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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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ヒロ九クエスト 第85話  ファイト九州! 金ダライは落ちても熊本は負けん!――西里香澄とヒロ九、笑顔を取り戻す復興バス大作戦

2016年4月。九州の中央に位置する熊本県を、未曽有の大地震が襲った。

熊本城の石垣は崩れ、阿蘇の山々は傷つき、道路や橋は寸断され、多くの人々が住み慣れた家を失った。それから十年近い歳月が流れ、熊本は少しずつ、しかし確実に立ち直ってきた。

崩れた建物は再建され、商店街には活気が戻り、観光客を乗せたバスが再び阿蘇の雄大な草原を走るようになった。

ところが、その熊本を再び大地震が襲ったのである。

ようやく取り戻した日常が、またしても破壊された。

県内各地から相次いで伝えられる建物の損壊、道路の陥没、土砂崩れ。さらに、大型ショッピングセンターで発生した爆発事故の記憶も新しく、熊本県民の心には深い傷が刻まれていた。

テレビのニュース映像には、呆然と立ち尽くす人々の姿が映し出されていた。

その映像を、千葉県船橋市の自宅で、祈るような気持ちで見つめていた一人の若い女性がいた。

西里香澄、23歳。

熊本市出身。熊本県を代表するバス会社、熊本産業交通に勤務する現役観光バスガイドであり、国家特務戦隊ヒロインプロジェクトに所属する人気戦隊ヒロインでもある。

現在は船橋市を生活の拠点としながら、故郷の熊本との間を頻繁に往復している。

清楚な容姿に落ち着いた物腰。熊本弁を交えながらも、観光バスガイドならではの聞き取りやすく上品な口調で進行するイベントMCは、全国の戦隊ヒロインファンから高い評価を受けていた。

左袖につけた、熊本県を代表する黒い身体と赤い頬の人気キャラクター「くま●ン」のワッペンも、香澄のトレードマークである。

何より、香澄は熊本という土地を心から愛していた。

熊本城を案内する時には誇らしげにその歴史を語り、阿蘇の草原を走る時には自然と声が弾む。天草の海を眺めれば、その美しさを少しでも多くの人に伝えようと、マイクを握る手にも力が入る。

