『可愛いだけで終わらへん!――クラッカー戦士、紀伊半島へ進出す』
戦隊ヒロインプロジェクトと、大阪府堺市の老舗菓子メーカー・M田製菓との提携は、誰も予想していなかった方向へ順調に育っていた。
もともとは、ヒロ室の経費削減で「あたりM田のクラッカー」ばかりがお菓子棚に並んだことが始まりだった。
その騒動を商機に変えたM田製菓が、赤嶺美月をモデルにした「クラッカー戦士ミツキン」を誕生させ、さらに谷口佳乃の「ヨシノン」、坂井まどかの「マドカン」を追加。大阪出身の三人をまとめた「トリオ・ザ・大阪」大阪限定パッケージまで作ってしまった。
結果は上々だった。
子どもたちからは、
「ミツキンかわいい!」
「ヨシノンのそろばん欲しい!」
「マドカンのコテ、かっこいい!」
と好評。
M田製菓側も、
「キャラクターは地域限定商品と相性がええ」
と手応えを感じていた。
ただし、戦隊ヒロイン側には、ひとつ深刻ではないが切実な問題があった。
クラッカーが多い。
とにかく多い。
大阪限定パッケージ発売を記念して、M田製菓からスポンサー提供品として大量の商品が新橋本部へ届き、その一部は当然のように大阪府内のヒロ室西日本分室へも回されていた。
ある日の午後。
西日本分室のミーティングスペースでは、山本あかりがクラッカーを一枚かじりながら、「トリオ・ザ・大阪」の箱を眺めていた。
「マドカン、ほんま可愛らしいに」
向かいには、そのモデルとなった坂井まどかが座っている。
「そう?」
「めっちゃええやん。コテ持っとるんが、まどかさんらしいわ」
「最初はちょっと恥ずかしかったけど、見慣れたらまあええかな」
まどかは、クラッカーを一枚つまんだ。
ぽりっ。
「味はいつも通りやけどな」
あかりも頷く。
「そらそうやに」
そして、何気なく言った。
「うちも、こういうキャラクター作ってもらえへんかなあ」
本当に、軽い気持ちだった。
ところが、それを聞いた赤嶺美月が、ものすごい勢いで反応した。
「それ、ええやん!」
あかりが振り返る。
「え?」
美月はすでに椅子から身を乗り出していた。
「どうせやったら、あかりだけやなくて、麻衣さんと美咲さんも作ったらええやん!」
少し離れた席にいた白浜麻衣が、きょとんとする。
「……私も?」
春日美咲も、静かに瞬きをした。
「私も、ですか?」
美月は、もう止まらなかった。
「三重のあかり、和歌山の麻衣さん、奈良の美咲さんやろ?」
「うん」
「三人で紀伊半島やん!」
「まあ、そうですね」
「しかも元々『紀伊ハンター』いうユニット名あるやろ?」
麻衣が頷く。
「はい」
「ほな決まりや!」
美月はテーブルを叩いた。
「『紀伊ハンター』のクラッカーバージョンや!」
美咲が少し困ったように微笑む。
「まだ誰にも相談してませんけど……」
まどかも冷静だった。
「美月、こういうのは相手がある話やから」
「分かっとるって!」
「顔がもう決定事項みたいになっとるで」
「ええ案やと思わへん?」
あかりが、にこにこしながら答える。
「うちは、やってみたいに!」
麻衣は少し迷った。
「私、こういうキャラクターになるタイプなのかな……」
「麻衣さん、絶対かわいなるって!」
「でも……」
美咲も、
「私は、かなり地味になりそうですが」
と言う。
すると、まどかが静かに笑った。
「三人とも同じタイプやったら面白ないやん。あかりは元気、麻衣さんはまとめ役、美咲さんは静かに全体を見る。それぞれ違うからええんちゃう?」
麻衣と美咲は顔を見合わせた。
美月は胸を張る。
「せや! まどか、たまにはええこと言うな!」
「たまには余計や」
話は、その数日後、本当に動いた。
