三千万円を取り戻せ!――越前の鉄壁、河内のスピーカーを味方につける
新橋の戦隊ヒロインプロジェクト本部には、朝から電話が鳴り響いていた。
「戦隊ヒロインプロジェクトは、本当に解散するんですか?」
「今後のイベントは中止ですか?」
「三千万円の損失というのは事実なんでしょうか?」
「お菓子がクラッカーしかないというのは本当ですか?」
受付担当者は、四本目の電話にだけ、妙に自信を持って答えた。
「……はい。それについては事実です」
そもそも、騒動の発端はワシントンD.C.での任務だった。
高田美雪の大型イリュージョン装置が破損し、損害額は一億五千万円。ヒロ室の財務担当・福永理沙は、大手損害保険会社の特殊損害査定部長、鷲尾冴子と激しく渡り合ったものの、海外任務特約の不備が響いて、保険金の支払いは一億二千万円にとどまった。
差額は三千万円。
誰も理沙を責めなかった。任務は成功しており、契約確認体制の不備は組織全体で改善すべき問題だったからだ。
しかし、福井県福井市出身、質実剛健を地で行くような理沙は違った。
「三千万円……」
朝、電卓を叩く。
「三千万円……」
昼、表計算ソフトを開く。
「三千万円……」
夕方、もう一度電卓を叩く。
甲斐の疾風こと小宮山琴音は、ついに心配になった。
「理沙さん。その数字、朝から何回計算してるでえ?」
「何度計算しても、三千万円なんです」
「そりゃ、そうずら……」
そこへ、経理担当の谷口佳乃、通称けちのんが現れた。
「理沙さん、うちも協力しますわ! 国民の皆さんからお預かりした大切なお金です。無駄は一円たりとも見逃しまへんで!」
二人は固く握手した。
そして始まった、新橋本部の大緊縮財政。
クリップは貸出簿で管理。
付箋紙は申請制。
胡蝶蘭の葉を磨く布の購入費まで調査。
廊下の照明を細かく消して、二人が三十分かけて節約した電気代は推定二円。
波田巌蔵顧問は、二人の顔を見て叫んだ。
「お前らの三十分は二円なのかよ!」
それでも二人は止まらなかった。
そして、ヒロインたちのミーティングスペースから、チョコレートの傘をかぶったキノコ型のお菓子も、チョコレートとクッキーが一体になったタケノコ型のお菓子も消えた。
チョコレート入りの小さなパイも、可愛いコアラの絵柄がついたビスケットもない。
代わりに置かれたのは、山のような「あたりM田のクラッカー」。
かつて昭和の時代劇コメディで、飄々とした二枚目俳優が決め台詞とともに宣伝した、素朴なクラッカーを思わせる商品である。
ただし、その番組を知るヒロインは皆無。
フロントでも、波田顧問くらいしか知らなかった。
安い。
保存しやすい。
食べれば、まあ普通にうまい。
しかし、チョコレート菓子の代わりとしては、いささか華がなかった。
「まずいわけちゃうねん。けど、何かこう、テンションが上がらへんねん……」
そう言いながら、赤嶺美月は一袋を完食した。
けちのんへ抗議した美月は、会話の中で三千万円の損失を知る。
「そら、えらいこっちゃ! みんなにも節約するよう言うとくわ!」
その瞬間、河内のスピーカーが作動した。
美月が伝えたのは、三千万円の損失が出たという事実だけだった。
しかし、全国のヒロインたちを経由するうちに、話は変わった。
三千万円の損失。
経費削減。
お菓子も買えない。
資金繰り悪化。
債務超過。
解散。
さらに、夕刊紙「東都スポーツ」が、
『戦隊ヒロインプロジェクト 資金難で解散』
と大々的に報じた。
ただし、その下に虫眼鏡で探したくなるような小さな文字で「か」と書いてあった。
ついには、幼稚園児から「かいさんしないでください」という手紙と、数千円のお年玉まで届いてしまった。
芹沢遥室長は、子どもの一生懸命な文字に目を潤ませた。
そして、現金書留を見て我に返った。
「……これは、もう笑い話じゃないのら」
翌朝、遥は決断した。
「囲み取材に応じるのら!」
新橋のヒロ室本部前には、報道陣が集まっていた。
新聞社、テレビ局、通信社、経済誌。
もちろん、東都スポーツもいる。
遥は藤堂隼人補佐官と琴音を伴い、記者たちの前に立った。
