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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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1222/1262

三千万円消えた!?――越前の鉄壁とけちのん、クラッカー一枚から始まるヒロ室倒産騒動

ヒロ室の金庫番、福永理沙は、福井県福井市出身である。


彼女の信条は、質実剛健、堅実第一。買い物をすればレシートを確認し、出張すれば領収書を整理し、銀行の手数料が一円でも違えば、その理由を確かめる。もっとも、本人はそれを福井県民の代表的な生き方だなどと主張しているわけではない。ただ、理沙自身が恐ろしく真面目なのである。


しかも、かつては「ノルマ証券」の異名を持つN村証券で鍛えられた女だった。


目標未達で終われば、その理由を分析する。改善策を作る。翌日から実行する。そして結果を数字で確認する。


そんな理沙が、初めて大きな敗北を味わった。


ワシントンD.C.で破壊された高田美雪のイリュージョン装置。損害額は一億五千万円。保険会社の特殊損害査定部長・鷲尾冴子との交渉によって、一億二千万円の保険金支払いは確保したものの、海外任務特約の不備によって三千万円が補償されなかったのである。


もちろん、理沙一人の責任ではない。


契約の確認体制が十分でなかったのは組織全体の問題であり、任務そのものは成功している。芹沢遥室長も波田巌蔵顧問も、理沙を責めなかった。


それどころか、普段は経費に関して鬼のように厳しい谷口佳乃、通称「けちのん」でさえ、こう言った。


「理沙さん、今回ばっかりはしゃあないですわ。契約に不備があったんですから、全額出ぇへんのも仕方おまへん」


理沙は顔を上げた。


「……佳乃さんが、仕方ないと?」


「はい」


「三千万円ですよ?」


「分かってます」


「本当に?」


「分かってる言うてますやろ!」


けちのんが珍しく声を荒らげた。


だが、理沙は納得できなかった。


三千万円。


皆様の血税によっても支えられている戦隊ヒロインプロジェクトに、三千万円もの負担を残してしまった。


理沙はデスクに座り、電卓を叩いた。


「……三千万円」


もう一度叩く。


「……三千万円」


隣の琴音が覗き込む。


「理沙さん、何を計算してるでえ?」


「三千万円で開催できた地域イベントの回数です」


「……うん」


「ヒロインの遠征費に換算すると、何人を派遣できたでしょうか」


「……うん」


「装備品の更新にも使えました」


琴音は、理沙の電卓をそっと伏せた。


「もう、数字から離れた方がいいじゃん」


理沙は頷いた。


「そうですね」


そして、ノートパソコンを開いた。


表計算ソフトが起動した。


「電卓をやめただけじゃん!」


翌朝、理沙は遥室長へ一枚の企画書を提出した。


表題は、


『三千万円損失補填に向けた本部経費削減計画』。


遥室長は、少し安心した。


「ようやく前向きになってくれたのら」


けちのんも、理沙の横で力強く頷いた。


「うちも全面協力しますわ。無駄は一円たりとも見逃しまへんで!」


二人は固く握手した。


越前の鉄壁と、財務省のスパイ。


ヒロ室最強の緊縮財政コンビ、誕生である。


遥室長は、この時点ではまだ、二人の行動力を甘く見ていた。


最初の改革は、会議資料の電子化だった。


印刷を減らし、必要な部数だけを用意する。


これは、まともだった。


隼人補佐官も賛成した。


「合理的ですね。ぜひ進めましょう」


次に、コピー用紙の裏面をメモ用紙として再利用する。


これも、まあ分かる。


ところが、けちのんは勢いづいた。


『付箋紙の使用は事前申請制とする』


『ボールペンはインクを最後まで使い切ること』


『クリップは共用備品とし、貸出簿へ記入すること』


『輪ゴムは切れるまで再利用すること』


琴音は、最後の一項を見て首をかしげた。


「輪ゴムって、切れたら再利用できないじゃん」


けちのんは即答した。


「せやから、切れるまで使うんですわ!」


「当たり前のことを規則にしただけじゃん!」


隼人補佐官も、クリップ貸出簿を見て困惑していた。


「クリップ一つ借りるために、日付、氏名、用途、返却予定日まで書くんですか?」


理沙は真剣だった。


「紛失を防止するためです」


「これを記入する人件費は?」


二人の動きが止まった。


琴音が試算する。


「……クリップ一個より、記入する時間の方が高くつくと思うじゃん」


理沙は少し考えた。


けちのんも考えた。


そして二人は、貸出簿の記入項目を四つから三つに減らした。


「そこじゃないのら!」


遥室長の声が執務室に響いた。


しかし、緊縮財政は止まらない。


誰もいない部屋の照明を消す。


空調設定を適切に管理する。


必要のない備品を購入しない。


そこまではよかった。


問題は、二人が一円、二円の削減にまで情熱を注ぎ始めたことである。


けちのんが廊下の照明を確認する。


理沙が電気料金の単価を調べる。


二人で計算する。


結果。


節約額、推定二円。


理沙は小さく頷いた。


「……成果が出ました」


けちのんは満足そうだった。


「二円でも、積み重ねですわ!」


そこへ波田顧問が通りかかった。


「おい。二人で何やってんだ?」


「電気代の削減です」


「いくら浮いた?」


「二円です」


「……何分かけた?」


「三十分ほどです」


波田顧問は、天井を仰いだ。


「お前らの給料、三十分で二円なのかよ!」


二人は、答えなかった。


次なる標的は、まさにゃんが丹精込めて世話をしている胡蝶蘭だった。


ある朝。


まさにゃんが葉を柔らかな布で磨いていると、けちのんが背後から現れた。


「葛城室長代理。その布、新品ちゃいますの?」


まさにゃんは振り向いた。


「いやあ、葉っぱに傷がついたら困りますさかい」


「前の布、まだ使えますやろ!」


「だいぶ汚れてますねん」


理沙が加わった。


「洗濯すれば再利用できませんか?」


まさにゃんは、胡蝶蘭の鉢を抱きしめた。


「……この子にまで緊縮財政が来ましたんか?」


けちのんは、びしっと指さした。


「胡蝶蘭もヒロ室の資産です!」


「胡蝶蘭を減価償却するような目ぇで見んといてくださいや!」


理沙が静かに尋ねる。


「ちなみに、年間の肥料代は?」


「……ひえっ!」


胡蝶蘭を抱えた室長代理は、そのまま会議室へ逃げ込んだ。


琴音は、廊下でその姿を見送った。


「……いよいよ胡蝶蘭も避難する時代になったじゃん」


そして、緊縮財政の魔手は、ついにヒロインたちへ伸びた。


新橋のヒロ室本部には、ヒロインたちが自由に利用できるミーティングスペースがある。


ここには以前から、様々なお菓子が置かれていた。


細いビスケットの軸に、チョコレートの傘をかぶせたキノコ型のお菓子。


香ばしいクッキーの土台にチョコレートを載せた、タケノコ型のお菓子。


