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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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1224/1262

勝手に御用達、まさかの公式!?――クラッカー戦士ミツキン、大阪商人に担がれてヒロ室を占領する!

戦隊ヒロインプロジェクトの三千万円損失騒動は、ようやく幕を閉じようとしていた。


芹沢遥室長が記者の囲み取材に応じ、解散説を明確に否定。赤嶺美月も、全国のヒロインたちへ正確な情報を猛烈な勢いで伝え、持ち前の「河内のスピーカー」を名誉挽回に役立てた。


福永理沙も、谷口佳乃と内田あかねの協力によって、契約の見直しや遊休資産の売却を進め、複数年度で三千万円相当の財務改善を図る道筋をつけた。


新橋のヒロ室本部には、平和が戻った。


ミーティングスペースのお菓子棚には、キノコ型とタケノコ型のチョコレート菓子が復活。


チョコレート入りの小さなパイも、コアラの絵柄が描かれたビスケットも帰ってきた。


もちろん、騒動の元凶となった「あたりM田のクラッカー」も残っている。


いや、正確には、元凶ではない。


あのクラッカーは何も悪くなかった。


福永理沙とけちのんが経費削減に血道を上げた結果、お菓子棚の全領土をクラッカーに割譲してしまったことが問題だったのである。


もっとも、世間の関心は妙な方向へ向かっていた。


『戦隊ヒロイン、経費削減でお菓子をクラッカーに統一』


『財政難のヒロ室、チョコレート菓子を撤去』


『そもそも、あたりM田のクラッカーとは何なのか?』


こんな報道をきっかけに、普段はクラッカーなど買わない若い人々まで、興味本位で商品を手に取るようになったのである。


SNSには感想が並んだ。


《初めて食べたけど、普通においしい》


《すごく地味。でも気づいたら一袋なくなってた》


《思ったより安い》


《ヒロ室が財政難になるとクラッカーが売れる謎の経済現象》


《クラッカーは無罪》


《ヒロインたち、なんでこれに怒ってたんだ?》


美月は最後の投稿を見て、スマートフォンを握りしめた。


「ちゃうねん! クラッカーが嫌いやったわけちゃうねん! 全部クラッカーになったんが嫌やったんや!」


その違いは、一般消費者にはなかなか伝わらなかった。


一方、大阪府堺市。


老舗菓子メーカー、M田製菓の本社工場では、思いがけない特需に沸いていた。


M田製菓は、全国的な知名度こそあるものの、巨大な菓子メーカーではない。


手頃な価格のクラッカーやビスケットを中心に、駄菓子屋、量販店、百円ショップなどへ商品を届けてきた、堅実な製菓会社である。


社員たちは、普段から原材料費や包装費とにらめっこしている。


一袋をできるだけ安く、しかし品質は落とさず、長く買ってもらえる商品を作る。それが会社の商売だった。


かつて昭和の人気時代劇コメディで、飄々とした二枚目俳優が「俺がこんなに強いのは、あたりM田のクラッカー!」と商品を宣伝し、全国的に知られるようになった。


ただし、その番組を覚えているのは、ヒロ室では波田巌蔵顧問くらいである。


M田製菓の若手社員の中にすら、実際の番組を見たことがない者がいた。


それでも商品名だけは、しっかり生き残っていた。


そこへ、突然の戦隊ヒロイン特需である。


営業部長が社長室へ駆け込んできた。


