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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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1209/1262

滑走路より美月が暴走!?――土屋凜花とヒロ室東海(仮称)、ふじのくに“空の玄関口”スカイフェスタ大作戦!

空港という場所には、妙な高揚感がある。


まだ飛行機に乗るわけでもないのに、ターミナルへ近づくだけで、少しだけ旅に出る気分になる。大きなガラス窓、出発案内の表示、スーツケースを引く人々、どこか急いでいるようで、それでいて少し浮き立っている空気。ふじのくにの空の玄関口も、まさにそんな場所だった。


富士山の方角を望む展望デッキがあり、滑走路の向こうには空が広がる。静岡のお茶やみかん、わさび、うなぎ、海産物の加工品、地元菓子が並ぶ土産物店。飛行機を眺めながら食事ができるレストラン。大都市の巨大空港ほど慌ただしくはないが、その分、どこか親しみやすく、静岡から全国へ、そして海外へつながっていく実感がある。


この日、そこで開催されるのは、ヒロ室東海(仮称)による空港PRイベントだった。


題して、『FUJINOKUNI SKY HEROINE FESTA ~空からつながる静岡の未来~』。


参加するのは、土屋凜花、山田真央、稲生明日香、伊吹真白、山本あかり、河合美音、杉山ひかり、赤嶺美月。静岡県内イベントで経験を積み、富士宮、日本平、三保松原、焼津と、すっかり「仮称なのに妙に仕事が来る組織」になってきたヒロ室東海(仮称)の面々である。


そして、控室に入った瞬間、赤嶺美月は立ち止まった。


いた。


椅子に座っていた。


小さなスタッフ用パスを首から下げ、タツノオトシゴの着ぐるみが、当然のようにペットボトルのお茶を前にしていた。


美月は深く息を吸った。


「たつを、今日呼ばれた?」


たつをは無言でフリップを出した。


《よばれてない》


「ほな帰れ!」


《まだ とうじょうしてない》


「もう登場しとるやろ!」


《とうじょうぐち まち》


「空港っぽく言うな!」


真央が荷物を置きながら感心したように言った。


「朝から完成度高いがね」


凜花は笑いながら、たつをの前にしゃがんだ。


「たつを、今日は空港イベントだからね。勝手に制限区域へ入ったりしないでね」


たつをは力強く頷いた。


《だいじょうぶ》


美月が眉を寄せる。


「その“大丈夫”が一番信用でけへんのよ」


たつをは一枚めくった。


《みづきよりは あんぜん》


「ウチを危険物扱いすな!」


さらに一枚。


《こえが きけん》


「声量の話かい!」


控室は朝から笑いに包まれた。凜花は鏡の前で身だしなみを整えながら、少しだけ頬を緩めていた。元アイドルであり、イベントコンパニオンとしても経験豊富な凜花にとって、空港イベントは相性がいい。案内、誘導、観光PR、撮影対応。どれも得意分野である。


「今日は私がしっかり進行しますから、安心してください」


凜花がそう言うと、美月が親指を立てた。


「頼りにしとるで、女王陛下」


「空港ではその呼び方やめてください」


たつをがすかさずフリップを出す。


《じょうおうびん》


「飛ばさないでください」


イベントが始まると、凜花の本領が発揮された。


特設ステージに立った凜花は、姿勢を正し、空港スタッフ風に少し落ち着いた声でマイクを握った。


「皆さま、本日はふじのくにの空の玄関口へお越しいただき、ありがとうございます。本日は、空港のお仕事、飛行機を見る楽しさ、そして静岡の魅力を、私たちヒロ室東海(仮称)と一緒に楽しんでくださいね♡」


語尾だけ少し凜花らしい甘さが残る。


客席から拍手が起こる。家族連れが多い。小さな子どもたちが飛行機の模型を抱え、カメラを持った年配の航空ファンもいる。旅行客が足を止め、土産物袋を持った人までステージを見ていた。


ひかりが続いて、空港の役割を柔らかく紹介する。


「空港ってねぇ、飛行機に乗るだけの場所じゃないんだよぉ。静岡へ来る人、静岡から出かける人、観光や仕事、それから物も動いていく。空港は、いろんな場所をつないでくれる玄関なんだよぉ」


明日香が観光地へのアクセスを説明し、美音が物流や移動の拠点としての空港を補足する。真白は飛行機の整備や設備に興味津々で、展示パネルを見ながら目を輝かせている。真央は客席を巻き込みながら場を温め、あかりは少し離れた場所から、人の流れや通路の位置を静かに見ていた。


