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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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歌えないマーメイド!?――野村ラッパ炸裂! 日本海ダブル・ヴィーナス、なぜか紅白を目指す

ブラックキャブプロダクションの会議室には、その日、朝から妙な文字が踊っていた。


ホワイトボードの中央。


赤いマーカーで大きく、


「ブラックキャブプロダクション創立記念企画

日本海ダブル・ヴィーナス計画」


と書かれている。


問題は。


ブラックキャブプロダクションに、そんな創立記念日は存在しないことだった。


毎年社員総出で祝う日もない。


創立○十周年という節目でもない。


記念式典の予定もない。


そもそも、社長の野村吉彦自身が、会社を設立した正確な月日を即答できない。


スタッフの一人が、会議開始早々そこを確認した。


「社長」


「何じゃ」


「今年って創立何周年です?」


ノムさんは腕を組んだ。


「知らん」


「…………」


「何じゃ?」


「いや、何周年か知らないのに、何で創立記念企画なんですか?」


ノムさんは眉間に皺を寄せ、数秒考えた。


「……酔うとったからのう」


古参スタッフたちは一斉にため息をついた。


「あぁ、やっぱり」


「またですか」


「でしょうね」


若手社員だけが目を丸くする。


「え、これ酔った勢いなんですか?」


先輩社員が小声で教える。


「社長の大型企画、だいたい最初はそんなもん」


ノムさんが聞きつけた。


「そこ! 聞こえとるぞ!」


「聞こえるように言ってます」


「最近の若いもんは遠慮がないのう!」


もっとも、酔っぱらって何を言ったか本人が覚えていなくても、一つだけ確かなことはあった。


氷見ゆりえ。


阿部柚葉。


この二人を「日本海ダブル・ヴィーナス」として売り出したい。


そこだけは本気だった。


富山湾の爆乳マーメイド・氷見ゆりえ。


鳥海の雪月花・阿部柚葉。


ともにブラックキャブ所属のグラビアタレントで、戦隊ヒロインとしても活動中。


ゆりえは小柄で色白、素朴な親しみやすさと豊かなスタイルが武器。


高岡市で高校生だった頃にノムさんからスカウトされ、地元漁協への就職内定を蹴って芸能界へ進んだ。


最初は髪型も服装も垢抜けない。


カメラを向けられるとぎこちない。


ノムさん以外のスタッフから、


「本当に売れるんですか?」


と心配されたほどだった。


しかし、本人が努力した。


姿勢。


歩き方。


表情。


ポージング。


体調管理。


撮影現場での立ち振る舞い。


一つずつ地道に覚え、今では写真集や映像作品も好調。


戦隊ヒロインとしても、故郷の富山湾や魚、港町を語らせれば誰より生き生きする存在になった。


一方の柚葉。


秋田県にかほ市出身。


大家族の中で育ち、現在は川崎市北部の親戚宅に居候しながら都内の有名私立大学へ通う才女。


長身。


色白。


長い黒髪。


上品で静かな顔立ち。


誰が見ても正統派の秋田美人。


おまけにスタイルも抜群。


性格は理知的で穏やか。


ただし、たまに妙に尖る。


大人しい顔で、


「もう少し大胆な構図にしませんか」


と平然と言う。


スタッフから止められても、


「普通だと埋もれませんか?」


と真顔。


その静かな大胆さも人気の理由になっていた。


二人とも写真集は好調。


戦隊ヒロインとしても順調。


ならば二人をまとめて売りたい。


そこは、長年芸能界を見てきたノムさんの勘だった。


ただし。


何をさせるかは、何も考えていなかった。


企画会議。


スタッフからは順当な案が出る。


「合同写真集」


「富山と秋田の交換ロケ」


「旅ドキュメント」


「日本海側自治体との観光PR」


「地方局特番」


「二人のトークイベント」


「戦隊ヒロイン活動の密着企画」


どれも悪くない。


むしろ現実的だった。


しかしノムさんは不満だった。


「普通じゃのう」


企画担当が呆れる。


「普通に売れる企画を考えてるんです」


「せっかく創立記念じゃぞ!」


「創立記念日はないんですよね?」


「そこはもうええ!」


「よくないですよ」


ノムさんはテーブルを指で叩く。


「もっとこう……ドカンと!」


「何を?」


「ドカンじゃ!」


