女王陛下は協調性ゼロ!?――土屋凜花、ヒロ室東海で見つけた居場所と「らぶりんか王国」の繁栄
ヒロ室東海(仮称)。
これが正式名称である。
「仮称」まで含めて正式名称なのだから、初めて聞いた人が首をかしげるのも無理はない。名刺を見た取引先から「いつ正式名称になるんですか?」と尋ねられることもあるが、誰も答えを知らなかった。
もっとも、所属するヒロインたちは、そんなことを気にしていない。
組織を引っ張るのは、東大阪出身で目立ちたがり屋の赤嶺美月と、尾張弁の食レポで強烈な存在感を放つ山田真央。
「正式名称なんか、分かりやすかったらええねん!」
「仮称でも仕事ができりゃ問題ないがね!」
この二人がそう言い切ってしまうのだから、組織運営に関わる芹沢遥室長と小宮山琴音の苦労は絶えない。
そこへ、新たな実力者が加わった。
静岡県沼津市在住、土屋凜花。
かつて東京のダンスアイドルユニット「TOKYO RHYTHM DOLLS」で活躍し、現在はイベントコンパニオンとして活動する、華やかな長身美女である。
端正な顔立ちに、柔らかな笑顔。カメラを向けられれば自然に美しい角度を作り、ステージに上がれば観客の視線を集める。元アイドルとして培ったダンスとトークの実力も健在だった。
凜花の研修を担当した太田すみれコーチは、最初の実技を見た時点で腕を組んだ。
「……凜花ちゃんさ」
「はい?」
「私、何を教えたらいいの?」
凜花はきょとんとした。
「えっ?」
「立ち方も、歩き方も、話し方も、カメラへの見せ方も、全部できてるじゃん。教えることないよ」
「そんなことないですよぉ。まだまだ勉強させてください♡」
「いや、こっちが勉強したいくらいなんだけど」
そう言われても、凜花は少しも偉ぶらなかった。
むしろ「よろしくお願いします」と丁寧に頭を下げ、研修の細かな指摘にも真剣に耳を傾けた。
戦隊ヒロインとしては新人。
しかし、イベントの世界では十分な経験を積んだ実力者。
すみれコーチは、研修報告書にこう記した。
『基本技能については追加指導の必要性が極めて低い。実戦投入可能』
報告書を読んだ遥室長は満足そうだった。
「すごい人が来たのら」
しかし、隣にいた琴音の表情は少し複雑だった。
「……でも、室長。ちょっと気になることもあるずら」
「何なのら?」
琴音は、加入前に集めた資料を取り出した。
凜花と同じイベントコンパニオンとして活動する大宮麗奈、森川美里からの情報である。
そこには、技術面への高い評価とともに、協調性に欠けるところがある、周囲と衝突しがちだ、職場で孤立しているように見える、といった意見が記されていた。
遥室長は、腕を組んだ。
「……うちに、なじめるのら?」
琴音も首をかしげる。
「美月さんと真央さんだけでも、かなり賑やかだしねえ」
それは確かだった。
ヒロ室東海(仮称)は、腕の立つヒロインが多い。
同時に、個性も強い。
その中へ、完璧主義者で協調性に難があると評される凜花が入ってくる。
下手をすれば、毎日が衝突である。
遥室長は最悪の場合を想像した。
美月が怒鳴る。
真央が食レポで場を収めようとする。
凜花が仕事の完成度について譲らない。
琴音が報告書を書く。
自分が頭を抱える。
「……嫌な未来が見えたのら」
ところが。
実際には、その心配は拍子抜けするほど外れた。
凜花は、すっかりヒロ室東海(仮称)になじんでしまったのである。
ある日のイベント会場。
新人らしい元気のよさを見せる山本あかりだったが、観客への挨拶で少し勢い余っていた。
「皆さん、今日は来てくれてありがとうなー!」
元気はよい。
非常によい。
しかし、最後に勢いよく頭を下げたため、手に持っていた資料がばさりと落ちた。
「あっ! やってしもたに!」
あかりは慌てて拾い集める。
凜花は、笑いながら隣へしゃがんだ。
「大丈夫だよ、あかりちゃん。落ち着いて拾おうね♡」
「ごめんな、凜花さん。ウチ、またやらかしてしもたわ」
「ううん。最初の挨拶、すごく元気でよかったよ」
「ほんま?」
「うん。ただ、お辞儀する時は持っている物を少し意識すると、もっと綺麗に見えるかな」
凜花は、その場で見本を示した。
背筋。
腕の位置。
視線。
資料の持ち方。
すべてが自然だった。
「こんな感じ。あかりちゃんの元気さは、そのままでいいと思うよ♡」
