クラッカーが減らない!?――浪速三人娘、堺の老舗をジャック! ミツキン・ヨシノン・マドカンと新橋おやつ占領事件
戦隊ヒロインプロジェクトの新橋本部には、最近、ある奇妙な音が響くようになっていた。
ぽりっ。
ぽりぽりっ。
ぽりっ。
銃声でも爆発音でもない。
「あたりM田のクラッカー」を食べる音である。
ワシントンD.C.での任務に伴う三千万円の未補填損失をきっかけに、福永理沙と谷口佳乃が始めた経費削減。その一環として、本部のお菓子がクラッカーに統一されたことから、戦隊ヒロインプロジェクトの解散騒動にまで発展した。
しかし、芹沢遥室長の記者対応と赤嶺美月の「河内のスピーカー」によって噂は沈静化。理沙たちも契約の見直しや遊休資産の売却によって、三千万円相当の財務改善に目途をつけた。
さらに、クラッカーが世間の注目を集めたことで、製造元のM田製菓とヒロ室との正式提携まで実現したのである。
M田製菓は、戦隊ヒロインプロジェクトの公式スポンサーとなった。
「あたりM田のクラッカー」は、晴れて公式おやつに認定された。
ここまでは、めでたい話だった。
問題は、その後である。
M田製菓はスポンサーとして、惜しみなく商品を提供してくれた。
十箱。
二十箱。
さらに十箱。
ミーティングスペースにクラッカー。
倉庫にクラッカー。
給湯室にもクラッカー。
ヒロ室本部は、戦隊ヒロインの活動拠点であると同時に、クラッカーの物流拠点と化しつつあった。
「……また来たんか」
赤嶺美月は、廊下に積み上がった段ボール箱を見て呟いた。
小宮山琴音が伝票を確認する。
「うん。スポンサーさんからの追加提供だって」
「先週も届いたやろ?」
「届いたねえ」
「先々週も届いたやろ?」
「届いたじゃん」
美月は、しばらく黙った。
そして叫んだ。
「食べる速度より、送ってくる速度の方が速いやないか!」
琴音は、もっともな指摘だと思った。
しかし、経理担当のけちのんだけは、満面の笑顔だった。
「何言うてますの、美月さん! スポンサーさんからのご厚意ですやん!」
「そら、ありがたいで!」
「お菓子代がかかりまへん!」
「それも分かるで!」
「しかも保存が利きます!」
「毎回それ言うな!」
福井県福井市出身の財務担当・福永理沙も、冷静に頷いた。
「購入費を圧縮できるのは、財務上ありがたいことです。ただし、保管場所と提供数量の調整は必要ですね」
けちのんが振り向く。
「理沙さん! せっかく無料でいただけるのに、減らすんですか?」
「無料でも、無制限に保管できるわけではありません」
「……確かに」
越前の鉄壁の正論には、けちのんも弱かった。
もっとも、その日の午後には、また五箱届いた。
美月は、ミーティングスペースの棚を開けた。
キノコ型のチョコレート菓子がある。
タケノコ型もある。
チョコレート入りの小さなパイも、コアラの絵柄が描かれたビスケットも、ちゃんと置かれている。
しかし、それらは棚の中央に申し訳程度に並んでいるだけだった。
上段、クラッカー。
中段、クラッカー。
下段、クラッカー。
割合にして、およそ八割がクラッカー。
「……公式おやつ、強すぎるやろ」
美月が呆れていると、背後から声がした。
「そら、全部ミツキンのせいやろ」
西川彩香だった。
長身でスレンダーな「播州の烈火」は、棚のクラッカーを見て、いかにも面白そうな顔をしている。
美月は振り向いた。
「……なんやと?」
彩香は、赤嶺美月をモデルにした「クラッカー戦士ミツキン」の箱を手に取った。
「このアホツインテールが公式キャラクターになったから、クラッカーが増殖しとるんやろ?」
「何でもウチのせいにすな! スポンサー契約のせいや!」
「つまり、ミツキンのせいやな」
「怖いオバハン、喧嘩売っとんのか!」
「誰がオバハンや!」
彩香は、箱をひょいと頭上に持ち上げた。
「ほれ。欲しいんやったら取ってみい」
美月は、箱を見上げた。
彩香を見る。
もう一度、箱を見る。
「……返せ」
「届かへんやろ〜?」
