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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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1218/1262

恋の峠より険しい二人の距離!?――120人の名曲巡礼、凜花と麗奈は目を合わせない ――ヒロ室東海(仮称)、お詫びの天城路バスツアー。歌姫の絶唱と、板挟みになった河内の閃光

寸又峡温泉の立てこもり事件によって、奥大井鐡道旅行の二日目はすべて中止となった。参加者から苦情は一件もなかったが、葛城正男室長代理ことまさにゃんと福鉄旅行静岡支店は、楽しみにしていた観光を提供できなかったことを重く受け止めていた。


そこで企画されたのが、伊豆半島の日帰りバスツアーである。


参加者にはお詫びの特別料金を設定。前回の120名へ優先案内すると、かなりの人数が再参加を希望した。残った座席も前回のキャンセル待ち客から優先的に受け付け、すぐに満席となった。


使用するのは、貸切大型バス3台。参加者とヒロイン、スタッフを合わせて乗車できる車両を手配する。


ただし、この旅行には少々変わったテーマがあった。


昭和の歌謡史に残る、燃えるような恋心を歌い上げた女性演歌歌手の代表的ヒット曲。その歌に登場する実在の地名や風景を、歌の世界へ入り込むように訪ねていく。


曲名を聞けば、年配の参加者はすぐに分かる。


ところが、若いヒロインたちの反応は芳しくなかった。


「……有名な歌なんですか?」


凜花が尋ねる。


ひかりも首をかしげる。


「地名は知ってるけど、歌の内容までは知らないら」


美月に至っては、


「山越える歌やろ? 登山の応援歌ちゃうん?」


という始末だった。


波田顧問が机を叩く。


「馬鹿野郎! そりゃ情念の歌だよ、情念の!」


遥室長が呟く。


「波田顧問、妙に詳しいのら……」


実は今回のツアー、昔のヒロ室関係者が企画したものの、諸事情で実現しなかった旅行案のリプレイスでもあった。


波田顧問は当時の企画書を覚えており、歌の世界観にも詳しい。一方、まさにゃんは古い資料を発掘すると、現代の旅行商品として行程を再構成していた。


「過去の企画資産を再利用するのは、合理的ですから」


遥室長。


「鉄道じゃなくても仕事が早いのら……」


実際の旅程と物語の舞台


前回決めた旅程を踏襲し、三島駅から修善寺・天城湯ヶ島を経由して河津側へ抜け、夕方に三島駅へ戻ります。浄蓮の滝、わさび田、旧天城トンネル、寒天橋などは歌の舞台として実在します。

〖公式〗静岡県観光ガイド Hello Navi

+1


時刻の目安




行程




物語の見せ場





8:00




三島駅集合・バス3台出発




麗奈と凜花の不穏な再会





9:45




浄蓮の滝・歌碑




波田顧問の情念解説





11:15




道の駅・昼食




詩織のアカペラ独唱





12:45




旧天城トンネル周辺




古い隧道を訪ねる





14:30




寒天橋・二階滝周辺




歌に登場する場所の紹介





15:30




河津七滝ループ橋




バスで峠を越える





19:30頃




三島駅で解散




参加者を無事に見送り





解散後




ヒロインたちは修善寺温泉へ




麻雀牌疑惑、再燃


※旧天城トンネルへ続く道は狭いため、大型バス3台を直接乗り入れさせず、安全な場所を拠点とする希望制の徒歩見学にします。寒天橋も道路・駐車条件を確認し、全員が安全に見られない場合は写真資料と車内解説で補完する設定が自然です。

伊豆市観光協会 天城温泉郷観光ガイド

+1


見せ場① 三島駅――凜花と麗奈、笑顔なのに目が合わない


当日の朝。


三島駅前に、福鉄旅行の大型観光バスが3台並んだ。


ヒロインたちは続々と集合する。


杉山ひかり、河合美音、山田真央、稲生明日香、伊吹真白、山本あかり、赤嶺美月、土屋凜花。そしてゲストの館山みのり。


今回は柏木理世と水無瀬澪が、どうしても仕事の都合をつけられず欠席となった。


その代わりに参加するのが、大宮麗奈と歌姫・藤原詩織である。


ところが麗奈が到着した瞬間、美月は妙な空気を感じ取った。


凜花が麗奈に気づく。


麗奈も凜花に気づく。


二人とも、華やかな笑顔。


「おはようございます」


「……おはようございます」


それだけ。


以降、目が合わない。


どちらも長身で、抜群に華やかな容姿を持つイベントコンパニオン。ステージに立てば、それぞれ主役を張れる存在だ。


しかし、どうやら相性はよろしくないらしい。


美月は二人の間に立ちながら思う。


……何や、この空気。寸又峡の事件は終わったんやで?


