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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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白衣の天使にハンドルを握らせるな!――最年少ヒロイン三人娘、甲州絶景・温泉・救命ドライブ

白衣の天使に、ハンドルを握らせてはいけない。


少なくとも、松本美紀の場合は。


――もっとも、この事実を知る者は、まだほとんどいなかった。


待ちに待った休日の朝。


相模原市にある白石家の前へ、信州・松本出身の看護学生、松本美紀と、札幌生まれの“北の元気印”高城彩芽がやってきた。


今日は戦隊ヒロインとしての任務はない。


訓練もない。


イベントもない。


完全なオフ。


少し前、ヒロ室であたりM田製菓のクラッカーをつまみながら、白石陽菜、美紀、彩芽の最年少三人娘で立てた「甲府方面日帰りドライブ計画」を、いよいよ実行する日だった。


玄関先では陽菜がすでに待っていた。


「おはよう!」


「おはよう、陽菜」


「おはようだべさー!」


彩芽は朝から元気いっぱいである。


そして三人の向こうから、白石家の家政婦・杉本恵が姿を現した。


「美紀さま、彩芽さま、おはようございます」


穏やかに微笑む恵。


白石家に長く仕え、陽菜の身の回りを誰よりよく知る家政婦。


だが、その正体はかつて“東洋のマタハリ”と呼ばれた元敏腕エージェントであり、さらに陽菜の実の母親でもある。


もちろん、それは国家機密。


陽菜自身すら知らない。


恵はかつて、わずかな視線の揺れから相手の嘘を見抜き、言葉の間から敵の思惑を読み、幾多の修羅場を潜り抜けてきた。


そんな彼女が、この朝ばかりは重大な失敗をする。


三人へ貸し出されるのは、恵が普段、白石家の買い物や用事に使っているコンパクトカー。


豪華な高級車ではない。


派手な装備もない。


だが小回りが利き、整備も行き届いた、恵お気に入りの実用車だった。


恵は鍵を美紀へ手渡した。


「美紀さまが運転なさるのですね?」


「はい。大切にお借りします」


美紀は深々と頭を下げる。


いかにも彼女らしい、きちんとした礼儀。


恵は安心しきったように微笑んだ。


「美紀さまの運転でしたら安心です。どうか三人で楽しんできてくださいね」


「ありがとうございます。それでは行ってまいります」


美紀がもう一度ぺこり。


陽菜と彩芽も、


「行ってきます!」


「行ってくるべさ!」


と元気よく手を振った。


杉本恵は、美紀のことをよく知っている。


陽菜の無二の親友。


頭脳明晰。


品行方正。


医学知識は看護学生とは思えないほど豊富。


何より、陽菜が少しでも疲れていれば真っ先に気づき、そっと休ませてくれる優しい少女。


だから恵は、美紀を全面的に信用していた。


ただし。


ひとつだけ知らなかった。


松本美紀が、ハンドルを握ると別人格になることを。


運転席へ座る美紀。


シート位置を合わせる。


ミラー確認。


シートベルト。


陽菜も助手席へ。


彩芽は後部座席。


ここまでは完璧だった。


美紀はキーを操作し、エンジンを始動。


両手でハンドルを握った。


その瞬間。


すっ。


顔つきが変わった。


決して恐ろしい顔になったわけではない。


笑顔が消えたわけでもない。


ただ――目の奥に、普段の美紀には存在しない何かが宿った。


「じゃ、行こっか」


発進。


「わっ」


彩芽の身体が座席へ押しつけられた。


陽菜も思わずダッシュボードへ手を伸ばす。


「美紀……けっこう勢いよく出るんだね」


「そう?」


本人はまったく気にしていない。


白石家の玄関先で見送る恵が、少し首をかしげた。


「あら……」


だがすぐ、


「まだこの車に慣れていないのでしょう。美紀さまならすぐ慣れますね」


と結論づけ、家の中へ戻っていった。


幾多の人間の裏の顔を見抜いてきた東洋のマタハリ。


しかし、


松本美紀の“運転人格”だけは見抜けなかった。


これが、元敏腕エージェント杉本恵、この日最大の失態だった。


車内では彩芽が早速、バッグからあたりM田製菓のクラッカーを取り出した。


「持ってきたべさ!」


陽菜が袋を見る。


「あ、またアカリンだ」


「アカリンかわいいしょ!」


美紀は前を向いたまま言った。