かつて解散寸前だった戦隊ヒロインプロジェクトを、地道な地域活動によって復活させた立役者である。
こんな噂で、再び組織を揺らがせるわけにはいかなかった。
「室長! 三千万円の損失が出たというのは事実でしょうか?」
「事実なのら」
遥は、逃げずに答えた。
記者たちのペンが一斉に動く。
「ただし、任務に関する機密情報が含まれるため、詳しい経緯については説明できないのら」
「資金難に陥っているということでしょうか?」
「損失を補うため、経費削減を進めていたのは事実なのら。でも、一部で行き過ぎた対応があったのら。必要な経費まで削るようなことは改善するのら」
「債務超過という情報は?」
「事実ではないのら。今回の損失によって、活動の継続に支障が生じるような財務状況にはなっていないのら」
その時、東都スポーツの記者が勢いよく手を挙げた。
「室長! 本紙が報じた解散説について、一言!」
遥は、真正面から記者を見た。
「解散しないのら!」
「では、解散を検討した事実も!?」
「ないのら!」
「今後、解散する可能性は!?」
「今回の損失を理由に、そんなことは考えていないのら!」
記者は、最後の質問を繰り出した。
「本部のお菓子がクラッカーだけになったというのは事実ですか!?」
遥は、ほんの一瞬だけ目を閉じた。
「……それは事実なのら」
報道陣から笑い声が漏れた。
「でも、そこは改善するのら! クラッカーは悪くないのら! お菓子の種類を減らしたからって、組織が解散するわけじゃないのら!」
隼人が、横で必死に笑いをこらえた。
琴音は小声で呟いた。
「経営危機の説明なのに、お菓子の話が長いじゃん……」
そして、最後の質問。
「戦隊ヒロインプロジェクトは、これからどうなるのでしょうか?」
遥の表情が、引き締まった。
「戦隊ヒロインプロジェクトは、解散しないのら!」
フラッシュが光る。
「これからも地域創生、健全な青少年の育成、そして治安維持という理念に則り、活動を続けていくのら。ヒロインたちにも、応援してくださる皆さんにも、安心してほしいのら!」
遥は深く頭を下げた。
取材が終わると、隼人が声をかけた。
「室長。見事な説明でした」
琴音も頷く。
「やっぱり、ここまで組織を立て直してきた人の言葉は違うねえ」
遥は、ようやく肩の力を抜いた。
「……でも、お菓子について三回も質問されるとは思わなかったのら」
その日の夕方には、各メディアが遥室長の発言を報じた。
東都スポーツの翌日の見出しも変わった。
『戦隊ヒロイン解散せず! お菓子復活へ』
遥は、それを見て首をかしげた。
「……何で、お菓子が同格なのら?」
ともあれ、世間の解散騒動は次第に沈静化していった。
そして、新橋のミーティングスペースにも、ようやく平和が戻った。
キノコ型のお菓子。
タケノコ型のお菓子。
チョコレート入りの小さなパイ。
コアラの絵柄のビスケット。
当然、あたりM田のクラッカーも残された。
クラッカーは、何も悪くなかったのである。
棚を開けた美月が叫ぶ。
「おおっ! キノコが帰ってきた!」
真央も負けじと言った。
「タケノコも戻っとるがね!」
あかりは、両方を手に取った。
「どっちもうまいんやで、両方あればええやんか!」
すると美月が、真央を振り向いた。
「せやけど、やっぱりキノコの方が食感ええやろ?」
「何言っとるがね! タケノコの完成度が分からんのかね!」
廊下から遥の叫び声が飛んだ。
「きのこ・たけのこ戦争を再開させないのら!」
和平成立から三十秒。
ヒロ室のお菓子棚は、再び分裂の危機を迎えた。
ところが。
このお菓子騒動には、思わぬ後日談があった。
ある日の昼休み。
波田顧問が、新聞を片手に執務室へ入ってきた。
「おい! お前ら、これ見てみろ!」
新聞の経済面には、小さな記事が載っていた。
『老舗クラッカーメーカー、突然の売上増か――戦隊ヒロイン騒動で思わぬ脚光』
記事によれば、ヒロ室のお菓子がクラッカーに統一されたという騒動がSNSで話題になった結果、あたりM田のクラッカーを買い求める人が急増したというのである。
一部店舗では、普段の何倍も売れたらしい。
さらに、同社の広報担当者とされる人物のコメントまで掲載されていた。
