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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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1212/1267

楽都に遠州の勇者、凱旋!――土屋凜花とヒロ室東海(仮称)、浜松“やらまいか音楽フェスタ”大作戦! 美月のハーモニカだけ騒音注意報!?

浜松という街は、ひと言で説明しようとすると、だいたい失敗する。


「工業都市です」と言えば正しい。


しかし、それだけでは足りない。


「音楽の街です」と言っても正しい。


だが、それだけでも足りない。


「浜名湖があって、うなぎが美味しくて、三ヶ日みかんがあって、餃子も有名です」と言えば、観光案内としてはかなり強い。


しかし、それでもまだ足りない。


浜松は、欲張りな街だった。


自動車、オートバイ、楽器、光技術。


国内屈指のものづくりの力を持ちながら、少し郊外へ出れば浜名湖の水面が広がり、みかん畑があり、遠州灘の風が吹き、天竜の山々が見える。


先端的なのに長閑。


ダイナミックなのに、どこか人懐っこい。


工場の機械音が聞こえる街で、ピアノの音も聞こえる。


腹が減れば、うなぎも餃子もある。


そして何より、浜松には遠州らしい気質がある。


やらまいか。


まずやってみよう。


やってやろうじゃないか。


その勢いで、楽器も乗り物も、食文化も、街の個性も、次々に育ててきた。


この小説の作者も浜松が大好きである。


理由は単純だ。


面白いからだ。


うまいものが多いからだ。


そして街そのものに、妙な前向きさがあるからだ。


その浜松で、ヒロ室東海(仮称)の新たなイベントが開かれることになった。


『HAMAMATSU SOUND HEROINE FESTA ~やらまいか! 音の街から未来へ~』


浜松の「楽都」としての魅力を発信する音楽イベント。


協賛スポンサーは、浜松が誇る老舗楽器メーカー。


カワヰ楽器。


ピアノを中心に、長年にわたり浜松から世界へ音を届けてきた名門。


ただ楽器を作るだけではない。


演奏する楽しさ。


音楽教育。


楽器文化。


子どもから大人まで、音楽に触れるきっかけをつくってきた、浜松の「楽都」イメージを支える存在である。


そのカワヰ楽器が、今回のイベントを全面協賛する。


理由は一つ。


河合美音である。


浜松出身。


バイオレットカラーのショートボブ。


船舶免許。


大型二輪。


楽器演奏。


冷静な判断力。


現場対応力。


そして、なぜかどこへ行っても頼れる実務能力。


静岡県浜松市出身、勇猛果敢な彼女を人は遠州の勇者と呼ぶ。


しかも、美音はカワヰ楽器創業家の遠縁にあたる。


本人はそのことをまったく誇らない。


控室で土屋凜花が尋ねた。


「美音さん、本当にカワヰ楽器の創業家とご親戚なんですか?」


美音はステージ袖に置かれたハーモニカを確認しながら、淡々と答えた。


「遠い親戚だに。私が何かしたわけじゃないでね」


赤嶺美月が横から突っ込む。


「いや、その一言で流せる家柄ちゃうやろ」


「昔からそうだったもんで、特別な感じせんに」


「その“昔からそう”が強いねん!」


山田真央が腕を組む。