しかも、美月は麗奈とも凜花とも仲がよい。


気まずい。


非常に気まずい。


麗奈が言う。


「美月ちゃん、こっちのバスなの?」


「せ、せやで」


凜花も言う。


「美月さん、私も一緒です♡」


「……せやな」


二人が同時に美月を見る。


美月。


「何でウチを挟んで喋んねん!」


その横で、たつをが受付に現れる。


参加証を見せる。


そこには、


『一般参加者枠』


と書かれていた。


琴音が名簿を調べる。


「……参加者名簿には載っていますね」


遥室長。


「誰が申し込みを受け付けたのら?」


琴音。


「福鉄旅行側の受付記録では、通常のお客様として手続きされています」


遥。


「通常のお客様なのら!?」


美月。


「普通ちゃうやろ!」


前回の事件で現場に現れた経緯は、いまだに分からない。


今回は正式に参加しているらしいが、それはそれで謎だった。


見せ場② 浄蓮の滝――情念を知らない若者たちと、妙に詳しい波田顧問


滝の轟音が近づいてくる。


参加者たちは歌碑を見つけ、思い思いに記念写真を撮り始める。


ここでマイクを握るのは波田顧問。


「いいか、お前ら。この歌はな、ただ峠を越える歌じゃねえんだ!」


美月。


「登山ちゃうのは、もう分かったて!」


波田顧問は、歌に込められた激しい恋心や、山深い伊豆の風景について語る。


ところが解説が妙に熱い。


「好きな男への想いが、山を焼くほど燃え上がるわけだ!」


真央。


「波田顧問、実体験みたいな迫力だがね……」


すみれコーチ。


「余計なこと聞かない方がいいよ」


ひかりは歌碑を見つめながら、静かに頷く。


「すごく強い気持ちを歌ってるんだねぇ……」


隣のみのりが言う。


「ひかりさんは、そんなふうに誰かを好きになったことがありますか?」


ひかり。


「……みのりちゃん?」


美月。


「そっちはそっちで情念が始まりそうやな!」


一方、麗奈と凜花には二人並んでの写真撮影が依頼される。


二人ともプロ。


完璧な笑顔で並ぶ。


シャッター音。


撮影終了。


すっと離れる。


目は合わない。


美月。


「プロ意識は高いのに、何でそんなに距離あるねん……」


この微妙な関係は、理由をまだ説明せず、次の作品へ残すのが効果的です。


見せ場③ 藤原詩織の歌声――天城の山々が、一瞬でコンサート会場になる


今回の最大の見せ場です。


道の駅での昼食後、福鉄旅行が事前に手配した貸切スペースに、参加者が集まる。


まさにゃんが告げる。


「ここで、特別ゲストによる歌の披露がございます」


藤原詩織が前へ出る。


マイクも伴奏もない。


アカペラである。


詩織は軽く一礼する。


「それでは、皆さんが今日たどっている、あの歌をお届けします」


そして歌い始める。


最初の声は、静かだった。


柔らかく、少し翳りのある声。


しかし、旋律が進むにつれ、声には鋭さと熱が加わっていく。


鼻濁音が驚くほど美しい。


「が」の響きが硬く突き刺さらず、柔らかく鼻腔へ抜ける。演歌ならではの節回しを使いながらも、言葉が潰れない。しかも、伴奏なしで音程がまったく揺らがない。


やがて曲の山場。


詩織が声を伸ばす。


力強い。


それでいて、決して怒鳴らない。


会場が静まり返った。


真央も口を開けたまま。


美月もツッコミを忘れた。


凜花と麗奈でさえ、同じ方向を見つめている。


曲が終わった。


一拍。


二拍。


そして、大きな拍手。


波田顧問が、真っ先に声を上げた。


「おいおい、本家以上じゃねーかよ!」


詩織は、少し慌てて笑う。


「いえ、そんな、とんでもないです!」


波田。


「いや、すげえよ! 声の伸びが違う!」


遥室長。


「顧問、褒めるのはいいけど比較しなくていいのら!」


参加者たちも大喜び。


この場面で、前回の事件を知る参加者の一人が小さく言う。


「前の旅行は本当に大変だったけど……今日は来てよかったね」


その言葉を聞いて、まさにゃんは少しだけ目を伏せる。


今回のツアーを企画した甲斐があった。


凜花も、麗奈も、心から拍手している。


目は合っていない。


だが、詩織の歌声には同じように感動していた。


なお、旅行中の独唱は事前に施設の了承を得た貸切会場で実施し、公開動画へ歌唱映像を使用する場合には権利関係を別途確認する設定にしておけば、企画としても自然です。


見せ場④ 峠とループ橋――本当に怖いのは運転ではなく、車内の座席だった


午後、バスは天城の山中を進む。


旧天城トンネル周辺では、まさにゃんが道路史の解説を始める。


「この石造りの隧道は、明治38年に開通しまして――」


遥室長。


「五分以内なのら!」


「歴史的価値の説明だけで十分は必要です」


「五分なのら!」


その間、美音と真白は実際の山道を見て、道路の造りや運転の難しさについて話している。


明日香は石造りの構造に興味津々。


ひかりとみのりは、静かな森の風景を楽しむ。


一方、凜花と麗奈は、またしても少し距離がある。


美月は、二人をバスの左右に分けて座らせようとする。


「凜花さんはこっち。麗奈さんは向こう。これでええな?」


凜花。


「私は、どちらでも大丈夫ですよ♡」


麗奈。


「私も、美月ちゃんに任せるわ」


美月。


「……どっちでもええ言いながら、どっちもウチの隣狙ってへん?」


二人。


「そんなことないですよ」


見事な同時回答。


美月。


「息ぴったりやんけ!」


午後の旅は、寒天橋や二階滝の情景を訪ね、河津七滝ループ橋へ向かう。


ここでまさにゃんの説明が最高潮を迎える。


「皆様、これこそ山の高低差を克服するための道路構造であり――」


美月。


「もう分かった、ぐるぐる回るんやろ!」


バスが曲線を描いて進む。


乗客から歓声が上がる。


凜花が景色を撮影する。


麗奈も窓の外を見つめる。


二人が同時に言った。


「……綺麗」


美月は二人を交互に見る。


「今のは、意見一致したな」


凜花。


「そうですね」


麗奈。


「ええ」


しかし、目は合わない。


美月。


「もう、どっちか先に目ぇ合わせてくれ!」


ラスト 三島駅解散、そして修善寺温泉へ――麻雀牌は持っていない、とは言っていない


午後七時半ごろ。


三島駅。


3台の観光バスが到着する。


大きな遅延もなく、全員無事に帰着した。


参加者たちは満足そうだった。


「前回の分まで楽しめました」


「詩織さんの歌、すごかった!」


「歌詞の場所を本当に巡れて面白かったです」


「またヒロ室の旅行に参加したいですね」


まさにゃんは、参加者一人ひとりを見送る。


福鉄旅行の担当者も、深々と頭を下げた。


前回、提供できなかった楽しさを、今回ようやく届けることができた。


これで、参加者へのお詫びのツアーは無事終了である。


ただし、ヒロインたちはここで帰宅しない。


この日は、修善寺温泉に宿泊する予定だった。


参加者を見送った後、ヒロインたちとスタッフはバスに再乗車する。


ようやく仕事が終わった。


温泉。


夕食。


休息。


そのはずである。


ところが遥室長は、何かを思い出したように、太田すみれコーチへ振り向いた。


「すみれコーチ」


「はい?」


「……麻雀牌、持ってきてないよね?」


すみれは涼しい顔をしていた。


「さぁ、どうでしょう」


遥室長。


「その返事が一番怪しいのら!」


波田顧問は、窓の外を見ながら無言で笑っている。


まさにゃんは、なぜか宿の部屋割り表を確認し始めた。


隼人補佐官は、ため息をついた。


琴音は、すでに議事録の準備をしていた。


美月。


「また最高戦略会議始まるんかい!」


真央。


「今夜も長そうだがね……」


凜花と麗奈は、互いに別々の窓を見ている。


二人の間に座る美月だけが、なぜか温泉到着前から疲れ切っていた。


そして、最後列。


一般参加者枠の参加証を持つたつをが、一枚のフリップを掲げた。


《まーじゃん みがく》


美月。


「お前、今度は何の準備しとんねん!」


バスは、夜の修善寺へ向かって走り出す。


前回のような事件は起こらなかった。


120人の旅行客も、全員笑顔で帰路についた。


あとは温泉でゆっくりするだけ。


――ただし、ヒロ室東海(仮称)の夜は、まだ終わらない。


次回『修善寺温泉、最高戦略会議ふたたび!?――凜花と麗奈の冷戦、美月だけが眠れない夜』へ続く。


戦隊ヒロイン小説 ヒロ室東海(仮称)の静岡県内のイベント活動 寸又峡温泉の立てこもり事件のあとがきの続き 石川さゆりさんのヒット曲「天城越え」の歌詞とリンクしたバスツアー 『恋の峠より険しい二人の距離!?――120人の名曲巡礼、凜花と麗奈は目を合わせない』 の詳しいあらすじ書いて 

・このアイデアでOK

・このバスツアーはその昔、福鉄旅行静岡支店が企画したもので何故か今更リプレイスされる

・参加ヒロインはヒロ室東海(仮称)全員とみのり、麗奈、詩織と何故かたつを 美月「たつを呼ばれた?」たつを「一般参加者枠」 ヒロ室フロントは遥室長、隼人補佐官、まさにゃん、すみれコーチ、波田顧問、小宮山琴音

・麗奈と凜花は同じイベントコンパニオンで甲乙つけがたい華やかな容姿の持ち主で同じ年。都会的で洗練されている正統派のイベントコンパニオンの麗奈と元アイドルの可愛さとあざとさも魅力的な凜花と微妙にタイプが違うので、互いに意識しているようで美月はどちらとも仲が良いので板挟みになる(お笑い箇所)

・みのりとひかりは史跡を巡ることで百合度が上がる

・波田顧問は「天城越え」の歌詞にやけに詳しい

・詩織のアカペラは本家を越えるは鼻濁音で全員が聞き惚れる しかし当の詩織は歌詞の意味が理解できない(お笑い箇所)

・三島駅でツアー解散で参加者は大満足 ヒロイン達は修善寺温泉へ向かう 遥室長「麻雀牌持ってきてないよね」にすみれコーチ「さぁどうでしょう」と惚ける


今回の核は、**「昭和の名曲を知らない若いヒロインたちが、歌詞の舞台を実際に巡るうちに世界観を理解していく」**ことと、凜花×麗奈の静かなライバル関係、ひかり×みのりの百合度上昇、詩織の圧巻の歌声です。タイトルは、この3本を一度に匂わせる形が合います。


天城を越えるのは恋かライバル心か!?――120人の名曲巡礼、歌姫が山峡に響かせた一曲

『天城を越えるのは恋かライバル心か!?――120人の名曲巡礼、歌姫が山峡に響かせた一曲』


寸又峡温泉の猟銃立てこもり事件から、しばらく後。


ヒロ室東海(仮称)と福鉄旅行静岡支店には、一つの宿題が残されていた。


奥大井鐡道を利用した一泊二日の貸切旅行は、初日こそ大成功だった。貸切列車、車内イベント、アプト式鉄道、奥大井湖上駅、寸又峡温泉、ディナートークショー。参加した百二十人の満足度も高かった。


