岡山の新星、桃になる――ヒロヒロ感謝祭! 中国四国ご当地ヒロイン頂上決戦
藤崎紗絢、二十七歳。
岡山医科大学附属病院循環器科勤務。
国内循環器医療の権威・藤崎恒一教授の姪にして弟子。
若くして臨床、研究の両面で高く評価され、「岡山の新星」「美人過ぎる女医」、さらにはその常軌を逸した忙しさから「日本一忙しい循環器医」とまで呼ばれている。
病院では白衣。
学会では端正なスーツ。
スクリーンへ難解なデータを映しながら、
「この症例については――」
と理路整然と説明する姿は、どう見ても正統派の若手エリート医師だった。
ところが。
そんな紗絢には、循環器医とはまるで別の顔がある。
戦隊ヒロイン。
とりわけ人気が高いのが、白石陽菜、松本美紀と三人で出演する子ども向け医療トークだった。
「みんな、走ったあと胸がドキドキしたことある人?」
紗絢が聞けば、会場の子どもたちの手が一斉に上がる。
「はーい!」
白いリボンを揺らす陽菜が心臓模型を抱えて、
「私もあります!」
美紀が笑う。
「陽菜は戦隊ヒロインなんだから、そりゃあるでしょ」
子どもたちも笑う。
紗絢はステージの端へ行き、小さな男の子の前へしゃがんだ。
医師が患者へ説明する時と同じ。
相手と目線を合わせる。
「心臓ってね、みんなの身体へ血を送ってくれてるポンプみたいなものなんだよ」
「ずっと?」
「そう。君が寝てる時も」
男の子が驚く。
「心臓、寝ないの?」
「寝ないんだよ」
そこへ陽菜。
「紗絢先生みたい」
美紀。
「それ私も思った」
会場爆笑。
紗絢だけ少し困った顔。
「先生は寝てます」
美紀が静かに尋ねる。
「何時間ですか?」
「次の質問行こうか」
逃げた。
しかし紗絢は、こういうステージが好きだった。
終了後には、
「学会とは全然違いますね。専門医なら前提知識がありますけど、子どもは分からなかったら本当に“分からない”って顔をするでしょう?」
と笑う。
「だから、どう説明したら伝わるか考えるのが面白いんです」
子どもも好きだった。
小さな子が話しかけてくれば必ずしゃがむ。
急かさず聞く。
質問にはなるべく本人が分かる言葉で答える。
そんな姿も含めて、紗絢の戦隊ヒロイン活動は評判が良かった。
――だが。
その知性も。
医学知識も。
循環器医として積み重ねた経験も。
ほぼ何の役にも立たないイベントが、広島で開催されることになった。
その名も。
「ヒロヒロ感謝祭――中国四国ご当地ヒロイン頂上決戦」
開催地。
広島市内。
主催。
ヒロヒロ感謝祭実行委員会。
大会委員長。
ブラックキャブプロダクション社長、通称ノムさん。
ちなみに「実行委員会」という組織がいつ結成されたのかは、誰も知らない。
ノムさんがなぜ大会委員長なのかも、誰も知らない。
だが本人だけは胸を張っていた。
「大会いうもんには委員長が要るじゃろ」
それだけである。
競技方式は、さらに意味不明だった。
各県代表の戦隊ヒロインが、ご当地名物を模した巨大な被り物を装着。
その状態で、くだらないゲームへ全力で挑む。
種目ごとに順位点を加算し、総合得点で優勝県を決める。
ノムさんいわく、
「国体方式じゃ」
とのことだが、国体関係者が聞いたら、
「一緒にするな」
と言いそうな大会だった。
しかも全競技がヒロヒロ公式チャンネル、
「テレビじゃ見れないヒロヒロ劇場」
で生配信。
すでに登録者数は百万人を超えている。
全国百万人以上へ向けて、各地を代表するヒロインたちが本気で馬鹿なことをする。
恐ろしい時代である。
そして、その出場者が妙に豪華だった。
まず開催地・広島代表。
江波のどか。
安芸の快姫。
明るさ、勢い、地元愛、そしてこういう企画への異様な適性を兼ね備えたダントツの優勝候補。
しかも大会委員長ノムさんとは高校の先輩後輩という、どう考えても公平性に疑義が生じる関係だった。