「美音さん、バイクも船も楽器もできて、地元では人気で、家筋まで強いって、設定盛りすぎだがね」


土屋凜花も真顔で頷いた。


「何ができないんでしょうね」


美音は少し考えた。


「……人前で派手に騒ぐのは苦手だに」


美月が胸を張る。


「それはウチの仕事や!」


その瞬間、控室の隅でフリップが上がった。


《それしかない》


美月が振り向く。


「たつを!」


当然のようにいた。


小さな肩掛けバッグを下げ、スタッフパスを首からぶら下げたタツノオトシゴが、椅子に座っていた。


美月は半眼になる。


「たつを、呼ばれてないやろ」


たつをは即答するようにフリップを出した。


《うん》


美月は一瞬止まった。


「そこだけ素直に認めるんかい!」


《でも きた》


「帰れ!」


《いや》


「5歳児か!」


《5さい》


「ほんまに5歳やった!」


杉山ひかりが、手元の進行台本を見ながらくすくす笑っていた。


今回、司会を務めるのはひかりだった。


静岡市出身。


穏やかな駿河弁。


そして何より、将来の女子アナを本気で目指している。


普段はおっとりしているが、イベントの司会進行となると、目つきが少しだけ変わる。緊張はしている。しかし、それ以上に嬉しそうだった。


「今日は私が司会なんだよねぇ。ちょっと緊張するけど、浜松の音楽の魅力、美音ちゃんの魅力、ちゃんと伝えたいら」


凜花が微笑んだ。


「ひかりさんなら大丈夫です。声が柔らかいから、音楽イベントに合ってます」


ひかりは少し頬を赤くした。


「ありがと。凜花ちゃん、困ったら助けてねぇ」


「もちろんです。私は今日は司会補助とステージ映え担当でいきます」


美月が言う。


「自分でステージ映え担当言うんや」


凜花は澄ました顔で答えた。


「事実なので」


たつを。


《じかくあり》


凜花は笑顔のまま、たつをを見た。


「たつを?」


《ごめんなさい》


美月が叫ぶ。


「ウチには絶対謝らんくせに!」


会場には、開演前から多くの人が集まっていた。


親子連れ。


年配の音楽好き。


地元の楽器関係者。


浜松のご当地イベントが好きな人々。


そして、美音目当てのファンも多い。


「美音ちゃーん!」


「遠州の勇者、おかえり!」


「今日はハーモニカやるだら?」


「美音ちゃんのバイオレット、今日もきれいだに!」


美音は少し照れくさそうに会釈する。


普段は冷静で、必要以上に前へ出ない。


しかし今日は違う。


浜松。


完全ホーム。


ステージ照明の下、カワヰ楽器の黒いグランドピアノの横に立つ美音は、明らかにいつもより輝いていた。バイオレットカラーのショートボブが、黒いピアノの光沢と、ステージの柔らかなライトを受けて鮮やかに映える。


美月は腕を組んで言った。


「今日は美音さんのためのイベントやな」


真央も頷く。


「完全に主役だがね」


凜花は少しだけ悔しそうに、でも嬉しそうに笑った。


「今日は私も脇役でいいです」


たつを。


《みづきは ぜんざ》


「なんでウチだけ前座やねん!」


やがて開演の時間になった。


ステージ中央に立ったひかりは、マイクを両手で持ち、ゆっくり頭を下げた。


「みなさん、こんにちはぁ。今日は『HAMAMATSU SOUND HEROINE FESTA ~やらまいか! 音の街から未来へ~』にお越しいただき、ありがとうございます」


