茶畑より美月のボケが濃い!?――土屋凜花とヒロ室東海(仮称)、島田“しぞーか茶まつり”大作戦!
島田の朝は、緑の匂いがした。
海の匂いがした焼津とも、空の広さが印象的だった空港とも違う。大井川の流れ、少し湿った風、遠くに広がる茶畑の起伏。山と川と台地がつくる空気の中に、どこか甘く、少し青く、ほっとする香りが混ざっている。
土屋凜花は、会場へ向かう車の窓から茶畑を眺めていた。
「きれい……」
思わず漏れた声は、いつもの配信用の甘い声ではなく、かなり素に近かった。
隣の杉山ひかりが、うれしそうに笑う。
「島田ってねぇ、静岡のお茶を語るにはすごくいい場所なんだよぉ」
「島田茶、金谷茶、川根茶、でしたっけ」
「うん。同じ島田市の中でも、大井川の流れ、牧之原台地、山あいの川根って、それぞれ育つ場所が違うんだよ。だから香りも味も、ちょっとずつ違うの」
凜花は頷いた。
「一つの市の中に、静岡茶の奥深さが詰まっているんですね」
「そうそう。一杯のお茶の中に、土地の気候とか、人の手間とか、歴史まで入ってるんだよぉ」
その言葉を聞きながら、赤嶺美月は後部座席で腕を組んでいた。
「一杯のお茶に歴史か……」
山田真央が横から言う。
「美月さん、珍しく真面目だがね」
美月は真顔で言った。
「つまり、お茶は静岡の出汁みたいなもんやな」
車内が一瞬、静かになった。
凜花が振り返る。
「……なぜ出汁に行ったんですか」
「土地の味が出るんやろ?」
ひかりが困ったように笑う。
「言いたいことは、ちょっと分かるよぉ」
凜花は額に手を当てた。
「分かってしまうのが悔しいです」
この日、島田市で開催されるイベントは、
『SHIMADA GREEN TEA HEROINE FESTA ~一杯のお茶から、しぞーかの未来へ~』。
お茶のまち島田の魅力を、子どもから年配の来場者まで楽しく知ってもらうための地域PRイベントである。ヒロ室東海(仮称)にとっては、焼津、空港に続く静岡県内イベントの大仕事だった。
出演は、凜花、真央、明日香、真白、あかり、美音、ひかり、美月。
そして、会場入りした瞬間。
やはり。
いた。
茶箱の横。
急須の隣。
湯呑みを前に。
タツノオトシゴ。
たつを。
美月はもう、驚く前にため息をついた。
「たつを、今日呼ばれた?」
たつをは静かにフリップを出した。
《よばれてない》
「ほな帰れ!」
《おちゃ のんでから》
「観光客か!」
《ただなら》
「払え!」
凜花が笑いながら近づく。
「たつを、今日はお茶のPRイベントだからね。変なことしないでね」
たつをは胸を張った。
《まかせろ》
美月が疑いの目を向ける。
「その“まかせろ”で任せられたこと、一回もないねん」
たつをは一枚めくった。
《みづきよりは こい》
「何がや!」
《ちしき》
「絶対ウソや!」
《おちゃだけに》
「上手いこと言うな!」
まだイベントは始まっていない。
なのに、控室はすでに温まっていた。
イベントが始まると、まずはひかりがステージの中央に立った。静岡市出身のひかりにとって島田は地元そのものではないが、同じ静岡の茶どころとして誇らしい場所である。普段のおっとりした口調のまま、しかし声には確かな愛情があった。
「島田ってねぇ、“お茶のまち”って一言で言っても、すごく奥が深いんだよぉ」
客席の親子連れが耳を傾ける。
「大井川があって、牧之原台地があって、山の方には川根があって。同じ島田市の中でも、お茶が育つ環境が違うの。だから、島田茶、金谷茶、川根茶って、それぞれ違った魅力のお茶が育ってきたんだよぉ」
凜花が横で美しく受ける。
「つまり島田は、一杯のお茶から静岡の自然と歴史を感じられる、とても素敵なまちなんです♡」
拍手が起きる。
完璧な流れ。
上品。
知的。
静岡らしい。
そこへ、美月が手を挙げた。
「はい!」
凜花の笑顔が少しだけ固まる。
「……どうぞ、美月さん」
「つまり、お茶は静岡のスタメンやな!」
凜花はゆっくり瞬きをした。
「スタメン?」
「島田茶、金谷茶、川根茶。強力打線や」
真央が思わず笑う。
「茶葉打線だがね」
凜花が慌てる。
「真央さん、乗らないでください」
たつをがフリップを上げる。
《いちばん せんちゃ》
美月が指さす。
「お前が一番乗っとるやないか!」
さらにたつを。