彼女にとって熊本とは、単なる出身地ではない。

自分を育ててくれた、かけがえのない故郷だった。

幸いにも、今回の地震では両親や親戚、親しい友人たちに大きな人的被害はなかった。しかし、画面に映る熊本の惨状を見るたびに、胸が締めつけられた。

「せっかく……せっかく、ここまで復興してきたとに……」

香澄は小さくつぶやいた。

無力感ばかりが募る。

義援金を送ることはできる。支援物資を届けることもできるだろう。しかし、自分にはもっと別の形で故郷に恩返しができないだろうか。

観光バスガイドとして、そして戦隊ヒロインとして。

香澄は一晩考えた末、ある人物に電話をかけた。

相手は戦隊ヒロインプロジェクト推進室九州支部、通称「ヒロ九」を率いる古賀菜々子だった。

佐賀県佐賀市出身の27歳。内閣府から派遣された国家公務員であり、予算も人員も十分とはいえないヒロ九を、持ち前の機転と行動力で切り盛りする敏腕支配人である。

「菜々子さん、突然のお電話で申し訳ありません。熊本のことで、ちょっとご相談したかことがあるとですが……」

香澄が事情を説明すると、電話の向こうの菜々子はしばらく黙り込んだ。

「……香澄ちゃんの気持ちは、よう分かるばい。熊本は佐賀のお隣さんやし、同じ九州の仲間たい。うちらも何かせんといかんね」

「ありがとうございます。ただ、被災された皆さんのご迷惑になるようなことだけは、絶対にしたくなかとです」

「そりゃ当然たい。復興ば応援するつもりで、かえって邪魔したら何にもならんけんね」

そこへ、菜々子の隣から威勢のいい声が割り込んできた。

「何ね何ね!? 熊本の復興応援!? よかじゃっど! うちらも行くっど!」

有村ひなた、25歳。

鹿児島県鹿屋市出身。元実業団駅伝選手という経歴を持ち、驚異的な持久力と底なしの胃袋を誇るヒロ九副支配人である。

ひなたは香澄の説明を最後まで聞く前から、すっかりやる気満々だった。

「熊本に行って、困っちょる人を元気づければよか! ファイト九州じゃっど!」

「ひなたちゃん、まず何ばするか考えんといかんばい」

「そいは今から考えればよか!」

「……あんたはいつもそいばい」

ともあれ、三人は一度顔を合わせて企画会議を開くことになった。

場所は熊本市郊外の山間部にある、ヒロ九の活動拠点である。

ここは、もともと熊本産業交通の営業所だった古い建物だ。路線再編によって廃止されたあと、ヒロ九が譲り受ける形で利用するようになった。

山間部の少々不便な場所にあり、建物も相当に年季が入っていたが、車両を置ける広い敷地があり、事務室や倉庫も備えている。

何より、家賃がほとんどかからない。

金欠で知られるヒロ九にとって、これほどありがたい物件はなかった。

ただし、入居当初はひどい状態だった。

雨漏り、建具のガタつき、照明の不具合、床のきしみ。菜々子が頭を抱えていたところへ、救世主が現れた。

愛知県春日井市出身の戦隊ヒロイン、山田真央である。

黙っていれば愛らしい女子大生だが、口を開けば止まらない。手先は驚くほど器用で、大工仕事から電気工事の補助、機械の修理まで何でもこなしてしまう、まさに器用な愛知県人だった。

真央は古い営業所を見るなり、袖をまくり上げた。

「なんだぁ、こんなん直せばええがね! まだまだ使えるでかんわ!」

そして、専門業者が必要な工事は業者と協力しながら、自分にできる修繕を次々と進めた。

傷んだ内装を直し、棚を固定し、建具を補修し、設備の不具合を解消する。建物の弱点も洗い出し、必要な補強工事を手配した。

数週間後、古びた営業所は見違えるような姿になった。

「ほれ見やあ! まだまだ現役で使えるがね!」

そう胸を張った真央の仕事ぶりは、今回の大地震で思わぬ形で証明されることになった。

なんと、ヒロ九の拠点はほぼ無傷だったのである。

もちろん、地震発生時には誰も建物内にいなかった。

後日、施設を確認した菜々子たちは、壁や柱に大きな損傷が見当たらないことに胸をなで下ろした。

「いやあ、真央ちゃんには足ば向けて寝られんばい!」

菜々子は感謝しきりだった。

「真央ちゃん、すごかねぇ!」

香澄も感心する。

「ほんのこて助かったど!」

ひなたも大喜び。

ところが、事務室に入った三人は、床に転がっている妙な物体を発見した。

金ダライである。

しかも、かなり大きい。

「……何ね、これ?」

菜々子が首をかしげた。

ヒロ九のイベントで使用する小道具の一つで、昔ながらの金属製の丸いタライだった。普段は棚の上に置かれていたはずなのだが、なぜか部屋の中央に転がっている。

「地震で落ちたんでしょうかねぇ」

香澄が言うと、ひなたが何やら思いついた。

「支配人! 監視カメラば見ればよか!」

幸いにも、真央が設置した監視カメラは正常に作動していた。

三人は録画映像を再生することにした。

そこに映っていたのは、地震発生時の事務室である。

部屋の片隅には、熊本県民なら誰でも知っている、あの黒い身体に赤いほっぺの人気キャラクター「く●モン」の巨大なぬいぐるみが鎮座していた。

イベントの景品用に持ち込まれたものの、あまりの大きさに置き場所がなくなり、事務室のマスコットになっていた代物だ。

映像の中で地震が始まった。

ぐらぐらと揺れる事務室。

棚の書類が落ち、壁のカレンダーが激しく揺れ、机の上のペン立てが倒れる。

その時だった。

棚の上に置かれた金ダライが、ゆっくりと動き始めたのである。

じりじり。

じりじり。

まるで何かを狙っているかのように、金ダライは棚の端へ近づいていく。

そして次の瞬間。

カッッッコォォォォン!!

巨大なくまモ●の頭に、金ダライが見事に直撃した。

ぬいぐるみは勢いよく前のめりになり、反動で身体を揺らし、まるで深々とお辞儀をするように頭を下げた。

そのあと、何事もなかったように元の姿勢に戻ったのである。

完璧だった。

あまりにも完璧すぎた。

かつて昭和のお茶の間を笑いの渦に巻き込み、日本のテレビ史に数々の伝説を刻んだ国民的コント集団。その黄金期を思わせる、芸術的としか言いようのない金ダライ直撃芸であった。

落下までの絶妙な間。

一拍置いてからの豪快な衝突音。

そして直撃後の、あまりにも見事なお辞儀。

どれを取っても一級品だった。

「…………」

三人は無言で映像を見つめた。

そして。

「ぶっはははははははは!!」

最初に爆発したのはひなただった。

「くま●ンが! くま●ンが! 金ダライば食らっちょる!!」

「ちょ、ちょっと待たんね! もう一回見せて!」

菜々子も笑いをこらえながら映像を巻き戻す。

再生。

じりじり。

じりじり。

カッッッコォォォン!!

