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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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演歌は聞いてない!?――日本海ダブル・ヴィーナス、“白波小町”で歌手デビュー前夜

ブラックキャブプロダクションという芸能事務所は、ときどき所属タレント本人より先に、その人生の行き先を決めてしまう。


もちろん、正確に言えばブラックキャブそのものではない。


だいたい社長の野村吉彦、通称ノムさんのせいだった。


今回もそうである。


富山湾の爆乳マーメイド・氷見ゆりえ。


鳥海の雪月花・阿部柚葉。


二人はもともとグラビアタレントであり、戦隊ヒロインだった。


それで十分だったはずなのだ。


ゆりえは雑誌グラビア、写真集、映像作品。


柚葉も写真集を発売し、その端正な秋田美人ぶりで人気上昇中。


戦隊ヒロインとしても、それぞれ地元色の強い活動で支持を集めている。


そこへノムさんが、酒を飲みながら、


「二人まとめたら日本海ダブル・ヴィーナスじゃ!」


と言った。


ここまではよかった。


実際、二人そろって雑誌に出してみると評判がいい。


小柄で親しみやすいゆりえ。


長身で静かな華を持つ柚葉。


同じ色白のグラマラス美女でも、見た目も雰囲気も違う。


雑誌編集者から、


「二人並ぶと画面が強い」


「対照的なのがいい」


と言われ、テレビの情報番組やバラエティーでも二人セットで呼ばれることが増えた。


ある番組では、司会者に聞かれた。


「お二人って富山と秋田ですよね?」


柚葉。


「はい」


「結構離れてますよね?」


「かなり離れています」


ゆりえ。


「うちらも最初、それ思ったちゃ」


「じゃあ、どうして日本海ダブル・ヴィーナスに?」


二人はそろって、スタジオの端にいたノムさんを見る。


ノムさん。


「日本海でつながっとるじゃろ!」


柚葉。


「その一点だけです」


スタジオ爆笑。


ノムさんは全く気にしない。


むしろ胸を張る。


「芸能界いうんは、分かりやすい方がええんじゃ!」


それについては、妙に正しかった。


問題は、そのあとだった。


ノムさんは突然、


「レコード出すぞ!」


と言い出した。


ブラックキャブの若手社員は真剣に、


「今どきレコードですか? CDではなく?」


と尋ねた。


ノムさんは、


「歌手デビューいう意味じゃ!」


と怒った。


さらに、


「演歌じゃ!」


「流行歌じゃ!」


「日本海の荒波に演歌ほど似合うもんはない!」


「紅白じゃ!」


「レコ大じゃ!」


「ミリオンじゃ!」


と、まだ一曲も録音していない段階から年末の賞レースまで話を飛ばした。


古参スタッフは誰も止めない。


「あぁ、また始まった」


で済ませていた。


これが野村ラッパだった。


半世紀以上、芸能界で吹き続けてきた大風呂敷。


ただし厄介なことに、ノムさんはラッパを吹いたあと、本当に仕事を動かしてしまう。


今回もそうだった。


大阪から「浪速のシューベルト」と呼ばれる大作曲家・浪花川龍太郎を連れてきた。


数千曲にも及ぶ流行歌、CMソング、テレビ番組のテーマ曲を手がけてきた巨匠。


誰でも一度は耳にしたことのある旋律をいくつも作りながら、本人はテレビにも気軽に出演し、大阪弁で冗談を飛ばすお茶の間の人気者。


口癖は、


「歌はこころや」


だった。


浪花川は、ゆりえと柚葉を実際に歌わせた。


柚葉。


まだ粗い。


しかし訓練すれば何とかなる。


問題はゆりえ。


一小節で伴奏が止まった。


二回目。


また止まった。


三回目。


浪花川が眼鏡を外した。


「野村」


「何じゃ?」


「この子、歌ったことあるん?」


「カラオケなら」


ゆりえ。