その時点では、誰も気づかなかった。


あかりの目つきだけが、いつもと少し違っていることに。


最初の体験企画は、「あなたも空港スタッフ! 搭乗案内アナウンス体験」だった。


凜花が手本を見せる。


「ご案内いたします。本日はご来場いただきありがとうございます。まもなく、ヒロイン・スカイステージを開始いたします。どうぞ最後までお楽しみください」


さすがだった。


声が通る。明るい。聞き取りやすい。わずかに微笑んだ表情まで含めて、完璧な案内である。


真央が拍手した。


「ほんとに空港の人みたいだがね!」


美月が胸を張る。


「ウチもできるで!」


凜花は少しだけ迷ったが、イベントなので断る理由はない。


「では、美月さん。こちらを読んでください」


スタッフが用意した短い文章を、美月が受け取る。


「えー、ご案内いたします」


意外と普通だった。


凜花は少し安心する。


「まもなく、赤嶺美月便……」


美月はそこで妙に気持ちよくなった。


「発車しまーす!」


空港全体が、一瞬だけ無音になった気がした。


凜花の笑顔が固まる。ひかりが口元を押さえる。美音が下を向く。真央が「ん?」という顔で考え込む。真白と明日香は何が変なのか一拍遅れて理解しようとしている。


そして次の瞬間、会場が爆笑した。


美月はマイクを持ったまま固まった。


「……あ」


凜花が笑いをこらえながら言う。


「美月さん、飛行機は発車しません!」


「離陸やった!」


真央が腹を抱える。


「新幹線じゃないがね!」


たつをが、ゆっくりフリップを上げた。


《ひかりごうじゃない》


「分かっとるわ!」


《みづきびん》


さらに一枚。


《15ふん ちえん》


「勝手に遅らすな!」


《りゆう》


一枚めくる。


《しゃべりすぎ》


客席がまた爆笑する。


美月は顔を赤くして両手で頬を押さえた。


「うわ、これは恥ずかしいわ……」


しかし、その赤面は長く続かなかった。客席の子どもたちが笑っている。年配客も笑っている。スタッフまで笑っている。


美月は顔を上げた。


そして、にやりと笑った。


「まあ、これだけ笑ろたんならええか!」


凜花が呆れる。


「立ち直りが早すぎます」


「笑い取れたら結果オーライや!」


「空港イベントでそれを言うのは美月さんだけです」


続く空港スタッフ誘導ポーズ体験では、美月が両手を大きく振りすぎて、飛行機を誘導しているのか、祭りの盆踊りなのか分からなくなった。


「もっとゆっくりでいいです!」


凜花が言う。


「飛行機に分かりやすいように大きくしとんねん!」


真央が笑う。


「飛行機が困っとるがね」


たつを。


《ひこうき こまってる》


「お前、飛行機の気持ち分かるんか!」


《5さいだから》


「理由になってへん!」


それでも、美月は不思議なほど子どもたちに人気だった。


緊張して前に出られない男の子がいると、美月はすぐしゃがんで目線を合わせる。


「大丈夫や。間違えてもええねん」


男の子は小さな声で言った。


「でも、失敗したら恥ずかしい」


美月は自分を指差した。


「ウチ、さっき飛行機を発車させたで?」


男の子が笑った。


「それよりマシやろ?」


「うん!」


「ほな勝ちや!」


凜花はその様子を見て、ふっと笑った。


美月はやらかす。


本当にやらかす。


しかも素でやらかす。


しかし、その失敗を他人の安心材料に変えることができる。これは簡単なようで、誰にでもできることではない。


「美月さん、人を笑顔にする力は本当にありますね」


美月が振り向く。


「今の褒めてる?」


「八割くらい」


「二割どこ行った!」


「発車しました」


「そこに引っ掛けんな!」


展望デッキでは、ひかりが富士山の方角や空港から見える風景の楽しさを紹介し、凜花が写真映えする撮影ポイントを案内した。青空の下、滑走路の向こうに広がる空を背景に立つ凜花は、やはり絵になった。長い黒髪、すらりとした長身、長い手足。飛行機の白と空の青の中に立つと、イベント会場とはまた違った華やかさが出る。