声は柔らかい。


しかし聞き取りやすい。


一語一語を大切に置くような司会だった。


「浜松は、ものづくりの街であり、音楽の街でもあるんだよぉ。楽器を作る人、演奏する人、聴く人、楽しむ人。いろんな人が音でつながってきた街だら」


観客が静かに聞く。


「今日は、浜松が育ててきた音楽の魅力を、私たちヒロ室東海(仮称)と一緒に楽しんでくださいねぇ」


拍手が起こる。


美月が舞台袖で小声で言った。


「ひかり、ほんまに女子アナっぽいやん」


凜花も頷く。


「おっとりしてるのに、ちゃんと場がまとまりますね」


真央が言う。


「原稿読みが自然だがね」


ひかりはそのまま凜花へ振る。


「それでは、イベントの案内役として、土屋凜花ちゃんにもお手伝いしてもらいます」


凜花が一歩前へ出る。


「みなさん、こんにちは♡ 今日は司会のひかりさんを支えながら、浜松の音楽を一緒に楽しみたいと思います」


華やか。


ただ立つだけで、ステージが少し明るくなる。


ひかりの柔らかさ。


凜花の華やかさ。


この二人の組み合わせは、かなりよかった。


そして、ひかりが今回の主役を紹介する。


「それでは、浜松が生んだ遠州の勇者、河合美音ちゃんです」


拍手が一気に大きくなる。


美音が静かにステージへ出る。


「こんにちは。河合美音です。今日は浜松の音を、皆さんと一緒に楽しみたいだに」


拍手。


美月が舞台袖で言う。


「美音さん、今日はほんまにスターや」


たつを。


《ぱーふぇくと》


「今日は素直に褒めるんやな」


たつを。


一枚めくる。


《みづき いがい》


「結局ウチを落とすんか!」


最初の演奏は、カワヰ製のグランドピアノだった。


美音が椅子に座る。


背筋を伸ばす。


指を鍵盤へ置く。


一礼。


そして、演奏が始まる。


派手ではない。


だが、美しい。


一音一音が澄んでいる。


強く押しつけるのではなく、音を丁寧に置いていくような弾き方だった。ゆったりした旋律から、途中で軽快なリズムへ移ると、子どもたちが自然に身体を揺らし始める。


ひかりは舞台袖で目を輝かせた。


「美音ちゃん、すごいら……」


凜花も素直に言う。


「本当に何でもできますね」


真央が首を振る。


「美音さん、弱点探す方が難しいがね」


美月がぼやく。


「ちょっとくらい苦手なもん残しとけや」


そして次。


ハーモニカ。


小さな楽器を美音が手にした瞬間、会場の空気が少し変わった。


ピアノは分かる。


大きい。


華やか。


見た目にも迫力がある。


しかしハーモニカは、小さい。


手の中に収まる。


それだけに、客席には少しだけ「どんなものだろう」という空気があった。


美音が息を吸った。


そして、吹いた。


その一音で、会場は静まった。


柔らかい。


懐かしい。


それでいて、輪郭がはっきりしている。


息を吐いて鳴る音。


息を吸って鳴る音。


その切り替わりがあまりにも自然で、まるで美音が呼吸をしているだけで旋律が生まれているようだった。


童謡のような親しみやすい旋律。


遠州の風を思わせる軽快な節回し。


少しジャズのような洒落たフレーズ。


速い動き。


ゆっくりした情感。


小さなハーモニカ一本で、会場の空気を完全に支配していく。


年配客は懐かしそうに目を細める。


子どもは「小さいのにすごい」と口を開ける。


楽器経験者は、むしろ真剣な顔になる。


簡単そうに見える。


しかし、分かる人には分かる。


これは、プロ級だった。


演奏が終わる。


一瞬、静寂。


その後。


大拍手。


ひかりは司会者であることを忘れかけ、素で拍手していた。


「あっ……すごかったです、美音ちゃん。ほんとに、すごかったら」


凜花も言う。


「美音さん、今のは完全にプロですよ」


美音は少し困った顔をする。


「小さい頃から吹いとっただけだに」


美月が叫ぶ。


「“だけ”で片付けるな!」


真央。


「パーフェクトヒューマンだがね」


たつを。


《ぱーふぇくと ひゅーまん》


美月。


「たつをも認めた!」


たつを。


《みづきは》


「何や」


《ぷひゅーまん》


「やかましい!」


会場はまた笑いに包まれた。


続いて、ひかりが柔らかく進行する。


「ここからは、美音ちゃんに、カワヰ製の楽器を上手に演奏するコツを教えてもらいます。ヒロ室東海(仮称)のみんなも挑戦するよぉ」


美音がハーモニカを持つ。


「ハーモニカは、力いっぱい吹けばいいわけじゃないに。息を楽器に通す感じだで」


まずは真央。


器用な愛知県人。


一度聞く。


構える。


吹く。


普通に音が出る。


しかもそれなりに曲になる。


美月が顔をしかめる。


「なんで一発でできるねん」


真央は涼しい顔。


「愛知県人は器用だがね」


「県民性で片付けんな!」


凜花も挑戦する。


最初は少しぎこちない。


だが元アイドルである。


リズム感も音感もある。


美音が指の置き方と息の抜き方を少し直すと、すぐに音が柔らかくなる。


ひかりが司会をしながら嬉しそうに言う。


「凜花ちゃん、上達早いねぇ」


凜花は少し得意げに笑う。


「アイドル時代の経験が生きました」


美月。


「こういう時、元アイドル設定強いな」


明日香は几帳面に吹く。


あかりは堅実。


真白は意外と器用で、美濃弁で「こうやでええんかな」と言いながら、ちゃんと音を整えていく。


ひかりも柔らかい音を出した。


そして。


美月。


会場の期待が一気に変な方向へ高まる。


美月はハーモニカを構えた。


美音が言う。


「美月、強く吹かんでいいだに」


「分かっとる!」


「ほんとに?」


「任せとけ!」


美月は大きく息を吸った。


プォォォォォ――!