「返せ言うてるやろ!」
美月が跳んだ。
ぴょん。
届かない。
彩香は腕を伸ばした。
「もうちょいやで、ミツキン」
ぴょん。
「うっさいわ!」
ぴょん。
「ほれほれ」
「身長差を利用すんな!」
「持ってるだけやん」
「高う持ち上げとるやろ!」
彩香は、悪びれもせず笑った。
「アホツインテール、あと五センチや!」
美月は、本気で悔しがった。
「怖いオバハン! 絶対返してもらうからな!」
その様子を見ていたヒロインたちは、もはや仲裁する気配すらなかった。
山田真央は、タケノコ型のお菓子を食べながら呟いた。
「……また始まったがね」
山本あかりは、クラッカーの袋を開けた。
「今日は何回跳ぶんやろな」
杉山ひかりが少し心配そうに言う。
「そろそろ止めた方がいいかなぁ?」
館山みのりは紅茶を飲みながら、穏やかに答えた。
「箱を壊さないうちは、もう少し見守りましょうか」
「そうだねぇ」
ぽりっ。
ひかりもクラッカーを食べた。
彩香が、さらに箱を高く上げた。
「ほら、ミツキン。必殺技のサクサク大演説はどうしたん?」
「今は演説と関係ないやろ!」
「届かへんかったら、口で勝負したらええやん」
「誰が口だけやねん!」
ぴょん。
真央が数えた。
「……七回目だがね」
あかりが笑った。
「今日は二桁いきそうやな」
美月が振り向く。
「数えんな!」
彩香。
「よそ見しとったら、もっと届かへんで〜」
「怖いオバハン!」
この低レベルな争いは、今やヒロ室の名物だった。
どちらも戦隊ヒロインとして高い能力を持っている。
現場では頼りになる。
ところが、顔を合わせると、なぜかクラッカー一箱を巡って小学生のような喧嘩を始めるのである。
結局、美月が十回目の跳躍に挑もうとしたところで、琴音が箱を取り上げた。
「はい、そこまで。お菓子を壊したら、また理沙さんが損害額を計算し始めるじゃん」
美月と彩香は、同時に黙った。
それだけは避けたかった。
ところで、大量のクラッカーは、ミーティングスペースだけで消費されているわけではなかった。
けちのんの発案により、来客用のお茶請けもクラッカーへ統一されていた。
ブラックキャッププロダクション社長の野村吉彦、通称ノムさんが最初に来た時は、喜んだ。
「おお、これ懐かしいのう! ええじゃん、ええじゃん!」
二度目も、悪くなかった。
「またこれなんか。まあ、ええよ」
三度目。
ノムさんは、湯飲みの横へ置かれた銀色の袋を見つめた。
「……またか」
四度目。
ついに、遥室長へ小声で尋ねた。
「遥ちゃん……ほかに何かないんかのう?」
遥は、申し訳なさそうに答えた。
「スポンサーさんから、いっぱい頂いてるのら……」
そこへけちのんが現れた。
「ノムさん、戦隊ヒロインプロジェクト公式おやつですさかい!」
「公式なんは分かったけえ。わし、毎回これ食わんといけんのか?」
「そんな決まりはありまへんけど」
「ほいじゃあ、今日は別のもんがええのう……」
けちのんは、しばらく考えた。
そして、もう一袋持ってきた。
「こちら、大袋タイプですわ!」
ノムさんは天井を仰いだ。
「量の話じゃないんよ……」
真帆がかつて仕えていた与党の大物代議士が訪れた時も、最初は喜んだ。
「おお、こりゃ懐かしいのう。昔よう食うたもんじゃ」
ところが、次に来てもクラッカー。
その次もクラッカー。
三度目には、政治家らしい穏やかな表情のまま、こう尋ねた。
「……この前から、ずっとこれじゃのう?」
遥が答える。
「公式おやつなのら」
代議士は、しばらく考えた。
「公式いうても、ほかのお菓子を食うたらいけんわけじゃなかろうに……」
けちのんは、毅然としていた。
「先生、スポンサーさんからのご厚意ですさかい!」
「いや、ありがたいんじゃがの……」
その横で、隼人補佐官が笑いをこらえていた。
何しろ、来客の反応が毎回同じなのである。
一回目。
「懐かしいですね」
二回目。
「またこちらですか」
三回目。
「ほかには……?」
けちのんの回答も毎回同じだった。