「社長! クラッカーの注文が、えらいことになってます!」


「何があったんや?」


「戦隊ヒロインですわ!」


「……戦隊ヒロイン?」


「うちの商品を食べてはるらしいんです!」


社長は首をかしげた。


「それが何でニュースになるんや?」


営業部長は、少し言いにくそうに答えた。


「……経費削減で、お菓子が全部うちの商品になったそうです」


「…………」


社長は、しばらく考えた。


そして、満面の笑顔になった。


「よう分からんけど、売れとるんやな?」


「はい!」


「ほな、チャンスやないか!」


老舗メーカーといっても、潤沢な広告宣伝費があるわけではない。


テレビCMを全国で大量に流す余裕など、簡単にはない。


それが今や、戦隊ヒロインたちが勝手に商品名を広め、新聞が取り上げ、SNSで話題になっている。


会社が費やした広告宣伝費は、ほとんどゼロ。


大阪商人にとって、これほどありがたい話はなかった。


社長は机を叩いた。


「よっしゃ! この波に乗るで!」


「増産ですか?」


「それだけやったら、ただの菓子屋や! 新しい売り方を考えんかい!」


その日の午後、緊急企画会議が始まった。


営業部長が、勢いよく提案した。


「パッケージに『戦隊ヒロイン御用達』と入れましょう!」


広報担当が手を挙げる。


「先方の許可は取ってあるんですか?」


「……まだや」


「それ、あきませんやん」


社長は腕を組んだ。


「ほな、先にデザイン案だけ作っとこか。話を持っていく時に現物があった方が早いやろ」


ここまでは、まだよかった。


ところが、企画担当者は張り切った。


「せっかくなら、キャラクターも作りましょう!」


「誰をモデルにするんや?」


「今回の騒動で、一番よう名前が出てきたヒロインです!」


こうして誕生したのが、ツインテールの可愛らしいデフォルメヒロインだった。


大きな瞳。


元気いっぱいの笑顔。


片手にはクラッカー。


もう片方の手は、威勢よく腰に当てている。


そして、どう見ても赤嶺美月に似ている。


名前は、


『クラッカー戦士ミツキン』。


社長は試作品を見て唸った。


「ええやないか! これ、売れるで!」


広報担当が、もう一度尋ねた。


「……先方の許可は?」


営業部長が答えた。


「これから取る!」


「それやったら、まだ売ったらあきませんよ!」


「分かっとる!」


しかし、営業部から出荷担当へ送られた資料には、試作品であることを示す記載が抜けていた。


数日後。


クラッカー戦士ミツキンのパッケージが、一部店舗の店頭に並んでいた。


承認を取る前に、商品だけが先に走り出したのである。


大阪商人の商魂は逞しかった。


社内の連絡体制だけが、少々逞しすぎた。


その頃、新橋のヒロ室本部。


美月は、ミーティングスペースでお菓子棚を物色していた。


「今日はキノコにしよかな。それともパイにしよかな……」


そこで、見慣れない箱が目に入った。


「あれ? クラッカーの新しい箱やん」


手に取る。


表面を見る。


止まる。


裏返す。


もう一度、表を見る。


「…………」


そこへ、山田真央がやってきた。


「美月さん、何見とるがね?」


美月は、ゆっくり箱を差し出した。


真央が覗き込む。


「……あれま!」


箱には、ツインテールの小さな女の子が描かれていた。


そして、その頭上に大きな文字。


『戦隊ヒロイン御用達!』


キャラクター名は、


『クラッカー戦士ミツキン』。


