↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1217/1262

世界が見た「たつをを叱る女」――寸又峡事件、その後。駿河の良心は全国ネットへ、まさにゃんは次の旅へ!

寸又峡の山々に、ようやく平穏が戻った。


猟銃立てこもり事件は解決し、人質は全員救出。犯人は逮捕され、負傷者はゼロ。奥大井鐡道の貸切列車で寸又峡温泉を訪れたヒロ室東海(仮称)の旅行参加者百二十人も、福鉄旅行の手配によって全員無事に帰宅した。


もっとも、警察による捜査も、被害者への支援も、これからである。犯人が抱えていた金銭トラブルも、事件が終わったからといって消えたわけではない。


ただ、少なくとも温泉街には、いつもの静けさが戻りつつあった。


大井川の流れ。


山の緑。


湯けむり。


旅館の朝。


そして、事件現場から何百キロも離れた場所で、新たな騒動が始まっていた。


きっかけは、一枚の写真だった。


事件翌日、全国の新聞は寸又峡猟銃立てこもり事件を大きく報じた。


山間の温泉旅館で起きた人質事件。静岡県警による長時間の説得。動画配信「RINKA MODE」を使った異例の交渉。人質の段階的解放。深夜に現地へ駆けつけた与党の大物代議士。そして、県警と戦隊ヒロインたちによる救出活動。


事件の全容は、テレビ、新聞、インターネットで繰り返し取り上げられた。


特に大きな反響を呼んだのは、土屋凜花の動画配信だった。


犯人はテレビへの出演を要求したが、深夜の寸又峡へ取材クルーを直ちに派遣することは難しかった。そこで凜花が、登録者数十万人を抱える自身の配信チャンネルを使うことを提案。杉山ひかりがインタビュアーとなり、犯人の話を聞き続けた。


普段はイベントの感想を語ったり、視聴者と交流したりするためのRINKA MODEが、その夜だけは人質の命をつなぐ交渉の場になったのである。


さらに、画面を見ていた「りんか民」の一部が、犯人の発言に関係する情報を警察へ提供。犯人が執着していた静岡市内の女性への連絡にもつながった。


視聴者が単に事件を見守るだけではなく、現場の経過に影響を与えた。


前代未聞といってよい、動画配信時代の劇場型事件だった。


もっとも、報道がすべて礼賛一色だったわけではない。


生配信によって犯人の発言が無制限に広まる危険。人質の顔や個人情報が流出する可能性。視聴者による誤った人物特定。そして、善意の一般人が現場へ押しかけることの危険性。


こうした問題も、各社は丁寧に取り上げた。


静岡県警は記者会見で、視聴者から寄せられた情報提供への謝意を述べる一方、今回のような事態で一般人が独自に関係者へ接触したり、事件現場へ向かったりすることは控えてほしいと説明した。


事件が解決したからといって、すべての行動が無条件に肯定されるわけではない。


そのことも含めて、今回の事件は長く語られることになりそうだった。


そして、各紙は事件に関わった三人の人物に注目した。


駿河の良心、杉山ひかり。


彼女は、犯人の怒鳴り声にも動じず、優しい駿河弁でインタビューを続けた。金銭トラブルに関する言い分を丁寧に引き出しながら、人質を取る行為は決して許されないという一線を崩さなかった。


高齢者、女性、子どもの解放を涙ながらに訴えた姿は、多くの視聴者の記憶に残った。


次に、戦隊ヒロインプロジェクトの創設に携わった与党の大物代議士。


誰もが知る政界の重鎮でありながら、犯人の話に長時間付き合い、何度も相槌を打ち、焦らず交渉を続けた。犯人を頭ごなしに怒鳴りつけることもなければ、できもしない約束を並べることもなかった。