しかし、深夜に起きた立てこもり事件によって、二日目の旅程はすべて中止。


参加者から苦情は一件も寄せられなかった。


むしろ、


「全員無事だっただけで十分です」


「ヒロインの皆さんも大変だったでしょう」


「福鉄旅行さんの対応はよかった」


という声が多かった。


それでも葛城正男室長代理――まさにゃんは納得していなかった。


「苦情がないから、それで終わりというわけにはいきません」


福鉄旅行静岡支店の担当者も同意した。


特に、楽しみにされていた寸又峡の「夢のつり橋」を訪れることができなかった。


そこで二人が考えたのが、前回参加者へのお詫びを兼ねた格安の日帰りバスツアーだった。


企画資料を探していると、福鉄旅行静岡支店の古い書庫から、妙なファイルが発見される。


表紙には、


「伊豆・天城 名曲の舞台を訪ねる旅」


とある。


かなり昔に企画されたものの、なぜか実施されなかった旅行商品だった。


内容は、女性演歌歌手が歌い、日本中で知られるようになったあの名曲――愛する男への激しい情念を、伊豆の山深い風景と重ねた大ヒット曲――の舞台をバスで巡るもの。


浄蓮の滝。


わさび沢。


天城の山道。


旧天城トンネル。


寒天橋。


河津方面。


まさにゃんは資料を読み終えると、即座に言った。


「これ、リプレイスできますね」


福鉄旅行担当者。


「何十年前の企画ですよ?」


「だからこそです。行程を現代向けに組み直します」


こうして、没になっていた昭和の旅行商品が、令和のヒロ室東海(仮称)ツアーとして突然よみがえることになった。


参加料金は、前回参加者へのお詫び価格として格安に設定。


百二十人へ優先案内を送る。


反応は予想以上だった。


「あの事件は大変だったけど、また参加したい」


「今度こそ普通の旅行をしたい」


「ヒロインの皆さんともう一度旅をしたい」


多くの前回参加者が再参加を希望。


わずかに残った空席については、前回の奥大井旅行でキャンセル待ちになっていた人を優先したところ、こちらもすぐに埋まった。


再び満員。


大型観光バス三台。


まさにゃんは満足そうだった。


遥室長は企画書を読みながら言う。


「また百二十人なのら……」


隼人補佐官。


「前回より危険管理は強化します」


遥。


「今回は普通に観光して帰ってきたいのら」


そして、参加ヒロインも決まる。


ヒロ室東海(仮称)のメンバーが全員参加。


杉山ひかり。


河合美音。


山田真央。


稲生明日香。


伊吹真白。


山本あかり。


赤嶺美月。


土屋凜花。


柏木理世。


水無瀬澪。


さらに館山みのり。


大宮麗奈。


そして歌姫・藤原詩織。


前回案では日程の都合がつかなかった理世と澪も、今回は最終的に調整がつき、文字通りの大所帯となった。


フロントは芹沢遥室長、隼人補佐官、まさにゃん、太田すみれコーチ、波田顧問、小宮山琴音。


そして。


当日の三島駅。


美月が参加者受付の横で、不審な影を発見する。


「……おい」


振り返る。


いる。


例のタツノオトシゴである。


美月。


「たつを、呼ばれた?」


フリップ。


《いっぱんさんかしゃ わく》


美月。


「一般参加者枠!?」


琴音が名簿を確認する。


「……ありますね」


美月。


「あるんかい!」


遥室長まで名簿を覗く。


「どうやって申し込んだのら?」


琴音。


「通常受付です」


美月。


「誰が金払ったんや!」


そこは誰にも分からない。


だが、少なくとも今回は寸又峡事件の時とは違い、正式な参加者らしい。


美月は頭を抱えた。


「正式参加なら、余計に腹立つわ……」


その騒ぎの少し向こうで、もう一つの小さな異変が起きていた。


土屋凜花と大宮麗奈である。


二人は同い年。


そして、どちらもイベントコンパニオンとして第一線に立てる華やかな女性だった。


ただし、タイプはかなり違う。


麗奈は、都会的。


端正。


洗練。


立っているだけで会場の空気を引き締める、正統派イベントコンパニオン。


一方の凜花は元アイドル。


可愛らしさ。


華やかさ。


そして自分がどう映れば魅力的に見えるのかを熟知した、少しあざといほどのカメラ映え。


甲乙つけがたい。


だが同じ土俵に立てば、どうしても相手を意識する。


麗奈。


「おはようございます」


凜花。


「おはようございます♡」


笑顔。


完璧。


だが。


目が合わない。


麗奈は参加者へ挨拶。


凜花も参加者へ挨拶。


互いの方向だけは見ない。


その真ん中にいた美月が、まず気づいた。


……何やこれ。


美月は麗奈とも仲が良い。


凜花とも仲が良い。


だからこそ分かる。


二人とも怒っているわけではない。


嫌っているとも少し違う。


だが、ものすごく意識している。


麗奈。


「美月ちゃん、私は一号車でいいの?」


「え? ああ、せやで」


凜花。


「美月さん、私も一号車ですよね♡」


「せやな」


麗奈と凜花が、美月を挟んで立つ。


美月。


「ちょっと待って。何で二人ともウチ経由で会話するん?」


麗奈。


「別にそんなつもりないわよ?」


凜花。


「私もですよ♡」


美月。


「そういうとこだけ息ぴったりやないか!」


それを見た真央が小声で言う。


「美月さん、大変そうだがね」


美月。


「他人事みたいに言うな!」


三台のバスは三島駅を出発する。


車内で、まさにゃんが今回のテーマを説明する。


「本日の旅行は、日本の歌謡史を代表する女性歌手が歌った、伊豆を舞台にした大ヒット曲。その歌詞に登場する風景をたどります」


ヒロインたち。


静か。


まさにゃん。


「……皆さん、ご存じですよね?」


美月。


「タイトルは聞いたことある」


ひかり。


「私も曲名くらいなら知ってるよぉ」


明日香。


「歌詞までは知らないじゃんね」


真白。


「私も全部は分からんです」


あかり。


「昔の歌やに?」


美音。


「有名なのは知っとるに」


澪。


「……寝ていい?」


まさにゃん。


「まだ三島駅を出たばかりです」


そして、なぜか波田顧問だけは異常に詳しい。


「お前ら、あの歌はな。ただ山を越える歌じゃねえんだよ!」


美月。


「それ前にも聞いた!」


波田。


「女の情念だ、情念!」


遥室長。


「波田顧問が妙に熱いのら」


すみれコーチ。


「もしかして青春時代に何かあったんじゃない?」


波田。


「ねえよ!」


しかし、その否定が速すぎる。


全員が少しだけ怪しいと思った。


最初の大きな目的地は、浄蓮の滝。


滝へ近づくにつれ、水音が大きくなる。


深い緑。


渓流。


冷たい空気。


歌碑。


初めて現地に立ったヒロインたちは、ようやく名曲が単なる地名の羅列ではないことを実感する。


波田顧問が得意げに解説する。


「いいか。この歌の女はな、好きな男への想いがとんでもなく強いんだ」


真央。


「顧問、本当に詳しいがね」


波田。


「有名な歌なんだから当たり前だろ!」


真央。


「でも歌詞カードなしで全部説明できるがね」


波田。


「うるせえ!」


その横。


ひかりとみのりが歌碑を眺めている。


ひかり。


「こういう山の中で聴くと、歌の感じ方も変わりそうだねぇ」


みのり。


「ひかりさんと一緒に来られてよかったです」


「私もだよぉ」


「こういう場所、二人でゆっくり歩くのもいいですね」


ひかりが微笑む。


「今度、二人だけで来ようか?」


みのり。


「……はい」


美月の耳が動く。


「ちょっと待て!」


二人。


「?」


美月。


「名曲の情念を勉強しに来て、そっちの百合度上げんといて!」


凜花。


「でも、美月さん。景色に合ってますよ♡」


美月。


「合ってるから困っとんねん!」


さらに凜花と麗奈には、参加者から、


「せっかくだから二人一緒に歌碑の前で撮らせてください」


との依頼。


二人ともプロである。


「もちろんです♡」


「どうぞ」


並ぶ。


姿勢。


完璧。


笑顔。


完璧。


華やかさ。


互角。


シャッター。


終わる。


「ありがとうございました」


「ありがとうございます♡」


そして即座に、左右へ離れる。


美月。