「社長、いつも酔っぱらっとったちゃ」


スタッフ一同、納得。


浪花川は、人を傷つけないよう慎重に言葉を選んだ末、


「メロディーとゆりえちゃんが、別々の目的地へ向かっとる」


と評した。


ノムさんは頭を抱えた。


だが浪花川が、


「同じことさせんでもええやろ」


と救いの手を差し伸べた。


柚葉が歌う。


ゆりえが語る。


掛け声。


合いの手。


昭和歌謡では珍しくなかった、歌と台詞を組み合わせる形式。


そこへ大作詞家・阿久津悠策が加わり、『日本海、ふたり旅』が完成した。


富山湾。


鳥海山。


雪。


港。


列車。


遠く離れた二つの故郷。


異なる土地で生まれた二人の女性が、同じ日本海を背負って歩き始める歌だった。


そして。


二人の生活は、急に忙しくなった。


雑誌グラビア。


テレビ出演。


戦隊ヒロイン活動。


大学。


地方イベント。


さらにボイストレーニング。


日本海ダブル・ヴィーナスとして雑誌撮影を終えたその足で、レッスンスタジオへ向かう。


柚葉はジャージ姿になり、楽譜を広げる。


ゆりえも隣でストレッチ。


講師。


「まず呼吸から!」


二人。


「はい!」


「肩上げない!」


「はい!」


「胸だけで吸わない!」


「はい!」


深呼吸。


長く吐く。


腹式呼吸。


発声。


滑舌。


音程。


リズム。


二人とも真面目だった。


それゆえ、レッスンになると手を抜かない。


特に柚葉。


もともと勉強が得意。


分からないことがあると、そのままにはしない。


「先生、今の音の取り方をもう一度お願いします」


「こぶしは、音程を崩すのとは違うんですよね?」


「息をどこで吸う方が自然ですか?」


質問攻め。


一方のゆりえ。


歌唱部分は少ない。


しかし語りのタイミングが難しい。


イントロ。


八小節。


柚葉の歌。


間奏。


そこへ、


「富山湾は、今日も寒いちゃ……」


と入る。


最初。


早すぎる。


次。


遅い。


次。


妙に芝居がかる。


「富山湾はぁ……今日もぉ……寒いちゃぁ……」


講師。


「誰か亡くなったんですか?」


ゆりえ。


「そこまで暗かったけ?」


スタジオ爆笑。


自然体で喋れば、


「富山湾、今日も寒いちゃ! でもブリうまいちゃ!」


講師。


「こっちの方がゆりえさんらしいですね」


ノムさん。


「味じゃ! これが味なんじゃ!」


講師。


「社長は黙っててください」


「はい」


専門家には弱い。


そんな日々の中。


柚葉には、一つだけどうしても引っかかっていることがあった。


ある日のレッスン終了後。


柚葉はノムさんを捕まえた。


「社長」


「何じゃ?」


「一つ聞いていいですか?」


「何でも聞きんさい」


柚葉は、かなり真面目な顔だった。


「どうして今さら演歌なんですか?」


ノムさん。


「……」


そこを聞かれるとは思っていなかったらしい。


柚葉は続ける。


「私、グラビアも自分からやりたいと言いましたし、戦隊ヒロインも面白いと思っています」


「うん」


「歌手も、やると決まった以上はちゃんとやります」


「ええ心がけじゃ」


「でも、どうして演歌なんでしょう?」


ノムさんは腕を組んだ。


少し考える。


そして、妙に真剣な顔で言った。


「柚葉ちゃん」


「はい」


「かわいいだけじゃ、いけんのじゃ」


沈黙。


柚葉。


「…………」


ノムさん。


「…………」


横にいたゆりえ。


「…………」


柚葉は、なぜか少し納得しかけた。


「……なるほど」


ゆりえが振り向く。


「納得するが!?」


柚葉。


「なんとなく」


「どこがなが!」


ノムさんは急に勢いづいた。


「ええか。今、柚葉ちゃんもゆりえも若い。きれい。グラビア出たら目ぇ引く」


「はい」


「でも十年、二十年たったらどうする」


