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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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1232/1270

白衣、戦闘服、論文、そして徹夜明け――日本一忙しい循環器医・藤崎紗絢は今日も眠らない

岡山の空は、よく晴れる。


抜けるような青。


からりと乾いた空気。


陽射しは明るく、遠くまで景色がよく見える。


その晴れの日・岡山を、そのまま人間にしたような女がいた。


藤崎紗絢、二十七歳。


岡山市出身。


岡山医科大学附属病院・循環器科勤務。


若くして高い臨床能力と研究実績を備え、


「岡山の新星」


と呼ばれる循環器医である。


すらりとした長身。


整った顔立ち。


白衣姿は雑誌の医療特集にそのまま載せても絵になる。


病院内では半ば冗談交じりに、


「美人過ぎる女医」


などと呼ばれていた。


しかし、紗絢本人はその呼び名にはあまり興味がない。


「顔で心電図は読めませんから」


そう言って笑う。


そして、その笑顔がまた爽やかだった。


岡山の晴天みたいに、からっとしている。


変に気取らない。


威張らない。


患者にも、研修医にも、看護師にも同じ調子。


だが医師としての判断は、驚くほど鋭い。


病棟で患者の顔を見る。


数値を見る。


歩き方を見る。


話し方を見る。


「昨日よりちょっと息切れしてません?」


患者が、


「いやあ、そんなことないですよ」


と笑っても、


「じゃあ廊下の端まで歩いてみましょうか」


とにこやかに言う。


逃げられない。


診察では丁寧。


説明は分かりやすい。


必要なら紙に心臓の絵を描く。


難しい病名を並べて患者を置いていかない。


「大丈夫、順番に説明しますから」


この一言で安心する患者も多かった。


伯父であり師匠でもある藤崎恒一は、岡山医科大学附属病院・循環器科教授。


国内循環器医療の権威として知られる。


その恒一の姪。


しかも同じ循環器。


当然、若い頃から言われてきた。


「藤崎教授の姪だから」


「環境に恵まれてる」


だが紗絢は、それに反発するでもない。


言い訳もしない。


ただ勉強した。


症例を見た。


論文を読んだ。


学会へ出た。


自分でも論文を書いた。


手技を磨いた。


そして患者を診た。


結果として、


「藤崎恒一の姪」


より先に、


「藤崎紗絢先生」


と呼ばれるようになった。


恒一も、姪を甘やかさない。


「お前は俺の姪だが、患者には関係ない」


紗絢も、


「分かってます」


と返す。


その二人が、ある重要な患者の主治医を務めている。


白石陽菜。


戦隊ヒロイン一の美少女。


高い位置で結んだ艶やかな黒髪。


そこに揺れる大きな白いリボン。


その姿から、


「白いリボンの妖精」


と呼ばれる人気ヒロインである。


ロッド製薬の「新Vロッド」のCMでは、爽やかなキャンパスライフを送る陽菜が、


「瞳に、すっきり。明日へ、しっかり」


というフレーズとともに登場。


そのCMは大きな話題になった。


ヒロイン仲間の赤嶺美月ですら、


「陽菜かわいすぎやろ! 何やこれ!」


とテレビの前で騒いだほどだ。


だが陽菜には秘密がある。


重い心疾患。


原因の詳細はまだ完全には分かっていない。


実母である杉本恵が、政府エージェント時代に服用していた薬剤の影響ではないかという可能性もあるが、確定はしていない。


陽菜本人は病気を隠している。


理由は単純。


「かわいそうな子」


として見られたくないから。


人気者であろうと、病気であろうと、戦隊ヒロインとして一人前に扱われたい。


その負けん気はかなり強い。


だからこそ紗絢の役目は重要だった。


陽菜に任務参加を許可するか。


イベントに何分出られるか。


