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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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1240/1265

白波小町、ついに出航!――歌姫の鬼レッスンと、野村ラッパ絶好調の不穏な船出

ブラックキャブプロダクションの歴史を振り返っても、おそらく初めてだった。


巨乳グラビアタレント二人組が、戦隊ヒロインとして活動しながら、そろって演歌歌手としてデビューする。


冷静に文章にすると、かなり情報量が多い。


富山湾の爆乳マーメイド・氷見ゆりえ。


鳥海の雪月花・阿部柚葉。


グラビアや戦隊ヒロインとして二人そろって活動する時は、


「日本海ダブル・ヴィーナス」


そして演歌歌手として活動する時は、


「白波小町」


何とも昭和と令和が正面衝突したようなユニットが、本当に誕生しようとしていた。


そもそもの発端は、ブラックキャブプロダクション社長・野村吉彦、通称ノムさんが酔っぱらった夜に、


「ブラックキャブプロダクション創立記念企画じゃ!」


と言い出したことである。


しかしブラックキャブには、会社を挙げて祝うような創立記念日など存在しない。


創立何周年でもなかった。


式典もない。


記念品もない。


社員旅行もない。


むしろスタッフの誰一人、社長を含めて正確な創立日を即答できない。


それでも、


『ブラックキャブプロダクション創立記念企画』


の文字だけは企画書から消えなかった。


古参スタッフが一度、


「社長、これまだ残すんですか?」


と聞いた。


ノムさんは即答した。


「残す!」


「創立記念日ないんですよね?」


「ない!」


「じゃあ何の記念です?」


「もうええじゃろ、その話は!」


「よくないと思うんですけど」


「ここまで言うたら引けんのじゃ!」


理屈ではない。


意地である。


そして、その意地から生まれたデビュー曲が、


『日本海、ふたり旅』


だった。


作詞は昭和歌謡界の巨匠・阿久津悠策。


作曲は「浪速のシューベルト」と呼ばれる大作曲家・浪花川龍太郎。


本来なら、とんでもなく豪華な布陣である。


ところが歌うのが問題だった。


柚葉は訓練すれば何とかなる。


声質もいい。


音程を聞き分ける耳もある。


ただし、ゆりえ。


彼女は歌うと音程が自由だった。


自由すぎた。


伴奏が東へ行けば、ゆりえは西へ行く。


旋律が北へ向かえば、本人だけ南へ旅立つ。


浪花川先生をして、


「メロディーとゆりえちゃんが別々の目的地へ向かっとる」


と言わしめた逸材である。


結局、柚葉が主旋律。


ゆりえは語り、掛け声、合いの手。


その異色の構成で勝負することになった。


だが、曲ができたからといって、それだけで人前に出せるわけではない。


二人の地道なボイストレーニングが続く。


そして、そこへ強力な助っ人が加わった。


藤原詩織。


戦隊ヒロイン屈指の歌姫。


現役音大生。


父は世界的指揮者、マエストロ藤原聡。


クラシック歌曲。


演歌。


民謡。


童謡。


ポップス。


ジャズ。


果ては轟音のメタルまで。


マイクを持たせれば何でも歌う。


童謡を歌えば幼稚園児が集まり、民謡を歌えば老人会から拍手喝采を浴び、メタルを歌えば周囲が、


「詩織ちゃんにそんな声どこに入ってたの?」


と驚く。


まさに歌の万能選手。


しかも性格がいい。


異様にいい。


誰に対しても優しい。


他人の失敗を笑わない。


誰かが落ち込めば隣に座る。


年下のヒロインにも偉ぶらない。


スタッフにも必ず挨拶をする。


子どもから、


「お歌のお姉さん!」


と呼ばれれば、


「はーい」


と満面の笑みで手を振る。


温厚篤実。


品行方正。


育ちの良さがそのまま人柄になったような女性だった。


ただし。


歌うこと以外は、かなりポンコツだった。


ある日のレッスン前。


柚葉が聞いた。


「詩織ちゃん、お昼食べた?」


詩織は少し困った顔をした。


「食べようと思ったんだけどね」


「うん」


「電子レンジが動かなくて」


ゆりえ。


「壊れとったが?」


「ううん」


「じゃあ何で?」


詩織は小さな声で言った。


「コンセント入れてなかった」


二人。


「…………」


別の日。


詩織。


「昨日、自分で洗濯しようと思ったの」