音というより、警笛だった。


客席の前列の子どもが目を丸くする。


凜花が反射的に口元を押さえる。


ひかりが司会者として笑ってはいけない顔で笑いそうになる。


美音が眉を下げる。


「美月、強いって」


「鳴ったやん!」


「鳴ったけど、音楽じゃないに」


観客から笑いが起こる。


美月は顔を赤くしながらもう一度構える。


「次や。次はちゃんとやる」


吹く。


ヒョォォォ……プヒッ。


客席。


失笑。


美月は止まった。


「今、笑った奴おるやろ」


たつをがフリップを出す。


《ぜんいん》


「このタツノオトシゴ、やかましいわ~!」


たつを。


《じじつ》


「浜名湖でウナギと一緒に養殖するぞ!」


たつを。


《ウナギと なかよく なれそう》


美月。


「なんでやねん!」


その掛け合いで会場は完全に爆笑モードに入った。


ひかりは司会を続けようとする。


「ええと、美月ちゃんの音は……とても元気でしたねぇ」


美月が振り向く。


「ひかり、女子アナ志望やからって言葉選び上手いな!」


凜花が笑いながら言う。


「“騒音”を“元気”に変換しましたね」


「凜花さんは直接言うな!」


たつを。


《そうおん ちゅういほう》


「タイトル回収すな!」


美音まで肩を震わせていた。


美月がそれを見て叫ぶ。


「美音さんまで笑うな!」


美音は口元を押さえた。


「ごめん、美月……でも、ちょっと面白いに」


「一番笑われたらアカン人に笑われた!」


イベントはむしろ盛り上がった。


美音の演奏は人を聴き入らせる。


美月の演奏は人を笑わせる。


どちらも会場を一つにする。


ただし美月の方は、本人の尊厳が少し削れる。


その頃、会場内の別コーナーでは、歴史企画が始まっていた。


「浜松ハーモニカ娘・復刻販売コーナー」。


かつて浜松駅では、ハーモニカを売る女性たちが名物となり、旅人たちに浜松の音を届けていた。小さな楽器を手に取ってもらい、汽車の旅へ音楽を連れていってもらう。浜松という楽器の街らしい、どこか懐かしく、温かい文化である。


その往時の衣装を再現した売り子姿で登場したのは、伊吹真白だった。


小さな帽子。


レトロな上着。


肩掛けの販売箱。


そこに並ぶのは、カワヰ楽器のイベント限定モデル。


美音のイメージカラーに合わせた、バイオレットカラーのハーモニカ。


真白は少し照れながらも、しっかり前へ出る。


そして、美濃弁の口上。


「さあさあ、寄ってってな。楽都浜松の音を一本、お土産にしてかんかね。今日は遠州の勇者・美音さんの色、バイオレットの限定ハモニカやで。小さいけど、よう鳴るでな。一本どうやね?」