何層にも重なったパイ生地の中にチョコレートが入った、一口サイズのお菓子。


そして、愛らしいコアラの絵柄が描かれたチョコレート入りビスケット。


この中でも、キノコ型とタケノコ型のお菓子は、ヒロインたちの間で特別な地位を占めていた。


かつて、この二種類を巡って「きのこ・たけのこ戦争」が勃発したことがある。


美月はキノコ派だった。


「軸があって、チョコが上に乗っとるからええねん! 食感にメリハリがあるやろ!」


真央はタケノコ派。


「クッキーの香ばしさとチョコの一体感がええがね!」


あかりは、どちらを選ぶべきか悩んだ。


「どっちもうまいに。両方置いといたらええやん?」


その発言によって、両陣営から「日和見主義者」と批判された。


ひかりは、場を収めようとした。


「みんな、それぞれ好きなお菓子を食べればいいら?」


ところが、普段は温厚な館山みのりまで、なぜか議論に加わった。


「私は、素材ごとの食感が独立しているキノコ型にも、完成された調和を持つタケノコ型にも、それぞれの価値があると思います」


美月。


「みのりちゃん、論文みたいに言うても決着つかへんで!」


最終的には、遥室長が双方の購入を継続することで仲裁した。


「お菓子でヒロ室を分裂させないのら!」


あの戦争以来、ミーティングスペースのお菓子棚には、キノコ型とタケノコ型を必ず両方置くことが暗黙の了解となっていた。


ところが、ある日。


美月が、いつもの棚を開けた。


「……ん?」


キノコがない。


タケノコもない。


パイもない。


コアラもいない。


その代わり、銀色の袋に入ったクラッカーが、整然と並んでいた。


美月は一袋を手に取った。


『あたりM田のクラッカー』。


大阪の老舗菓子メーカーが作る、昭和の雰囲気を色濃く残した素朴なクラッカーである。元になった商品は、1960年代の人気時代劇コメディで、主人公を演じた俳優が商品を掲げる決め台詞によって全国的に知られた。

ライブドアニュース

+1


ただし、ヒロインたちは、その番組を誰一人として知らなかった。


ヒロ室フロントも、ほとんど知らない。


知っていたのは、波田顧問くらいだった。


波田顧問は、クラッカーを見た途端、懐かしそうに笑った。


「おおっ! これか! 昔、テレビで――」


美月が遮った。


「顧問、昔話はええから、チョコどこ行ったん?」


波田。


「最後まで言わせろよ!」


このクラッカーは、決して悪い商品ではない。


軽い塩味。


素朴な香ばしさ。


飾り気のない食感。


小腹が空いた時には、実にありがたい。


しかし、チョコレート菓子を楽しみに棚を開けた美月には、あまりにも地味だった。


一枚食べる。


ぽりっ。


もう一枚。


ぽりっ。


美月は、しばらく考えた。


「……うん。普通やな」


けちのんが現れた。


「何ですの?」


「いや、不味いわけちゃうねん。でも、味が地味というか……華がないというか……」


けちのんは、毅然として答えた。


「お菓子の品目を統一したんですわ」


「統一しすぎやろ!」


「まとめ買いで経費を削減できますさかい」


「キノコは?」


「クラッカーです」


「タケノコは?」


「クラッカーです」


「パイは?」


「クラッカーです」


「コアラは?」


「クラッカーです」


美月は、棚を指さした。


「全部クラッカーやないか!」


しかも、このクラッカーは何の罪も犯していない。


安価で、保存しやすく、食べやすい。


ただ、ある日突然、ヒロ室のお菓子界で独裁政権を樹立させられてしまっただけである。


美月は、納得できなかった。


「あのなあ、けちのん。お菓子くらい、選ぶ楽しみがあってもええやろ!」


けちのんは、得意の決め台詞を繰り出した。


「美月さん。戦隊ヒロインプロジェクトは、国民の皆さんの血税で運営さしてもろてるんですわ!」


美月は顔をしかめた。


「……そればっかりや!」


普段なら、ここで話は終わる。


しかし、今回は違った。


美月は、棚に並ぶ大量のクラッカーを見た。


そして、急に声をひそめた。


「……怪しいな」


けちのんが振り向く。


「何がですの?」


「今まで普通にあったお菓子が、全部なくなった」


「経費削減です」


「ほんまか?」


「ほんまです!」


美月は、じっとけちのんを見つめた。


「……もしかして、浮いた経費を不正蓄財しとるんちゃうやろな?」


その瞬間。


けちのんの顔色が変わった。


「誰が不正蓄財ですの!」


「いや、だって――」


「こっちは三千万円の損失を少しでも埋めよう思うて、必死で節約しとるんですわ!」


沈黙。


美月が止まった。


けちのんも止まった。


美月。


「……三千万円?」


けちのん。


「…………」


美月が一歩近づく。


「何や、その三千万円って?」


けちのんは、ゆっくり口を閉じた。


遅かった。


ワシントンD.C.での海外任務。


美雪のイリュージョン装置。


海外特約の不備。


保険金の不足。


三千万円の未補填損失。


それらの詳しい事情を知っていたのは、ヒロ室フロントだけだった。


ヒロインたちには、まだ説明されていなかったのである。


正式な財務処理の方針が決まる前に、不正確な情報が広まることを避けたかったからだ。


ところが、けちのんは口を滑らせてしまった。


美月は、少しだけ考えた。


そして叫んだ。


「そら、えらいこっちゃ!」


けちのんが慌てる。


「美月さん! 待ってください! 事情がありまして――」


「分かった! ウチ、もうクラッカーに文句言わへん!」


「いや、そういうことやなくて――」


「みんなにも伝えとくわ!」


「待ってえええ!」


遅かった。


河内のスピーカー、作動。


美月は、ヒロ室東海(仮称)のグループチャットへ書き込んだ。


《大変や! ヒロ室、三千万円の損失が出たらしい!》


真央。


《ええっ!?》


あかり。


《そら大変やに!》


ひかり。


《何があったんだろうねぇ?》


美月。


《詳しいことは分からへん! でも、お菓子が全部クラッカーになった!》


この時点では、まだ正しい情報が二つあった。


三千万円の未補填損失が生じたこと。


お菓子がクラッカーに統一されたこと。


ただし、両者を結びつける説明は不十分だった。


それを、真央が別のヒロインへ伝える。


「ヒロ室、三千万円も損失が出て、お菓子まで節約しとるらしいがね」


そのヒロインが、さらに別の支部へ伝える。


「本部、財務が厳しいらしいよ。お菓子も買えなくなったんだって」


さらに別のヒロイン。


「三千万円の赤字で、資金繰りが悪いの?」


さらに別のヒロイン。


「本部、もう予算が足りないらしい」


そして、誰かが言った。


「……それ、解散するんじゃない?」


ここから先は、誰にも止められなかった。


今回の噂の広がり方は、1973年に実際に起きた豊川信用金庫の取り付け騒ぎを下敷きにする。女子高校生の何気ない会話から生まれた噂が、人から人へ伝わる過程で金融機関の経営不安説へ変わり、現実の取り付け騒ぎにまで発展した事件である。