柚葉。


「すごいじゃない」


「でも洗剤をどこに入れるのか分からなくて」


ゆりえ。


「そこからなが?」


「柔軟剤って洗剤じゃないの?」


「違うちゃ!」


また別の日。


一人でレッスン場へ来ようとして、駅から逆方向へ歩き、気づけば知らない公園にいた。


それでも電話口では、


「大丈夫。たぶん近いと思う」


と本人だけ妙に前向きだった。


全然近くなかった。


しかし。


楽譜を前にした瞬間。


詩織は変わった。


いつもの柔らかな笑顔が消える。


怖くなるわけではない。


声を荒らげることもない。


ただ、妥協しなくなる。


柚葉が歌う。


詩織は楽譜を見ながら聞く。


「柚葉ちゃん、もう一回」


「音、外れた?」


「音程は合ってるよ」


「じゃあ何が違う?」


「言葉が死んでる」


柚葉の眉が少し上がる。


普段の詩織からは出てこない言葉だった。


詩織は穏やかに続ける。


「“日本海”っていう言葉、ただ音符に合わせて歌っちゃだめ」


「景色を思い出して」


「柚葉ちゃんにとって日本海って何?」


柚葉は考える。


「故郷かな」


「だったら、その故郷を誰かに見せるつもりで歌ってみて」


もう一度。


柚葉が歌う。


詩織。


「うん、今の方がいい」


「でもサビの最後、ちょっと逃げた」


柚葉。


「分かった。もう一回」


ゆりえが横から囁く。


「詩織ちゃん、歌の時だけ別人やちゃ」


詩織。


「聞こえてるよ」


「ごめんちゃ」


怒らない。


でも止めない。


次はゆりえ。


間奏。


語り。


「富山湾はぁ……今日もぉ……寒いちゃぁ……」


詩織は一拍置いた。


「ゆりえちゃん」


「はい」


「何でそんなに悲しそうなの?」


「演歌だから」


「演歌だからって全員不幸じゃないよ」


「そうなが?」


「そうだよ」


柚葉が笑いをこらえる。


詩織は続ける。


「語りも音楽なの」


「はい」


「大げさに演技する必要ないよ」


「いつものゆりえちゃんでいい」


もう一度。


「富山湾は今日も寒いちゃ。でも、海はきれいやよ」


詩織の顔が明るくなる。


「それ!」


ゆりえ。


「これでええが?」


「うん。今のすごくいい」


「何か普通に喋っただけなんやけど」


「その普通が一番難しいの」


ゆりえは少し嬉しそうに笑った。


詩織は本当に優しかった。


できなかったことを責めない。


でも、


「まあこれでいいか」


とも言わない。


できるまで一緒に付き合う。


柚葉が疲れて声が出なくなれば、


「今日はここまでにしよう。喉は消耗品じゃないから」


ゆりえが上手くいかず落ち込めば、


「最初よりずっと良くなってるよ」


と、具体的に成長した部分を教える。


そして休憩時間になれば。


「今日のお菓子何?」


と一気にいつもの詩織へ戻る。


ノムさんはその様子を見ながら、スタッフへ小声で言った。


「詩織ちゃん、うちに欲しいのう」


スタッフ。


「無理です」


「まだ何も言うとらん」


「世界的指揮者の娘ですよ」


「そこなんよなあ」


詩織が聞きつけた。


「ノムさん、何の話?」


「何でもない!」


音楽の話では強気なノムさんも、マエストロ藤原聡の名前が出ると少しおとなしくなる。


その藤原聡と浪花川龍太郎は、以前から旧知の仲だった。


片や世界的なクラシック指揮者。


片や流行歌、CMソング、テレビ番組音楽を数千曲も手掛けた浪速の大作曲家。


立つ舞台は違っても、互いの仕事を尊敬する音楽家同士だった。


その縁で、浪花川も詩織を幼い頃から知っている。


久しぶりにスタジオで詩織を見た浪花川は、


「詩織ちゃん、ほんま大きゅうなったなあ」


と目を細めた。


詩織。


「先生、お久しぶりです」


「お父さん元気?」


「元気です。この前も海外です」


「相変わらず忙しい人やなあ」


ノムさん。


「先生、今日は白波小町の――」


浪花川。


「分かっとる。野村はちょっと黙っとれ」


「まだ何も言うてへんじゃろ!」


レッスン成果の確認。


柚葉が歌う。


以前より明らかに良い。


声が安定している。


無理にこぶしを回さない。


若い女性らしい透明感を残したまま、演歌の情緒が出ている。


続いてゆりえ。


語り。


これも自然。


以前のような葬式直前のような悲壮感はない。


浪花川が頷いた。


「ええやん」


ノムさん。


「じゃろ!」


浪花川。


「お前が教えたんちゃうやろ」


「まあ、そうじゃけど」