あかりの目が輝いた。
「なるほどなぁ! これならウチでもできそうやに!」
「うん。次、一緒にやってみようね」
それを見ていたひかりは、感心したように微笑んだ。
「凜花さん、教え方が優しいねぇ」
凜花は少し照れる。
「あかりちゃん、すごくいいものを持ってるから。それをちゃんと見せられたら、もっと素敵になると思うんです♡」
凜花は相手の長所を消そうとしなかった。
むしろ、それを生かす方法を考えていた。
美月への接し方も同じだった。
「美月さん、さっきのステージ、すごかったですね♡」
「せやろ? ウチ、今日も絶好調やったわ!」
「観客の方を巻き込むタイミングが、本当に上手です。勉強になります」
「凜花さんにそう言われると照れるなぁ!」
美月は得意満面だった。
もちろん、凜花も目立つことが大好きである。
二人が同じステージに立てば、観客の視線を奪い合うこともある。
しかし、凜花は美月を単なる競争相手とは考えていなかった。
戦隊ヒロインプロジェクトの象徴的存在として、その実績と行動力を認めているのである。
そして美月も、凜花の実力を素直に評価していた。
「凜花さんおったら、イベントめっちゃ華やかになるで!」
「ありがとうございます♡」
「ただし、ウチより目立ちすぎたら困るけどな!」
「……それは、お互いさまですね♡」
「おっ、言うたな!」
二人は顔を見合わせて笑った。
真央は、その様子を眺めながら呟く。
「目立ちたがり屋が二人になったがね……」
遥室長にとっては、必ずしも朗報ではなかった。
しかし、組織の勢いが増したことは間違いなかった。
そして、凜花が戦隊ヒロインとしての真価を示したのは、寸又峡温泉での猟銃人質立てこもり事件だった。
銃を持ち、薬物依存の問題も抱えていた犯人。
一歩間違えれば、誰かが命を落としていたかもしれない。
その極限状況で、凜花は警察との調整のもと、動画配信「RINKA MODE」を使った交渉に協力した。
インタビュアーを務めたのは杉山ひかり。
凜花は、その隣でスマートフォンを構え続けた。
犯人が怒鳴る。
人質が怯える。
交渉が行き詰まる。
それでも、凜花は必要以上に動揺を表へ出さず、余計な言葉を挟むこともなく、ひかりと犯人の対話を伝え続けた。
事件は最後に解決した。
人質は全員救出。
負傷者はゼロ。
もちろん、県警の活動や関係者の協力があってこその結末である。それでも、凜花が長時間にわたる配信を担ったことは、多くの人々の記憶に残った。
事件後、すみれコーチは凜花へ言った。
「凜花ちゃん、あの時は本当にすごかったね」
凜花は首を横へ振る。
「私は、ただスマホを持っていただけですよぉ」
「その状況で、それができる人は多くないよ。怖かったでしょ?」
凜花は少しだけ表情を落とした。
「……怖くなかったって言ったら、嘘になります」
「だよね」
「でも、ひかりさんが一生懸命お話ししていたから。私も、自分の役目をちゃんと果たしたかったんです」
すみれは、静かに頷いた。
「うん。そういうところも含めて、凜花ちゃんは戦隊ヒロインにふさわしいと思うよ」
凜花は、照れくさそうに笑った。
「……ありがとうございます♡」
遥室長も、事件後の報告書を読みながら頷いた。
「華やかなだけじゃないのら。度胸もあるし、いざという時に頼れるのら」
琴音は、その言葉を書き留めた。
そして、ふと思った。
……加入前の評判と、だいぶ違うずらね。
そこで琴音は、ヒロ室東海(仮称)の面々に、凜花の印象を改めて尋ねることにした。
最初は美月。
「凜花さん? めっちゃ頼りになるで! 仕事もできるし、ウチのことも立ててくれるしな」
「欠点は?」
「目立ちたがり屋やな」
琴音がペンを動かす。
美月は慌てて付け加えた。
「あっ、でもそれ、ウチも人のこと言えへんわ!」
次は真央。
「凜花さん、気さくで話しやすいがね。写真の撮り方も上手いし、食べ物の見せ方も教えてくれるがね」
ひかり。
「すごく優しいよぉ。寸又峡でも、ずっと隣にいてくれたんだよ」
美音。
「現場で頼りになる人だに。準備も手ぇ抜かんし、見とると勉強になるら」
明日香。
「仕事の段取りが分かりやすいじゃんね。説明も具体的で助かるよ」
真白。
「ちゃんと理由を言うて教えてくれるで、納得しやすいんやわ」