そして、土屋凜花。


事件の最中、彼女は自分を売り込むことも、派手な演出をすることもなかった。


ただスマートフォンを構え、ひかりと犯人の対話を長時間にわたって配信し続けた。


三人への称賛は、全国に広がった。


その陰で、まったく別の方向から世界的な注目を浴びた人物もいた。


赤嶺美月である。


事件解決直後。


現場に派遣されていた架空の通信社、東洋時事通信のカメラマンは、旅館の前で実に奇妙な光景を目撃していた。


赤嶺美月が、タツノオトシゴのマスコットを猛烈な勢いで叱っていたのである。


もちろん、危険な事件現場の近くにマスコットが紛れ込んでいたのだから、叱ること自体は当然だった。


問題は、写真の出来がよすぎたことだった。


美月は腰に手を当て、目をつり上げ、口を大きく開けている。


片方の手は、相手へ鋭く向けられていた。


全身から「何でお前がおんねん!」という怒鳴り声が聞こえてきそうな一枚である。


一方、叱られている側の様子は、妙に平然としていた。


事件終結後、張り詰めた空気が少しだけ緩んだ瞬間を捉えた写真として、カメラマンはこれを通信社へ送った。


東洋時事通信は、事件を振り返る写真の一枚として全国の新聞社へ配信した。


ここまでは、まだよかった。


翌朝。


全国紙の社会面。


地方紙。


夕刊。


週刊誌のニュース欄。


美月の写真が次々と掲載された。


さらに、海外の提携通信社にも配信された。


外国のニュースサイトでも、寸又峡事件の終結を伝える記事に添えて、この一枚が使われたのである。


海を越えた。


時差を越えた。


言葉の壁を越えた。


河内の閃光、赤嶺美月。


世界に向かってタツノオトシゴを叱る女になった。


その事実を、美月は自宅で知った。


スマートフォンに、凜花からメッセージが届いたのである。


『美月さん、海外の記事にも載ってますよ♡』


添付画像。


開く。


美月。


「…………」


記事。


英語。


写真。


自分。


怒鳴っている。


「何やこれえええええ!」


数分後、ヒロ室東海(仮称)の連絡グループが騒がしくなった。


真央。


『美月さん、世界デビューだがね!』


凜花。


『写真、とっても躍動感がありますね♡』


明日香。


『海外記事まで確認したじゃんね』


美音。


『よう撮れとるに』


ひかり。


『美月さん、すごい写真だねぇ』


美月。


『全員、感想そこちゃうやろ!』


真央。


『世界各国へ河内のツッコミを輸出だがね』


美月。


『輸出すな!』


理世まで加わった。


『国際的な認知度向上という点では、広報効果が見込めますね』


美月。


『理世まで真面目に分析すな!』


本人は困惑していた。


しかし、インターネットの反応は容赦なかった。


《美月、世界デビュー》


《国際的たつを叱責者》


《事件解決後も戦闘継続》


《河内の閃光、通信社を通じて世界へ》


《日本語が分からなくても怒ってるのは分かる》


美月はスマートフォンを放り出した。


「……事件終わったんちゃうんかい!」


世間にとっては、まだまだ終わっていなかった。


数日後。


土屋凜花は、久しぶりに通常のRINKA MODEを始めた。


画面に映るのは、いつもの部屋。


いつもの照明。


いつもの凜花。


ただし、彼女の表情は少しだけ違っていた。


「りんか民のみんなぁ、ごきげんよう♡」


コメント欄に、温かな言葉が流れ始める。


《陛下おかえり》


《無事でよかった》


《本当にお疲れ様》


《ひかりさんも元気?》


《ちゃんと寝た?》


凜花は笑顔で頷いた。


「ありがとう。私も、ひかりさんも元気だよ。しっかり休ませてもらったから、心配しないでね」


そして、少し真剣な顔になる。


「今日は、みんなにお礼を言いたかったんです」


事件の最中、コメント欄では多くの視聴者が互いに注意を呼びかけていた。


犯人を刺激するような言葉を書かないこと。


無関係な人の名前や住所を公開しないこと。


現場へ勝手に向かわないこと。


確認できた情報は警察へ伝えること。


そして、人質と、交渉に当たる人々の無事を願うこと。


「みんなが落ち着いて協力してくれたこと、本当にありがたかったです」


凜花は頭を下げた。


「ありがとう」


コメント欄。


《こちらこそ》


《陛下が頑張ってたから》


《本当に誇らしかった》


《凜花、すごかったよ》


《何時間もカメラを支えてたじゃん》


凜花は照れたように笑った。


「私は、ただカメラ……スマホを向けていただけだよ」


即座に反論が飛ぶ。


《その「だけ」が大変なんだよ》


《あの状況でずっと落ち着いてた》


《怖かったはずなのに》


《凜花のファンでよかった》


凜花の表情が柔らかくなった。


「……ありがとう。そう言ってもらえると、すごく嬉しいな」


そして、ひかりについて語る。