「彩芽ちゃん、車の中にこぼさないでね」


「分かってるって!」


ぱりっ。


ぽりぽり。


最初のうちは本当に楽しい女子ドライブだった。


「今日さ、昇仙峡行ったあと、ほうとうでしょ?」


「うん」


「石和温泉も!」


「温泉楽しみだべさー」


「写真いっぱい撮ろうね」


「撮る撮る!」


三人の笑い声が車内を満たす。


ところが、少し交通量の多い道路へ入る。


前へ一台の車が入ってきた。


美紀の目が細くなる。


「……そこ入ってくるんだ」


陽菜が横を見る。


「美紀?」


「なに?」


「今、なんか言った?」


「別に」


数分後。


信号が青になる。


前の車の発進がほんの少し遅れる。


美紀が小声で、


「青だよ……」


彩芽の手からクラッカーが止まる。


美紀は相変わらず優しい声なのだ。


それだけに怖い。


さらに中央自動車道へ入った瞬間。


松本美紀、本領発揮。


「おお……」


彩芽が思わず声を漏らした。


美紀は交通の流れを読みながら、迷いのない運転を見せる。


追越車線。


前へ。


走行車線へ戻る。


また前方へ。


とにかく判断が早い。


いや、早すぎる。


陽菜が助手席で徐々に背筋を伸ばしていく。


「美紀」


「なに?」


「もう少し……のんびり行ってもいいんじゃない?」


「ちゃんと流れに乗ってるよ」


「そうなんだけど」


後部座席の彩芽もシートベルトを握っている。


「美紀ちゃん、実家の方でもこういう運転してるの?」


「車ないと生活できないから、よく運転してるよ」


「そ、そう……」


やがて後ろから、妙に距離を詰めてくる車が現れた。


バックミラーを見る美紀。


眉がわずかに動く。


「……何、この人」


陽菜の医療的ではない危機察知能力が働いた。


「美紀」


「なに?」


「無視しようね」


「してるよ」


「顔がしてない」


美紀はもう一度バックミラーを見る。


「でもさ、こうやって距離詰めてくるのって――」


「相手しちゃ駄目!」


陽菜の声が一段大きくなる。


彩芽まで身を乗り出した。


「そうだべさ! せっかく遊びに行くんだから!」


「何もしないって」


「美紀、絶対何かしようとしたでしょ」


「してないよ」


「今、“じゃあこっちも”って顔した」


「してないってば」


かつて、誰かが松本美紀を評した。


――戦隊ヒロインの教科書のような少女。


心優しい。


真面目。


冷静。


患者思い。


そしてハンドルを握ると、その教科書だけ道路交通編が乱丁する。


幸い陽菜に止められ、美紀もそれ以上相手にすることはなかった。


それからしばらく。


陽菜と彩芽は懸命に普通の会話を続けた。


「今日いい天気だね」


「そうだね」


「山梨着いたら何食べる?」


「ほうとうだべ!」


「楽しみだね」


ただし二人とも、先ほどまでとは比較にならないほど前方をよく見ていた。


美紀だけはご機嫌だった。


そして。


三人を乗せた車は、予定よりかなり早く昇仙峡へ到着した。


駐車場へ車が停まる。


美紀がエンジンを切る。


「着いたよ!」


陽菜、


「……うん」


彩芽、


「……着いたべさ」


二人はほぼ同時に深呼吸した。


美紀が振り返る。


「どうしたの?」


陽菜、


「空気がきれいだなって」


彩芽、


「山の空気、うまいべさ」


「まだ車の中だよ?」


車を降りる。


するとそこには、往路の恐怖を忘れさせるような景色が広がっていた。


晩夏から初秋へ向かう昇仙峡。


山々はまだ深い緑をたたえている。


しかし、ところどころで葉の色がわずかに薄まり、秋の気配が忍び込み始めていた。


夏より少し高くなった青空。


切り立った巨大な岩。


その間を流れる清らかな水。


渓谷を抜ける風は、肌にひんやり心地よい。


美紀が立ち止まった。


信州の山間部で育った彼女でも、見入ってしまう。


「すごいね……。私の地元も山ばっかりだけど、こことは全然違う。岩と水が長い時間かけて作った景色って感じ」


理知的な感想。


陽菜は目を輝かせた。


「写真より全然きれい。水もすごく澄んでる」


彩芽は両腕を大きく広げた。


「岩でっかー! 空も広いべさー!」


美紀と陽菜が笑う。


「彩芽ちゃん、声大きい」


「だってすごいしょ!」


三人は顔を見合わせた。


「来てよかったね!」


今度こそ声が完全に重なる。