柚葉は少し真面目になる。


ノムさんは続ける。


「芸能界いうんは、かわいい子なんか毎年出てくるんじゃ」


「……はい」


「スタイルええ子も出てくる」


「はい」


「若いいうだけでは、いつか次が来る」


ノムさんは二人を見る。


「じゃけえ、何かもう一個持っとかんといけん」


ゆりえ。


「それが演歌?」


「……今回は演歌じゃ」


柚葉。


「今回は?」


「そこは気にせんでええ」


やはり半分くらいは思いつきだった。


だがノムさんは続ける。


「歌える」


「喋れる」


「芝居できる」


「地元のこと話せる」


「何でもええ」


「この人呼んだら何かある、いう人間になった方が長く残れる」


柚葉は静かに聞いていた。


さっきまで、


「今さら演歌?」


と思っていた。


でも。


かわいいだけじゃ、いけんのじゃ。


広島弁の妙に乱暴な一言に、半世紀芸能界で人を見てきた男なりの現実が詰まっている。


柚葉は小さく頷いた。


「分かりました」


ゆりえ。


「ほんまに?」


「全部ではないけど」


ノムさん。


「全部分からんでもええ!」


柚葉。


「ただ、社長」


「何じゃ?」


「だからといって紅白とレコ大は話が飛びすぎだと思います」


「そこは夢じゃ!」


やはりノムさんだった。


大学では、柚葉本人より周囲が盛り上がっていた。


講義前。


クラスメイトが駆け寄る。


「柚葉!」


「なに?」


「本当に歌手デビューするの?」


柚葉は少し間を空ける。


「……その予定」


「すごい!」


「曲出すんでしょ?」


「うん」


「ジャンル何?」


「演歌」


「演歌!?」


一瞬驚く。


そして、


「逆に似合う!」


「絶対似合う!」


「鳥海山と雪と日本海で演歌って完成してるじゃん!」


柚葉。


「私、外見だけでジャンル決められてない?」


友人。


「たぶん半分くらい」


もう半分はノムさんの思いつきである。


居候先の小野寺家へ帰れば、従妹の彩音がさらに盛り上がっている。


「ゆず姉!」


「何?」


「歌手デビューするんでしょ!」


「らしいね」


「世界で売れたらどうする?」


「どうもしない」


「K-POPみたいに海外ツアー!」


「演歌だよ」


「じゃあ、J-ENKA!」


「それ、前も言ってたね」


「アメリカ!」


「行かない」


「韓国!」


「行かない」


「パリ!」


「どうして?」


彩音の方が完全に芸能人の親族気分だった。


「紅白出たら親戚みんなで見るから!」


「ノムさんと同じこと言わないで」


一方。


富山県高岡市。


こちらは別方向で盛り上がっていた。


ゆりえの父。


昔気質の漁師。


頑固。


寡黙。


娘を褒めることはほぼない。


ゆりえがグラビアデビューした時。


「ふーん」


写真集が売れた時。


「調子乗るな」


戦隊ヒロインになった時。


「怪我すんな」


それだけ。


だが、娘の載った雑誌は家にある。


写真集も一冊ある。


テレビ出演はなぜか録画してある。


ゆりえ本人は全部知っている。


言わないだけ。


しかも父は演歌好きだった。


漁を終えた夜。


酒。


刺身。


古い演歌。


これが楽しみ。


ある晩。


漁師仲間と飲んでいる。


仲間。


「ゆりえちゃん最近どうしとる?」


父。


「知らん」


「知らんことないやろ」


「東京で何かしとる」


「テレビ出とったぞ」


「そうか」


実は録画済み。


酒が進む。


そして、つい。


「……歌出すらしい」


漁師仲間。


「何ぃ!?」


父。


しまった。


遅い。


「ゆりえちゃん歌手になるがか!」


「演歌け!」


「曲名なんや!」


「まだ何も――」


「知っとるんやろ!」


父。


「……『日本海、ふたり旅』」


全員。


「ええやん!」