「公式おやつですさかい!」
こうして、大量のクラッカーを消費する努力が続く一方、製造元のM田製菓では、まったく別の計画が進んでいた。
大阪府堺市。
M田製菓は、創業百年以上の歴史を持つ老舗菓子メーカーである。
全国的な知名度こそあるが、巨大な企業ではない。
手頃な価格のクラッカーやビスケットを、駄菓子屋、量販店、百円ショップなどへ届けてきた、堅実な会社だった。
会社の根底にあるのは、戦後の食糧事情が厳しかった時代に掲げた「安価で、栄養があり、誰でも手に取りやすい食品を作りたい」という理念である。
安い商品を作ることは、手を抜くことではない。
原材料を吟味し、製造工程を工夫し、品質を維持しながら価格を抑える。
小さな菓子を毎日、同じ品質で大量に作る。
それは、決して派手ではないが、堺のものづくりを支えてきた確かな技術だった。
地元の人々にとって、M田製菓は特別な高級ブランドではない。
子どもの頃から、近所の店に当たり前のように置いてある。
小銭を握って買いに行けば、ちゃんと買える。
そんな安心感を、何十年も守ってきた会社なのである。
そのM田製菓が、戦隊ヒロインとの提携で思いがけない注目を集めていた。
とりわけ、赤嶺美月をモデルにした「クラッカー戦士ミツキン」が、子どもたちの間で人気になった。
ツインテール。
元気いっぱいの表情。
大きな声。
小さな子どもでも覚えやすい名前。
営業部長の萬田義一は、売上資料を見て、膝を叩いた。
「よっしゃ! ミツキン、ええ感じやないか!」
五十代後半。
営業一筋三十年以上。
声が大きく、話し出したら止まらない。
名刺交換が終わる前に商談を始め、相手が椅子に座る前に企画書を広げる。
いかにも大阪のおっさんという雰囲気だが、商品の品質と会社の信用については決して妥協しない、生粋の堺の商人だった。
その隣には、若い女性広報担当の森下千尋がいた。
二十代後半。
柔らかな大阪弁を話し、明るく洗練された感覚を持つ女性である。デザイン会社との調整やSNS施策に強く、ミツキンのデザインを子ども向けに仕上げた中心人物だった。
「部長、ミツキンの反応、特に小学生以下のお子さんと保護者の方からいいですね」
萬田は腕を組んだ。
「一人でこれだけ人気出たんやったら、三人並べたらどうなる?」
千尋は笑った。
「……また、そういう話ですか?」
「商売いうんは、ええ時に次の手を打つもんや!」
「でも、ちゃんと本人の許可を取ってからですよ」
「分かっとるがな!」
「前もそう言うてましたよね?」
「……今回は、絶対に先に取る!」
千尋は、タブレットを開いた。
画面には、大阪出身の三人が並んでいた。
東大阪の赤嶺美月。
堺の谷口佳乃。
大阪市内のお好み焼き屋の娘、坂井まどか。
「トリオ・ザ・大阪、ですね」
萬田の目が輝いた。
「それや! 大阪の会社なんやから、大阪の三人娘でいこ!」
数日後、新橋のヒロ室本部。
萬田と千尋が、商談のために訪れた。
応接室へ通された二人の前には、お茶とお菓子が用意されていた。
萬田が、皿を見た。
「……うちのクラッカーや」
遥室長は、力なく頷いた。
「もう、これしかないのら」
萬田は、豪快に笑った。
「いやあ、ほんまありがたい話ですわ!」
美月が横から叫んだ。
「送りすぎやねん!」
千尋が、申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません。提供数、次回から調整できるように確認しますね」
「千尋さん! 話が分かるわ!」
「部長が張り切りすぎまして……」
萬田。
「何や、わしが悪いんか!」
千尋。
「倉庫までいっぱいになってるそうですよ」
萬田は、しばらく考えた。
「……ほな、新しいパッケージ作ったら、古いのと入れ替えたらええやろ!」
美月。
「総量が減らへんやないか!」
商談は、早くも笑いに包まれた。
千尋は、タブレットを開いた。
「今日は、新しいキャラクターを皆さんと一緒に考えたいんです」