のどか本人は、
「関係ない関係ない。実力じゃけぇ」
と言っているが、すでに怪しい。
鳥取代表。
山根梨乃。
因幡の太陽。
本人を評する時、
「明るい」
「元気」
「いつも楽しそう」
という言葉は大量に出てくる。
だが、それ以外を聞かれると全員少し考える。
つまり。
明るさだけが取り柄。
しかし梨乃本人はまったく気にしていない。
「参加するだけで楽しそうだがー!」
最初から優勝戦線の外側にいる人間の発言だった。
島根代表。
神門結衣。
出雲の静謐。
普段は穏やか。
騒がない。
前へ出過ぎない。
しかし、
「出るからには勝つけん」
と静かに言う。
誰より虎視眈々と総合優勝を狙っていた。
愛媛代表。
越智美晴。
かつて地下アイドル界を長く生き抜いたベテラン。
愛称、みーちゃん。
伊予のレジェンド。
場数だけなら今回のメンバーでも屈指。
「こういうのは恥ずかしがったら負けよ」
巨大被り物を前にしても、全く動じない。
香川代表。
大西結月。
讃岐の迅雷。
元女子競輪選手。
競技生活を終えた今も勝負となれば目の色が変わる。
「どうせやるなら完全燃焼します」
という発言が、どう考えても巨大被り物競技に向ける熱量ではない。
山口代表。
安岡真帆。
長門の才媛。
かつて代議士秘書を務め、現在はヒロ室フロントを兼任。
芹沢遥室長の右腕として運営、調整、交渉、危機管理までこなす優秀な実務家であり、将来的にはかつて仕えた代議士の地盤を継ぐ話まで出ている。
つまり相当頭がいい。
そして岡山代表。
藤崎紗絢。
備前の慧医。
日本一忙しい循環器医。
その肩書だけ並べれば、この企画にもっとも似つかわしくない人物だった。
ところが控室。
紗絢は鏡の前で巨大な桃をかぶり、楽しそうに角度を調整していた。
淡い桃色。
丸い。
無駄に大きい。
上には緑色の葉。
中央から、美人過ぎる女医の整った顔だけが出ている。
のどかが入ってきて固まった。
「……先生」
「なに?」
「思った以上に似合っとる」
紗絢が鏡を見る。
「そう?」
「何でちょっとうれしそうなん」
「岡山代表なんだから、中途半端じゃ駄目でしょ」
完全にノリノリだった。
その横。
真帆は自分へ支給された巨大フグを両手で持ち、じっと見つめていた。
丸い。
頬が膨れている。
目も妙に大きい。
真帆がぽつり。
「……さかなクンみたい」
紗絢が噴き出した。
「真帆さん、それかぶるの?」
「山口代表なので」
嫌がってはいない。
むしろ若干楽しそう。
フグを装着。
長門の才媛の顔が巨大フグから出てくる。
紗絢、
「すごく似合う」
真帆、
「桃に言われたくありません」
そこへ梨乃。
巨大二十世紀梨。
梨乃本人より梨の方が存在感がある。
「見て見てー!」
くるっと回る。
壁にぶつかる。
「痛っ!」
開始前から不安である。
結衣は三段の割子そば、その上にしめ縄。
美晴は巨大みかん。
結月は巨大うどん鉢。
うどん、ねぎ、かまぼこ、さらにオリーブまで乗っている。
結月は鏡を見て、
「香川、盛りすぎじゃないですか?」
そして最後に、のどか。
巨大もみじ饅頭。
異様に横幅がある。
紗絢が全員を見渡した。
「……すごい絵だね」
真帆、
「歴史に残りますね」
のどか、
「残さんでええ歴史もあるんよ」
開会式。
ノムさんが大げさにマイクを握る。
「これより、第1回ヒロヒロ感謝祭、中国四国ご当地ヒロイン頂上決戦を開催する!」
観客から拍手。
続いて競技規則の説明。
ここで紗絢が早くも眉をひそめた。
観客投票あり。
開催地ポイントあり。
広島県関連問題あり。
さらに一部競技で、
「地元応援加点」
なる謎の制度まである。
紗絢、
「大会委員長」
「なんじゃ」
「これ、広島が有利すぎません?」
真帆も大会要項を見ながら、
「公平性に問題があります」
ノムさんは胸を張った。
「国体は開催県が強いんじゃ」