似合う。


異様に似合う。


客が集まる。


真白はさらに続ける。


「美音さんみたいに吹けるかどうかは、まあ、練習次第やでな。美月さんみたいにならんように、力まず吹くのがコツやよ」


美月が遠くから叫ぶ。


「真白まで敵になった!」


真白はにこりと笑う。


「事実やで」


「美濃弁で刺すな!」


売れる。


バイオレットハーモニカが飛ぶように売れる。


真央が驚く。


「真白、営業まで上手いがね!」


凜花も感心する。


「真白さん、売り子さんの才能ありますね」


その時。


もう一人、売り子が現れた。


小さな帽子。


肩掛け箱。


タツノオトシゴ。


たつをである。


美月が二度見した。


「何やそれ」


たつを。


《ハモニカむすめ》


「娘ちゃうやろ!」


《5さい》


「年齢の問題ちゃう!」


たつをは無言で客の前へ出る。


《むらさき あります》


一個売れる。


《あと 5こ》


また売れる。


《みづきより うまく ふけます》


さらに売れる。


美月が叫ぶ。


「虚偽広告や!」


たつを。


《みづきよりは》


「限定条件つけたら事実っぽくすな!」


真白の美濃弁口上と、たつをのフリップ芸。


なぜか二つの販売スタイルが競い合い、限定ハーモニカは完売した。


美月は肩を落とす。


「なんでたつをの方まで売れんねん……」


たつを。


《えいぎょうりょく》


「腹立つわ!」


午後のフィナーレでは、全員で簡単な合奏を披露することになった。


ひかりが司会席からやさしく言う。


「みんな、午前中より上手になりましたねぇ。最後は、美音ちゃんと一緒に、浜松の音を届けましょう」


美音は当然完璧。


真央も安定。


凜花は見違えるほど上達し、客席からも拍手が起きる。


ひかりは柔らかい音で、司会者らしく邪魔をしない。


明日香は正確。


あかりは堅実。


真白は思ったよりずっと上手い。


そして美月。


プヒョッ。


ひかりが一瞬マイクから顔をそらす。


凜花は吹きながら肩を震わせる。


たつを。


《れんしゅう した?》


美月はハーモニカを下ろす。


「した!」


《けっかは?》


「今から見せたる!」


再び構える。


プォッ……ヒョォ……プヒッ。


たつを。


《なるほど》


「何が“なるほど”や!」


会場は爆笑だった。


美月は真っ赤になった。


しかし、拍手が聞こえる。


子どもたちが笑っている。


年配客も楽しそうに手を叩いている。


美月はハーモニカを下ろし、少しだけ照れ笑いをした。


「……まあ、笑い取れたからええか」


凜花が笑った。


「結局そこに着地するんですね」


美音は美月へ近づき、穏やかに言った。


「今度、ちゃんと教えるに。強く吹きすぎんようにすれば、もっとよくなるだら」


美月は少しだけ素直になった。


「……頼むわ。美音先生」


美音は小さく頷いた。


この日のイベントは、大成功だった。


浜松の楽都としての魅力。


カワヰ楽器の技術と歴史。


美音のプロ級ハーモニカ。


ひかりの穏やかで丁寧な司会。


凜花の華やかさ。


真白のハーモニカ娘。


たつをの謎の販売力。


そして、美月の騒音注意報。


全部ひっくるめて、浜松らしい「やらまいか」な一日だった。


イベント終了後、ヒロ室東海(仮称)の面々は浜松餃子の名店へ向かった。


大きな丸皿に、円を描くように並んだ焼き餃子。


中央には茹でもやし。


香ばしい焼き目。


湯気。


見た瞬間に腹が鳴る。


浜松餃子は、野菜の甘みが生きていて、比較的さっぱりしている。餡が重すぎず、皮の焼き目は香ばしく、何個でも食べられそうな危険な軽さがある。


そして中央のもやし。


これが実にいい。


餃子を食べる。


もやしを食べる。


口がさっぱりする。


また餃子を食べる。


永久機関である。


美月は一個目を食べた瞬間、目を見開いた。


「うまっ!」


二個目。


「これ、めっちゃ食べやすいな!」


三個目。


「全然重くない!」


もやし。


「このもやし、天才や!」


美音が笑う。


「餃子の合間に食べると、さっぱりするだに」


美月は頷く。


「ほんまや。また餃子いける!」


凜花も一口食べて、素直に顔をほころばせた。