あかり。
「凜花さん、ほんま面倒見ええに! ウチ、あの人に教えてもろうてから、お客さんへの挨拶もようなったんさ」
誰に聞いても、好意的な答えばかりだった。
琴音は、報告書を前にして腕を組んだ。
「……これは、どういうことずら」
加入前の情報では、協調性に欠けるとされていた。
ところが実際には、後輩の面倒を見て、仲間から信頼されている。
遥室長が、資料を覗き込む。
「何か分かったのら?」
「少なくとも、ここでは孤立しとらんね」
「むしろ、中心人物の一人なのら」
二人が首をかしげているところへ、すみれコーチがやってきた。
「凜花ちゃんのこと?」
「そうなのら」
すみれは、あっさり言った。
「仕事の基準が高いんだよね、あの子」
琴音が顔を上げる。
「基準?」
「自分にものすごく厳しいの。で、つい周りにも同じくらいの完成度を求めちゃうんだと思う」
すみれは続けた。
「本人に悪気はなくても、人によっては厳しく感じるでしょ? イベント現場だと、経験も技術もバラバラな人が一緒に働くことがあるし」
遥室長は頷いた。
「なるほどなのら」
「でも、うちのヒロインたちは、それぞれ得意分野があるじゃん。みんな、自分の武器を持ってる。凜花ちゃんも、それを分かってるんじゃないかな」
西川彩香を思わせるような、仕事への強いこだわり。
自分が高い水準の仕事をすることは当然で、周囲にも同じ水準を求めてしまう。
それが以前の職場では、軋轢につながったのかもしれない。
しかし、ヒロ室東海(仮称)では事情が違った。
美月には、人を惹きつける行動力がある。
ひかりには、人の話を聞き、相手の気持ちを受け止める力がある。
真央には、食と地域の魅力を伝える能力がある。
美音、明日香、真白、あかりにも、それぞれの専門性と持ち味がある。
凜花は、この場所で無理に自分の水準を下げる必要がなかった。
その代わり、仲間の得意分野から学ぶこともできた。
琴音が、最後に本人へ尋ねてみた。
「凜花さん、ヒロ室東海(仮称)はどう?」
凜花は、ほとんど迷わず答えた。
「すごく楽しいですよぉ♡」
「そうなんだ」
「皆さん、本当に魅力的なんです。私も負けていられないなって思いますし、もっと一緒に仕事をしたいです」
そして、少しだけ笑った。
「……居心地、いいんですよね」
琴音は、そっと頷いた。
その言葉で、十分だった。
ただし、凜花がすべての同業者と打ち解けたわけではない。
大宮麗奈。
森川美里。
この二人との関係は、依然として微妙だった。
特に麗奈は、凜花と同い年のイベントコンパニオンである。
都会的で洗練された、正統派の華やかさを持つ麗奈。
元アイドルとしての愛嬌と、計算された可愛らしさを備える凜花。
二人が同じイベントに立てば、観客の視線を集めることは間違いない。
しかし、二人は互いにほとんど目を合わせない。
ある日のイベント。
麗奈が美月へ尋ねた。
「美月ちゃん、今日の私のステージ、どうだった?」
「めっちゃよかったで!」
凜花も近づいてくる。
「美月さん、私の方はどうでした?♡」
「凜花さんもめっちゃよかった!」
麗奈。
「そう。ありがとう」
凜花。
「嬉しいです♡」
二人は、美月の左右に立った。
美月は嫌な予感がした。
「……なあ」
二人。
「?」
「何で毎回、ウチに感想聞くん?」
麗奈。
「美月ちゃんの意見、参考になるから」
凜花。
「私もです♡」
「ほな、二人で直接感想言い合ったらええやん!」
沈黙。
麗奈。
「…………」
凜花。
「…………」
美月。
「急に黙るな!」
少し離れたところで、森川美里が苦笑していた。
美月は、その姿を見つけて叫ぶ。
「美里さんも笑っとらんと助けてえな!」
美里。
「……私は遠慮しておくわ」
「何でやねん!」
こうして美月は、今日も同業者同士の微妙な距離感に振り回されていた。
遥室長と琴音は、その様子を少し離れたところから眺めていた。
「うちのヒロインたちって、大学サークルみたいに仲良しな子が多いのら」
琴音が頷く。
「そうだねえ」
「でも、ちょっとくらい競争相手がいるのも、悪くないのかもしれないのら」
「無理に仲良くさせるより、仕事でお互いの実力を認め合えりゃ、それでいいと思うずら」
二人は納得した。
ただし、美月の負担については、あまり考えていなかった。
