姉ちゃんがクラッカー戦士!?――マイヤンは駅売店、アカリンはコンビナート、ミサッキーは鹿注意報!紀伊ハンター故郷でじわ売れ中
戦隊ヒロインプロジェクトと、堺の老舗菓子メーカー・M田製菓が共同開発した「あたりM田のクラッカー・紀伊ハンター版」は、発売当初から大騒ぎになるような商品ではなかった。
テレビで連日取り上げられるわけでもない。
発売日に行列ができるわけでもない。
SNSのトレンドを一日中独占するわけでもない。
ところが、三重、和歌山、奈良のスーパー、駅売店、道の駅、高速道路のサービスエリア、観光地の土産物店などへ並べてみると、なぜか少しずつ売れる。
翌週見ると、棚から何箱か減っている。
また補充される。
しばらくすると、
「ああ、あの三人のクラッカーね」
と言われるようになる。
爆発的ではない。
しかし、しぶとい。
まさにM田製菓らしい売れ方だった。
パッケージには、紀伊半島三県を代表する三人のクラッカー戦士が描かれている。
三重県四日市市からは、満面の笑顔で今にも箱から飛び出しそうな「四日市の突貫娘・アカリン」。
和歌山からは、白浜の海と紀州梅を背に軽やかなダンスのターンを決める「紀州の舞姫・マイヤン」。
奈良からは、古都の山並みを背に静かな微笑みを浮かべる「大和の静刃・ミサッキー」。
三人をまとめた「紀伊ハンター」パッケージでは、一番小柄なマイヤンが中央。
左からアカリンが元気いっぱいに飛び出し、右ではミサッキーが静かに全体を締める。
実際の三人そのままの配置だった。
そんな商品が、モデルとなった本人たちの故郷へ少しずつ入り込んでいく。
最初に妙な影響を受けたのは、白浜麻衣の家だった。
麻衣の実家は、紀州のみかん農家である。
彼女の朝は早い。
大学へ行く日も、時間に余裕があれば家の仕事を手伝う。
収穫したみかんを運び、選別し、傷のあるものを分ける。
小柄な身体で、黙々と籠を動かす。
母親が声をかける。
「麻衣、もうええよ。大学遅れるで」
「これだけ終わらせる」
「昨日もヒロインの仕事やったんやろ?」
「大丈夫。あと五分で終わるから」
真面目である。
頑張り屋でもある。
そして、少々頑張りすぎるところがある。
そんな麻衣には、中学二年生の弟がいた。
現在、見事なまでの反抗期。
そして、本人が決して認めない立派な中二病である。
最近の口癖は、
「別に」
「俺には関係ない」
「くだらん」
「そういうの興味ないし」
である。
家族で外食しようと言えば、
「別に家でええし」
家族写真を撮ろうと言えば、
「俺、そういうのいいから」
麻衣が学校のことを聞けば、
「普通」
部活動について聞けば、
「まあな」
何か悩みがあるのか聞けば、
「ない」
会話を終わらせる能力だけは極めて高い。
ところが、そんな弟がある晩、麻衣の部屋の前をうろうろしていた。
入ってくるわけでもない。
帰るわけでもない。
ドアの前を二度通り過ぎる。
三度目。
麻衣がドアを開けた。
「何してるの?」
「……別に」
「三回通ったよ」
「廊下歩いてただけ」
「うちの家の廊下、そんな散歩するほど長くないよ」
弟は黙った。
そして背中に隠していたものを差し出した。
マイヤンのクラッカーだった。
麻衣は首をかしげる。
「食べるの?」
「ちゃう」
「じゃあ何?」
弟は視線を逸らした。
「……サイン」
「誰の?」
「姉ちゃんの」
麻衣は目を丸くした。
「私の?」
「学校のやつが欲しいって」
どうやら弟の中学校では、マイヤンがそれなりに知られるようになっていた。
当然、弟の立場も知られる。
「お前のねーちゃんクラッカー戦士やろ」
「紀州の舞姫やん」
「マイヤンの弟来たで!」
などと友人からいじられているらしい。
弟は、いかにも迷惑そうな顔をした。
「毎日ほんまウザい」
「ごめんね」
「姉ちゃんが謝ることちゃうし」
「嫌なら学校ではあまり話さないようにするよ」
「そういう意味ちゃう!」
なぜか怒る。
麻衣は首をかしげた。
「じゃあどういう意味?」
「……別に」
出た。
弟の万能回答である。
麻衣は箱を受け取った。
「いいよ。誰に書けばいい?」
「は?」
「頼んでくれた子の名前」
「名前までいる?」
「せっかくなら、その子宛てに書いた方がいいでしょう?」
「普通にサインだけでええって」
しかし麻衣は、そういう性格ではなかった。
丁寧に相手の名前を聞き、油性ペンを用意する。
箱の空いた場所へ、
『翔太くんへ
マイヤンを応援してくれてありがとう!