「あの時、ひかりさんは本当にすごかった。犯人の方がどんなに怒鳴っても、話を遮らず、でも大事なことはちゃんと伝えていたでしょう?」


凜花は、あの夜を思い出す。


ひかりの涙。


穏やかな駿河弁。


人質が解放された瞬間。


「隣にいた私も、何度も勇気をもらったよ。将来、きっと素敵なアナウンサーになると思う」


《駿河の良心》


《ひかりさんの声に救われた》


《女子アナになってほしい》


《凜花とひかり、最高だった》


感動的な配信になっていた。


このまま終われば、きっと素晴らしい感謝配信として語り継がれたはずである。


ところが。


《ところで美月は?》


凜花が少し笑う。


「美月さんも元気だよ」


《世界の美月》


《国際的たつを叱責者》


《海外進出おめでとう》


《通信社公認ツッコミ》


凜花。


「……ちょっと、みんな」


もう遅かった。


《世界へ羽ばたく河内の閃光》


《あの写真は芸術》


《怒ってるだけで言語の壁を越えた女》


凜花はとうとう吹き出した。


「……あれ、すごい写真だったよね」


その頃。


東大阪。


赤嶺美月の自宅。


本人、視聴中。


事件の後で少し疲れも残っていたが、凜花の感謝配信は見ておこうと思ったのだ。


最初はよかった。


自分だって、りんか民があの夜に見せた自制心には感心している。


凜花もひかりも褒められていた。


素直に嬉しかった。


しかし、気がつけば話題は自分の写真になっている。


美月は画面を睨んだ。


「何やねん、国際的たつを叱責者て!」


コメント欄。


《あの顔は国宝級》


《世界に届いたなんでやねん》


《美月、国際会議に出席できる》


《議題:マスコットの現場乱入》


美月。


「誰がそんな会議出るか!」


ついに限界だった。


スマートフォンへ入力。


《本人見てるで》


送信。


コメント欄。


一瞬。


静止。


次の瞬間。


《うわっ出た!》


美月。


《出たってウチはお化けか?》


《本人いたあああ!》


《世界の美月降臨》


《国際通信社公認》


《写真の人だ》


美月。


《写真の人で済ますな!》


凜花は笑いながら画面を覗き込んだ。


「あっ、美月さん! 今日も見てくれてたんですね♡」


美月。


《凜花さん、笑いすぎや!》


「ごめんなさい♡」


謝罪には、あまり反省の色がなかった。


《美月、今日はどこにいる?》


《新幹線?》


《また姫路?》


美月。


《自宅や!》


《家なら乗り過ごさない》


《安心の自宅待機》


《でも油断は禁物》


美月。


《自宅で何を乗り過ごすねん!》


凜花は腹を抱えた。


「もう、美月さん、面白すぎます……!」


美月。


《凜花さんも加勢すな!》


感謝配信は、いつの間にかいつものRINKA MODEになっていた。


そして、ある視聴者が核心へ踏み込んだ。


《ところで、あのマスコットは何で事件現場にいたの?》


凜花の笑いが止まった。


「……え?」


《前の晩から行方不明だったよね》


《女子会にもいなかった》


《救出の時にはいた》


《いつ来た?》


《どうやって入った?》


凜花は困った顔になる。


「……それが、私にも分からないんです」


《陛下も知らない!?》


《じゃあ美月に聞こう》


美月。


《ウチも知らん》


《本人すら知らない》


《何なのあの存在》


美月。


《こっちが聞きたいわ!》


《事件最大の未解決事項》


《国際的な謎》


《今度、本人に聞いて》


凜花は苦笑する。


「聞いても、ちゃんと教えてくれるかどうか……」


美月。


《呼ばんでも来るくせに肝心な時は説明せえへんねん!》


凜花。


「……確かに」


そして、りんか民は最後に恐ろしいことを言い出した。


《次回RINKA MODE、たつを検証スペシャル》


美月。


《やめとけ!》


凜花。


「それは……ちょっと考えさせてね♡」


美月。


《考えるな!》


事件から数日。


ようやく戻ってきた、いつもの配信だった。


ただし、その翌週。


全国ネットの報道番組では、再び真面目な検証が行われていた。


東都放送系列。


『報道特報』。


この日の特集は、寸又峡猟銃立てこもり事件である。


キャスターは高瀬真澄。


長年にわたり報道の第一線で活躍してきた、美人ベテランキャスター。端正な顔立ち、落ち着いた声、そして曖昧な答えを見逃さない鋭い質問で知られている。


スタジオに招かれたゲストは二人。


杉山ひかり。


そして、静岡東都テレビ報道部の若手記者、三浦航平。


二十八歳の三浦は、県内の事件・災害を担当する記者である。寸又峡事件では、現場周辺で県警の発表を確認し、旅館関係者への取材を重ねた。RINKA MODEの映像をそのまま事実として扱わず、発言と裏付けの区別に努めた人物だった。