美月はM田製菓の広報担当・森下千尋へ連絡した。
千尋は、ミツキン、ヨシノン、マドカンの制作でも中心になった若い女性である。
明るく、センスがよく、話を聞くのがうまい。
柔らかな大阪弁で相手を安心させる、いかにも「頼れる優しいお姉さん」といった雰囲気を持っていた。
電話越しに美月の話を聞いた千尋は、すぐに声を弾ませた。
「それ、ええやん!」
美月も声を大きくする。
「せやろ!」
「三重、和歌山、奈良の三県限定って分かりやすいし、『紀伊ハンター』って名前もええなあ」
「ちょっと昔のテレビみたいやろ?」
「そこがええねん。M田製菓って昔からある会社やから、ちょっとレトロな感じも相性ええし」
美月は満足そうだった。
「ほな、やろう!」
「うん。ちゃんとみんなの意見聞きながら作ろか」
こうして、新たな商品企画が始まった。
制作メンバーは、美月、まどか、あかり、麻衣、美咲、そして森下千尋。
最初の企画会議は、ヒロ室西日本分室のミーティングスペースで行われた。
テーブルいっぱいに広がる色見本。
スケッチブック。
雑誌の切り抜き。
タブレット。
お菓子。
ジュース。
そして、当然のように大量の「あたりM田のクラッカー」。
どう見ても、政府系プロジェクトとスポンサー企業による商品開発会議ではない。
女子大学の文化祭準備である。
「はい、じゃあまず、それぞれのキャラクターで絶対入れたい要素を出していこか」
千尋が明るく声をかける。
彼女は最初から場をまとめるのがうまかった。
あかりがすぐ手を挙げる。
「うちは、元気な感じがええに!」
「うん。あかりちゃんは元気やもんな」
「四日市っぽい感じも入れてほしい!」
「港とか工場の夜景とか?」
「そうそう!」
千尋は、すぐにメモする。
「四日市港、コンビナート、元気、動きが大きい、と」
次に麻衣。
麻衣は三人の中で一番小柄だった。
童顔で、年齢より幼く見られることもある。
けれど、実際には三人のまとめ役である。
しかも、幼稚園教諭を本気で目指しているだけあって、子どもへの接し方も丁寧で、責任感も強い。
千尋は、麻衣へ笑いかけた。
「麻衣ちゃんは?」
「私は……やっぱり白浜とか、紀州らしい雰囲気があると嬉しいです」
「海とか梅とか?」
「はい。あと、私、ダンスが得意なので……踊っている感じも少しあったらいいかな」
千尋の目が輝いた。
「それ、めっちゃええ!」
美月もすぐに乗る。
「麻衣さん、舞姫やもんな!」
あかりも頷く。
「踊っとるポーズ、絶対かわいいに!」
麻衣は少し照れる。
「でも、あまり子どもっぽくなりすぎるのは……」
千尋が柔らかく笑った。
「そこは大丈夫。可愛いけど、ちゃんと頼れる感じにするから」
「頼れる感じ?」
「一番小柄やけど、三人の中心。見た目は可愛いけど、実は一番しっかりしてる。それ、めっちゃ魅力やと思う」
麻衣は、少し嬉しそうに笑った。
「それなら……お願いします」
次は美咲。
千尋が聞く。
「美咲ちゃんは?」
「私は……あまり派手じゃなくていいです」
美月が横から言う。
「美咲さん、それ商品にならへんやろ!」
「でも、私らしさはその方が……」
千尋は、美月を軽く手で制した。
「美月ちゃん、ちょっと待ってな」
「はい」
見事に止まった。
まどかが笑う。
「千尋さん、美月の扱い慣れてきたなあ」
千尋は美咲に向き直る。
「美咲ちゃんは静かに全体を見る人なんよね?」
「はい」
「なら、派手なポーズじゃなくてもいいと思う。立ってるだけで凛としてるとか、そういう方が逆に印象に残るから」
美咲は頷いた。
「それなら、しっくりきます」
「奈良とか大和らしさは、山とか古いお寺とか、落ち着いた色で出そか」