勉強も部活も頑張ってね。
またどこかで見かけたら声をかけてください。
白浜麻衣』
と書いた。
さらに、隅へ小さなマイヤンの顔まで描いた。
弟は横で見ながら、完全に引いていた。
「……姉ちゃん」
「何?」
「そこまでせんでええと思う」
「喜んでもらえた方がいいじゃない」
「サイン頼んだだけやで?」
「だから、サイン書いたよ」
「文章の方が長いやん」
「そう?」
「そうや!」
翌日。
弟はその箱を学校へ持っていった。
結果。
翔太くん、大喜び。
さらに、その日の夕方。
弟がまた麻衣の部屋の前を歩いていた。
今度は二箱。
麻衣がドアを開ける。
「増えてるね」
「……知らん」
「またお友達?」
「勝手に持ってきたんや」
「名前は?」
弟はポケットからメモを出した。
二人分のフルネームが、きっちり書かれていた。
麻衣は笑った。
「ちゃんと聞いてきてるじゃない」
「俺が何回も聞かれるん面倒やからや!」
「はいはい」
「あと、一人は野球部やから『試合頑張って』って書いてほしいらしい」
麻衣は弟を見る。
「要望まで聞いてきたの?」
「……伝言や」
完全にマネージャーだった。
ただし本人は絶対に認めない。
麻衣がサインを書いている横で、弟はぼそっと言った。
「学校でさ」
「うん」
「姉ちゃん、思ったより知られとるで」
「そうなの?」
「まあ……マイヤンが一番かわいいって言っとるやつもおる」
麻衣が笑う。
「嬉しいな」
弟はすぐに顔を背けた。
「俺は別に何とも思わんけど」
「うん」
「ほんまやで」
「分かったよ」
「……笑うなよ」
翌朝。
麻衣はみかん農家の仕事を少し手伝ったあと、大学へ向かった。
緑色を印象的に使った電車などを乗り継ぎ、大阪府内の大学へ通う。
麻衣は本気で幼稚園教諭を目指している。
ヒロイン活動の肩書きがあれば何とかなる、などとは考えていない。
講義。
実習。
ピアノ。
教材研究。
発達心理。
身体表現。
ダンスは得意だが、それだけでは子どもを預かる仕事は務まらない。
だから一つ一つ真面目に取り組む。
そんな通学途中、駅売店を通るたびに、麻衣は少しだけ足を緩めるようになった。
菓子棚にマイヤンがいる。
自分をモデルにした小さなキャラクターが、紀州の海を背に踊っている。
最初は恥ずかしかった。
今でも少し恥ずかしい。
でも、やっぱり嬉しい。
ある朝。
売店の前で、小さな女の子が麻衣をじっと見ていた。
母親の手を握りながら、麻衣を見る。
マイヤンの箱を見る。
また麻衣を見る。
やがて、おそるおそる声をかけた。
「……マイヤン?」
麻衣は足を止めた。
「うん?」
女の子の顔が、一気に明るくなる。
「やっぱりマイヤンや!」
麻衣は自然にしゃがんだ。
目線を女の子の高さへ合わせる。
「知ってくれてるの?」
「うん! ダンスする子!」
「そうだよ」
「かわいい!」
麻衣は、本当に嬉しそうに笑った。
「ありがとう」
女の子は母親へ振り返る。
「ママ、マイヤン買って!」
母親も笑っている。
麻衣は電車に乗ってからも、しばらく口元が緩んでいた。
クラッカーが売れたからではない。
小さな子どもが自分のことを覚えていてくれた。
幼稚園教諭を目指している麻衣にとって、それは何より嬉しい出来事だった。
その頃、三重県四日市。
「四日市の突貫娘・アカリン」も、じわじわと地元へ浸透していた。
四日市の駅売店。
スーパー。
土産物店。
地元企業の売店。
見つけるたびに、山本あかり本人のテンションは上がった。
ある日、私鉄の駅売店でアカリンを見つける。
