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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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1243/1272

白波小町、原点へ帰る――富山湾のマーメイド、漁港に響く「日本海、ふたり旅」

白波小町のデビュー曲『日本海、ふたり旅』は、発売初週こそ全国週間シングルチャート四位という、本人たちですら目を疑う順位を記録した。


ところが翌週。


百八十六位。


ブラックキャブプロダクション社長・野村吉彦、通称ノムさんはランキング表を見つめて、


「……ナイアガラじゃ」


と呟いた。


その後も順位は富山湾の深海を潜航する潜水艦のように、低いところを静かに行ったり来たり。


だが。


大作曲家・浪花川龍太郎から言われた、


「歌はこころや」


という言葉は、氷見ゆりえと阿部柚葉の胸に残っていた。


客が五人なら、その五人に歌えばいい。


一枚しか売れなければ、その一枚を買ってくれた人に頭を下げればいい。


十年後。


二十年後。


誰かがふと口ずさんでくれれば、その歌はまだ生きている。


二人はランキングを気にしすぎなくなった。


もちろんノムさんは、


「ロングセラー百週じゃ!」


と別方向へラッパを吹き始めていたが、それは放っておくことにした。


そんな折。


CS放送局から白波小町へ、一つの企画が持ち込まれた。


題して、


『白波小町・日本海ふたり旅――歌の故郷を訪ねて』


『日本海、ふたり旅』に歌われた景色を、白波小町本人たちが実際に巡る。


単なる観光番組ではない。


二人の故郷。


家族。


芸能界入りのきっかけ。


そして今へ至る道のり。


それらを歌詞の風景と重ねる紀行ドキュメンタリーだった。


出演者は三人。


氷見ゆりえ。


阿部柚葉。


そして、なぜかノムさん。


企画書を見たブラックキャブの古参スタッフは少し驚いた。


「社長」


「何じゃ?」


「熱湯ないですよ」


「いらんわ!」


「午前四時ドッキリも」


「何で入れる必要があるんじゃ!」


「変なすごろくも」


「わしを何じゃ思うとる!」


スタッフ全員が同じ顔をした。


ノムさんは眉をひそめる。


「たまには人情番組くらいやらせんかい!」


「“たまには”なのは自覚あるんですね」


「うるさい!」


最初の目的地は富山県高岡市。


富山湾の爆乳マーメイド・氷見ゆりえの故郷である。


東京を出た時にはいつも通りだったゆりえだが、高岡が近づくにつれて少しずつ口数が減った。


車窓の向こうに見慣れた景色が増えてくる。


柚葉が隣から覗き込む。


「ゆりえさん」


「何?」


「緊張してる?」


ゆりえは一度笑った。


「ちょっとだけちゃ」


「地元なのに?」


「地元やからやちゃ」


ノムさんが前の席から振り向く。


「何年芸能人やっとるんじゃ」


「芸能人として帰るのと、娘として帰るんは違うちゃ」


ノムさんは少し黙った。


「……まあ、それはそうじゃの」


珍しく正論に押し切られた。


ゆりえには、今でも少し引っかかっていることがあった。


高校卒業後。


地元の漁協へ就職する予定だった。


内定も出ていた。


そこへノムさんが現れた。


高岡を訪れていたノムさんが、偶然ゆりえを見つけ、


「この子は写真にしたら化ける」


と言い出した。


本人は驚いた。


家族も驚いた。


とりわけ父は猛烈に反対した。


それでも東京へ出た。


グラビアタレントになった。


戦隊ヒロインになった。


写真集を出した。


演歌まで歌った。


人生がまるごと別の方向へ曲がった。


だが時々。


ふと思う。


自分を待ってくれていた漁協の人たちは、どう思っているのだろう。


内定を辞退して、迷惑をかけたのではないか。


そんな小さな罪悪感が、今も心の隅に残っていた。


最初のロケ地。


漁協。


入口をくぐった瞬間。


「おお!」


声が上がった。


「ゆりえちゃんや!」


「帰ってきたが!」


ベテラン職員が笑顔で出迎える。


ゆりえも深々と頭を下げた。


「ご無沙汰しとります」


「ほんまやちゃ」


カメラが回る。


スタッフが質問する。


「ゆりえさん、こちらに就職する予定だったんですよね?」


職員が苦笑する。


「そうながいちゃ。若い子が入ってくるいうて、みんな楽しみにしとったがやけどねぇ」


ゆりえの表情が少し固くなる。


「……すみません」


職員。


「何謝っとるが」