《よばん ふかむし》
「四番打者みたいに言うな!」
会場は大爆笑だった。
ひかりは笑いながらも、ちゃんと説明を戻す。
「でもねぇ、深蒸し茶は味がしっかりしていて、色もきれいに出やすいから、四番って言いたくなる気持ちは少し分かるかも」
凜花が驚く。
「ひかりさんまで!」
美月は胸を張った。
「ほら、ウチの例え、間違ってへん!」
凜花は首を振る。
「合っているようで、着地点が危険です」
続く企画は、『凜花先生と学ぶ! しぞーか茶入門』。
凜花は急須を手に取り、さすが元アイドル、さすが現役イベントコンパニオンという所作を見せた。背筋はまっすぐ。指先は美しく、湯呑みを置くだけで写真になる。
「お茶は、お湯の温度や蒸らす時間で味が変わります。熱いお湯でさっと淹れると香りや渋みが立ちやすく、少し冷ましたお湯でゆっくり淹れると、甘みや旨みを感じやすくなるんですよ♡」
ひかりが補足する。
「焦らず待つのが大事なんだよぉ。お茶って、せっかちな人にはちょっと修行かもしれないねぇ」
美月が反応した。
「誰のことや」
凜花が微笑む。
「まだ誰とも言っていません」
たつを。
《いらち》
「言うた!」
美月は湯呑みを前に座る。
ひかりが優しく言う。
「お湯を少し冷ましてねぇ」
三秒。
「もうええ?」
「まだだよぉ」
五秒。
「もう?」
「もうちょっと」
七秒。
「そろそろやろ!」
凜花が笑った。
「美月さん、本当にせっかちですね」
美月が言い返す。
「冷めるまで待っとったら日が暮れるやん!」
「そんなに待ちません」
たつを。
《30びょう まてない》
「待てるわ!」
《うそ》
「決めつけるな!」
客席の子どもたちは大喜びである。
お茶飲み比べチャレンジでは、さらに美月の本領が発揮された。
島田茶、金谷茶、川根茶、冷茶、深蒸し茶。
ずらりと並ぶ湯呑み。
凜花は香りを確かめ、ひかりは丁寧に味わう。美音は静かに分析し、真白は抽出時間と色味を見て理屈で考える。明日香は落ち着いてメモを取り、あかりは「これは飲みやすいに」と素直に感想を言う。真央は「朝に飲みたいがね」と生活感で判断する。
そして美月。
一口。
目を閉じる。
全員が待つ。
美月は厳かに言った。
「……緑!」
凜花が即答した。
「全部です」
会場が爆笑する。
たつを。
《いろしか わからない》
「色も大事やろ!」
次のお茶。
美月は真剣に飲む。
「これは濃い!」
「はい」
「四番茶!」
ひかりが吹き出す。
「四番茶って何ぃ?」
凜花が笑いをこらえる。
「美月さん、茶葉に打順をつけないでください」
真央が腕を組む。
「でも深蒸しは四番感あるがね」
美音まで静かに言う。
「冷茶は中継ぎでしょうか。夏場に強いので」
凜花が振り返る。
「美音さんまでやめてください!」
たつを。
《ちゃば だせん》
《かんとく みづき》
美月が胸を張る。
「任せとけ!」
たつを。
《よわそう》
「任せろ言わせてから落とすな!」
だが、美月の失敗は、不思議とイベントを温かくした。
緊張してお茶を淹れられない小さな女の子には、すぐにしゃがんで声をかける。
「大丈夫や。失敗してもええねん」
「こぼしたらどうするの?」
「ウチなんか今、お茶見て“緑!”言うただけやぞ」
女の子が笑う。
「それよりマシやろ?」
「うん!」
「ほな勝ちや!」
年配の来場者に「元気な子だねえ」と言われると、美月は即座に答える。
「お茶飲んで育ったらこうなります!」
ひかりが横から言う。
「美月ちゃん、大阪だよぉ」
「細かいこと言うな!」
たつを。
《ちゃの ふくさよう》
「副作用扱いすな!」
凜花は、その様子を見ながら少し感心していた。
美月は知識で勝負すると危ない。
説明を任せると、茶葉が打順を持ち始める。
しかし、来場者との距離の詰め方は抜群だった。
笑わせる。
安心させる。
人を巻き込む。
自分の失敗を、相手の緊張をほぐす材料に変える。
それは、凜花がステージで磨いてきた技術とは違う種類の才能だった。
「美月さん」
「何や」
「お茶の知識は薄茶ですけど、来場者との交流は濃茶ですね」
「褒めてる?」
「八割くらい」
「二割どこ行った!」
たつを。
《むした》
「蒸すな!」
イベントは大成功だった。
