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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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1250/1270

雨の柏崎、ヒロインたちは帰らない――越後の情花と“サスペンデッド”の一日

新潟県柏崎市。


日本海へ大きく開いた海岸線を持ち、港では漁業が営まれ、その一方では機械・金属をはじめとした製造業が地域経済を支える。


巨大なエネルギー関連施設を抱える町として全国的に知られながらも、一歩市街地へ入れば、日本海の魚を扱う店があり、昔ながらの商店があり、海と工場と暮らしが不思議な近さで同居している。


そんな柏崎で。


この日。


地元紙・新潟新報社は、とんでもなく気合いが入っていた。


創立百十周年。


その記念事業。


題して、


「新潟新報社創立110周年記念 越後の未来へ! 日本海・戦隊ヒロイン夢の大感謝祭 in 柏崎」


企画会議の段階から、新潟新報社事業部の鼻息は荒かった。


「百十周年ですよ!」


「半端なことはできません!」


「県内イベント史に残しましょう!」


「東日本も西日本も呼びましょう!」


「世界的な人も!」


話がどんどん大きくなった。


最終的に集められた顔ぶれを見て、ヒロ室の隼人補佐官ですら、


「地方紙の周年事業にしては豪華すぎないか……」


と呟いた。


まず。


河内の閃光・赤嶺美月。


播州の烈火・西川彩香。


はんなりとした京女・西園寺綾乃。


駿河の良心・杉山ひかり。


千葉の叡智・館山みのり。


ひかりとみのりは、グレースフォースとしても活動している。


江東の江戸っ子ギャル・月島小春。


上尾の華、大宮麗奈。


麗奈はイベントコンパニオンとしても第一線で活躍する華やかなヒロインである。


さらに。


氷見ゆりえと阿部柚葉による演歌ユニット、


白波小町。


そして地元新潟。


戦隊ヒロインきっての人情派。


越後の情花・本間菜帆。


極めつけは。


海外公演のスケジュールを動かして、この日のためだけに帰国した世界的イリュージョニスト、


高田美雪。


新潟県妙高市。


旧新井市出身。


海外では大劇場を満員にする世界級のスターだった。


新潟新報社担当部長は、美雪の出演決定を聞いた時、本当に机を叩いた。


「これだ!」


隼人。


「何がです?」


「百十周年の目玉です!」


「落ち着いてください」


「高田美雪が故郷新潟へ凱旋!」


「はい」


「柏崎で大脱出!」


「はい」


「歴史に残ります!」


「成功すればですね」


担当部長は聞いていなかった。


そして企画された。


「高田美雪・柏崎スペシャル大脱出」


大型装置。


拘束設備。


照明。


音響。


特殊演出。


美雪専属のイリュージョンスタッフ。


かなりの費用が投じられていた。


事前の新潟新報紙面でも、


「世界の高田美雪、故郷新潟で奇跡の大脱出」


と大々的に告知。


チケットは好調。


柏崎市内のみならず、長岡、新潟、上越方面からも観客が集まる予定だった。


ただし。


新潟新報社には、一つだけどうにもならないものがあった。


天気である。


前日。


雨。


当日早朝。


雨。


会場となる屋外特設ステージの上空には、重たい雲。


時折、日本海から風。


新潟新報社担当部長は朝から雨雲レーダーを更新し続けていた。


「午後には弱まります!」


隼人。


「予報は“弱まる可能性”です」


「つまり弱まります!」


「語気で予報を変えないでください」


午前の開演予定時刻。


まだ降っている。


一時間延期。


観客へ案内。


それでも。


人は帰らなかった。


傘。


レインコート。


長靴。


家族連れ。


若者。


高齢者。


美雪ファン。


戦隊ヒロインファン。


屋外会場周辺は、人で膨らんでいく。


控室。


菜帆が窓から外を見る。


「ずっと待ってくれてますね〜」


小春が隣へ来る。


黒髪を軽く整えながら、いかにも都会育ちらしくさらりと言った。


「雨の日にここまで待つって、相当楽しみにしてくれてんじゃん。だったら、こっちもダサいことできないっしょ」


そこへ麗奈。


イベントコンパニオンらしく、衣装もメイクも雨天仕様にきっちり調整済み。


「そうね。でも、無理して派手に見せるより、安全にきれいに終わる方がプロよ」


小春。