「写真の時だけめっちゃ仲良さそうに見えるやん!」


凜花。


「お仕事ですから♡」


麗奈。


「当然でしょう?」


美月。


「……この二人、ほんま面倒くさい」


昼食は天城の郷土色を生かした料理。


わさび。


地元野菜。


川魚。


真央は待ってましたとばかりに食レポを始める。


美月がわさびを大量につけて鼻を押さえる。


「ツーン来た! ツーン!」


真央。


「一気につけるからだがね!」


その後、今回の特別企画が始まる。


藤原詩織のアカペラ歌唱。


伴奏なし。


マイクすら必要ない。


詩織は参加者の前に立ち、一礼する。


「せっかく皆さんで、この曲の舞台を巡っていますので……歌わせていただきます」


静かになる。


詩織が息を吸う。


歌い始める。


最初は柔らかい。


だが、すぐに空気が変わる。


澄んでいる。


芯がある。


言葉が明瞭なのに、音が角張らない。


特に美しいのが鼻濁音だった。


日本語の響きが柔らかく鼻腔へ抜け、演歌独特の節回しに自然に溶け込む。


声量を上げても濁らない。


高音でも無理がない。


山あいの空気に、詩織の声だけが伸びていく。


ヒロインたちも黙った。


美月がツッコミを忘れる。


真央も食べ物を置く。


澪まで目を開ける。


凜花と麗奈も、同じ方向を見た。


みのりとひかりも聞き入っている。


そして曲が終わる。


数秒。


誰も動かなかった。


次の瞬間。


大拍手。


波田顧問が立ち上がる。


「おい詩織! 本家以上じゃねーかよ!」


遥室長。


「顧問、その褒め方はいろいろ危険なのら!」


詩織は慌てる。


「そ、そんなことありません!」


波田。


「いや、すげえぞ! 鼻濁音が綺麗なんだよ!」


詩織は照れながら頭を下げる。


そして。


真央が尋ねる。


「詩織さんは、この歌の主人公の気持ち、どう思うがね?」


詩織。


「……え?」


「ものすごい恋の歌だがね」


詩織。


「そうなんですか?」


全員。


「え?」


詩織は、本当に分かっていない顔をしていた。


「歌うことに集中していたので……歌詞の意味、実はあまり深く考えたことがなくて」


美月。


「嘘やろ!?」


ひかり。


「あんなに情感たっぷりだったよぉ?」


詩織。


「音程と発声と表現は分かります」


美月。


「表現できてるのに意味分かってへんの!?」


波田顧問は頭を抱えた。


「お前、天才ってそういうもんなのか……?」


詩織。


「すみません……」


遥。


「謝るところではないのら」


この日の旅行で最も大きな笑いの一つになる。


午後は、旧天城トンネル周辺。


まさにゃんが古道と隧道について猛烈な解説を始める。


「こちらは明治期に完成した歴史的な石造隧道で――」


遥。


「五分なのら」


「まだ三十秒です」


「先に言っておくのら」


美音と真白は山道そのものに興味を示す。


明日香は石造構造を見る。


理世は古道と現代道路を比較。


澪は、


「……トンネル涼しい」


だけ言っている。


ひかりとみのりは、古い道をゆっくり歩く。


木々の間から差す光。


少し湿った空気。


静かな山道。


みのりが言う。


「ひかりさん」


「ん?」


「こういうところを一緒に歩いていると、本当に旅してる感じがします」


ひかり。


「そうだねぇ」


少し間。


「手、つなぐ?」


みのり。


「……はい」


後方。


美月。


「百合度上がっとる!」


凜花。


「静かにしてあげたらいいじゃないですか♡」


美月。


「凜花さんまで完全に楽しんどるやろ!」


その一方。


凜花と麗奈の問題は、ますます美月を疲れさせていた。


休憩。


麗奈。


「美月ちゃん、飲み物買いに行かない?」


凜花。


「あ、美月さん。私もちょうど行こうと思ってたんです♡」


美月。


「三人で行ったらええやん」


沈黙。


麗奈。


「……私は後でもいいわ」


凜花。


「私も後で大丈夫ですよ♡」


美月。


「何でやねん!」


しかも二人とも、お互いを悪く言わない。


麗奈。


「凜花さんは華やかですよ。元アイドルですし」


凜花。


「麗奈さんこそ、とっても綺麗です。立ってるだけで絵になりますから♡」


美月。


「褒め合っとるのに、何で空気冷たいん!?」


どうやら二人は嫌悪しているのではない。


お互いに、


相手は自分にないものを持っている。


そう意識してしまう。


麗奈には正統派の気品。


凜花にはアイドル出身ならではの愛嬌と人を惹きつけるあざとさ。


同じ年。


同じイベントコンパニオン。


同じように人前へ立つ仕事。


だからこそ、互いに相手を意識せずにはいられない。


美月だけが、その間で消耗していく。


「……寸又峡の犯人より、こっちの仲裁の方が難しいんちゃうか」


凜花。


「何か言いました?」


麗奈。


「美月ちゃん?」


美月。


「何でもないです!」


真央が遠くから見ている。


「美月さん、また敬語出とるがね」


「うるさい!」


旅は寒天橋周辺へ。


さらに河津側へ下る。


山深い風景を眺めながら、波田顧問が曲の世界について説明する。


この頃には、朝は「昔の歌でしょう」と言っていたヒロインたちも、少しずつ曲の情景と実際の風景がつながり始めていた。


最後は河津七滝ループ橋。


三台のバスが、巨大な円を描く道路を進む。


美月が窓へ張りつく。


「おおっ! ほんまにグルグル回っとる!」


真白はプロドライバーらしい目で見る。


「大型バスでここ通る運転手さん、大変やろなぁ」


美月。


「真白は見るとこ仕事目線やな!」


真央。


「でも景色ええがね!」


凜花はスマートフォンで車窓を撮影。


麗奈も隣の窓を眺める。


同時に。


「綺麗ですね」


「綺麗ね」


二人が止まる。


美月。


「今や! 今、目合わせろ!」


凜花と麗奈は互いに少しだけ横を見る。


一瞬。


目が合う。


そして。


二人とも、なんとなく笑った。


美月。


「やればできるやん!」


麗奈。


「美月ちゃん、大げさよ」


凜花。


「そうですよ♡」


美月。


「誰のせいで一日疲れとると思っとんねん!」


バスの中に笑いが起きた。


三島駅へ戻った時には、すでに夕方から夜。


三台のバスから、満足そうな参加者が降りていく。


「楽しかった!」


「歌をもう一度聴きたくなった」


「詩織さんの歌がすごかった」


「前の旅行は大変だったけど、また参加してよかった」


「次もぜひお願いします」


まさにゃんと福鉄旅行静岡支店の担当者は、一人ひとりに頭を下げる。


事件によって失われた二日目を、完全に取り戻すことなどできない。


しかし、少なくとも百二十人へ、別の楽しい一日を届けることはできた。


まさにゃんは参加者を見送り、静かに言う。


「……企画してよかったですね」


担当者も頷いた。


「はい」


ツアーは無事終了。


しかも。


事件なし。


遥室長にとって、それが何より大きかった。


「今回は誰も猟銃持ってなかったのら」


隼人補佐官。


「比較基準がおかしくなっています」


参加者は三島駅で解散。


だが、ヒロインとフロントの面々は、まだ帰らない。


この日は、そのまま修善寺温泉に宿泊することになっていた。


仕事も終わった。


これからは完全に慰労。


温泉。


食事。


休息。


バスが修善寺へ向けて走り始める。


遥室長は、ふと嫌な記憶を思い出した。


寸又峡。


夜。


スタッフ会議。


麻雀。


遥は、すみれコーチを見る。


「すみれコーチ」


「はい?」


遥。


「……麻雀牌、持ってきてないよね?」


すみれは、少しも動じなかった。


にっこり。


「さぁ、どうでしょう」


遥室長の顔が引きつる。


「その返事が一番怪しいのら!」


波田顧問が窓の外を見ながら笑う。


まさにゃんは、なぜか今夜の部屋割り表を確認し始める。


隼人補佐官。


「私は参加しませんからね」


すみれ。


「まだ何も言ってないけど?」


隼人。


「前回学びました」


琴音は手帳を取り出した。


遥。


「琴音ちゃんまで何してるのら!」


琴音。


「最高戦略会議が開催された場合に備えて、議事録を」


