜々子が本気で驚く。
「……やればできる」
本人が一番驚いていた。
そして最後は、ひなただった。
逃げる男を一気に追い詰め、持ち前の脚力で追いつき、収益金の封筒を奪い返す。
「終わりです!」
夕陽を背に立つその姿は、ちょっとだけ本物のヒロインっぽかった。
封筒を持って戻る。
おじさんは、それを受け取った瞬間、目を潤ませた。
「ありがとう……ほんとにありがとう……」
深々と頭を下げる。
見返りは、何もない。
だが、それで十分だった。
「よかったですねぇ」
ひなたが笑う。
「悪いことした人をちゃんと止められたし」
香澄も頷く。
「それが一番よかですね」
菜々子も、少しだけ力を抜いた。
「……はい。今回はそれで十分です」
おじさんは最後まで、何度も何度も頭を下げながら、ヒロ九バスを見送ってくれた。
フェリーに乗り込んだバスが、有明海をゆっくり渡っていく。
海風が心地よい。
「初勝利、ですね」
ひなたが言う。
菜々子は窓の外の天草を見ながら、小さく頷いた。
「……ええ。ようやく一歩です」
こうしてヒロ九クエスト第3話は、
手作りイベントの成功と、ちょっとした正義の勝利を胸に、
島原半島へ向かう新たな旅路へと続いていくのだった。




