騒音フェスに一人だけ無音 ~出雲の静謐、ヒロヒロを止める~
広島市佐伯区。
広島市の西部に位置し、住宅地と山の自然がほどよく共存する、穏やかでファミリー層に優しいエリア――のはずだった。
その日、その常識は崩壊する。
舞台は大型商業施設の特設ステージ。
買い物ついでの家族連れ、ベビーカー、じいちゃんばあちゃん、地元の常連客――
そこに現れたのが、広島支部「ヒロヒロ」。
そして、その末席に立つのが――
神門結衣。
初陣である。
開演前から空気はすでにおかしかった。
「今日もブチ上げていくよー!!」
軽快な関東弁で声を張るのは大宮麗奈。
隣で平塚美波がさらにテンションを上げる。
「佐伯区のみんなー!今日は帰さないからねー!」
言い方が怖い。
だが観客は笑う。
この二人、完全に“分かってる側”の人間だ。
都会的でテンポのいい掛け合い、間の取り方、客いじり。
会場の空気を一瞬で掌握する。
(……すごい)
結衣は静かに感心していた。
そして開幕。
「はい!ヒロヒロでーす!!」
「今日はめちゃくちゃ盛り上げていくからねー!」
拍手。歓声。
子供たちも跳ねる。
ここまでは完璧だった。
だが。
ここからがヒロヒロの本番である。
「ほいじゃあ次はー!」
江波のどかがマイクを奪う。
嫌な予感。
「広島名物対決じゃけぇ!」
出た。
「もみじ饅頭!粒あん派かこしあん派か決めるけぇ!」
――火種投下。
「粒あん一択やろ!!」赤嶺美月、即応戦。
「はぁ!?こしあん以外ありえへんやろ!」西川彩香、即カウンター。
開始3秒で戦争。
「粒の食感がええんや!」
「なめらかさが上品なんや!」
「それは誤魔化しや!」
「お前の舌が雑なんや!」
完全に子供。
のどかがニヤニヤしながら追撃する。
「ええぞもっとやれ!広島代表として恥ずかしゅうない戦い見せぇ!」
代表戦じゃない。
そこに、梨乃が突っ込む。
「え、チョコ味が一番おいしくない?」
ルール無視。
彩香が一瞬止まる。
「……それは別ジャンルやろ」
美月も困惑。
「いやそれは違うやろ……」
一瞬だけ冷静になる二人。
だがすぐ再燃。
一方で、麗奈と美波。
止めない。
むしろ――
「いいねいいねー!討論番組みたい!」
「これリアルで面白いよ!」
完全に観客目線。
プロである。
ステージ上。
制御不能。
遥は後方で頭を抱え、
スタッフは目を泳がせる。
真帆は腕を組みながら呟く。
「……いつも通りっちゃね」
その時。
一歩、前に出た人物がいた。
神門結衣。
マイクを持つ。
静かに。
「……お客様が困っています」
一言。
声は大きくない。
だが、通る。
ピタッ。
時間が止まる。
「……え?」美月。
「……あ」彩香。
のどかも口を閉じる。
梨乃は「え?何?」とまだ分かってない。
結衣は続ける。
「楽しむのは良いことです。ただ、行き過ぎると、楽しめない人が出てきます」
正論。
圧も怒りもない。
ただの常識。
観客席。
一拍置いて――
拍手。
なぜかこの日一番ウケる。
麗奈が苦笑いする。
「……新人、強くない?」
美波も肩をすくめる。
「うちらより効いてるじゃん」
その後。
イベントは奇跡的に立て直される。
結衣は子供対応、誘導、空気の調整。
誰よりも自然に、誰よりも正確に。
終了後。
控室。
全員ぐったり。
「いやー盛り上がったねー!」
麗奈は満足げ。
美波も「最高だったじゃん」と頷く。
美月と彩香はまだ睨み合っている。
「やっぱ粒やろ」
「いやこしや」
終わってない。
のどかが笑いながら言う。
「いやぁ、ええイベントじゃった!」
真帆が横でぼそっと。
「……結衣がおらんかったら、もっと崩壊しとったね」
のどか、真帆。
二人が同時に結衣を見る。
そして――
目が合う。
「……あの子」
「……ただもんじゃないかもしれんねぇ」
当の本人は。
静かにお茶を飲んでいた。
ヒロヒロに現れた“静”。
それは騒音を消すのではなく――
整える存在だった。
「出雲の静謐」