そこに映し出されたのは、ミツキン、佳乃、まどかの三人だった。
「大阪限定で『トリオ・ザ・大阪』というパッケージを作りたいと考えています。ミツキンに続いて、佳乃さんとまどかさんのキャラクターも、正式にご本人と相談しながら作らせていただきたいんです」
美月が、勢いよく手を挙げた。
「賛成や!」
佳乃。
「まだ説明が終わってませんやん」
「三人組やろ? ミツキンがセンターやったらええで!」
まどかが、静かに笑った。
「もうセンター決めるん?」
「重要やろ!」
千尋は、笑いながら答えた。
「今日は、皆さんのご意見を聞きたいので、配置も一緒に考えましょう」
こうして始まったのが、トリオ・ザ・大阪のキャラクター制作会議だった。
ところが、これが予想以上に盛り上がった。
新橋のミーティングスペースでは、千尋がタブレットを広げ、美月が勢いよくポーズを取る。
佳乃は、そろばんの形状について真面目に説明する。
まどかは、コテの持ち方を実演する。
まるで女子大学の文化祭で、仲良し四人組が模擬店のポスターを作っているような雰囲気である。
「ミツキンは、やっぱりセンターやな!」
「美月さん、そればっかりですやん」
「ヨシノンは、そろばんをもっと大きくしたらええと思います」
「佳乃さん、そろばん好きなんですね」
「好きいうか……計算道具ですさかい」
「マドカンは、コテをこう持った方が自然やで」
「まどかさん、ちょっと見せてもらっていいですか?」
「こうやって、手首を返すねん」
まどかがコテをひょいと返す仕草をすると、千尋が目を輝かせた。
「それ、いいですね! 動きが可愛いです!」
美月も、すぐに真似した。
「こうか?」
「美月、手首が硬いねん」
「何やと!」
佳乃。
「美月さん、クラッカー飛ばさんといてください!」
その日の会議が終わる頃には、机の上がラフスケッチで埋まっていた。
ミツキンの表情案。
ヨシノンのそろばん案。
マドカンのコテの持ち方。
背景の大阪らしいモチーフ。
三人が並んだ時のバランス。
千尋は、嬉しそうに資料を整理した。
「皆さん、すごくいいアイデアを出してくださるので、デザイン会社へ持っていくのが楽しみです」
美月は、胸を張った。
「せやろ? ウチら、なかなかのもんやで!」
佳乃。
「まだ、完成してませんけどな」
まどか。
「まあ、楽しかったな」
次の会議は、堺市のM田製菓本社工場で行われた。
三人は、新橋から大阪へ向かった。
佳乃にとっては、故郷への帰省に近い。
実家は、M田製菓の本社工場からそう遠くない場所にある。
緑色を印象的に使った大手私鉄の車両が走る沿線。
駅には、長年働いてきた古い車両の姿もある。
美月は、車窓を眺めながら言った。
「……なあ、けちのん。あの電車、えらい年季入っとらへん?」
佳乃は、顔をしかめた。
「地元の電車に喧嘩売らんといてください」
「いや、渋いな思うただけや!」
「美月さんの『渋い』は、だいたい古いいう意味ですやん!」
工場へ着くと、香ばしい匂いが漂っていた。
建物は、決して新しくない。
しかし、清掃は行き届き、製造設備も丁寧に整備されている。
萬田部長が胸を張った。
「見た目は地味ですけどな、うちは百年以上、こうして菓子を作ってきたんですわ!」
千尋も頷いた。
「品質を変えず、できるだけ手頃な価格でお届けする。そのために、製造工程も少しずつ改善してきたんです」
理沙は、工場見学の報告書を後から読み、深く感心した。
「……安価な商品を安定した品質で供給するのは、簡単なことではありませんね」
佳乃も、その言葉を聞いて嬉しくなった。
子どもの頃から身近だった会社。
どこにでもある普通のお菓子だと思っていた商品。
その裏には、長い歴史と、地道な努力があったのである。
工場見学の後は、本社の会議室でデザイン会議。
千尋が持ち込んだ大量の色見本を机に広げる。
美月がツインテールの角度を調整する。
佳乃がそろばんの珠の数を確認する。
まどかがコテの形を直す。
「ヨシノンのそろばん、珠が一個足りませんわ」