番組冒頭、事件の経緯を振り返る映像が流れた。


夜の寸又峡。


警察車両。


旅館。


杉山ひかりのインタビュー。


土屋凜花の配信。


人質の解放。


大物代議士の到着。


そして、全員無事という結末。


VTRが終わり、スタジオにカメラが戻る。


高瀬がひかりへ向き直った。


「杉山さん。猟銃を持った犯人と長時間向き合っていました。怖くはありませんでしたか」


ひかりは背筋を伸ばした。


「……怖かったです」


声は柔らかかったが、返答は明確だった。


「でも、あの方がお話ししてくれている間は、人質の皆さんが危険にさらされる時間を少しでも減らせるかもしれないと思ったんです」


高瀬。


「何を一番大切にしていましたか」


「相手の話を、最初から決めつけないことです」


ひかりはゆっくり答えた。


「お金のことで、あの方にも言い分があるように感じました。でも、それと人質を取ったり、銃を撃ったりすることは、まったく別だら……別ですから」


慌てて標準語に言い直す。


高瀬は優しく笑った。


「いつもの言葉でお話しいただいて構いませんよ」


ひかりは、ほっとしたように頷く。


「ありがとうございます。あの方も静岡の人だったので、私の普段の言葉で話すと、少し落ち着いて聞いてくれるように感じたんです」


高瀬。


「同じ地域の言葉が、対話を支えた可能性があるわけですね」


「はい。でも、それだけじゃなくて……ちゃんと聞いていることを、伝えたかったんです」


その言葉に、高瀬は静かに頷いた。


続いて三浦記者へ質問が移る。


「三浦さん。今回の事件は、動画配信が大きな役割を果たしたといわれています。一方で、問題点も指摘されていますね」


「はい」


三浦は落ち着いて答えた。


「今回は、警察との調整のもとで配信が交渉手段として使われました。しかし、生配信は一度流れた映像を取り消せません。犯人の発言を広める危険もあれば、人質や無関係な人の個人情報が映り込む危険もあります」