『若い世代の皆様にも商品を知っていただく機会となり、大変ありがたく思っております』
琴音が記事を読んだ。
「……え?」
隼人も覗き込む。
「売り上げが増えたんですか?」
波田は豪快に笑った。
「ハッハッハ! あのクラッカー、今さら大人気らしいぞ!」
遥は、しばらく新聞を見つめた。
「……うちの解散騒動で、お菓子屋さんが儲かったのら?」
琴音。
「なんてこったい……」
そこへ、美月が現れた。
「何や何や、えらい盛り上がっとるやん!」
新聞を読んだ美月は、目を丸くした。
「……あのクラッカー、売れとるんか!?」
波田。
「そうらしいぞ!」
美月は、しばらく考えた。
そして、胸を張った。
「ほな、ウチが宣伝したようなもんやん!」
琴音が即座に突っ込んだ。
「美月さん、宣伝したつもりなかったじゃん!」
美月。
「でも、結果的に売れたんやろ?」
遥。
「……それはそうなのら」
美月の目が輝いた。
「ほな、メーカーさんから感謝状くらい来てもええんちゃうか!」
琴音。
「いや、その前に全国へ解散デマが広まったことを反省してほしいじゃん!」
美月。
「それはもう反省しとるわ!」
すると、けちのんが突然立ち上がった。
「……待ってください!」
全員が振り向く。
「売り上げが大幅に伸びたんやったら、うちのおかげもあるんちゃいますの!?」
理沙も顔を上げた。
「……確かに、購入品目を統一したのは私たちです」
二人は顔を見合わせた。
けちのん。
「……理沙さん」
「……佳乃さん」
「これ、何かの形で協力してもらえへんやろか?」
理沙の目が、少しだけ鋭くなった。
しかし、彼女はすぐに首を横へ振った。
「購入した商品が話題になったからといって、メーカーに金銭を要求することはできません。仮に協賛のお申し出があったとしても、適切な手続きが必要です」
けちのんは、残念そうに椅子へ座った。
「……そうですか」
波田顧問が笑った。
「当たり前だろ! クラッカー屋から三千万円もらうつもりだったのかよ!」
けちのん。
「そこまでは言うてません!」
琴音。
「顔には書いてあったずら」
遥は、新聞を置きながら呟いた。
「……結局、クラッカーだけが得したのら」
全員が頷いた。
クラッカーは悪くなかった。
本当に、悪くなかったのである。
その一方で、美月には、まだ一つ気になることがあった。
三千万円の損失である。
解散しないことは分かった。
お菓子も戻った。
クラッカーまで人気になった。
しかし、理沙が頭を抱えていた三千万円が消えたわけではない。
美月は、財務室を訪ねた。
「なあ、理沙さん。三千万円、まだ足りへんのやろ?」
理沙は顔を上げた。
「はい。今後の財務上の対応を検討しています」
「ほな、ウチにええ考えがある!」
美月は、得意満面でスマートフォンを差し出した。
「これや!」
画面には、怪しげな投資情報が表示されていた。
『短期間で資産が数倍!』
『限られた人だけが知る特別な投資機会!』
『今すぐ参加を!』
理沙は、一秒で答えた。
「却下です」
「まだ説明してへんやろ!」
「十分です」
福井県福井市出身。
ファイナンシャルプランナーの資格を持ち、泣く子も黙るN村証券で鍛えられた女。
越前の鉄壁、福永理沙。
怪しげな投資情報を見抜くのに、一分も必要なかった。
「美月さん。投資対象の実態、リスク、資金の管理方法が確認できません。短期間で何倍にもなるという説明にも根拠がありません」
「でも、成功したら三千万円なんか一発やで!」
「失敗した場合は?」
「……あ」
「却下です」
美月は、次の画面を見せた。
「ほな、これ! めっちゃ高利回りの金融商品!」
「却下です」
「早いな!」
「利回りだけが強調され、元本割れや換金制限などの説明が不十分です」
「ほな、株式投資や! この会社、明日から爆上がりするらしいで!」
「情報源は?」
「SNSや!」
「却下です」
「最後まで聞いてえな!」
理沙は、穏やかな声で尋ねた。
「では、その企業の財務諸表、事業内容、収益見通し、株価に影響する要因をご説明ください」
美月は、スマートフォンを見つめた。
「…………」
