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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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1246/1268

『一株だけの約束――田んぼを嫌った少年と、越後の情花・本間菜帆の収穫祭』

新潟県新潟市。


日本海に面した大都市でありながら、少し郊外へ出れば視界いっぱいに田んぼが広がる。


大きな川。


水路。


橋。


ビル。


そして水田。


都会と農村が、妙に自然な顔をして隣り合っている。


そんな町で、本間菜帆は育った。


地元の国立大学で農業を学びながら、実家の大規模スマートファームを手伝う農ガール。


戦隊ヒロインとしての異名は、


「越後の情花」


である。


ただし。


本人はその呼び名を聞くたびに、少し困った顔をする。


「情花って、なんか照れるんだよね〜」


一方。


茨城県常陸太田市には、もう一人の農ガールヒロインがいる。


山口唯奈。


こちらは派手である。


愛機、


ドリームトラクター「蒼牙2000・改」


を乗り回し。


イベントでは豪快に登場。


少年たちが、


「唯奈ちゃーん!」


と叫べば、


「よーし、行くぞー!」


と満面の笑顔で応える。


アクションも派手。


性格も明朗快活。


ヒロインとして非常に分かりやすい。


いわば、


「動」の農ガール。


対して菜帆。


イベント会場へ来ても。


派手に登場しない。


普通に軽トラックから降りてくる。


農作業用の帽子。


長靴。


軍手。


そして、


「おはようございま〜す」


と挨拶する。


スタッフより先に苗箱を運ぶ。


忘れ物をした子がいれば一緒に探す。


誰かが転べば、その子が泣く前に横へしゃがむ。


集合写真ではだいたい端にいる。


「静」の農ガール。


ヒロインらしくない。


と言われれば、本人も否定しない。


「まあ、怪人毎日出てくるわけじゃないしね〜」


それが菜帆だった。


ある初夏。


菜帆の実家が営むスマートファームで、小学生向けの田植え体験が行われることになった。


目的は食育。


自分たちが毎日食べている米が、


どこで。


どう育てられ。


誰が。


どれだけ手をかけているのか。


実際に田んぼへ入って知ってもらう。


戦隊ヒロインプロジェクトも協力した。


当日の朝。


子どもたちがバスから降りてくる。


「広っ!」


「田んぼしかない!」


「カエルいる!」


「虫いる!」


「帰りたい!」


開始一分で意見が分裂していた。


菜帆は笑いながら出迎える。


「おはようございま〜す。本間菜帆です。今日は皆さんに田植えをやってもらいます」


男の子が手を挙げる。


「トラクター乗れる?」


「今日は乗れません」


「えー!」


別の子。


「唯奈ちゃんの蒼牙2000・改は?」


「今日は来ません」


少年たち。


「ええーっ!」


菜帆。


「みんな私じゃ不満なんだね〜」


先生が慌てる。


「そ、そんなことないですよ!」


菜帆。


「大丈夫です。慣れてますから」


笑いが起きる。


田植え開始。


裸足になった子どもたちが恐る恐る泥へ入る。


「うわあああ!」


「足抜けない!」


「冷たい!」


「先生、靴下脱ぎ忘れた!」


「何で履いたまま入ったの!」


一人転ぶ。


べちゃ。


全身泥。


周囲大爆笑。


菜帆。


「大丈夫?」


少年。


「大丈夫!」


「じゃあそのまま続けよっか」


「着替えは!?」


「あとでね〜」


実にのんびりしている。


菜帆は一株ずつ苗を見せる。


「これをね、三本か四本くらい」


「根っこを傷めないように」


「深すぎると育ちにくいし、浅すぎても倒れます」


女の子。


「難しい!」


「最初は曲がっても大丈夫」


男の子。


「菜帆ちゃんの曲がってない!」


「二十年くらいやってるからね」


「二十年!?」


「小さい頃から手伝ってるから」


「ベテランだ!」


「大学生なんだけどなあ〜」


また笑い。


その中で。


一人だけ。


田んぼへ入っていない少年がいた。


小学六年生。


翔太。