「ぎゃははははは!」

ひなたは椅子から転げ落ちた。

「ひなたちゃん! あんたまで落ちんでよか!」

菜々子も涙を流して笑っている。

普段は上品で落ち着いている香澄も、さすがに耐えられなかった。

「ふっ……ふふふ……こ、こぎゃん見事に……あはははは!」

香澄が大声で笑うのは珍しい。

菜々子はその様子を見て、ますます可笑しくなってしまった。

「香澄ちゃんまで笑いよる! あははは!」

再生すること五回。

最後には三人とも腹筋が痛くなり、しばらく仕事にならなかった。

「……これ、真央ちゃんにも見せたかねぇ」

香澄が涙を拭きながら言った。

菜々子はすぐに真央へ映像を送った。

すると数分後、愛知から返信が届いた。

『建物はちゃんと直したでね! ほやけど、金ダライが棚から落ちんようにまでは考えとらんかったわ! それにしても、こりゃ見事に当たっとるがね!』

さらに追伸。

『今度行ったら、金ダライの置き場所も直したるわ!』

「もう金ダライは撤去でよか!」

菜々子は即答した。

だが、笑いが収まると、香澄はふと真顔になった。

「……うちらは笑って済みましたばってん、同じ地震で大切なものば失くされた方々が、たくさんおらすとですよね」

その一言に、室内が静かになった。

菜々子はゆっくりとうなずいた。

「そうやね。うちらは運がよかったとよ。その分、できることばせんとね」

ひなたも姿勢を正した。

「そうじゃっど。今度は熊本の皆さんに笑ってもらう番じゃっど!」

こうして、ようやく本来の企画会議が始まった。

三人は古い会議机に熊本県の地図を広げた。

香澄は早速、持参した資料を取り出す。

「皆さま、本日はお忙しいなか、お集まりいただきまして誠にありがとうございます。これより、熊本県復興応援企画についてご案内申し上げます」

「香澄ちゃん、ちょっと待たんね」

菜々子が手を挙げる。

「はい、何でございましょうか」

「いや、もう完全に観光バスガイドになっとるばい」

「……あら、失礼いたしました」

香澄は恥ずかしそうに笑った。

しかし、その流れるような説明を聞いていた菜々子に、一つの妙案が浮かんだ。

「待たんね。バスたい! うちらにはバスがあるじゃなか!」

ヒロ九には、全国各地での広報活動やイベントのために使用している専用のラッピングバスがあった。

車体には戦隊ヒロインたちの華やかな姿が描かれ、大きく「ファイト九州!」の文字が入っている。

車両そのものは決して新しくないが、九州各地を走り回ってきたヒロ九の象徴ともいうべき存在だった。

「このバスで熊本県内ば巡ったらどうやろか。香澄ちゃんがガイドして、うちらが各地の観光地や商店街ば紹介する。被災された皆さんに負担ばかけん形で、熊本の元気なところを全国に発信するとよ」

香澄の表情がぱっと明るくなった。

「それは素晴らしかアイデアですね! バスなら機材も積めますし、移動中の様子も配信できます。何より、私の仕事の経験ば活かせますけん!」

ひなたも勢いよく賛成した。

「よかじゃっど! 熊本城に阿蘇に天草! あか牛に馬刺しに太平燕! からし蓮根も食べたか!」

「ひなたちゃん、最後のほう、全部食べ物になっとるばい!」

「食べて応援するのも復興支援じゃっど!」

「そりゃ間違っとらんばってん、限度があるとよ!」

三人は笑い合った。

ただし、今回はあくまで復興応援である。

被災地に大勢で押しかけたり、道路を塞いで復旧作業の邪魔をしたりするようなことは絶対に避けなければならない。

訪問先には事前に連絡し、自治体や施設の受け入れ状況を確認する。営業を再開した店舗を紹介し、地元で買い物をし、観光地の魅力を発信する。交流イベントは、希望があった場合だけ実施する。

