↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1259/1262

ヒロ九クエスト 第89話 ファイト九州! 阿蘇の恵みを食べ尽くせ!――副支配人の胃袋が大噴火、酔いどれ珍道中と人気動物園からのSOS!

「皆さま、車窓の右手をご覧くださいませ。雄大な阿蘇の山々が、たいへん美しくご覧いただけます」

澄み切った空の下、阿蘇の草原がどこまでも広がっていた。

緑の大地。遠くに連なる山々。集落の間を縫うように続く道。

日本とは思えないほど雄大な景色の中を、一台の華やかな観光バスが走っていた。

車体には大きく「ファイト九州!」の文字。

戦隊ヒロインプロジェクト推進室九州支部、通称「ヒロ九」が誇るラッピングバスである。

先ほどまで故障のため整備を受けていたが、修理が完了し、走行試験と安全確認を終えたところで、一行は代替バスから乗り換えたのだった。

「……よかったばい」

古賀菜々子支配人が、窓の外を眺めながらつぶやいた。

「何がじゃっど?」

隣に座っていた有村ひなた副支配人が尋ねる。

「ヒロ九号が戻ってきたことたい。やっぱり、うちらの旅はこのバスじゃなかとね」

「そいはそうじゃっど!」

ひなたは大きくうなずいた。

そして、何とも余計な一言を放った。

「ばってん、今日は黒煙ば吐かんじゃろうね?」

「ひなたちゃん! あんたは何で毎回そぎゃんことば言うとね!」

「阿蘇の噴煙に負けんごつ頑張っとったけん!」

「張り合う相手が違うばい!!」

車内に笑い声が響いた。

ヒロ九の古いラッピングバスは、ここ数日、出発のたびに黒煙を吐き出しては、菜々子支配人の寿命を縮めていた。

もちろん、実際に不具合が見つかった以上、無理な運行などできない。

安全管理の専門家である首藤凪の厳しい判断で運行を中止し、熊本産業交通に修理を依頼したのである。

「古賀支配人。整備記録と走行試験の結果は確認済みです。異常があれば、直ちに運転手さんへ連絡してください」

凪が念を押した。

「分かっとるばい、凪ちゃん!」

菜々子は苦笑した。

「それにしても、ようやく普通に走れるようになっただけで、こぎゃん嬉しかとはねぇ……」

すると、山田真央が笑った。

「支配人、そりゃバスとして最低限の仕事だがね!」

「分かっとるばい!」

「普通に走れることがニュースになるなんて、ヒロ九号も変わっとるでね!」

「真央ちゃんまで余計なこと言わんでよか!」

またしても大爆笑。

しかし、その笑い声に交じって、一人だけ異常なほど真剣な表情を浮かべている女がいた。

副支配人、有村ひなた。

鹿児島県鹿屋市出身、25歳。

元実業団駅伝選手として鍛え上げた驚異的な持久力と、いまだ底の見えない胃袋を持つ女である。

ひなたは先ほどから、何やらスマートフォンの画面を熱心に見つめていた。

「……あか牛」

小さくつぶやく。

「……高菜飯」

画面をスクロールする。

「……だご汁」

さらに画面をスクロールする。

「……ソフトクリーム」

そして、とうとう我慢できなくなった。

「支配人っ!!」

「何ね!?」

「阿蘇は天国じゃっどぉぉぉ!!」

「まだ何も食べとらんやろうが!!」

運転手まで思わず笑いそうになった。

マイクを握っていたのは、熊本市出身の西里香澄。

23歳。熊本産業交通の現役観光バスガイドであり、戦隊ヒロインとしても活動する、ヒロ九随一の案内上手である。

香澄は笑いをこらえながら、いつもの美しい声で案内を続けた。

「皆さま、本日は阿蘇の豊かな食文化をご紹介いたします。阿蘇は、あか牛や阿蘇高菜、酪農による新鮮な牛乳や乳製品など、おいしかものに恵まれた地域でございます」

「おおおおっ!」

ひなたが拳を握った。

「阿蘇の自然が育んだ食べ物ば、ぜひ皆さまにも楽しんでいただきたかと思っとります」

「ファイト九州ぅぅぅ!!」

「ひなたちゃん! 香澄ちゃんの案内ば最後まで聞かんね!」

菜々子の怒声が車内を駆け抜けた。

その横で、川原つばさが上品に微笑んだ。

「香澄さん。今日の生配信は、随分と賑やかになりそうですね」

「……ふふっ。そうですねぇ」

香澄は少しだけ肩をすくめた。

二人は今回の復興応援企画で、司会進行を担当している。

現役観光バスガイドの香澄と、佐世保出身で声の仕事に定評のあるつばさ。

いずれも発声、話術、進行管理に優れたプロフェッショナルであり、この二人がいなければ、自由奔放なヒロ九の面々をまとめることなど、おそらく不可能だった。

特に今日は、食べ物という危険な誘惑が待ち受けている。

香澄とつばさは、顔を見合わせて微笑んだ。

その表情には、楽しみと同じくらいの覚悟が浮かんでいた。

やがて、ラッピングバスは阿蘇市内へ入った。

目的地はJR阿蘇駅に隣接する道の駅である。

阿蘇観光の玄関口として親しまれるこの場所には、地元の農産物や名物料理、菓子、乳製品、加工品など、阿蘇の恵みが所狭しと並んでいる。

新鮮な野菜や果物。

あか牛を使った弁当。

香り豊かな高菜飯。

阿蘇の牛乳から作られたヨーグルトやソフトクリーム。

そして、熊本らしい土産物の数々。

まさに阿蘇の食文化が凝縮された場所だった。

今回の地震で観光客の動きが鈍り、農家や飲食業者、土産物業者にも厳しい影響が出ている。

そこでヒロ九は、道の駅の協力を得て、地元の生産者たちと交流しながら、全国へ阿蘇の魅力を届ける生配信を企画したのである。

もちろん、一般客の買い物を妨げないよう、撮影場所や動線は事前に調整してあった。

「皆さま、到着いたしました」

香澄の声が響く。

「どうぞお足元にお気をつけてお降りくださいませ」

バスの扉が開いた。

真っ先に立ち上がったのは、やはりひなただった。

「よっしゃぁぁぁ!!」

「ひなたちゃん! 走らんでよか!」

菜々子が慌てて制止する。

「食べ物は逃げんばい!」

「売り切れたら大変じゃっど!」

「今日の仕事は何ね!?」

「食べて応援じゃっど!」

「それだけじゃなかぁぁぁ!!」

阿蘇の爽やかな空気を切り裂くように、菜々子支配人の絶叫が響き渡った。