「日本海か!」


「港で流そう!」


「紅白行けるぞ!」


父。


「話飛ばすな!」


漁師仲間。


「娘の演歌やぞ! 嬉しいやろ!」


父。


「別に」


言いながら、酒を注ぐ手が若干嬉しそう。


「発売されたら買うぞ!」


「勝手にせえ」


「十枚!」


「一枚でええ!」


完全に父親だった。


東日本の戦隊ヒロインたちからも連絡が来る。


月島小春。


「柚葉ちゃん、ゆりえちゃん、歌手デビューおめでとう!」


館山みのり。


「日本海の旅情を題材にした歌謡曲というのは、お二人の背景ともよく合っていますね」


大宮麗奈。


「発売されたら聴きます。頑張ってください」


二人は嬉しかった。


そして。


音大生にして、戦隊ヒロイン屈指の歌姫・藤原詩織。


彼女だけは反応が違った。


「演歌?」


柚葉。


「そう」


ゆりえ。


「うちは語り中心なが」


詩織は腕を組む。


「難しいよ」


ノムさん。


「気合い――」


詩織。


「気合いだけじゃ無理です」


ノムさん。


「はい」


詩織は歌ってみせる。


普通の歌い方。


次。


演歌風。


こぶし。


節回し。


息の抜き方。


音の運び。


同じ旋律なのに、全く違って聞こえる。


柚葉は真剣。


「今、音程を少し動かした?」


「そう。でも適当に動かしてるんじゃないよ」


「意識して?」


「全部狙ってやる」


「難しいね」


「だから演歌は難しいの」


同世代だからこそ、聞きやすい。


質問もしやすい。


柚葉の歌は少しずつ変わる。


ゆりえにも詩織は言う。


「ゆりえちゃんは、歌おうとしなくていいよ」


「またそれ言われたちゃ」


「語りも音楽の一部だから」


「なるほど」


「拍だけは絶対外さない」


練習。


「日本海は――」


「早い」


「日本海は――」


「遅い」


「難しいちゃ!」


「頑張って」


真面目な二人は、何度でもやる。


数週間後。


大作曲家・浪花川龍太郎がスタジオへやってくる。


柚葉。


歌う。


確実に良くなった。


浪花川。


「前よりええ」


柚葉。


「ありがとうございます」


「こぶしも無理に入れんようになった」


「詩織ちゃんに教わりました」


「ほう。ええ先生やな」


続いてゆりえ。


語る。


以前より自然。


タイミングも良くなった。


浪花川。


「こっちも前よりええ」


ゆりえ。


「ほんま?」


「うん」


ノムさんの顔が輝く。


「ほら見い! 紅白――」


浪花川。


「まだや」


「はい」


通して演奏。


最後まで聴く。


浪花川が腕組み。


「うーん」


全員が緊張する。


ノムさん。


「どうじゃ?」


「まだ弱いな」


ノムさんの肩が落ちる。


「柚葉ちゃんは伸びとる」


「はい」


「ゆりえちゃんも役割分かってきた」


「はい」


「でも、まだ人前で金もろて聞かせるところまではいっとらん」


ノムさん。


「先生、もうちょいこう……」


「甘いこと言うてもしゃあないやろ」


「はい」


浪花川は二人を見る。


「焦らんことや」


「歌はこころ」


「でも、こころ伝えるには技術も要る」


「ちゃんと積み上げたらええ」


二人。


「はい」


そんな折。


ノムさんは、また妙な方向へ走り始めた。


ブラックキャブ会議室。


ホワイトボード。


『日本海ダブル・ヴィーナス 歌手活動名変更案』


スタッフ。


「社長」


「何じゃ?」


「何してるんです?」


「流れを変える!」


「名前変えて歌上手くなるんですか?」


「気分が変わる!」


案その一。


日本海姉妹。


柚葉。


「姉妹ではありません」


案その二。


越中・鳥海おんな旅。


ゆりえ。


「旅番組みたいやちゃ」


案その三。


雪波しぐれ。


柚葉。


「誰がどちらか分かりません」