「いいですね」
そこへ美月が、また勢いよく手を挙げた。
「はい!」
千尋。
「美月ちゃん、今度は何?」
「三人合体したら、巨大クラッカーになる設定は?」
「いらん」
即答だった。
「早いな!」
「クラッカー巨大化させたら、三人よりクラッカーが主役になるやろ?」
「ほな、合体ロボ」
「それもいらん」
「紀伊半島ロボ」
「いらん」
「あのな、千尋さん」
「うん?」
「ウチのアイデア、もうちょい聞いてから却下してもええんちゃう?」
千尋は、にっこり笑った。
「美月ちゃんの案は、勢いがありすぎるから、半分くらい聞いたらだいたい分かるねん」
一同、大笑い。
美月だけが不満そうだった。
「何やねん」
まどかが肩を叩く。
「暴走止めてもらえる人おってよかったやん」
「暴走ちゃうわ!」
「暴走やに」
あかりまで加わった。
「なんであかりまで言うねん!」
企画会議は、その後も場所を変えながら続いた。
堺市のM田製菓本社工場。
古いが清潔に保たれた会議室。
窓の向こうには、長年働いてきた製造設備。
香ばしいクラッカーの匂い。
M田製菓は、百年以上にわたって堺で菓子づくりを続けてきた真面目な会社だった。
派手な宣伝より、安くて安心して食べられる商品を作ることを大切にしてきた。
戦後の食糧事情が厳しい時代には、「手頃な価格で、少しでも腹持ちがよく、栄養になるものを届けたい」という考えを大切にしていた。
今でもその精神は変わらない。
だからこそ、戦隊ヒロインとの提携も、単なる話題づくりではなく、地域の子どもや家族が手に取りやすい商品にしたいと考えていた。
千尋は、その会社の雰囲気をよく理解している。
「キャラクターは派手でも、商品はちゃんとM田製菓らしくしたいんよね」
麻衣が頷く。
「子どもでも買いやすいって、大事ですよね」
「そう。だから値段上げすぎたり、特別仕様にしすぎたりはせえへん」
あかりも感心する。
「かわいいパッケージでも、中身はいつものクラッカーなんやな」
美月。
「そこだけは絶対変わらへんな」
千尋。
「安心の味やから」
美月。
「便利な言い方やな!」
別の日は、大阪府内のカフェ。
テーブルにはクリームソーダとアイスコーヒー。
千尋はタブレットを操作しながら、
「アカリンは、もうちょっと前に飛び出す感じにしよか」
「あ、それええに!」
「マイヤンはダンスのターン中みたいな感じ」
麻衣が実際に手を広げてみせる。
「こういう感じですか?」
「うん、めっちゃきれい!」
美月が、すぐ真似する。
「こうやろ!」
まどか。
「美月、それただ回っとるだけや」
「何がちゃうねん!」
麻衣が笑う。
「重心です」
「専門的やな!」
美咲の案になると、千尋は、
「ミサッキーは動かしすぎん方がええな」
と言う。
美咲も頷く。
「はい」
「静かに立ってて、目線だけしっかりしてる感じ」
「それがいいです」
「でも、怖くならんように少し微笑む」
「それなら、ちょうどいいですね」
まどかが感心する。
「ほんま三人、全然ちゃうなあ」
千尋。
「そこがいいねん」
そして、最も楽しげだったのが、まどかの実家「てっぱん坂井」での打ち合わせだった。
鉄板から立つ湯気。
ソースの香り。
焼けたねぎ。
テーブルには熱々のねぎ焼き。
美月は、企画資料より先に箸を取った。
「うまっ!」
まどか。
「まだ会議始まってへんで」
「腹減ってんねん!」
千尋も笑いながら一口食べる。
「おいしいなあ」
まどかは少し得意そう。
「うちの店やからな」
ねぎ焼きを食べながら、三人の配置を決める。
千尋は紙の上に、三人の簡単なシルエットを並べた。
左にアカリン。