「麗奈って、その辺ガチだよね」


「イベントの現場、甘く見ちゃ駄目。床が濡れたらヒールの角度一つでも変わるもの」


小春。


「さすがイベントの女王」


麗奈。


「女王って言うと歳を感じるから、“現場のプロ”くらいにして」


「そこ気にすんの?」


「気にするわよ」


二人は笑う。


派手で華やか。


しかし。


現場を見る目は冷静。


それが都会派二人組だった。


一方。


ひかりとみのりは、ステージ袖で進行表を確認していた。


ひかり。


「今の雨量なら、トークと歌まではいけそうだね」


みのり。


「ただし、この後風速が上がれば別。大型装置は重心が高いから、イリュージョンは慎重に判断した方がいいと思う」


ひかり。


「うん。お客さんが楽しみにしてるからって、安全条件を下げるのは違うもんね」


みのり。


「延期できるものなら、延期した方がいい。事故が起きたら、今日来た人たちにも嫌な記憶しか残らないから」


ひかりは静かに頷いた。


「まず、始められるところまで。そこから先は隼人補佐官に任せよう」


みのり。


「それがいいね」


理知的。


落ち着いている。


グレースフォースらしい会話だった。


午後。


雨脚。


少し弱まる。


新潟新報社。


「今です!」


隼人。


「短縮版です」


「はい!」


「状況が悪化したら即中断」


「承知しました!」


「本当に承知しました?」


「しました!」


「その返事が一番不安だな……」


ようやく。


開演。


MC。


杉山ひかり。


ステージへ出る。


大歓声。


ひかりは笑顔。


「皆さん、本当にお待たせしました。雨の中、長いこと待ってくれて、ありがとうございます」


少し駿河弁。


「足元も滑りやすいもんでね、無理せんように、最後まで一緒に楽しんでください」


優しい声。


観客の緊張がほぐれる。


最初は。


全員トークショー。


ひかり。


「まずは関西組から行きましょうか」


美月。


「なんで関西組なん?」


彩香。


「お前、さっきから文句多いな」


美月。


「うち今日、柏崎まで来てんねんで?」


彩香。


「全員来とるわ!」


綾乃。


「まあまあ。お二人とも、まだ始まって三分どすえ」


観客笑い。


美月。


「彩香はん、今日機嫌悪ない?」


彩香。


「お前が横におるからや」


「ひど!」


綾乃。


「いつものことやさかい、皆さん気にせんといてください」


観客大爆笑。


三人。


もはや名人芸。


続いて。


小春と麗奈。


ひかり。


「東日本の華やかな二人にも柏崎の印象を聞きましょう」


小春。


「まず海が近いのがいいよね。東京じゃ、海見に行くってだけでちょっとイベントだけど、ここは街の中に普通に日本海がある感じ」


麗奈。


「それに街としての輪郭がきれい。工業都市なのに、海辺の空気がちゃんと残ってるのが面白いですね」


小春。


「あとさ、海沿いで写真撮ったら絶対映える」


麗奈。


「それは間違いない。夕方なら自然光もきれいでしょうね」


小春。


「次、オフで来ちゃう?」


麗奈。


「その時はヒールじゃなくて歩ける靴ね」


小春。


「そこ超大事」


都会的。


軽やか。


客席から笑いと拍手。


続いて。


グレースフォース。


ひかり。


「柏崎は日本海の港町っていうイメージも強いですけど、実はものづくりの街でもあるんですよね」


みのり。


「はい。機械、金属などの製造業が地域産業の大きな柱になっています。それと同時に、漁業も続いていて、日本海の魚が暮らしのすぐ近くにある」


ひかり。


「海の町と工業都市、両方の顔があるんですね」


みのり。


「さらにエネルギー産業とも深い関係がある。新潟県内でもかなり特徴のある都市だと思います」


ひかり。


「同じ新潟県でも、地域ごとに個性が違うのが面白いですね」


菜帆。


「本当にそうですよ〜」


地元新潟のヒロイン。


一言だけ。


でも。


会場から大きな拍手。


そして。


白波小町。


着物姿。


ゆりえ。


柚葉。


『日本海、ふたり旅』


イントロ。


今日の曇天。


日本海。


むしろ。


妙に似合う。


ゆりえ。


「柏崎の皆さん!」


「今日は富山湾でも鳥海山でもないけど、日本海でつながっとるちゃ!」


柚葉。


「柏崎の皆さんにも、私たちの歌が届いたら嬉しいです」


柚葉が歌う。


ゆりえが語る。


雨音。


風。


海。


演歌。


観客。