その後ろから、高城彩芽と黒崎茉莉花の息子・大翔が降りてきた。

「わあ! なまらおいしそうなものばっかりっしょ!」

「彩芽お姉ちゃん! ソフトクリーム!」

「見つけた! あっちだよ!」

二人は目を輝かせた。

彩芽は札幌出身の18歳。大翔は小倉の肝っ玉母ちゃん・茉莉花の息子である。

年齢差こそあるものの、食べ物を発見した時の反応は瓜二つだった。

「彩芽ちゃん! 大翔!」

茉莉花が慌てて声をかける。

「まだ買い物の時間じゃなかろうが!」

「ええっ!?」

「お仕事が終わってからにせんね!」

「はーい……」

二人は不満そうに返事した。

すると、その横から柔らかな声がした。

「彩芽先輩。終わってから一緒に見に行きましょうね」

片淵栞奈だった。

長崎市在住の高校生で、将来の戦隊ヒロイン加入が内定している超絶美少女である。

清楚な黒髪のツインテールに、上品で知的な顔立ち。美少女という言葉がこれほど似合う少女も珍しい。

しかも、驚くほどしっかりしている。

「そうだね! 栞奈ちゃん!」

彩芽の顔がぱっと明るくなった。

「後輩がそう言うなら、先輩として我慢しなきゃね!」

「はい。ありがとうございます、彩芽先輩!」

栞奈は丁寧に頭を下げた。

菜々子はその様子を眺めながら、ひなたに囁いた。

「……ひなたちゃん」

「何じゃっど?」

「彩芽ちゃん、今日も先輩風ば吹かせよるばい」

「ばってん、栞奈ちゃんのほうがよっぽどしっかりしとるど!」

「そうたいねぇ……」

二人は苦笑した。

しかし栞奈は、彩芽を小馬鹿にするようなことは決してしない。

むしろ、戦隊ヒロインとして一足先に活動している彩芽を、心から尊敬しているようだった。

大翔もそんな栞奈をすっかり気に入り、彼女のそばを離れようとしない。

茉莉花は小さくため息をついた。

「……うちの息子、ほんに美人のお姉ちゃんには目がなかねぇ」

そんな賑やかな一行を、道の駅の入り口近くで待っている女性がいた。

「……古賀支配人」

遠慮がちな声だった。

振り向いた菜々子の顔が、ぱっと明るくなった。

「透花ちゃーん!」

そこに立っていたのは、坂口透花。

阿蘇市の人気動物園「もふもふ王国」で飼育員として働く、穏やかで心優しい女性である。

動きやすい服装に、清潔感のある身だしなみ。

飾り気のない装いだったが、動物たちに日々接しているせいか、どこか柔らかな雰囲気をまとっていた。

「お久しぶりです、古賀支配人」

透花は丁寧に頭を下げた。

「お仕事の都合もありまして、あまり長い時間はご一緒できないのですが……」

少し申し訳なさそうに笑う。

「お手伝いできれば良いのですが……」

菜々子は、すぐに透花の両手を取った。

「何言いよっとね! 忙しかとに来てくれただけで十分たい!」

香澄も嬉しそうに微笑んだ。

「透花さん、お久しぶりです。お会いできて嬉しかです」

「西里さん、こちらこそ……」

しかし、そこで香澄は気づいた。

透花の表情が、どこか疲れている。

目元にはうっすらと疲労の色が浮かび、いつもの穏やかな笑顔にも少し元気がなかった。

「……透花さん。動物園の皆さんは、その後いかがですか?」

その質問に、透花は少しだけ目を伏せた。

「……それが、まだ大変なんです」

菜々子も表情を引き締めた。

「何かあったとね?」

透花は、静かに話し始めた。

今回の大地震が発生した時、もふもふ王国の動物たちも大きく動揺したという。

普段は飼育員の姿を見ると元気よく寄ってくるヤギが、突然の揺れに驚いて走り回った。

人懐っこいウサギは物陰に隠れ、なかなか出てこなくなった。

普段どおりに餌を食べられなくなった動物もいた。

「動物たちには、地震が何なのか分かりませんから……」

透花は小さく息を吐いた。

「私たちは言葉で説明できます。でも、あの子たちには説明しても分かってもらえません。怖がっている動物たちを落ち着かせるのが、本当に大変だったんです」

獣舎の安全確認。

水や餌の確保。

動物たちの健康状態の把握。

飼育員たちは自分たちの安全も確保しながら、懸命に動物たちの世話を続けた。

「夜になっても落ち着かない子がいて、交代で様子を見守っていました」

透花の声が、少し震えた。

「いつもはあんなに元気な子たちが、怖がっている姿を見るのは、本当につらかったです……」

彩芽は黙って聞いていた。

栞奈も真剣な表情を浮かべている。

そして、大翔が小さな声で尋ねた。

「……動物さんたちも、怖かったの?」

透花はしゃがみ込み、大翔と目線を合わせた。

「そうなの。大翔くんと同じで、動物さんたちだって、怖いことがあるんですよ」

「ぼく、よしよししてあげたい」

「……ありがとう」

透花は優しく微笑んだ。

「その気持ちだけでも、とっても嬉しいです」

しかし、透花の悩みは動物たちの不安だけではなかった。

「……それから」

少し言いにくそうに続ける。

「実は、来園されるお客様が、まだほとんど戻っていないんです」

菜々子は黙って聞いていた。

「安全を確認できたところから営業を再開しているんですけれど、地震の影響もあって、観光に来られる方が大きく減ってしまって……」

透花は視線を落とした。

「動物たちのお世話には、毎日お金がかかります。餌代も、医療費も、施設の管理費も……。お客様が少ないからといって、減らせるものばかりではありません」

香澄は静かにうなずいた。

「……そうですよね」

「スタッフも、みんな頑張っています。でも、この状態が長く続いたら、今までどおりの運営ができなくなるかもしれません」

透花は、少しだけ唇を噛んだ。

「動物たちの暮らしを守りたいんです。あの子たちが安心して過ごせる場所を、なくしたくないんです……」

声は小さかった。

しかし、その言葉には、切実な思いが込められていた。

香澄は、熊本城で出会った高齢男性の言葉を思い出した。

益城町の田代商店で、店を畳もうかと悩んでいたサチヨの姿も思い出した。

そして、今、目の前にいる透花。

地震の被害は、決して壊れた建物の数だけでは測れない。