「おいしい……。クセが強くないから、どんどん食べられますね」


ひかりが嬉しそうに言う。


「野菜の甘みがええら? 浜松餃子って、気取らず食べられるのがいいよねぇ」


真央は箸を止めずに言う。


「これは危険だがね。数が分からんくなるやつだがね」


明日香は冷静に皿を見た。


「一人あたり何個までにするか、先に決めた方がいいじゃんね」


美月が即座に言う。


「明日香、餃子を数式にすな!」


あかりも笑う。


「こういう賑やかな食事、ええに」


真白はもやしを食べながら頷く。


「餃子ともやし、よう合うなぁ。口が軽うなるで、また食べてまうわ」


凜花が言う。


「真白さん、ハーモニカ娘も似合ってましたけど、餃子を食べてる姿も似合いますね」


「それ褒めとるん?」


「もちろんです」


美月は美音を見た。


「美音さん、今日はほんまにすごかったな」


真央も続く。


「完全に美音の日だったがね」


ひかりも司会の緊張が解けた表情で言う。


「美音ちゃんのおかげで、浜松の音楽の魅力、すごく伝わったと思うよぉ」


凜花も頷く。


「ハーモニカ、あれは本当にプロ級でした」


美音は少し照れたように餃子を小皿へ取る。


「昔から吹いとっただけだに」


全員が同時に言った。


「それで済ますな!」


笑い声がテーブルを包む。


美月は何個目か分からない餃子を食べながら言った。


「浜松、ええ街やな。音楽あって、工業あって、餃子うまくて、うなぎもあって、みかんもあるんやろ。欲張りすぎや」


ひかりが微笑む。


「静岡西部の力だら」


凜花は頷いた。


「私、東部出身なので、浜松って少し遠いイメージがありましたけど……今日でかなり好きになりました」


美音はその言葉に、少しだけ嬉しそうな顔をした。


「また来るといいに」


その時、美月が周囲を見た。


「……たつをは?」


全員が一瞬、止まった。


控室にはいた。


ステージにもいた。


ハーモニカ娘にもなっていた。


完売までさせた。


だが、餃子屋にはいない。


真央が言う。


「イベント終わった時まではおったがね」


凜花が少し考える。


「もしかして、別行動ですか?」


美月は一秒だけ考えた。


「まあええか」


誰も探さなかった。


夜。


RINKA MODE。


凜花は画面の前に座り、いつものように少し首を傾げた。


「りんか民のみんなぁ、ごきげんよう♡」


コメント欄が流れる。


《陛下おかえり》


《浜松どうだった?》


《美音さんすごかった》


《ハーモニカ聞きたかった》


凜花は嬉しそうに笑った。


「今日は浜松から帰ってきたよ~!」


「浜松、本当に面白かった。工業の街なのに、音楽の街でもあって、浜名湖もあって、ご飯も美味しくて……一日じゃ全然足りないね♡」


「そして今日は、美音さんが本当にすごかった!」


「ピアノも上手なんだけど、ハーモニカがね……あれはもう、プロ級だよ。本当に」


コメント。


《遠州の勇者すごい》


《パーフェクト美音》


《美音ライブ希望》


《美音先生に習いたい》


凜花は頷く。


「分かる。私も習いたいくらい」


そして、少し笑う。


「ちなみに、美月さんも頑張ってました」


その頃。


岡山行きのひかり号。


赤嶺美月はスマホを握っていた。


イヤホン装着。


腕組み。


表情は真剣。


本人いわく、偵察。


現在地は、関ヶ原付近。


美月は画面に向かって小声で言う。


「何やその“頑張ってました”の間」


りんか民は当然、美月が視聴していることを知らない。


だから、言いたい放題だった。


《美月のハーモニカ事故》


《プヒッ》


《音程が行方不明》


《肺活量で楽器を殴る女》


《美音=遠州の勇者》


《美月=河内の騒音》


美月の顔が引きつる。


「来たな……」


今までなら、ここで書く。


本人見てるで。


そして消す。


しかし、今日は違った。


りんか民は調子に乗りすぎていた。


《美月の音、浜松餃子の焼き音より荒い》


《ハーモニカに謝って》


《たつをの方が売れてた》


《美月はハーモニカ娘じゃなくて騒音娘》


美月は限界を迎えた。


コメント欄を開く。


指が走る。


《あんたら、言いたい放題やけど本人ひかり号の車内で視聴してるで。今は関ヶ原のあたりや》


送信。