Yen Today

+1


美月の発言は、まず三千万円の損失を伝えるものだった。


次に、経費削減が始まっているという話になる。


それが、お菓子を買えないほど財政が悪化しているという話になった。


さらに、予算が尽きたという話になる。


最後には、ヒロ室が債務超過で解散するという、まったく根拠のない噂へ変わっていた。


その間、美月は何をしていたか。


クラッカーを食べていた。


「……ぽりぽり」


三千万円の損失を知った以上、文句は言わない。


むしろ、節約に協力するつもりだった。


ただし、自分が全国規模の騒動の発端になっているとは、まだ知らなかった。


翌朝。


全国の戦隊ヒロインたちの間で、奇妙な行動が始まった。


交通費を節約するため、遠方のイベントへ普通列車だけで向かおうとする者。


備品を自費で購入しようとする者。


活動衣装のクリーニング代を節約しようとする者。


宿泊費がもったいないからと、前夜から夜行移動を検討する者。


さらに、あるヒロインは徒歩で隣県まで移動すると言い出した。


遥室長は報告を聞き、頭を抱えた。


「危ないから、やめるのら!」


琴音も困惑していた。


「みんな、何で急にここまで節約し始めたでえ?」


しかし、最も深刻に受け止めたのは、藤原詩織だった。


真面目で感受性が強い彼女は、全国のヒロインたちが交わしている噂を見て、すっかり信じ込んでしまったのである。


『ヒロ室、三千万円の赤字』


『資金難で債務超過』


『解散が決まったらしい』


詩織は、その夜、ほとんど眠れなかった。


そして翌朝。


ヒロ室の執務室に、一人の女性が現れた。


藤原詩織だった。


目が赤い。


明らかに泣いている。


遥室長が驚く。


「詩織ちゃん!? どうしたのら?」


詩織は、深々と頭を下げた。


「……室長」


「何なのら?」


詩織は、震える声で言った。


「戦隊ヒロインプロジェクトが無くなってしまうのが、残念でなりません……」


遥室長。


「……え?」


「これまで、皆様には本当にお世話になりました」


琴音。


「……ちょっと待つじゃん」


詩織の目から、涙がこぼれた。


「皆様、本当にありがとうございました……!」


遥室長は、完全に固まった。


そして、ようやく声を絞り出した。


「誰が解散するって言ったのら!?」


詩織は泣きながら答えた。


「だって……三千万円の赤字で……もう、お菓子も買えないって……」


琴音。


「お菓子から組織の解散まで、話が飛びすぎじゃん!」


遥室長は、詩織を椅子へ座らせた。


そして、事情を説明した。


保険金は八割確保できていること。


三千万円の未補填損失はあるが、ただちに組織全体の経営危機を意味するものではないこと。


解散する予定もないこと。


そして、理沙が一人で責任を負う問題ではないこと。


詩織は、目を丸くした。


「……解散、しないんですか?」


「しないのら!」


詩織は、今度は安心して泣き始めた。


「……よかったです……!」


遥室長は、少し困った顔で笑った。


「……もう、どっちにしても泣くのら」


しかし、その頃には噂はヒロ室の外へも広がっていた。


架空の夕刊紙「東都スポーツ」。


宇宙人発見、謎の巨大生物、超常現象といった刺激的な見出しで読者の目を引くことで知られる新聞である。競馬欄と大人向けの娯楽欄が妙に充実しており、読者からは冗談半分に「日付以外は誤報」とまで呼ばれていた。