一つの店を守る人がいる。

一つの仕事を守る人がいる。

そして、人間ではない命を守るために、懸命に働いている人たちもいる。

「……透花さん」

香澄は優しく声をかけた。

「今日の配信で、もふもふ王国のこともご紹介させていただけませんか?」

透花は驚いて顔を上げた。

「……よろしいんですか?」

菜々子も大きくうなずいた。

「もちろんたい! 透花ちゃんが一生懸命守っとる動物たちのこと、全国の皆さんに知ってもらおうや!」

つばさも微笑んだ。

「透花さん。難しく考えなくても大丈夫ですよ。普段、動物たちに接していらっしゃる時のように、ご自分の言葉でお話しください」

透花は、しばらく三人を見つめていた。

そして、深々と頭を下げた。

「……ありがとうございます」

その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

「私、頑張ってお話しします」

こうして、阿蘇の豊かな食文化を紹介するはずだったヒロ九の生配信には、もう一つ、大切な役割が加わることになった。

それは、阿蘇の動物たちと、その命を守り続ける人々の声を、全国へ届けることだった。

やがて、道の駅の一角に設けられた撮影スペースで、配信の準備が始まった。

機材の確認をするのは、川原つばさ。

進行表を最終確認するのは、西里香澄。

首藤凪は、撮影場所の安全と人の流れを確認している。

伊吹真白と山田真央は、機材の設置を手伝っていた。

「真央ちゃん、そちらのケーブル、通路にはみ出さないようにお願いします」

「分かっとるがね! きちんと固定しとくでね!」

「ありがとうございます」

凪はうなずいた。

一方、浜崎莉央と土屋凜花、迫田澄香・澪香の双子姉妹は、地元の名産品を紹介するため、商品の配置や見せ方を相談していた。

「こちらのお菓子、パッケージも素敵ですねぇ」

莉央が微笑む。

「そうね。箱の色合いも上品ですし、贈り物にも喜ばれそうです」

凜花が答えた。

さすが、博多のスタイリストと沼津の一流イベントコンパニオン。

商品を少し並べ替えるだけで、簡素な撮影台がまるで百貨店の高級食品売り場のように見えてくる。

迫田ツインズも、美しい笑顔で商品の持ち方を練習していた。

そして、彩芽と大翔はというと。

「大翔くん! 見て! あのソフトクリーム、なまら大きいっしょ!」

「ほんとだ! 食べたい!」

「私も!」

まったく仕事をする気配がなかった。

「彩芽ちゃん! 大翔!」

茉莉花の怒声が飛ぶ。

「まだ配信も始まっとらんやろうが!」

「はーい!」

二人は元気よく返事した。

しかし、目線だけはソフトクリームから離れない。

そこへ栞奈がやってきた。

「彩芽先輩。あとで一緒にいただきましょうね」

「……うん!」

彩芽は素直にうなずいた。

「栞奈ちゃん、ほんっとしっかりしてるっしょ!」

もはや、どちらが先輩なのか分からない。

そして、今回最大の問題児である副支配人・有村ひなたは。

「……あか牛……高菜飯……だご汁……」

撮影台に並ぶ料理を、まるで財宝を発見した海賊のような目で見つめていた。

菜々子は、嫌な予感しかしなかった。

「……ひなたちゃん」

「何ね?」

「今日の仕事、分かっとるやろうね?」

「もちろんじゃっど!」

ひなたは胸を張った。

「阿蘇のうまかもんば、全国に広めることじゃっど!」

「……そうたい」

菜々子は少し安心した。

ところが、次の一言でその安心は吹き飛んだ。

「じゃから、全部食べ尽くすど!」

「食べ尽くさんでよかぁぁぁ!!」

阿蘇五岳を望む道の駅に、支配人の絶叫が響き渡った。

そして、いよいよ生配信が始まった。

「皆さま、こんにちは。熊本市出身の西里香澄でございます」

香澄の澄んだ声が、配信画面を通じて全国へ流れる。

「本日は、雄大な阿蘇の大自然に囲まれた阿蘇市から、地元のおいしかものや、復興に向けて頑張っておられる皆さまをご紹介いたします」

続いて、つばさがマイクを握った。

「皆さま、こんにちは。川原つばさでございます。本日も『ファイト九州!』の復興応援配信をご覧いただき、誠にありがとうございます」

二人が丁寧に一礼する。

その落ち着いた進行は、地方局の情報番組と比べても遜色ないものだった。

コメント欄には、早くも書き込みが流れ始めた。

「香澄ちゃんの熊本弁、癒やされる!」

「つばささん、声が綺麗!」

「このダブルMC、安心して見られる」

「阿蘇の景色、素晴らしい!」

香澄が阿蘇の農業や酪農について説明し、つばさが商品の紹介や生産者への質問を巧みに進めていく。

「こちらのあか牛は、どのようなところに特徴がございますか?」

「育てるうえで、特に大切にされていることは何でしょうか?」

地元の生産者たちは、最初こそ緊張していたものの、二人の話しやすい雰囲気に助けられ、次第に笑顔を見せるようになった。

香澄は地元の人々の言葉を遮らず、じっくり耳を傾ける。

つばさは適切なところで話題を整理し、視聴者が理解しやすい言葉に置き換える。

まさに、プロの仕事だった。

そして、香澄が静かに告げた。

「さて皆さま。ここで、阿蘇市の動物園から特別なゲストをお迎えしております」

つばさが微笑んだ。

「阿蘇市の人気動物園『もふもふ王国』で飼育員として働いていらっしゃいます、坂口透花さんでございます」

透花が少し緊張しながら、一礼した。

「皆さん、こんにちは。坂口透花です」

香澄が優しく声をかける。

「透花さん。今回は地震の影響で、動物園も大変だったと伺っております。差し支えない範囲で、現在の状況を教えていただけますか?」

透花は静かにうなずいた。

「……はい」

そして、全国の視聴者へ向かって話し始めた。

「今回の地震で、私たちの動物園も大きな影響を受けました」

透花は一度、ゆっくりと息を吸った。

「動物たちは大きな揺れに驚いて、とても怖がっていました。普段は元気な子が、餌を食べなくなったり、物陰に隠れたりして……。私たち飼育員も、何とか落ち着いてもらえるように、懸命に世話を続けてきました」