「いかがでしょうか?」
「……チャートが、右肩上がりやねん」
「却下です」
「完敗や!」
そこへ、けちのんが現れた。
「美月さん! そんなもんに国民の皆さんの血税を突っ込んだら、今度こそほんまにえらいことになりますやん!」
理沙も頷いた。
「私は、三千万円の負担を補うために、さらに大きな損失を出すような判断はいたしません」
美月は、ようやくスマートフォンをしまった。
「……分かった。投資はやめとく」
しかし、美月の善意は止まらなかった。
「ほな、ウチの出演料の一部を返上するわ!」
理沙が驚く。
「……え?」
「ウチの出演料、ただでさえ安いねんけどな。まあ、今回は我慢したる!」
隣で聞いていた琴音が呟いた。
「……最後の一言、要るけ?」
美月は胸を張った。
「なんなら、駅前で募金活動したってええで! 『戦隊ヒロインプロジェクトを助けてください!』って!」
琴音が飛び上がった。
「それだけはやめるじゃん!」
「何でや!」
「恥ずかしいし、せっかく鎮まった解散騒動がまた始まるじゃん!」
「ウチは真剣やで!」
「真剣だから余計に困るんだよ!」
そこへ、遥室長が現れた。
事情を聞いた遥は、美月へ柔らかく微笑んだ。
「美月ちゃん。気持ちは、本当にありがたいのら」
「室長……」
「でも、出演料の返上は受け入れられないのら。美月ちゃんは、きちんと仕事をして、その対価を受け取ってほしいのら」
美月は、少し黙った。
「……ほな、ウチにできることはないんか?」
遥は、はっきりと答えた。
「これまでどおり、イベントや任務に集中してほしいのら。それが一番ありがたいのら」
「……分かった」
「三千万円の問題は、フロントが責任を持って処理するのら。ヒロインたちには、心配せずに活動を続けてほしいのら」
美月は頷いた。
「ほな、ウチはウチの仕事を頑張るわ!」
遥も頷いた。
「それと、ほかのヒロインたちにも、もう心配しなくていいって伝えてほしいのら」
その瞬間。
美月の顔が、ぱっと輝いた。
「それ、ウチに任せて!」
琴音の表情が変わった。
「……室長」
「何なのら?」
「その人に情報発信を任せて、大丈夫け?」
しかし、今回は違った。
河内のスピーカー、再起動。
美月は、全国の戦隊ヒロインたちが参加する連絡網へ、猛烈な勢いで書き込んだ。
《みんな聞いてや! 室長に直接確認してきたで!》
《ヒロ室は解散せえへん!》
《三千万円の損失はフロントが責任持って処理するんやて!》
《ウチらは今までどおり、イベントと任務を頑張ったらええ!》
《出演料返上も募金もせんでええ!》
そして、最後に付け加えた。
《ちなみにキノコもタケノコも復活したで!》
全国のヒロインたちから、次々と返信が届いた。
《よかった!》
《室長が直接確認したなら安心ですね》
《今までどおり活動すればいいんですね》
《詩織ちゃんにも伝えて!》
《お菓子復活おめでとう!》
美月は、その反応を見て、さらに連絡網を巡った。
東日本。
西日本。
九州。
そして各地のヒロインたち。
発端となった三千万円の話を広めた時と、ほとんど同じ速度だった。
ただし、今回の情報には決定的な違いがある。
遥室長から直接聞いた、正確な説明だったのである。
その日の夕方。
琴音が集計したところ、全国のヒロインたちから寄せられていた解散に関する問い合わせは、ほぼ収まっていた。
遥室長は、報告書を見て目を丸くした。
「……もう、鎮まったのら?」
琴音も頷いた。
「美月さんが、全国に伝えたみたいだね」
「……すごいのら」
「騒動を広めたのも美月さんだけど、鎮めたのも美月さんじゃん」
遥は、しばらく考えた。
そして感心したように呟いた。
「河内のスピーカー、使い方次第なのら……」
美月は、得意満面で胸を張った。
「せやろ? ウチに任せたら早いねん!」
琴音は、冷静に返した。
「最初から確認して伝えてくれてたら、もっと早かったじゃん!」
「そこは言わんといて!」
ヒロインたちの不安は、ようやく収まった。
しかし、三千万円という数字は、理沙の机から消えていない。
彼女は、美月が持ち込んだ怪しげな投資情報をすべて却下した後、静かに分厚いファイルを開いた。