「うちらが目立つために行くんじゃなか。熊本の皆さんが主役たい」

菜々子の言葉に、香澄は深くうなずいた。

そして、正式な企画名が決まった。

『ファイト九州! ヒロ九クエスト熊本編――くまもとの笑顔を取り戻せ!』

問題は、実行するための資金と人員だった。

まず香澄は、出向元でもある熊本産業交通に協力を求めることになった。

現役観光バスガイドとして会社に籍を置く香澄にとって、会社側の理解と協力は欠かせない。

そこで三人は、香澄の直属の上司であるベテラン社員に電話をかけた。

長年にわたって熊本県内の路線バス、観光バス、高速バスの運行に携わってきた古参社員で、熊本弁も相当に強烈な人物である。

香澄が丁寧に企画の趣旨を説明すると、電話の向こうから野太い声が響いた。

「なぁんば言いよっとかと思うたら、そぎゃんこつか! そらよか話たい!」

「ありがとうございます。会社にもご迷惑をおかけするかもしれませんばってん……」

「なぁんが迷惑なもんか! おどん会社も熊本で飯ば食わせてもろうとっとぞ! 熊本んために何かするなら、協力せんわけにはいかんたい!」

香澄は胸が熱くなった。

「本当にありがとうございます!」

「よかよか! 運行経路の相談も乗るし、地元の営業所にも話ば通しとく! 運転手ん手配も相談してよか! 休みの調整もできるだけ考えちゃるけん!」

「助かります! それで、もし可能でしたら、会社から多少の協賛金なども……」

その瞬間だった。

「金は出らんぞ!」

即答だった。

あまりにも早かった。

香澄が言い終わるより早く、結論が出たのである。

「……あの、まだ金額も申し上げておりませんが」

「金額の問題じゃなか! 金は出らん!」

「そうですか……」

「協力はする! 応援もする! 人も動かす! ばってん金は出らん! そぎゃんこつは最初からはっきりさせとかんといかんたい!」

隣で聞いていた菜々子は、思わず膝を叩いた。

「なんね! うちらのヒロ室本部と同じじゃなか!」

ひなたは笑いをこらえきれない。

「ファイト九州! ばってん財布は開かんど!」

すると、電話の向こうの上司がさらに言った。

「そもそも、おどん会社も余裕のある商売ばしよるわけじゃなかとぞ! バスば走らすだけでも金んかかっとたい!」

菜々子が横から割って入った。

「支配人の古賀です。ご協力ありがとうございます! ちなみに、ポスターの印刷代だけでも……」

「出らん!」

「百枚ほどでよかとですが……」

「出らん!」

「じゃあ、せめて十枚……」

「古賀さん! 百枚が十枚になったっちゃ、金が要ることに変わりなかろうが!」

「……ごもっともですばい」

最後には菜々子も降参した。

しかし、上司の言葉は続いた。

「香澄! お前が熊本ば元気にしたかっちゅう気持ちは、よう分かる。会社のことは心配すんな。必要な調整は俺が引き受けちゃる。お前は胸ば張ってやって来い!」

「……はい! ありがとうございます!」

香澄の目が潤んだ。

上司は少し照れくさそうに咳払いをした。

「ばってん、金は出らんけんね!」

「もう分かりました!」

結局、熊本産業交通は運行計画の相談、関係先との連絡、勤務調整、専門的な助言などについて、全面的に協力してくれることになった。

ただし、協賛金はゼロ円。

「人情は満額、現金はゼロ。実に分かりやすか会社たい」

菜々子が苦笑すると、香澄はにっこり笑った。

「でも、熊本産業交通らしかでしょう?」

「確かに、よか会社たい!」

問題は、肝心のヒロ九の財布である。