「開催させないのら!」


後ろの席。


美月は疲れ切っていた。


凜花と麗奈は、今度は少し離れた席から普通に会話している。


美月。


「……ようやく普通になった」


真央。


「今日一番働いたの、美月さんかもしれんがね」


「ウチ、何の担当やったんや……」


さらに前方では、ひかりとみのりが今日撮影した写真を二人で見ている。


「ここ、綺麗だったねぇ」


「次は二人で行きたいです」


美月。


「そっちは百合度上がったままなんかい!」


そして、参加者として同行していたたつをは、最後列でフリップを掲げる。


《こんどは しゅぜんじ》


美月。


「お前も泊まるんか!?」


たつを。


《いっぱんさんかしゃ わく》


「その万能ワードやめろ!」


夜の伊豆。


バスは修善寺温泉へ向かって走る。


寸又峡の事件を乗り越えた百二十人へ届けた、お詫びの一日。


昭和の名曲を知らなかったヒロインたちは、その舞台を歩き、ようやく歌の情景を少し理解した。


ひかりとみのりは、さらに距離を縮めた。


凜花と麗奈は、まだ完全に打ち解けたとは言えないものの、最後には一度だけ自然に笑い合った。


そして詩織だけは。


美月に尋ねられていた。


「で、結局あの歌、どういう意味か分かった?」


詩織。


「……すごく、好きってことですか?」


美月。


「ざっくりしすぎや!」


波田顧問が後ろから叫ぶ。


「だから情念だって言ってんだろ!」


遥室長。


「波田顧問は何でそこまで詳しいのら!?」


その疑問だけは、最後まで明かされなかった。


こうして、ヒロ室東海(仮称)と百二十人の名曲・天城路巡礼バスツアーは、事件も事故もなく、大満足のうちに幕を閉じた。


ただし。


ヒロ室東海(仮称)の本当の夜は、これからだった。


行き先は修善寺温泉。


そして、すみれコーチの荷物からは、歩くたびに。


ジャラッ。


遥室長が振り返る。


「……今、音したのら」


すみれ。


「湯呑みじゃないですか?」


遥。


「前にも聞いた言い訳なのら!」


次回――『湯けむり修善寺、最高戦略会議ふたたび!?――麻雀牌と凜花・麗奈、美月だけが眠れない夜』へ続く。


今日 9:31

戦隊ヒロイン小説 ヒロ室東海(仮称)の静岡県内のイベント活動 寸又峡温泉の立てこもり事件のあとがきの続き 石川さゆりさんのヒット曲「天城越え」の歌詞とリンクしたバスツアー 『恋の峠より険しい二人の距離!?――120人の名曲巡礼、凜花と麗奈は目を合わせない』 の詳しいあらすじを人気作家になってコメディ小説書いて 章立てしないで1本にまとめて

・このあらすじでOK

・前回参加した澪と理世は折り合いかつかずに残念だが参加できない。代わりに麗奈と詩織が参加

・華やかな容姿の凜花と麗奈はどちらが写真映えするかレベルの高い争いをする 二人の不仲に振り回される美月はお笑い箇所

・歌碑を前にした波田顧問は感慨深げ

・三島駅でツアー解散で参加者は大満足 ヒロイン達は修善寺温泉へ向かう 遥室長「麻雀牌持ってきてないよね」にすみれコーチ「さぁどうでしょう」と惚ける 

※次回修善寺温泉編に繋がる感じでまとめて

『恋の峠より険しい二人の距離!?――120人の名曲巡礼、凜花と麗奈は目を合わせない』


――ヒロ室東海(仮称)、お詫びの天城路バスツアー。歌姫の絶唱と、板挟みになった河内の閃光


寸又峡温泉の猟銃立てこもり事件から、しばらくたった。


事件は解決した。人質は全員救出され、負傷者はゼロ。ヒロ室東海(仮称)の奥大井鐡道旅行に参加していた百二十人も、福鉄旅行静岡支店の手配によって無事に帰宅した。


しかし、葛城正男室長代理――通称まさにゃんには、一つの心残りがあった。


旅行の二日目である。


奥大井湖上駅の絶景も、寸又峡温泉の湯も、ディナートークショーも楽しんでもらえた。ところが、その夜に発生した立てこもり事件によって、翌日の予定はすべて中止。参加者が楽しみにしていた夢のつり橋の散策も実現できなかった。


参加者から苦情は一件も来なかった。むしろ、ヒロインや旅行会社の対応に感謝する声がほとんどだったという。


それでも、まさにゃんは納得していなかった。


「苦情がなかったから、それでよしという話ではありません。皆さんは一泊二日の旅行を楽しみにしてくださったんです」


福鉄旅行静岡支店の担当者も頷いた。


「そうですね。せめて、もう一度楽しい一日をお届けしたいです」


「お詫びの代替ツアーを企画しましょう」


こうして二人は、静岡県内で実施できる格安の日帰りバス旅行を検討し始めた。


そこでまさにゃんが見つけたのが、福鉄旅行静岡支店の古い企画書だった。


表紙には『伊豆・天城 名曲の舞台を訪ねる旅』とある。


女性演歌歌手が歌い上げた、昭和の歌謡史に残る大ヒット曲。恋する女性の激しい情念を、伊豆の山深い風景に重ねた、あの一曲である。企画書には、浄蓮の滝、わさび沢、天城の旧道、石造りのトンネル、寒天橋などを巡る行程が記されていた。


「これ、いつの企画ですか?」


まさにゃんが尋ねると、担当者は資料の作成年月を確認した。


「……ずいぶん昔ですね。結局、実施されなかったようです」


「なぜです?」


「分かりません」


「理由もなく眠らせておくには惜しい。現在の道路事情と観光施設に合わせて、作り直しましょう」


つまり、往年の旅行商品を令和仕様へリプレイスするのである。


鉄道が一切登場しない企画にもかかわらず、まさにゃんの仕事は恐ろしく早かった。道路の走行時間、昼食場所、団体の休憩時間、希望制の徒歩散策、参加者への説明資料。数日のうちに、立派な企画書が完成していた。


これを読んだ芹沢遥室長は、例によって天井を仰いだ。


「……鉄道がなくても、こういう仕事だけは早いのら」


格安の特別料金で前回の百二十人へ優先案内を出すと、かなりの人数が参加を希望した。残る座席は前回のキャンセル待ち客を優先したところ、たちまち満席。福鉄旅行は、ヒロインとスタッフの乗車分も含めて、十分な座席数を確保した大型観光バス三台を手配した。


当日の集合場所は三島駅。


参加ヒロインは、杉山ひかり、河合美音、山田真央、稲生明日香、伊吹真白、山本あかり、赤嶺美月、土屋凜花。さらに、前回も参加した館山みのりが加わる。


柏木理世と水無瀬澪は、どうしても別の予定と折り合いがつかず欠席となった。理世は代替ツアーの安全管理資料を事前に作成し、澪は「次はちゃんと眠れる旅行にして」とだけ言い残したという。


その二人に代わって参加するのが、大宮麗奈と歌姫・藤原詩織だった。


フロント側は、遥室長、隼人補佐官、まさにゃん、太田すみれコーチ、波田顧問、小宮山琴音。


そして、もう一名。


「……おい」


三島駅の受付で、美月が足を止めた。


見慣れたタツノオトシゴが、参加者用の受付列に並んでいた。


「たつを。呼ばれた?」


たつをは無言でフリップを掲げた。


《いっぱんさんかしゃ わく》


「一般参加者枠!?」


琴音が名簿を確認する。


「……お名前がありますね」


「あるんかい!」


「通常の申し込み手続きをされています」


「誰が申し込んだんや!」


「受付記録には、所定の方法でお申し込みいただいたとしか……」


美月は頭を抱えた。


前回の寸又峡事件では、たつをがいつ、どこから現場へ入り込んだのか、全国ネットの報道番組でも説明できなかった。それが今回は、最初から参加者名簿に載っている。


「……ちゃんと申し込んだら申し込んだで、何か腹立つな」


たつを。


《せいきの きゃく》


「正規の客なら胸張ってええ、いう問題でもないねん!」


遥室長は、受付の安全管理担当者に参加資格を改めて確認したうえで、深いため息をついた。


「今度は絶対に、勝手に団体から離れないのら」


たつを。


《りょうかい》


信用してよいものかは、誰にも分からなかった。


その騒動の向こうでは、別の問題が静かに発生していた。


土屋凜花と大宮麗奈である。


二人は同い年。ともにイベントコンパニオンとして活動し、華やかな容姿と人前に立つ技術を持っている。ただし、その魅力は微妙に異なっていた。


麗奈は都会的で洗練された正統派。長身の美しい立ち姿、端正な顔立ち、隙のない所作。企業の発表会に立てば、会場全体の格が一段上がったように見える。


凜花は元アイドル。可愛らしい笑顔と華やかさに加え、見る者の心をつかむ愛嬌がある。カメラの位置を察して自然に角度を変える技術は、もはや職人芸だった。少しあざとい仕草も、彼女がやれば魅力になってしまう。