真央は、箱と美月の顔を交互に見た。


「……美月さんだがね」


「せやろ!?」


「そっくりだがね!」


「ウチ、こんなん聞いてへんで!」


山本あかりもやってきた。


「何しとるん?」


箱を見る。


「あっ、かわええやん! 美月さんのキャラクターなん?」


「ちゃう! 勝手に作られたんや!」


あかりは、しばらくイラストを眺めた。


「でも、よう似とるに。ツインテールもかわええし、ええ感じやわ」


「……まあ、ちょっとかわええけどな」


美月の口元が、ほんの少し緩んだ。


真央は、見逃さなかった。


「嬉しそうだがね」


「嬉しないわ! 勝手に使われたことに怒っとるんや!」


「じゃあ、その箱は回収するがね」


「……ちょっと待って」


「何だがね?」


「一個だけ、記念に置いとく」


「嬉しいんだがね!」


「やかましいわ!」


美月は、箱を胸に抱えた。


しかも、裏面にはキャラクター紹介まで印刷されていた。


『元気いっぱいのクラッカー戦士ミツキン! 大きな声でおやつの平和を守るぞ!』


美月は目をむいた。


「誰がおやつの治安維持担当やねん!」


さらに、必殺技の欄。


『サクサク大演説!』


「勝手に技まで作るな!」


その下には、小さな文字があった。


『本キャラクターは特定のヒロインをモデルとしたものではありません。』


美月は叫んだ。


「こんだけ似せといて、よう言うわ!」


ところが、そう言いながらも、箱を手放さない。


写真まで撮っている。


しかも、角度を変えて三枚。


真央は、笑いをこらえながら尋ねた。


「美月さん、何枚撮るがね?」


「証拠写真や!」


「笑顔で撮っとるがね」


「証拠写真にも表情は必要やろ!」


そこへ小宮山琴音が現れた。


事情を聞いた琴音は、箱を見て絶句した。


「……これは、かなり似てるじゃん」


「琴音さん! ウチ、勝手に商品化されとるねん!」


「それは、ちゃんと確認しないとね」


「せや! 抗議や!」


琴音は頷いた。


「分かった。箱は預かるよ」


美月は、箱を抱きしめた。


「……それは困る」


「何で?」


「……家に飾る予定やねん」


琴音は、ゆっくり目を閉じた。


「完全に気に入ってるじゃん!」


事態を聞いた福永理沙は、すぐに問題のパッケージを取り寄せた。


会議室の机に、クラッカー戦士ミツキンが三箱並んだ。


理沙は、静かに尋ねた。


「事前の使用許諾は?」


琴音が答える。


「ないね」


「正式な契約は?」


「ないずら」


「ライセンス料は?」


「ゼロだよ」


理沙は、少しだけ目を閉じた。


「……実に、残念ですね」


隣のけちのんも、箱を見つめていた。


「こんだけ売れとるのに、うちには一円も入ってけえへんのですか……」


二人の脳裏には、例の三千万円が浮かんでいた。


理沙は、名称に関する管理状況も確認した。


「『戦隊ヒロイン』という名称について、商標登録は……」


内田あかねが答える。


「現時点では、済んでいません」


理沙。


「……そうですか」


けちのん。


「もったいないですなあ!」


あかねは、二人へ釘を刺した。


「ただ、登録していない名称だからといって、過去の販売分について自動的に使用料を請求できるわけではありません。それと、公式の承認を受けていないのに『御用達』と表示した問題や、美月さんを連想させるキャラクターを商業利用した問題は、分けて整理する必要があります」