ステージでどこまで動けるか。


途中で休憩を入れるか。


場合によっては出演そのものを止める。


陽菜に嫌われても止める。


それが主治医の仕事だった。


そして藤崎紗絢は、陽菜の主治医であると同時に――


本人も戦隊ヒロインであった。


問題は、この女。


あまりにも忙しい。


ある月曜日。


午前六時二十分。


岡山医科大学附属病院。


紗絢はもう病院にいた。


白衣。


タブレット。


カルテ。


爽やかな笑顔。


「おはようございます」


看護師が、


「藤崎先生、早いですね」


「そうですか?」


「そうですよ」


紗絢は不思議そうに首をかしげる。


七時。


病棟回診。


患者一人一人の状態を確認。


研修医が説明する。


「昨夜の血圧は――」


紗絢は数字を確認しながら、


「昨日、ご本人は何て言ってました?」


研修医、


「え?」


「数字だけじゃなくて。息苦しさとか、食事とか」


「あ……」


「そこも見ましょう」


厳しいが、声は穏やか。


怒鳴らない。


でも逃げ道もない。


九時。


外来。


患者が次々やってくる。


不整脈。


高血圧。


心不全。


術後経過。


紹介患者。


それでも紗絢は一人一人に丁寧。


「先生、忙しそうねえ」


患者に言われる。


紗絢は笑う。


「暇そうな医者も不安でしょう?」


「それもそうねえ」


昼。


医局。


若手医師が弁当を持って紗絢へ聞く。


「先生、ご飯食べました?」


「食べましたよ」


「いつですか?」


「さっき」


「どこで?」


「その辺で」


「見てないんですけど」


「見られてない時です」


若手医師は諦めた。


午後。


カテーテル関連の検査。


症例検討。


後輩の相談。


論文修正。


海外学会からのメール。


共同研究先への返信。


スケジュール欄は真っ黒。


午後七時。


ようやく少し落ち着いた頃。


スマートフォンが鳴った。


表示された名前。


白石陽菜。


紗絢はすぐ出る。


「陽菜ちゃん?」


『先生。ちょっとだけ動悸あったんですけど』


紗絢の目が医師のものになる。


「いつ?」


『今日の夕方』


「何分?」


『二、三分くらい』


「本当は?」


沈黙。


『……五分』


「でしょうね」


『なんで分かるんですか』


「長い時ほど短く言うから」


『先生、怖い』


「知ってます」


陽菜には二日後、東京で大規模なイベントがある。


紗絢は少し考え、


「明日の夜、東京で診ます」


『先生、岡山ですよね?』


「岡山です」


『来るんですか?』


「行きます」


『わざわざ?』


「主治医ですから」


あまりにも普通に答える。


電話を切る。


午後七時半。


今度は戦隊ヒロインプロジェクトのオンライン会議。


画面の向こうに芹沢遥室長。


各地のヒロイン。


運営スタッフ。


紗絢は白衣のまま出席。


必要な箇所だけ端的に発言する。


会議終了。


午後九時過ぎ。


論文。


午前零時前。


同僚が帰り際に聞く。


「藤崎先生、まだいるんですか?」


「あとちょっとだけ」


「毎日それ言ってません?」


「気のせいです」


翌朝。


午前六時三十分。


病棟。


昨日の同僚が紗絢を見る。


いつもの白衣。


いつもの顔。


いつものテンション。


「……先生」


「はい?」


「帰りました?」


「帰りましたよ」


「寝ました?」


「寝ましたよ」


「何時間?」


紗絢は笑顔。


「回診始めましょうか」


答えない。


この頃から病院では、一つの噂が囁かれていた。


藤崎紗絢は、実は寝なくても動けるのではないか。


そして戦隊ヒロイン側でも似た噂があった。


太田すみれコーチ。


少し前。


戦隊ヒロインプロジェクトの一部関係者が、


「今後の戦略を腹を割って語り合う」


という極めて崇高な目的で集まった。


その名も、


「戦隊ヒロインプロジェクト最高戦略会議」