島田茶、金谷茶、川根茶の違いはしっかり伝わり、急須で淹れるお茶の楽しさも伝わった。凜花の華やかさ、ひかりの地元愛、美月の爆笑ボケ、たつをの毒舌フリップ。会場は最後まで笑顔に包まれていた。
終了後、スタッフや関係者が撤収に入る。
茶箱を運ぶ人々。
資料を片づけるスタッフ。
記念撮影を終えたヒロインたち。
凜花がほっと息をついた、その時だった。
一人のスタッフが駆け込んできた。
「大変です! 特別展示用の茶箱が一つありません!」
空気が変わる。
その茶箱には、高級茶葉だけでなく、茶畑の温度や湿度、霧の発生、土壌環境を記録するための次世代茶業研究用センサーが入っていた。地域ブランドを守り、未来の茶づくりにつなげるための重要資料である。
隼人補佐官が表情を変える。
「搬出記録は?」
「偽装した業者の車両に積まれた可能性があります。白いバンが会場を出ました」
美音が静かに立ち上がる。
「まだ追えます」
凜花が見る。
「美音さん」
美音はヘルメットを手に取った。
静岡県浜松市出身、勇猛果敢な彼女を人は遠州の勇者と呼ぶ。
河合美音。
自動二輪。
始動。
「私が先行します」
低いエンジン音。
次の瞬間、美音は茶畑の方向へ走り出した。
真白も動いた。
「協力会社のトラック、まだ残っていますか?」
スタッフが頷く。
「あります。カンガルーマークの濃尾運輸のトラックが一台」
真白の目が少し鋭くなる。
「鍵をお願いします」
美月が目を丸くした。
「真白、トラック運転できるん!?」
「できます」
「カンガルーマークの?」
「仕事で乗っています」
「初耳や!」
「聞かれてませんから」
真白は運転席に乗り込む。
美月は当然のように助手席へ飛び乗る。
凜花と真央も後部へ。
そして、なぜか荷台側に。
たつを。
美月が振り返る。
「お前、いつ乗った!」
たつを。
《きくな》
「毎回それやな!」
真白の運転は、驚くほど滑らかだった。
急発進しない。
急加速しない。
車間距離を取る。
農道へ入る前に速度を落とす。
周囲の歩行者、作業車、茶畑へ出入りする軽トラックまでしっかり見ている。
美月は焦る。
「真白、もっと踏め! 逃げられるで!」
真白は淡々と言った。
「安全運転です」
「でも犯人やで!」
「だからこそです」
「熱量が合わへん!」
「大切な荷物を取り戻すために事故を起こしたら意味がありません」
凜花が後ろから言う。
「正論です」
たつを。
《みづき まけ》
「何の勝負や!」
前方では美音が白いバンを視認していた。
無線が入る。
「対象を確認。茶畑沿いの農道へ入ります。ただし無理には詰めません。逃走先を絞ります」
真白が即座に判断する。
「分かりました。こちらは次の合流点へ向かいます」
美月が驚く。
「地図見んでも分かるん?」
「配送で走ったことがあります」
「頼もしすぎるやろ!」
茶畑が左右に広がる。
緑の畝が、どこまでも続く。
その間を、白いバンが逃げる。
前方から美音の自動二輪。
後方からカンガルーマークの濃尾運輸トラック。
会場に残ったひかり、明日香、あかりは、地元スタッフや警察と連携して農道の出口を確認する。
ひかりが地図を見て言う。
「この先、道が細くなるよぉ。観光客が歩いてるかもしれないから、右の広い道へ誘導した方がいいら」
明日香が警備員へ連絡する。
あかりは冷静に茶箱の積み方と搬出伝票の不自然さを確認する。
真央は電話で情報を拾い続ける。
「真白! 次の合流点、右だがね! そこ抜けたら広い農道に出る!」
「了解です」
美月が助手席で叫ぶ。
「行け真白! 差せ! まくれ!」
「競輪ではありません」
「ほな何や!」
「安全運転です」
「追跡中やのに名言みたいに言うな!」
たつを。
《にもつ だいいち》
真白が頷く。
「その通りです」
美月が振り返る。
「たつをと意気投合すな!」
やがて、美音が逃走車の前方へ回り込む。
無理に止めない。
危険な幅寄せもしない。
ただ、相手が行きたい方向へ行けないよう、絶妙な位置を取る。
遠州の勇者。
冷静。
勇猛。
そして安全。
逃走車は進路を変える。
その先に、真白のカンガルーマークのトラックがいた。
真白は農道の出口手前、広く見通しのよい場所に車を停めた。道を完全に塞ぐのではなく、相手が無茶をしない速度まで自然に落とさざるを得ない位置。後方から警察車両も近づいている。
白いバンは止まった。