千尋。
「えっ、分かるんですか?」
「分かります!」
美月。
「キャラクターのそろばんに、そこまで正確さ必要か?」
佳乃。
「必要です!」
まどかが笑った。
「まあ、ヨシノンらしいやん」
美月は、自分のミツキンを指さした。
「ほな、ミツキンのツインテールも、もっと元気に跳ねさせてや!」
千尋。
「分かりました!」
佳乃。
「そこも細かいですやん!」
会議室は、完全に文化祭準備の教室だった。
その後も、四人の打ち合わせは続いた。
場所を変えて、堺市内のカフェ。
千尋がノートパソコンを開き、美月たちがコーヒーを飲みながら案を出す。
「大阪限定やったら、背景に何入れる?」
「商店街とか、ええんちゃう?」
「通天閣を入れたら、大阪らしいですな」
「堺の会社なんやから、堺らしさも欲しいですよね」
「古い町並みとか、刃物のイメージとか?」
「子ども向けやし、あんまりゴチャゴチャさせたくないな」
千尋は、次々と意見をまとめていった。
その手際は見事だった。
美月の勢いを受け止める。
佳乃の細かい指摘を整理する。
まどかの落ち着いた意見を、全体のバランスへ反映させる。
三人の個性を消さずに、一つのデザインへまとめていく。
まどかが、感心したように言った。
「千尋さん、うちら三人をようまとめてくれるなあ」
千尋は笑った。
「皆さんの意見が面白いので、楽しいですよ」
美月が胸を張る。
「せやろ!」
佳乃。
「美月さんだけの手柄やないですやん!」
そして、最も盛り上がった会議は、まどかの実家で開かれた。
大阪市内のお好み焼き屋「てっぱん坂井」。
夕方。
店内には、鉄板で焼けるソースの香りが漂っていた。
まどかの家族が、四人のために席を用意してくれていた。
美月は、店へ入るなり大喜び。
「うわっ! ええ匂いや!」
佳乃。
「今日は食べに来たんとちゃいますで」
「分かっとるわ! でも、腹減るやろ!」
千尋は、少し緊張していた。
「お店で会議しても大丈夫なんですか?」
まどかは微笑んだ。
「ええよ。ちょうど落ち着く時間やし、うちの家族も楽しみにしとるから」
四人がテーブルへ座ると、お好み焼きが運ばれてきた。
美月は、さっそくコテを手に取る。
「よっしゃ、ウチが切ったる!」
まどか。
「美月、ちょっと待ち。コテの角度、そうやない」
「え?」
「こうして、真っすぐ入れるねん」
まどかが、手慣れた動きで切り分けた。
千尋が、思わず声を上げた。
「わあ、きれい!」
「これくらい、慣れやで」
佳乃も頷いた。
「マドカンのコテ、もっと本格的にしてもええですな」
そこへ、常連のおっちゃんが現れた。
すでに少し酒が入っている。
「何や何や、今日は若い娘さんらが集まって、えらい華やかやな!」
まどかが笑う。
「おっちゃん、仕事の打ち合わせやで」
「仕事ぉ? お好み焼き食べながら?」
美月。
「クラッカーのパッケージ考えとんねん!」
「クラッカー?」
千尋が、企画書を見せた。
「大阪出身の三人のキャラクターを使った、大阪限定商品を考えているんです」
おっちゃんは、しばらく眺めた。
そして言った。
「……せっかく三人おるんやったら、三つ並べたら一枚の絵になるようにしたらええやん」
千尋が顔を上げた。
「……一枚の絵、ですか?」
「せや。ミツキンが呼び込みして、ヨシノンが勘定して、マドカンがコテでひっくり返す。三人そろって、一つの屋台になるんや」
美月が、目を丸くした。
「……それ、ええやん!」
佳乃も頷く。
「それぞれの役割も分かりますな」
まどかは、少し笑った。
「マドカンが鉄板担当いうことやな」
千尋の目が輝いた。
「すごくいいです! 大阪限定の箱にも使えますし、個別パッケージを三つ並べた時にも、背景がつながるようにできます!」
おっちゃんは、満足そうに頷いた。
「せやろ? わし、ええこと言うたやろ!」
美月が笑った。
「おっちゃん、今日は冴えとるやん!」
「今日は、って何や!」
店内は、大笑いになった。