実態。


徹夜麻雀。


翌朝。


参加者の大半が死んでいた。


机へ突っ伏す者。


目が開いていない者。


会話にならない者。


ところが太田すみれだけ、


「おはよー! 朝ごはん何する?」


いつも通り。


後日、美月がこの話と紗絢の生活を聞き、


「藤崎先生とすみれコーチ、同じ生物ちゃう?」


と言い出した。


そこから二人は、


スタミナお化け


と呼ばれるようになった。


その日の夕方。


紗絢は岡山駅。


東京行きの新幹線へ乗る。


座席へ。


ノートパソコンを開く。


論文。


メール。


資料。


しばらくしてパソコンを閉じる。


目を閉じる。


――寝ている。


ようにも見える。


五分後。


スマートフォンを見る。


誰も確信が持てない。


数時間後。


東京駅。


紗絢は普通に降りてくる。


疲労感ゼロ。


翌朝。


イベント会場。


医療スペース。


陽菜が椅子に座っている。


高いポニーテール。


白いリボン。


ステージ衣装。


外へ出れば歓声を浴びる、白いリボンの妖精。


だが診察中は患者。


紗絢が聞く。


「昨日の夜は?」


「何もなかったです」


「本当に?」


「……ちょっと動悸」


「何分?」


「先生、尋問みたい」


「診察です」


横には松本美紀。


紗絢がふと聞く。


「美紀ちゃん、昨日の陽菜ちゃんどうだった?」


美紀は考える。


「ちょっと喋りすぎだったと思います」


陽菜、


「またそれ?」


紗絢、


「私もそう思う」


「先生まで!」


美紀、


「陽菜、不安な時ほど喋るじゃん」


「そんなことないよ」


「ある」


紗絢は笑う。


こういう情報を彼女は大事にしていた。


検査値だけでは分からない。


長く一緒にいる人間だから分かる変化。


紗絢は、美紀のそういう観察力を高く評価している。


診察。


検査結果。


状態を総合。


出演は可能。


ただし時間短縮。


運動量調整。


途中休憩必須。


陽菜が少し不満そう。


「全部出たかったです」


紗絢はさらりと言う。


「今日全部出ることより、何年も出続ける方が大事でしょう?」


陽菜は黙る。


「今日だけで考えない。長く続けるために調整する。それも戦い方ですよ」


陽菜、


「……分かりました」


そしてステージ。


白いリボンが揺れる。


陽菜が笑う。


観客は大歓声。


誰も病気を知らない。


誰も舞台裏で紗絢が秒単位で時間を見ていることを知らない。


決められた時間で退場。


舞台袖。


美紀が椅子を出す。


「座って」


陽菜、


「まだ平気」


紗絢、


「禁止ワード」


「何がですか?」


「“まだ平気”」


陽菜、


「二人とも厳しい」


でも笑っている。


イベント終了。


美月が紗絢へ声を掛けた。


「先生、今日は東京泊まり?」


「いいえ」


「じゃ、どこ?」


「岡山帰ります」


「今から!?」


「明日外来なので」


美月が絶句。


「先生、ほんまにいつ寝てんの?」


紗絢は考える。


「移動中?」


「なんで疑問形なん!」


夜。


岡山へ戻る。


翌朝。


また病院。


看護師が聞く。


「先生、昨日東京でしたよね」


「はい」


「今日普通に働くんですか?」


「勤務日ですから」


「……そうですか」


それ以上聞いても無駄だった。


そして。


この72時間には、もう一つ予定が残っていた。


広島。


ヒロヒロの地域イベント。


夕方。


白衣を脱いだ紗絢。


普通なら帰宅。


違う。


戦隊ヒロインの衣装へ着替える。


同僚、


「先生……今からどちらへ?」


「広島です」


「学会?」


「違います」


「研究会?」


「違います」


「何を?」


紗絢は笑顔。


「ヒロヒロです」


数時間後。


広島。


そこにいたのは、午前まで心臓病患者を診ていた若き循環器医とは思えない女だった。