畦道に座ったまま。


靴を脱ごうともしない。


苗も触らない。


先生が声をかける。


「翔太君」


返事なし。


「せっかくだから、ちょっとだけでもやってみない?」


「嫌です」


「みんなやってるよ」


「やりたくない」


友達が泥の中から叫ぶ。


「翔太、泥怖いんだろ!」


翔太が顔を上げた。


「違う!」


「じゃあ入れよ!」


「うるさい!」


先生が注意しようとする。


その時。


菜帆が、


「先生」


と静かに止めた。


そして翔太へ。


「今日は見てるだけでもいいよ〜」


翔太が怪訝そうに見る。


「……いいの?」


「うん」


「田植え体験なのに?」


「体験って、絶対やらなきゃいけないものでもないから」


「でも先生が」


「先生には私から言っとく」


先生も困った顔で頷く。


「まあ、本間さんがそう言うなら……」


菜帆はそれ以上話しかけなかった。


また田んぼへ戻る。


苗を植える。


子どもの質問に答える。


転んだ子を起こす。


カエルを捕まえた少年に、


「あとでちゃんと返してね〜」


と言う。


翔太は。


しばらくそれを見ていた。


十分。


二十分。


三十分。


そして。


自分から近づいてくる。


畦の端。


「ねえ」


菜帆が振り返る。


「ん?」


「戦隊ヒロインなんでしょ?」


「そうだよ」


「何でこんな泥だらけなん?」


菜帆は自分を見る。


膝まで泥。


手も泥。


頬にも少し泥。


「農家だから」


「ヒロインじゃないの?」


「両方」


「ヒロインって、怪人倒すんじゃないの?」


「怪人が毎日来たら、新潟大変だよ〜」


翔太が少し笑った。


菜帆は気づく。


でも。


そこを突かない。


また苗を植える。


翔太がぽつりと言う。


「父ちゃんも昔、米作ってた」


菜帆の手が止まる。


ほんの一瞬。


「そうなんだ」


「今はやってない」


「うん」


「失敗したから」


菜帆は顔を上げない。


それが翔太には話しやすかった。


「田んぼ増やしたんだって」


「機械も買って」


「借金して」


「でもうまくいかなかった」


「それでやめた」


声が少し固くなる。


「父ちゃん、農業なんかやるもんじゃないって言ってる」


「米なんか作っても儲からないって」


菜帆。


「そっか」


翔太。


「だから俺も嫌い」


菜帆は苗を植える。


「農業も嫌い」


もう一株。


「田んぼも嫌い」


もう一株。


「米も嫌い」


菜帆。


「そっか」


翔太が少し苛立つ。


「それだけ?」


「うん」


「怒らないの?」


「何で?」


「菜帆さん、米作ってんだろ?」


「作ってるよ」


「じゃあ米嫌いって言われたらムカつかない?」


菜帆は少し考えた。


「嫌いになる理由あったんでしょ?」


翔太は黙る。


「それ聞いてから怒るか考えようかな」


「変なの」


「よく言われる」


菜帆は畦へ上がった。


翔太の隣に座る。


距離は少し空ける。


「農業ってさ」


「うん」


「いいことばっかりじゃないよ」


翔太が見る。


「雨降ってほしい時に降らないし」


「降らなくていい時に降るし」


「暑すぎる年もあるし」


「病気も出るし」


「機械壊れると高いし」


「肥料も高いし」


「頑張れば絶対儲かる、なんて仕事でもない」


翔太。


「じゃあ何でやってんの?」


菜帆。


「うーん」


遠く。


田んぼ。


子どもたち。


空。


「好きだから、だけでもないかな」


「嫌になる時もあるよ」


翔太。


「ヒロインなのに?」


「ヒロインでも嫌な日はあるよ〜」


「唯奈ちゃんとかいつも楽しそう」


「唯奈ちゃんは元気すぎる」


翔太が笑う。


「でもね」


菜帆は続ける。


「お米って、今日植えて明日できるものじゃないでしょ」


「うん」


「何か月もかけて育てる」


「水見て」


「天気見て」


「稲見て」


「失敗したら来年また考える」


少し笑う。


「ヒーロー番組みたいに、三十分で全部解決しないんだよ」


翔太。


「戦隊ヒロインなのに?」


「だから私、派手なヒロイン向いてないんだと思う」


「必殺技ないの?」


「あるよ」


翔太が少し目を輝かせる。


「何?」