編集部に、ヒロ室資金難という情報が届く。


編集者は、机を叩いた。


「一面だ!」


翌日の紙面は、こうなった。


東都スポーツ 夕刊


戦隊ヒロインプロジェクト

資金難で解散


か


三千万円の損失が判明! ヒロ室本部に緊縮財政の嵐


消息筋によれば、ヒロ室の財務状況は深刻であり、組織再編や事業縮小を検討しているとの見方が浮上している。


本部では、従来の高級菓子が撤去され、クラッカーへの全面切り替えが実施されたという。


匿名の関係者は「本部の雰囲気は以前と違う」と証言したとされる。


もちろん、その「消息筋」なる人物が誰なのかは分からない。


「匿名の関係者」も、実在するかどうか怪しかった。


記事にある組織再編や事業縮小の話は、まったくの憶測である。


遥室長は、新聞を見つめた。


「……この『か』、小さすぎるのら!」


琴音も頷いた。


「しかも、クラッカーが財務危機の証拠になってるじゃん!」


波田顧問が豪快に笑った。


「ハッハッハ! 一面取っちまったな!」


遥室長。


「笑い事じゃないのら!」


SNSでも、騒ぎはさらに拡大した。


《ヒロ室、解散って本当?》


《三千万円の損失らしい》


《本部のお菓子が全部クラッカーになったとか》


《それは深刻だ》


《クラッカーに罪はない》


《誰かチョコレートを送ってあげて》


そして、ついに土屋凜花の動画配信「RINKA MODE」にも、質問が殺到した。


「凜花さん、ヒロ室って解散するんですか?」


凜花は、少し困った顔をした。


「私たちは何も聞かされていないんですけど……資金難であるのは事実だと思いますよ」


もちろん、凜花に悪意はない。


本部で経費削減が進んでいることは知っていた。


お菓子がクラッカーに統一されたことも知っていた。


しかし、三千万円の損失の理由も、組織全体の財務状況も、正式には説明されていなかったのである。


コメント欄は、一気に騒然となった。


《陛下まで認めた》


《らぶりんか王国も緊縮財政?》


《女王陛下の活動は大丈夫?》


《みつき帝国との共同支援を》


《国民は何をすればいいのですか?》


凜花は、慌てて言い添えた。


「詳しいことは分からないので、皆さん、変な噂は広めないでくださいね♡」


しかし、時すでに遅し。


最初の発言だけが切り抜かれた。


《凜花、資金難を認める》


《内部関係者が証言》


《解散説が現実味》


凜花は、配信終了後に頭を抱えた。


「……あれ? 私、そんなこと言ってないですよね?」


美月が、隣でクラッカーを食べていた。


「……ぽりぽり」


凜花は、美月を見た。


「美月さん、何か聞いてます?」


「三千万円の損失が出たらしいで」


「……それ、どこから聞いたんですか?」


「けちのんや」


凜花は、ゆっくり目を閉じた。


「……なるほど」


美月は、まだクラッカーを食べていた。


「……ぽりぽり」


その数日後。


ヒロ室に、一通の現金書留が届いた。


差出人は、ある幼稚園児の保護者。


封筒の中には、数千円の現金と、小さな手紙が入っていた。


子どもの字で、丁寧に書かれている。


『せんたいヒロインのみなさんへ。


かいさんしないでください。


ぼくのおとしだまをあげます。


これからもがんばってください。』


遥室長は、手紙を読んだ。


一度。


もう一度。


そして、目が潤んだ。


「……こんな小さな子まで、私たちを応援してくれてるのら……」


琴音も、静かに頷いた。


「ありがたいねえ……」


理沙は、封筒を見つめていた。


「……申し訳ありません。こんなことにまで……」


けちのんも、珍しく何も言えなかった。


遥室長は、しばらく手紙を胸に抱いていた。


そして。


「……これは、ちょっとまずいのら」


急に、表情が変わった。


幼稚園児が自分のお年玉を送ってくる。


それほどまでに、解散の噂が広まってしまっている。


もはや、単なる内部の伝言ゲームでは済まなかった。


遥室長は、保護者へ丁寧な礼状を送り、気持ちだけをありがたく受け取り、現金は返すことにした。


「この子には、ちゃんと伝えるのら。ヒロ室は解散しないって」


琴音が頷いた。


「そうだね」


理沙は、手紙を見つめた。


小さな手。


一生懸命に書いた文字。


数千円のお年玉。


その気持ちが、胸に重く響いた。


「……この子のためにも、しっかりしなければ」


理沙は、電卓を取り出した。


琴音が慌てた。


「理沙さん! 今は電卓じゃないじゃん!」


「……すみません」


遥室長は、涙を拭いながらも、危機感を強めていた。


ただの経費削減が、全国のヒロインたちを動揺させ、夕刊紙の一面になり、幼稚園児のお年玉にまで影響したのである。


「……これは、正しい情報を出さないといけないのら」


そして、ヒロ室フロントに緊急会議が招集された。


議題は、三千万円の損失に関する正確な情報共有と、行き過ぎた経費削減の是正。


遥室長は、会議室で全員を見渡した。


「まず、はっきりさせるのら」


理沙とけちのんが、背筋を伸ばす。


遥室長は、ゆっくりと言った。


「ヒロ室は、解散しないのら!」


全員が安堵した。


そして、遥室長は続けた。


「三千万円の損失は確かに大きいのら。でも、だからといって、組織が債務超過になったわけでもないし、活動をやめるわけでもないのら!」


琴音も頷いた。


「ヒロインたちにも、ちゃんと説明するじゃん」


理沙は、深く頭を下げた。


「……申し訳ありません。私が、損失の補填にこだわりすぎました」


けちのんも頭を下げる。


「うちも、やりすぎましたわ」


遥室長は、少しだけ微笑んだ。


「二人の気持ちは、よく分かるのら。お金を大切にするのは、いいことなのら」


そして、例のクラッカーの袋を手に取った。


「でも、これしか置かないのは、やりすぎなのら!」


波田顧問が頷いた。


「そうだそうだ!」


遥室長。


「クラッカーは悪くないのら。でも、キノコもタケノコも食べたいのら!」


美月が、勢いよく手を挙げた。


「室長! ウチ、キノコ派です!」


真央。


「タケノコも戻してほしいがね!」


あかり。


「両方置いといたら、ええやんか!」


遥室長は、叫んだ。


「きのこ・たけのこ戦争を再開させないのら!」


会議室は、久しぶりの笑いに包まれた。


ただし、三千万円の問題が解決したわけではない。


理沙は、静かに一冊のファイルを机へ置いた。


『ワシントンD.C.案件――損失補填に向けた検討資料』


遥室長が、顔を上げる。


「……理沙ちゃん?」


「経費削減だけでは、三千万円は埋まりません」


「そうなのら」


「ですから、もう少し大きな視点で、正当な方法による費用回収や財務改善を考えたいと思います」


けちのんの目が輝いた。


「……理沙さん、何か考えがあるんですの?」


理沙は、少しだけ微笑んだ。


「まだ、確定したことではありません」


そして、ファイルを開いた。


そこには、海外任務の費用負担に関する契約、美雪のマネジメント会社との取り決め、機材の所有関係、今後の収益事業や協賛に関する資料が整理されていた。


理沙は、誰かに責任を押しつけるつもりはなかった。


ただ、まだ確認できることがあるのではないか。


まだ、できることがあるのではないか。


そう考えていたのである。


「……まずは、三千万円の内訳を、もう一度整理させてください」


遥室長は頷いた。


「それなら、みんなでやるのら」


その時。


美月が、クラッカーの袋を掲げた。


「室長! ヒロ室、解散せえへんのやろ!?」


「しないのら!」


「ほな、お菓子も元に戻るんやな!」


けちのんが、静かに答えた。


「……それは、別問題ですわ」


美月。


「そこは戻してくれや!」


会議室に、大きな笑いが起きた。


三千万円の問題は、まだ解決していない。


しかし、少なくともヒロ室は解散しない。


そして、越前の鉄壁・福永理沙は、ようやく電卓から顔を上げ、次の一手を考え始めた。


――次回『三千万円を取り戻せ!?――越前の鉄壁、損失補填の逆転策』へ続く。


戦隊ヒロイン小説 ヒロ室の金庫番の越前の鉄壁・福永理沙の話 『三千万円消えた!?――越前の鉄壁とけちのん、クラッカー一枚から始まるヒロ室倒産騒動』 

詳しいあらすじを人気作家になってドタバタコメディ小説書いて 章立てしないで1本にまとめて

・このあらすじでOK

・美月によって三千万円の損失という単語が独り歩きしてしまい、豊川信用金庫事件(顛末まで含めて軽く紹介して )のように尾ひれがついて広がってしまい、「ヒロ室資金難で解散」というデマが広がってしまった 美月は悪気はない(お笑い箇所)

・感受性の強い詩織が目を真っ赤にはらして律儀に挨拶に来る 遥室長が丁寧に説明するのだが詩織の理解には及ばない(お笑い箇所)


『三千万円消えた!?――越前の鉄壁とけちのん、クラッカー一枚から始まるヒロ室倒産騒動』


――節約額は二円、噂は全国規模。河内のスピーカーが鳴り響き、幼稚園児のお年玉まで届いた日。


福永理沙は、福井県福井市出身である。


華美を好まず、無駄を嫌い、必要なものには惜しまず金を使うが、必要のないものには一円たりとも払いたくない。質実剛健という言葉を、そのまま人間にしたような女性だった。


もちろん、福井県民がみんなそうだというわけではない。あくまで理沙個人の性格である。


ただし、本人は「福井の実家では、まだ使えるものを捨てるなんて考えられませんでしたから」と真顔で語るため、ヒロ室の面々は彼女の徹底した倹約精神を「越前式」と呼んでいた。


そんな理沙が、人生でも指折りの敗北を喫した。


ワシントンD.C.での任務中、高田美雪の大型イリュージョン装置が破壊されたのである。


損害額、一億五千万円。


東都総合損害保険の特殊損害査定部長・鷲尾冴子との激しい交渉の末、理沙は一億二千万円の保険金を確保した。しかし、海外任務特約の不備が響き、残る三千万円は補償されなかった。