菜々子は大きくため息をついた。

「……いよいよ、あの人にお願いせんといかんね」

「あの人?」

香澄が首をかしげる。

「ヒロ室本部の経理の鬼たい」

谷口佳乃、26歳。

大阪府堺市出身。財務省から出向している国家公務員であり、戦隊ヒロインプロジェクトの経理を厳しく管理する人物である。

通称「けちのん」。

一円単位まで伝票を精査し、不明瞭な経費は容赦なく差し戻す。業者泣かせ、ヒロイン泣かせの恐るべき経理担当者だった。

しかし、その厳しさは決して意地悪から来るものではない。

限られた予算を公正かつ効率的に使用し、戦隊ヒロインたちの活動を支えるためのものだった。

菜々子がオンライン会議をつなぐと、画面には眼鏡をかけた佳乃が現れた。

「古賀支配人、資料は拝見しました。熊本の復興応援ですか。ええ企画やと思いますよ」

意外だった。

もっと厳しく追及されるものと思っていた菜々子は、拍子抜けした。

「えっ、よかとですか?」

「もちろんです。地域振興もプロジェクトの大切な仕事ですからね。被災地の負担にならんように実施するんやったら、協力させてもらいます」

「佳乃さん!」

菜々子の目が輝いた。

「ばってん、予算はきちんと精査しますよ」

「……やっぱり」

「その顔、何ですの?」

「いえ、何でもなかです」

そこへ、ひなたが満面の笑みで書類を差し出した。

「佳乃さん! 予算の概算なら、うちが作ったど!」

「ほう。見せてもらいましょか」

佳乃が資料を開いた。

そして、三秒後。

「…………」

眼鏡の奥の目が細くなった。

「有村さん」

「はい!」

「これ、何ですの?」

「予算書じゃっど!」

「交通費、だいたい十万円。宿泊費、だいたい十万円。食費、だいたい十万円。雑費、だいたい十万円……」

「はい!」

「最後に『予備費、だいたい十万円』とありますな」

「はい!」

「全部だいたいやないか!!」

佳乃の怒声が、古い営業所に響き渡った。

ひなたは首をかしげた。

「でも、合計五十万円で分かりやすかじゃっど!」

「分かりやすいだけで、中身が何にも分からんのです!」

「そいなら六十万円にしとくけ?」

「増やしてどうするんですか!」

菜々子は机に突っ伏した。

「ひなたちゃん……お願いやけん、もう黙っとって……」

ところが、ひなたの暴走は止まらない。

「それに、食費はちょっと多めに見といたほうがよかど!」

「なぜです?」

「熊本には美味かもんがいっぱいあるじゃっど! あか牛に馬刺しに太平燕! お土産も買わんといかんし!」

「食費と土産代を一緒にしなさんな!」

「でも、地元で金ば使うのも復興支援じゃっど!」

佳乃は一瞬黙った。

「……それ自体は間違うてません」

ひなたの顔が明るくなった。

「ほら!」

「ただし、食べた分だけ領収書を提出して、目的と金額を明確にすること! 公務の経費と個人の買い物はきっちり分けること!」

「分かったど!」

「あと、焼酎代は認めません!」

「ええええっ!?」

「何でそこで驚くんですか!」

菜々子は大笑いした。

「さすが、けちのん! よう言うてくれたばい!」

「古賀支配人」

「はい!」

「今、何と?」

「……いえ、何でもなかです」

香澄は二人のやり取りを聞きながら、必死に笑いをこらえていた。

結局、佳乃は企画そのものには全面的に賛同し、運行費、宿泊費、イベント運営費などの必要経費について、正式な積算資料を提出することを条件に予算調整を進めると約束した。