曲が終わる。


大きな拍手。


ここまでは。


非常に良かった。


そして。


問題のミニゲーム。


ひかり。


「続いて、“柏崎スペシャル・戦隊ヒロイン対抗ミニゲーム大会”です」


美月。


「名前から嫌な予感するわ」


第一競技。


「目隠し新潟県市町村当て」


第二競技。


「米袋持ってピッタリ重量当て」


第三競技。


「日本海の魚ジェスチャーゲーム」


美月。


「待って」


ひかり。


「はい?」


美月。


「これ誰が考えたん?」


舞台袖。


隼人補佐官が答える。


「ノムさんと、まさにゃんです」


ブラックキャブのノムさん。


そして葛城正男室長代理。


数秒。


美月。


「やっぱりあの二人、アホやわ!」


会場。


大爆笑。


隼人。


「本人たちには伝えておく」


「言わんでええ!」


彩香。


「出演者が企画者アホ言うな!」


美月。


「だって見てみい! うち今からヒラメを身体で表現せなあかんねんぞ!」


彩香。


「仕事や! 真面目にやらんか、このアホツインテール!」


美月。


「誰がアホツインテールや!」


彩香。


「お前じゃ!」


「西川彩香、柏崎で喧嘩売ってきたな!」


「買え!」


「買うたるわ!」


綾乃。


「まあまあまあ。雨の日くらい静かにしとくれやす」


みのり。


「収拾不能ですね」


ひかり。


「この三人、毎回こうだから……」


観客。


大爆笑。


美月は文句を言いながら。


全身でヒラメ。


床へ平べったくなる。


彩香。


「それ座布団やろ!」


「ヒラメも平たいわ!」


「泳げ!」


「どうやって!」


笑い声。


雨雲を突き破りそうだった。


だが。


本物の雨雲は。


突き破れなかった。


午後。


再び雨が強くなる。


空が暗くなる。


風。


湿った床。


機材。


照明。


そして。


大型装置。


隼人補佐官がステージ裏を見る。


美雪専属スタッフとも確認。


結論。


無理。


新潟新報社担当者を呼ぶ。


「大脱出は行いません」


担当者。


「……そこを何とか」


「できません」


「でも、百十周年の目玉です」


「承知しています」


「新聞でも大きく告知しました」


「承知しています」


「美雪さんも海外からわざわざ」


「それも分かっています」


担当者。


「なら――」


隼人。


「だからこそです」


少し声を強める。


「危険な条件で実施して事故が起きたら、このイベント全部が失敗になります」


「本人がやると言っても?」


「本人の意思と、実施条件は別です」


担当者も引かない。


隼人も譲らない。


平行線。


その時。


高田美雪が静かに口を開く。


「サスペンデッドにしましょう」


担当者。


「え?」


美雪。


「中止にする必要はないでしょう」


隼人。


「サスペンデッド?」


美雪。


「今日はここまで」


「続きは、別の日」


サスペンデッド。


もともとは野球などで使われる言葉。


悪天候や日没などで試合を最後まで続けられない時、その試合を“中止して最初からやり直す”のではなく、途中の状態をそのまま保存し、後日そこから続きを行う。


つまり。


今日のイベントも。


「失敗して終わり」


ではない。


ここまでを第一日。


後日。


ここから再開。


美雪。


「高田美雪大脱出は、その日に」


「今日来てくださった皆さんのチケットは、そのまま有効」


「そして、できるだけ今日と同じメンバーで続きをやりましょう」


美月。


「うち来るで!」


彩香。


「私も」


綾乃。


「もちろんどす」


ひかり。


「私もまた司会します」


みのり。


「予定調整します」


小春。


「そりゃ来るっしょ」


麗奈。


「ここまでやって最後だけ欠席なんて格好悪いもの」


ゆりえ。


「また歌うちゃ」


柚葉。


「私も」


菜帆。


「地元ですから当然ですよ〜」


全員。


賛成。


隼人は美雪を見る。


「でも美雪さん」


「はい?」


「あなた、世界中回ってるでしょう」


「まあ」


「スケジュール、簡単には動かせませんよね?」


美雪。


ゆっくり笑う。


少し妖艶に。


「私はイリュージョニストですよ」


隼人。


「予定まで消したり出したりするんですか」


美雪。


「そこはマネージャーに頑張ってもらいます」


一同。


笑い。


新潟新報社担当者も。