理沙は頷いた。


「では、冷静に事実関係を確認しましょう」


けちのんも腕を組んだ。


「せやけど、あんな小さい会社、放っといてもええんちゃいます?」


実は、けちのんは堺市出身である。


M田製菓の本社工場は、彼女の実家から比較的近い場所にあった。


子どもの頃から、駄菓子屋や近所の店で目にしてきた、身近な会社だったのである。


「うちにとっては、昔からある普通のお菓子屋さんですわ。大企業いうほどでもないし、あんまり大げさにするんも……」


その時、琴音のもとへ、M田製菓から新しい販促資料が届いた。


試作品の写真である。


表には、先ほどよりも大きな文字が躍っていた。


『戦隊ヒロインプロジェクト全面協力!』


その下に、極めて小さな文字。


『していただけたら、ありがたいです。』


遥室長が叫んだ。


「願望を実績みたいに書かないのら!」


さらに、別の試作品。


『公式おやつ認定記念パック!』


その下に小さく、


『認定希望。』


琴音が首をかしげた。


「……まだ何も決まってないじゃん」


最後の案は、さらにすごかった。


『クラッカー戦士ミツキンと一緒に、戦隊ヒロインを応援しよう!』


その横には、ミツキンが巨大なクラッカーを持ち上げるイラスト。


吹き出しには、


『一枚食べたら、元気百倍や!』


と書かれている。


美月は、画面を見て呟いた。


「……ウチ、そこまでクラッカー好きちゃうねんけどな」


琴音が笑った。


「そこが気になるんだ?」


「当たり前やろ! ウチ、キノコ派やぞ!」


遥室長が、とうとう決断した。


「これは、一度きちんと話をする必要があるのら!」


こうして、M田製菓への訪問が決まった。


派遣されるのは、藤堂隼人補佐官と小宮山琴音。


各省庁やパートナー企業との交渉を得意とする隼人と、遥室長の右腕として実務を支える琴音である。


理沙は、二人へ分厚い資料を渡した。


「無断表示の是正と、既存商品の取り扱いについて確認してください」


あかねも付け加えた。


「今後の取引について話が出た場合は、過去の問題とは分けて協議してください」


けちのんは、最後に言った。


「大阪の商人さん相手ですから、気ぃつけてくださいや。話の転がし方が上手いですさかい!」


琴音は、けちのんを見た。


「佳乃さんも大阪の人じゃん」


「うちは堺ですわ!」


「堺も大阪府じゃん!」


けちのんは、聞こえなかったことにした。


大阪府堺市。


M田製菓の本社工場に到着した隼人と琴音は、まず会社の規模に少し驚いた。


全国的な知名度を持つ商品の製造元とはいえ、巨大な本社ビルがあるわけではない。


工場と事務所が一体になった、堅実な会社だった。


敷地へ入ると、クラッカーの香ばしい匂いが漂ってくる。


従業員たちが忙しそうに働き、段ボール箱が次々と運ばれていた。


琴音は、少し感心した。


「……ちゃんと、ものづくりの会社なんだねえ」


隼人も頷いた。


「長く商売を続けている会社には、それだけの理由があるのでしょう」


二人は応接室へ通された。


待っていたのは、社長と営業部長。


名刺交換が終わるより早く、社長が立ち上がった。


「このたびは、ほんまに申し訳ありませんでした!」


深々と頭を下げる。


隼人は、少し拍子抜けした。


「……まずは、経緯をお伺いできればと思います」


社長は、正直に説明した。


話題になった商品を若い世代にも知ってもらいたくて、戦隊ヒロインを連想させるパッケージ案を制作したこと。


社内で企画が盛り上がるうちに、承認を受ける前のデザインが一部店舗へ出荷されてしまったこと。


そして、無断表示については是正する意思があること。


「完全に、うちの不手際ですわ」


琴音は、ミツキンの箱を取り出した。


「この子、美月さんに似せたんだよね?」


社長は、少しだけ笑った。


「……はい」


「正直だねえ」


「ここで嘘ついても、しゃあないですやろ」


隼人は、穏やかに言った。


「では、まず既存商品の表示を修正し、今後は事前承認を徹底していただきたいと思います」


「もちろんです!」


その返事は早かった。


そして、さらに早かったのは、その次の言葉である。


「……ところで、補佐官さん」


「はい?」


社長は、満面の笑顔になった。


「せっかくのご縁です。正式に提携させてもらえませんやろか!」


隼人は、思わず聞き返した。


「……提携、ですか?」


社長は、分厚い企画書を差し出した。


表題。


『戦隊ヒロインプロジェクト×M田製菓 全国おやつ応援プロジェクト』。


隼人がページをめくる。


琴音も横から覗き込む。


そこには、思いのほか本格的な提案が並んでいた。


戦隊ヒロインプロジェクトの正式な名称使用許諾。


公式キャラクター入りの共同開発パッケージ。


地域イベントでの商品提供。


子ども向けイベントへの協賛。


商品売上に連動したライセンス料。


そして、継続的なスポンサー契約。


社長は、少しだけ表情を引き締めた。


「うちは、そんな大きな会社やありません。何億円も宣伝費を出せるような会社でもない。でも、クラッカーなら作れます。手頃な値段で、子どもさんにも買うてもらえる商品を、全国へ届けられます」