犯人たちが降りようとする。
美月が飛び出す。
「その茶箱、返してもらうで! 島田の四番茶や!」
凜花が叫ぶ。
「四番茶じゃありません!」
たつを。
《よばん ふかむし》
「お前もまだ言うか!」
美音が前を押さえ、真白が後方を確認し、凜花が長い腕を伸ばして落ちかけた茶箱を支える。
あかりたちから連絡を受けた地元警察が到着し、犯人たちは確保された。
茶箱は無事。
センサーも無傷。
関係者が胸をなで下ろす。
地元警察の一人が真白へ礼を言った。
「追跡、助かりました」
真白は一礼した。
「カンガルーマークの濃尾運輸のドライバーとしては、大切な荷物が無事でよかったです」
美月が横で目を丸くする。
「コメントまで完全にプロドライバーやん!」
真白は涼しい顔で続けた。
「安全運転とエコドライブが信条ですから」
たつを。
《ゆうりょう どらいばー》
美月が指さす。
「今日お前、真白には優しいな!」
たつを。
《みづきは》
「何や」
《じょしゅせき》
「やかましい!」
任務は無事完了した。
島田のお茶イベントは、表も裏も守られたのである。
その夜。
RINKA MODE。
凜花は画面の前で、いつものように少し首を傾げた。
「りんか民のみんなぁ、ごきげんよう♡」
コメントが流れる。
《陛下おかえり》
《島田どうだった?》
《お茶飲んだ?》
凜花はにっこり笑う。
「お茶は美味しいね♡」
「しぞーかは、やっぱりお茶だよ」
その一言に、コメント欄が一気に温かくなる。
《陛下とお茶似合う》
《茶畑の女王》
《急須になりたい》
凜花は一瞬だけ止まった。
「最後の人はちょっと分からない♡」
そして今日の話を続ける。
「今日は島田で、島田茶、金谷茶、川根茶のお話をいろいろ聞いてきました。同じ島田でも、育つ場所で香りとか味わいが違うんだって。奥深いよね♡」
コメント。
《勉強になる》
《島田行きたい》
《お茶飲みたくなった》
凜花は少し表情を引き締めた。
「あとね、イベントが終わった後に急きょ任務も入りました」
コメント欄がざわつく。
《また任務》
《最近戦隊ヒロインしてる》
《陛下戦った?》
凜花は少しだけ得意げに笑う。
「詳しいことは守秘義務があるから話せないんだけど、話していい範囲だと……みんなで協力して、大切なものをちゃんと取り戻しました」
「最近、凜花もちょっと戦隊ヒロインっぽくなってきたよ♡」
その頃。
新幹線ひかり号。
美月は西へ向かう車内でスマホを見ていた。
イヤホン。
腕組み。
真剣な表情。
本人いわく、偵察。
「最初はイベントコンパニオン感しかなかったけどな」
でも、少しだけ笑っている。
凜花は確かに、ヒロ室東海(仮称)に馴染み始めていた。
しかし、コメント欄はそこで終わらない。
《美月は今日何した》
美月の眉が動く。
「来たな」
《四番茶》
《茶葉打線》
《美月の知識は薄茶》
《たつをの方がお茶詳しかった》
美月は小声で言う。
「お前らぁ……!」
コメント欄を開く。
本人見てるで。
入力。
指が止まる。
「アカン。偵察や」
削除。
さらにコメント。
《お茶を勝ちパターンで語る女》
《煎茶先発、深蒸し四番》
《水出ししても美月は静かにならない》
《3秒待てない》
美月が小さく叫ぶ。
「誰が水出し不可や!」
前の席の乗客が少し動く。
美月はすぐ頭を下げた。
「すんません」
画面の凜花がコメントを読んだ。
「ちょっと、りんか民。美月さんのこと、いじりすぎないの」
美月は満足げに頷く。
「せやせや」
凜花は優しい顔で続ける。
「でも美月さん、今日も一生懸命だったよ」
「分かっとるやん」
「お茶の知識はちょっと薄かったけど」
「薄かった言うた!」
「来場者との交流は本当に上手だったし、任務でも頼りになりました」
美月は少し照れた。
「まあな」
しかし、凜花の口元が少しだけ緩む。
「でも美月さん、相変わらずせっかちなんだよね」
美月が警戒する。
「ん?」
凜花は笑いをこらえながら言った。
「ホント、いらちでさー」
美月は座席で跳ねかけた。
「誰がいらちや!」
コメント欄が爆発する。
《陛下公認いらち》
《お湯冷める前に飲む女》
《美月茶 30秒抽出》
《早蒸し美月》
《茶柱より先に立つ美月》
美月はスマホを握りしめる。
「言いたい放題やな!」
入力。
本人見てるで!!