「でも、内定もらっとったがに……」


「そんなん、いつの話やちゃ」


職員は笑った。


「今の方がええがやない?」


ゆりえ。


「え?」


「テレビ出とったらみんな見るし」


「戦隊ヒロインやっとる言うたら、ここでも話になるし」


「演歌まで歌うとは思わんかったけど」


事務所の中に笑いが起きる。


職員は続けた。


「もう地元の自慢やちゃ」


「高岡の子が東京出て、富山のこと言うてくれる」


「それでええがいね」


「高岡や富山湾のええところ、これからもいっぱい広めてくれたら嬉しいちゃ」


ゆりえはしばらく何も言えなかった。


逃げたような気がしていた。


故郷から。


決まっていた仕事から。


当たり前になるはずだった人生から。


だが。


職員は違う言い方をした。


出ていったのではない。


外へ持っていった。


富山を。


高岡を。


自分の故郷を。


ゆりえは目を少し潤ませながら笑った。


「そんなこと言われたら、泣きそうになるちゃ」


職員。


「まだ昼やぞ」


ノムさん。


「泣くのは夜まで取っとけ!」


柚葉。


「社長が決めることじゃありません」


「細かい!」


漁港へ出る。


潮の匂い。


漁船。


魚箱。


威勢のいい声。


海の向こうには富山湾。


番組ではここで『日本海、ふたり旅』のイントロが重なる。


柚葉が海を見る。


「ここなんだね」


「何が?」


「歌の最初の景色」


ゆりえも海を見る。


東京のスタジオで何十回も聞いた旋律。


そこに今、本物の海がある。


「なんか変な感じちゃ」


「どうして?」


「今まで想像しながらやっとったがに、目の前に全部あるちゃ」


柚葉が微笑む。


「今日はちゃんと歌えそう」


ゆりえ。


「うちは歌わんけどね」


「語りも歌の一部でしょ」


「詩織ちゃんみたいなこと言うちゃ」


三人は港の食堂にも立ち寄る。


白えび。


刺身。


昆布締め。


焼き魚。


汁物。


富山湾の魚が並ぶ。


柚葉は一口食べて目を見開いた。


「おいしい」


ゆりえが急に饒舌になる。


「やろ? 富山の魚はほんまうまいちゃ」


「何でこんなに?」


「海が深いから――」


説明を始める。


地元へ戻ると、とたんに頼れる案内役だった。


ノムさんはというと。


ほとんど喋らず食べている。


スタッフ。


「野村さん、コメントお願いします」


「待て」


「撮影です」


「今この刺身が大事なんじゃ」


ゆりえ。


「社長、富山来ると仕事せんちゃ」


柚葉。


「食レポ番組なら完璧ですね」


ノムさん。


「うまいもん食う時は黙るんが礼儀じゃ!」


スタッフ。


「テレビでは困ります」


次に向かったのは、父が仕事をする漁港。


こちらではさらに大騒ぎ。


「ゆりえちゃん帰ってきたぞ!」


「白波小町や!」


「演歌歌手!」


「戦隊ヒロイン!」


「グラビア!」


肩書が多すぎて統一感がない。


ゆりえ。


「どれか一個にしてちゃ!」


漁師仲間たちは大歓迎。


当然、話題は父へ向かう。


スタッフ。


「お父さん、普段ゆりえさんのお話します?」


漁師仲間。


「するする!」


別の男。


「知らん言いながら、全部知っとる!」


「テレビ何時からかも知っとるぞ!」


「雑誌の発売日も!」


「写真集も持っとる!」


遠くから父の声。


「余計なこと言うな!」


全員。


「本人来たぞ!」


父は相変わらず無愛想。


ゆりえ。


「お父ちゃん」


「何や」


「元気?」


「見れば分かるやろ」


「そういうとこ変わらんちゃ」


漁師仲間。


「歌出す話もこいつから聞いたぞ!」


父。


「言うとらん!」


「言うた!」


「曲名まで覚えとった!」


父。


「知らん!」


「『日本海、ふたり旅』言うとったやろ!」


父。


「……たまたま覚えとっただけや!」


さらに決定的な証拠。


父の漁船。


操舵室。


そこに貼られていたのは。


着物姿の白波小町のポスター。


ゆりえはしばらく固まった。


「…………」


父。


「何や」


「お父ちゃん」


「何や」


「これ何?」


「知らん」


「お父ちゃんの船やろ?」


「知らん」


柚葉が静かに言う。


「かなり苦しいですね」


漁師仲間。


「自分で貼っとったぞ!」


父。


「うるさい!」


一同大爆笑。


ゆりえも笑う。


けれど。


胸の奥は少し違った。


芸能界入りを一番反対した父。


自分を東京へ出すことを最後まで嫌がった父。


その父が。


