滑走路より美月が暴走!?――土屋凜花とヒロ室東海(仮称)、ふじのくに“空の玄関口”スカイフェスタ大作戦!
空港という場所には、妙な高揚感がある。
まだ飛行機に乗るわけでもないのに、ターミナルへ近づくだけで、少しだけ旅に出る気分になる。大きなガラス窓、出発案内の表示、スーツケースを引く人々、どこか急いでいるようで、それでいて少し浮き立っている空気。ふじのくにの空の玄関口も、まさにそんな場所だった。
富士山の方角を望む展望デッキがあり、滑走路の向こうには空が広がる。静岡のお茶やみかん、わさび、うなぎ、海産物の加工品、地元菓子が並ぶ土産物店。飛行機を眺めながら食事ができるレストラン。大都市の巨大空港ほど慌ただしくはないが、その分、どこか親しみやすく、静岡から全国へ、そして海外へつながっていく実感がある。
この日、そこで開催されるのは、ヒロ室東海(仮称)による空港PRイベントだった。
題して、『FUJINOKUNI SKY HEROINE FESTA ~空からつながる静岡の未来~』。
参加するのは、土屋凜花、山田真央、稲生明日香、伊吹真白、山本あかり、河合美音、杉山ひかり、赤嶺美月。静岡県内イベントで経験を積み、富士宮、日本平、三保松原、焼津と、すっかり「仮称なのに妙に仕事が来る組織」になってきたヒロ室東海(仮称)の面々である。
そして、控室に入った瞬間、赤嶺美月は立ち止まった。
いた。
椅子に座っていた。
小さなスタッフ用パスを首から下げ、タツノオトシゴの着ぐるみが、当然のようにペットボトルのお茶を前にしていた。
美月は深く息を吸った。
「たつを、今日呼ばれた?」
たつをは無言でフリップを出した。
《よばれてない》
「ほな帰れ!」
《まだ とうじょうしてない》
「もう登場しとるやろ!」
《とうじょうぐち まち》
「空港っぽく言うな!」
真央が荷物を置きながら感心したように言った。
「朝から完成度高いがね」
凜花は笑いながら、たつをの前にしゃがんだ。
「たつを、今日は空港イベントだからね。勝手に制限区域へ入ったりしないでね」
たつをは力強く頷いた。
《だいじょうぶ》
美月が眉を寄せる。
「その“大丈夫”が一番信用でけへんのよ」
たつをは一枚めくった。
《みづきよりは あんぜん》
「ウチを危険物扱いすな!」
さらに一枚。
《こえが きけん》
「声量の話かい!」
控室は朝から笑いに包まれた。凜花は鏡の前で身だしなみを整えながら、少しだけ頬を緩めていた。元アイドルであり、イベントコンパニオンとしても経験豊富な凜花にとって、空港イベントは相性がいい。案内、誘導、観光PR、撮影対応。どれも得意分野である。
「今日は私がしっかり進行しますから、安心してください」
凜花がそう言うと、美月が親指を立てた。
「頼りにしとるで、女王陛下」
「空港ではその呼び方やめてください」
たつをがすかさずフリップを出す。
《じょうおうびん》
「飛ばさないでください」
イベントが始まると、凜花の本領が発揮された。
特設ステージに立った凜花は、姿勢を正し、空港スタッフ風に少し落ち着いた声でマイクを握った。
「皆さま、本日はふじのくにの空の玄関口へお越しいただき、ありがとうございます。本日は、空港のお仕事、飛行機を見る楽しさ、そして静岡の魅力を、私たちヒロ室東海(仮称)と一緒に楽しんでくださいね♡」
語尾だけ少し凜花らしい甘さが残る。
客席から拍手が起こる。家族連れが多い。小さな子どもたちが飛行機の模型を抱え、カメラを持った年配の航空ファンもいる。旅行客が足を止め、土産物袋を持った人までステージを見ていた。
ひかりが続いて、空港の役割を柔らかく紹介する。
「空港ってねぇ、飛行機に乗るだけの場所じゃないんだよぉ。静岡へ来る人、静岡から出かける人、観光や仕事、それから物も動いていく。空港は、いろんな場所をつないでくれる玄関なんだよぉ」