その時。


詩織が楽譜を見ながら少し首を傾げた。


「浪花川先生」


「ん?」


「ここ、少し変えてもいいですか?」


空気が止まった。


ノムさんの目が丸くなる。


浪花川龍太郎は、大作曲家である。


それも、自分の旋律に絶対の自信を持つタイプ。


若手ディレクターが、


「先生、サビをもう少しキャッチーに」


などと軽く言おうものなら、


「ほな自分で書いたらええがな」


と返されても不思議ではない。


ノムさんが小声で、


「詩織ちゃん……」


と止めようとする。


浪花川。


「野村は黙っとれ」


「はい」


詩織は真剣だった。


「サビへ入る直前なんですけど」


「うん」


「柚葉ちゃんの声域だと、ここで一度落とすより、半音上へつないだ方が声がきれいに抜けると思います」


浪花川は楽譜を見る。


詩織はさらに言う。


「あと、ゆりえちゃんの語りに入る前」


「ここ?」


「はい。一拍だけ長くできませんか?」


「何で?」


「今のままだと、柚葉ちゃんの歌からゆりえちゃんの言葉へ切り替わるのが少し急です」


「一拍空けると、海の余韻が残ると思います」


浪花川。


「…………」


ノムさんは固唾を飲む。


スタッフも黙る。


ここから巨匠の雷が落ちるのか。


ところが。


浪花川。


「……まあ、詩織ちゃんが言うならやってみよか」


ノムさん。


「えっ?」


浪花川。


「何や?」


「直すん?」


「うん」


「そんな簡単に?」


「試して良かったら採用したらええ」


ノムさんは納得できない。


「先生、わしが前に『もっと派手なサビにしてくれ』言うた時、ものすごい怒ったやん!」


浪花川。


「お前と詩織ちゃんを一緒にすな」


スタッフが吹き出す。


ノムさん。


「扱い違いすぎんか!」


「違う」


「即答せんでも!」


詩織は申し訳なさそうに、


「先生、私も絶対正しいと思ってるわけじゃなくて……」


と付け加えた。


浪花川は笑った。


「ええねん」


「音楽なんか、鳴らしてみんと分からん」


その場でピアノ。


詩織の提案通りに変更する。


柚葉が歌う。


サビ。


声がすっと前へ抜けた。


間奏。


一拍。


ゆりえが語る。


今までより自然に歌の中へ入る。


曲が終わる。


浪花川はしばらく黙った。


そして。


「……ええな」


ノムさん。


「ほんまじゃ」


浪花川。


「野村」


「何じゃ?」


「詩織ちゃんに何かうまいもん食わせたれ」


「任せんさい!」


詩織。


「じゃあ、お寿司がいいです」


ノムさん。


「そこは即答するんじゃの!」


いつもの詩織に戻っていた。


それからもレッスンは続いた。


柚葉は大学。


グラビア。


戦隊ヒロイン。


テレビ。


そして歌。


ゆりえも雑誌撮影。


戦隊ヒロインイベント。


テレビ収録。


地方仕事。


そして歌。


忙しい。


それでも二人とも手を抜かなかった。


詩織も自分の音大の予定を縫って顔を出す。


「今日は三十分だけね」


と言いながら、気づけば一時間半いる。


柚葉。


「詩織ちゃん、次の予定大丈夫?」


詩織。


「…………」


「何時から?」


「……もう始まってる」


「えっ?」


ゆりえ。


「詩織ちゃん!」


「ごめん、歌に集中してた」


歌以外は相変わらずだった。


そして迎えた最終チェックの日。


浪花川。


ノムさん。


詩織。


ブラックキャブのスタッフ。


レコード会社の担当者。


全員が見守る。


イントロ。


柚葉が歌う。


静か。


透明感。


若さ。


そこへ日本海の哀愁が重なる。


サビ。


逃げない。


詩織から何度も言われた、


「言葉を前に出して」


を守る。


間奏。


一拍。


ゆりえ。


富山の海を思いながら語る。


芝居をしない。


無理に格好つけない。


自分の言葉で。


そして再び歌。


最後。


二人の声。


曲が終わる。


スタジオが静かになった。


浪花川が腕を組む。


柚葉もゆりえも息を止める。


数秒。


浪花川。


「これなら出してええ」


ノムさん。


「ほんまか!」


「うん」


ゆりえ。


「先生、ほんま?」


「ほんまや」


柚葉もほっと息を吐いた。


「ありがとうございます」


その瞬間。


「やったあ!」


一番大きな声を出したのは詩織だった。


自分のデビューでもない。


自分の曲でもない。