自分のポスターを。


毎日乗る船に貼っている。


「……ほんま、素直じゃないちゃ」


小さな声。


父には聞こえなかった。


夜。


ゆりえの実家。


築百年近い古い日本家屋。


黒光りする柱。


広い座敷。


欄間。


仏間。


長く一族が暮らしてきた時間そのもののような家だった。


母と姉も登場する。


母は最初から芸能界入りに賛成だったという。


「本人がやりたいなら、やらせればいいと思いました」


姉も基本的には賛成。


ただし。


「一つだけ、本当に不思議でした」


スタッフ。


「何ですか?」


姉。


「なぜ、ゆりえだったんだろうって」


ゆりえ。


「お姉ちゃん!」


姉。


「違う違う」


笑いながら続ける。


「妹だからもちろんかわいいとは思ってましたよ」


「でも、学校にはもっと目立つ子もいたし、華やかな子もいたし」


「ゆりえは、どっちかというと地味だったんです」


ゆりえ。


「そこまで言うちゃ?」


「だって漁協に就職すると思ってたもん」


「うちも思っとったけど」


スタッフ。


「野村さんは、どこを見たんです?」


カメラがノムさんへ。


ノムさんは少しだけ姿勢を直す。


「完成しとる子を探すだけがスカウトじゃないんよ」


「まだ本人も知らんもんを持っとる子がおる」


「写真になった時に、何か引っかかる」


「ゆりえには、それがあった」


姉。


「最初から売れると思ったんですか?」


ノムさん。


「絶対とは言わん」


ゆりえ。


「そこは言い切らんが?」


「芸能界に絶対なんぞない」


珍しく現実的だった。


「でも東京へ連れて帰って、一回勝負させたいとは思った」


ゆりえはしばらくノムさんを見る。


自分でも自分を芸能人だと思っていなかった頃。


この男だけが、


「化ける」


と言った。


今や写真集。


テレビ。


戦隊ヒロイン。


白波小町。


ゆりえが小さく笑う。


「……社長、見る目あったんやね」


ノムさん。


「今さら気づいたんか!」


「普段が普段やから」


母と姉まで笑った。


だが話は少し真面目になる。


母は言う。


「今でも危ないお仕事は心配です」


「戦隊ヒロインって、普通の芸能活動とは違いますから」


姉も頷く。


「生徒から妹のこと聞かれることもあります」


「でも、姉としては芸能人として成功するより、ちゃんと元気で帰ってきてくれる方が大事です」


ゆりえは静かに聞く。


「それと」


姉が笑う。


「せっかく高岡から全国へ出たんだから、地元のこといっぱい言ってね」


ゆりえ。


「うん」


その夜。


番組の最後の撮影。


広い座敷。


父。


ノムさん。


二人だけ。


ゆりえは別室。


番組スタッフも最低限。


日本酒。


刺身。


しばらく二人とも何も言わず飲む。


珍しい。


普段ならノムさんは三十秒黙っているのも難しい。


だが。


ここでは急がなかった。


父が口を開く。


「昔の話やけど」


「はい」


「俺は反対やった」


ノムさん。


「知っとります」


「芸能界なんか信用しとらんかった」


「それも知っとります」


「高校出て、漁協で働けばええと思っとった」


父は酒を飲む。


「あの子が東京行って」


「知らん大人ばっかりのところ行って」


「何年続くかも分からん仕事して」


「親からしたら、怖いだけや」


ノムさんは頷く。


「当然です」


父。


「あんた、何回高岡来た?」


「よう覚えとらんです」


「しつこかったな」


ノムさんが笑う。


「それが商売ですけえ」


父。


「商売いうな」


二人で少し笑う。


そして父が真顔になる。


「あの時」


「娘を預かる以上、責任持って守るって言うたな」


ノムさんも表情を変える。


「言いました」


「覚えとるか」


「もちろんです」


少し沈黙。


ノムさんは静かに言う。


「ゆりえは、うちの商品じゃないです」


「所属タレントではあります」


「でも、その前に」


「お父さんとお母さんから預かった娘さんです」


父は黙って聞く。


「売れとる時だけ大事にして」


「売れんようになったら、はい終わり」


「そんな扱いはせんです」


「うちにおる以上は最後まで面倒見ます」


いつもの野村ラッパはない。


紅白も。


レコ大も。


ミリオンも。


何もない。


ただ一人の芸能事務所社長として話している。


父が言う。


「今まで、大きな怪我はないな」


「はい」


「仕事、楽しいみたいやな」


「楽しいと思います」


父は少しだけ笑う。


「そうか」