美月は素直に言った。


「凜花さん、空港も似合うな」


凜花は少し嬉しそうに笑う。


「ありがとうございます」


たつを。


《じぶんでも おもってる》


凜花が笑顔のまま振り向く。


「たつを?」


《ごめんなさい》


即謝罪。


美月が叫ぶ。


「ウチとの扱い差、ひどない!?」


土産物PRステージでは、お茶、みかん、わさび、うなぎ、海産物加工品、地元菓子が紹介された。


凜花が美しくまとめる。


「飛行機に乗る前に、静岡の思い出を持って帰れるのも空港の魅力です。お茶も、みかんも、うなぎも、海の幸も、ここから全国へ連れて行ってくださいね♡」


美月がすぐ乗る。


「静岡土産打線、組めるな」


ひかりが笑う。


「また打線なのぉ?」


「四番はうなぎや!」


美音が静かに言う。


「お茶は一番でしょうか。出塁率が高そうです」


凜花が振り向く。


「美音さん、乗らないでください」


真央まで乗る。


「みかんは俊足タイプだがね」


「真央さんまで!」


あかりは少し考えて言った。


「黒はんぺんは代打の切り札やに」


「前回の焼津から魚介を野球にする流れ、引きずらないでください!」


イベントは大成功だった。


美月の発車事件も、むしろ一番の盛り上がりになった。子どもたちは「美月便、発車しまーす!」と真似をし、たつをはそのたびに《ちえん》のフリップを出し、美月が追いかける。凜花は進行を整えながら、時々笑いをこらえきれず、ひかりはずっと楽しそうだった。


イベント終了後、一行は空港内のレストランへ入った。


窓の外に滑走路が見える。遠くで飛行機がゆっくり動いている。食事をしながら飛行機を眺める時間は、イベント後の疲れをほどくにはちょうどよかった。


ただし、たつをはいない。


美月が一応聞く。


「たつをは?」


真央が周囲を見る。


「さっきまでおったがね」


美月は一秒考えた。


「まあええか」


誰も探さなかった。


凜花は飲み物を手に、ほっと息をついた。


「今日、かなりうまくいきましたね」


美月が言う。


「発車以外な」


ひかりが笑う。


「あれ込みで成功だと思うよぉ」


「それはそれで複雑や」


美音は静かにメニューを見ている。真白は空港設備のパンフレットを読み、明日香は家族連れの子どもたちが手を振ってくれた話をしていた。真央は「空港土産打線」をまだ考えている。


その時、隼人補佐官の端末が鳴った。


短い通知音だった。


だが、隼人の表情が変わった。


「緊急支援要請です」


空気が一瞬で締まった。


空港内で開催予定だった国際航空関連展示。そのために搬入されていた重要な特殊カーゴが、作業員を装った不審な一団によって搬送ルートから外されようとしている。さらにターミナル内の一部で撹乱が発生し、警備が分散されていた。