中央にマイヤン。
右にミサッキー。
美月が言う。
「麻衣さん、真ん中なんや」
「うん」
「一番小柄やで?」
千尋は頷く。
「だから真ん中がええねん」
麻衣が驚く。
「そうなんですか?」
「小さいマイヤンを真ん中にして、左に元気なアカリン、右に落ち着いたミサッキー。三人の関係が一目で分かるやろ?」
あかりが嬉しそうに言う。
「麻衣さんが真ん中、ええやん!」
美咲も静かに頷く。
「実際、麻衣さんが中心ですから」
麻衣は少し恥ずかしそう。
「私、そんな立派なリーダーじゃないですよ」
あかり。
「いや、麻衣さんおらんかったら、うち絶対もっと好き勝手やっとるに」
美咲。
「私も、麻衣さんが判断してくださるから安心して動けます」
千尋が笑う。
「ほな、決まりやね」
美月が、ねぎ焼きを食べながら言う。
「見た目一番ちっちゃいのに、リーダーってええな」
麻衣。
「美月さん、それさっきから何回言うんですか」
「ええギャップやん!」
「まあ……そうですけど」
そして数週間後。
千尋がデザイン会社へ持ち込んだ案が、完成形となって戻ってきた。
西日本分室。
机の上に、三つの新しいキャラクターパネルが並ぶ。
まずは、
「四日市の突貫娘・アカリン」。
山本あかりをモデルにした、元気いっぱいのデフォルメキャラクター。
明るいオレンジを基調に、四日市港とコンビナートを思わせるブルーグレーのライン。
背景には、工場夜景を子ども向けに柔らかく描いたモチーフ。
片手にクラッカーを持ち、今にも画面の外へ飛び出しそうな姿勢。
顔はもちろん満面の笑み。
キャッチコピーは、
「四日市から一直線! 思い立ったら即行動、突貫娘アカリン!」
あかりは、完成品を見た瞬間、
「うわっ! かわいいに!」
と声を上げた。
「これ、ほんまにうちなん?」
千尋。
「もちろん」
「めっちゃ元気そうや!」
美月。
「本人そのままやな」
「美月さんに言われたないに!」
続いて、
「紀州の舞姫・マイヤン」。
白浜麻衣をモデルにした三人のリーダー格。
白浜の青い海。
紀州梅の淡いピンク。
白を基調とした軽やかな衣装。
小柄で童顔の可愛らしさをそのまま生かしながら、ダンスのターンを決める瞬間のように、ふわりと体をひねっている。
しかし表情は、ただ可愛いだけではない。
優しく、しっかりと前を見る。
幼稚園教諭を目指し、子どもたちをきちんと見守る麻衣らしい、柔らかな責任感がある。
キャッチコピー。
「小さくたって頼れるリーダー! 紀州の舞姫マイヤン!」
麻衣は、しばらく見つめた。
そして小さな声で、
「……かわいい」
美月が聞き逃さない。
「麻衣さん、自分で言うた!」
「キャラクターがですよ!」
「分かっとるって!」
「もう!」
麻衣は顔を赤くしたが、それでも嬉しそうにマイヤンを眺めていた。
最後は、
「大和の静刃・ミサッキー」。
春日美咲をモデルにした、静かな調整役。
深い紫と若草色。
背景には、大和の山並み、古寺の屋根、吉野の桜を思わせる模様。
他の二人のように大きく動かない。
静かに立っている。
けれど、その姿勢は凛としている。
口元には、わずかな微笑み。
キャッチコピーは、
「静かに見つめて、きっちり整える。大和の静刃ミサッキー!」
美咲は、じっと見つめた。
「……いいですね」
あかり。
「美咲さんもかわいいに!」
「ありがとうございます」
美咲は、少し照れたように笑った。
そして、三人が揃った「紀伊ハンター」版。
中央にマイヤン。
左にアカリン。
右にミサッキー。
左側の背景には四日市港と工業都市の灯り。
中央には紀州・白浜の海と梅。
右側には大和の山並みと古都。
