白波小町、鳥海山へ帰る――鳥海の雪月花、大家族と野村ラッパに包囲される!?
富山県高岡市を離れたロケ車が、次なる目的地へ向かって北上していた。
CS放送の紀行企画『白波小町・日本海ふたり旅――歌の故郷を訪ねて』。
前回は、氷見ゆりえの故郷を巡った。
本来なら就職していたはずの漁協。
父の漁船。
築百年近い実家。
そして夜。
ゆりえの父とブラックキャブプロダクション社長・野村吉彦、通称ノムさんが、日本酒を酌み交わしながら昔の約束を語った。
普段なら「紅白じゃ!」「レコ大じゃ!」「世界進出じゃ!」と三分に一度は巨大なラッパを吹く男が、その夜だけは静かだった。
ゆりえを芸能界へ連れていく時、
――娘さんを預かる以上、わしが責任持って守ります。
そう約束した。
そして今も、その約束を守っている。
番組は予想外の人情回となった。
それだけに。
次の主役である阿部柚葉は少々困っていた。
「……うち、あんなに感動的になるかな」
後部座席で柚葉が呟いた。
ゆりえが隣から笑う。
「柚葉ちゃんとこは家族多いんやろ?」
「多い」
「それだけで何か起きそうちゃ」
前の席からノムさん。
「人数多いいうても七人きょうだいじゃろ。わしゃ芸能界で何百人いう現場仕切ってきた男じゃ」
柚葉は窓の外を見たまま答えた。
「親戚も来るそうです」
「ええじゃないか」
「かなり」
「何人くらい?」
「分かりません」
ノムさんが振り返った。
「その答え、富山では聞かんかったぞ」
「数えてないので」
「何で数えん!」
「親戚を数える習慣ないですから」
ゆりえが吹き出した。
ロケ車がにかほ市へ入る。
そこで景色が変わった。
西には日本海。
反対側には田園。
そして、その向こうから大きく立ち上がる鳥海山。
ゆりえが窓へ顔を寄せた。
「すごいちゃ」
柚葉。
「何が?」
「海見て振り向いたら、すぐ山がおる」
「ずっとそうだったから、私には普通なんだけど」
ノムさんまで窓を見る。
「これはええのう」
珍しく素直だった。
田畑の向こう。
工場群が見える。
巨大な建物の向こうには鳥海山。
田園と先端産業。
古い集落と現代的な製造拠点。
一見すると不思議な風景だった。
番組スタッフが尋ねる。
「柚葉さん、この辺りって工場多いんですね」
柚葉は頷く。
「世界的な電子部品メーカーの工場があるんです。父もそこで働いていますし、親戚にも本体や関連会社で働いてる人が何人もいます」
ノムさん。
「つまり阿部一族は電子部品一族でもあるんか」
「そこまで言ってません」
「じゃけど、田んぼの向こうに世界級の部品工場いうのも面白い町じゃの」
「そうですね。農業の町でもあるし、海もあるし、工場もある」
ゆりえ。
「全部あるちゃ」
ノムさんは急に得意そうな顔になる。
「分かったぞ」
柚葉。
「何がです?」
「柚葉ちゃんが普段おとなしいのに、突然ものすごいこと言い出す理由じゃ」
嫌な予感がした。
「何ですか」
ノムさんは鳥海山を指さした。
「見た目は静かな田園!」
続いて工場。
「中身は世界最先端の電子部品!」
そして柚葉。
「お前も同じじゃ!」
「やめてください」
「にかほの電子部品魂じゃ!」
「全然関係ありません」
ゆりえ。
「でも妙に納得できるちゃ」
「ゆりえさんまで乗らないで」
ここで番組ナレーション。
――鳥海山の麓。日本海を望む田園地帯。その中に最先端のものづくり産業が息づく町、にかほ。
映像には稲穂。
日本海。
工場。
そして鳥海山。
続いて市場の魚。
天然岩ガキ。
寒い季節なら寒鱈。
郷土のハタハタ寿司。
いちじくを使った甘味。
柚葉が案内する。
「山のものも海のものもあるので、食べ物はかなり豊富です」
ノムさん。
「富山も秋田も食いもんが強い!」
ゆりえ。
「社長、旅番組になると急に食欲だけ若返るちゃ」