なのに、両手を合わせ、顔いっぱいに笑みを浮かべる。


「よかったね! 本当に良かったね!」


柚葉の手を握る。


次にゆりえの手も握る。


「二人ともすごく良くなったよ!」


目まで少し潤んでいる。


ゆりえ。


「詩織ちゃん、自分のことみたいに喜んどるちゃ」


詩織。


「だって嬉しいもん!」


柚葉も笑った。


「詩織ちゃんのおかげだよ」


詩織はすぐ首を振った。


「違うよ」


「私が言ったことを、二人がちゃんと練習したから」


「頑張ったのは二人だよ」


本当にいい子だった。


浪花川も優しい顔になる。


「詩織ちゃん、ありがとうな」


「いえ」


「ええ先生やったで」


詩織は照れた。


「先生にそう言っていただけると嬉しいです」


ノムさんも珍しく真面目に頭を下げた。


「詩織ちゃん、ほんま助かった」


「ノムさんも頑張りましたね」


「わしも?」


「……たぶん」


「そこは言い切って!」


こうして『日本海、ふたり旅』は正式なレコーディングへ進む。


演歌・歌謡曲を数多く手掛けてきた老舗の大手レコード会社が発売を決定。


ブラックキャブとしては異例の本格的演歌デビューだった。


レコーディング当日。


柚葉はブースへ入る前、少し緊張していた。


詩織が言う。


「上手に歌おうと思わなくていいよ」


「景色を思い出して」


柚葉。


「鳥海山?」


「うん。にかほの海とか、家族とか」


柚葉は頷く。


録音開始。


声が出る。


自然だった。


今までで一番よかった。


ゆりえも語りを録音する。


詩織。


「いつものゆりえちゃんでいいから」


「分かったちゃ」


高岡。


富山湾。


漁港。


頑固な父。


高校時代。


地元漁協へ就職するはずだった自分。


それが今。


東京の録音スタジオで演歌の台詞を読んでいる。


人生とは分からない。


録音終了。


スタッフから、


「OKです!」


の声。


ゆりえ。


「終わったが?」


「終わりました」


「ほんま?」


柚葉。


「終わったね」


二人は顔を見合わせる。


詩織がまた拍手。


「おめでとう!」


ノムさん。


「よし!」


スタッフ全員が警戒した。


古参社員。


「来るぞ」


「来ますね」


ノムさん。


「紅白じゃ!」


「来た」


「レコ大じゃ!」


「はいはい」


「有線大賞じゃ!」


「分かりました」


「ミリオンじゃ!」


若手社員。


「まだ発売してません」


ノムさん。


「世界進出じゃ!」


「何で急に世界へ?」


「演歌で世界を泣かしたる!」


古参社員は若手へ小声で言った。


「覚えとき」


「何をです?」


「困っとる時に吹く野村ラッパは、たまに奇跡起こす」


「はい」


「でもな」


「はい」


「うまくいっとる時に吹くラッパは、たいていロクなことにならん」


若手。


「そんなに?」


「そのうち分かる」


そして次。


ジャケットと宣伝ポスターの撮影。


ここだけは誰一人心配していなかった。


何しろ二人は本職がグラビアタレントである。


ゆりえは深い青を基調とした着物。


銀色の波模様。


富山湾の海を思わせる。


小柄で柔らかな雰囲気に、和装の華やかさがよく似合う。


柚葉は白から淡い藍へ移る上品な着物。


雪。


鳥海山。


冬の日本海。


長身の柚葉が着ると、まるで老舗呉服店の広告だった。


スタジオへ現れた瞬間。


カメラマン。


「いいですね」


スタッフ。


「強い」


ノムさん。


「じゃろ!」


撮影開始。


「柚葉さん、目線こちら」


一発。


「ゆりえさん、顎ほんの少し下げて」


一発。


「二人少し近づいて」


完璧。


浪花川が見学しながら笑う。


「歌もこれくらい早かったらなあ」


ゆりえ。


「先生、それは言わん約束やちゃ!」


柚葉も笑う。


詩織は完成前の写真をモニターで見て、


「二人ともきれい!」


と素直に喜ぶ。


ゆりえ。


「詩織ちゃんも着たら似合うと思うちゃ」


詩織。


「ほんと?」


柚葉。


「でも帯、自分で結べないでしょう」


詩織。


「……結んでもらう」


「そこは迷わないんだ」


ジャケット完成。


背景は冬の日本海。


着物姿の二人。


筆文字で、


『日本海、ふたり旅』


そして、


白波小町


演歌の新譜にしか見えない。


実際、演歌の新譜である。


ただし歌っているのは、グラビアタレント兼戦隊ヒロインの二人組。


かなり異色だった。