明日香が観光地へのアクセスを説明し、美音が物流や移動の拠点としての空港を補足する。真白は飛行機の整備や設備に興味津々で、展示パネルを見ながら目を輝かせている。真央は客席を巻き込みながら場を温め、あかりは少し離れた場所から、人の流れや通路の位置を静かに見ていた。
その時点では、誰も気づかなかった。
あかりの目つきだけが、いつもと少し違っていることに。
最初の体験企画は、「あなたも空港スタッフ! 搭乗案内アナウンス体験」だった。
凜花が手本を見せる。
「ご案内いたします。本日はご来場いただきありがとうございます。まもなく、ヒロイン・スカイステージを開始いたします。どうぞ最後までお楽しみください」
さすがだった。
声が通る。明るい。聞き取りやすい。わずかに微笑んだ表情まで含めて、完璧な案内である。
真央が拍手した。
「ほんとに空港の人みたいだがね!」
美月が胸を張る。
「ウチもできるで!」
凜花は少しだけ迷ったが、イベントなので断る理由はない。
「では、美月さん。こちらを読んでください」
スタッフが用意した短い文章を、美月が受け取る。
「えー、ご案内いたします」
意外と普通だった。
凜花は少し安心する。
「まもなく、赤嶺美月便……」
美月はそこで妙に気持ちよくなった。
「発車しまーす!」
空港全体が、一瞬だけ無音になった気がした。
凜花の笑顔が固まる。ひかりが口元を押さえる。美音が下を向く。真央が「ん?」という顔で考え込む。真白と明日香は何が変なのか一拍遅れて理解しようとしている。
そして次の瞬間、会場が爆笑した。
美月はマイクを持ったまま固まった。
「……あ」
凜花が笑いをこらえながら言う。
「美月さん、飛行機は発車しません!」
「離陸やった!」
真央が腹を抱える。
「新幹線じゃないがね!」
たつをが、ゆっくりフリップを上げた。
《ひかりごうじゃない》
「分かっとるわ!」
《みづきびん》
さらに一枚。
《15ふん ちえん》
「勝手に遅らすな!」
《りゆう》
一枚めくる。
《しゃべりすぎ》
客席がまた爆笑する。
美月は顔を赤くして両手で頬を押さえた。
「うわ、これは恥ずかしいわ……」
しかし、その赤面は長く続かなかった。客席の子どもたちが笑っている。年配客も笑っている。スタッフまで笑っている。
美月は顔を上げた。
そして、にやりと笑った。
「まあ、これだけ笑ろたんならええか!」
凜花が呆れる。
「立ち直りが早すぎます」
「笑い取れたら結果オーライや!」
「空港イベントでそれを言うのは美月さんだけです」
続く空港スタッフ誘導ポーズ体験では、美月が両手を大きく振りすぎて、飛行機を誘導しているのか、祭りの盆踊りなのか分からなくなった。
「もっとゆっくりでいいです!」
凜花が言う。
「飛行機に分かりやすいように大きくしとんねん!」
真央が笑う。
「飛行機が困っとるがね」
たつを。
《ひこうき こまってる》
「お前、飛行機の気持ち分かるんか!」
《5さいだから》
「理由になってへん!」
それでも、美月は不思議なほど子どもたちに人気だった。
緊張して前に出られない男の子がいると、美月はすぐしゃがんで目線を合わせる。
「大丈夫や。間違えてもええねん」
男の子は小さな声で言った。
「でも、失敗したら恥ずかしい」
美月は自分を指差した。
「ウチ、さっき飛行機を発車させたで?」
男の子が笑った。
「それよりマシやろ?」
「うん!」
「ほな勝ちや!」
凜花はその様子を見て、ふっと笑った。
美月はやらかす。
本当にやらかす。
しかも素でやらかす。
しかし、その失敗を他人の安心材料に変えることができる。これは簡単なようで、誰にでもできることではない。
「美月さん、人を笑顔にする力は本当にありますね」
美月が振り向く。
「今の褒めてる?」
「八割くらい」
「二割どこ行った!」
「発車しました」
「そこに引っ掛けんな!」
展望デッキでは、ひかりが富士山の方角や空港から見える風景の楽しさを紹介し、凜花が写真映えする撮影ポイントを案内した。青空の下、滑走路の向こうに広がる空を背景に立つ凜花は、やはり絵になった。長い黒髪、すらりとした長身、長い手足。飛行機の白と空の青の中に立つと、イベント会場とはまた違った華やかさが出る。