「うまいもんに年齢は関係ない!」
そして。
鳥海山がきれいに見える場所で撮影車が止まった。
柚葉が降りる。
風が長い黒髪を揺らす。
雪を抱いた鳥海山。
日本海。
その二つの景色の間に柚葉が立つ。
カメラマンが、
「これは“鳥海の雪月花”ですね」
と言った。
ノムさんが胸を張る。
「じゃろ!」
柚葉。
「社長が付けたんでしたっけ?」
「そこは曖昧にしとこう」
「なぜです?」
ともあれ。
「鳥海の雪月花」。
雪を頂く鳥海山。
四季の花。
そして透明感のある秋田美人。
そのキャッチコピーは、故郷へ戻ってみると妙にしっくりきた。
『日本海、ふたり旅』の旋律がBGMとして流れる。
富山編では、海から旅が始まった。
今回は、その日本海の向こうに白い峰がある。
ゆりえが呟く。
「うちの富山湾から始まって、ここへ来た感じするちゃ」
柚葉も鳥海山を見上げる。
「歌ってる時は景色を想像してたんだけどね」
「本物を見ると違う?」
「全然違う」
少し間。
「……これ、私の歌なんだなって思う」
それは静かな一言だった。
しかし。
その静けさは長く続かなかった。
次のロケ先。
柚葉の同級生たちが待っていた。
男女合わせて六人。
全員一般人。
のはずだった。
スタッフが並んだ六人を見て黙った。
カメラマンが一度レンズを下げた。
ノムさんも黙った。
ゆりえが小声。
「……柚葉ちゃん」
「何?」
「同級生、顔面偏差値高すぎん?」
柚葉。
「そう?」
「そうちゃ!」
男性陣。
長身で爽やかな会社員。
スポーツマン風の整った男性。
眼鏡の似合う知的な青年。
女性陣。
地方局のアナウンサーと言われても納得しそうな女性。
モデル系の長身女性。
透明感のある色白の女性。
ノムさんの目が明らかに変わった。
柚葉。
「社長」
「何じゃ」
「仕事の顔になってます」
「芸能事務所社長じゃけえ」
「今日はスカウト番組じゃありません」
ノムさんは男性同級生までじっと見る。
「男もいけるのう……」
男性同級生。
「え?」
柚葉。
「やめてください」
インタビュー開始。
スタッフ。
「阿部柚葉さんって、子どもの頃はどんな子でした?」
女性同級生が即答する。
「美少女」
柚葉。
「いきなりそれ?」
男性同級生。
「それは否定できない」
別の女性。
「小学校の頃から有名だったよね」
男性。
「他のクラスでも名前知られてた」
柚葉。
「知らなかった」
全員。
「本人だけ知らなかった!」
爆笑。
ゆりえ。
「本物の天然やちゃ」
同級生によれば、柚葉は昔から目立っていた。
背が高い。
色が白い。
黒髪。
整った顔立ち。
しかし本人は外見を武器にするタイプではなかった。
むしろ。
「真面目」
「成績良かった」
「先生から信頼されてた」
「困ってる子いたら絶対助ける」
「落とし物あったら放課後まで持ち主探してるような子」
典型的な優等生。
ところが。
男性同級生が言った。
「ただ、時々おかしくなる」
柚葉。
「おかしくはならない」
「なるよ」
女性同級生も頷く。
「普段すごく常識的なのに、突然すごいこと言うの」
スタッフ。
「たとえば?」
男性同級生が笑う。
「小学校の遠足の話」
柚葉の顔が少し曇る。
「やめない?」
「絶対やる」
本来。
近場の公園へ行く計画だった。
先生が、
「どこへ行きたいですか?」
と児童へ聞いた。
大半。
「公園!」
「水族館!」
そこで柚葉。
「どうせなら鳥海山に登りませんか?」
先生。
「登りません」
即却下。
スタッフ爆笑。
柚葉。
「覚えてない」
全員。
「覚えてる!」
別の女性同級生。
「文化祭も」
普通に教室展示をする予定だった。
柚葉が突然、
「教室だけだともったいないから、廊下まで全部迷路にしましょう」
と言い出した。
先生。