「説明になってません」


古参スタッフはもう慣れたものだった。


若手だけがメモを取る手を止めている。


しばらく沈黙。


ノムさんがホワイトボードを見る。


富山湾。


鳥海山。


日本海。


雪。


荒波。


女二人。


そして突然、目が光った。


「よし!」


全員。


「?」


ノムさんが机を叩く。


「レコード出すぞ!」


静寂。


若手社員が本気で尋ねた。


「……レコードですか?」


「そうじゃ!」


「CDじゃなくて?」


ノムさんが苛立つ。


「そういう意味のレコードじゃない!」


「アナログ盤?」


「違う!」


「じゃあ配信?」


「歌手デビューという意味じゃ!」


一同。


「…………」


ゆりえ。


「うちらが?」


柚葉。


「歌手として、ですか?」


「そうじゃ!」


ノムさんは完全に勢いづいた。


「演歌! 流行歌! 日本海の荒波! 雪! 港! 女二人!」


両手を広げる。


「これ以上、歌に向いとる材料があるか!」


スタッフが即答。


「歌唱力です」


ノムさん。


「…………」


一瞬だけ止まった。


しかしすぐ復活。


「そこは練習すりゃええ!」


「確認してから企画しましょうよ」


「紅白じゃ!」


「まだ一曲もありません」


「レコ大じゃ!」


「歌詞もありません」


「ミリオンセラーじゃ!」


「今時そんな簡単に百万枚売れません」


「夢がないのう、お前ら!」


「現実を見るのが我々の仕事です」


ちなみに。


ブラックキャブプロダクションは、長年グラビアタレントを数多く抱えてきたが、本格的な歌手として所属タレントをレコードデビューさせた実績はほとんどなかった。


スタッフが確認する。


「社長。うち、歌手事務所じゃないですよ」


ノムさん。


「今日からなればええ!」


「軽い!」


それでもノムさんには、常人にはない武器があった。


半世紀以上、芸能界を生き抜いてきた人脈である。


翌々日。


ブラックキャブの会議室に、一人の老人がやってきた。


浪花川龍太郎。


大阪が生んだ大作曲家。


通称、


「浪速のシューベルト」


だった。


その異名にふさわしく、流行歌、CMソング、テレビ番組のテーマ曲、企業ソング、地域ソングまで、膨大な作品を世に送り出してきた。


曲数は数千に及ぶともいわれる。


誰もが一度は耳にしたことのある旋律。


スーパーで流れていた歌。


テレビCMで聞いたフレーズ。


番組のオープニング。


祭りのテーマ。


長く耳に残る、親しみやすいメロディーを作る天才だった。


しかも、偉大な作曲家でありながらテレビにもよく出る。


大阪弁で冗談を飛ばす。


難しい音楽理論を振りかざさない。


子どもに頼まれれば普通にサインする。


そして口癖は、


「歌はこころや」


技巧だけでなく、誰に、何を伝えたいのか。


そこを何より大事にする人情派。


ノムさんとは数十年来の腐れ縁だった。


会議室へ入るなり、浪花川は言った。


「野村」


「何じゃ」


「またアホなこと考えたんか」


「まだ説明してへんやろ!」


「お前がわざわざ大阪まで電話してきた時点で、まともな話やない」


スタッフが小さく拍手したくなるほど的確だった。


ノムさんが二人を紹介する。


「この二人を歌手デビューさせたい」


浪花川は、ゆりえと柚葉を見る。


「歌えるん?」


ノムさん。


「それを先生に見てもらおうと思うて」


「先にそこ確認せえ!」


スタッフ。


「まったくです」


まず柚葉。


緊張しながら一曲歌う。


もちろんプロレベルではない。


音程は少し不安定。


声量も足りない。


ただし声質はきれい。


耳も悪くない。


浪花川がピアノから手を離す。


「うん」


柚葉。


「どうでしょう?」


「今すぐ歌手は無理や」


ノムさんの顔が曇る。


「でも」


全員が見る。


「ちゃんとボイストレーニングしたら、形にはなる」


ノムさん。


「ほんまか!」


「音を聞く力はある。変な歌い癖もまだついてへん。半年くらい基礎からやったら、歌謡曲ならいけるかもしれん」


柚葉は深く頭を下げた。


「では、やります」


浪花川。


「真面目やなあ」


問題は次だった。


ゆりえ。


本人が一番不安そう。


「うち、ほんま歌苦手なが……」


ノムさん。


「大丈夫じゃ!」


スタッフ。


「社長が言うと不安になる」


伴奏開始。


ゆりえが歌い始める。


一小節目。


浪花川の手が止まった。