声は穏やかだった。

しかし、その言葉には隠しきれない疲労と切実さがにじんでいた。

「今は、できる限り安全を確認しながら営業を再開しています。でも……お客様が、まだ戻ってこないんです」

画面の向こうの視聴者たちが、静かに耳を傾けている。

「動物たちは、毎日ご飯を食べます。病気になれば治療も必要です。お客様が少なくても、お世話をやめることはできません」

透花は、少しだけ目を伏せた。

「私たちは、あの子たちが安心して暮らせる場所を守りたいんです。これからも、動物たちとお客様が笑顔で触れ合える場所であり続けたいんです」

そして、深々と頭を下げた。

「すぐに来てくださいとは申しません。今は皆さん、それぞれ大変な状況だと思います。でも、もふもふ王国が頑張っていることを、どうか知っていただきたいです」

少しだけ声が震えた。

「安全にお越しいただける時には、ぜひ阿蘇の動物たちに会いに来てください」

最後に、もう一度頭を下げた。

「……どうか、よろしくお願いいたします」

しばらく、撮影スペースが静かになった。

香澄は透花の言葉が終わるまで、決して口を挟まなかった。

つばさも同じだった。

やがて、配信画面に温かいコメントが流れ始めた。

「動物たちも怖かったんだね……」

「飼育員さんたち、本当にありがとう」

「もふもふ王国、応援したい!」

「落ち着いたら家族で行きます!」

「遠くからだけど、情報を広めます」

「動物たちが元気になりますように」

透花は画面を見つめた。

「……ありがとうございます」

その目に、うっすらと涙が浮かんでいた。

それでも、彼女は笑った。

「本当に……ありがとうございます」

香澄が優しくマイクを握った。

「透花さん、ありがとうございました。阿蘇には、こうして動物たちの命を大切に守っておられる方々もいらっしゃいます」

つばさが続けた。

「皆さまも、動物園の営業状況や交通情報をご確認いただきまして、無理のない形で応援していただけましたら嬉しく思います」

菜々子は撮影スペースの後方で、静かにうなずいていた。

「……よか話たい」

その隣で、ひなたも珍しく真面目な顔をしていた。

「透花ちゃん、頑張っちょるんじゃな……」

菜々子は横目でひなたを見た。

普段は大食いと酒好きばかりが目立つ女だが、実務能力は高い。

元実業団駅伝選手として鍛えた体力と行動力を生かし、ヒロ九の企画運営を支えてきた。

面倒な準備作業にも率先して取り組み、人手が足りなければ真っ先に駆けつける。

菜々子がひなたを副支配人に据えているのも、決して単なる付き合いの長さだけではなかった。

仕事となれば、本当に頼りになる女なのだ。

もっとも。

「……支配人」

ひなたが口を開いた。

「何ね?」

「うち、ちょっと食べてきてよか?」

菜々子の顔が引きつった。

「……何ば食べるとね?」

「あか牛丼じゃっど!」

「……それだけね?」

「高菜飯と、だご汁も食べたか!」

「まだあるとね!?」

「最後にソフトクリームじゃっど!」

菜々子は両手で顔を覆った。

「……あんた、さっきまでの真面目な顔は何やったとね」

ひなたは胸を張った。

「動物たちを応援するんも大事! 阿蘇の食文化ば伝えるんも大事じゃっど!」

それを聞いていた香澄が、思わず笑った。

「ふふっ。ひなたさん、それなら実際に召し上がっていただいて、感想をお聞きしましょうか」

菜々子が驚いて振り向いた。

「香澄ちゃん!?」

しかし、つばさも穏やかにうなずいた。

「そうですね。ひなたさんが本当においしそうに召し上がる姿は、視聴者の皆さまにも喜んでいただけそうです」

菜々子は少し考えた。

確かに、ひなたには料理評論家のような難しい言葉は使えない。

しかし、食べ物をおいしそうに食べる能力なら、誰にも負けない。

その幸せそうな顔を見ているだけで、思わず同じものが食べたくなる。

これは、ある意味では天性の才能だった。

「……よし!」

菜々子は決断した。

「ひなたちゃん! 食レポば任せるばい!」

ひなたの顔が輝いた。

「任せるじゃっどぉぉぉ!!」

こうして、阿蘇の大地に恐るべき胃袋が解き放たれた。

最初に運ばれてきたのは、あか牛丼だった。

ご飯の上には、ほどよく火の通ったあか牛の肉が美しく盛り付けられている。

ひなたは、その丼を両手で受け取った。

「……おおおお」

目が輝く。

「こいが阿蘇のあか牛じゃっど……!」

つばさが上品に尋ねた。

「ひなたさん。まずはお肉のお味を確かめていただけますでしょうか?」

「もちろんじゃっど!」

大きな一口。

もぐもぐ。

もぐもぐ。

「…………」

ひなたの動きが止まった。

菜々子が不安そうに尋ねる。

「……ひなたちゃん?」

ひなたは、ゆっくりと目を閉じた。

そして、天を仰いだ。

「……うまか」

一同が注目する。

「うまか……」

さらに間を置く。

「うまかぁぁぁぁぁ!!」

道の駅に、ひなたの絶叫が響き渡った。

つばさは、まったく動じない。

「ありがとうございます。たいへんおいしいということでございますね」

「そうじゃっど! 肉がうまか! ご飯もうまか! 全部うまか!」

「……なるほど。非常によく伝わってまいります」

つばさの完璧な対応に、香澄は思わず笑いをこらえた。

配信のコメント欄が、一気に賑やかになった。

「語彙力ゼロなのに最高の食レポwww」

「ひなた副支配人、幸せそうすぎる」

「これ見たらあか牛丼食べたくなる!」

「食べっぷりだけで全部伝わるのすごい」

「香澄さんとつばささんのフォローが神!」

ひなたは、すっかり気をよくしていた。

「次じゃっど!」

「……ひなたちゃん?」

菜々子の嫌な予感は的中した。

次にひなたが手を伸ばしたのは、高菜飯。

阿蘇高菜を使った、熊本を代表する郷土の味である。

「……おおっ! こいもよか!」

さらに、だご汁。

「うまかぁぁぁ!!」