止まる。
削除。
凜花は画面の向こうで笑っている。
「あくまで私は中立です」
美月が突っ込む。
「どこがや!」
コメント。
《中立とは》
《陛下めっちゃ笑ってる》
《中立国りんか》
《冷戦監視員》
美月は完全にコメント欄との冷戦へ突入していた。
本人見てるで。
書く。
消す。
薄茶ちゃうわ。
書く。
消す。
いらちちゃう。効率的なだけや。
書く。
消す。
その間にも、列車は走る。
車内放送が流れる。
「まもなく、終点、新大阪です」
美月には聞こえていない。
コメント欄には流れる。
《美月、そろそろ新大阪?》
《降りろ》
《また乗り過ごすぞ》
《今日は終点だからセーフ》
美月は小声で笑う。
「誰が乗り過ごすねん。今日は新大阪行きや」
そしてまたスマホを見る。
凜花が言う。
「りんか民のみんなも、島田へ行ったらぜひお茶を飲んでみてね♡ 急須でゆっくり淹れて、焦らず待つのが大事だよ」
少し間を置いて、凜花はいたずらっぽく笑う。
「美月さんにも聞かせたいけど♡」
美月は思わず声を出した。
「聞いとるわ!」
その瞬間。
車内が妙に静かだった。
美月は顔を上げた。
人がいない。
荷物棚も空いている。
窓の外にはホーム。
表示は。
新大阪。
そこへ車掌がやってきた。
「お客さま、新大阪です。終点ですので、お忘れ物のないようお願いします」
美月はスマホを握ったまま固まる。
「…………あ」
車掌は穏やかに待っている。
美月は慌てて立ち上がった。
「すんません!」
荷物を掴む。
一歩出る。
なぜか説明する。
「冷戦してました!」
車掌は一瞬だけ沈黙した。
「……お気をつけて」
美月はホームへ降りてから頭を抱えた。
「説明せん方がよかった!」
スマホではまだRINKA MODEが続いている。
コメント欄。
《美月、終点まで冷戦》
《車掌に促された説》
《新大阪行きでよかった》
《乗り過ごし未遂》
《いらちなのに降りるの遅い》
美月はホームで拳を握った。
「なんでお前ら察しええねん!」
入力。
本人見てるで!!
指が止まる。
また削除。
「……冷戦や。書いたら負けや」
画面の向こうで凜花は笑っていた。
「今日はお茶も美味しかったし、島田のみなさんもあたたかかったし、任務も無事終わったし、本当に充実した一日でした♡」
そして最後に、少しだけ中立のふりをして言う。
「美月さんも頑張ってたよ。本当に」
美月は少しだけ微笑む。
「凜花さん……」
凜花は続けた。
「ただ、次はお茶を淹れる時、三十秒くらい待てるようになるといいね♡」
美月は新大阪のホームで叫んだ。
「最後までいらち扱いかい!」
周囲の人が見る。
美月は小さく頭を下げる。
「……すんません」
こうして、**『SHIMADA GREEN TEA HEROINE FESTA ~一杯のお茶から、しぞーかの未来へ~』**は大成功に終わった。
島田茶、金谷茶、川根茶。
一杯のお茶に込められた土地の力。
凜花の華やかな進行。
ひかりの静岡愛。
美月の茶葉打線。
たつをの美月いじり。
そして、イベント後に発生したクエストでは、遠州の勇者・美音が自動二輪で追い、トラックドライバー・伊吹真白がカンガルーマークの濃尾運輸のトラックで安全運転とエコドライブを貫きながら、茶畑沿いの農道で犯人を追い詰めた。
大切な茶箱は無事。
島田のお茶の未来も守られた。
ただし。
赤嶺美月とりんか民の冷戦だけは。
急須の中でじっくり抽出された濃茶のように。
さらに。
濃く。
深まってしまったのである。