伴奏も止まる。


ゆりえ。


「……?」


浪花川。


「もう一回いこか」


二回目。


また止まる。


三回目。


もっと簡単な曲。


それでも。


浪花川が眼鏡を外す。


ノムさんを見る。


「野村」


「何じゃ」


「この子、カラオケ連れてったことある?」


「ある」


「何でその時気づかんかったんや」


ゆりえ。


「社長、いつも酔っぱらっとるちゃ」


スタッフが吹き出す。


ノムさん。


「そんなに悪いんか?」


浪花川はしばらく考えた。


大作曲家である。


人を傷つける言葉は選びたくない。


しかし嘘も言えない。


「……メロディーとゆりえちゃんがな」


「はい」


「それぞれ別々の目的地に向かっとる」


会議室爆笑。


ゆりえ。


「そんなに?」


浪花川。


「歌はこころや」


ゆりえが少し期待する。


「はい!」


浪花川。


「でもな」


「はい」


「こころだけではどうにもならん時もある」


「…………」


ノムさんが頭を抱えた。


「参ったのう……」


自分で高岡から連れてきた秘蔵っ子。


グラビア。


大成功。


ヒロイン活動。


好調。


努力家。


人柄もいい。


しかし、歌だけは絶望的。


ノムさんにとって大誤算だった。


柚葉が慰める。


「ゆりえさん、歌以外の魅力はたくさんあります」


ゆりえ。


「柚葉ちゃん、それ歌手デビュー諦めた人に言う言葉やちゃ」


長い沈黙。


浪花川も考える。


ノムさんも考える。


やがて浪花川が言った。


「野村」


「何じゃ」


「二人、同じことせんでもええやろ」


ノムさんが顔を上げる。


「どういう意味じゃ?」


「昔の流行歌には、台詞入りの曲、ようあったやん」


「……ほう」


「柚葉ちゃんに主旋律歌わせる」


柚葉。


「はい」


「ゆりえちゃんは語り」


ゆりえ。


「語り?」


「台詞。掛け声。合いの手」


浪花川が笑う。


「ゆりえちゃん、歌は危ないけど、喋り声はええ。富山の言葉も味になる」


ノムさんの目が輝いた。


「それじゃ!」


野村ラッパ、再点火。


「柚葉が歌う!」


「ゆりえが語る!」


「日本海の美女二人!」


「新時代の歌謡曲じゃ!」


浪花川。


「昔からある形式や」


「細かい!」


浪花川が試しにピアノを弾く。


少し哀愁。


少し旅情。


冬の日本海。


柚葉が仮の旋律を歌う。


そこへ、ゆりえ。


「富山湾は……今日も寒いちゃ」


全員が静かになる。


意外に、いい。


ノムさん。


「これじゃ!」


ここまで来ると、歌詞が要る。


ノムさんは、さらに人脈を頼った。


依頼したのが、


阿久津悠策。


昭和歌謡界を代表する大作詞家。


ヒット曲の数は数え切れない。


演歌。


アイドル歌謡。


青春歌謡。


スポーツソング。


人生歌。


どんなジャンルでも、数分の曲の中に一人の人間の物語を作る。


ただ綺麗な言葉を並べるのではない。


誰が。


どこで。


何を見て。


何を思っているのか。


そこをまず考える。


そして、一番耳に残る場所へ一番強い言葉を置く。


言葉を職人のように削る人だった。


寡黙。


理屈っぽい。


妥協しない。


しかし若い歌手にもきちんと向き合う。


ノムさんから最初、


「富山湾と鳥海山! 日本海! 美女二人! 頼む!」


と電話で言われた時、


阿久津は数秒黙ったあと、


「野村さん、もう少し人間の話をしてください」


と返した。


もっともだった。


そこで改めて。


ゆりえの生い立ち。


高岡。


富山湾。


漁協への就職予定。


芸能界入り。


柚葉のにかほ市。


鳥海山。


大家族。


大学進学。


戦隊ヒロイン。


二人の性格。


二人の故郷。


阿久津はすべて聞いた。


そして数日後。


歌詞が届いた。


タイトル。


『日本海、ふたり旅』


浪花川が曲をつける。


歌い出しは、柚葉。


富山湾から 朝がひらいて

白い波間に 夢が立つ


そこへゆりえの語り。


「海は広いちゃ。うちも、まだこれからや」


そして二番では鳥海山へ。


サビ。


日本海 ふたり旅

雪を越えて 風を越えて

違うふるさと ひとつに結び

明日へ歩こう ふたり旅


ノムさんは聴き終わるなり立ち上がった。


「売れる!」


スタッフ。


「まだ録音してません」


「ミリオンじゃ!」


「まだ発売も決まってません」