ノムさんは完成見本を手にした瞬間、完全に絶好調になった。


「売れる!」


スタッフ。


「売れるといいですね」


「紅白じゃ!」


「はいはい」


「レコ大じゃ!」


「はいはい」


「有線大賞じゃ!」


「はい」


「ミリオンじゃ!」


「数字が大きすぎます」


「世界進出じゃ!」


「また始まった」


「ニューヨーク!」


「なぜ?」


「パリ!」


「演歌ですよ?」


「ロンドン!」


「増えてますよ」


「世界中で『日本海、ふたり旅』歌わせたる!」


柚葉。


「日本海を知らない人も多いと思います」


ノムさん。


「これから知ってもらうんじゃ!」


ゆりえ。


「社長、話が大きくなりすぎやちゃ」


古参社員たちは顔を見合わせた。


「絶好調やな」


「絶好調ですね」


「これは危ない」


「危ないですね」


若手が聞く。


「何がそんなに危ないんです?」


古参社員が遠い目をした。


「社長が絶好調の時はな」


「はい」


「思いついたこと全部口に出す」


「はい」


「そして口に出したことを、本当に仕事にしようとする」


その向こう。


ノムさん。


「全国キャンペーンじゃ!」


古参社員。


「ほら来た」


若手。


「ほんとだ」


ノムさん。


「地方も全部回るぞ!」


スタッフ。


「全部ってどこです?」


「日本全国!」


「演歌キャンペーンで全国制覇する気ですか?」


「当たり前じゃ!」


古参社員が静かに資料を閉じた。


「……次、忙しくなるで」


だが、それはまだ少し先の話。


今は。


一枚のジャケットが完成した。


一枚のポスターが完成した。


そして一曲が、本当に世に出ることになった。


ゆりえは完成したCDジャケット見本を手にした。


「ほんまに出るがやね」


柚葉も横から覗く。


「うん」


少し前まで柚葉は、


「どうして今さら演歌なんですか?」


とノムさんへ聞いていた。


今でも、その疑問が完全になくなったわけではない。


それでも。


練習した。


何度も歌った。


詩織に直された。


浪花川に唸られた。


失敗した。


少しずつ上手くなった。


そして今。


自分たちの名前が、本物のCDジャケットに印刷されている。


柚葉が微笑む。


「ここまで来たなら、ちゃんと最後までやろう」


ゆりえも頷く。


「やるちゃ」


そこへ詩織。


「二人とも、本当におめでとう」


また自分のことのように嬉しそうだった。


柚葉。


「ありがとう、詩織ちゃん」


ゆりえ。


「ほんま、詩織ちゃんがおらんかったら無理やったちゃ」


詩織はまた首を振る。


「そんなことないよ」


「私はちょっと手伝っただけ」


その直後。


詩織が自分の鞄を探し始める。


「……あれ?」


柚葉。


「どうしたの?」


「鞄がない」


ゆりえ。


「さっきそこに置いとったちゃ」


詩織。


「あ、本当だ」


歌姫は最後まで歌以外はポンコツだった。


そして、その数メートル後ろ。


ノムさんはホワイトボードへ巨大な文字を書いていた。


『白波小町 目標・紅白! レコ大! 有線大賞! 世界進出!』


古参社員が無言で、その下へ付け加える。


《野村社長の希望です》


ノムさん。


「誰じゃ、また書いたん!」


「私です」


「消せ!」


「消しません」


「夢がないのう!」


「夢と業務計画は分けてください」


「堅い!」


野村ラッパは、今日も絶好調。


そしてブラックキャブの古参スタッフは全員知っている。


野村ラッパというものは。


困った時には、意外な突破口を開くことがある。


だが。


すべてが順調な時に吹き荒れるラッパは。


だいたいロクなことにならない。


富山湾の爆乳マーメイド・氷見ゆりえ。


鳥海の雪月花・阿部柚葉。


二人による歌手ユニット、


白波小町。


デビュー曲、


『日本海、ふたり旅』


正式発売決定。


ここまでは、順風満帆。


問題は。


ノムさんが既に、


「全国キャンペーンじゃ!」


と叫び始めていることだった。


古参社員は誰も止めなかった。


止めても無駄だからである。


ただ一人、若手スタッフだけが不思議そうに尋ねた。


「そんなに大変なことになりますかね?」


古参社員は、その肩を軽く叩いた。


「次で分かる」


白波小町の船出は、間近。


そして。


本当の騒動も、間近だった。

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