地元産野菜を使った惣菜。

「こいもうまか!」

そして、濃厚な阿蘇の牛乳。

「……生き返るど!」

菜々子は、もはや呆れるしかなかった。

「ひなたちゃん! あんた何品食べたとね!?」

「まだ五品じゃっど!」

「まだ!?」

「阿蘇の食文化は奥が深かど!」

「胃袋だけで文化ば語らんでよか!」

それでも、視聴者からは大好評だった。

ひなたの食べっぷりには、まったく嫌みがない。

ひと口食べれば、心から幸せそうな顔になる。

難しい言葉など使わなくても、本当においしいことが伝わってくる。

それは、食べ物を作った人々にとっても嬉しい反応だった。

地元の生産者が、思わず笑う。

「いやぁ、そぎゃんうまそうに食べてもらえるなら、作った甲斐があるばい!」

「ほんとじゃっど! うまかもんは、うまかと言うのが一番じゃっど!」

ひなたは胸を張った。

菜々子は苦笑した。

「……まったく。食べることだけは天下一品たい」

しかし、彼女は内心、少し嬉しくもあった。

今回の企画を立ち上げてから、ひなたは誰よりもよく働いていた。

熊本産業交通との連絡調整。

出演メンバーの移動や宿泊の手配。

道の駅への事前確認。

地元生産者との連絡。

仕事に関しては実に手際がよく、困ったことが起これば率先して動く。

菜々子は、その能力を高く評価していた。

そして、ひなた自身も、今日の配信で阿蘇の食文化を全国に知ってもらいたいと、本気で思っているのだった。

――少々、胃袋への情熱が強すぎるだけで。

そんなひなたの隣では、彩芽と大翔がソフトクリームを頬張っていた。

「うわぁ! なまら濃厚っしょ!」

彩芽が目を丸くした。

「大翔くん! これ、ミルクの味がすっごいよ!」

「おいしーい!」

大翔は満面の笑みだった。

ところが、口の周りが真っ白になっていた。

「大翔! あんた、口ば拭きんしゃい!」

茉莉花が慌ててハンカチを取り出す。

すると彩芽が、大翔の顔を見て笑い出した。

「あははは! 大翔くん、白いおひげが生えてるっしょ!」

「ええっ!?」

大翔は自分の口を触った。

そして、彩芽を指さした。

「彩芽お姉ちゃんも!」

「……えっ?」

実は彩芽の鼻先にも、ちょこんとソフトクリームがついていた。

「……あれ!?」

彩芽は大慌て。

「なまら恥ずかしいっしょ!」

すると、栞奈が静かにティッシュを差し出した。

「彩芽先輩。お鼻についていますよ」

「あっ……ありがとう、栞奈ちゃん!」

栞奈は優しく微笑んだ。

「ふふっ。おいしかったんですね」

「うん!」

彩芽は元気よくうなずいた。

そのやり取りも、しっかり配信されていた。

「彩芽と大翔、完全に姉弟www」

「栞奈ちゃんのほうがお姉さんに見える」

「彩芽先輩、また後輩に世話焼かれてる!」

「この三人、ずっと見ていられる」

コメント欄は大盛況だった。

菜々子は思わず頭を抱えた。

「……何で、うちらの配信はこぎゃんことになるとね」

つばさは、落ち着いた声で答えた。

「でも支配人。視聴者の皆さまには、大変好評ですよ」

「……そうね?」

「はい。阿蘇のおいしいものを食べてみたいというコメントも、かなり増えております」

菜々子は、少しだけ胸を張った。

「……それなら、よかたい!」

しかし。

今回最大の騒動は、まだ始まってすらいなかった。

物産館の一角では、地元の架空の蔵元が協力した、小規模な米焼酎の紹介コーナーが設けられていた。

阿蘇の豊かな水と、熊本県の酒文化を紹介する企画である。

試飲は成人に限られ、運転手や未成年の参加者は対象外。飲酒をしない人には、地元の水やジュースも用意されている。

当然、彩芽と栞奈、大翔は別の場所でソフトクリームや乳製品を楽しんでいた。

ところが、その焼酎コーナーを見つけた瞬間、ひなたの目が再び輝いた。

「……支配人」

「……何ね?」

「焼酎があるど」

菜々子の眉間にしわが寄った。

「……あるね」

「米焼酎じゃっど!」

「見れば分かるばい!」

「ちょっと飲み比べしてみたか!」

菜々子は深いため息をついた。

「ひなたちゃん。あんた、さっきまであぎゃん食べとったろうが!」

「酒は別腹じゃっど!」

「何個腹ば持っとるとね!?」

そこへ、意外な人物が声をかけた。

「……ひなたさん」

金城伊織だった。

沖縄県那覇市出身。

琉球空手の達人であり、凛とした姿勢と落ち着いた物腰で知られる正統派ヒロインである。

その伊織が、焼酎の瓶を興味深そうに見つめていた。

「熊本の米焼酎ですか。沖縄の泡盛とは、また違った味わいなのでしょうね」

ひなたが振り向いた。

「伊織ちゃん! 焼酎も飲めるんね?」

「ええ。お酒はたしなむ程度ですが、泡盛には親しみがありますので」

「よっしゃ! 一緒に飲み比べするど!」

伊織は微笑んだ。

「少量なら、よろしいですよ」

菜々子が目をむいた。

「伊織ちゃんまで!?」

こうして、元実業団駅伝選手と琉球空手の達人による、異色の焼酎飲み比べが始まった。

勝負は飲んだ量ではない。

蔵元が用意した香りや味わいの異なる酒について、どれだけ魅力を伝えられるか。

少量の試飲を通じて、地元の酒文化を紹介するのが目的だった。

最初の一杯。

ひなたが小さな杯を持ち上げた。

「……ほほう」

香りを確かめる。

「……よか香りじゃっど!」

伊織も静かに杯を持ち上げた。

「……なるほど。すっきりとした香りですね」

一口だけ味わう。

「口当たりが柔らかく、後味も上品です。お料理ともよく合いそうですね」

あまりにも見事なコメントだった。

つばさが感心して尋ねる。

「伊織さん。沖縄の泡盛と比べると、どのような違いを感じられますか?」

「原料や製法にも違いがありますから、一概には言えませんが、どちらにもそれぞれの魅力がありますね」

伊織は穏やかに微笑んだ。

「こうして各地の食文化に触れるのも、旅の楽しみの一つだと思います」