ようやく表情を緩める。


「皆さんがそう言ってくださるなら……」


決定。


サスペンデッド。


そして。


観客への説明。


ひかり。


再びステージ。


雨。


客席。


静かになる。


ひかり。


「皆さん」


「今日は雨の中、長い時間待ってくださって、本当にありがとうございます」


「ただ、安全のために、本日のイベントはここでいったん区切らせていただくことになりました」


ざわめき。


「予定していた高田美雪さんの大脱出は、本日は行いません」


一瞬。


そして。


「えええええええ――っ!」


悲鳴。


「見たかったー!」


「美雪さーん!」


子ども。


「やってよー!」


ひかりも心苦しい。


だが。


続ける。


「でも」


「中止ではありません」


客席。


静かになる。


「サスペンデッドです」


「今日の続きは、後日行います」


「今日の入場券は、そのまま使えます」


「そして、できるだけ今日と同じメンバーで、もう一度柏崎へ戻ってきます」


拍手。


美雪も前へ。


「次は必ず」


「皆さんに大脱出をお見せします」


さらに拍手。


それでも。


菜帆は客席を見る。


朝から待った。


濡れた。


寒かった。


予定より遅れて始まった。


そして。


最大の目玉は見られなかった。


このまま。


「また今度」


だけで帰していいのだろうか。


菜帆が隼人のところへ行く。


「補佐官」


「どうした?」


「サイン会、できませんか?」


「今から?」


「はい」


隼人は客席を見る。


「かなりいるぞ」


「はい」


「全員?」


「全員」


「菜帆、何時間かかるか分からないぞ」


菜帆は。


いつもの柔らかな顔。


「でも」


客席を見る。


「皆さんが待ってくれた時間の方が長いですよ〜」


隼人。


黙る。


それ以上。


反対する理由はなかった。


美月。


「やろやろ!」


彩香。


「賛成」


綾乃。


「うちも書かせてもらいます」


ひかり。


「最後までやろう」


みのり。


「手分けすれば大丈夫です」


小春。


「こういうの、最後までやってこそっしょ」


麗奈。


「そうね。写真一枚でも“今日は来てよかった”って思ってもらえるなら、それがイベントの仕事よ」


美雪。


「私も参加します」


即席。


「雨天御礼・出演者全員サイン会」


屋根のある場所。


机。


列。


菜帆。


一人目。


少年。


「菜帆ちゃん」


「はい」


「また来る?」


「来るよ〜」


「絶対?」


「約束」


二人目。


高齢夫婦。


「地元のヒロイン、頑張って」


「ありがとうございます」


三人目。


親子。


「朝から来てたんです」


菜帆。


「長いこと待たせちゃって、ごめんなさい」


母親。


「でも子ども、喜んでます」


菜帆。


笑う。


美雪の前。


小学生の少女。


「大脱出、見たかった」


美雪。


「私も見せたかったわ」


「次はやってね」


「ええ」


少し指切り。


「約束」


美月と彩香。


少年。


「また喧嘩して!」


美月。


「うちら漫才ちゃうで!」


彩香。


「お前が始めるからや!」


美月。


「また喧嘩売ったな!」


少年。


大喜び。


綾乃。


「お二人とも、サインしながら喧嘩せんといてください」


小春。


少女。


「小春ちゃん、かわいい!」


小春。


「ありがと。今日来てくれたあんたも最高じゃん」


麗奈。


「次は晴れの日に、おしゃれしてまた来てね」


少女。


「うん!」


グレースフォース。


ひかり。


「寒くなかった?」


少年。


「大丈夫!」


みのり。


「帰ったらちゃんと温かいもの飲んでね」


「はーい!」


白波小町。


老夫婦。


「歌、良かったですよ」


柚葉。


「ありがとうございます」


ゆりえ。


「次は晴れた日本海で聞いてくださいちゃ」


長い列。


サイン。


またサイン。


最後の一人。


夕方。


菜帆の右手。


少し疲れている。


美雪。


「何人書いた?」


菜帆。


「途中から数えてません〜」


「手、大丈夫?」


「田植えより軽いです」


「比較対象が農家なのね」


二人。


笑う。


そして。


その様子を。


新潟新報社のカメラマンが撮っていた。


本来。


翌朝の一面を飾る予定だったのは。


美雪の大脱出。


巨大装置。