三県の風景が一枚につながる。
上には、どこか昭和の人気テレビドラマを思わせる、少しレトロで力強い文字。
「紀伊ハンター」
その下には、
「三重・和歌山・奈良をサクッとつなぐ!」
美月が箱を手に取った。
「めっちゃええやん!」
あかりも、
「ほんまに三人並んどるに!」
麻衣は、
「マイヤン、真ん中なんですね……」
と照れながら嬉しそう。
美咲も、
「三人の雰囲気がきれいにまとまってますね」
と満足している。
まどかは、三人を見て笑った。
「結局、みんな気に入っとるやん」
千尋も満足そうだった。
「何回も集まって考えた甲斐あったなあ」
美月が、最後に聞いた。
「で、味は?」
千尋。
「いつもの、あたりM田のクラッカー」
美月。
「やっぱり一緒なんかい!」
「そらそうやろ」
「アカリン味とか、マイヤン味とかないん?」
「ない」
「ミサッキー味は?」
「ない」
「紀伊ハンター味は?」
「ない」
美月は箱を四つ並べた。
アカリン。
マイヤン。
ミサッキー。
紀伊ハンター。
デザインは全部違う。
中身は全部同じ。
「……徹底しとるな」
千尋は笑った。
「中身変えたら別の商品開発になるから」
「急に現実的やな!」
「紀伊ハンター」版のクラッカーは、三重、和歌山、奈良の紀伊半島三県限定で販売された。
派手な大ヒットではない。
テレビの全国ニュースに出るわけでもない。
SNSのトレンドを独占するわけでもない。
それでも、道の駅。
高速道路のサービスエリア。
地元スーパー。
観光地の売店。
温泉地の土産物店。
少しずつ、確実に売れていった。
子どもが、
「マイヤンかわいい!」
と箱を持つ。
観光客が、
「紀伊ハンターって何だろう」
と手に取る。
四日市ではアカリン。
白浜ではマイヤン。
奈良ではミサッキー。
地域ごとに少しずつ推されるキャラクターが違うのも面白かった。
特にマイヤンは、小柄で童顔の可愛らしい外見と、「実は三人のまとめ役」という設定が子どもや保護者から好評だった。
麻衣本人も、千尋からその話を聞いて嬉しそうだった。
「子どもたちに気に入ってもらえたなら、本当に嬉しいです」
幼稚園教諭を目指す彼女らしい喜び方だった。
あかりは、
「うち、四日市でアカリン見かけたら全部写真撮るに!」
と相変わらず元気。
美咲は、
「静かに長く売れてくれたら、それが一番ですね」
と、いかにも彼女らしい。
ここまでは、実に良い話だった。
問題は、その数日後に起きた。
大阪府内のヒロ室西日本分室。
朝。
配送業者がやってきた。
段ボール五箱。
続いて五箱。
さらに十箱。
琴音から連絡を受けた西日本分室の担当者が、伝票を見て固まる。
「……M田製菓?」
そう。
「紀伊ハンター」版発売記念として、スポンサーから大量の商品が届いたのである。
あかりは、目を輝かせた。
「わあ! 紀伊ハンター版やに!」
麻衣も、
「本当に届いたんですね」
美咲も、少し嬉しそう。
美月が箱を開ける。
アカリン版。
マイヤン版。
ミサッキー版。
紀伊ハンター版。
さらに、すでに置いてある、
ミツキン。
ヨシノン。
マドカン。
トリオ・ザ・大阪。
西日本分室のお菓子棚が、一気にカラフルになった。
美月は、しばらく眺めた。
「……種類増えたな」
まどか。
「増えたな」
あかり。
「かわいいに!」
麻衣。
「並べると華やかですね」
美咲。
「そうですね」
美月は、一袋開けた。
ぽりっ。
「……アカリン、いつもの味や」
次。
ぽりっ。
「マイヤン、いつもの味や」
次。
ぽりっ。
「ミサッキー、いつもの味や」
最後。
ぽりっ。
「紀伊ハンターも、いつもの味や!」
まどか。
「さっきから何確認してんねん」