「ありがとうございます。たいへん分かりやすいご説明でした」

つばさが丁寧に頭を下げる。

一方、ひなたは。

「……うまか!」

それだけだった。

菜々子は額を押さえた。

「……ひなたちゃん」

「何ね?」

「伊織ちゃんのコメントば、少しは見習わんね!」

「うまかもんは、うまかじゃっど!」

反論の余地がない。

さらに試飲は進んだ。

伊織は香りの違いを確かめ、水を飲みながら落ち着いて説明を続けている。

ところが、ひなたの様子が少しずつおかしくなってきた。

「……ふふふ」

突然、笑い始める。

「……ふふふふふ」

菜々子が振り向いた。

「……ひなたちゃん?」

「なぁにぃ、菜々子しゃん?」

「…………」

菜々子の顔が引きつった。

「……今、何て言うたとね?」

「菜々子しゃん!」

声が妙に甘い。

ひなたは顔を赤くしながら、ニコニコ笑っていた。

どうやら、旅の疲れも重なって、すっかり酔いが回ってしまったらしい。

「ひなたちゃん……」

菜々子は、嫌な予感が確信に変わるのを感じた。

「……あんた、酔うとるね?」

「酔うとらんどぉ!」

ひなたは胸を張った。

ところが、立ち上がろうとして、ふらりとよろけた。

「あららら……」

伊織がすぐに支える。

「ひなたさん。無理をなさらないでください」

「あらぁ、伊織ちゃぁん!」

ひなたは伊織に抱きついた。

「伊織ちゃんは強かねぇ! 琉球空手じゃっどぉ!」

伊織は、まったく表情を変えなかった。

「ありがとうございます。ひなたさんは、少し休まれたほうがよろしいですね」

「大丈夫じゃっどぉ!」

「いえ。今日はもう、試飲はここまでにいたしましょう」

実に冷静だった。

先ほどまで同じ酒を味わっていたはずなのに、伊織は顔色一つ変わっていない。

背筋は伸び、言葉遣いは丁寧で、所作も普段とまったく同じ。

一方のひなたは、顔を赤くし、目元をとろんとさせ、すっかり陽気な酔っぱらいになっていた。

菜々子が呆れた。

「……何ね、この差は」

真央が笑いをこらえながら言った。

「同じもん飲んどったのに、えらい違いだがね!」

伊織は優雅に微笑む。

「体質も、その日の体調も人それぞれですから」

ひなたは突然、伊織の肩に腕を回した。

「伊織ちゃぁん! もう一杯……」

「いけません」

伊織は即答した。

「今日は十分楽しみましたから、お水を飲んで休みましょう」

「……はぁい」

驚くほど素直だった。

凪がすぐに椅子を用意し、ひなたを座らせた。状態を確認して水を勧め、以後の飲酒は中止となった。

ひなたに残されていた仕事は、ほかのメンバーが引き継ぐことにした。

しかし、本人の口だけは止まらなかった。

「……菜々子しゃぁん」

「何ね!」

「うちは……幸せじゃっどぉ……」

「そりゃよかったばい!」

「阿蘇は……うまかもんが……いっぱいじゃっどぉ……」

「分かった、分かった!」

ひなたは、突然真面目な顔になった。

「……ばってんねぇ」

「……何ね?」

「うちは……ヒロ九の副支配人じゃっど……」

菜々子が少し表情を緩めた。

「そうたい」

「菜々子しゃんのこと……尊敬しちょるどぉ……」

「……ひなたちゃん?」

「いつも……頑張っちょるけんねぇ……」

菜々子は、思わず黙った。

そして、苦笑した。

「……まったく、あんたは」

実務では本当に頼りになる。

誰よりもよく働き、困った時には身体を張って仲間を助ける。

だからこそ、菜々子はひなたを信頼している。

しかし、今の酔っぱらいぶりは何なのだ。

「……仕事はできる女なんやけどねぇ」

菜々子は大きくため息をついた。

「酒が入ると、どうしてこうなるとね……」

その一方、伊織は涼しい顔で、地元の蔵元へ丁寧に礼を述べていた。

「本日は貴重なお話をありがとうございました。熊本のお酒の魅力を知ることができて、とても勉強になりました」

まるで何事もなかったかのような、凛とした姿だった。

そして、そのすぐ横では。

「……伊織ちゃぁぁん……」

ひなたが椅子にもたれ、幸せそうに手を振っていた。

「……またねぇ……」

菜々子が叫んだ。

「まだそこにおるやろうが!!」

配信のコメント欄は、もはやお祭り騒ぎだった。

「ひなた副支配人、完全に出来上がってるwww」

「伊織さん、顔色一つ変わらないのすごい」

「鹿児島代表、まさかの敗北www」

「沖縄代表、圧倒的な安定感」

「菜々子支配人の苦労が伝わる」

「酔っぱらっても支配人を尊敬してるの、ちょっといい話」

「ひなたちゃん、もう休ませてあげてwww」

菜々子は、深く頭を抱えた。

「……全国に何ば配信しよっとね、うちらは」

しかし、その表情には、怒りだけでなく笑みも浮かんでいた。

副支配人としてのひなたの働きぶりを、誰よりも理解しているのは菜々子だった。

だからこそ、今日のような姿には苦笑いするしかない。

「……まあ、今日はよう頑張ったけんね」

菜々子はひなたの肩を軽く叩いた。

「ひなたちゃん。もう今日は仕事終わりたい。ゆっくり休まんね」

ひなたは、半分眠そうな顔で答えた。

「……菜々子しゃん……」

「何ね?」

「……大好きじゃっどぉ……」

「そぎゃんことは素面の時に言わんね!!」

その場にいた全員が、腹を抱えて笑い出した。

ところが、そんな大騒ぎの一方で、ほかのヒロインたちは実に見事な仕事をしていた。

浜崎莉央、土屋凜花、そして迫田澄香・澪香の双子姉妹。

四人が担当した名産品紹介は、まさに華やかそのものだった。

莉央はスタイリストらしく、商品の色合いや包装、贈り物としての魅力を丁寧に説明する。

「こちらのお菓子は、パッケージも素敵ですねぇ。阿蘇の景色を思い出していただける、よかお土産になりそうです」

凜花は、イベントコンパニオンとして培った商品紹介の技術を存分に発揮した。

商品の持ち方、カメラへの見せ方、表情、話す速度。