「紅白じゃ!」


「また始まった」


「レコ大じゃ!」


「はいはい」


浪花川。


「野村」


「何じゃ?」


「まず最後まで歌えるようにせえ」


「はい」


珍しく即答した。


こうして。


酔っぱらいの思いつき。


存在しない創立記念日。


歌手デビュー実績ゼロの事務所。


歌えるかもしれない柚葉。


ほぼ歌えないゆりえ。


浪速のシューベルト。


昭和歌謡界の大作詞家。


ありとあらゆる偶然が重なり、


『日本海、ふたり旅』


は生まれた。


しかし曲ができたからといって、すぐ歌手になれるわけではない。


ここから二人の地味な努力が始まった。


午前。


柚葉は大学。


午後。


戦隊ヒロインの任務。


夕方。


グラビア撮影。


夜。


ボイストレーニング。


ゆりえも同じ。


雑誌撮影。


イベント。


ヒロイン活動。


地方出張。


その合間を縫ってレッスン場へ通う。


二人とも真面目だった。


発声。


腹式呼吸。


音程。


リズム。


滑舌。


体幹。


柚葉はメモを取る。


「もう一度お願いします」


何度でも繰り返す。


ゆりえも、自分の弱点から逃げない。


「もう一回やってみるちゃ」


歌う部分は少ない。


それでも語りを音楽へ合わせるタイミング。


間。


声の強弱。


呼吸。


全部練習する。


二人が大きく息を吸えば、豊かな胸元も上下する。


講師。


「胸だけで吸わない! お腹使って!」


二人。


「はい!」


ノムさんは後ろから腕組み。


「ええぞ!」


講師が振り返る。


「社長」


「何じゃ?」


「邪魔です」


「わしプロデューサーじゃぞ」


「発声には関係ありません」


「はい」


芸能界歴半世紀。


専門家の前では案外素直だった。


数週間後。


ブラックキャブ事務所。


ホワイトボード。


最初の企画。


合同大型写真集。


地域密着ドキュメント。


戦隊ヒロインPR。


そこへ新しく、


歌手デビュー


が加わった。


さらにノムさんが赤字で書き足す。


「目標 紅白!」


その下。


「レコ大!」


さらに。


「ミリオンセラー!」


スタッフが無言で、その横へ書いた。


《以上、社長個人の希望》


ノムさん。


「誰じゃ書いたん!」


古参社員。


「私です」


「消せ!」


「消しません」


「夢がない!」


「予算書に夢は書けません」


「最近の会社は冷たいのう!」


浪花川が最終チェックを終え、帰る前にノムさんへ言った。


「野村」


「何じゃ?」


「紅白とかレコ大とか、そんなんは知らんで」


「うん」


「でもな」


二人を見る。


「この二人、ちゃんとやったら面白いと思う」


ノムさんの顔が輝く。


「聞いたか!」


スタッフ。


「前半も聞いてください」


「大先生のお墨付きじゃ!」


「紅白は知らんって言ってました」


「都合の悪い部分は聞こえん!」


ゆりえが笑う。


柚葉も口元を緩める。


すべての始まりは、酒席での思いつきだった。


創立記念日など存在しない。


企画内容もなかった。


歌手デビューも後付け。


歌ってみれば、一人は音痴。


普通の会社なら、とっくに企画書ごとゴミ箱行きだったかもしれない。


しかしブラックキャブは違った。


ノムさんがラッパを吹く。


スタッフが現実へ落とし込む。


専門家が無茶を形に変える。


タレント本人が努力する。


それを何十年も繰り返してきた会社だった。


富山湾の爆乳マーメイド。


鳥海の雪月花。


「日本海ダブル・ヴィーナス」。


二人は今日も、グラビアと戦隊ヒロイン活動の合間にレッスン場へ向かう。


そしてノムさんは。


すでに年末の予定表を眺めていた。


スタッフが聞く。


「社長、何してるんです?」


「大晦日じゃ」


「何で?」


「紅白の日、空けとかんとのう」


スタッフ全員。


「まだデビューもしてません!」


ノムさんは胸を張った。


「備えあれば憂いなしじゃ!」


古参スタッフは顔を見合わせる。


「あぁ、また始まった」


「いつもの野村ラッパですね」


「今度はどこまで飛ぶやら」


そして誰も、本気では止めなかった。


なぜなら。


この男のラッパが、たまに本当に仕事を連れてくることを。


半世紀付き合ってきた芸能界が、一番よく知っていたからである。

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