理沙一人が悪いわけではない。任務自体は成功しており、契約確認体制の不備は組織全体で見直すべき問題だった。


芹沢遥室長も、波田巌蔵顧問も、誰一人として理沙を責めなかった。


それどころか、経理担当の谷口佳乃――通称けちのんでさえ、珍しくこう言った。


「理沙さん、今回ばっかりはしゃあないですわ。八割も保険金を確保できたんやから、よう頑張りましたやん」


理沙は驚いた。


「……佳乃さんが、仕方ないとおっしゃるんですか?」


「はい」


「三千万円ですよ?」


「分かってます」


「本当に三千万円ですよ?」


「何回確認しますの!」


けちのんは、とうとう声を荒らげた。


しかし、理沙の頭から三千万円という数字は消えなかった。


公的資金によっても運営されている戦隊ヒロインプロジェクト。その財務を預かる自分が、三千万円もの未補填損失を残してしまった。


三千万円。


理沙は電卓を叩く。


三千万円。


もう一度、電卓を叩く。


三千万円。


隣の小宮山琴音が、そっと声をかけた。


「理沙さん、さっきから何を計算してるでえ?」


「三千万円を地域イベントの開催費用に換算しています」


「……うん」


「次に、ヒロインの遠征費へ換算します」


「……うん」


「装備品の更新費に換算すると――」


琴音は、理沙の電卓をそっと伏せた。


「もう、数字から離れた方がいいと思うじゃん」


理沙は静かに頷いた。


「……そうですね」


そして、ノートパソコンを開いた。


表計算ソフトが起動する。


「電卓をやめただけじゃん!」


翌朝。


理沙は、遥室長の机へ一冊の分厚いファイルを置いた。


表紙には、こう書かれていた。


『三千万円損失補填に向けた本部経費削減計画』


遥室長は、少し安心した。


「理沙ちゃん、前向きになってくれたのら」


「はい。まずは、できるところから着手したいと思います」


その隣には、けちのんが立っていた。


「うちも全面協力しますわ! 無駄は一円たりとも見逃しまへんで!」


理沙が右手を差し出す。


けちのんが、その手を固く握った。


「よろしくお願いいたします」


「任しといてください!」


越前の鉄壁と、財務省のスパイ。


ヒロ室最強の緊縮財政コンビが誕生した瞬間だった。


遥室長は、このとき二人を止めなかったことを、三日後に激しく後悔することになる。


最初の改革は、会議資料の電子化だった。


印刷を減らす。


必要な部数だけ用意する。


両面印刷を徹底する。


実に合理的だった。


藤堂隼人補佐官も賛成した。


「これはいいですね。業務効率化にもなります」


琴音も頷く。


「ちゃんとした節約じゃん」


ところが、翌日。


『付箋紙の使用は原則申請制とする』


さらに翌日。


『ボールペンはインクが完全になくなるまで使用すること』


その次の日。


『クリップは共用備品とし、貸出簿への記入を義務づける』


隼人補佐官は、クリップ貸出簿を見つめた。


「……理沙さん」


「はい?」


「クリップ一個借りるのに、氏名、使用目的、貸出時刻、返却予定時刻まで書くんですか?」


「紛失防止のためです」


「一個、数円ですよね?」


「数円だからといって、軽く扱うわけにはまいりません」


けちのんも頷く。


「せやで! 国民の皆さんからお預かりした大切なお金なんですわ!」


琴音が、静かに計算した。


「……その貸出簿、記入する人件費の方がクリップより高くつくじゃん」


二人は顔を見合わせた。


しばらく考えた。


そして翌日、通達が改訂された。


『クリップ貸出簿の記入項目を四項目から三項目へ削減する』


遥室長が叫んだ。


「貸出簿そのものをやめるのら!」


だが、二人は止まらなかった。


昼休み。


けちのんが廊下の照明を確認する。


理沙が電気料金の単価を調べる。


二人で電卓を叩く。


結果。


節約額、推定二円。


理沙は、小さく頷いた。


「……成果が出ました」


けちのんは満足そうだった。


「二円でも、積み重ねですわ!」


そこへ、波田顧問が通りかかった。


「おい。何やってんだ?」


「電気代の削減です」


「いくら浮いた?」


「二円です」


「何分かけた?」


「三十分ほどです」


波田は、天井を仰いだ。


「お前ら、二人そろって三十分働いて二円かよ!」


理沙は真顔で答えた。


「この姿勢を組織へ浸透させることが大切なんです」


「だったら仕事しろよ!」


次に狙われたのは、葛城正男室長代理――まさにゃんが丹精込めて世話をしている胡蝶蘭だった。


まさにゃんは、その日も柔らかな布で葉を磨いていた。


「いやあ、今日もええ艶ですなあ。葉っぱが喜んどりますわ」


背後に、けちのんが立つ。


「葛城室長代理。その布、新品ちゃいますの?」


まさにゃんは振り向いた。


「いや、これくらい柔らかい布やないと、葉っぱに傷がつきますさかい」


「前の布、まだ使えますやろ!」


「だいぶ汚れてますねん」


そこへ、理沙が現れた。


「洗濯して再利用できませんか?」


まさにゃんは、胡蝶蘭の鉢を抱きしめた。


「……この子にまで緊縮財政が来ましたんか?」


けちのんは、毅然としていた。


「胡蝶蘭もヒロ室の資産です!」


「胡蝶蘭を経費削減の対象にせんといてくださいや!」


理沙が手帳を開く。


「ちなみに、年間の肥料代は?」


「……ひえっ!」


「植え替え費用も教えていただけますか?」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


まさにゃんは鉢を抱え、そのまま執務室の奥へ逃げ込んだ。


遥室長は、その後ろ姿を見送りながら呟いた。


「……胡蝶蘭まで疎開する時代になったのら」


そして。


とうとう、緊縮財政の魔手はヒロインたちへ伸びた。


新橋のヒロ室本部には、ヒロインたちが自由に利用できるミーティングスペースがある。


ここには、以前から様々なお菓子が置かれていた。


細いビスケットの軸にチョコレートの傘をかぶせた、キノコ型のお菓子。


香ばしいクッキーにチョコレートを載せた、タケノコ型のお菓子。


何層にも重なったパイ生地の中にチョコレートが入った、一口サイズのお菓子。


愛らしいコアラの絵柄が描かれた、チョコレート入りビスケット。


これらは、ヒロインたちの活動を支える重要な存在だった。


特にキノコ型とタケノコ型のお菓子については、かつて「きのこ・たけのこ戦争」が勃発したほどである。


美月はキノコ派だった。


「チョコとビスケットが分かれとるから、食感がええねん!」


真央はタケノコ派。


「クッキーとチョコが一体になっとるから、うまいんだがね!」


あかりは、両方食べながら言った。


「どっちもうまいやに。両方置いといたらええんとちゃう?」


その発言によって、両陣営から「日和見主義者」と呼ばれた。


あかりは憤慨した。


「何でやに! お菓子くらい自由に食べさせてくれやんか!」


温厚な杉山ひかりが仲裁に入った。


「みんな、好きな方を食べればいいら?」