菜帆。


「草取り」


「地味!」


「ものすごく効くよ」


翔太は声を出して笑った。


その笑い声を聞いても。


菜帆は、


「笑ったね」


とは言わない。


ただ立ち上がる。


「じゃあ、私戻るね」


翔太。


「うん」


菜帆が二、三歩進む。


その時。


「……一本だけなら」


菜帆が振り返る。


「ん?」


翔太が靴を脱いでいる。


「一株だけ」


菜帆。


「いいよ」


「それ以上やらないから」


「うん」


「絶対一株」


「分かった」


笑いすぎない。


喜びすぎない。


菜帆はただ空いている場所を指す。


「じゃあ、ここ」


翔太が泥へ足を入れる。


一歩。


「うわっ!」


「どうした?」


「気持ち悪い!」


「最初はそうだよ〜」


二歩。


「足抜けない!」


「真上に引っ張らないで、ちょっと斜めに」


「先に言ってよ!」


「今聞かれたから」


「ヒロイン役に立たない!」


「ごめんね〜」


近くの子どもたちが笑う。


翔太も。


菜帆が苗を渡す。


「三本くらい」


「こう?」


「もうちょっと根っこの方」


「ここ?」


「そう」


翔太が植える。


曲がる。


「……曲がった」


菜帆。


「曲がったね」


「直してよ」


「自分で直せば?」


「ヒロインなんだからやってよ!」


「そこは農家の仕事じゃなくて翔太君の仕事」


「ケチ」


「はいはい」


翔太が直す。


一株。


真っすぐ。


菜帆。


「あ」


「何?」


「できた」


翔太は少し嬉しそうだった。


だが。


すぐに平静な顔へ戻す。


「もうやらない」


「うん」


「絶対やらない」


「うん」


「……もう一本ならやってもいいけど」


菜帆。


「どっち?」


翔太。


「うるさい!」


結局。


三株植えた。


菜帆は誰にも言わなかった。


先生にも。


友達にも。


「翔太君、できたね!」


などとは言わせなかった。


ただ。


その日の最後。


翔太が帰る時。


「菜帆さん」


「ん?」


「さっきの苗」


「うん」


「ちゃんと育つ?」


菜帆。


「たぶん」


「たぶん?」


「農業に絶対はないから」


翔太は少し不満そう。


「でも」


菜帆が続ける。


「ちゃんと見とくよ」


翔太。


「……お願い」


「はい」


夏。


菜帆は田んぼを見た。


翔太の苗がどれか。


もう分からない。


全部同じように伸びていた。


秋。


黄金色。


収穫祭。


再び小学生たちがやってくる。


翔太も来た。


そして。


その後ろ。


父親。


菜帆はすぐ分かった。


少し硬い顔。


「本間さんですか」


「はい」


「息子がお世話になりました」


菜帆。


「何にもしてませんよ〜」


父。


「何か余計なこと、話しませんでしたか」


「余計なこと?」


「うちのこととか」


菜帆は少し考えた。


「田んぼ嫌いって言ってました」


父の顔が曇る。


「……そうでしょうね」


菜帆。


「でも三株植えました」


父が顔を上げる。


「三株?」


翔太が遠くから叫ぶ。


「二株だったかもしれない!」


菜帆。


「三株!」


「覚えてない!」


菜帆。


「私が覚えてます!」


父が。


少し笑った。


ほんの少し。


収穫。


子どもたちが鎌を持つ。


安全確認。


稲を刈る。


翔太もやる。


今度は嫌がらない。


作業後。


翔太が田んぼを見る。


「俺が植えたのどれ?」


菜帆。


「分かんない」


「何で!」


「もう全部同じだから」


「見とくって言ったじゃん!」


「育つか見とくって言ったの」


翔太。


「ずるい!」


菜帆。


「大人だからね〜」


「最低!」


笑い。


菜帆は一面の稲を指す。


「でも、このどこかにはあるよ」


「どこ?」


「分からない」


「じゃあ意味ないじゃん」


菜帆。


「そうかな」


翔太が見る。


「翔太君が植えた三株だけ特別じゃなくて」


「みんなが植えたのも」


「うちの家族が植えたのも」


「機械で植えたのも」


「全部一緒に育って」


「一緒にお米になる」


「それでいいんじゃない?」


翔太は何も言わなかった。