こうして、ほろ酔いの常連客が何気なく出した案が、正式に採用された。
千尋は、その場でラフを描き始めた。
ミツキンが、元気いっぱいに呼び込みをする。
ヨシノンが、そろばんを弾いて売上を確認する。
マドカンが、華麗なコテ返しでお好み焼きをひっくり返す。
三人が並ぶと、ひとつの賑やかな大阪の屋台風景になる。
しかも、クラッカーの箱を三つ横に並べれば、背景がつながる。
美月は、完成予想図を見て興奮した。
「うわっ! これ、めっちゃええやん!」
佳乃も、嬉しそうに頷いた。
「そろばん、ちゃんと見えますな」
まどかは、静かに笑った。
「コテ返しの瞬間、うちらしくてええな」
千尋は、満足そうにタブレットを閉じた。
「皆さん、今日は本当にありがとうございました。デザイン会社へ持ち帰って、仕上げてもらいますね」
数週間後。
新橋のヒロ室本部。
千尋が、完成したデザインを持ってやってきた。
美月、佳乃、まどかの三人が並んで待っている。
その周囲には、ひかり、みのり、真央、あかり。
そして、なぜか彩香までいた。
「……怖いオバハン、何でおるん?」
美月が尋ねる。
彩香は、腕を組んだ。
「新しいキャラクター、見たらあかんのか?」
「別にええけど!」
「ほな、黙っとき」
「何でウチが黙らなあかんねん!」
千尋は笑いをこらえながら、完成品を机へ並べた。
まずは、クラッカー戦士ミツキン。
元気いっぱいのツインテール。
大きな瞳。
明るい笑顔。
クラッカーを掲げ、今にも飛び出してきそうなポーズ。
紹介文は、
『東大阪の元気印! みんなに笑顔を届ける、クラッカー戦士ミツキン!』
必殺技は、おなじみの「サクサク大演説」。
美月は、完成品を手に取った。
「……やっぱり、ミツキンかわええな!」
真央。
「本人が一番喜んどるがね」
続いて、ヨシノン。
佳乃をモデルにした、小さくて可愛らしいデフォルメキャラクター。
落ち着いたグリーンと金色を基調にした衣装。
大きな瞳。
少し得意そうな表情。
そして、最大のチャームポイントは、そろばん。
片手にクラッカーを持ち、もう片方の手でそろばんを掲げている。
そろばんの珠は、可愛らしいクラッカー形。
紹介文は、
『堺のしっかり者! 一円の無駄も見逃さへん、サクサク計算・ヨシノン!』
佳乃は、しばらく見つめた。
「……これ、ほんまにうちですの?」
千尋が頷いた。
「はい。佳乃さんの雰囲気を生かしました」
佳乃は、そろばんを指さした。
「……ちゃんと、細かいところまで描いてありますな」
「何度も確認していただいたので」
佳乃は、少し照れた。
「……かわいいですわ」
美月。
「けちのん、めっちゃ嬉しそうやん!」
佳乃。
「うちにも、喜ぶ権利くらいありますわ!」
そして、マドカン。
柔らかな笑顔。
親しみやすい丸みのあるデフォルメ姿。
お好み焼き屋の娘らしい、元気で可愛らしい衣装。
片手には、大きなコテ。
もう片方にはクラッカー。
最大の特徴は、巧みなコテ返しを再現した、軽やかなポーズだった。
紹介文は、
『浪速のバランサー! 華麗なコテ返しで、みんなを笑顔にするマドカン!』
まどかは、じっと眺めた。
少しだけ笑った。
「……ええやん」
美月。
「リアクション薄っ!」
「喜んどるで」
「もっと喜べや!」
「美月が喜びすぎやねん」
千尋も、嬉しそうだった。
「マドカンは、まどかさんの落ち着いた雰囲気と、コテ返しの軽やかさを両立させるのが難しかったんです。でも、すごく可愛く仕上がりました」
まどかは、もう一度箱を見た。
「……ほんま、ええ感じやな」
そして、いよいよ大阪限定パッケージ。
千尋が、最後の箱を取り出した。
中央には、ミツキン。
左に、そろばんを持つヨシノン。
右に、コテを構えるマドカン。
三人が並び、賑やかな大阪の屋台を演出している。
背景には、商店街の灯りや、堺の町並みを思わせる意匠。
そして、大きな文字。
『トリオ・ザ・大阪!』
キャッチコピーは、
『サクッと食べて、今日も元気や大阪!』