「あっ!」
立ち止まる。
スマートフォンを取り出す。
写真。
少し角度を変えて、また写真。
棚全体も写真。
さらに自撮りで、アカリンと自分を一緒に収める。
通りかかった人が二度見した。
本人が自分の商品と記念撮影しているのである。
「めっちゃええ場所置いてくれとるに!」
嬉しくて仕方ない。
友人へ写真を送る。
家族にも送る。
ヒロ室のグループにも送る。
《四日市駅でアカリン発見やに!》
数分後、美月から、
《本人やん》
とだけ返ってきた。
一方、あかりの父は、娘とは正反対だった。
四日市の巨大な石油コンビナートで働くベテラン技師。
長年、精製設備と向き合ってきた。
配管。
圧力。
温度。
振動。
定期修繕。
安全管理。
新人時代から現場を叩き込まれ、今では後輩から頼られる存在である。
仕事は真面目。
口数は多くない。
設備に妙な音があれば誰よりも早く気づく。
そんな人物が昼休み、工場内の売店へ入った。
馴染みのおばちゃんが、待ってましたとばかりに手招きする。
「山本さん」
「はい?」
「これこれ」
指差した先。
アカリン。
満面の笑顔。
背景には四日市のコンビナートをイメージした灯り。
キャッチコピーは、
『四日市から一直線! 思い立ったら即行動!』
売店のおばちゃんは、父と箱を交互に見る。
「山本さんとこの娘さんやろ?」
父は一瞬黙った。
そして、小さく照れ笑い。
「……まあ、そんなところです」
「かわいらしいやん」
「だいぶデフォルメされとりますけどね」
「でも雰囲気そっくりやで」
そこへ若い後輩が来た。
「山本さん!」
「何や?」
後輩はアカリンを手に取る。
「これ娘さんですよね?」
「……まあ」
「いいですねえ。四日市っぽくて」
別の同僚まで寄ってくる。
「おお、アカリンのお父さん」
父の眉が動いた。
「その呼び方はやめろ」
「娘さん、かわいいキャラになったなあ」
「本人に言うたれ」
「主任、嬉しいでしょう?」
「何がや」
「娘さんが地元の商品になって」
父は少し考えた。
「……まあ、本人が元気でやっとったら、それでええ」
そう言いながら、口元は緩んでいる。
あかりは、父が年齢を重ねてからようやく授かった一人娘だった。
子どもの頃は、転べばすぐ駆け寄った。
運動会も発表会も、勤務の都合がつく限り見に行った。
今では本人の前で過剰に構うことはない。
しかし、可愛くないはずがない。
地元・四日市の名前を背負って活動し、地域限定商品の顔になっている。
誇らしい。
ただし、ものすごく照れくさい。
退勤前。
父は再び売店へ寄った。
アカリンを一箱手に取る。
レジへ持っていく。
おばちゃんが、にやり。
「買うんや」
「クラッカー食べたいだけです」
「ほかにもお菓子、いっぱいあるで」
「今日はこれの気分です」
「はいはい」
家へ帰る。
袋を置く。
直後。
あかりが見つけた。
「お父さん!」
嫌な予感。
「何や?」
「アカリン買うたん!」
「売店にあっただけや」
「ほかのお菓子もあったやろ?」
「クラッカー食べたかったんや」
あかりは、にやにやしている。
「お父さん、アカリン好きなん?」
「違う」
「ファンなん?」
「違う!」
母親が台所から声をかけた。
「売店のおばちゃんから聞いたで」
父の動きが止まる。
「……何を?」
「アカリンの箱、しばらくじーっと見とったって」
あかりは大爆笑。
「お父さん! めっちゃ見とるやん!」
「見とらん!」
「かわいいと思ったんやろ!」
「商品配置を見とっただけや!」