ただし、ひなたが作成した予算書は、その場で不採用となった。

画面の向こうで佳乃が最後に言った。

「有村さん。次から『だいたい』は禁止ですからね!」

「じゃあ『おおよそ』にするど!」

「同じことです!」

オンライン会議は、菜々子の爆笑とともに終了した。

さて、次の問題は参加メンバーである。

九州全域を活動範囲とするヒロ九には、個性豊かな戦隊ヒロインや協力者たちが数多く存在する。

菜々子は名簿を広げ、次々と連絡を取り始めた。

まず声をかけたのは、福岡県北九州市出身の黒崎茉莉花だった。

小倉の女、黒崎茉莉花。

元中洲の人気キャバ嬢という異色の経歴を持ち、今は一児の母として育児に奮闘しながら戦隊ヒロインとして活躍する、気風のいい姉御肌である。

「熊本の復興応援? そりゃ行かんわけにはいかんやろ! うちも何か手伝わせて!」

「茉莉花ちゃん、助かるばい!」

「子供たち向けの企画なら任せとき! うちも大翔がおるけん、子供が喜ぶことはよう分かるっちゃ!」

頼もしい返事だった。

続いて福岡市出身、博多のスタイリスト・浜崎莉央。

ファッションセンス抜群の莉央は、戦隊ヒロインたちの衣装を数多く手がけている。

「復興応援イベント? もちろん協力するよ! 華やかな衣装で熊本の街ば明るくしたかね!」

「でも、予算は控えめにお願いするばい」

「分かっとるって! 既存の衣装ばうまくアレンジするけん!」

「さすが莉央ちゃんたい!」

さらに長崎県佐世保市出身の川原つばさ。

元大手通販会社のコールセンターオペレーターで、声の扱いにかけてはヒロ九随一のスペシャリストである。

「音声配信や車内放送のお手伝いですね。承知しました。聞き取りやすい案内と、緊急時の連絡体制も整えておきます」

さすがはプロ。

電話越しでも、まるで一流企業の受付案内のような美しい声だった。

ひなたが感心して言う。

「つばさちゃんの声ば聞いちょると、なんか通販番組で買い物したくなるど!」

「ひなたちゃん、それは褒めとるんかいな?」

菜々子は苦笑した。

次に連絡を取ったのは、大分県大分市佐賀関出身の首藤凪。

かつて佐賀関の精錬所で保安業務に携わっていた、安全管理のスペシャリストである。

今回のような復興応援活動では、彼女の存在が欠かせない。

「現地の道路状況、避難経路、緊急時の連絡手段、施設の安全確認。すべて事前に確認しておきます」

凪は即座に具体的な確認事項を挙げ始めた。

「それと、移動中の安全管理や、イベント会場の動線についても……」

話が長い。

いや、正確に言えば、あまりにも細かい。

ひなたが思わず口を挟んだ。

「凪ちゃん! そんなに細かく決めんでもよかじゃっど!」

「有村副支配人。安全は、細かいことの積み重ねです」

「……はい」

元実業団駅伝選手のひなたも、凪の前では妙におとなしくなる。

菜々子は大いに満足した。

「よし! 今回、ひなたちゃんの暴走防止係も凪ちゃんに任せるばい!」

「そいは安全管理の仕事と違うじゃっど!」

続いて連絡したのは、宮崎県都城市出身の双子姉妹、迫田澄香と迫田澪香だった。

スーパーモデル顔負けの美貌と抜群のスタイルを誇る、戦隊ヒロイン屈指の美女姉妹である。

あまりにもそっくりなため、実の両親でさえ間違えることがあるという。

「熊本の復興応援ですか? ぜひ参加させてください!」

「私たちにもお手伝いさせてください!」

電話から聞こえてくる二人の声も、ほとんど同じだった。

菜々子は名簿に書き込みながら尋ねた。

「ところで、今しゃべったんは澄香ちゃん? 澪香ちゃん?」

「澄香です!」

「澪香です!」

「……いや、どっちが先にしゃべったとね?」

「私です!」

「私です!」

「もうよか!」

菜々子は早々に判別を諦めた。

続いて、沖縄県那覇市出身の金城伊織にも連絡を入れた。

「清く、正しく、美しく」を信条とする王道の戦隊ヒロインであり、琉球空手の達人でもある。

「熊本の皆さんのためになるのでしたら、私も喜んで協力いたします」

礼儀正しく、凛とした返事だった。

「ただし、被災地の皆さんにご負担をかけないことが大前提ですね」

「もちろんたい!」

「それと、活動中の飲酒は厳禁です」

「……何でみんな、うちのほうを見るとね!」

ひなたが抗議した。

菜々子は澄ました顔で答えた。

「日頃の行いばい」

これで主要なメンバーはかなり充実した。

しかし、香澄にはぜひ協力をお願いしたい人物がいた。

熊本県八代市出身で、阿蘇市の人気動物園「もふもふ王国」に勤務する飼育員、坂口透花である。

透花は動物にも来園者にも優しい、穏やかで親切な女性だった。以前、菜々子から戦隊ヒロインへの加入を誘われたこともあったが、動物たちを置いていけないと断り、現在はヒロ九の協力者として活動している。