美月は、棚を指さした。
「いや、見てみい!」
大阪限定。
紀伊半島限定。
個別キャラクター。
ユニットパッケージ。
全部違う顔。
全部違う色。
全部違うキャッチコピー。
しかし、中身は同じ。
美月は頭を抱えた。
「パッケージ増えるたびに、クラッカーの総量増えとるやないか!」
そこへ、けちのんから連絡が入った。
画面越しの佳乃は、いつものように満面の笑顔だった。
「ええやないですか! 保存が利きますさかい!」
美月。
「またそれか!」
佳乃。
「お菓子代も浮きます!」
「それも聞いた!」
「来客用にも使えます!」
「もう来客も飽きとるわ!」
佳乃は、全く動じない。
「公式おやつですから!」
美月は、天井を仰いだ。
「便利な言葉やなあ!」
麻衣は苦笑しながら、マイヤンの箱を一つ手に取った。
「でも、せっかく作っていただいたんですから、ちゃんと食べましょう」
あかり。
「そうやに!」
美咲。
「賞味期限順に整理しておけば、無駄にもなりません」
まどかは、美月を見る。
「ほら、紀伊ハンターの方がちゃんとしとるで」
美月。
「何でウチが怒られんねん!」
千尋からもメッセージが届いた。
《発売記念分、届きましたか? ちょっと多かったかも。すみません(笑)》
美月は即座に返信した。
《ちょっとちゃう!》
数秒後。
千尋から、
《でも保存利くから》
美月はスマートフォンを見つめた。
「……千尋さんまで、けちのんみたいになってきた」
まどかが吹き出した。
西日本分室のお菓子棚は、以前よりずっと華やかになった。
ミツキン。
ヨシノン。
マドカン。
アカリン。
マイヤン。
ミサッキー。
トリオ・ザ・大阪。
紀伊ハンター。
まるでキャラクターショップである。
ただし、一袋開ければ全部同じクラッカー。
あかりが一枚つまむ。
ぽりっ。
「まあ、普通においしいに」
麻衣も一枚。
「飽きない味ではありますね」
美咲も頷く。
「だから長く売れているのでしょうね」
美月は、少し考えた。
「……それ言われたら、何も言われへんな」
その日の夕方。
美月は、紀伊ハンターのパッケージをもう一度眺めた。
中央で軽やかに舞う、小柄なマイヤン。
左から元気いっぱいに飛び出すアカリン。
右で静かに全体を支えるミサッキー。
「……ようできとるわ」
まどかが隣から覗く。
「気に入ったん?」
「そら、気に入っとるで」
「ほなええやん」
「でもな」
「何?」
美月は、お菓子棚を開いた。
クラッカー。
クラッカー。
クラッカー。
クラッカー。
色だけは華やか。
中身は全部同じ。
美月は、深く息を吸った。
「パッケージ増やすたびに、商品まで大量に送ってくる制度だけ、何とかならへんのかあああ!」
西日本分室に、美月の声が響いた。
その横で、麻衣はマイヤンの箱を大事そうに一つ取り分けていた。
あかりもアカリンを一箱確保。
美咲も、ミサッキーをそっと鞄へ入れる。
まどかが、それを見て笑った。
「なんや、三人とも持って帰るん?」
麻衣は少し照れる。
「……記念です」
あかり。
「うちも!」
美咲。
「私も、一箱くらいは」
美月はすぐに言った。
「ほらな! 結局みんな嬉しいねん!」
三人。
「美月さんが一番うるさいです」
見事に声が揃った。
そして、その日も西日本分室には、
ぽりっ。
ぽりぽりっ。
クラッカーを食べる音が響き続けた。
紀伊半島三県限定の「紀伊ハンター」。
派手に売れるわけではない。
けれど、地域の子どもたちや観光客に少しずつ親しまれ、今日もどこかの売店で静かに一箱、また一箱と手に取られている。
そしてヒロ室だけは、静かどころか、
今日も大量である。