真帆、
「理屈になってません」
のどかが笑顔。
「まあまあ。勝ちゃあええんよ」
紗絢、
「一番得する人が言った」
第1競技。
「ご当地被り物・巨大だるまさんが転んだ」
単純。
スタート地点から鬼へ近づき、止まる。
動いたら減点。
ただし全員巨大被り物。
開始三秒。
問題発生。
梨乃の梨が重い。
「待って待って! 前見えん!」
美晴のみかんも揺れる。
結月のうどんは走るたび麺が暴れる。
真帆のフグは左右に広すぎて、横にいる結衣の割子そばへぶつかる。
「すみません」
「大丈夫だに」
紗絢は桃のまま俊敏に前進。
意外と速い。
のどか、
「先生、速っ!」
「こう見えて身体動かしてるから!」
鬼役。
「だーるーまーさーんーが――」
全員停止。
紗絢も完璧。
身体は一ミリも動かない。
しかし。
桃の上の葉っぱが、
ふるふる。
風で揺れた。
鬼役、
「岡山アウト!」
紗絢、
「待って! 今の私じゃない!」
のどか、
「葉っぱも岡山代表の一部じゃ!」
「不可抗力でしょ!」
「ルールじゃ!」
配信欄。
《桃先生ガチ抗議》
《循環器医が葉っぱについて審判と揉めてる》
《この大会大丈夫か》
《大丈夫じゃないから面白い》
一方。
梨乃。
止まれない。
「わあああ!」
巨大梨がふらつく。
梨乃ごと転倒。
ころん。
観客爆笑。
梨乃は床に寝転がったまま、
「梨が重いだがー!」
審判。
「鳥取、失格!」
「ええーっ!」
第1競技終了。
1位。
広島。
2位岡山。
3位山口。
梨乃。
最下位。
梨乃は笑っている。
「まだ始まったばっかりだし!」
このポジティブさだけは誰にも負けない。
第2競技。
「ご当地ジェスチャー選手権」
紗絢のお題。
瀬戸大橋。
紗絢は真剣に考える。
両腕を左右へ広げる。
身体を橋桁に見立てる。
さらに両手で吊り橋らしい何かを表現。
誰も分からない。
のどか、
「何なん?」
紗絢、
「瀬戸大橋!」
のどか、
「分かるかぁ!」
コメント。
《桃が橋をやってる》
《高度すぎる》
《学会より難しい》
《説明しても分からん》
山口。
真帆のお題。
「フグ」
真帆、
「……」
すでにフグをかぶっている。
何もしない。
審判、
「正解!」
真帆、
「いいんですか?」
ノムさん、
「フグじゃろ?」
「そうですけど」
「正解じゃ」
真帆は一瞬考えた。
「……ポイントが入るなら異議ありません」
知性派、勝負に染まる。
島根の結衣は出雲大社を見事なジェスチャーで表現。
高得点。
愛媛のみーちゃんはアイドル時代に培った表現力でみかん畑を謎に華麗に再現。
香川の結月はうどん打ち。
これは誰でも分かった。
鳥取の梨乃。
お題。
鳥取砂丘。
梨乃、しゃがむ。
手で砂を撒くような動作。
さらにラクダらしきものを表現しようとして四つん這い。
観客、
「……」
梨乃、
「砂丘!」
審判、
「時間切れ!」
「なんでー!」
また最下位。
第3競技。
「ご当地名物・障害物リレー」
抱えるのは巨大名物模型。
広島、牡蠣。
岡山、きびだんご。
鳥取、梨。
島根、しじみ。
愛媛、みかん。
香川、うどん玉。
山口、フグ。
紗絢はスタート前、急に医師の顔になる。
「みんな、被り物で重心高くなってるから転倒だけ気をつけようね。無理に追い越さなくていいから」
真帆、
「さすが藤崎先生ですね」
スタート。
三秒後。
紗絢、
「どっち!?」
桃で前が見えない。
のどか、
「先生ー! 反対じゃ!」
紗絢、
「えっ!?」
真帆、
「藤崎先生、左! 左です!」
巨大フグが巨大桃を誘導している。
コメント欄が壊れる。
《桃を誘導するフグ》
《備前の慧医と長門の才媛です》
《肩書返して》
《この二人普段めちゃくちゃ有能なんだぞ》
《信じられない》
東京のヒロ室。
芹沢遥室長が配信を見ていた。
画面の中では、自分の右腕である安岡真帆がフグのまま全力疾走。