高瀬。


「結果がよかったからといって、誰でも同じことをしてよいわけではない」


三浦。


「その通りです。今回のような事例は、成功だけではなく、危険性も含めて検証する必要があります」


ひかりも真剣に聞いていた。


続いて、彼女が涙ながらに高齢者や女性、子どもの解放を求めた映像が流れる。


スタジオに戻ると、高瀬は静かに尋ねた。


「杉山さん。あの場面では、涙を流していらっしゃいましたね」


「……はい」


「感情的になってはいけない、という気持ちはありませんでしたか」


ひかりは少し考える。


「ありました。でも、子どもが震えているのを見たら、どうしても涙が出ちゃって……」


一瞬、言葉を探す。


「泣いてしまっても、お願いしたいことだけはちゃんと伝えようと思いました。帰してあげてほしいって」


高瀬は静かに頷く。


「そうでしたか」


番組は、その後も事件の背景、薬物依存に対する支援、金銭トラブルの捜査、被害者の心理的ケア、生配信と報道倫理について、時間をかけて検証した。


ここまでは、非常に硬派な報道番組だった。


ところが。


CM直前。


高瀬が最後の質問をした。


「杉山さん、もう一点、確認させてください」


「はい」


「事件解決時の映像に、タツノオトシゴのマスコットが映っていたのですが……」


ひかりの表情が止まった。


スタジオの大型モニター。


問題の写真。


通信社が世界へ配信した、あの一枚だった。


たつをを叱る赤嶺美月。


高瀬は真面目な顔で続ける。


「このマスコットは、どういう経緯で事件現場にいたのでしょうか」


ひかり。


「…………」


三浦記者が補足する。


「実は、私も取材しているのですが、詳しい経緯を確認できていません」


高瀬。


「杉山さんはご存じでしょうか」


ひかりは困った。


非常に困った。


犯人の支離滅裂な話には、何時間も対応できた。


人質解放を求める交渉もできた。


しかし、この質問だけは答えようがなかった。


「あのぉ……」


沈黙。


「……私も、分からないです」


高瀬は少しだけ目を丸くした。


「そうですか」


そして、もう一度写真を見る。


「では、赤嶺美月さんがこのマスコットを注意している理由は……」


ひかり。


「……それは、危ないところへ来たからだと思うんですけどぉ……」


高瀬。


「どうやって来たかについては?」


ひかり。


「……分からないです」


三浦。


「取材を継続します」


高瀬は一瞬だけ口元を引き締めた。


笑いをこらえているようにも見えた。


しかし、さすがはベテランキャスターである。


すぐに落ち着いた声へ戻った。


「この件については、引き続き確認が必要なようです。それでは、ここでコマーシャルです」


画面。


CM。


その頃。


東大阪の美月宅。


テレビを見ていた本人が、立ち上がった。


「全国ネットでも説明つかんのかい!」


スマートフォンには、すでにりんか民の書き込みが並んでいた。


《報道特報でも未解決》


《三浦記者、取材継続》


《ひかりさん唯一の答えられない質問》


《世界の美月、参考人》


美月。


「参考人にすな!」


静岡の別の場所で番組を見ていた凜花も、思わず笑っていた。


「あれ、ひかりさんでも答えられないんだ……」


ひかりが女子アナになる日は、きっと来るだろう。


ただし、たつを問題を解決できるかどうかは別である。


事件が全国で報じられている頃、まったく違う場所で、もう一つの後日談が動き始めていた。


福鉄旅行静岡支店。


会議室。


机の上には、奥大井鐡道旅行の実施報告書が広げられている。


向かい合っているのは、福鉄旅行の担当者と、葛城正男室長代理。


まさにゃんである。


この男。


鉄道が絡むと、仕事が早い。


恐ろしく早い。


普段の書類はしばらく机に積まれていることがあっても、列車の行程表だけは異様な速さで完成する。


今回の奥大井鐡道旅行も、まさにゃんの企画力が発揮された成功例だった。


募集人員百二十名。


即完売。


キャンセル待ち多数。


貸切列車は古かったが、乗り心地は良好。


車内クイズもビンゴ大会も盛況。


麗奈ちゃんクリアファイルは、賞品として予想以上の人気だった。


真央が絶賛した「戦隊ヒロイン 奥大井山の幸弁当」は、後に事件の現場でも使われることになった。


アプト式鉄道。


奥大井湖上駅。


寸又峡温泉。


ディナートークショー。


初日の行程は、文句のつけようがないほど好評だった。


問題は二日目である。


立てこもり事件の影響で、予定はすべて中止。


参加者が楽しみにしていた夢のつり橋散策も、実施できなかった。


福鉄旅行の担当者が報告書を確認する。


「参加者の方からの苦情は、ありませんでした」


まさにゃんは頷いた。


「そうですか」


「むしろ、感謝のお言葉を多くいただいています。全員無事でよかったと……」


「それは何よりです」


担当者は、そこで少し安心した顔をした。


だが、まさにゃんは書類を閉じなかった。


「ただ、苦情がないことと、予定していた旅行を提供できたことは別です」


担当者が顔を上げる。


「……そうですね」


「皆さんは、一泊二日の旅行として申し込んでくださいました。夢のつり橋も大きな魅力だったはずです」


「はい」


「事件は我々の責任ではありません。しかし、楽しみにしていた予定がなくなった事実は変わりません」


担当者は、しばらく考えた。


そして言った。


「何らかの形で、お詫びをしたいですね」