案その四。


ノムさんが大きく書く。


白波小町。


沈黙。


スタッフ。


「……これは」


柚葉。


「思ったよりまともですね」


ゆりえ。


「演歌っぽいちゃ」


ノムさん。


「じゃろ!」


鼻高々。


「白波は日本海の波! 小町は美人! 富山と秋田! 二人の白い肌! 全部入っとる!」


柚葉。


「小町は秋田に寄ってますけど」


「細かい!」


スタッフ会議の結果。


グラビアや戦隊ヒロインとしては、


日本海ダブル・ヴィーナス。


歌手としては、


白波小町。


この二重名称で行くことになった。


ノムさん。


「流れ変わったぞ!」


スタッフ。


「名前が変わっただけです」


「何事も気分からじゃ!」


迷走している時ほど、野村ラッパは力を発揮する。


――こともある。


発揮しないことも、かなりある。


今回は、名前だけなら当たりだった。


二人の忙しい日々は続く。


柚葉。


朝、大学。


昼、雑誌取材。


午後、戦隊ヒロイン。


夕方、グラビア撮影。


夜、ボイストレーニング。


ゆりえ。


テレビ収録。


雑誌。


ヒロインイベント。


地方出張。


レッスン。


二人とも疲れている。


それでも、やると決めた以上は真面目にやる。


柚葉はノムさんの、


「かわいいだけじゃ、いけんのじゃ」


を時々思い出す。


最初は妙な説得だった。


今でも半分は妙だと思っている。


でも。


新しいことが一つできるようになる。


昨日出なかった声が出る。


昨日分からなかったリズムが分かる。


それは意外に悪くなかった。


ゆりえも、自分が歌えないことを笑われながら、それでも逃げない。


語りなら語り。


自分にできることで、曲を良くする。


少しずつ。


本当に少しずつ。


『日本海、ふたり旅』は形になっていった。


ある夜。


レッスン終了。


柚葉が言う。


「ゆりえさん」


「何?」


「最初より、ちょっと楽しくなってきた」


「演歌?」


「うん」


ゆりえが笑う。


「うちもちゃ」


「歌ってないけどね」


「そこ言わんで!」


二人で笑う。


その後ろ。


ノムさんがスタッフと話していた。


「よし! 次は全国ツアーじゃ!」


スタッフ。


「まだデビューしてません」


「東京ドーム!」


「一曲しかありません」


「海外じゃ!」


柚葉。


「社長」


「何じゃ?」


「順番というものがあります」


ゆりえ。


「ほんまやちゃ」


浪花川も横から一言。


「あるわ」


ノムさん。


「芸能界に順番なんか――」


全員。


「あります!」


スタジオに笑いが響いた。


歌手ユニット・白波小町。


まだデビューしていない。


まだ完成でもない。


演歌に乗り気でなかった柚葉。


歌えなかったゆりえ。


酔っぱらったノムさんの思いつき。


そこから始まった二人の新しい挑戦は、ようやく「冗談」から「仕事」へ変わり始めていた。


そして高岡の漁港では。


「白波小町、紅白行くらしいぞ!」


という噂が、もう流れていた。


ゆりえの父が怒鳴る。


「誰や、そんなこと言い出したん!」


漁師仲間が一斉に父を見る。


「お前や!」


「わしは歌出すとしか言うとらん!」


「ノムさんいう社長が紅白言うとるらしいぞ!」


父。


「……あの社長か!」


東京。


その頃ノムさんは。


ホワイトボードへ大きく、


『白波小町 目標・紅白! レコ大! ミリオン!』


と書いていた。


古参スタッフが無言で、その横へ、


《いつもの野村ラッパです》


と付け加えた。


ノムさん。


「そこ消せ!」


「消しません」


「夢がないのう!」


野村ラッパは今日も吹き荒れる。


二人のデビュー曲が完成するより、ずっと早く。

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