美月は素直に言った。
「凜花さん、空港も似合うな」
凜花は少し嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます」
たつを。
《じぶんでも おもってる》
凜花が笑顔のまま振り向く。
「たつを?」
《ごめんなさい》
即謝罪。
美月が叫ぶ。
「ウチとの扱い差、ひどない!?」
土産物PRステージでは、お茶、みかん、わさび、うなぎ、海産物加工品、地元菓子が紹介された。
凜花が美しくまとめる。
「飛行機に乗る前に、静岡の思い出を持って帰れるのも空港の魅力です。お茶も、みかんも、うなぎも、海の幸も、ここから全国へ連れて行ってくださいね♡」
美月がすぐ乗る。
「静岡土産打線、組めるな」
ひかりが笑う。
「また打線なのぉ?」
「四番はうなぎや!」
美音が静かに言う。
「お茶は一番でしょうか。出塁率が高そうです」
凜花が振り向く。
「美音さん、乗らないでください」
真央まで乗る。
「みかんは俊足タイプだがね」
「真央さんまで!」
あかりは少し考えて言った。
「黒はんぺんは代打の切り札やに」
「前回の焼津から魚介を野球にする流れ、引きずらないでください!」
イベントは大成功だった。
美月の発車事件も、むしろ一番の盛り上がりになった。子どもたちは「美月便、発車しまーす!」と真似をし、たつをはそのたびに《ちえん》のフリップを出し、美月が追いかける。凜花は進行を整えながら、時々笑いをこらえきれず、ひかりはずっと楽しそうだった。
イベント終了後、一行は空港内のレストランへ入った。
窓の外に滑走路が見える。遠くで飛行機がゆっくり動いている。食事をしながら飛行機を眺める時間は、イベント後の疲れをほどくにはちょうどよかった。
ただし、たつをはいない。
美月が一応聞く。
「たつをは?」
真央が周囲を見る。
「さっきまでおったがね」
美月は一秒考えた。
「まあええか」
誰も探さなかった。
凜花は飲み物を手に、ほっと息をついた。
「今日、かなりうまくいきましたね」
美月が言う。
「発車以外な」
ひかりが笑う。
「あれ込みで成功だと思うよぉ」
「それはそれで複雑や」
美音は静かにメニューを見ている。真白は空港設備のパンフレットを読み、明日香は家族連れの子どもたちが手を振ってくれた話をしていた。真央は「空港土産打線」をまだ考えている。
その時、隼人補佐官の端末が鳴った。
短い通知音だった。
だが、隼人の表情が変わった。
「緊急支援要請です」
空気が一瞬で締まった。
空港内で開催予定だった国際航空関連展示。そのために搬入されていた重要な特殊カーゴが、作業員を装った不審な一団によって搬送ルートから外されようとしている。さらにターミナル内の一部で撹乱が発生し、警備が分散されていた。
空港警察と警備当局は向かっている。
だが現場は近い。
ヒロ室東海(仮称)に、一般利用者の安全確保とカーゴ流出阻止の緊急支援が要請された。
凜花は立ち上がりかける。
美月も椅子を引く。
その前に、静かに立ち上がった者がいた。
山本あかりだった。
「隼人さん、空港の簡単な配置図あります?」
美月が驚く。
「あかり?」
あかりは隼人の端末に表示された図を見た。
目つきが変わる。
普段の穏やかな表情ではない。NSTでの現場を知る者の顔だった。
「一般のお客さんがおる方へ追い込んだらあかんに。逃げるなら旅客ロビーやなくて業務車両側へ抜けるはずやに。貨物の搬送経路と一般客の動線は分けて考えた方がええ」
真央が目を丸くする。
「あかり、なんでそんな分かるの?」
あかりは図から目を離さない。
「前にNSTの任務で、神戸の海上空港に長くおったことあるんやに。空港は見た目より動線がはっきりしとる」
美月は半分納得し、半分不満そうに言った。
「いや、そうは言うても、なんであかりが急に隊長みたいになっとんねん」
あかりは美月を見た。
「美月、正面側の押さえお願い」
「なんでウチがあかりに指示されるねん」