まさにゃんは頷いた。


「代替ツアーを企画しましょう」


ここに来て、まさにゃんは本当に仕事をしていた。


それも、鉄道趣味の延長だけではない。


百二十名の参加者を、もう一度楽しませたい。


そのための仕事だった。


二人は早速、企画の検討に入った。


再び奥大井へ向かう案。


日帰り旅行。


貸切列車の再設定。


別の観光地を巡る案。


いくつもの候補を検討した結果、ある方向性が浮上する。


伊豆半島を巡るバスツアー。


奥大井とは違った静岡の魅力。


海。


温泉。


景色。


食事。


鉄道旅行とは異なり、バスならではの自由度を生かせる。


詳しい行程は、まだ秘密である。


どの町へ行くのか。


何を食べるのか。


どんな景色を見るのか。


どのヒロインが参加するのか。


そのあたりは、今後の企画会議で決まることになる。


福鉄旅行の担当者は、出来上がりつつある企画書を眺めた。


「これは、お客様にも喜んでいただけそうですね」


まさにゃん。


「問題は、ヒロ室側の日程です」


「遥室長の了承ですね」


「……そうです」


二人は顔を見合わせた。


鉄道会社との交渉より難しい。


ホテルの確保より難しい。


百二十人分の旅行商品を造成するより難しい。


芹沢遥室長の承認。


二人は同時にため息をついた。


その頃。


ヒロ室。


遥室長は、ようやく平穏を取り戻していた。


お茶を入れる。


お菓子を一つ。


書類を整理する。


事件は終わった。


全員無事。


テレビ出演も一段落。


まさにゃんの麻雀も、しばらく禁止。


「やっと、いつもの日常なのら……」


そこへ、小宮山琴音がやってきた。


「室長」


「何なのら?」


「まさにゃんさんから、新しい旅行企画の承認依頼が届いています」


遥室長の手が止まった。


「……もう?」


「はい」


「事件、終わったばっかなのら」


「代替ツアーの企画です」


遥室長は企画書を受け取った。


最初のページ。


読む。


次。


読む。


料金。


行程。


交通手段。


昼食。


参加者への案内。


費用負担。


配慮事項。


丁寧である。


かなり丁寧である。


悔しいほど、よくできている。


遥室長は最後まで読み、もう一度表紙へ戻った。


「……悪くないのら」


琴音が微笑んだ。


「まさにゃんさん、今回も仕事が早いですね」


遥室長は天井を仰いだ。


「こういう仕事だけは、本当に早いのら……」


ただし、企画書の最後に、一つだけ妙な文言があった。


『マスコットの同行については、別途協議とする』


遥室長は顔をしかめた。


「そこは協議する必要ないのら!」


琴音。


「一応、前回の参加実績があるので……」


「正式に参加した実績があるかどうかも怪しいのら!」


琴音は少し考えた。


「……確かに、参加者名簿上の扱いが不明です」


遥室長。


「だったらなおさらなのら!」


琴音。


「では、次回は事前に参加資格を確認する運用にしますか」


遥室長は深く頷いた。


「そうするのら。次は、絶対に平和な旅行にするのら」


その言葉は、極めてもっともだった。


ただし。


次の旅行には、別の心配もある。


伊豆半島。


バスツアー。


百二十人へのお詫び。


ヒロインたちの参加。


まさにゃんの妙に完成度が高い行程表。


そして、まだ誰にも明かされていない企画の仕掛け。


遥室長は、企画書を机へ置いた。


「……何も起きないといいのら」


それを聞いた琴音は、静かに答えた。


「室長。その言い方は、少し不吉です」


「言わないでほしいのら!」


こうして、寸又峡猟銃立てこもり事件の後日談は幕を閉じる。


杉山ひかりは、全国ネットの報道番組で自分の経験を語り、アナウンサーになるという夢をいっそう強くした。


土屋凜花は、動画配信者としての責任と、視聴者に支えられることの意味を改めて知った。


りんか民は、普段の騒がしさとは別の、頼もしい一面を見せた。


先生は政界へ戻り、真帆への地盤継承の話はひとまず棚上げになった。


そして、葛城正男室長代理は、早くも次の旅行商品に着手している。


事件は終わった。


百二十名は無事に帰った。


それでも、まだ解決していない小さな謎が一つだけある。


あのタツノオトシゴは、いったいどうやって事件現場に現れたのか。


凜花にも分からない。


ひかりにも分からない。


三浦記者も確認できない。


全国ネットの高瀬キャスターさえ、答えを得られなかった。


そして、赤嶺美月は、その問題について世界中へ配信された写真の中で、今も怒鳴り続けている。


本人にとっては、まことに不本意な世界デビューであった。


数日後。


美月のスマートフォンに、真央から短いメッセージが届いた。


『美月さん、また海外の記事に写真載っとるがね!』


美月。


『まだ使うんかい!』


真央。


『今度は旅行特集らしいがね』


美月。


『事件と関係なくなっとるやろ!』


その怒りの声は、東大阪の自宅から世界へは届かなかった。


ただし、りんか民にはしっかり届いた。


翌日のRINKA MODE。


《世界の美月、今日も元気》


美月。


《本人見てるで!》


《うわっ出た!》


寸又峡事件・あとがき、完。


次回、ヒロ室東海(仮称)は伊豆半島へ。


今度こそ、平和な旅行になる――はずである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。