「技師が菓子棚の商品配置見てどうすんねん!」
父は返答に詰まった。
あかりは箱を持ち上げる。
「これ食べ終わったら箱捨てる?」
「……資源ごみの日にな」
数日後。
空箱は父の工具棚の上にあった。
綺麗な状態で。
あかりは見つけた。
しかし、その件だけはからかわなかった。
代わりに、こっそり笑った。
父も、娘が気づいたことには気づいていた。
だが何も言わなかった。
そういう親子なのである。
そして奈良。
「大和の静刃・ミサッキー」は、モデルとなった春日美咲本人のように静かに売れていた。
派手な行列はない。
大々的なキャンペーンもない。
ところが奈良駅周辺や観光地の土産物店で、確実に置かれる店が増えていく。
修学旅行生が手に取る。
「この子かわいい」
「奈良限定やって」
外国人観光客も、古都をイメージしたパッケージを珍しそうに眺める。
ミサッキーは深い紫と若草色。
背景には大和の山並みや古寺の屋根。
静かな微笑み。
美咲は自分のパッケージが増えているのを見るたび、
「……また置いていただけるお店が増えましたね」
と、小さく喜んだ。
声は静か。
表情も静か。
しかし内心はかなり嬉しい。
そんな静かな人気に、予想外の問題が起きた。
奈良公園。
ある観光客が、ミサッキーのクラッカーを開けた。
一枚食べる。
近くに鹿が来る。
観光客は思った。
クラッカー。
鹿。
まあ、食べるだろう。
一枚差し出す。
鹿が寄ってくる。
別の鹿も来る。
それを見た別の観光客が、
「あ、これ鹿にあげていいんだ」
と勘違いする。
結果。
観光関係者が慌てて止める。
「人間用のお菓子は鹿に与えないでください!」
ヒロ室にも報告が入った。
美咲は、珍しくかなり真剣な表情になった。
「これは、きちんと対応した方がいいですね」
M田製菓の森下千尋も同意した。
「そうやね。売れるんはありがたいけど、鹿に食べてもらう商品やないから」
「観光客の方にも分かりやすく伝えたいです」
「ほな、看板作ろか」
普通なら、
『鹿に人間用のお菓子を与えないでください』
で終わる。
しかし、ここは関西だった。
数日後。
奈良公園周辺に、妙に目立つ看板が立った。
中央にはミサッキー。
クラッカーの袋を背中へ隠している。
その横。
デフォルメされた鹿。
大きな文字。
『そのクラッカー、ミサッキーは食べても鹿にはあげないで!』
鹿の吹き出し。
『推しはミサッキー。食べるんは鹿せんべい。』
美咲は看板を見た。
沈黙。
千尋が尋ねる。
「どう?」
「……内容は分かりやすいです」
「やろ?」
「でも、鹿がミサッキー推しなんですか?」
「その方が親しみやすいやん」
二枚目の看板。
鹿が前脚を交差し、クラッカーを拒否している。
『クラッカー戦士は人類用。』
その下。
『鹿せんべいしかいりまへん。』
美咲。
「……千尋さん」
「何?」
「奈良の鹿なのに大阪弁ですね」
「細かいことはええやん」
「紀伊ハンターは地域性を大切にしていたはずですが」
「美咲ちゃん、真面目やなあ」
さらに三枚目。
ミサッキーが鹿せんべいを鹿へ渡している。
鹿の吹き出し。
『それそれ。それでええねん。』
上には、
『鹿には鹿せんべい。クラッカーはあなたのお腹へ。』
美咲は少し考えた。
「……これは、いいと思います」
「三枚目でようやく合格もろた!」
ところが、この注意看板が観光客から妙に人気になった。
修学旅行生が写真を撮る。
外国人観光客も看板の前で記念撮影。
SNSには、
《奈良公園の鹿がミサッキー推し》
《クラッカー戦士は人類用で笑った》