また酒。


「テレビも……まあ、見とる」


ノムさん。


「全部じゃろ?」


「知らん」


「雑誌も?」


「知らん」


「漁船のポスターも?」


「知らん」


ノムさんが笑った。


「何にも知らんのう」


父。


「うるさい」


少し間。


父。


「歌出すいうた時は、驚いた」


ノムさん。


「わしもです」


「お前が始めたんやろ」


「まあ、そうじゃけど」


父が笑う。


「俺、演歌好きやから」


「聞きました」


「娘が歌出したいうんは」


少し照れくさそうにグラスを見る。


「……まあ、嬉しいわな」


ノムさんは何も茶化さない。


ただ頷く。


そして父が言う。


「野村さん」


「はい」


「これからも」


短い間。


「頼む」


ノムさんは父を見る。


十数年前。


まだ何者でもなかった高校生のゆりえを巡って交わした約束。


ノムさんは静かに答えた。


「任せんさい」


翌朝。


漁港。


簡単な特設ステージ。


漁協職員。


漁師仲間。


母。


姉。


そして父。


目の前には、本物の富山湾。


イントロ。


『日本海、ふたり旅』。


柚葉が歌う。


東京で何度も歌った旋律。


だが今日は、その向こうに本物の海がある。


歌詞の中の白い波。


朝。


港。


故郷。


全部が目の前にある。


間奏。


ゆりえ。


語り。


いつものように。


いや。


いつもとは少し違う。


故郷で。


故郷の人たちへ。


そして。


ここで働いていたかもしれない、もう一人の自分へ。


自然に言葉を置く。


声が少し震えた。


それでも無理に整えない。


歌はこころ。


浪花川先生の言葉を思い出す。


曲が終わる。


拍手。


その中。


父も拍手している。


大きく。


ゆりえと目が合う。


父はすぐ横を向く。


ゆりえは笑う。


「……ほんま素直じゃないちゃ」


後日。


番組OA。


ゆりえ自身も、父とノムさんのサシ飲み部分を初めて見る。


父が当時どれほど心配していたか。


ノムさんが、


「責任持って守る」


と約束していたこと。


そして父の、


「娘が歌出したいうんは、まあ嬉しいわな」


という一言。


ゆりえは黙った。


少しして。


涙が一滴。


隣の柚葉が何も言わずティッシュを渡す。


ゆりえは笑いながら受け取る。


「うち、ずっと勘違いしとったかもしれんちゃ」


「何を?」


「お父ちゃん、うちが東京行ったこと、ずっと嫌なんやと思っとった」


「でも違ったんやね」


「嫌やったんやなくて」


「怖かったんや」


娘が知らない場所へ行くことが。


自分の手の届かない世界へ行くことが。


今なら分かる。


ゆりえは涙を拭いた。


「……うち、ここまで来て良かったんやね」


柚葉が穏やかに頷く。


「うん」


そして。


別の日。


同じ番組を、隼人補佐官のマンションで芹沢遥室長も見ていた。


父とノムさん。


酒。


約束。


「任せんさい」


番組終了。


隼人。


「どうだった?」


遥は黙る。


いつもならノムさんと言えば。


午前四時生配信。


くだらない鉄道企画。


熱湯風呂。


キタノ軍団。


だいたい、


「くだらないのら!」


で終わる。


しかし。


今回は違った。


遥。


「……ノムさん」


「うん」


「ちゃんと約束守ってたのら」


隼人。


「見直した?」


「少しだけなのら」


「少しか」


「普段が普段なのら」


「厳しいな」


遥はもう一度、消えたテレビ画面を見る。


「あのお父さんに、“娘さんを守る”って言って」


「ずっと面倒見てるのは立派なのら」


隼人。


「本人に言ってやれば?」


遥。


「絶対言わないのら」


「何で?」


「調子に乗るからなのら」


その判断は正しかった。


その頃。


ブラックキャブプロダクション。


視聴者の評判が良かったと聞いたノムさんは、


「見たか! わしの人情旅!」


と既にラッパを吹き始めていた。


スタッフ。


「もう戻った」


「いつもの社長や」


ノムさん。


「次も行くぞ!」


「どこです?」


ホワイトボードに。


富山。


その隣。


もう一つの地名。


ノムさんが赤い丸を付ける。


柚葉はそれを見て、少しだけ表情を変えた。


今度は。


自分が帰る番だった。


白波小町の「ふたり旅」は。


まだ半分しか終わっていなかった。

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