「今そこ気にしとる場合ちゃうに。走って!」
「はい!」
美月は反射で返事をして走り出し、三歩目で叫んだ。
「普通に返事してもうた!」
真央も走りながら言う。
「でも指示が的確だがね!」
「それが余計腹立つねん!」
あかりは次々に指示を飛ばす。
「美音は私と一緒に業務車両側。逃走ルートを見るに」
「了解です」
美音は迷わず応じた。NSTであかりと共に活動した経験がある。空港任務でのあかりの勘を疑わない。
「ひかりは一般客の誘導と館内情報の整理。明日香は家族連れの誘導をお願い」
「分かったよぉ」
「はい」
「真央は空港スタッフから最新情報を集めて、こっちへ回して」
「任されたがね!」
「真白は機動役。階段と段差を使って先回りして」
真白の目が輝く。
「分かりました」
「凜花さんは長い通路の追跡に入ってください。長い手足と歩幅を生かして、逃げる相手との距離を詰めて」
凜花は一瞬だけ驚いたが、すぐに頷いた。
「了解しました」
美月が遠くから叫ぶ。
「凜花さんまで素直に従っとる!」
凜花が返す。
「今は従った方がよさそうです!」
「それはそう!」
空港の中で、ヒロ室東海(仮称)が動き出した。
ひかりは館内放送担当と連携し、一般利用者に不安を与えない誘導文を整える。
「詳しく言わなくていいよぉ。安全確認のため、少しだけこちらへ移動してください、で大丈夫」
明日香は家族連れを落ち着かせる。
「大丈夫です。こちらで少しお待ちください。飛行機は見えますからね」
真央は空港スタッフ、売店、警備担当から次々と情報を集める。
「今動いた業務車両、どっちへ行ったがね? 白? 番号分かる? え、冷蔵車じゃなくて展示カーゴ用? それ早よ言わなかんやつだがね!」
美音は遠州の勇者らしく冷静に逃走ルートを読む。
「業務道路から外へ出るなら、東側の管理ゲートか、貨物搬入口側。一般ロビーへ出るのはリスクが高すぎます」
あかりが頷く。
「やっぱりそっちやに」
真白は階段を駆け上がる。逃げる不審者が下の通路を走っているのを見つけると、手すり近くの段差を利用して一気に跳ぶ。
伊吹おろしに鍛えられた強靭な足腰。
カンガルージャンプ。
着地は軽い。
逃げる相手の前に、真白がすとんと降り立つ。
相手が驚いて足を止める。
美月が後ろから叫ぶ。
「真白、何その跳躍力!」
真白は真面目な顔で答える。
「大垣では普通です!」
「絶対普通ちゃう!」
凜花も長い手足を駆使して大活躍した。
長い通路を逃げる相手を追う。イベント用の衣装なので走りやすいとは言い難いが、凜花は歩幅が大きい。すらりとした長い脚が、あっという間に距離を詰める。
荷物カートをかわし、通路の角で伸ばした手が相手の腕を掴む。
「止まってください!」
相手が振り払おうとするが、凜花はバランスを崩さない。元アイドルとして鍛えた体幹と、イベント現場で鍛えた咄嗟の対応力が生きる。
ただし本人は叫ぶ。
「イベントコンパニオンって、こういう仕事でしたっけ!?」
美月が遠くから返す。
「絶対ちゃうでー!」
その時、通路の向こうから、小さな影が走ってきた。
たつをだった。
美月が二度見する。
「お前、なんでここにおんねん!」
たつをは走りながらフリップを出す。
《きくな》
「聞くわ!」
不審者の一人が、たつをを見つける。タツノオトシゴの着ぐるみ。捕まえやすいと思ったのだろう。追いかける。
だが、たつをは速かった。
荷物カートの間をすり抜け、柱の陰に入り、低い柵をひらりとかわし、まるで着ぐるみとは思えない身のこなしで相手を翻弄する。
フリップ。
《こっち》
相手が追う。
角を曲がる。
そこには誰もいない。
反対側から、たつをが顔を出す。
《うそ》
相手が転びそうになる。
美月が叫ぶ。
「煽るな!」
たつをはさらに別のフリップを掲げる。
《ざんねん》
美音がその隙に回り込み、進路を塞ぐ。
美月は呆然とした。
「お前ほんま何者や!」
《5さい》
「5歳で片付く動きちゃう!」
大げさすぎる空港クエストは、いよいよクライマックスへ向かう。