そのすべてに無駄がない。

「阿蘇の豊かな自然が育んだ食材を使ったお品です。ご自宅で召し上がるのはもちろん、大切な方への贈り物にも素敵ですね」

洗練された立ち居振る舞いだった。

まるで高級百貨店の食品催事である。

つばさが感心して言った。

「凜花さん、素晴らしいご紹介ですね」

「ありがとうございます。少しでも商品の魅力をお伝えできましたら嬉しいです」

凜花は優雅に微笑んだ。

その横で、迫田ツインズが美しい笑顔を浮かべていた。

「こちらが姉の澄香です」

「こちらが妹の澪香です」

ところが、香澄が次の商品を紹介しようとした時。

二人は、いつの間にか立ち位置を入れ替えていた。

「……あら?」

香澄が一瞬、言葉に詰まった。

「澄香さん、そちらでしたでしょうか?」

「澪香です」

「……では、こちらが澄香さんですね?」

「澪香です」

「…………」

香澄が固まった。

つばさが、実に上品な声でフォローした。

「皆さま。どうやらこちらでも、双子姉妹による小さな入れ替わりが行われているようでございます」

コメント欄は大爆笑。

「迫田ツインズ、またやってるwww」

「上品なのに油断できない!」

「香澄さんを困らせるなwww」

菜々子が遠くから怒鳴った。

「澄香ちゃん! 澪香ちゃん! 香澄ちゃんば困らせんでよか!」

二人は同時に微笑んだ。

「すみませーん!」

声まで見事に揃っていた。

一方、真央と栞奈は、地元の農家や生産者たちから話を聞いていた。

真央は農作業に使う道具や設備に興味津々だった。

「この道具、よう考えて作っとるがね!」

地元の生産者が笑う。

「毎日使うもんだけんね。丈夫じゃなかと困るとよ」

「そうだがね! 使いやすかもんを長う使うのが一番だわ!」

真央は、農機具の構造や手入れの方法について熱心に質問していた。

益城町の田代商店でガラス戸を直した時と同じ、職人のような真剣な目つきである。

その横では、栞奈が生産者に丁寧に質問していた。

「私の実家は長崎で洋食店を営んでおりますので、食材を作ってくださる皆さまのお仕事に、とても関心があるんです」

生産者が感心した。

「高校生で、そぎゃんことば考えとるとね。しっかりしとらすねぇ」

栞奈はにっこり笑った。

「ありがとうございます。父にも、今日のお話を伝えたいと思います」

「ほんに、よかお嬢さんたい」

「可愛かだけじゃなかねぇ」

真央も笑った。

「栞奈ちゃんは、ほんとに頭もよくて礼儀正しいんだがね!」

栞奈は少し照れくさそうに頭を下げた。

そんな二人から少し離れたところでは、凪と茉莉花が地元の生産者や販売員たちと交流していた。

「今回の地震で、物流にも影響が出たんですよ」

地元の男性が説明する。

「収穫した野菜ば運ぶのも、しばらく大変だったとよ」

凪は真剣な表情でうなずいた。

「道路や輸送手段が使えなくなると、農産物を出荷するだけでも大きな負担になりますね」

「そうたい。ばってん、運送会社の人たちも頑張ってくれたけんね」

茉莉花も静かに話を聞いていた。

「子供がおると、毎日のご飯がどれほど大切か、よう分かるっちゃ。農家の皆さんには、ほんに頭が下がるよ」

地元の女性が微笑んだ。

「あんたも、お母さんとして頑張っとるとね」

茉莉花は少し照れくさそうに笑った。

「いやぁ、うちの息子は元気が余りすぎとるけんねぇ!」

その息子は、彩芽と一緒に二つ目のデザートを物色していた。

「……大翔ぉぉぉ!!」

茉莉花の怒声が、道の駅に響き渡った。

「彩芽ちゃん! あんたまで何しよっとね!」

「ええっ!? 私も怒られるの!?」

彩芽が目を丸くした。

栞奈が、静かに二人の間へ入る。

「彩芽先輩。大翔くん。デザートは皆さんのお仕事が終わってからにしませんか?」

「……そうだね!」

彩芽は素直にうなずいた。

大翔も元気よく返事する。

「はーい!」

茉莉花は呆れたように笑った。

「……栞奈ちゃんがおらんかったら、うちは今日、何回怒鳴らんといかんかったんやろねぇ」

そんな中、生配信はいよいよ終盤を迎えた。

今回の企画は、予想以上の盛り上がりを見せていた。

阿蘇の食文化を紹介する真面目な企画。

透花が語った、動物園の切実な現状。

ひなたの大食いと泥酔。

伊織の驚くほど冷静な飲み比べ。

彩芽と大翔の無邪気なリアクション。

莉央、凜花、迫田ツインズによる華やかな商品紹介。

真央、栞奈、凪、茉莉花による地元の人々との交流。

それぞれが、自分の持ち味を発揮していた。

しかし、これだけ個性の強いメンバーが集まれば、普通なら配信は収拾がつかなくなる。

それを見事にまとめ上げたのが、香澄とつばさだった。

二人は、騒がしい場面では明るく笑いを引き出し、真剣な話では落ち着いた雰囲気を作る。

出演者が話しすぎれば自然に話題を整理し、地元の人々の言葉には十分な時間を与える。

そして、透花の切実な訴えには、決して余計な演出を加えなかった。

その進行は、まさに熟練のプロフェッショナルだった。

香澄がマイクを握った。

「皆さま、本日は阿蘇からの復興応援生配信をご覧いただきまして、誠にありがとうございました」

つばさが続けた。

「阿蘇のおいしい食べ物、豊かな自然、そして地元の皆さまの温かい人柄を、少しでも感じていただけましたら幸いです」

香澄は、透花へ優しく目を向けた。

「今回の地震では、観光や農業、酪農、そして動物園など、多くの方々が大変なご苦労をされております」

穏やかな声だった。

「ばってん、そのような中でも、皆さまが一生懸命にお仕事を続けておられます。私たちも、できることを一つずつ続けていきたかと思っとります」

つばさが、丁寧に言葉を引き継いだ。

「皆さまも、阿蘇を訪れることができる時には、ぜひ地元の食べ物や景色、人々との出会いを楽しんでください。そして、これからも熊本を温かく見守っていただけましたら嬉しく思います」