琴音は、社長を見た。


「……うん」


「今回、戦隊ヒロインさんのおかげで、若いお客さんが増えたんですわ。せやから、うちも何かお返ししたい。そら、商売としても続けさせてもらいたいですけどな!」


最後の一言で、社長は照れくさそうに笑った。


隼人も、つられて微笑んだ。


「なるほど。双方にとって、継続できる形を考えたいということですね」


「そういうことですわ!」


琴音は、企画書をもう一度めくった。


「……これ、ちゃんと考えてあるじゃん」


隼人は頷いた。


「正式な提携については、前向きに持ち帰って検討できると思います。ただし、必要な手続きと承認があります」


「もちろんです!」


「それから、キャラクターの使用については、本人の同意も必要です」


社長は、少し不安そうに尋ねた。


「……美月さん、怒ってはります?」


琴音は、しばらく考えた。


「怒ってるよ」


「……やっぱり」


「でも、箱は家に飾るって持って帰ったじゃん」


社長の顔が、ぱっと明るくなった。


「……ということは?」


「本人に聞いてみないと分からんね」


隼人は、苦笑しながら企画書を閉じた。


抗議のために訪問したはずが、気づけばスポンサー契約の商談になっていた。


大阪商人、恐るべし。


東京へ戻った二人が報告すると、理沙とけちのんの目が輝いた。


「正式提携の申し出があったんですか?」


「はい」


「ライセンス料は?」


「提案されています」


「協賛金も?」


「はい」


けちのんは、静かに立ち上がった。


「……理沙さん」


「……佳乃さん」


「これは、ええ話ですな」


理沙は、ほんの少し微笑んだ。


「ただし、数字は精査いたします」


ここから先は、越前の鉄壁の独壇場だった。


理沙は提示された売上予測を確認する。


ライセンス料率。


最低保証額。


支払時期。


契約期間。


返品時の取り扱い。


商品提供に伴う費用負担。


何一つ、曖昧なままにはしない。


けちのんは、請求書と予算書を並べて確認する。


「この協賛金、支払時期を明確にしておきたいですな」


あかねは、契約書へ目を落とす。


「キャラクターの使用範囲と、契約終了後の在庫処理についても条項が必要です」


隼人が、双方の条件を調整する。


「M田製菓さんの規模も踏まえて、無理のない契約にしましょう」


理沙は、静かに頷いた。


「一度限りの収入より、長く続く提携の方が大切です」


もちろん、公的資金によっても支えられる戦隊ヒロインプロジェクトとして、スポンサー契約に必要な承認や適正な手続きも進められた。


そして、いよいよ美月本人の意思確認である。


会議室。


美月の前に、新しいパッケージ案が置かれた。


以前のミツキンよりも、少し洗練されている。


ツインテールは元気いっぱい。


瞳は大きく、表情は明るい。


衣装も、戦隊ヒロインらしく可愛らしくまとまっている。


美月は、しばらく見つめた。


「……ええやん」


琴音が笑う。


「気に入ったけ?」


「……まあ、かわええやん!」


「最初は怒ってたじゃん」


「勝手に使われたんが問題やってん! ちゃんと話が通っとるんやったら、別にええねん!」


名前についても確認された。


「クラッカー戦士ミツキンのままでよろしいですか?」


美月は、少し考えた。


「……それでええで!」


琴音が笑う。


「完全に気に入ってるじゃん」


「やかましいわ!」


しかも、美月は、ここから急に張り切り始めた。


「目は、もうちょい大きくしてもええな!」


「ツインテールは、こう、元気に跳ねさせてや!」


「ポーズは、もっと勢いが欲しいねん!」


ついには、自分で立ち上がってポーズの見本を示し始めた。


琴音は、呆れながら呟いた。


「……監修というより、本人が一番楽しんでるじゃん」


ただし、美月は一つだけ、はっきり条件を出した。


「言うとくけどな。ウチ、クラッカーが特別好きってわけちゃうで」


理沙は頷いた。


「承知しています」


「食べたら普通にうまいと思うで。でも、キノコのお菓子も好きやし、チョコのパイも好きやねん」


「はい」


「そこ、間違えて宣伝せんといてな!」


あかねが、すぐに確認事項へ追加した。


「本人が表明していない商品評価を、推薦コメントとして使わないこと。宣伝内容は事前確認を受けること」


美月は満足そうに頷いた。