重要カーゴを載せた業務車両が、管理道路側へ出ようとしている。空港警察の到着まではあと少し。しかし、ここで抜けられれば外周道路へ出られてしまう。
あかりは配置図を見つめた。
ほんの一秒。
そして指示を出す。
「美音、東側へ回って。車両の逃げ道を塞ぐに」
「了解です」
「真白、上の通路から先回り。降りられるところで降りて」
「分かりました」
「凜花さん、美月と正面をお願いします」
美月が声を上げる。
「またウチを使うんか!」
あかりは言った。
「河内の閃光なんやろ!?」
美月が止まる。
その顔が、ぱっと明るくなる。
「言うたな!」
次の瞬間、美月が走った。
河内の閃光。
炸裂。
理屈は苦手。
細かい作戦も苦手。
しかし、走れと言われた時の迷いのなさと、突っ込む速さは本物だった。
「ここから先は搭乗できませーん!」
美月が正面に立ちはだかる。
「いや、車両に搭乗は変か!」
凜花が横から叫ぶ。
「今そこ直さなくていいです!」
不審者が方向を変えようとする。
そこへ凜花が長い脚で先回りする。
さらに美音が管理道路側を押さえる。
真白が高い通路から跳び降りるようにして退路を塞ぐ。
たつをが車両の前に立つ。
フリップ。
《とまれ》
車両が止まる。
美月が驚く。
「止まった!」
たつを。
《えらい》
「自分で言うな!」
最後にリーダー格の男がカーゴを諦め、徒歩で逃げようとした。
あかりが見た。
次の瞬間、空気が変わる。
「逃がさんに!」
四日市の突貫娘。
炸裂。
あかりは一直線に踏み込んだ。普段の穏やかな雰囲気が嘘のような速さだった。相手の進路を読み、逃げる方向を先に潰し、最短距離で距離を詰める。
相手が振り返るより早く、あかりが横へ入る。
体勢を崩す。
制圧。
美月は目を丸くした。
「あかり、怖っ!」
あかりは息も乱さず言う。
「美月、そっち見て!」
「はい!」
また返事をした。
美月は頭を抱える。
「なんで今日ウチ、完全にあかりの部下やねん!」
真央が笑う。
「だって今日のあかり、完全に隊長だがね!」
まもなく空港警察が到着した。
しかし、到着した時には、ほぼすべて片付いていた。
不審者は確保済み。
重要カーゴは無事。
一般客の混乱もなし。
管理道路も封鎖済み。
たつをはなぜかカーゴの上でフリップを掲げていた。
《おそい》
美月が慌ててたつをを隠す。
「警察にそれ見せるな!」
空港警察の一人が、周囲を見回した。ヒロインたちを見る。あかりを見る。凜花を見る。美月を見る。最後にたつをを見る。
そして、半ば呆れたように、駿河の響きを帯びた口調で言った。
「あんたら、いったい何者だら?」
一同が黙る。
すると真央が一歩前へ出た。
「ヒロ室東海(仮称)だがね。仮称まで含めて正式名称、空の玄関の臨時保安係ってとこだわ」
警察官は眉を上げた。
「仮称なのに正式名称だら?」
真央は胸を張った。
「そこ突っ込んだら、うちらもまだ答え出とらんがね」
美月が続ける。
「そこがウチら最大の未解決事件や!」
あかりが静かに言った。
「美月、それ今言わんでもええに」
警察官はしばらく黙り、それから小さく頷いた。
「……まあ、助かったもんで」
緊急任務は終わった。
凜花は少し息を整えながら、あかりを見る。
「あかりさん、今日すごかったですね」
あかりは少し照れたように目をそらす。
「前に空港で任務しとっただけやに」
美月が言う。
「だけ、のレベルちゃうやろ」
美音は穏やかに笑った。
「あかりは現場ではああいう人です」
凜花は、まだ知らない仲間の顔を一つ見た気がした。
夜。
RINKA MODEが始まった。
凜花は画面の前で、いつものように少し首を傾げる。
「りんか民のみんなぁ、ごきげんよう♡」
コメントが流れる。
《陛下おかえり》
《空港イベント楽しかった》
《美月便発車してた》
凜花は早速笑った。
「もう美月さんの話?」
その頃、美月は新幹線ひかり号の車内にいた。
イヤホン装着。
スマホを両手で持つ。
表情は真剣。
目的は偵察。
本人はそう言い張っている。