表紙には、
『ワシントンD.C.案件――損失補填に向けた財務改善計画』
と書かれていた。
理沙が選んだのは、一発逆転ではなかった。
自分が最も得意とする、数字と契約の世界である。
「佳乃さん。あかねさん。お二人のお力をお借りできますか?」
けちのんが、勢いよく頷いた。
「もちろんですわ!」
内田あかねも、静かに椅子を引いた。
「契約書は、すべて確認します」
ヒロ室の金庫番。
財務省のスパイ。
法律の鬼。
三人の精鋭が、机を囲んだ。
理沙は、最初に明確な方針を示した。
「もう、二円の節約に三十分かけることはしません」
けちのんが、少しだけ残念そうに頷いた。
「……分かりました」
「今回は、契約と資産を見直します。実際に使っているものまで、むやみに削るつもりはありません」
あかねが、早速ファイルを開いた。
「まず、契約一覧を確認しましょう」
最初に見つかったのは、重複契約だった。
ヒロ室本部と一部の支部が、それぞれ似た機能を持つ業務用サービスを契約していたのである。
理沙が利用状況を一覧表にまとめる。
けちのんが請求書を並べる。
あかねが更新条項を確認する。
「こちらは、次回更新日の前に通知すれば、違約金なしで終了できます」
あかねが、契約書の一文を指さした。
理沙は、すぐに答えた。
「では、利用者へ確認したうえで、機能を統合しましょう」
けちのんが年間支払額を計算する。
「……これは、かなり大きいですわ」
次に見つかったのは、ほとんど利用されていない保守契約だった。
すでに別の設備へ切り替えられていたにもかかわらず、旧設備の保守契約だけが自動更新されていたのである。
理沙は、設備台帳と契約書を照合した。
「……稼働記録がありませんね」
けちのん。
「なのに、毎年保守料を払うてますやん!」
あかねは、解約条件を確認する。
「中途解約には条件がありますが、更新時に終了させることは可能です。必要な通知手続きも整理できます」
理沙は頷いた。
「では、適切な時期に契約を終了しましょう」
無駄を削る。
ただし、必要な機能は残す。
契約条件を確認し、違約金や業務への影響まで計算する。
かつての二円節約作戦とは、まるで違った。
そして、三人はヒロ室の資産台帳へ目を向けた。
理沙が、倉庫の保管記録を指さす。
「……こちらの機材ですが、最近の使用実績がありません」
けちのんが確認する。
「数年前に購入した装備ですな。今は新型に切り替わってますわ」
あかねが、所有関係を調べる。
「ヒロ室の所有物であることは確認できます。ただし、公的資金で取得した資産ですから、売却については必要な承認と手続きを踏まなければなりません」
理沙は即答した。
「もちろんです。まず、現場に必要な予備機材でないことを確認しましょう」
三人は、現場担当者へ使用状況を照会した。
すでに新型機材へ置き換えられ、今後も使用予定がないことを確認する。
さらに、専門業者から評価を取り寄せる。
機材の状態。
中古市場での需要。
保管費用。
売却に必要な手数料。
すべてを比較する。
理沙は、資産台帳の数字だけを見て判断しなかった。
「帳簿上の価額と、実際に売却できる金額は別です。手取り額で比較しましょう」
けちのんが、思わず笑った。
「……理沙さん、やっぱりこういう仕事になると強いですなあ」
あかねも頷いた。
「売却の条件については、法務側で確認します。手続きに問題がない形へ整えましょう」
三人の仕事は、驚くほど速かった。
理沙が財務上の効果を計算する。
けちのんが資産台帳と支出明細を精査する。
あかねが契約条項と承認手続きを確認する。
一人では見落とす可能性のある部分を、三人が互いに補い合った。
理沙は、ようやく確信し始めていた。
三千万円を補うために必要なのは、無理な節約でも、危険な投資でもない。
組織の中に眠っている資産と契約を、正しく見直すことだった。
数日後。
ヒロ室の会議室。
遥室長、波田顧問、隼人補佐官、琴音が席に着いていた。
理沙は、けちのんとあかねを伴って入室した。
手には、新しい財務改善計画書。
理沙が説明を始める。