「透花さん、阿蘇方面で小さな交流企画ができればと思っとるとですが……」

香澄が説明すると、透花はすぐに賛同してくれた。

「もちろん協力しますよ。動物たちの様子も見ながら、できることを考えましょう」

「ありがとうございます!」

「ただ、イベントの日程だけは、動物のお世話に支障が出ないようにお願いしますね」

「もちろんです」

「それから、ひなたさんが来られるんでしたら、園内で走り回らないようにお伝えください」

「……ひなたちゃん、何かしたと?」

菜々子が尋ねると、電話の向こうの透花は少し困ったように笑った。

「以前、動物たちより元気に走り回っておられましたので……」

「……ああ、なるほど」

菜々子は妙に納得した。

さらに今回、将来の戦隊ヒロインを担う若い世代にも声をかけることになった。

長崎市出身の片淵栞奈。

実家は長崎の人気カレー洋食店「みなと日和」。黒髪のツインテールがよく似合う、頭脳明晰で愛嬌抜群の美少女である。

戦隊ヒロインへの正式加入が内定している期待の新人だった。

菜々子から連絡を受けた栞奈は、嬉しそうな声を上げた。

「えっ! 熊本の復興応援ですか!? 私にも何かできることがあるんでしょうか!」

「もちろんたい。ただし、栞奈ちゃんはまだ高校生やけん、学校と家族の都合が最優先ばい」

「はい! 学校のお休みと重なる日でしたら、ぜひ参加したいです!」

「無理せんでよかとよ。事前の準備や応援メッセージだけでも助かるけんね」

「ありがとうございます! 私、長崎から元気いっぱい応援します!」

その明るい声を聞いて、菜々子も思わず笑顔になった。

そして最後に声をかけたのは、大分県宇佐市出身の宇佐美千鶴だった。

鹿児島大学看護学部で学ぶ千鶴は、真面目で理知的、誰に対しても親切な看護学生である。

以前のヒロ九沖縄遠征にも期間限定で同行した経験があり、菜々子やひなたにとっても信頼できる存在だった。

「千鶴ちゃん、今回もお願いできるやろか?」

「はい。大学の授業と実習の予定を確認して、参加できる日程をお知らせします」

「ありがとう! 今回は復興応援やけん、無理せんでよかばい」

「承知しました。看護学生としてできる範囲になりますが、健康面のサポートや応急手当の準備など、お手伝いできればと思います」

何とも模範的な返事だった。

ひなたが感心して言った。

「千鶴ちゃんはほんのこて真面目じゃっど!」

菜々子もうなずいた。

「ヒロ九には貴重な人材たい」

「どういう意味じゃっど!?」

「そのままの意味ばい」

そんなこんなで、各地から続々と協力の申し出が集まった。

もちろん全員が最初から最後まで参加できるわけではない。それぞれに本業があり、学生には学業もある。

参加できる日程を調整しながら、必要な場所に必要な人数を配置する。

活動の中心となるのは、あくまで香澄、菜々子、ひなたの三人だった。

その後も準備は順調に進んだ。

熊本産業交通の協力で運行経路の検討が進み、凪からは安全確認のチェックリストが届いた。つばさは車内放送の案を作り、莉央はラッピングバスに合わせた衣装のアレンジを考え始めた。

茉莉花からは子供向けイベントのアイデアが届き、迫田ツインズは二人そろって参加可能な日程を知らせてきた。

伊織は各地での交流活動に備えて準備を進め、透花は阿蘇方面での協力体制を検討してくれた。

栞奈も長崎から元気な応援メッセージを送り、千鶴は自分が参加できる日程を大学の予定と照らし合わせていた。

ヒロ九の古い営業所は、にわかに活気づいた。

ただし、一つだけ大きな問題が残っていた。

資金繰りである。

菜々子が机に向かって電卓を叩いていると、ひなたが大きな買い物袋を抱えて帰ってきた。

「支配人! 熊本の名物ば買うてきたど!」

「何ば買うてきたと?」

「あか牛の加工品に、からし蓮根に、いきなり団子!」

「……ひなたちゃん」

「はい!」

「それ、全部自分で食べるつもりやろ?」

「復興支援じゃっど!」

「領収書は?」

「…………」

ひなたの動きが止まった。

「ひなたちゃん?」

「…………」

「領収書は?」

「……もろうてこんかったど」

菜々子は天を仰いだ。

「けちのんに怒られるばい!!」

「自腹で買うたけん、よかじゃっど!」

「そいなら最初からそう言わんね!」

事務室に笑い声が響き渡った。

その様子を眺めていた香澄も、思わず顔をほころばせる。

こんなに賑やかな仲間たちと一緒なら、きっと熊本に何かを届けられる。

それは金銭でも、物資でもないかもしれない。

けれど、ほんの少しでも、誰かが笑顔になれる時間を届けられるのなら。

それだけで、この企画には意味がある。

夕方。

三人は事務室を出て、営業所の敷地へ向かった。

そこにはヒロ九のラッピングバスが停まっていた。

決して新しい車両ではない。

長年にわたって九州各地を走り続けてきたため、車体には小さな傷も目立つ。エンジンも相応に年季が入っていた。

しかし、戦隊ヒロインたちの笑顔を描いた大きなラッピングは、まだ十分に華やかだった。

側面には大きく、

「ファイト九州!」

の文字が躍っている。

香澄は、その文字をしばらく見つめていた。

「……ファイト九州、ですか」

「そうたい」

菜々子が隣に立った。

「熊本だけじゃなか。九州にはいろんなことがあるばってん、困った時はお互いさまたい。佐賀も鹿児島も長崎も福岡も、みんな熊本の仲間やけん」

ひなたも胸を張った。

「九州は一つじゃっど! うちらが元気ば届けるっど!」

香澄は二人に向き直り、深々と頭を下げた。

「菜々子さん、ひなたさん。本当にありがとうございます。私一人では、ここまで大きな企画は考えられませんでした」

菜々子は笑った。

「何言いよるとね。香澄ちゃんがおらんかったら、そもそも始まっとらん話たい」

ひなたもうなずく。

「熊本のことは香澄ちゃんに任せるっど! うちらは何でも手伝うけん!」

香澄は、そっと目元を拭った。

いつもの明るく落ち着いたバスガイドとは違う、故郷を思う一人の若い女性の顔だった。

「……うち、熊本が大好きですけん」

二人は黙って耳を傾けた。

「熊本城も、阿蘇の山も、天草の海も、球磨川も。そこに暮らす人たちも、みんな大好きです。あの地震から一生懸命頑張って、ようやく元気を取り戻したとに、またこぎゃんことになって……」