「ウチの人権も考えてくれや!」
その叫び声が、会場に響いた。
ところで、土屋凜花にはもう一つ、強烈な顔がある。
動画配信者としての顔だ。
彼女のチャンネル「RINKA MODE」は、寸又峡の猟銃人質立てこもり事件を生配信したことで、登録者数が激増していた。
事件の際、凜花は長時間にわたり現場の様子を伝え続けた。
ひかりのインタビューを支え、視聴者から寄せられた情報が警察へ届けられるきっかけも作った。
その姿を見て、新たにファンになった人も多かった。
だが、以前から凜花を応援していた人々は、彼女を単なる配信者とは考えていなかった。
彼らには、独自の国家があった。
その名も、「らぶりんか王国」。
国土は存在しない。
首都も存在しない。
国境もない。
しかし、国民の忠誠心だけは極めて高かった。
国家元首は、土屋凜花。
通称、女王陛下。
国民は、りんか民。
政治体制は、りんか民の自己申告によれば絶対君主制。
もっとも、これはファン同士が楽しむ架空の王国ごっこであり、凜花が現実に誰かへ命令しているわけではない。
しかし、国民たちは妙に真剣だった。
ある日のRINKA MODE。
凜花が、新しいグッズの販売を告知した。
「みんなぁ、新しいアクリルスタンドができました♡」
コメント欄。
《陛下万歳》
《国家予算を確認します》
《今月の納税が確定》
《財布が軽い》
《心は満タン》
凜花は笑った。
「みんな、無理しないでね?」
《女王陛下の慈悲》
《国民生活を案じてくださった》
《感動したので二個買います》
「だから、無理しないでってばぁ!」
この王国には、りんか民有志によって制定された、たいへん厳格な国民憲章が存在した。
第一条。
『女王陛下の笑顔は国家の最重要資源とする。』
凜花が笑えば、国民は幸せになる。
凜花が手を振れば、国民は歓喜する。
凜花が配信を始めれば、国民は速やかに集合する。
ただし、仕事中の国民は仕事を優先してよい。後から視聴することも忠誠とみなされる。
第二条。
『女王陛下に関する消費活動を、国民の自主的な納税と呼称する。』
凜花のグッズ購入。
出演雑誌の購入。
イベント参加費。
遠征交通費。
すべて税金である。
税率は、新商品が登場するたびに実質的に上昇する。
ただし、納税は完全に任意とされ、家計を圧迫してはならない。
この例外規定を見た美月は、即座に突っ込んだ。
「何や、意外とまともやん!」
ところが、その下には小さな文字があった。
『なお、国民は新商品を見ると、本人の意思により納税意欲が著しく上昇する傾向にある。』
「結局、買うんかい!」
第三条。
『女王陛下が出演したメディアは、可能な限り視聴すること。』
テレビ。
ラジオ。
雑誌。
広告。
配信。
可能な範囲でチェックし、感想を広める。
ただし、違法な転載は禁止。
第四条。
『全国巡幸には、参加可能な国民が自発的に馳せ参じること。』
女王陛下が静岡でイベントを行えば、東海の国民が集まる。
東京へ出演すれば、関東の国民が集まる。
大阪へ遠征すれば、関西の国民が集まる。
全国を追いかける猛者もいる。
ただし、遠征交通費は各自負担。
王国は補填しない。
美月は、憲章を読んで呆れた。
「国民に厳しすぎるやろ!」
第五条。
『国民は、女王陛下の沼津愛を尊重し、可能な範囲で沼津の魅力を広めること。』
ここだけは、凜花自身が嬉しそうだった。
「そうなんです♡ みんなにも沼津へ来てほしいなぁ」
凜花は、生まれ育った故郷・沼津を心から愛していた。
駿河湾を望む港町。
千本松原の松林。
天気のよい日に見える富士山。
沼津港の魚市場と新鮮な海の幸。
少し足を延ばせば、内浦の穏やかな海も広がる。
東京でアイドル活動をしていた頃も、沼津へ帰るとほっとしたという。
「東京も好きですよ。でも、沼津の海を見ると、やっぱり落ち着くんです。あの景色は、私にとって特別なんですよぉ♡」
凜花は、地元を紹介する時だけ、いつもより少し柔らかな沼津訛りが強くなる。
「沼津港のお魚、おいしいんですよ。今度みんなで来てくれたら嬉しいなぁ」
すると、コメント欄が一斉に動いた。
《沼津巡幸希望》
《陛下の聖地》
《沼津港で海鮮丼食べたい》
《千本松原行きます》
《沼津経済振興に貢献》
美月が画面を覗き込む。