どちらが美しいかと問われても、簡単に答えなど出ない。


問題は、当人同士がそれをよく分かっていることだった。


「おはようございます」


「……おはようございます♡」


二人は完璧な笑顔で挨拶を交わした。


そして、そのまま視線を外した。


美月は、二人の間に立ったまま首をかしげた。


……何や、この空気。


美月は麗奈とも仲が良い。凜花とも仲が良い。二人とも親しく話せる、気の合う相手である。


だからこそ、妙な距離感がよく分かった。


険悪というほどではない。


喧嘩をしているわけでもない。


互いを悪く言うこともない。


しかし、明らかに意識している。


麗奈が美月へ話しかけた。


「美月ちゃん、私、一号車でいいのよね?」


「せ、せやで」


凜花も反対側から顔を出す。


「美月さん、私も一号車ですよね♡」


「……せやな」


「じゃあ、よろしくね」


「よろしくお願いします♡」


なぜか二人とも、美月を見ている。


「いや、ちょっと待って。何でウチを挟んで挨拶するん?」


麗奈は上品に微笑んだ。


「別に、そんなつもりないわよ?」


凜花もにっこり笑う。


「私もですよ♡」


「そういう時だけ息ぴったりやないか!」


少し離れた場所で、真央が感心していた。


「美月さん、今日は二人分の添乗員だがね」


「誰が人間関係の添乗員やねん!」


集合写真の撮影では、さらに問題が表面化した。


参加者から、凜花と麗奈を並べて撮ってほしいという希望が出たのである。


二人ともプロだった。


「もちろんです♡」


「どうぞ」


一瞬で表情が切り替わった。


背筋が伸びる。顎の角度が定まる。髪の流れも自然。麗奈は都会的な正統派の美しさを際立たせ、凜花は元アイドルらしい愛嬌を加えて、絶妙にカメラへ視線を送った。


カメラマン役の参加者が思わず声を漏らす。


「……いや、これ、すごいな」


写真を確認すると、二人とも恐ろしく映えていた。


麗奈は高級ブランドの広告のような一枚。


凜花はファッション誌の表紙のような一枚。


優劣をつけようとした参加者も、結局どちらも保存するしかなかった。


撮影が終わった瞬間、二人は丁寧に礼をして左右へ離れた。


美月が叫ぶ。


「写真の中ではあんな仲良さそうやったやん!」


凜花。


「お仕事ですから♡」


麗奈。


「当然でしょう?」


「プロ意識だけで橋を架けるな!」


こうして、美月の長い一日が始まった。


三台のバスは、予定どおり三島駅を出発した。


車内でマイクを握ったのは、まさにゃんである。


「皆様。本日は日本の歌謡史を代表する、ある名曲の舞台を巡ります。激しい恋心を伊豆の山々へ重ね、今なお多くの方に歌い継がれている一曲です」


年配の参加者はすぐに頷いた。


ところが、ヒロインたちの反応は心もとない。


ひかりは申し訳なさそうに言う。


「曲名は知ってるけど、歌詞までは詳しくないら」


真央も頷いた。


「有名な歌だってことは知っとるがね」


明日香。


「カラオケで誰かが歌ってた気がするじゃんね」


美音。


「山道の歌なんだに?」


美月。


「せやから、登山の応援歌とちゃうん?」


最後列から波田顧問の声が飛んだ。


「馬鹿野郎! 情念の歌だよ、情念!」


バスの車内が一瞬静まった。


遥室長が振り向く。


「波田顧問、何でそんなに詳しいのら?」


「有名な歌なんだから当たり前だろうが!」


「それにしても熱量がおかしいのら」


すみれコーチが笑う。


「顧問、昔、何かあったんじゃないですか?」


「ねえよ!」


返事が早かった。


早すぎた。


美月は小声で呟いた。


「絶対、何かあるやろ……」


最初の大きな目的地は、浄蓮の滝だった。


バスから降りた参加者たちは、深い緑に包まれた山あいの景色を楽しみながら、歌碑のある周辺へ向かう。滝へ続く階段は体力差があるため、福鉄旅行は希望者ごとに散策を分け、無理のない見学時間を設けていた。