香澄の声が少し震えた。

「ばってん、熊本の人は強かです。何度でも立ち上がれると、私は信じとります」

そして、ラッピングバスに向かって笑顔を見せた。

「だから今度は、私たちが熊本の皆さんに笑顔ば届ける番ですたい!」

菜々子が力強くうなずいた。

「よし! 決まりたい!」

ひなたが両手を高く突き上げた。

「ファイト九州ぅぅぅ!!」

「おおおおお!!」

三人の声が、夕暮れの山間に響き渡った。

ところが、その感動的な雰囲気を台無しにするような音が、事務室の中から聞こえてきた。

カラァァァン!!

「……何ね?」

菜々子が振り返った。

三人が慌てて事務室に戻ると、片づけたはずの金ダライが、今度は棚の下から転がり出ていた。

どうやら先ほどの騒ぎで適当に立てかけておいたものが、滑って倒れたらしい。

ひなたが腹を抱えた。

「ぎゃははは! また金ダライじゃっど!」

菜々子は金ダライを拾い上げ、怒鳴った。

「もうよか! この金ダライ、どこかにしまうばい!」

すると、ひなたが真顔で言った。

「支配人、それ、次のイベントで使えるんじゃなかけ?」

「何に使うとね!?」

「くま●ンの頭に落とすど!」

「やめんね!!」

香澄はとうとう大笑いした。

「あはははは! もう、ひなたさんったら!」

その笑顔を見て、菜々子もひなたも嬉しくなった。

数日前まで故郷の惨状に胸を痛め、沈んだ表情をしていた香澄が、今は心から笑っている。

そうだ。

復興には、こんな時間も必要なのだ。

悲しい出来事を忘れることはできない。失われたものがすぐに戻るわけでもない。

それでも人は、食べて、笑って、誰かと語り合いながら、一歩ずつ前へ進んでいく。

熊本の人々にも、そんな何気ない笑顔を取り戻してほしい。

三人が始めた小さな企画は、いつしか九州各地の仲間を巻き込む大きな取り組みへと育ち始めていた。

小倉の茉莉花。

博多の莉央。

佐世保のつばさ。

佐賀関の凪。

都城の美人双子、澄香と澪香。

那覇の伊織。

阿蘇の透花。

長崎の栞奈。

宇佐の千鶴。

そして、熊本を誰よりも愛する香澄。

みんなの思いが、一台のラッピングバスに集まろうとしていた。

夜になり、菜々子は最後の書類に目を通した。

そこには、正式な企画名が大きく記されていた。

『ファイト九州! ヒロ九クエスト熊本編――くまもとの笑顔を取り戻せ!』

菜々子は満足そうにうなずいた。

「よし。これで準備は大体整ったばい!」

その横で、ひなたが小さくつぶやいた。

「……大体?」

菜々子がぎろりと睨む。

「何ね?」

「いや、けちのんに『だいたいは禁止』って言われたじゃっど……」

「そっちのだいたいじゃなか!!」

またしても笑い声が響いた。

こうして、ヒロ九史上でも屈指の大規模企画となる熊本復興応援ラッピングバスの旅は、正式に始動することになった。

誰もが成功を信じていた。

菜々子は予算と安全管理に気を配り、ひなたは現地での交流企画に腕を鳴らし、香澄は熊本産業交通の観光バスガイドとして、故郷を案内するための資料づくりに余念がなかった。

しかし。

彼女たちは、まだ知らなかった。

数々の難題を乗り越えて準備したヒロ九ラッピングバスが、いざ熊本各地を巡り始めると、思いもよらぬ騒動を引き起こすことを。

それも、復興応援どころか、自分たちの足元を心配しなければならなくなるような、実にヒロ九らしい大騒動を。

後年、菜々子はこの企画について、こう振り返ることになる。

「最初は金ダライが落ちてきただけやったとにねぇ……まさか、あぎゃんことになるとは思わんかったばい」

果たして、この言葉が意味するものとは何なのか。

古いラッピングバスに隠された思わぬ災難とは。

そして香澄は、傷ついた故郷に笑顔を取り戻すことができるのだろうか。

熊本の夜空の下、ヒロ九の営業所には静かな時間が流れていた。

その駐車場では、一台の古いラッピングバスが、まるで出番を待つ老兵のようにたたずんでいた。

ファイト九州!

金ダライは落ちても、熊本は負けん!

笑いと涙、そして人情を乗せたヒロ九クエスト熊本編が、いよいよ幕を開ける。

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