「……りんか民、沼津市の観光課みたいになっとるやん!」
凜花は満面の笑顔だった。
「嬉しいなぁ♡」
そして、国民憲章第六条。
『赤嶺美月出現時には、速やかに歓迎の儀式を行うこと。』
歓迎の言葉は、ただ一つ。
《うわっ出た!》
美月。
「それ、歓迎ちゃうやろ!」
ある夜、凜花が配信を始めた。
「りんか民のみんなぁ、ごきげんよう♡」
《陛下ごきげんよう》
《今日も可愛い》
《女王陛下万歳》
凜花は楽しそうに話していた。
その途中、美月が顔を出す。
「どうもー!」
コメント欄。
《うわっ出た!》
美月。
「出たって何や! ウチはお化けか!?」
《wwwww》
《草》
《定番の儀式》
《国際的ツッコミ担当》
凜花は、声を上げて笑った。
「美月さん、もう完全にお馴染みですね♡」
「お馴染みにすな!」
コメント欄は止まらなかった。
《みつき帝国との首脳会談》
《国交樹立》
《相互不可侵条約締結希望》
美月。
「勝手に外交すな!」
そして、国民憲章第七条。
『女王陛下の活動を楽しく応援し、国民自身も幸福であること。』
これが、らぶりんか王国の最高原則だった。
国民は、凜花の笑顔を見て幸せになる。
イベントへ参加して幸せになる。
グッズを買って幸せになる。
ただし、財布は軽くなる。
そこへ、美月が突っ込んだ。
「財布が軽くなって、どこが幸せやねん!」
コメント欄。
《心が満たされる》
《推し活は人生の潤い》
《陛下の笑顔はプライスレス》
《国民幸福度100%》
美月。
「ほんまに100%なんか?」
りんか民。
《国勢調査しました》
「どんな調査や?」
《質問:女王陛下を推して幸せですか?》
《回答:はい/もちろん》
美月。
「選択肢、二つとも同じやないか!」
凜花は、笑いすぎて涙を拭いていた。
「美月さん……もう、お腹痛いです……!」
《女王陛下が笑っている》
《国家安泰》
《本日の幸福度100%》
《世界で最も成功している権威主義国家》
もちろん、すべてファン同士の冗談である。
しかし、この王国には一つだけ確かなことがあった。
凜花とりんか民の関係は、極めて良好だった。
凜花はファンを大切にしている。
ファンも凜花を大切にしている。
互いに無理を強いず、冗談を楽しみながら応援を続けている。
それが、らぶりんか王国の本当の強さだった。
配信を終えた凜花は、椅子にもたれながら満足そうに微笑んだ。
「……今日も楽しかったなぁ♡」
隣の美月は、すっかり疲れ切っていた。
「ウチ、何で毎回こんな目に遭うんや……」
「また来てくださいね♡」
「考えとくわ!」
凜花は笑った。
美月も、結局は笑ってしまった。
こうして、土屋凜花はヒロ室東海(仮称)に、確かな居場所を築いた。
華やかな容姿。
完成された技術。
高い人気。
自分にも他人にも厳しい完璧主義。
いざという時に怯まない度胸。
後輩の面倒を見る優しさ。
そして、故郷・沼津への深い愛情。
すべてが、彼女という一人の戦隊ヒロインを形づくっている。
同業者との関係には、まだ課題が残っている。
麗奈や美里とは、これからも競い合う場面があるだろう。
しかし、それは必ずしも悪いことではない。
互いの実力を認め合うからこそ、生まれる緊張感もある。
すみれコーチは、最後にこう評した。
「凜花ちゃんは、もう完成された人に見えるけど、まだまだ面白くなると思うよ。うちに来てから、前より楽しそうだしね」
遥室長も頷いた。
「今後の活躍が楽しみなのら」
沼津の海が育んだ、華麗なる実力者。
元アイドルの経験を引っ提げ、戦隊ヒロインプロジェクトへ飛び込んだ超大物オールドルーキー。
その名は――
「沼津の煌めく女王」土屋凜花。
ヒロ室東海(仮称)で見つけた仲間と、忠誠心あふれるりんか民に支えられ、彼女の快進撃はまだまだ続く。
ちなみに、らぶりんか王国の最新国勢調査でも、国民幸福度は100%だった。
美月が尋ねる。
「……まだ、その数字使っとるん?」
凜花は、にっこり微笑んだ。
「だって、みんな幸せそうなんですもの♡」
美月。
「……まあ、それはそうやな」
珍しく、素直に認めた。
するとコメント欄。
《みつき帝国、王国への帰順を表明》
美月。
「してへんわ!」
凜花の笑い声が、配信画面いっぱいに広がった。
女王陛下は、今日もご満悦である。