凜花は配信で、空港イベントを振り返る。
「今日は、ふじのくにの空の玄関口でイベントでした♡ 飛行機も見られるし、静岡のお土産もたくさんあるし、空港ってやっぱり楽しいね」
コメントが流れる。
《空港の陛下美しかった》
《凜花CA感あった》
《美月便は?》
凜花は少し笑う。
「あと、イベントの後にちょっと急な任務もありました」
《何があった》
《事件?》
《陛下戦った?》
凜花は少しだけもったいぶる。
「詳しくは守秘義務があるから言えないんだけどぉ……」
美月が車内で呟く。
「その顔、絶対盛る気や」
凜花は続ける。
「凜花、長い脚を生かして空港を一気に駆け抜けて」
美月。
「まあ走ってはいたな」
「逃げる相手を追い詰めて」
「そこはまあ、合ってる」
「最後は華麗に制圧しました♡」
美月。
「チョイと盛っているな」
コメントは盛り上がる。
《陛下かっこいい》
《映画化希望》
《空港を駆ける女王》
《脚長いから一歩が2m》
凜花は嬉しそうに笑う。
「二メートルはないよぉ♡」
美月が突っ込む。
「否定するとこそこなん?」
凜花はそこで表情を少し真面目にした。
「でも今日、一番すごかったのはあかりさんかも。空港のことを本当によく分かっていて、全部指示してくれたの」
美月は素直に頷いた。
「それは認める」
コメントが流れる。
《美月も指示された?》
《河内の閃光、四日市の突貫娘の部下》
《美月が部下になった日》
美月の眉が跳ねる。
「誰が部下や!」
コメント欄を開く。
本人見てるで。
指が止まる。
「アカン」
削除。
「これは偵察や」
凜花は画面の向こうでコメントを読んだ。
「美月さんもすごかったよ?」
美月が身を乗り出す。
「そうや。言うたれ」
凜花は優しい顔で言う。
「任務でも本当にカッコ良かったし、私より年下なんだけど、すごく頼れる先輩だなって思いました♡」
美月は少し照れた。
「凜花さん……」
コメント。
《先輩美月》
《河内の閃光》
《美月かっこいい》
美月は満足した。
かなり満足した。
しかし、凜花の口元が少し緩んだ。
「ただ……」
美月が警戒する。
「ただ?」
凜花は耐えようとした。
耐えられなかった。
「飛行機に向かって“発車しまーす”は、やっぱりちょっと面白かった♡」
美月は座席で小さく叫んだ。
「そこ戻るんかい!」
コメント欄が爆発する。
《美月便発車》
《飛行機を電車にした女》
《美月航空改め美月鉄道》
《次は新大阪行き美月便》
美月は入力する。
本人見てるで!
止まる。
削除。
「耐えろ。冷戦や」
さらにコメント。
《美月便15分遅延》
《理由:しゃべりすぎ》
《たつを機長》
美月。
「たつを機長だけは絶対嫌や!」
入力。
本人見てるで。たつを機長は却下。
止まる。
削除。
「危なっ! 普通に返事するとこやった!」
凜花は笑っている。
「でも美月さん、恥ずかしそうだったけど、みんなが笑ってくれたら最後は満足そうだったんだよ」
コメント。
《さすが芸人》
《戦隊ヒロインですよ》
《笑いが取れれば着陸成功》
美月。
「誰が芸人や!」
また入力。
また止める。
また削除。
その間にも配信は進む。
凜花はあかりの活躍、真白の跳躍、美音の冷静な判断、ひかりと明日香の誘導、真央の情報収集、そしてたつをの謎すぎる身のこなしを語る。
「たつをもすごかったよ。何であそこにいたのかは分からないけど、本当に助かったの」
コメント。
《たつを有能》
《たつを機長》
《たつを空港警備隊》
《たつを>美月》
美月が止まる。
「最後の何や」
入力。
たつを>美月はない。
止まる。
削除。
「冷戦や。耐えろ」
ちょうどその時、車内放送が流れた。
「まもなく、新大阪です」
美月は一瞬顔を上げた。
「あ、降りる駅や」
しかしすぐにスマホへ目が戻る。
コメント欄。
《本人見てそう》
《ひかり号説》
《そろそろ新大阪》
《美月、降りるの忘れるな》
美月は笑った。
「誰が忘れんねん!」
入力。
本人見てるで! 今から新大阪で降りるわ!