すると、館山みのりが真剣な顔で発言した。


「私は、キノコ型は素材ごとの食感を独立させた構造美、タケノコ型はチョコレートとクッキーの調和を重視した完成美があると思います」


美月。


「みのりちゃん! お菓子の話を学術論文みたいにすな!」


結局、遥室長の裁定によって、両方のお菓子を常備することになった。


「お菓子でヒロ室を分裂させないのら!」


あの和平協定から、まだそれほど時間はたっていなかった。


ある日。


美月がミーティングスペースへ入った。


「さて、今日はキノコでも食べよか!」


棚を開ける。


止まる。


もう一度、棚を見る。


「……ん?」


キノコがない。


タケノコもない。


パイもない。


コアラもいない。


代わりに置かれていたのは、銀色の袋に入ったクラッカーだった。


一袋。


二袋。


三袋。


棚の上から下まで、全部クラッカー。


袋には、こう書かれていた。


『あたりM田のクラッカー』。


大阪の老舗菓子メーカーの定番商品をモデルにした、昭和の香り漂うクラッカーである。


かつて人気時代劇コメディで、飄々とした二枚目俳優がこの商品名をもじった決め台詞を口にし、一世を風靡した。


もっとも、ヒロインたちは誰一人として、その番組を知らなかった。


ヒロ室フロントでも、知っているのは波田顧問くらいである。


波田はクラッカーを見た瞬間、懐かしそうに笑った。


「おおっ! こいつは昔、テレビでな――」


美月。


「顧問、昔話はええから、チョコどこ行ったん?」


「最後まで言わせろよ!」


美月は、一枚食べてみた。


ぽりっ。


薄い塩味。


素朴な香ばしさ。


飾り気のない食感。


決して不味くはない。


ただ、チョコレート菓子を楽しみに棚を開けた人間には、あまりにも地味だった。


「……うん。普通やな」


二枚目。


ぽりっ。


「……やっぱり普通やな」


三枚目。


ぽりっ。


「……何やろ。文句言うほど不味ないけど、テンション上がらへん」


そこへ、けちのんが現れた。


「美月さん。どうかしましたん?」


美月は棚を指さした。


「どうかしたも何も、これ何やねん!」


「お菓子の購入品目を統一しましたねん」


「統一しすぎやろ!」


「一括購入の方が、管理もしやすいんですわ」


「キノコは?」


「クラッカーです」


「タケノコは?」


「クラッカーです」


「パイは?」


「クラッカーです」


「コアラは?」


「クラッカーです」


美月は両手を広げた。


「全部クラッカーやないか!」


ちなみに、クラッカーには何の罪もない。


安価で、保存しやすく、小腹が空いた時には便利。


ただ、ある日突然、ヒロ室のお菓子界で一党独裁体制を敷かされてしまっただけなのである。


美月は、納得できなかった。


「けちのん。お菓子くらい、選ぶ楽しみがあってもええやろ!」


けちのんは、得意の決め台詞を繰り出した。


「美月さん。戦隊ヒロインプロジェクトは、国民の皆さんの血税で運営さしてもろてるんですわ!」


美月は顔をしかめた。


「……そればっかりや!」


普段なら、ここで終わる。


しかし、今回は違った。


美月は、棚に並ぶ大量のクラッカーを見た。


「……怪しいな」


けちのん。


「何がですの?」


「今まで普通にあったお菓子が、突然全部なくなった」


「経費削減です」


「ほんまか?」


「ほんまです!」


美月は、顔を近づけた。


「……もしかして、浮いたお菓子代を、けちのんが不正蓄財しとるんちゃうやろな?」


その瞬間。


けちのんの顔が真っ赤になった。


「誰が不正蓄財ですの!」


「いや、だって――」


「こっちは三千万円の損失を少しでも埋めよう思うて、必死で節約しとるんですわ!」


沈黙。


美月が止まった。


けちのんも止まった。


美月。


「……三千万円?」


けちのん。


「…………」


「何や、その三千万円って?」


けちのんは、ゆっくり口を閉じた。


遅かった。


ワシントンD.C.での任務に伴う装置破損。


保険金の不足。


三千万円の未補填損失。


詳しい事情を知っていたのは、ヒロ室フロントだけだった。


ヒロインたちには、正式な財務処理の方針が決まるまで、不正確な情報を伝えないことにしていたのである。


ところが、けちのんは、つい口を滑らせてしまった。


美月は、しばらく考えた。


そして叫んだ。


「そら、えらいこっちゃ!」


けちのんが慌てる。


「美月さん! 待ってください! 事情が――」


「分かった! ウチ、もうクラッカーに文句言わへん!」


「いや、そういう話やなくて――」


「三千万円も大変なんやろ! みんなにも節約するよう言うとくわ!」


「待ってえええ!」


遅かった。


河内のスピーカー、作動。


美月はスマートフォンを取り出した。


最初の発信先は、ヒロ室東海(仮称)のグループチャットだった。


《大変や! ヒロ室、三千万円の損失が出たらしい!》


真央。


《ええっ!?》


あかり。


《そら大変やに!》


ひかり。


《何があったんだろうねぇ?》


美月。


《詳しいことは分からへん! でも、お菓子が全部M田のクラッカーになった!》


この時点で、美月は嘘をついていなかった。


三千万円の未補填損失が出た。


お菓子がクラッカーに統一された。


どちらも事実である。


ただし、理由も、組織全体の財務状況も、本人は知らなかった。


そして、美月には悪気がなかった。


むしろ、みんなで節約に協力しなければと考えていた。


「……よし。これでみんなも協力してくれるやろ」


美月は満足そうにクラッカーを食べた。


ぽりっ。


その頃。


真央が別のヒロインへ伝えていた。


「ヒロ室、三千万円も損失が出て、お菓子まで節約しとるらしいがね」


そのヒロインが別の支部へ伝える。


「本部、財務が厳しいみたい。お菓子も買えなくなったんだって」


さらに別のヒロイン。


「三千万円の赤字で、予算が足りないの?」


そのまた別のヒロイン。


「本部、資金繰りが悪くなってるらしいよ」


そして。


「……それって、解散するんじゃない?」


もはや、最初の話とは別物だった。


三千万円の未補填損失が出たことと、組織が債務超過に陥ることは、まったく別の問題である。


しかし、噂は、正確さよりも不安を運んでいった。


ここで、後のヒロ室緊急会議における琴音の説明が入る。


「これは、豊川信用金庫事件とよう似た広まり方じゃんね」


豊川信用金庫事件は、1973年12月に愛知県で実際に起きた取り付け騒ぎである。信用金庫への就職が決まった女子高校生に、友人が「信用金庫は危ない」と冗談を言ったのが発端だった。その「危ない」は強盗などの危険を指す趣旨だったが、人から人へ伝わるうちに経営不安の噂へ変化し、預金者が引き出しに殺到。信用金庫側は現金を確保して払い戻しに応じ、関係機関も経営に問題がないことを説明した。警察の調査で発端と伝播経路が解明され、悪意ある仕掛けではないことが分かり、騒動は沈静化。豊川信用金庫は倒産しなかった。