「消防法上やめましょう」
柚葉。
「……それは覚えてる」
ノムさん。
「尖っとる!」
柚葉。
「そこ喜ばないでください」
さらに。
中学校では清掃活動。
普通なら学校周辺だけ。
柚葉。
「せっかくだから海岸まで全部やりませんか?」
教師。
「範囲が広すぎます」
高校では募金活動。
柚葉。
「学校の中だけより、駅前でやった方が集まると思います」
教師。
「許可を取ってからにしてください」
ゆりえは腹を抱える。
「今と一緒やちゃ!」
ノムさん。
「完全に今の柚葉ちゃんじゃ!」
柚葉はついに観念した。
「……昔からだったんだ」
女性同級生。
「そうだよ」
男性同級生。
「戦隊ヒロインに自分から応募したって聞いても誰も驚かなかった」
「むしろ」
「柚葉ならやるよね」
「って」
ただし。
男性同級生が付け加える。
「グラビアは驚いた」
女性。
「演歌はもっと驚いた」
柚葉。
「そこは私も驚いてます」
ノムさん。
「演歌はわしのおかげじゃ!」
ゆりえ。
「原因の間違いやちゃ」
そして。
同級生の間で人気があったという話になる。
スタッフ。
「やっぱり男子からも人気ありました?」
男友達。
「そりゃ」
女友達。
「かなり」
別の男性。
「でも本人が鈍いから」
柚葉。
「何が?」
「何人か告白しようとして諦めてたぞ」
「初耳なんだけど」
ノムさんが身を乗り出す。
「名前聞こう!」
柚葉。
「聞かなくていいです」
「番組的に!」
「いりません」
「一人くらい!」
「社長」
「はい」
このやり取りで、同級生全員大笑い。
インタビューを終えたノムさんは、まだ名残惜しそうだった。
「あの六人、普通に芸能界いけるぞ」
柚葉。
「地元の友達をまとめてスカウトしないでください」
「秋田、人材豊富じゃのう……」
ゆりえ。
「社長、ロケ終わってから名刺配らんようにね」
「読まれとる!」
そして。
ついに。
阿部家。
車内。
柚葉。
「一応言っておきます」
ノムさん。
「またか」
「今日は親戚もかなり来てます」
「もう聞いた」
「本当にかなりです」
「わしゃ芸能界五十年以上じゃ。少々の人数には動じん!」
到着。
玄関。
柚葉が引き戸を開ける。
「ただいま」
次の瞬間。
「柚葉ー!」
「帰ってきた!」
「テレビ来た!」
「ゆりえちゃん!」
「ノムさん!」
「本物だ!」
「熱湯の人だ!」
ノムさん。
「最後誰じゃ!」
人が出てくる。
一人。
二人。
五人。
十人。
十五人。
まだ出る。
ノムさんの顔から余裕が消えていく。
七人きょうだい。
その家族。
叔父。
叔母。
いとこ。
甥。
姪。
祖父。
祖母。
親戚。
親戚の親戚。
スタッフが数える。
「二十六……」
さらに奥。
「三人いました」
「二十九」
ノムさん。
「町内会じゃろ!」
柚葉。
「親戚です」
「親戚いう人数じゃない!」
ゆりえ。
「ノムさん囲まれとるちゃ」
本当に囲まれた。
幼稚園児。
「ノムさん、熱湯入った人?」
「そこから離れろ!」
小学生。
「白波小町四位だった!」
「よう知っとる!」
中学生。
「次の週百八十六位!」
ノムさん。
「そこまで言わんでええ!」
高校生。
「ナイアガラ!」
「誰が教えた!」
柚葉。
「たぶん放送です」
ノムさんは開始五分で完全に防戦一方となった。
そして。
親族最大の長老。
曾祖母登場。
小柄。
元気。
柚葉を見るなり笑顔。
そのままノムさんの手を握る。
そして。
猛烈な秋田弁。
「********************!」
ノムさん。
「…………」
曾祖母。
「************!」
ノムさん。
「はい」
柚葉。
「分かってるんですか?」
「一個も分からん」
一同爆笑。
祖父が立つ。
「わしが訳す」
ノムさん。
「助かります!」
祖父。
「****************!」