江波のどかと並んでいる。


今日の企画。


「岡山・広島ご当地名物ジェスチャー対決」


意味はない。


医学的意義もない。


社会的意義もたぶん薄い。


だが紗絢は本気。


のどかが聞く。


「先生、これ何に見える?」


紗絢、


「牡蠣!」


「正解!」


今度は紗絢。


意味不明な動き。


のどか、


「桃?」


「違う!」


「きびだんご?」


「違う!」


「何なん!」


紗絢、


「瀬戸大橋!」


「分かるか!」


会場爆笑。


さらに巨大な桃の被り物まで被る。


普段の病院では絶対に見られない姿。


それでも紗絢は照れない。


「やるなら本気でやらないと」


のどか、


「先生、そこだけ妙に真面目じゃな」


別の企画。


岡山対広島ご当地PR早口対決。


紗絢、本気。


負ける。


悔しがる。


「もう一回」


のどか、


「明日病院じゃろ?」


「そうです」


「帰って寝んさい」


「まだ一回しか負けてない」


「医者がムキになっとる!」


紗絢はこういう女だった。


医療は本気。


研究も本気。


陽菜の主治医も本気。


戦隊ヒロインも本気。


そしてくだらないことも本気。


何事も中途半端にやるのが嫌いなのだ。


イベント終了。


時計は夜。


のどかが聞く。


「紗絢先生」


「はい」


「この三日で何時間寝た?」


紗絢は少し考える。


「ちゃんと寝てますよ」


「だから何時間?」


「ちゃんと」


「時間を聞いとるんよ!」


笑ってごまかす。


72時間。


病棟回診。


外来。


カテーテル検査。


論文。


研究。


戦隊ヒロイン会議。


新幹線で東京。


陽菜の診察。


イベント。


岡山へとんぼ返り。


再び病院。


広島でヒロヒロ。


普通なら、どこかで倒れる。


藤崎紗絢は倒れない。


疲れた顔すら見せない。


翌朝。


岡山医科大学附属病院。


「おはようございます」


またいつもの声。


若手医師が恐る恐る聞く。


「藤崎先生、今日は少し楽ですか?」


紗絢は予定表を見る。


午前外来。


午後カテーテル関連検査。


夕方研究ミーティング。


夜、海外学会のオンラインセッション。


間に白石陽菜のデータチェック。


紗絢は予定表を閉じた。


「普通ですね」


若手医師、


「普通……」


紗絢はからっと笑った。


岡山の空みたいな笑顔だった。


忙しい。


それでも嫌そうな顔はしない。


なぜなら全部、自分で選んでいるから。


患者を診たい。


医学を学びたい。


陽菜を支えたい。


戦隊ヒロインとして人の役に立ちたい。


岡山を盛り上げたい。


時には広島へ行き、のどかとくだらないことを全力でやりたい。


全部やりたい。


だから全部やる。


誰かが聞いた。


「先生、そんな生活しんどくないんですか?」


紗絢は少し考え、


「楽しいですよ」


と答えた。


本当にそう思っている顔だった。


晴れの日・岡山が生んだ若き循環器医。


岡山の新星。


戦隊ヒロイン。


白石陽菜の主治医。


研究者。


地元愛の塊。


そして――。


疲労という概念だけ、どこかへ置き忘れてきたようなスタミナお化け。


藤崎紗絢は今日も走る。


ただし、一つだけ未解決の謎が残っている。


この女は、一体いつ寝ているのか。


その頃、ヒロ室では赤嶺美月が真剣な顔で提案していた。


「なあ室長」


芹沢遥、


「なに?」


「藤崎先生とすみれコーチで発電できへん?」


遥、


「人を発電機にする話はやめるだよ」


「永久機関いけると思うんやけど」


「いけないら」


そして岡山。


紗絢は何事もなかったように診察室のドアを開ける。


「次の方、どうぞ」


今日も晴れ。


藤崎紗絢も、晴れ。


日本一忙しい循環器医の一日は、また何事もなかったように始まるのであった。

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