今回のヒロ室も、似た構図だった。


「三千万円の損失が出たらしい」


「経費削減が始まった」


「お菓子も買えない」


「予算が尽きた」


「資金繰りが悪化した」


「債務超過らしい」


「解散するらしい」


噂は、わずかな時間でそこまで成長してしまった。


ただし、発端となった美月は何をしていたか。


クラッカーを食べていた。


ぽりっ。


「……これ、食べ慣れたら意外といけるな」


実に平和だった。


翌朝。


全国の戦隊ヒロインたちの間で、奇妙な行動が始まった。


「今月の遠征、交通費を節約しよう」


「会議はオンラインにしよう」


「衣装のクリーニング、できるところは自分たちでやろう」


「差し入れは自腹にしよう」


気持ちは立派だった。


しかし、次第に方向がおかしくなった。


あるヒロインは、新幹線代を節約するため、普通列車だけで長距離移動しようとした。


別のヒロインは、宿泊費がもったいないと言って、夜通し移動する計画を立てた。


さらに別のヒロインは、交通費を削るため、隣県まで徒歩で行くと言い出した。


遥室長は報告を受け、頭を抱えた。


「危ないから、そんなことしなくていいのら!」


琴音も困惑した。


「何でみんな、ここまで節約し始めたでえ?」


そこへ隼人補佐官が、全国のヒロインたちのチャットを見せた。


『ヒロ室、債務超過で解散するらしい』


遥室長は、しばらく画面を見つめた。


「…………」


そして叫んだ。


「誰が解散するって言ったのら!?」


その頃。


この噂を、誰よりも深刻に受け止めたヒロインがいた。


藤原詩織である。


真面目で、感受性が強く、他人の苦労を自分のことのように受け止める彼女は、全国のヒロインたちのチャットに流れてきた言葉を、完全に信じ込んでしまった。


『ヒロ室、三千万円の赤字』


『資金難で債務超過』


『解散が決まったらしい』


『お菓子も買えなくなった』


詩織は、その夜、ほとんど眠れなかった。


自分が戦隊ヒロインとして活動できたこと。


仲間と出会えたこと。


修善寺温泉で、みんなと笑い合ったこと。


天城越えのバスツアーで、参加者の前で歌ったこと。


そのすべてが、終わってしまうというのか。


翌朝。


新橋のヒロ室本部。


遥室長が執務室へ入ると、入り口に一人の女性が立っていた。


藤原詩織だった。


目が真っ赤だった。


泣きはらしている。


遥室長は驚いた。


「詩織ちゃん!? どうしたのら?」


詩織は深々と頭を下げた。


「……室長」


「何なのら?」


「戦隊ヒロインプロジェクトが無くなってしまうのが、残念でなりません……」


遥室長。


「……え?」


詩織の声が震える。


「これまで、本当にお世話になりました」


琴音が顔を上げた。


「……ちょっと待つじゃん」


詩織は、涙をこぼしながら続けた。


「皆様、本当にありがとうございました……!」


遥室長は、完全に固まった。


そして、ようやく言った。


「……詩織ちゃん。ヒロ室は、解散しないのら」


詩織が顔を上げた。


「……え?」


「解散しないのら。誰も、そんなこと決めてないのら」


「……でも、三千万円の赤字が……」


遥室長は、詩織を椅子へ座らせ、丁寧に説明を始めた。


「まず、三千万円の未補填損失があるのは事実なのら。でも、それだけでヒロ室が債務超過になったわけじゃないのら」


詩織は頷いた。


「……はい」


「活動を続けるための予算が、全部なくなったわけでもないのら」


「……はい」


「解散を決めた事実もないのら」


「……はい」


遥室長は、ほっとした。


「分かってくれたのら?」


詩織は、少し考えた。


そして、震える声で尋ねた。


「……では、解散は、いつになるんですか?」


遥室長。


「しないのら!」


琴音が、慌てて補足した。


「詩織さん。解散する日程が決まっとらん、って意味じゃなくて、解散そのものを予定しとらんじゃん!」


詩織は、目を丸くした。


「……そうなんですか?」


「そうなのら!」


「でも、お菓子も買えないって……」


遥室長。


「買えるのら!」


「クラッカーしか置けないって……」


「置こうと思えばキノコもタケノコも置けるのら!」


詩織は、しばらく黙った。


そして。


「……解散、しないんですね……?」


遥室長。


「だから、しないのら!」


詩織の目から、再び涙がこぼれた。


「……よかったです……!」


遥室長は、ようやく安堵した。


「……分かってくれたのら」


ところが。


詩織は、もう一度、深々と頭を下げた。


「では……これからも、どうぞよろしくお願いいたします……!」


遥室長。


「今度は再入職の挨拶みたいになったのら!」


琴音は、笑いをこらえきれなかった。


その日の午後。


騒動は、ついにヒロ室の外へ飛び出した。


架空の夕刊紙「東都スポーツ」。


宇宙人発見、謎の巨大生物、超常現象など、刺激的な見出しで読者の目を引くことで知られる新聞である。


競馬欄と大人向けの娯楽欄は妙に充実している。


読者からは冗談半分に「日付以外は誤報」とまで言われていた。


その編集部に、ヒロ室資金難の情報が届いた。


「三千万円の損失?」


「はい」


「本部のお菓子が全部クラッカーになった?」


「そのようです」


「……これは大ニュースだ!」


編集者が机を叩いた。


「一面だ!」


翌日の紙面。


『戦隊ヒロインプロジェクト 資金難で解散』


その下に、極めて小さな文字。


『か』


記事は、こう続いていた。


『消息筋によれば、ヒロ室の財務状況は極めて深刻であり、組織再編や事業縮小を検討しているとの情報が浮上している。新橋の本部では従来の菓子類が撤去され、クラッカーへの全面切り替えが実施されたという。匿名の関係者は「以前とは雰囲気が違う」と証言したとされる。』