ノムさん。
「……すみません」
「何だ?」
「通訳の人も訛っとる」
ゆりえが崩れ落ちそうになる。
「二段階でも分からんちゃ!」
ようやく柚葉の父が標準語寄りにまとめる。
「体に気をつけて、無理しないで頑張れ、だそうです」
ノムさん。
「そんな優しい話じゃったんか!」
曾祖母。
「んだ!」
「ありがとうございます!」
何となく通じた。
すると。
曾祖母。
立つ。
ノムさん。
「どちらへ?」
柚葉。
「寝ます」
「今から?」
時計。
午後七時二十八分。
柚葉。
「いつも七時半には寝るので」
曾祖母は最後にまた猛烈な秋田弁。
「********!」
ノムさん。
「今のは?」
父。
「じゃあな、だと思います」
「最後は推定なんか!」
午後七時三十分。
曾祖母。
きっちり退場。
ノムさん。
「生活リズム強すぎるじゃろ!」
その後。
大宴会。
長い座卓。
日本酒。
魚。
山菜。
鍋。
漬物。
料理が次々出る。
ノムさんは祖父と飲む。
父と飲む。
叔父と飲む。
また祖父。
別の叔父。
関連会社勤務のいとこ。
電子部品メーカー勤務の父。
話を聞けば聞くほど、阿部一族と地元工場の結びつきが強い。
「父ちゃんも?」
柚葉。
「はい」
「叔父さんも?」
「はい」
「そっちのいとこも?」
「関連会社です」
ノムさん。
「ほんまに電子部品一族じゃないか!」
柚葉。
「町に工場多いんです」
祖父。
「昔からこの辺は工場で食っとる家多いからな」
ノムさん。
「田んぼあって、海あって、世界級の部品作っとる。面白い町じゃのう」
そして母。
柚葉とよく似た顔立ち。
長い黒髪の面影。
年齢を重ねても上品な美人。
ノムさんが明らかに見る。
柚葉。
「社長」
「何じゃ」
「母を見すぎです」
「見とらん」
「見てました」
「いやぁ、お母さんも美人じゃのうと思って」
母。
「まあまあ」
ノムさん。
「若い頃、芸能界とか――」
柚葉。
「社長」
声が一段低い。
「はい」
「母をスカウトしないでください」
「まだ最後まで言うとらん!」
ゆりえ。
「最後まで言わんでも分かるちゃ」
祖父。
「娘だけで足りんのか!」
家中爆笑。
ノムさん。
「職業病じゃ!」
しかし。
ノムさんにとって本当の試練はここからだった。
阿部家の若い親戚。
顔立ちの整った子が妙に多い。
幼稚園児。
小学生。
中学生。
高校生。
男女とも。
カメラマンがぼそっと言う。
「この家、キャスティング会社いらないですね」
ノムさん。
「わしも今そう思った」
柚葉。
「思わないでください」
高校生の女の子が聞く。
「ノムさん、私も芸能界行きたい」
中学生の男の子。
「僕もテレビ出たい!」
別の子。
「戦隊ヒロインやりたい!」
ノムさんは一瞬だけスカウトマンの顔になった。
だが。
すぐに戻る。
「まだ駄目じゃ」
「えーっ!」
「うちは十八歳以上」
高校生。
「卒業したら?」
「学校ちゃんと卒業して、それでもまだ本気でやりたかったら、その時考えんさい」
柚葉が少し驚いた。
こういうところだけは。
本当にきちんとしている。
だが。
そこからがおかしかった。
ノムさんが子どもたちの前に立つ。
「ええか!」
「はーい!」
「宿題やれよ!」
「はーい!」
「風呂入ったか!」
「まだー!」
「入れよ!」
「はーい!」
「歯ぁ磨けよ!」
「はーい!」
「早よ寝ろよ!」
「はーい!」
「お父さん、お母さんの言うこと聞けよ!」
「はーい!」
「おじいさん、おばあさん大事にせえよ!」
「はーい!」
柚葉。
「社長」
「何じゃ!」
「何の番組になったんですか」
ゆりえは腹を抱える。
「昭和の土曜八時やちゃ!」
祖父が大喜び。
「もう一回やれ!」
ノムさん。
「風呂入れよ!」
親戚一同。
「はーい!」
「歯ぁ磨けよ!」