遥、
「真帆ちゃん!」
笑う。
「何やってるだよ!」
その横。
紗絢の桃がきびだんごを抱えて横走り。
遥はさらに笑う。
「紗絢ちゃんまで……!」
涙が出るほど笑っていた。
特に真帆。
普段ならイベントの予算管理、出演交渉、トラブル処理を冷静にこなす人物。
その真帆が、
「フグが引っかかりました!」
と障害物へ詰まっている。
遥、
「もう駄目……!」
腹を抱えた。
一方の梨乃。
障害物リレーでも絶好調。
違う意味で。
最初の障害物に梨が引っかかる。
外す。
走る。
次でも引っかかる。
「またー!?」
そして最後はゴール寸前で梨模型を落とす。
結局ダントツ最下位。
梨乃、
「でも楽しかった!」
強い。
精神だけは。
ここで途中順位発表。
1位。
広島・江波のどか。
2位。
岡山・藤崎紗絢。
3位。
山口・安岡真帆。
4位。
島根・神門結衣。
5位。
香川・大西結月。
6位。
愛媛・越智美晴。
そして。
7位。
鳥取・山根梨乃。
しかも6位との差がかなり大きい。
梨乃が得点板を見る。
「……私だけ数字ちっちゃくない?」
結衣、
「ちょっと離れとるね」
梨乃、
「まだ逆転できるよね?」
真帆が冷静に計算。
「理論上は……」
間。
「ほぼ無理です」
梨乃、
「まだ“ほぼ”だから!」
この女に絶望はない。
その頃、2位の紗絢は別の方向へ壊れ始めていた。
得点表を確認。
残り競技数を確認。
配点を確認。
観客票の比率を計算。
「最終競技で広島と4点差以内なら、観客票を取れば逆転できる」
真帆が横から覗く。
「藤崎先生」
「なに?」
「この大会で統計を使ってる人、たぶん先生だけですよ」
「勝負だから」
のどか、
「先生、医学より真剣なんじゃない?」
「そんなわけないでしょ」
否定が速かった。
結月も元競輪選手の血が騒ぎ、
「次は取ります」
目が完全に競技者。
美晴も、
「地下アイドル時代、もっと理不尽なイベントいっぱいあったから」
妙な経験値を発揮。
結衣は静かに得点表を見る。
「まだいける」
静謐ではあるが、目が怖い。
全員。
本気だった。
競技内容は馬鹿馬鹿しい。
しかし地元を背負っている。
だから負けたくない。
この無駄な情熱こそ、この大会最大の見どころだった。
最終競技。
「ご当地PR・30秒一本勝負」
地元広島。
のどか。
巨大もみじ饅頭のままマイクを握る。
「広島は海も山も街も全部あるけぇね! お好み焼き、牡蠣、もみじ饅頭、瀬戸内の景色! 一回来てみんさい、絶対ええけぇ!」
ホーム会場。
大歓声。
紗絢、
「ずるい」
真帆、
「完全ホームですね」
岡山。
紗絢。
巨大桃。
「晴れの日・岡山! 白桃、マスカット、瀬戸内の海、県北の自然、それから――」
一瞬考える。
「医療も頑張ってます!」
のどか、
「最後だけ藤崎先生個人じゃん!」
「岡山の医療だって大事でしょ!」
会場爆笑。
山口。
真帆。
巨大フグ。
「山口県は三方を海に囲まれ、歴史、文化、豊かな食――」
声は落ち着いている。
論旨も明快。
時間配分も完璧。
政策演説のような完成度。
ただし顔はフグから出ている。
コメント欄。
《内容が頭に入らない》
《未来の代議士》
《演説100点、ビジュアル0点》
《真帆ちゃん本人が一番真面目なのが面白い》
島根。
結衣は出雲大社、宍道湖、石見の自然を落ち着いてPR。
鳥取。
梨乃。
「鳥取は梨! 砂丘! カニ! あと……えーっと……みんな来てね!」
十二秒余る。
のどか、
「余りすぎじゃろ!」
梨乃、
「言いたいこと全部言った!」
潔い。
最終集計。
会場の大型スクリーンへ順位が映し出される。
第7位 鳥取県代表・山根梨乃。
しかもダントツ。
梨乃、
「知ってた!」
拍手。
本人も笑顔。
第6位 愛媛県代表・越智美晴。
みーちゃん、
「まあ、楽しんだ者勝ちよ」