遥室長は、新聞を見つめた。


「……この『か』、小さすぎるのら!」


琴音も、記事を読んだ。


「しかも、この『消息筋』って誰でえ?」


隼人補佐官は首を横へ振った。


「分かりません。組織再編も事業縮小も、検討していません」


琴音。


「匿名の関係者って、実在するけ?」


「確認できません」


波田顧問だけが笑っていた。


「ハッハッハ! 一面取っちまったな!」


遥室長。


「笑い事じゃないのら!」


しかも、SNSでは記事の見出しだけが拡散していた。


《ヒロ室解散って本当?》


《三千万円の損失らしい》


《本部のお菓子が全部クラッカーになったとか》


《それは深刻だ》


《クラッカーに罪はない》


《誰かチョコレートを送ってあげて》


そして、土屋凜花の動画配信「RINKA MODE」にまで、質問が殺到した。


「凜花さん、ヒロ室って解散するんですか?」


凜花は困った顔をした。


「私たちは何も聞かされていないんですけど……資金難であるのは事実だと思いますよ」


もちろん、凜花に悪意はなかった。


本部で経費削減が進んでいることは知っていた。


お菓子がクラッカーに統一されたことも知っていた。


しかし、三千万円の損失の理由も、組織全体の財務状況も、正式には聞かされていなかったのである。


コメント欄が、一気に騒然となった。


《陛下まで認めた》


《らぶりんか王国も緊縮財政?》


《女王陛下の活動は大丈夫?》


《みつき帝国との共同支援を》


《国民は何をすればいいんですか?》


凜花は慌てて言い添えた。


「詳しいことは分からないので、皆さん、変な噂は広めないでくださいね♡」


しかし、最初の発言だけが切り抜かれた。


《凜花、資金難を認める》


《内部関係者が証言》


《解散説が現実味》


凜花は、配信を終えてから頭を抱えた。


「……あれ? 私、解散するなんて言ってないですよね?」


隣にいた美月が、クラッカーを食べながら答えた。


「せやな。ウチも、そんな話は聞いてへんで」


凜花が顔を上げる。


「美月さん。三千万円の話、どこから聞いたんですか?」


「けちのんや」


「……なるほど」


凜花は、ゆっくり目を閉じた。


美月は、まだクラッカーを食べていた。


ぽりっ。


「……それにしても、このクラッカー、食べ慣れてきたな」


凜花は、何とも言えない顔になった。


騒動が最高潮に達したのは、その数日後だった。


ヒロ室に、一通の現金書留が届いたのである。


差出人は、ある幼稚園児の保護者。


封筒の中には、数千円の現金と、小さな手紙が入っていた。


便箋には、色鉛筆で戦隊ヒロインたちの絵が描かれている。


その下に、子どもの字で、丁寧にこう書かれていた。


『せんたいヒロインのみなさんへ。


かいさんしないでください。


ぼくのおとしだまをあげます。


これからもがんばってください。』


遥室長は、手紙を読んだ。


一度。


もう一度。


そして、目が潤んだ。


「……こんな小さな子まで、私たちを応援してくれてるのら……」


琴音も、静かに頷いた。


「ありがたいねえ……」


理沙は、現金書留の封筒を見つめた。


「……申し訳ありません。こんなことにまで……」


けちのんも、珍しく何も言えなかった。


遥室長は、しばらく手紙を胸に抱いていた。


そして。


「……これは、ちょっとまずいのら」


急に、表情が変わった。


幼稚園児が、自分のお年玉を送ってくる。


それほどまでに、解散の噂が広がってしまっている。


もはや、単なる内部の伝言ゲームでは済まなかった。


遥室長は、保護者へ丁寧な礼状を送り、気持ちだけをありがたく受け取り、現金は返すことにした。


「この子には、ちゃんと伝えるのら。ヒロ室は解散しないって」


琴音が頷く。


「そうだね」


理沙は、手紙を見つめていた。


小さな手で、一生懸命に書いた文字。


大切なお年玉。


その気持ちが、胸に重く響いた。


「……この子のためにも、しっかりしなければ」


理沙は、電卓を取り出した。


琴音が慌てた。


「理沙さん! 今は電卓じゃないじゃん!」


「……すみません」


遥室長は、涙を拭いながらも、危機感を強めていた。


ただの経費削減が、全国のヒロインたちを動揺させ、夕刊紙の一面になり、幼稚園児のお年玉にまで影響してしまったのである。


「……これは、正しい情報を出さないといけないのら」


その夜。


ヒロ室フロントに、緊急会議の招集がかかった。


議題は、三千万円の損失に関する正確な情報共有と、行き過ぎた経費削減の是正。


遥室長は、会議室で全員を見渡した。


「まず、はっきりさせるのら」


理沙とけちのんが、背筋を伸ばす。


遥室長は、ゆっくりと言った。


「ヒロ室は、解散しないのら!」


全員が安堵した。


そして、遥室長は続けた。


「三千万円の損失は確かに大きいのら。でも、それだけで組織が債務超過になったわけでもないし、活動をやめるわけでもないのら!」


琴音も頷いた。


「ヒロインたちにも、ちゃんと説明するじゃん」


隼人補佐官は、公式な説明文をまとめた。


『ヒロ室に三千万円の未補填損失が発生したことは事実ですが、組織の債務超過や解散という情報は事実ではありません。活動は従来どおり継続いたします。』


それを全国のヒロインと関係者へ送る。


さらに、凜花もRINKA MODEで訂正した。


「皆さん、昨日は私の確認が足りないままお話ししてしまって、ごめんなさい。ヒロ室は解散しません。活動も続きますので、安心してくださいね♡」


コメント欄には、安堵の声が広がった。


《よかった!》


《陛下の活動も継続》


《らぶりんか王国、国家存続》


《みつき帝国との共同支援は中止》


美月。


「そもそも共同支援に合意してへんわ!」


こうして、噂は少しずつ収まっていった。


そして、ヒロ室フロントの緊急会議では、もう一つの問題が議題となった。


過剰な経費削減である。


遥室長は、理沙とけちのんへ向き直った。


「二人がお金を大切に考えてくれているのは、よく分かるのら」


理沙は、深く頭を下げた。


「……申し訳ありません。私が、損失補填にこだわりすぎました」


けちのんも頭を下げた。


「うちも、やりすぎましたわ」


遥室長は頷いた。


「でも、必要な経費まで削って、みんなが不安になるのは違うのら」


琴音が、クリップ貸出簿を掲げた。


「これ、管理する時間の方が高くつくじゃん!」


隼人補佐官も頷いた。


「経費削減は、実際の削減効果を確認しながら進めるべきですね」


理沙は、少し考えた。


「……おっしゃるとおりです」


けちのんも、小さく頷いた。


「……二円の節約に三十分かけたら、あきませんわな」


波田顧問が笑った。


「やっと気づいたか!」


遥室長は、最後に例のクラッカーを掲げた。


「それから、お菓子の件なのら!」


美月の目が輝いた。


「おっ!」


遥室長は、真剣な顔で言った。


「クラッカーは悪くないのら!」


全員が頷いた。


「でも、クラッカーしか選べないのは、おかしいのら!」


波田顧問が叫んだ。


「そうだそうだ!」


美月が手を挙げた。


「室長! キノコを戻してくれ!」


真央。


「タケノコも戻してほしいがね!」


あかり。


「両方置いとけばええやに!」


遥室長は叫んだ。


「きのこ・たけのこ戦争を再開させないのら!」


会議室に、久しぶりの笑いが広がった。


ただし。


三千万円の問題が、解決したわけではなかった。


理沙は、静かに一冊のファイルを机へ置いた。


『ワシントンD.C.案件――損失補填に向けた検討資料』


遥室長が、顔を上げる。


「……理沙ちゃん?」


「経費削減だけでは、三千万円は埋まりません」


「そうなのら」


「ですから、もう少し大きな視点で、正当な方法による費用回収や財務改善を考えたいと思います」


けちのんの目が輝いた。


「……理沙さん、何か考えがあるんですの?」


理沙は、少しだけ微笑んだ。


「まだ、確定したことではありません」


ファイルの中には、海外任務の費用負担に関する契約、美雪のマネジメント会社との取り決め、機材の所有関係、今後の協賛や収益事業に関する資料が整理されていた。


理沙は、誰かに責任を押しつけるつもりはなかった。


ただ、まだ確認できることがあるのではないか。


まだ、できることがあるのではないか。


そう考えていたのである。


「……まずは、三千万円の内訳を、もう一度整理させてください」


遥室長は頷いた。


「それなら、みんなでやるのら」


その時。


美月が、クラッカーの袋を掲げた。


「室長! ヒロ室、解散せえへんのやろ!?」


「しないのら!」


「ほな、お菓子も元に戻るんやな!」


けちのんが、静かに答えた。


「……それは、別問題ですわ」


美月。


「そこは戻してくれや!」


会議室に、大きな笑いが起きた。


三千万円の損失は、まだ残っている。


しかし、ヒロ室は解散しない。


理沙も、一人で抱え込むことをやめた。


そして、越前の鉄壁は、ようやく電卓から顔を上げ、次の一手を考え始めた。


ただし、翌朝。


まさにゃんが胡蝶蘭の葉を磨いていると、背後から理沙の声がした。


「葛城室長代理。その布の購入費用ですが……」


まさにゃん。


「ひええええっ!」


遥室長の声が、執務室に響いた。


「理沙ちゃん! 胡蝶蘭は、もう勘弁してあげるのら!」


ヒロ室の金庫番は、今日も健在だった。

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