「せや! それでええねん!」


その直後、M田製菓から届いた広告案には、こう書かれていた。


『クラッカー戦士ミツキンも登場! みんなで楽しくおやつタイム!』


美月は、にっこり笑った。


「うん。これならええわ!」


こうして、クラッカー戦士ミツキンは、正式に本人公認となった。


それからというもの、美月はすっかりノリノリだった。


新しいイラストが届けば確認する。


ポーズについて意見を出す。


イベントで使う等身大パネルのデザインも見る。


ついには、ミツキンの小さなキーホルダーを自分のかばんへ付け始めた。


真央が、それを見つけた。


「美月さん、それミツキンだがね?」


「せや! 試作品もろてん!」


「気に入っとるがね」


「……公式キャラクターやからな!」


「毎日付けとるがね」


「……宣伝や!」


本人の表情は、どう見ても嬉しそうだった。


必要な契約手続きが完了し、M田製菓と戦隊ヒロインプロジェクトは、正式に提携することとなった。


M田製菓は、戦隊ヒロインプロジェクトの公式スポンサーに就任。


そして「あたりM田のクラッカー」は、正式に戦隊ヒロインプロジェクト公式おやつへ認定された。


新しいパッケージには、大きな文字が躍った。


『戦隊ヒロイン御用達!』


『戦隊ヒロインプロジェクト公式おやつ!』


そして、中央には、元気いっぱいのクラッカー戦士ミツキン。


遥室長は、完成した箱を手に取った。


「……本当に、御用達になったのら」


隼人が頷く。


「はい。今度は正式に」


琴音も笑った。


「抗議に行ったらスポンサーになってくれたんだもんねえ」


波田顧問は、クラッカーを一枚つまんだ。


「いやあ、世の中分かんねえな!」


ぽりっ。


「……うん。昔と変わんねえ味だ!」


遥室長は、少しだけ微笑んだ。


「クラッカーも、ようやく報われたのら」


ところが、その数日後。


M田製菓から、ヒロ室本部へ大量の段ボール箱が届いた。


最初は、五箱。


次に、十箱。


さらに、二十箱。


琴音が伝票を見る。


「……何だ、これ?」


配送担当者が、にこやかに答えた。


「M田製菓様から、スポンサー契約に基づく商品提供です!」


琴音は、段ボールを見上げた。


「……全部、クラッカー?」


「はい!」


隼人も、伝票を確認した。


「イベント用、広報用、試供品、備蓄用……かなりの数量ですね」


理沙は、落ち着いて頷いた。


「契約条件に基づく提供です」


けちのんは、満面の笑顔だった。


「これで、お菓子の購入費をかなり抑えられますわ!」


遥室長は、段ボールの山を眺めた。


「……また、クラッカーが増えたのら?」


もちろん、ミーティングスペースにも大量に運び込まれた。


キノコ型のお菓子は、ある。


タケノコ型のお菓子も、ある。


パイも、コアラも、ちゃんと置かれている。


ただし、その周囲をクラッカーが埋め尽くしていた。


棚の上段。


クラッカー。


中段。


クラッカー。


下段。


クラッカー。


キノコとタケノコは、棚の中央に申し訳程度に並んでいる。


割合で言えば、圧倒的にクラッカー。


もはや、お菓子棚というより、クラッカー売り場だった。


美月がミーティングスペースへ入る。


棚を開ける。


止まる。


もう一度見る。


「…………」


琴音が声をかけた。


「美月さん、どうしたでえ?」


美月は、ゆっくり振り向いた。


「……なあ、琴音さん」


「何?」


「クラッカー、増えとらへん?」


「増えたね」


「前より増えとらへん?」


「前より増えたね」


美月は、両手を広げた。


「何で正式提携したら、前よりクラッカーだらけになんねん!」


けちのんが、誇らしげに答えた。


「公式スポンサーさんからのご提供ですわ!」


「ありがたいけどな!」


「無料です!」


「そら、ありがたいけどな!」


「大量にいただいてます!」


「それは見たら分かるわ!」


理沙が、冷静に補足した。


「購入費の削減効果も見込めます」


美月は、ゆっくり目を閉じた。


「……また、クラッカーから逃げられへんようになったんか」


琴音は、少し笑った。


「今度は正式な契約があるからねえ」


「前より強固な支配体制になっとるやないか!」


ただし、ミツキンそのものは、ヒロインたちから概ね好評だった。