ベテランらしい余裕。
第5位 香川県代表・大西結月。
結月、
「完全燃焼できました」
本当に自転車競技のコメントみたいだった。
第4位 島根県代表・神門結衣。
結衣は静かに悔しそう。
「次は取るけん」
すでに次回を見ている。
第3位 山口県代表・安岡真帆。
真帆、
「思ったより悔しいですね」
フグをかぶったまま真顔。
第2位 岡山県代表・藤崎紗絢。
紗絢、
「2位……」
明らかに悔しい。
そして。
総合優勝。広島県代表・江波のどか。
地元会場。
大歓声。
のどかが両手を突き上げる。
「やったー!」
紗絢、
「絶対ホームアドバンテージ入ってる」
真帆、
「それは否定できません」
のどか、
「勝ちは勝ちじゃけぇ!」
閉会式。
大会委員長ノムさんが、なぜか表彰状授与より重大な仕事を任された人物のような顔で登壇した。
「これより賞品を贈呈する」
のどかが前へ。
ノムさんが取り出した。
麗奈ちゃんプリペイドカード・500円相当。
大宮麗奈の笑顔が全面へ印刷されている。
上尾中央商栄会が勝手に製作したもの。
のどかは受け取って、
「これ、もう何枚もろうたか分からんわ」
さらに。
戦隊ヒロイン手ぬぐい。
かつて商品化しようとして失敗し、ヒロ室の倉庫に大量に残った企画倒れ品。
のどか、
「これも前もろうた!」
ノムさん、
「使えば減るじゃろ」
「減らんけぇ!」
続いて2位。
紗絢。
賞品。
麗奈ちゃんクリアファイル。
紗絢は受け取る。
じっと見る。
「……岡山と広島の大会なのに、どうして賞品が埼玉なんですか?」
ノムさん、
「在庫じゃ」
「言っちゃった」
そして参加者全員に参加賞。
ノムさんが段ボールを運んできた。
「あたりM田製菓のクラッカーじゃ!」
戦隊ヒロイン公式おやつ。
観客から、
「おおー!」
拍手。
ところが。
真帆が箱を見る。
「ノムさん」
「なんじゃ」
「これ、ヒロ室に大量に置いてあるクラッカーですよね?」
会場がざわつく。
ノムさん、
「……」
真帆、
「側面に“ヒロ室備品”って書いてあります」
大爆笑。
ノムさん、
「読むな!」
真帆、
「参加賞のために仕入れたわけじゃないんですね?」
「細かいことはええ!」
紗絢、
「大会委員長、経費ゼロじゃないですか」
梨乃、
「でもクラッカーおいしいよ!」
全員、
「そこじゃない」
そして。
紗絢が麗奈ちゃんクリアファイルを掲げた。
配信カメラを見つける。
とびきりの笑顔。
「岡山のおばあちゃーん! やったよー!」
その頃。
津山市。
藤崎家の祖父母宅。
医師を引退し、今は隠居生活を送る祖父。
年齢こそ重ねているが、今なお背筋も頭もしっかりした、かくしゃくたる元開業医。
その隣には元気いっぱいの祖母フミエ。
ただし二人とも。
タブレットが使えない。
今日も近所の人を呼んでいた。
「これ、どこ押しゃあええんなら」
「おばあちゃん、触らなくていいですよ。もう映ってます」
「ほんまか?」
「映ってます」
祖父、
「音が小せぇぞ」
「ここです」
ようやく視聴。
そして画面の孫。
巨大桃。
祖母、
「出たで! さやじゃ!」
祖父、
「……でーれー桃じゃのう」
「似合うとるが!」
「医者が似合うてどうするんなら」
それでも祖父の口元は緩んでいる。
そして。
「岡山のおばあちゃーん! やったよー!」
フミエがタブレットへ身を乗り出した。
「見とるでぇぇぇ! さやぁ! でーれーよう頑張ったのう!」
祖父、
「二番じゃろうが」
「二番でも立派じゃ!」
「貰うたんクリアファイルじゃぞ」
「何でもええんじゃ! さやが貰うたんじゃけぇ!」
祖父、
「まあ……ようやったわ」
小声。
フミエが聞き逃さない。
「今褒めたじゃろ!」
「褒めとらん!」
「褒めたが!」
近所の人が横で笑っている。
広島会場。
閉会の言葉へ入ろうとした、その時だった。
紗絢が手を挙げる。