「はーい!」
スタッフまで参加。
柚葉だけが額を押さえていた。
「CSの紀行番組だったはずなんだけど……」
夜が深くなった。
幼い子どもたちも寝た。
人数が少し減る。
ようやく。
祖父。
祖母。
父。
母。
ノムさん。
ゆりえ。
柚葉。
落ち着いて日本酒を酌み交わす。
祖母が言う。
「柚葉は昔からね、おとなしい子なんだけど」
父。
「急に変なこと言う」
柚葉。
「今日それ何回目ですか」
母。
「でも、誰か困ってると一番先に動くの」
祖父。
「そこは昔から変わらん」
ノムさんが頷く。
「だから、自分から戦隊ヒロインに志願したんですね」
父。
「驚かなかったですよ」
「心配はしましたけど」
母も頷く。
「自分がやるって言ったら、やる子だから」
ノムさんは杯を置いた。
「東京で見とる柚葉ちゃん、そのままじゃのう」
柚葉。
「そんなに変わってないですか」
ゆりえ。
「変わっとらんと思うちゃ」
普段は静か。
礼儀正しい。
頭もいい。
しかし。
突然。
誰も予想しない方向へ一歩踏み出す。
戦隊ヒロイン。
グラビア。
そして。
演歌。
鳥海の雪月花。
雪のような静けさ。
花のような華。
そしてその下に。
鳥海山の岩肌のような芯がある。
ノムさんがぽつりと言う。
「“鳥海の雪月花”いう名前、案外そのままなんじゃの」
柚葉が少し照れる。
「今日は珍しくまともですね」
「“今日は”はいらん!」
翌朝。
日本海と鳥海山を一緒に望める場所。
小さな特設ステージ。
家族。
親戚。
同級生。
近所の人々。
『日本海、ふたり旅』。
イントロが流れる。
柚葉は鳥海山を見る。
白い峰。
海から吹く風。
これまで東京で何度も歌った歌詞。
しかし今は。
想像しなくていい。
目の前に全部ある。
歌い始める。
透明感のある声。
これまでより力を抜いて。
誰かに故郷の景色を見せるように。
間奏。
ゆりえの語り。
富山湾からやってきた声が。
鳥海山へ届く。
そして再び柚葉。
二つの故郷が。
一曲の中で本当につながる。
歌が終わる。
拍手。
親戚二十九人の拍手は、普通にうるさかった。
柚葉が笑う。
「東京に出るまでは、これが普通の景色だと思ってました」
鳥海山を見る。
「でも離れてみて」
「海があって、山があって、田んぼがあって、工場があって」
「いろんなものが近くにあるこの町で育ったことが、今の私につながってるのかもしれません」
ノムさん。
「尖った大胆さも!」
柚葉。
「それはもういいです」
同級生たち。
「いや、それが一番変わってない!」
大爆笑。
帰り。
ロケ車。
ノムさんはシートに沈んでいた。
ゆりえ。
「社長」
「何じゃ……」
「元気ないちゃ」
「疲れた」
柚葉。
「何が一番大変でした?」
「親戚」
即答。
「二十九人に一人ずつ話しかけられてみい」
ゆりえ。
「人気者やったちゃ」
「幼稚園児から曾祖母まで全方位じゃ!」
柚葉が何気なく言った。
「でも今日は全員じゃないですよ」
ノムさんの目が開く。
「……何?」
「都合悪くて来られなかった親戚も結構いるので」
沈黙。
「何人くらい?」
柚葉。
「分かりません」
ノムさんが天井を見た。
「もう数えるな」
ゆりえ大爆笑。
車窓の向こう。
日本海。
田園。
工場。
そして鳥海山が遠ざかっていく。
白波小町の『日本海、ふたり旅』。
ランキングでは、相変わらず富山湾の深海を潜航中。
けれど。
富山で。
秋田で。
二人は一週間の順位では測れないものを手に入れていた。
自分たちがどこから来たのか。
何のためにこの歌を歌うのか。
そしてノムさんは。
歌のこころと同時に。
もう一つ重要な教訓を得た。
阿部家へ行く時は、親戚の人数を先に聞いておく。
もっとも。
聞いたところで。
たぶん、どうにもならないのだが。