止まる。
「だから書いたらアカン!」
削除。
その間に列車は減速し、ホームへ入っていく。
凜花は画面の向こうで言う。
「美月さんって、集中すると周り見えなくなるところあるよね」
美月はスマホに向かって言った。
「誰がや!」
コメント。
《今まさに見えてなさそう》
《新大阪ですよ》
《美月便、新神戸まで延伸》
《発車しまーす》
美月はようやく窓の外を見た。
ホームの表示。
新大阪。
扉は開いている。
乗客は降り始めている。
美月は固まった。
「…………あ」
次の瞬間、荷物を掴んだ。
イヤホンを抜いた。
スマホを落としかけた。
「アカンアカンアカン!」
通路へ飛び出す。
「すんません! 降ります! 降りまーす!」
発車メロディ寸前。
美月はぎりぎりでホームへ飛び出した。
扉が閉まる。
新幹線がゆっくり動き出す。
美月は新大阪駅のホームで息を切らした。
「危うく新神戸まで行くとこやった……」
スマホを見る。
配信はまだ続いている。
凜花が笑っていた。
「りんか民、美月さんをいじりすぎないの。降り損ねたら大変だからね」
コメント。
《もう遅い説》
《ギリギリ降りた説》
《新神戸まで行ってほしかった》
《美月便、新大阪で緊急着陸》
美月はホームで叫びそうになった。
こらえた。
入力する。
本人見てるで!!
止まる。
長い沈黙。
削除。
「……冷戦や。耐えろ美月」
凜花は最後に、少し真面目な顔になった。
「今日はイベントも楽しかったし、急な任務もみんなで力を合わせて無事に終わりました」
「美月さんも、あかりさんも、美音さんも、ひかりさんも、真央さんも、明日香さんも、真白さんも、みんなすごかったよ」
そして、にこっと笑う。
「たつをも……何であそこにいたのか分からないけど、すごかった♡」
美月は小さく頷いた。
「ほんま、それや」
凜花は続ける。
「また空港イベント、行きたいな♡」
コメント欄。
《次回も美月便》
《次こそ定刻発車》
《たつを機長》
《あかり管制官》
《凜花CA》
《真白ジャンプ搭乗》
美月はスマホを見つめた。
「勝手に航空会社つくんな」
でも、少し笑っていた。
イベントは成功した。
任務も成功した。
あかりは予想以上に格好良かった。
凜花も、まあ少し盛ったが確かに活躍した。
美音は頼れた。
真白は飛んだ。
ひかりと明日香は落ち着いていた。
真央は相変わらず情報収集が早かった。
たつをは、もはや説明不能だった。
そして美月は、また一つ黒歴史を増やした。
「まあ、ええ一日やったな」
美月は新大阪駅のホームで、小さくそう言った。
少し考える。
「せやけど、りんか民」
スマホの画面を見る。
「お前らとの冷戦は、今日も定刻通り継続や」
ただし、当のりんか民は、美月がもう少しで新神戸まで運ばれそうになったことを、なぜかほぼ察していた。
こうして、**『FUJINOKUNI SKY HEROINE FESTA』**は大成功に終わった。
ふじのくにの空の玄関口は、空港PRイベントで笑顔に包まれ、突然の任務ではヒロ室東海(仮称)の底力を見せた。
凜花は長い手足を生かして空港を駆け抜けた。
美月は飛行機を発車させ、河内の閃光として走った。
真白は伊吹おろし仕込みのカンガルージャンプを披露した。
美音は遠州の勇者らしく冷静に逃走ルートを封じた。
たつをは着ぐるみの常識を破壊した。
そして山本あかりは、普段の穏やかさからは想像できないほど冷静に全員を動かし、最後は四日市の突貫娘として現場を締めた。
ヒロ室東海(仮称)。
仮称なのに正式名称。
組織の実態はいまだ曖昧。
だが、実績だけはまた一つ、確実に積み上がった。
なお、赤嶺美月便はこの日、離陸せず、発車もせず、最終的に新大阪へ緊急着陸した。
遅延理由は。
しゃべりすぎ。
であった。