一秒。


コメント欄が止まった。


凜花も止まった。


そして。


爆発した。


《本人いたあああああ》


《冷戦終結》


《いや全面戦争開始》


《関ヶ原から宣戦布告》


《西軍・美月》


《東軍・りんか民》


《天下分け目のレスバ》


凜花は目を瞬かせた。


「……え?」


美月は続ける。


《誰が河内の騒音や》


《ご本人様お疲れ様です》


《急に丁寧になるな》


《ハーモニカ何点?》


《少なくとも0点ちゃうわ》


《2点》


《なんで刻んだ》


《たつをより上手?》


《あいつ吹いてへんやろ》


《吹かなくても勝ち》


《採点基準説明せえ》


凜花は完全に置いていかれた。


「ちょっと……私のチャンネルなんだけど」


誰も聞いていない。


《美月、凜花は上達してたよ》


《凜花さんは元アイドルや。リズム感あるんや》


《美月は?》


《応援ならリズム取れる》


《ハーモニカは?》


《聞くな》


《本人が負け認めた》


《認めてへん》


凜花は最初、困惑していた。


だが、コメント欄の流れがあまりにも面白い。


美月が本当に返している。


りんか民も全力で煽っている。


しかも美月の返しがいちいち速い。


凜花は少し考え、飲み物を一口飲んだ。


そして椅子にもたれた。


「……面白いから、ちょっと放っておこ♡」


チャンネル主、傍観を決定。


美月VSりんか民。


全面戦争。


開戦である。


《美月、今どこ?》


《たぶん滋賀》


《もう関ヶ原抜けたんだ》


《ひかり号は速いねん》


《新大阪で降りるの忘れるな》


《子供ちゃうわ》


《前科あり》


《焼津》


《空港》


《島田》


《磐田》


美月。


《履歴並べるな!》


凜花はつい笑った。


「全部本当にやってるのが面白い……」


美月。


《凜花さん笑うな》


凜花。


「ごめんなさい♡」


全然悪びれていない。


京都を過ぎても、レスバは続いた。


《美月、今日一番うまく吹けた曲なに?》


《……》


《無回答》


《簡単なやつ》


《曲名は?》


《知らん》


《曲名知らない曲を演奏した》


《美音さんについていくのに必死やってん!》


《かわいい》


《かわいい言うな》


《怖いオバハンに言いつけるぞ》


美月の指が止まった。


《それだけはやめろ》


凜花が吹き出した。


「彩香さんのこと、怖いオバハンって呼んでるの、もう周知の事実なんですね……」


もちろん周知である。


西川彩香。


播州の烈火。


美月が日頃から「怖いオバハン」と呼んでいることは、ヒロイン関係者だけでなく、一部のりんか民にまでなぜか知られていた。


《怖いオバハン=播州の烈火》


《美月、姫路方面注意》


《新神戸で降り損ねたら危険》


美月。


《降り損ねへんわ!》


その数分後。


新大阪。


到着。


扉が開く。


乗客が降りる。


美月はスマホしか見ていない。


《美月は楽器よりツッコミ担当》


《誰がや》


《たつをにも営業で負けた》


《あれは売り方がズルい》


《真白のハーモニカ娘は?》


《似合ってた。それは認める》


《美月のハーモニカ娘は?》


《誰も頼んでへん》


《見たい》


《見せへん》


凜花は腹を抱えそうになっている。


「美月さん、ちゃんと降りてるのかな……」


しかしチャンネル主は面白いので止めない。


扉が閉まる。


ひかり号、発車。


数分後。


車内アナウンス。


「次は、新神戸です」


美月の手が止まった。


画面を見る。


窓を見る。


もう、新大阪ではない。


美月は震える指でコメントした。


《……新大阪通り過ぎてもうたや。あんたらのせいや》


即座に返る。


《人のせい》


《レスバ乗り過ごし》


《美月便、西へ延伸》


《そのまま博多まで行って~》


美月はムッとして打つ。


《この列車は岡山行きです。残念やったな》


凜花が思わず言った。


「美月さん、そこで勝ち誇るの大人げないよ……」


りんか民。


《じゃあ岡山まで》


《きびだんご買ってきて》


《岡山から配信参加》


美月。


《新神戸で降りるわ!》


《本当に?》


《今度は降りる!》


《フラグ》


《黙れ》