杉山ひかりは、パッケージを眺めて微笑んだ。


「美月さんらしくて、可愛いねぇ」


館山みのりも頷く。


「元気で親しみやすいデザインですね。子どもたちにも喜ばれると思います」


真央。


「これ、絶対売れるがね!」


あかり。


「ほんまかわええに! ウチも一箱欲しいわ!」


美月は、得意満面だった。


「せやろ? みんな、見る目あるわ!」


そこへ、一人の女性が現れた。


西川彩香。


播州の烈火。


美月にとっては、何かと張り合う好敵手である。


普段から、顔を合わせれば罵り合う。


美月が彩香を呼ぶ時の定番は、「怖いオバハン」。


彩香が美月を呼ぶ時の定番は、「アホツインテール」。


周囲のヒロインたちは、そのやり取りを何度も見てきた。


彩香は、棚からミツキンの箱を一つ手に取った。


じっと見る。


そして、にやりと笑った。


「……何や、これ」


美月が胸を張る。


「見たら分かるやろ! ウチの公式キャラクターや!」


「……クラッカー戦士ミツキン?」


「せや!」


彩香は、少し考えた。


そして、噴き出した。


「……あんた、ついにクラッカーになったんか!」


美月。


「なってへんわ!」


彩香は箱を裏返した。


「必殺技、サクサク大演説やて?」


「それは勝手に作られたやつや!」


「ええやん。あんた、普段から口ばっかりよう動くし」


「何やと!?」


彩香は、箱を高く掲げた。


「おーい! ミツキンが怒っとるで!」


美月が立ち上がる。


「怖いオバハン! ええ加減にせえよ!」


彩香も負けない。


「誰がオバハンや! アホツインテール!」


「アホちゃうわ!」


「ほな、何や!」


「クラッカー戦士や!」


一瞬の沈黙。


彩香は、腹を抱えて笑い始めた。


「自分で言うとるやないか!」


美月は、真っ赤になった。


「ちゃう! 今のは言葉の勢いや!」


すでに周囲のヒロインたちは、完全に見物体制へ移行していた。


真央は、お菓子を片手に椅子へ座る。


「……また始まったがね」


あかりも、クラッカーを一枚つまんだ。


「ほんま、仲ええなぁ」


ひかりが、少し心配そうに尋ねる。


「止めた方がいいかなぁ?」


みのりは、二人を眺めてから微笑んだ。


「今のところ、いつものやり取りですね。もう少し様子を見ましょうか」


真央が、ぽりっとクラッカーを食べた。


「これ、見物のお供にはええがね」


あかりも頷く。


「そうやに。なんか止まらんわ」


美月と彩香だけが、まだ言い合っていた。


彩香。


「ミツキン! 必殺技やってみい!」


美月。


「やらへんわ!」


彩香。


「サクサク大演説!」


美月。


「それ言うな!」


彩香。


「アホツインテール、公式おやつに負けとるやん!」


美月。


「怖いオバハン! ウチはお菓子と勝負してへんねん!」


彩香は、わざとらしく箱を抱きしめた。


「ミツキン、怖いでちゅねえ」


美月のこめかみが、ぴくりと動いた。


「……何や、その喋り方」


「クラッカー戦士、よちよち」


「誰が赤ちゃんやねん!」


周囲から、笑い声が上がった。


真央は、とうとう腹を抱えた。


「もう、二人とも子どもだがね!」


あかりも笑う。


「さっきから、お菓子の話しかしてへんやん!」


ひかりも、思わず笑ってしまった。


みのりは、そっと言った。


「……仲がよろしいですね」


美月と彩香が、同時に振り向いた。


「仲良うないわ!」


見事に声が揃った。


真央は、机を叩いて笑った。


「息ぴったりだがね!」


美月は彩香を指さした。


「ええか、怖いオバハン! ミツキンは正式にウチが公認したキャラクターや!」


彩香も腕を組んだ。


「ほな、ちゃんと宣伝したらええやん!」


「しとるわ!」


「クラッカー好きなんか?」


「……特別好きってわけちゃう!」


「何や、それ!」


「普通にうまいとは思うで! でもキノコのお菓子も好きやねん!」


彩香は、再び噴き出した。


「スポンサーの前でそれ言うんか!」


美月は、胸を張った。


「嘘ついて宣伝するよりええやろ!」


それを聞いていた理沙が、横から静かに頷いた。


「その点は、美月さんのおっしゃるとおりです。広告内容は、事実に基づかなければなりません」


彩香は、少しだけ感心した。


「……理沙さんが味方についたで」