二人が丁寧に頭を下げる。

コメント欄には、温かい言葉が次々と流れていた。

「今日の配信、本当に楽しかった!」

「阿蘇の農産物、注文してみたい」

「もふもふ王国、応援します!」

「香澄さんとつばささんの司会が素晴らしい」

「ひなた副支配人、仕事したのか?www」

「伊織さん、最後まで平然としてるのすごい」

「彩芽ちゃんと大翔くん、最高!」

「ファイト九州! また熊本へ行きたい!」

配信が終了した。

菜々子は、大きく息を吐いた。

「……はぁ。ようやく終わったばい」

そして、香澄とつばさに頭を下げた。

「二人とも、ほんにありがとう。あんたたちがおらんかったら、今日の配信はどうなっとったか分からんたい!」

香澄は微笑んだ。

「いえいえ。皆さんが、それぞれの魅力を発揮してくださったおかげです」

つばさも上品に答えた。

「出演者の皆さまが自然体で楽しんでくださったので、私たちも進行しやすかったです」

「自然体すぎたばい!」

菜々子のツッコミに、一同が笑った。

そして、その横では。

「……すぅ……」

ひなたが椅子に座ったまま、うとうとしていた。

凪がそばで様子を見守っている。

「……菜々子しゃぁん……」

寝言のような声だった。

菜々子が振り向く。

「……何ね?」

「……あか牛……うまかぁ……」

「夢の中でも食べよっとね!?」

またしても爆笑。

伊織は、その隣で背筋を伸ばし、いつもと変わらぬ凛とした表情をしていた。

菜々子は、二人を見比べた。

「……本当に、何でこぎゃん違うとね」

伊織は静かに微笑んだ。

「ひなたさんは、お疲れだったのでしょうね」

「伊織ちゃんは、何ともなかとね?」

「はい。私は大丈夫です」

「……ほんに、強かねぇ」

伊織は優雅に一礼した。

「ありがとうございます」

そのあまりの落差に、真央が腹を抱えて笑った。

「伊織ちゃんは普段どおりなのに、ひなたちゃんは完全に出来上がっとるがね!」

凜花も、思わず口元を押さえた。

「……ふふっ。本当に対照的ですね」

莉央が笑う。

「ひなたちゃん、明日これ見たら恥ずかしかろうねぇ!」

菜々子は深いため息をついた。

「……副支配人としての実務は、本当に頼りになるとよ」

少しだけ真面目な顔になる。

「準備も連絡も段取りも、ひなたちゃんはようやってくれる。困った時に真っ先に動いてくれるし、うちはあの子ば高く評価しとるとたい」

香澄もうなずいた。

「はい。ひなたさんには、私もたくさん助けていただいております」

菜々子は、眠そうにしているひなたを見た。

そして、苦笑した。

「……ばってん、酒が入るとこれたい」

伊織が穏やかに言った。

「ひなたさんらしい、とても明るい一面ではありますね」

「明るすぎるばい!」

再び笑い声が響いた。

その時、透花が静かに近づいてきた。

「……古賀支配人」

菜々子が振り向く。

「何ね、透花ちゃん」

透花は深々と頭を下げた。

「今日は、本当にありがとうございました」

「何言いよっとね!」

菜々子は優しく笑った。

「こちらこそ、来てくれてありがとうたい!」

透花は少し目を潤ませていた。

「私たち飼育員だけでは、なかなか多くの方に現状を伝えられなかったんです」

スマートフォンを差し出す。

そこには、配信を見た人々から寄せられた応援の言葉や、動物園の営業状況を知りたいという問い合わせが表示されていた。

「……こんなにたくさんの方が、私たちのことを気にかけてくださっているなんて」

透花は小さく息を吐いた。

「本当に、嬉しいです……」

もちろん、今日の配信だけで動物園の経営が好転するわけではない。

来園者が戻るまでには、まだ時間がかかるだろう。

動物たちの世話も、明日から変わらず続く。

それでも、透花にとっては大きな一歩だった。

自分たちの声が、確かに全国の人々へ届いたのである。

「透花さん」

香澄が優しく声をかけた。

「今度は、私たちも動物園にお邪魔させてください」

透花が顔を上げた。

「……えっ?」

「動物たちの様子や、飼育員の皆さんのお仕事を、もっと詳しくご紹介できたら嬉しかです」

菜々子も大きくうなずいた。

「もちろんたい! 動物たちの安全と体調ば第一に考えて、できることば探していこうや!」

透花の表情が、ぱっと明るくなった。

「……はい!」

そして、ようやくいつもの穏やかな笑顔を取り戻した。

「ありがとうございます。動物たちも、きっと喜ぶと思います」

その横で、大翔が手を挙げた。

「ぼくも行きたい!」

彩芽も負けじと叫んだ。

「私も! もふもふしたいっしょ!」

栞奈は微笑んだ。

「動物さんたちが落ち着いてから、優しく会いに行きましょうね」

「はーい!」

二人が声を揃える。

またしても、どちらが年上なのか分からない。

茉莉花は苦笑した。

「栞奈ちゃん、彩芽ちゃんと大翔の世話までさせてしもうて、申し訳なかねぇ」

栞奈はにっこり笑った。

「いえ。お二人と一緒にいるのは、とても楽しいです」

彩芽は嬉しそうに栞奈の手を取った。

「栞奈ちゃん! やっぱり、なまらめんこい後輩だわ!」

大翔も負けていない。

「栞奈お姉ちゃん、ぼくも好き!」

「ふふっ。ありがとう、大翔くん」

茉莉花は呆れたように笑った。

「……あんたはほんに、惚れっぽか男やねぇ」

その場に、温かな笑いが広がった。

菜々子は、そんな仲間たちの姿を眺めながら、静かに微笑んだ。

熊本城では、笑顔を届けることの難しさを知った。

益城町では、小さな商店の温かい人情に触れた。

南阿蘇では、震災の記憶を未来へつなぐ大切さを学んだ。

そして今日、阿蘇の豊かな食文化と、そこで働く人々の思いを全国へ届けることができた。

さらに、透花からは、動物たちの命と暮らしを守る人々の苦労も教えてもらった。

一つひとつは、小さな活動かもしれない。

それでも、確かに何かが動き始めている。

「……ファイト九州、たいね」

菜々子が小さくつぶやいた。

香澄もうなずいた。

「はい。ファイト九州、ですたい」

その時だった。

「……菜々子しゃぁん……」

背後から、妙に甘えた声が響いた。

ひなただった。

「……何ね?」

「……もう一杯……」

菜々子が振り向いた。

「何ば言いよっとね!」

「……牛乳じゃっどぉ……」

「牛乳ね!?」

「……阿蘇の牛乳……うまかぁ……」

菜々子は、思わず吹き出した。

「はははは! もう、あんたは!」

真央も、莉央も、凜花も、迫田ツインズも。

彩芽も栞奈も、大翔まで笑っていた。

そして透花も、久しぶりに心から笑っていた。

その笑顔を見て、香澄は改めて思った。

……笑顔ば届けるっちゅうのは、難しかことです。ばってん、こうして自然に笑い合える時間も、やっぱり大切なんですねぇ。

道の駅での活動を終え、一行は帰り支度を始めた。

買い物袋を抱えたメンバーたちが、次々とラッピングバスへ戻っていく。

凪と真白は荷物の収納状況を確認し、真央は機材の片づけを手伝っていた。

菜々子は、眠そうなひなたを見つめて苦笑した。

「……ひなたちゃん。今日はもう何もせんでよか。座席でゆっくり休んどきんしゃい」

「……はぁい……」

珍しく素直な返事だった。

伊織が、さりげなくひなたの荷物を持った。

「私がお手伝いします。どうぞ、ご無理なさらないでください」

「……伊織ちゃぁん……ありがとじゃっどぉ……」

「ふふっ。どういたしまして」

伊織は、最後までまったく普段と変わらなかった。

菜々子は思わずつぶやいた。

「……伊織ちゃん、あんた本当に頼もしかねぇ」

そして、香澄はガイド用のマイクを手に取った。

「皆さま、本日はお疲れさまでございました。これより阿蘇市内の次の訪問先へ向かってまいります」

車内が少し静かになる。

「阿蘇には、おいしか食べ物や雄大な自然だけではなく、長い歴史を持つ神社や、人々が大切に守り続けてきた文化もございます」

香澄は、窓の外に目を向けた。

「今回の地震でも、大切な建物や暮らしに影響が出ております。これからは、阿蘇の皆さまが長い年月をかけて守ってこられた歴史や文化にも、触れていただきたかと思っとります」

菜々子は静かにうなずいた。

道の駅での賑やかな配信とは、また違う時間が待っている。

人々が祈りを捧げ、地域の心の拠り所として大切にしてきた場所。

かつての震災で大きく傷つきながらも、人々の手によって再び姿を取り戻してきた、阿蘇を代表する歴史ある社である。

香澄は、少しだけ声を柔らかくした。

「阿蘇の旅は、まだまだ続きます。皆さま、引き続きよろしくお願いいたします」

窓の外には、雄大な阿蘇の山々が広がっていた。

その大地の恵みを受けながら、人々は長い年月をかけて暮らしを築いてきた。

そして、幾度もの災害と向き合いながらも、今日まで歴史と文化を守り続けてきた。

香澄は、そんな阿蘇の姿を誇らしく思った。

……阿蘇には、まだまだ皆さんに知っていただきたかことが、たくさんあるとです。

ラッピングバスは、次の目的地へ向けてゆっくりと走り出した。

車体には、今日も大きく「ファイト九州!」の文字が輝いている。

――そして車内では、ようやく静かになった副支配人が、幸せそうに寝息を立てていた。

「……あか牛……特盛……」

菜々子は、思わず額を押さえた。

「……夢の中でも食べよっとね、あんたは」

その声に、香澄とつばさが思わず笑った。

伊織も、上品に微笑んでいる。

彩芽と大翔は、買ってきたお土産を見せ合っていた。

栞奈は二人の隣で楽しそうに微笑み、莉央と凜花は次の訪問先について静かに話していた。

真央と真白、凪、迫田ツインズ、茉莉花。

そして、動物たちの明日を守るために力を尽くしている透花。

それぞれの思いを乗せて、ヒロ九の旅は続いていく。

ファイト九州!

阿蘇の恵みは、食べ物だけではない。人情も、笑顔も、そして明日へ向かう希望も、この大地にはあふれている。

忘れてはいけない過去がある。

守りたい今がある。

そして、受け継いでいきたい未来がある。

そのすべてを胸に、ヒロ九ラッピングバスは阿蘇の歴史ある社へと向かっていった。

もっとも、次の訪問先に到着するまでに、副支配人の酔いが完全にさめるかどうかだけは、誰にも分からなかったのだが。

「……菜々子しゃぁん……」

「……今度は何ね?」

「……うちは……副支配人じゃっどぉ……」

「分かっとるばい!!」

菜々子の絶叫が、再び車内に響き渡った。

そして、どこまでも続く阿蘇の青空の下、笑い声を乗せた「ファイト九州!」の文字が、陽光を受けて輝いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。