新神戸が近づく。


しかしレスバは止まらない。


《美音先生に弟子入りする?》


《それは普通にしたい》


《急に素直》


《美音さんは別や》


《たつを先生は?》


《浜名湖で養殖》


《ウナギと仲良くなるって》


《まだ覚えてたんか!》


新神戸。


到着。


扉が開く。


乗客が降りる。


美月はまだ画面を見ている。


《美月、餃子何個食べた?》


《数えてへん》


《食べすぎ》


《浜松餃子はさっぱりしてるから0カロリー》


凜花。


「それは絶対違うよ♡」


美月。


《凜花さんまで入ってくんな!》


凜花。


「私のチャンネルなんだけど!?」


ようやくチャンネル主が主張する。


しかし遅い。


扉が閉まる。


列車が動く。


そして。


無慈悲な車内放送。


「次は、姫路に止まります……」


美月は止まった。


スマホをゆっくり下ろす。


顔を上げる。


「…………姫路?」


コメント欄。


《え》


《まさか》


《また?》


美月は震える指で打った。


《新神戸も通り過ぎてもうた……》


コメント欄が爆発した。


《姫路へようこそ》


《レスバ二連敗》


《関ヶ原開戦→姫路敗走》


《第一防衛線・新大阪突破》


《第二防衛線・新神戸突破》


《そのまま岡山》


美月は座席に深く沈んだ。


そして低く呟く。


「姫路ゆうたら……怖いオバハンのとこやないか……」


凜花は画面越しに聞き取れない。


しかし美月はなぜかコメントしてしまった。


《姫路ゆうたら怖いオバハンのとこやないか……》


一瞬。


コメント欄。


停止。


そして。


《本人が言った》


《怖いオバハン公認》


《播州の烈火に通報》


《彩香さん見てますか》


《スクショした》


美月は慌てる。


《今のは忘れろ》


《無理》


《保存した》


《怖いオバハン、トレンド入り》


美月。


《消せ!》


凜花はついに笑いをこらえきれなかった。


「美月さん……もう配信閉じた方がいいと思う♡」


美月。


《誰のせいやと思ってんねん》


凜花。


「私は途中から見てただけだよ♡」


美月。


《一番タチ悪いわ!》


こうして、これまで美月が一方的に宣言していた「美月VSりんか民・冷戦」は、正式に終わった。


代わって。


全面戦争。


しかも宣戦布告地点は関ヶ原。


新大阪を突破。


新神戸も突破。


最終的に姫路送り。


浜松の音楽イベントだったはずなのに、最後はなぜか東海道・山陽新幹線を舞台にした地理的撤退戦になっていた。


その頃。


本日の主役である河合美音は、浜松の自宅で静かにハーモニカの手入れをしていた。


スマホは見ていない。


RINKA MODEで自分がどれだけ絶賛されているかも知らない。


美月が関ヶ原で宣戦布告し、新大阪を通過し、新神戸も通過し、姫路へ輸送されていることも知らない。


ただ静かに、ハーモニカを布で拭いている。


翌日。


美月からメッセージが届く。


「美音さん、ハーモニカ教えて」


美音は少しだけ笑った。


返信する。


「ええよ。今度は強く吹きすぎんようにするだに」


最後に、音符のスタンプを一つ。


遠州の勇者は、最後まで完璧だった。


こうして、**『HAMAMATSU SOUND HEROINE FESTA ~やらまいか! 音の街から未来へ~』**は大成功に終わった。


やらまいか精神。


ものづくり。


楽都。


カワヰ楽器。


ハーモニカ娘。


浜松餃子。


そして、パーフェクトヒューマン・河合美音。


浜松という多彩な街の魅力を、ヒロ室東海(仮称)は存分に伝えた。


司会を務めた杉山ひかりは、おっとり穏やかな進行で女子アナ志望らしい実力を見せた。


土屋凜花は華やかに支え、RINKA MODEでは途中から完全に傍観者となった。


伊吹真白は美濃弁のハーモニカ娘として売りまくった。


たつをは、謎のハーモニカ娘として完売に貢献した。


そして赤嶺美月は。


ハーモニカも。


新幹線下車も。


最後まで上達しなかった。


ただし。


りんか民とのレスバだけは。


妙に音程よく。


最後まで吹き切ったのである。

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