美月は、勝ち誇った顔になった。


「せやろ!」


ただし、その直後。


理沙は、棚のクラッカーを見上げた。


「……それにしても、提供数量の管理方法は、少し見直した方がよさそうですね」


けちのんが振り向く。


「何でですの?」


「保管場所を圧迫しています」


「無料ですのに?」


「無料でも、置く場所には限りがあります」


琴音が頷いた。


「それは、ほんとにそうずら」


遥室長も、ようやく現れた。


目の前には、クラッカーの山。


その横には、笑い転げるヒロインたち。


そして、まだ言い合っている美月と彩香。


遥は、しばらく黙っていた。


「…………」


そして、静かに言った。


「……公式おやつになったのは、いいことなのら」


理沙が頷く。


「はい」


「スポンサーさんができたのも、ありがたいのら」


けちのんが頷く。


「はい!」


「でも……」


遥は、棚を指さした。


「公式になったからって、全部クラッカーにしなくてもいいのらあああ!」


その叫び声に、ミーティングスペースが静まり返った。


美月は、少しだけ考えた。


そして、彩香へ言った。


「……なあ、怖いオバハン」


「何や、アホツインテール」


「このクラッカー、ちょっと持って帰ってくれへん?」


彩香は、段ボールの山を見た。


そして、にやりと笑った。


「ええで。ミツキンがお願いするんやったらな!」


美月。


「誰がお願いやねん!」


彩香。


「ほな、いらん」


美月。


「ちょっと待て!」


彩香。


「何や?」


美月は、歯を食いしばった。


そして、言った。


「……クラッカー戦士ミツキンからの、お願いです」


彩香は、腹を抱えて笑った。


「アッハッハ! 言いよった!」


美月。


「怖いオバハン! もう許さへんぞ!」


真央は、机に突っ伏した。


「……もう、勘弁してほしいがね!」


あかりも、涙を流して笑っていた。


「ほんま、何やっとるんやに!」


ひかりは、みのりの隣で小さく笑った。


「にぎやかだねぇ」


みのりも微笑んだ。


「ええ。本当に」


結局、彩香はクラッカーを一箱持って帰った。


ただし、帰り際、美月へこう言い残した。


「ほな、ミツキン。またな!」


美月は、最後まで叫んでいた。


「ミツキン言うな! ……いや、公式名やけど! 今は言うな!」


こうして、三千万円の損失から始まったヒロ室の緊縮財政は、思いがけず、大阪の老舗菓子メーカーとの正式提携へとつながった。


M田製菓は、若い世代に商品を知ってもらう機会を得た。


ヒロ室は、新たなスポンサーと公式おやつを手に入れた。


美月は、自分そっくりの公式キャラクターを手に入れた。


そして、彩香は、新しいからかいの材料を手に入れた。


ただし、ひとつだけ問題が残った。


ミーティングスペースには、今日も大量のクラッカーがある。


夕方。


遥室長が棚を開けた。


クラッカー。


クラッカー。


クラッカー。


キノコ型のお菓子が、申し訳程度に二箱。


タケノコ型のお菓子が、一箱。


残りは、ほぼクラッカー。


遥は、ゆっくり目を閉じた。


「……クラッカーは悪くないのら」


琴音が頷いた。


「うん」


遥は、静かに続けた。


「でも……」


そして叫んだ。


「公式おやつになったからって、ここまで増やさなくてもいいのらあああ!」


その頃、堺市のM田製菓では、営業部長が社長へ報告していた。


「社長! ミツキンパッケージ、好評です!」


「ほんまか!」


「次の増産、どうしましょ?」


社長は、満面の笑顔だった。


「決まっとるやろ! もっと作るんや!」


営業部長。


「ヒロ室さんへの提供分も増やしまっか?」


社長。


「そら、公式スポンサーやからな! どんどん送ったれ!」


こうして、翌週。


新橋本部には、さらに大量の段ボール箱が届くことになる。


越前の鉄壁は、契約書を確認した。


けちのんは、無料提供の文字に歓喜した。


琴音は、倉庫の空き容量を調べ始めた。


遥室長は、天井を仰いだ。


そして美月は、クラッカー戦士ミツキンの新しいキーホルダーを嬉しそうにかばんへ付けながら、こう呟いた。


「……ウチ、そこまでクラッカー好きちゃうねんけどな」

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