収穫祭。


炊きたての新米。


湯気。


茶碗。


漬物。


味噌汁。


翔太が一口食べる。


しばらく噛む。


もう一口。


父が横に座っている。


「どうだ?」


翔太。


「……うまい」


父の目が少し揺れる。


翔太。


「父ちゃんも食えよ」


「俺はいい」


「いいから」


茶碗を差し出す。


父が受け取る。


一口。


沈黙。


翔太。


「どう?」


父。


「……うまいな」


それだけ。


菜帆は少し離れたところで。


他の子の茶碗へご飯をよそっている。


二人のところへ行かない。


スタッフが小声で、


「菜帆さん」


「ん?」


「あそこ」


「うん」


「いいんですか? 行かなくて」


菜帆。


「何で?」


「せっかく……」


菜帆は親子を見る。


父と息子。


一つの米袋。


二人で話している。


「今、私いらないですよ〜」


それだけ。


しばらくして。


翔太が小さな米袋を持ってくる。


「菜帆さん」


「ん?」


「これ持って帰っていい?」


「もちろん」


「父ちゃんと食べる」


「うん」


少し間。


翔太。


「来年も田植えやる?」


「たぶん」


「たぶんばっかりだな」


「農業だからね〜」


翔太。


「じゃあ」


照れくさそう。


「来年は三株より多くやる」


菜帆。


「好きなだけどうぞ」


翔太。


「全部はやらないから」


「うん」


「十株くらい」


「はい」


「二十でもいいけど」


「はいはい」


「……一列でもいい」


菜帆。


「増えてるね〜」


「うるさい!」


翔太は父のところへ走っていく。


父が菜帆へ頭を下げた。


菜帆も。


小さく頭を下げる。


問題が全部解決したわけではない。


父の失敗は消えない。


農業をやめた過去も変わらない。


借金の記憶も。


家族が苦しんだ時間も。


なかったことにはならない。


でも。


父と息子が。


同じ米を、


「うまい」


と言って食べた。


それで。


今日は十分だった。


夕方。


イベント終了。


スタッフが片付けをしている。


菜帆も当然のようにパイプ椅子を運ぶ。


若いスタッフ。


「菜帆さん」


「はい?」


「ヒロインなんだから、片付けは僕らがやりますよ」


「人手足りないでしょ」


「でも」


「ヒロインが椅子運んだら駄目?」


「……いや」


「じゃあ運ぼ」


二人で運ぶ。


少し離れた場所。


黄金色の田んぼ。


夕日。


風。


稲穂が揺れる。


スタッフが言う。


「今日、いいことしましたね」


菜帆。


「私が?」


「翔太君」


「ああ」


「救いましたよね」


菜帆は首を振る。


「そんな大げさな」


「でも」


「私は苗渡しただけですよ〜」


それ以上。


何も言わない。


農ガールヒロイン。


山口唯奈なら。


きっと大きな笑顔で。


大きな声で。


子どもたちの先頭を走る。


それも素晴らしい。


そして。


本間菜帆は。


最後尾を歩く。


誰か一人。


遅れている子がいないか見ながら。


誰か一人。


黙っている子がいないか気にしながら。


急がせない。


引っ張らない。


それでも。


気がつけば。


その人が自分から一歩前へ出ている。


「動」の山口唯奈。


「静」の本間菜帆。


どちらも農ガール。


どちらも戦隊ヒロイン。


ただ。


菜帆の必殺技は。


派手な光線でも。


華麗なアクションでもなかった。


相手の隣へ座ること。


黙って話を聞くこと。


必要な時だけ。


ほんの少し手を差し出すこと。


日本海から吹く秋の風。


一面の稲穂。


その中を。


翔太と父が並んで歩いていく。


菜帆は遠くから見送った。


そして。


いつもの柔らかい笑顔で。


「来年も来るといいね〜」


誰に聞かせるでもなく呟いた。


越後の情花、本間菜帆。


世界を救ったわけではない。


怪人を倒したわけでもない。


ただ。


田んぼを嫌っていた一人の少年が。


もう一度、


「ご飯って、うまいな」


と思えるところまで。


隣を歩いただけだった。

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