箱の裏面には、てっぱん坂井の常連のおっちゃんが発案した、三人の屋台風景が描かれていた。
美月が呼び込み。
ヨシノンがそろばんで勘定。
マドカンがコテ返し。
しかも、三種類の個別パッケージを横に並べても、背景がつながる。
千尋は笑った。
「三つ並べたら完成する仕掛けも、ちゃんと採用しました!」
美月は、思わず叫んだ。
「うわあ! めっちゃええやん!」
佳乃も、満面の笑顔。
「これは、ようできてますなあ!」
まどかも、嬉しそうに頷いた。
「おっちゃんの案、ほんまに採用されたんやな」
周囲のヒロインたちからも、歓声が上がった。
「かわいい~!」
ひかりは、ミツキンを見て微笑んだ。
「美月ちゃんらしくて、いいねぇ」
みのりも頷く。
「ヨシノンのそろばんと、マドカンのコテが、それぞれの個性をよく表していますね」
真央。
「三つ並べたら一枚の絵になるの、面白いがね!」
あかり。
「これ、全部そろえたくなるに!」
そして、意外なことに、彩香まで褒めた。
「……ええやん。三人とも、なかなかかわいく描けとるやないか」
美月は、目を丸くした。
「……怖いオバハンが褒めた!」
彩香。
「何や、褒めたらあかんのか?」
「いや、珍しいな思うて!」
美月は、しばらく考えた。
そして、にやりと笑った。
「……なあ、彩香」
「何や?」
「彩香もクラッカー戦士になる?」
「は?」
「不動明王像みたいな顔立ちの、アヤカンってどうや?」
一瞬の沈黙。
そして、彩香が叫んだ。
「やかましいわ!」
美月は、腹を抱えて笑った。
「アッハッハ! 絶対似合うって!」
「誰が不動明王や、アホツインテール!」
「怖いオバハンやからな!」
「何やと!」
美月は、わざと彩香の顔を真似した。
眉間にしわを寄せる。
目を吊り上げる。
「アヤカン、参上!」
彩香が、クラッカーの箱を持ち上げた。
「ほな、ミツキン。これ取ってみい!」
美月の顔色が変わった。
「……またそれか!」
彩香は、長い腕を伸ばす。
「届かへんやろ〜?」
「返せ!」
ぴょん。
「ほれほれ」
ぴょん。
「怖いオバハン!」
「アホツインテール!」
ぴょん。
周囲のヒロインたちは、一斉に笑い始めた。
真央。
「……また始まったがね!」
ひかり。
「ほんと、変わらないねぇ」
みのり。
「今回は、アヤカンという新しい火種ができてしまいましたね」
千尋は、笑いをこらえきれなかった。
「アッハッハ! お二人、いつもこんな感じなんですか?」
近くにいたあかりが、クラッカーを食べながら答えた。
「美月さんと彩香さんには、いつもこうだに」
千尋は、とうとう机に突っ伏して笑った。
「もう、面白すぎます!」
彩香は、まだ箱を掲げている。
「ミツキン! あと三センチやで!」
美月。
「身長の話すんな!」
千尋が、涙を拭いながら呟いた。
「……アヤカン、本当に作ったら面白いかもしれませんね」
彩香と美月が、同時に振り向いた。
「作らんでええ!」
またしても、声が揃った。
真央は、腹を抱えて笑った。
「息ぴったりだがね!」
こうして、クラッカー戦士ヨシノンとマドカンが正式に完成し、ミツキンを加えた「トリオ・ザ・大阪」の大阪限定パッケージも発売された。
子どもたちからの反応は上々だった。
「ミツキンかわいい!」
「ヨシノンのそろばん、面白い!」
「マドカンのコテ欲しい!」
佳乃は、SNSでヨシノンが褒められている投稿を、何度も見返した。
美月が、それを見つけた。
「けちのん、さっきから何回見てんねん?」
「市場調査ですわ!」
まどかが、横から覗く。
「めっちゃ嬉しそうやで」
「市場調査です!」
佳乃は、顔を赤くした。
子どもの頃から知っていた地元の会社。
その商品に、今度は自分が載っている。
それは、普段の経理業務では味わえない、不思議な喜びだった。
まどかも、完成したマドカンを見て、静かに微笑んでいた。
自分の実家のお好み焼き屋で出されたアイデアが、正式な商品になったのである。
そして、美月は言うまでもない。
ミツキンの新しいパッケージを、鞄へ入れていた。