《鹿せんべいしかいりまへん》
などと投稿される。
美咲は困惑した。
「注意喚起のための看板ですよね?」
千尋は笑う。
「まず見てもらわな、注意書きは意味ないからね」
「それは……そうですね」
美咲本人もイベントでは真剣に呼びかけた。
「ミサッキーのクラッカーは、皆さんで召し上がってください。鹿には鹿せんべいをお願いします」
本人の落ち着いた説得力もあり、注意喚起は少しずつ浸透していった。
こうして。
和歌山では、マイヤンが小さな子どもたちに覚えられ、中学二年生の弟が本人非公認のサイン窓口になった。
四日市では、アカリンが父親の職場売店まで進出し、寡黙なベテラン技師を照れさせた。
奈良では、ミサッキーが静かに観光土産として定着し、とうとう鹿の食生活にまで関わることになった。
三人とも、売れ方は派手ではない。
しかし、地元に根を張っている。
ある日。
ヒロ室西日本分室で、M田製菓との「紀伊ハンター地域反応報告会」が開かれた。
千尋が資料を広げる。
「三県とも、ええ感じです。爆発的に売れる商品やないけど、継続して動いてます」
麻衣は微笑んだ。
「私は、小さい子にマイヤンって呼んでもらえたのが一番嬉しかったです」
あかり。
「うちは、お父さんがアカリンの箱取っとるの見つけたに!」
まどか。
「言うたるなよ」
「本人には言ってへん!」
美咲は静かに言う。
「私は……鹿への給餌が減ってきたのが良かったです」
美月が腕を組む。
「紀伊ハンター、ええなあ! 完全に地元密着型やん!」
千尋。
「そうやね」
美月の目が輝いた。
「なあ、千尋さん」
「嫌な予感するわ」
「奈良限定で、ミサッキーと鹿せんべいの――」
千尋は、美月の口へクラッカーを一枚差し出した。
「はい、美月ちゃん。そこまで」
「むぐっ!」
まどかが笑う。
「千尋さん、もう美月の暴走を止めるタイミング完璧やな」
あかりも笑う。
麻衣も笑う。
美咲まで口元を押さえていた。
その時。
西日本分室の入口から声。
「お届け物です!」
全員が振り向く。
台車。
段ボール。
一箱。
二箱。
五箱。
十箱。
美月の表情が固まる。
「……何?」
千尋が伝票を見る。
「ああ」
「何や」
「紀伊ハンター地域定着記念のスポンサー提供分」
美月は叫んだ。
「“地域定着記念”って何やねん!」
箱を開ける。
マイヤン。
アカリン。
ミサッキー。
紀伊ハンター。
大量。
パッケージは全部違う。
中身は全部同じ。
あかりは一袋開けた。
ぽりっ。
「普通にうまいに」
麻衣も一枚。
「安定していますね」
美咲も静かに一枚。
「だから長く売れているのでしょうね」
まどか。
「まあ、それはそうやな」
美月は、三人を見た。
「お前ら、完全にM田製菓に慣らされとるやないか!」
千尋が笑う。
「美月ちゃんも食べてるやん」
「これは確認や!」
「何の?」
「味が変わってへんか!」
「変わってへんよ」
「知っとる!」
美月も結局、一枚食べた。
ぽりっ。
しばらく黙る。
「……ほんま、毎回同じ味やな」
千尋。
「百年以上、それでやってきてますから」
美月は何も言えなかった。
紀伊ハンターは、今日も紀伊半島で静かに売れている。
マイヤンは駅売店で子どもたちに笑いかけ。
アカリンは四日市の工場売店で父親を照れさせ。
ミサッキーは奈良公園で鹿にクラッカーを食べさせないよう見張っている。
そしてヒロ室には、またクラッカーが増えた。
地域での人気は静か。
ヒロ室の在庫だけは、いつまでたっても静かにならなかった。