「大会委員長」
ノムさん、
「なんじゃ」
のどか、
「先生、まだ何かあるん?」
紗絢は真面目だった。
「今回、広島開催だから広島代表がかなり有利でした」
のどか、
「まだ言うとる!」
「事実でしょ」
真帆、
「客観的に見てもそうですね」
紗絢は続ける。
「国体方式を名乗るなら、開催地も持ち回りにするべきです」
ノムさん、
「ほう」
「中国四国を順番に回した方が、各地のPRにもなると思います」
急にまとも。
会場も少し感心する。
ノムさんが考える。
「ほんなら次は岡山にするか」
紗絢の目が輝く。
「本当ですか?」
「内定じゃ」
「……内定?」
「正式決定ではない」
「何で?」
「会場も押さえとらんし、予算も知らん」
「今まで何も決めずに大会やってたんですか?」
ノムさん、
「やれたじゃろ」
紗絢、
「結果論です!」
こうして。
第2回ヒロヒロ感謝祭、岡山開催――内定。
内定である。
決定ではない。
しかし紗絢はもう勝つ気だった。
「次は岡山だから」
のどか、
「もう勝つつもりなん?」
「ホームで負けるわけにいかないでしょ」
真帆、
「完全に今回の大会へ染まりましたね」
閉会。
観客が帰り始める。
その中。
紗絢は客席側に見覚えのある顔を見つけた。
「あれ?」
藤崎直哉、三十四歳。
紗絢の従兄。
恒一教授の息子。
医師の道には進まず、大手医家向け製薬会社でMRとして働き、中四国地区を担当する優秀な営業担当者。
今日は仕事ではない。
妻。
そして三歳の娘。
藤崎ひより。
紗絢が近づく。
「あ、直哉兄!」
直哉が笑う。
「お疲れ、さやちゃん」
「来てたんだ」
「家族でな」
「言ってくれればよかったのに」
直哉は紗絢が抱えている巨大桃を見る。
そしてもう一度本人を見る。
「いやあ……さやちゃん、桃かぶって何やってんのかなと思って」
「岡山代表」
「知ってるよ」
妻も笑っている。
「病院では本当にすごい先生なんですよね?」
直哉、
「たぶん」
紗絢、
「“たぶん”って何!」
その足元。
ひよりが紗絢を見上げていた。
紗絢はすぐしゃがむ。
いつものように。
子どもの目線まで。
「ひよりちゃん」
「さやちゃん!」
「今日楽しかった?」
「うん!」
「何が一番面白かった?」
ひよりは即答。
「もも!」
直哉が噴き出す。
紗絢、
「やっぱり桃なんだ」
「さやちゃん、ころころしてた!」
「ころころはしてないよ」
直哉、
「してたしてた」
「直哉兄まで!」
ひよりが笑う。
つられて紗絢も笑う。
「また桃やって!」
「いいよ」
即答。
直哉、
「またやるんだ?」
紗絢はひよりを見る。
「だって楽しんでくれたんでしょう?」
「うん!」
「じゃあやるよ」
直哉は少し呆れながら、でも嬉しそうに笑った。
白衣を着て患者を診る。
学会で最新の循環器医療を発表する。
難しい症例へ向き合う。
子どもへ心臓の働きを教える。
巨大桃をかぶって、くだらないゲームに本気で挑む。
どれも藤崎紗絢だった。
日本一忙しい循環器医。
美人過ぎる女医。
岡山の新星。
備前の慧医。
そして。
この日に限れば――。
中国四国で二番目に強い桃。
帰り際。
のどかが背後から叫んだ。
「先生ー! 次は岡山開催、まだ内定じゃけぇねー!」
紗絢が振り返る。
「分かってる!」
間。
「でも次は勝つから!」
のどか、
「決定してから言いんさい!」
真帆、
「藤崎先生、もう競技案考えてそうですね」
紗絢、
「少しだけ」
「やっぱり」
梨乃、
「次は私も優勝するよ!」
全員が梨乃を見る。
今日。
ダントツ最下位。
梨乃、
「何その顔!」
会場に最後の爆笑が響く。
第2回。
岡山開催。
――内定。
あくまでも、内定。
しかし岡山の新星・藤崎紗絢だけは、すでにリベンジへ向けて燃えている。
次は桃が頂点を取る。
たぶん。
開催されれば。