炎。


拍手。


だった。


しかし。


撮れなかった。


代わりに。


雨の会場。


一人の少年へ目線を合わせるため、腰を落として色紙を渡す菜帆。


その隣。


少女の濡れた傘を避けるように身体を寄せ、笑顔でサインする美雪。


その写真が。


翌朝。


一面になった。


新潟新報 朝刊 一面


雨中の柏崎 笑顔でつなぐ

戦隊ヒロイン大感謝祭、荒天で「サスペンデッド」

高田美雪大脱出は後日開催へ


【柏崎】


新潟新報社創立110周年記念事業「越後の未来へ! 日本海・戦隊ヒロイン夢の大感謝祭 in 柏崎」が6日、柏崎市内の屋外特設会場で開かれた。


前日から続く雨の影響で開始時刻を繰り下げたものの、県内外から多数の来場者が訪れ、会場は雨具姿の家族連れやファンらで埋まった。


催しには赤嶺美月、西川彩香、西園寺綾乃、杉山ひかり、館山みのり、月島小春、大宮麗奈、氷見ゆりえ、阿部柚葉、本間菜帆の各戦隊ヒロインが出演。妙高市(旧新井市)出身の世界的イリュージョニスト高田美雪さんも海外から帰国して参加した。


杉山さんの進行によるトークショーやゲーム企画のほか、氷見さんと阿部さんによる演歌ユニット「白波小町」が「日本海、ふたり旅」を披露。雨天にもかかわらず、会場から大きな拍手が送られた。


一方、午後になっても雨は止まず、日没に近づくにつれて会場周辺は薄暗くなった。


主催者とヒロイン室側が協議した結果、大型装置を使用する予定だった「高田美雪・柏崎スペシャル大脱出」については安全確保が困難と判断し、実施を見送った。


協議の中で高田さんが「中止ではなくサスペンデッドにしましょう」と提案。


「サスペンデッド」は、悪天候などで途中終了した試合や催事を、後日その続きから再開する考え方。


今回も本日の催事を途中終了とし、後日改めて続行イベントを開催する。


主催者によると、6日の入場券は続行イベントでもそのまま使用できるようにする予定。出演者も可能な限り同じ顔触れをそろえる方向で調整する。


世界各地で公演を行う高田さんは、日程調整について問われると、


「私はイリュージョニストですから」


と笑顔を見せ、


「柏崎の皆さんに必ず続きをお見せしたい」


と語った。


イベントの途中終了が告げられた際には、会場から惜しむ声が上がった。


その後、新潟市秋葉区在住の戦隊ヒロイン本間菜帆さんの提案により、出演者全員によるサイン会が急きょ行われた。


本間さんは、


「雨の中、長い時間待ってくださった皆さんへ直接ありがとうを伝えたかった」


と話し、最後の来場者まで一人ずつ言葉を交わしながらサインを手渡した。


高田さんも子どもたちに、


「次は必ず大脱出を見せます」


と約束した。


新潟新報社は続行イベントの日程について、安全面と出演者の日程を調整した上で改めて発表する。


【写真】

雨天による催事の途中終了後、来場した少年へ目線を合わせて色紙を手渡す本間菜帆さん(本県新潟市秋葉区在住、右)。後方では高田美雪さん(本県妙高市=旧新井市出身)が少女にサインを渡す=6日午後、柏崎市


朝。


菜帆。


新聞を広げる。


「美雪さん、一面だね〜」


美雪。


「菜帆ちゃんも同じくらい大きいでしょう」


「でも大脱出まだやってないのに」


「その分は次回」


菜帆。


「今度は晴れるといいですね〜」


美雪。


少し妖艶な笑み。


「大丈夫よ」


「私はイリュージョニストですから」


菜帆。


「天気まで消したら、本当に魔法少女ですよ〜」


美雪。


「それも悪くないわね」


二人。


笑う。


雨で。


最大の目玉はできなかった。


新聞社の百十周年記念事業としては。


予定通りとは程遠い一日だった。


けれど。


柏崎から帰った人たちの手には。


出演者全員のサイン。


そして。


「また来る」


という約束が残った。


越後の情花・本間菜帆。


彼女には。


巨大なイリュージョンはできない。


世界を驚かせる脱出術もない。


しかし。


雨の中で長く待っていた一人一人の顔を見て。


「ありがとう」


と言うことならできる。


その日の柏崎で。


一番大きな奇跡を起こしたのは。


もしかすると。


世界的イリュージョニストではなく。


最後まで一人一人へ色紙を渡し続けた。


静かな農ガールだったのかもしれない。


もっとも。


物語は。


まだ途中だった。


サスペンデッド。


つまり。


続きは。


ちゃんと残っている。

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