ヒロ九クエスト 第1話 出発5分で寄り道!? ― ヒロ九、最初のクエストはまさかの本社案件 ―
ヒロ室九州――通称ヒロ九。
それは、夢はあるが金はない、拠点はあるが雨漏りする、バスはあるがちょっと不安という、三拍子そろった“だいぶ怪しい組織”である。
そんなヒロ九が、ついに九州全土を巡る冒険に出ることになった。
計画?
あるにはある。
だが、紙の上でしか成立していない。
人員?
足りない。
むしろ足りなさすぎて、暇そうなヒロインが強制参加している。
装備?
ラッピングバス一台。
なおエンジン音は昭和。
拠点?
熊本の山の中。
天井から水が落ちるが、気にしないことになっている。
それでも彼女たちは出発する。
なぜなら――
「なんとかなると思うからです!!」
と、体力おばけが笑い、
「なんとかします!!」
と、支配人が開き直り、
「まあ面白そうだし」
と、周囲が乗っかったからである。
こうして始まるヒロ九クエスト。
それは、九州を巡り、困りごとを解決し、仲間を増やしていく――
どこかの有名RPGみたいな旅である。
ただし違うのは、
最初からレベルも装備も足りていないことだけである。
熊本市郊外。
いや、郊外というより、だいぶ山の中。
木々に囲まれた元バス営業所のプレハブ拠点から、ついにヒロ九の冒険旅行――ヒロ九クエストが始まろうとしていた。
とはいえ、出発の空気は決して勇ましいものではなかった。
「……では、行きましょうか」
支配人・古賀菜々子は、眠たげなプレハブの扉を閉めながら言った。
「おー!」
元駅伝選手の有村ひなただけが無駄に元気だった。
一方で、ラッピングバスの横では南部沙羅が腕を組み、水無瀬澪がぼんやり空を見ていた。
「ねえ、なんで私まで来てるの?」
「暇そうだったかららしいです」
菜々子が答える。
「それ理由になる?」
「ヒロ室ではなります」
澪が小さく頷いた。
「私も“なんとなく人数合わせ”って言われた……」
「言い方!!」
沙羅が笑う。
そして最後に乗り込むのは、熊本が誇るスター――西里香澄。
元・熊本産業交通のバスガイドであり、今や熊本弁MCで全国区の人気を得たヒロインである。
「それじゃ、ぼちぼち行くとしましょうかねぇ〜」
その一言で、空気がちょっとだけまともになる。
こうしてヒロ九ラッピングバスは、元気ともなんとも言えない、妙に微妙なテンションのまま長崎へ向けて走り出した。
エンジン音は、相変わらずゴロゴロと年季を主張していた。
「……やっぱりこの音、不安です」
菜々子がシートベルトを締めながら言う。
「味があるばい」
香澄が笑う。
「味という言葉で全部ごまかしてません?」
「ばってん走るけん大丈夫です」
「理屈が雑です!!」
だがその時だった。
出発して、まだ五分も経っていない。
「あっ」
菜々子が、小さく、しかし官僚人生でもかなり致命的な声を出した。
隼人補佐官がいない今日は、その“あっ”が誰にもフォローされない。
「どうしたんですか?」
ひなたが聞く。
菜々子は真顔で答えた。
「……長崎イベントの申請関係書類、一式、プレハブ机の上です」
車内、沈黙。
次の瞬間。
「はぁ!?」
「うそでしょ!」
「やばいじゃん!」
「うわぁ……」
一番冷静だったのは香澄だった。
「ほんなこつですか」
「ほんなこつです……」
支配人、完全にやらかす。
「……引き返してください」
菜々子が運転手に告げる。
「えっ、もう!?」
「はい、もうです」
ヒロ九クエスト、出発五分でUターン決定。
沙羅が腹を抱えて笑う。
「ちょっと待って、RPGで最初の町出てすぐ“忘れ物した”って戻るやつじゃん」
「すみません、それです!!」
菜々子、即認める。