そこからは写真大会。


陽菜と美紀が肩を寄せて一枚。


彩芽が二人の間へ強引に顔を突っ込む。


「私も入るべさ!」


「狭い狭い!」


今度は三人で岩を支えているようなポーズ。


「彩芽、目つぶってる」


「もう一回!」


「今度は美紀がよそ見してる!」


「え?」


「もう一回!」


十代の女の子三人。


戦隊ヒロインであることすら忘れたような、普通の休日だった。


その時だった。


美紀の表情が変わる。


少し先に人だかり。


その中心に、高齢の男性が倒れている。


「……陽菜、彩芽ちゃん」


声の質が変わった。


今度はハンドルを握った時とは違う。


医療者の声。


美紀が駆け寄る。


「すみません、通してください!」


男性のそばへしゃがむ。


反応を確認。


呼吸を確認。


周囲の状況を見る。


さっきまで写真を撮って笑っていた少女とは思えないほど、動きに迷いがない。


「陽菜、119番お願い!」


「うん!」


「彩芽ちゃん、AED探して! 近くのお店か施設の人に聞いて!」


「分かった!」


彩芽が走った。


俊足。


北の元気印の最大の武器が、この時ばかりは最高の形で生きる。


人混みを抜け、


「AEDありますか!」


と叫びながら走り回る。


一方、美紀は男性の状態を確認しながら、周囲の人々にも落ち着いて声を掛ける。


陽菜が通報を終える。


「救急車来るって!」


「ありがとう。陽菜、こっちお願い」


「分かった」


親友同士だけに意思疎通が早い。


しばらくして、


「美紀ちゃーん!」


彩芽が戻ってくる。


手にはAED。


「見つけた!」


「ありがとう!」


彩芽の俊足のおかげで、救命処置を迅速に進めることができた。


やがて男性の状態は落ち着き、到着した救急隊へ引き継がれる。


家族と思われる女性が涙を浮かべ、三人へ何度も頭を下げた。


「本当に……ありがとうございました」


美紀はいつもの柔らかな笑顔に戻った。


「私たち、戦隊ヒロインですから。できることをしただけです。どうかお大事になさってください」


陽菜も、


「本当に無事でよかったです」


彩芽も、


「早く元気になってくださいね!」


その時。


美紀が腕時計を見る。


「あ」


陽菜、


「どうしたの?」


美紀、


「お昼」


彩芽の目が輝く。


「ほうとう!」


人命救助から、ほうとうまで、およそ数秒。


白衣の天使も腹は減る。


人気店は昼時になると混み始める。


三人はもう一度家族へ頭を下げ、足早にその場を立ち去った。


甲府市内。


三人の前へ、大きな土鍋が置かれた。


ぐつぐつ。


もうもうと立ち上る湯気。


味噌の香り。


平たく太い麺。


白菜。


ねぎ。


きのこ。


そして何より目を引くのは、大きく切られた黄金色のかぼちゃだった。


彩芽の目が丸くなる。


「かぼちゃ、でっか!」


陽菜も笑う。


「ほんとだ!」


熱々の汁へ箸を入れる。


柔らかく煮えたかぼちゃ。


味噌の塩気の中へ、自然な甘みが溶け出している。


もちっとした幅広麺へ濃厚な汁が絡み、野菜の旨みまで全部一つの鍋に閉じ込められていた。


陽菜が一口。


「あ、おいしい!」


美紀も目を細める。


「ほんとだ。かぼちゃ甘いね。味噌とすごく合う」


彩芽はすでに豪快に食べている。


「うまいべさー! これ冬に食べたら最高だね!」


「彩芽ちゃん、熱いから気をつけて」


「美紀ちゃん、人助けした直後でもそこは看護学生なんだな」


「火傷したら困るでしょ」


「でも美紀ちゃんの運転で心臓止まりそうになった時は――」


陽菜が彩芽の足をテーブルの下で踏んだ。


「痛っ!」


美紀、


「どうしたの?」


「なんでもない!」


陽菜、


「かぼちゃおいしいね!」


「うん」


危機は回避された。


食事中、昇仙峡での救命活動はほとんど話題に上らなかった。


最近買った服。


学校。


ヒロ室での出来事。


誰の衣装が可愛いか。


あたりM田製菓の次のパッケージは誰が似合いそうか。


たった一時間前にAEDを使っていた三人とは思えない。


午後。


一行は石和温泉へ。


まずは駅前の足湯。


三人横並びで腰掛け、足を湯へ沈める。


「あ~~……」


三人同時に声が出る。


陽菜、


「駅の前で足湯っていいね」


美紀、


「電車で来てもすぐ入れるし、歩いた後にちょうどいい」