水音が近づく。


山の冷気が頬に触れる。


そして、歌碑の前に立った波田顧問は、急に口数が少なくなった。


「……ここか」


さっきまで車内で怒鳴っていた男とは、まるで別人だった。


碑を見上げ、しばらく黙っている。


隼人補佐官が声をかけた。


「顧問、解説をお願いします」


「……ああ」


波田は、ゆっくり口を開いた。


「この歌が流行った頃はな、どこへ行っても耳にしたもんだ。歌の舞台が実際にあるから、いつかこういう旅行をやれたら面白いと思ってたんだよ」


まさにゃんが驚く。


「昔の企画にも、顧問が関わっていたんですか?」


「少しな」


それ以上は語らなかった。


普段の豪快さとは違う、感慨深げな横顔だった。


美月は何となく察した。


……やっぱり、昔何かあったんやな。


だが、ここで口を挟むほど野暮ではない。


代わりに真央が、まったく遠慮なく言った。


「顧問、やっぱり青春の思い出だがね?」


「うるせえ!」


いつもの波田顧問が戻ってきた。


参加者から笑いが起きる。


少し離れたところでは、ひかりとみのりが並んで歌碑を見つめていた。


「ひかりさん、こうして歌の舞台を歩くのって、素敵ですね」


「うん。歌を知ってから見ると、景色の感じ方も変わるんだねぇ」


「……ひかりさんと一緒だから、余計にそう感じるのかもしれません」


ひかりは、みのりの顔を見た。


「みのりちゃん……」


二人は微笑み合う。


そこへ美月が通りかかった。


「待って。ちょっと待って」


二人が振り向く。


「?」


「今、何か始まりかけてへん?」


ひかりは不思議そうな顔をした。


「何が?」


「それをウチに説明させんといて!」


凜花が楽しそうにスマートフォンを構える。


「美月さん、二人の記念写真、撮りましょうか♡」


「凜花さん、絶対分かってて言うとるやろ!」


結局、ひかりとみのりは並んで写真を撮った。背景には歌碑と深い緑。二人の笑顔は自然で、参加者からも「仲がいいですね」と声が上がった。


美月だけが、なぜか一人で疲れていた。


続いて、凜花と麗奈の写真撮影が始まる。


浄蓮の滝を背に、一人ずつ撮影することになったのだ。


麗奈は、何も言わずに立っただけで構図が完成した。滝の縦のラインと長身の姿が調和し、落ち着いた表情には気品があった。


続いて凜花。


彼女は半歩だけ立ち位置を調整し、少し振り返るようにして笑った。風に髪が揺れ、まるで最初からその瞬間を待っていたかのような写真になった。


参加者が唸る。


「どっちもすごいですねえ……」


麗奈は凜花の写真をちらりと見た。


凜花も麗奈の写真をちらりと見た。


「……素敵ですね」


「凜花さんも」


互いに褒める。


しかし、目は合わない。


美月が頭を抱えた。


「もう、写真判定で勝負つけようとすんのやめてくれへん!?」


麗奈。


「勝負なんてしてないわよ、美月ちゃん」


凜花。


「そうですよ♡」


「勝負してへん人間の空気ちゃうやろ!」


昼食は、天城の山の幸を楽しめる団体向けの料理だった。


わさび飯。


地元野菜。


川魚。


山あいならではの味が並ぶ。


真央は、ようやく本領を発揮した。


「このわさび、香りがええがね! 辛味が立つけど、後味がすっと抜けるのが魅力だがね!」


美月もわさびをたっぷり添えて一口食べる。


「うまっ……あっ、待って! 鼻に来た! 鼻に!」


「だから、つけすぎだがね!」


「先に言うてや!」


「見たら分かるがね!」


参加者たちは、その掛け合いを楽しみながら食事を進めた。


そして昼食後、今回のツアー最大の特別企画が始まる。


藤原詩織の独唱である。


会場は、福鉄旅行が事前に使用を調整した貸切スペースだった。


詩織が参加者の前へ出る。


伴奏はない。


アカペラだった。


「今日は皆さんで、あの歌に登場する景色を巡っていますので……一曲、歌わせていただきます」


軽く一礼する。


詩織が息を吸った。


歌い始めた瞬間、空気が変わった。


最初の声は柔らかく、少し陰りを帯びていた。ところが旋律が進むにつれ、音は深みを増し、強さを帯びていく。息の流れが途切れず、伴奏がないにもかかわらず、音程は揺らがない。


特に見事だったのは、鼻濁音だった。


言葉の響きが不自然に硬くならず、柔らかく鼻腔へ抜ける。演歌独特の情感を生かしながら、一つひとつの日本語が明瞭に届く。力強い高音に入っても、声は決して荒れなかった。


真央が箸を置いた。


美月もツッコミを忘れた。


まさにゃんは企画書を閉じた。


遥室長は、思わず姿勢を正した。


凜花と麗奈も、そろって詩織の方を見つめていた。


曲が終わる。


一拍。


静寂。


次の瞬間、会場は大きな拍手に包まれた。


最初に立ち上がったのは波田顧問だった。


「おい、詩織! 本家以上じゃねーかよ!」


詩織は慌てて頭を下げた。


「そ、そんなことありません!」


「いや、すげえ! あの鼻濁音、どうやって出すんだよ!」


遥室長がすぐに注意する。


「顧問! 褒めるのはいいけど、本家と比較しなくていいのら!」


「そんぐらい感動したってことだよ!」


会場から再び拍手が起きた。


前回の奥大井旅行に参加した男性が、隣の妻へ小さく言った。


「今回も申し込んでよかったな」


妻が微笑む。


「本当にね」


その言葉を耳にしたまさにゃんは、少しだけ俯いた。


事件によって奪われた二日目を、完全に取り戻すことはできない。それでも、こうして別の楽しい思い出を届けることはできたのだ。


ところが、感動の余韻は長く続かなかった。


真央が詩織へ尋ねたのである。


「詩織さん、主人公の女の人の気持ち、どう思うがね?」


詩織は首をかしげた。


「……え?」


「ものすごく強い恋心を歌っとるんだがね」


「そうなんですか?」


全員が止まった。


美月が口を開く。


「……今、何て?」


詩織は少し困った顔をした。


「歌う時は音程や発声、言葉の響きに集中していて……歌詞の意味は、実はあまり深く考えたことがないんです」


「嘘やろ!?」


美月の声が会場に響いた。


「あんな情感たっぷりに歌っといて、主人公の気持ち分かってへんの!?」


「声の表現としては分かるんですけど……」


「高度すぎるわ!」


波田顧問は両手で頭を抱えた。


「お前、あれだけ歌えて意味が分かってねえのか!」


詩織。


「……ごめんなさい」


遥室長。


「謝る必要はないのら! それはそれで才能なのら!」


真央は感心していた。


「歌唱力だけで情念を再現できるんだがね……」


美月。


「何やその特殊能力!」


当の詩織は、ますます不思議そうな顔をしていた。


午後、バスは旧天城トンネル周辺へ向かった。


大型バス三台を狭い旧道へ無理に乗り入れさせることはせず、安全な場所を拠点に、希望者が徒歩で見学する行程である。歩行を控えたい参加者には、別の休憩と観光案内が用意されていた。