バスはそのまま、まず熊本産業交通本社へ立ち寄ることになった。
どうせ戻るなら、本社に顔を出して資料も受け取って、という苦し紛れの合理化である。
――数十分後。
熊本産業交通本社。
入口で出迎えた本社の偉い人が、香澄の顔を見た瞬間に大声を上げた。
「おおっ!ホンモノのくま●んのお姉さんが来た〜!」
「やめてくださいよぉ〜」
香澄が苦笑いしながら手を振る。
「いやあ、やっぱ本物は違うばい!」
「ホンモノもなにも、私が本人ですからねぇ〜」
「そらそうたい!」
妙にレベルの低い会話である。
そのやり取りを見て、菜々子は小さくつぶやく。
「……人気、すごかですね」
「熊本ではスターだからね」
沙羅が余計な一言を添える。
「くま●んより人気あるんじゃない?」
「それは怒られる!!」
香澄、珍しく焦る。
そこへ、元バスガイド仲間らしき若い女性たちがやってきた。
「香澄先輩!」
「やっぱり来とらした!」
香澄の後輩たちである。
そのうちの一人が、少し困った顔で言った。
「実は、ちょっと相談があって……」
ヒロ九、初クエスト発生。
相談内容はこうだった。
社内のバスガイド向けPRイベントの準備が完全に破綻しているという。
担当者が異動し、進行表はぐちゃぐちゃ、ステージ案内も曖昧、司会進行も決まっていない。
「もう明後日なのに、何もまとまっとらんとです」
「それは困ったですねぇ」
香澄の声色が変わる。
そこからは早かった。
「資料、見せてください」
菜々子の官僚スイッチが入る。
「動線は私が見ます!」
ひなたが無駄に張り切る。
「じゃあ私、SNS告知やる」
沙羅が勝手に参戦。
「私は受付表の整理するね……」
澪も、巻き込まれつつ働く。
香澄は当然、MC構成の再設計に入る。
「この流れなら、最初に軽く笑わせてから案内入れた方がよかですねぇ」
「それです!」
後輩が感激する。
菜々子は進行表を見つめながら、赤ペンで修正を入れていく。
「この順番だと人が詰まります。受付を二列に分けてください」
「はい!」
「あと、待機列をここに移して」
「はい!」
「……なんか、支配人っぽいですね」
澪がぽつり。
「支配人です!!」
ようやく名乗れた。
一方、ひなたは会場で椅子を並べていた。
「これ全部一人で!?」
後輩が驚く。
「大丈夫です!」
鹿屋の体力おばけは、こういう時に異様に頼もしい。
沙羅はというと、気づけば勝手に「熊本産業交通イベント、なんか面白そう」と投稿していて、微妙に注目を集め始めていた。
「なんでそれがバズるとですか!?」
「私だから」
「腹立つ!!」
とにかく数時間後、イベントは立て直された。
本社スタッフたちは感動しきりである。
「助かりました!」
「これで何とかなる!」
「ヒロ九ってすごかですね!」
菜々子は少し照れながら言う。
「まだ準備室ですけど……」
だが、確かに一つ目の仕事はやりきった。
本社の偉い人も、満足げに頷く。
「やっぱよかチームになりそうばい」
その言葉に、ひなたがにかっと笑って言った。
「よかチームになりそうですねぇ」
大隅なまりの柔らかい鹿児島弁が、ふわっと場を和ませる。
「まだ“なりそう”ですけどね」
菜々子が苦笑する。
「最初はそんなもんたい」
香澄が笑う。
そしてその瞬間、菜々子は気づいた。
(……あ)
「あの」
「はい?」
「書類、まだ取りに行ってませんでした」
車内じゃなくて本社で初任務を終えた結果、本来の目的がまだ未達だった。
全員、数秒固まる。
そのあと――
大爆笑。
ヒロ九クエスト、第一話。
最初の冒険は、出発五分で寄り道し、本社案件を解決し、なお書類を取りに行けていないという、
実にヒロ九らしい、上々の滑り出しとなった。