彩芽、


「もうここから動きたくないべさ」


陽菜、


「まだ温泉入るんだから」


「じゃ、ここ住む」


「住めないよ」


そこから高級旅館の日帰り入浴。


広々とした浴場。


きれいに整えられた庭。


開放感のある露天風呂。


三人で肩まで湯へつかる。


「最高……」


陽菜が目を閉じる。


「泊まりたい」


美紀、


「今度は一泊でもいいね」


彩芽、


「じゃあ次決まり!」


だが三人の湯めぐりはそれだけでは終わらない。


続いて向かったのは、地元の人にも長く親しまれている庶民的なレトロ公衆浴場。


高級旅館とはまるで違う。


飾らない脱衣所。


昔ながらの浴槽。


生活の中に温泉があるような空気。


陽菜が感心する。


「こっちもいいね。落ち着く」


美紀、


「地元の人が毎日入りに来る感じがいいね」


彩芽、


「私はこういうのも好きだべさ!」


高級旅館もいい。


庶民的な公衆浴場もいい。


結局、三人とも温泉なら何でも好きらしい。


湯上がり。


冷えたサイダー。


しゅわっ。


三人で一気に飲む。


「おいしいー!」


火照った身体へ、冷たい炭酸が染み渡る。


彩芽、


「今日一番うまい!」


陽菜、


「ほうとうの時も言ってなかった?」


「風呂上がりは別腹だべさ」


美紀、


「サイダーに別腹あるの?」


「ある!」


土産物屋では陽菜が真剣に品物を選ぶ。


「お父さんと恵さんに何がいいかな」


美紀、


「ぶどうジュースとかいいんじゃない?」


「それにする!」


山梨らしい甲州ぶどうを使った濃厚なジュース。


車を貸してくれた恵へのお礼にもぴったり。


そしてヒロ室のみんなには信玄餅。


彩芽が箱を見ながら言う。


「ヒロ室って何箱いる?」


美紀、


「結構いるよね」


陽菜、


「足りなかったら争奪戦になるよ」


「多めに買おう」


帰り道。


中央自動車道へ。


しかし夕方から夜へ向かう時間帯。


東京方面は渋滞。


車の列が長く続く。


美紀が少し不満そうに言った。


「混んでるね」


陽菜は妙に明るい。


「いいじゃん。ゆっくり帰ろうよ」


彩芽も、


「うんうん。ゆっくりが一番だべさ!」


美紀が二人を見る。


「なんでそんなうれしそうなの?」


「別に」


「別にだべさ」


渋滞のおかげで、美紀の荒々しい運転は完全封印。


陽菜と彩芽にとって、皮肉にもこの日最も平和な車内となった。


夜。


休憩のため談合坂サービスエリアへ。


駐車場へ入った途端、彩芽が目を丸くする。


「えっ、ここサービスエリア!?」


明るい建物。


広い売り場。


レストラン。


フードコート。


カフェ。


ベーカリー。


土産物がずらり。


もはや単なる「高速道路の休憩所」ではない。


旅の途中そのものを楽しめる、小さな商業施設のような華やかさである。


陽菜も、


「すごい。こんなにお店あるんだ」


美紀、


「夕飯ここで食べよっか」


彩芽、


「食べる!」


朝からクラッカー。


昼にほうとう。


温泉。


サイダー。


そして夕食。


休日の女子旅は、食欲まで元気にするらしい。


三人はしっかり夕食を取り、売店を覗き、お菓子を見てはまた盛り上がった。


そこから再び車へ。


さすがの美紀も一日の疲れがあったのか、帰路は比較的穏やか。


そして夜。


三人は無事、白石家へ帰ってきた。


玄関先では杉本恵が待っていた。


「お帰りなさいませ」


「ただいま!」


三人とも笑顔。


恵はさりげなく三人を見る。


怪我なし。


体調問題なし。


そして車を見る。


無傷。


ほっとした。


「楽しかったですか?」


「はい!」


これは三人とも本心だった。


陽菜が土産袋を差し出す。


「恵さん、これ」


「私にですか?」


「車貸してくれたお礼。お父さんの分もあるよ」


甲州ぶどうジュース。


恵の表情が柔らかくなる。


実の娘からもらう旅のお土産。


もちろん、陽菜はその事実を知らない。


恵も決して顔には出さない。


それでも少しだけ目元がうれしそうだった。


「ありがとうございます、陽菜さま。本当にうれしいです」


「良かった」


その横で美紀と彩芽も笑っている。


美紀、


「今日は楽しかったね」


彩芽、


「めっちゃ楽しかったべさ!」


陽菜、


「またこの三人でどこか行こうよ」