「今回、不要な契約の整理と遊休資産の売却について、具体的な検討を進めました」
スクリーンには、整理された数字が映し出された。
すでに現場で不要と確認された資産。
所定の手続きを踏めば売却可能な機材。
重複していたサービス契約。
更新時に終了できる保守契約。
利用状況に応じて条件を変更できる業務委託契約。
それぞれについて、実施費用と財務上の効果が示されていた。
けちのんが補足する。
「今回は、削るところと残すところを、きっちり分けてます。現場の活動を妨げるような削減はしてまへん」
あかねも続けた。
「契約変更と資産売却については、必要な承認手続きと法的条件を整理しました。実施前に確認すべき事項も一覧化しています」
遥室長は、資料をめくった。
「……これだけのものが、あったのら?」
理沙は頷いた。
「はい。ただし、すべてが確定したわけではありません」
その言葉に、隼人補佐官が顔を上げた。
理沙は続けた。
「遊休資産の売却による収入と、契約見直しによる将来の支出削減は、財務上の性質が異なります。売却収入は実際に入金されるまで、削減額は契約変更が成立するまで、確定したものとして扱いません」
波田顧問が、感心したように頷く。
「……さすがだな」
理沙は、落ち着いた声で結論を述べた。
「現時点では、承認と契約変更が予定どおり進めば、複数年度で三千万円相当の財務改善を実現できる見通しが立ちました」
一瞬、会議室が静かになった。
そして。
遥室長の表情が、ぱっと明るくなった。
「……目途がついたのら?」
「はい」
けちのんも、珍しく満面の笑顔だった。
「しかも今回は、クリップを数えんでも済みますわ!」
あかねが、淡々と付け加えた。
「クリップ貸出簿は、すでに廃止しました」
けちのん。
「……あれ、まだ残ってたん?」
琴音が叫んだ。
「残ってたんかい!」
会議室に、笑いが起きた。
遥室長は、理沙へ向き直った。
「理沙ちゃん。ありがとうなのら」
理沙は、静かに頭を下げた。
「私一人の力ではありません。佳乃さんとあかねさん、それから現場の皆さんのおかげです」
波田顧問は、腕を組んで笑った。
「三千万円の損失を、一気に帳消しにする魔法なんざねえ。でも、お前らは、ちゃんと現実的な道を見つけたわけだ」
理沙も頷いた。
「はい。これからが実行段階です」
数字を確認する。
契約を見直す。
必要なものは残す。
使われていない資産は、正当な手続きで整理する。
その一つひとつを積み重ねることで、ヒロ室の財務を強くしていく。
それが、越前の鉄壁・福永理沙の答えだった。
最後は、いつものミーティングスペース。
美月はキノコ型のお菓子を食べていた。
真央はタケノコ型。
あかりは両方。
棚の端には、例の「あたりM田のクラッカー」もある。
そこへ、理沙がやってきた。
美月は、すぐに声をかけた。
「理沙さん! 三千万円、何とかなりそうなんやろ?」
理沙は微笑んだ。
「はい。皆さんのおかげで、目途が立ちました」
美月の顔が、ぱっと明るくなった。
「よかったわ!」
そして、キノコ型のお菓子を一つ差し出した。
「ほな、これ食べて元気出してや!」
理沙は、少し驚いてから、柔らかく笑った。
「ありがとうございます」
その瞬間。
けちのんが、背後から現れた。
「ちょっと待ってください!」
美月が振り向く。
「……何やねん!」
けちのんは、お菓子の箱を指さした。
「そのお菓子、一箱に何個入ってるか確認しました?」
美月。
「……また始まった!」
けちのんは、真顔だった。
「いや、一個当たりの単価だけは把握しときたいんですわ!」
理沙も、つい頷いてしまう。
「……確かに、価格比較は重要ですね」
その時。
廊下から、遥室長の叫び声が響いた。
「二人とも、もう普通にお菓子を食べるのらあああ!」
ヒロ室解散騒動は、ようやく幕を閉じた。
三千万円の損失は、すぐに消えるわけではない。
しかし、遥室長は組織を守り、美月は全国のヒロインたちの不安を鎮め、理沙たちは財務改善への道筋をつけた。
河内のスピーカーは、ようやく正しい方向へ使われた。
そして、越前の鉄壁は、敗北をきっかけに、さらに強くなったのである。