「……美月、また持って帰るん?」
まどかが尋ねる。
「記念や!」
「前も持って帰っとったやん」
「新しいデザインやから、別物や!」
佳乃。
「保管場所、足りますの?」
「ウチの部屋の心配までせんでええわ!」
ところが。
M田製菓との提携は、これで終わらなかった。
大阪限定パッケージの発売を記念して、M田製菓からヒロ室へ、新たな商品提供が行われたのである。
新橋本部。
配送業者が、台車を押してやってきた。
段ボール五箱。
十箱。
二十箱。
さらに十箱。
琴音が、伝票を見て固まった。
「……また?」
配送担当者は、にこやかに答えた。
「M田製菓様から、新商品のご提供です!」
美月が、嫌な予感を覚えた。
「……まさか」
箱を開ける。
ミツキン。
ヨシノン。
マドカン。
トリオ・ザ・大阪。
四種類のパッケージが、ぎっしり詰まっていた。
美月は、しばらく無言だった。
そして、一袋を開けた。
ぽりっ。
「……ミツキン、いつもの味や」
次。
ぽりっ。
「……ヨシノン、いつもの味や」
次。
ぽりっ。
「……マドカン、いつもの味や」
最後。
ぽりっ。
「……トリオ・ザ・大阪、いつもの味や!」
琴音が、冷静に答えた。
「中身は同じ商品だからねえ」
美月は、天井を仰いだ。
「パッケージ四種類になっただけやないかあああ!」
けちのんは、満面の笑顔だった。
「何言うてますの! 保存が利くから助かりますわ!」
「またそれか!」
理沙が、契約書を確認した。
「……今回は発売記念の追加提供ですね。今後の定期提供とは別枠になっています」
美月。
「別枠で増やすな!」
琴音が、倉庫の空き容量を調べ始めた。
隼人補佐官は、M田製菓へ提供数量の調整を申し入れる準備を始めた。
遥室長は、段ボールの山を見つめていた。
「……ありがたいのら」
誰も答えない。
「スポンサーさんのご厚意なのら」
全員が頷く。
「でも……」
遥は、ゆっくり目を閉じた。
そして叫んだ。
「パッケージが四種類になったからって、四倍送ってこなくてもいいのらあああ!」
その頃、堺市のM田製菓本社。
萬田部長は、売上資料を見て豪快に笑っていた。
「いやあ、トリオ・ザ・大阪、ええ感じやないか!」
千尋も嬉しそうだった。
「皆さんと一緒に考えたデザインが、ちゃんと商品になりましたね」
萬田は、頷いた。
「ほな、次は増産や!」
千尋が、すかさず言った。
「部長。ヒロ室さんへの提供分は、必ず数量を確認してからにしてくださいね」
「分かっとるがな!」
「本当に?」
「……今回は、ほんまや!」
千尋は、少し笑った。
堺の老舗菓子メーカーと戦隊ヒロインプロジェクト。
その提携は、商品を通じて人と人をつなぎ、新たなキャラクターを生み、地元のものづくりの魅力を広めるものとなった。
ただし、新橋のヒロ室本部には、今日も大量のクラッカーがある。
ミーティングスペースのお菓子棚。
ミツキン。
ヨシノン。
マドカン。
トリオ・ザ・大阪。
見た目は、以前よりずっと華やかになった。
しかし、中身はすべて同じクラッカーである。
夕方。
美月が、棚を開けた。
「……なあ、けちのん」
「何ですの?」
「これ、いつになったら減るん?」
佳乃は、満面の笑顔で答えた。
「保存が利くから、慌てんでも大丈夫ですわ!」
美月は、ゆっくり棚を閉めた。
「……もう、その言葉聞き飽きたわ」
その時、背後から彩香の声がした。
「ミツキン。クラッカー食べへんの?」
美月のこめかみが、ぴくりと動いた。
「……怖いオバハン」
「何や、アホツインテール?」
「今日こそ、決着つけたるわ!」
彩香は、クラッカーの箱を頭上へ持ち上げた。
「ほな、取ってみい」
美月。
「またそれかあああ!」
廊下には、今日も二人の声が響いた。
その横で、まどかは静かにクラッカーを食べていた。
ぽりっ。
「……まあ、普通においしいけどな」
佳乃も、頷いた。
「しかも、保存が利きます!」
まどかは、思わず笑った。
「……もう、それは分かったって」