「行こう!」


「行くべ!」


三人の意見は一致した。


ところが美紀が、


「じゃあ次のドライブは――」


と言いかけた瞬間。


陽菜、


「次は電車がいいな!」


ものすごい速さだった。


彩芽も、


「電車いいべさ! 電車!」


美紀、


「え?」


二人、


「……」


美紀、


「なんで急に?」


陽菜、


「ほら、景色見られるし」


彩芽、


「みんなで寝られるし!」


「私の運転だって景色見られるよ?」


陽菜、


「美紀は見ちゃ駄目でしょ」


「そうじゃなくて」


彩芽、


「とにかく次は電車がいいべさ」


三人は確かに、


「また一緒に出かけよう」


とは言った。


しかし。


陽菜と彩芽は最後まで、


「またドライブしよう」


とは一言も言わなかった。


数日後。


ヒロ室。


三人は山梨土産の信玄餅を持って出勤した。


「お土産でーす!」


彩芽の声に、ヒロインたちがぞろぞろ集まってくる。


その時。


芹沢遥室長が三人を呼び止めた。


「美紀ちゃん、陽菜ちゃん、彩芽ちゃん。ちょっといい?」


三人が振り返る。


「はい?」


遥の手には、一通の手紙。


「これね、山梨から届いたんだよ」


「山梨?」


昇仙峡で倒れた男性の家族からだった。


救急隊が到着するまで適切な処置をしてくれたこと。


AEDを素早く探してくれたこと。


混乱する家族へ優しく声を掛けてくれたこと。


そして、ほとんど名乗ることもなく去っていったこと。


感謝の言葉が丁寧に綴られていた。


さらに山梨のローカル新聞にも、小さな記事が出ていたという。


――観光中の戦隊ヒロイン三人、昇仙峡で救命活動。


遥は三人を見て、いつもの穏やかな笑顔を浮かべた。


「三人とも、お休みの日だったんだら?」


美紀、


「はい」


「それでも、困ってる人を見たら自然に身体が動いたんだねぇ」


美紀は少し照れた。


「たまたま私たちが近くにいただけです」


陽菜、


「最初に気づいたのは美紀なんです」


彩芽、


「美紀ちゃんが指示してくれたから、私はAED取りに行っただけだべさ」


美紀、


「でも彩芽ちゃんがすぐ持ってきてくれたから、早く対応できたんだよ」


遥はゆっくり首を振った。


「そういうことじゃないら」


三人が遥を見る。


「制服着てる時だけ戦隊ヒロインってわけじゃないでしょ。誰も見てなくても、お休みの日でも、目の前に困ってる人がいたら助ける。それが自然にできたっていうのが、一番えらいんだよ」


そして少し笑った。


「三人とも、ほんとによくやったねぇ。室長としてもうれしいら」


美紀、


「ありがとうございます」


陽菜、


「なんか照れるね」


彩芽、


「戦隊ヒロインだから、当たり前のことしただけだべさ」


「その気持ち、大事にするだよ」


遥が優しく微笑む。


その横から。


信玄餅の匂いを嗅ぎつけたように月島小春が現れた。


「お、山梨組じゃん」


「小春さん」


「ドライブどうだった?」


美紀は即答。


「すっごく楽しかったです!」


陽菜と彩芽。


沈黙。


小春が眉を上げる。


「……なんで二人とも目ぇそらすの?」


陽菜、


「別に」


彩芽、


「楽しかったべさ」


「じゃあ次もドライブ行けばいいじゃん」


陽菜、


「次は電車がいいです」


またしても即答。


彩芽、


「電車最高だべさ!」


小春は美紀を見る。


美紀は本気で不思議そうな顔をしている。


「二人ともなんで?」


小春の勘が働いた。


「……美紀。お前さ、運転すると性格変わる?」


「変わりませんよ?」


「ほんとか?」


「はい」


陽菜と彩芽が同時に小春を見る。


そして、静かに首を横へ振った。


小春、


「……あー。なるほどね」


美紀、


「何がですか?」


誰より優しい。


誰より真面目。


誰より患者に寄り添う。


信州の澄んだ水と空気に育てられた、心優しき白衣の天使・松本美紀。


戦隊ヒロインとしても、看護学生としても、申し分ない少女。


ただし。


彼女と遠出する時だけは、一つ覚えておかなければならない。


白衣の天使にハンドルを握らせるな。


これが、最年少ヒロイン三人娘の楽しい甲州旅行からヒロ室にもたらされた、唯一にして最大の教訓なのであった。

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