石造りの古い隧道を前にしたまさにゃんは、いよいよ興奮を隠せなくなった。


「皆様。こちらの隧道は、明治期の道路土木を考えるうえで非常に重要な――」


「五分なのら」


遥室長が先制した。


「まだ説明を始めたばかりですが」


「先に言っておくのら」


「せめて十五分」


「五分なのら!」


まさにゃんは、ひどく残念そうだった。


その間、明日香は石造構造を観察し、美音と真白は古道の幅や勾配に関心を示していた。


ひかりとみのりは、少し離れたところで木々に囲まれた道を歩いていた。


「ひかりさん。こういう静かな道、いいですね」


「うん。空気がひんやりしてるねぇ」


「……また二人で来たいです」


ひかりは微笑んだ。


「じゃあ、今度は二人だけで来ようか?」


みのりの頬が少し赤くなる。


「……はい」


「手、つなぐ?」


「……いいんですか?」


「もちろんだよぉ」


二人の手が、そっと重なる。


後ろの方で、美月が固まった。


「……おい」


凜花が楽しそうに振り向く。


「どうしました?♡」


「百合度、上がっとる」


凜花。


「いいじゃないですか。素敵ですよ♡」


「せやけど、今回のテーマは昭和の情念やろ!?」


「ひかりさんとみのりさんは、令和の純愛ですね♡」


「うまいこと言わんでええ!」


美月はそう叫んだものの、結局二人の邪魔はしなかった。


だが、凜花と麗奈の板挟みは続いていた。


休憩所で、麗奈が美月を誘う。


「美月ちゃん、飲み物を買いに行かない?」


「ああ、ええで」


すると凜花も近づいてきた。


「あ、美月さん。私もちょうど飲み物を買おうと思っていたんです♡」


美月は即答した。


「ほな、三人で行こ」


沈黙。


麗奈。


「……私、後でもいいわ」


凜花。


「私も後で大丈夫ですよ♡」


美月。


「何でやねん!」


しかも二人は、互いを悪く言うわけではない。


麗奈が言う。


「凜花さんは華やかよ。元アイドルらしい魅力があるもの」


凜花も返す。


「麗奈さんこそ、すごく綺麗です。立っているだけで絵になりますから♡」


「ありがとうございます」


「こちらこそ♡」


美月は、二人を交互に見た。


「褒め合っとるのに、何でこんな空気冷たいん!?」


どうやら二人は、単純に嫌い合っているわけではない。


自分にないものを、相手が持っている。


そのことを認めているからこそ、どうしても意識してしまうのだった。


正統派の気品を持つ麗奈。


元アイドルの愛嬌と華やかさを持つ凜花。


同じ年、同じイベントコンパニオン。


並べば比較される。


比較されれば、負けたくなくなる。


しかし、相手の実力も認めざるを得ない。


その微妙な感情が、二人の間に見えない壁をつくっていた。


そして、美月はその壁の真ん中に立たされているのである。


「……ウチ、何の罰ゲーム受けとるんや」


遠くで見ていた真央が言った。


「美月さん、今回のツアーで一番働いとるかもしれんがね」


「誰のせいやと思っとんねん!」


旅はさらに、天城の山道を南へ進んだ。


寒天橋や二階滝の周辺では、歌に登場する土地の情景を案内する。団体での安全を優先し、駐車や徒歩での見学が難しい場所は、車内の写真資料と解説を組み合わせた。


朝には歌詞をほとんど知らなかったヒロインたちも、少しずつ、歌の中に描かれた風景と目の前の景色を結びつけられるようになっていた。


ただし、波田顧問の情念講義は、相変わらず熱かった。


「だからな、ただの恋愛じゃねえんだよ! 相手を想う気持ちが、もう自分でも抑えられねえんだ!」


遥室長。


「顧問、三回目の解説なのら」


「大事なことは何度言ってもいいんだよ!」


すみれコーチ。


「やっぱり昔、何かあったんじゃないですか?」


「ねえって言ってんだろ!」


参加者は、波田の解説も含めてすっかり楽しんでいた。


そして、河津七滝ループ橋。


大きく弧を描く道路を、三台のバスが次々と進んでいく。


窓の外では、山の斜面と道路がゆっくり位置を変える。


美月が歓声を上げた。


「おおっ! ほんまにぐるぐる回っとる!」


真白は、プロドライバーらしく前方を見ていた。


「大型バスでこのカーブを走るのは、運転手さんも気ぃ遣うやろなぁ」


美月。


「ここでも仕事目線かい!」


真央。


「でも、景色ええがね!」


ひかりとみのりも、肩を寄せて車窓を眺める。


「きれいだねぇ」


「はい。ひかりさんと一緒に見られて嬉しいです」


「私もだよぉ」


美月は、もう何も言わなかった。


……好きにしてくれ。


その代わり、隣の座席では最後の問題が起きていた。


凜花と麗奈が、同時に窓の外を見ていたのである。


「……綺麗ですね」


「綺麗ね」


二人の声が重なった。


美月は、はっと顔を上げた。


「今や!」


凜花と麗奈が振り向く。


「え?」


「何?」


「今、同じこと言うたやろ! ほら、目ぇ合わせてみ!」


「美月さん、何を言ってるんですか♡」


「美月ちゃん、大げさよ」


そう言いながら、二人はちらりと互いを見た。


一瞬、視線が合った。


それから、どちらともなく小さく笑った。


凜花。


「……本当に綺麗ですね」


麗奈。


「ええ。いい景色ね」


今度は、ちゃんと目を見て話していた。


美月は大きく息を吐いた。


「……やればできるやん」


麗奈。


「何の話?」


凜花。


「美月さん、変ですよ♡」


「誰のせいで朝から疲れとると思っとんねん!」


二人が笑う。


美月も、つられて笑ってしまった。


完全に打ち解けたわけではない。二人の間には、まだ競争心が残っているだろう。


しかし、それでいいのかもしれない。


互いに意識し、腕を認め合うからこそ、次の現場ではもっとよい仕事ができる。


美月はそう思うことにした。


もっとも、次回のイベントでまた二人に挟まれたら、迷わず真央を身代わりにしようとも考えていた。


夕方から夜にかけて、三台のバスは三島駅へ戻った。


大きな遅延もなく、全員無事に帰着した。


福鉄旅行の添乗員とヒロインたちは、降車する参加者を一人ひとり見送った。


「今回は本当に楽しかったです」


「歌の舞台って、実際に巡ると面白いですね」


「詩織さんの歌、忘れられません」


「前の旅行は大変でしたけど、また参加してよかった」


中には、まさにゃんの手を握って礼を述べる参加者もいた。


「また企画してくださいね」


「ありがとうございます」


まさにゃんは、深く頭を下げた。


「次回も、皆様に楽しんでいただける旅行を考えます」


参加者が去った後、福鉄旅行静岡支店の担当者とまさにゃんは、三台のバスを見上げた。


「……無事に終わりましたね」


「はい」


「参加者の皆さん、喜んでくださいました」


「ええ。企画してよかったです」


前回の事件によって失われた二日目を、完全に取り戻すことはできない。


それでも、百二十人へ別の楽しい一日を届けることはできた。


それが、このツアーの何よりの成果だった。


遥室長も満足そうだった。


「今回は事件も事故もなく、全員無事に帰ってこられたのら」


隼人補佐官が頷く。


「それが本来の旅行です」


「……何だか、その当たり前がものすごく嬉しいのら」


美月も大きく伸びをした。


「せやな。今日は普通に観光できたわ」


真央。


「詩織さんの歌も聴けたがね!」


詩織は照れながら頭を下げた。


「ありがとうございます」


美月は、ふと思い出して尋ねた。


「ところで詩織さん。結局、あの歌の意味、分かった?」


詩織は真剣に考えた。


「……ものすごく、好きってことですか?」


「ざっくりしすぎや!」


波田顧問が背後から叫ぶ。


「だから情念だって言ってんだろ!」


遥室長。


「顧問は何でそこまで詳しいのら!?」


波田は、答えなかった。


ただ少しだけ、昔を懐かしむように笑っていた。


参加者とは、三島駅で解散した。


だが、ヒロインとフロントの面々は、まだ帰宅しない。


この日は、修善寺温泉に宿泊する予定だったのである。


百二十人のツアーが終わり、ここからはスタッフとヒロインたちの慰労旅行。温泉に入り、夕食を楽しみ、ゆっくり休む。


本来なら、それだけのはずだった。


バスが修善寺へ向けて走り始めると、車内の空気もすっかり緩んだ。


ひかりとみのりは、今日撮影した写真を二人で見返している。


凜花と麗奈も、離れた席ながら普通に言葉を交わすようになっていた。


美月は、ようやく解放された気分だった。


「……今日、ウチが一番疲れた気がするわ」


真央。


「大変だったがね」


「分かっとるなら、途中で助けてくれてもよかったやろ!」


「面白かったから、つい」


「お前なあ!」


車内に笑いが広がる。


しかし、最前列に座る遥室長だけは、落ち着かなかった。


ある記憶が蘇ったのである。


寸又峡温泉。


スタッフ会議。


議事録。


そして、なぜか始まった麻雀。


遥室長は、ゆっくりと太田すみれコーチへ顔を向けた。


「……すみれコーチ」


「はい?」


「麻雀牌、持ってきてないよね?」


すみれは、何一つ動揺しなかった。


それどころか、にっこり笑った。


「さぁ、どうでしょう」


遥室長の顔が引きつった。


「その答えが一番怪しいのら!」


波田顧問は、窓の外を見ながら笑いをこらえている。


まさにゃんは、なぜか今夜の部屋割り表を取り出した。


隼人補佐官は先手を打った。


「私は参加しませんからね」


すみれ。


「まだ何も言ってないけど?」


「前回の反省です」


琴音は、静かに手帳を開いた。


遥室長が気づく。


「琴音ちゃんまで何してるのら!」


「最高戦略会議が開催された場合に備えて、議事録の準備を」


「開催させないのら!」


バスの後方では、美月が天井を仰いでいた。


「……今日の夜も長そうやな」


凜花は麗奈へ、そっと笑いかけた。


「麗奈さん、私たちは温泉でゆっくりしましょうね♡」


麗奈も微笑む。


「そうね。今日はお疲れ様」


ようやく、二人が自然に笑い合っている。


美月は、その様子を見て心から安堵した。


よかった。これで今夜は平和や。


だが、最後列でたつをがフリップを掲げた。


《しゅぜんじも さんか》


美月。


「お前も泊まるんか!?」


《いっぱんさんかしゃ わく》


「その万能ワード、どこまで使うねん!」


たつをは、もう一枚めくった。


《まーじゃん みがく》


美月。


「お前、何を磨く気や!」


遥室長の叫び声が前方から飛んだ。


「麻雀はしないのらあああ!」


その瞬間。


すみれコーチの荷物から、小さな音がした。


ジャラッ。


全員が振り向く。


遥室長が、すみれを見つめた。


「……今、何の音がしたのら?」


すみれは平然と答えた。


「湯呑みじゃないですか?」


「前にも聞いた言い訳なのら!」


波田顧問が豪快に笑った。


まさにゃんは部屋割り表を隠した。


隼人補佐官は目を閉じた。


琴音は手帳に一行を書き込んだ。


『修善寺温泉到着前、麻雀牌所持疑惑発生。』


バスは、夜の伊豆を走っていた。


寸又峡の事件を乗り越えた参加者たちへ、ようやく届けることができた、お詫びの一日。昭和の名曲を知らなかった若いヒロインたちは、その舞台を歩き、歌の情景に触れた。


ひかりとみのりは、さらに距離を縮めた。


凜花と麗奈は、写真映えを競い合いながらも、ほんの少しだけ互いを認め合った。


その間に挟まれた美月は、観光案内以上の重労働を強いられた。


そして詩織の美しい歌声は、参加者全員の思い出になった。


旅行は、大成功だった。


少なくとも、三島駅で解散するまでは。


これから向かうのは、修善寺温泉。


温泉と夕食、そして休息の夜。


ただし、すみれコーチの荷物には、まだ誰にも確認されていない音の正体が眠っている。

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