空港警察と警備当局は向かっている。


だが現場は近い。


ヒロ室東海(仮称)に、一般利用者の安全確保とカーゴ流出阻止の緊急支援が要請された。


凜花は立ち上がりかける。


美月も椅子を引く。


その前に、静かに立ち上がった者がいた。


山本あかりだった。


「隼人さん、空港の簡単な配置図あります?」


美月が驚く。


「あかり?」


あかりは隼人の端末に表示された図を見た。


目つきが変わる。


普段の穏やかな表情ではない。NSTでの現場を知る者の顔だった。


「一般のお客さんがおる方へ追い込んだらあかんに。逃げるなら旅客ロビーやなくて業務車両側へ抜けるはずやに。貨物の搬送経路と一般客の動線は分けて考えた方がええ」


真央が目を丸くする。


「あかり、なんでそんな分かるの?」


あかりは図から目を離さない。


「前にNSTの任務で、神戸の海上空港に長くおったことあるんやに。空港は見た目より動線がはっきりしとる」


美月は半分納得し、半分不満そうに言った。


「いや、そうは言うても、なんであかりが急に隊長みたいになっとんねん」


あかりは美月を見た。


「美月、正面側の押さえお願い」


「なんでウチがあかりに指示されるねん」


「今そこ気にしとる場合ちゃうに。走って!」


「はい!」


美月は反射で返事をして走り出し、三歩目で叫んだ。


「普通に返事してもうた!」


真央も走りながら言う。


「でも指示が的確だがね!」


「それが余計腹立つねん!」


あかりは次々に指示を飛ばす。


「美音は私と一緒に業務車両側。逃走ルートを見るに」


「了解です」


美音は迷わず応じた。NSTであかりと共に活動した経験がある。空港任務でのあかりの勘を疑わない。


「ひかりは一般客の誘導と館内情報の整理。明日香は家族連れの誘導をお願い」


「分かったよぉ」


「はい」


「真央は空港スタッフから最新情報を集めて、こっちへ回して」


「任されたがね!」


「真白は機動役。階段と段差を使って先回りして」


真白の目が輝く。


「分かりました」


「凜花さんは長い通路の追跡に入ってください。長い手足と歩幅を生かして、逃げる相手との距離を詰めて」


凜花は一瞬だけ驚いたが、すぐに頷いた。


「了解しました」


美月が遠くから叫ぶ。


「凜花さんまで素直に従っとる!」


凜花が返す。


「今は従った方がよさそうです!」


「それはそう!」


空港の中で、ヒロ室東海(仮称)が動き出した。


ひかりは館内放送担当と連携し、一般利用者に不安を与えない誘導文を整える。


「詳しく言わなくていいよぉ。安全確認のため、少しだけこちらへ移動してください、で大丈夫」


明日香は家族連れを落ち着かせる。


「大丈夫です。こちらで少しお待ちください。飛行機は見えますからね」


真央は空港スタッフ、売店、警備担当から次々と情報を集める。


「今動いた業務車両、どっちへ行ったがね? 白? 番号分かる? え、冷蔵車じゃなくて展示カーゴ用? それ早よ言わなかんやつだがね!」


美音は遠州の勇者らしく冷静に逃走ルートを読む。


「業務道路から外へ出るなら、東側の管理ゲートか、貨物搬入口側。一般ロビーへ出るのはリスクが高すぎます」


あかりが頷く。


「やっぱりそっちやに」


真白は階段を駆け上がる。逃げる不審者が下の通路を走っているのを見つけると、手すり近くの段差を利用して一気に跳ぶ。


伊吹おろしに鍛えられた強靭な足腰。


カンガルージャンプ。


着地は軽い。


逃げる相手の前に、真白がすとんと降り立つ。


相手が驚いて足を止める。


美月が後ろから叫ぶ。


「真白、何その跳躍力!」


真白は真面目な顔で答える。


「大垣では普通です!」


「絶対普通ちゃう!」


凜花も長い手足を駆使して大活躍した。


長い通路を逃げる相手を追う。イベント用の衣装なので走りやすいとは言い難いが、凜花は歩幅が大きい。すらりとした長い脚が、あっという間に距離を詰める。


荷物カートをかわし、通路の角で伸ばした手が相手の腕を掴む。


「止まってください!」


相手が振り払おうとするが、凜花はバランスを崩さない。元アイドルとして鍛えた体幹と、イベント現場で鍛えた咄嗟の対応力が生きる。


ただし本人は叫ぶ。


「イベントコンパニオンって、こういう仕事でしたっけ!?」


美月が遠くから返す。


「絶対ちゃうでー!」


その時、通路の向こうから、小さな影が走ってきた。


たつをだった。


美月が二度見する。


「お前、なんでここにおんねん!」


たつをは走りながらフリップを出す。


《きくな》


「聞くわ!」


不審者の一人が、たつをを見つける。タツノオトシゴの着ぐるみ。捕まえやすいと思ったのだろう。追いかける。


だが、たつをは速かった。


荷物カートの間をすり抜け、柱の陰に入り、低い柵をひらりとかわし、まるで着ぐるみとは思えない身のこなしで相手を翻弄する。


フリップ。


《こっち》


相手が追う。


角を曲がる。


そこには誰もいない。


反対側から、たつをが顔を出す。


《うそ》


相手が転びそうになる。


美月が叫ぶ。


「煽るな!」


たつをはさらに別のフリップを掲げる。


《ざんねん》


美音がその隙に回り込み、進路を塞ぐ。


美月は呆然とした。


「お前ほんま何者や!」


《5さい》


「5歳で片付く動きちゃう!」


大げさすぎる空港クエストは、いよいよクライマックスへ向かう。


重要カーゴを載せた業務車両が、管理道路側へ出ようとしている。空港警察の到着まではあと少し。しかし、ここで抜けられれば外周道路へ出られてしまう。


あかりは配置図を見つめた。


ほんの一秒。


そして指示を出す。


「美音、東側へ回って。車両の逃げ道を塞ぐに」


「了解です」


「真白、上の通路から先回り。降りられるところで降りて」


「分かりました」


「凜花さん、美月と正面をお願いします」


美月が声を上げる。


「またウチを使うんか!」


あかりは言った。


「河内の閃光なんやろ!?」


美月が止まる。


その顔が、ぱっと明るくなる。


「言うたな!」


次の瞬間、美月が走った。


河内の閃光。


炸裂。


理屈は苦手。


細かい作戦も苦手。


しかし、走れと言われた時の迷いのなさと、突っ込む速さは本物だった。


「ここから先は搭乗できませーん!」


美月が正面に立ちはだかる。


「いや、車両に搭乗は変か!」


凜花が横から叫ぶ。


「今そこ直さなくていいです!」


不審者が方向を変えようとする。


そこへ凜花が長い脚で先回りする。


さらに美音が管理道路側を押さえる。


真白が高い通路から跳び降りるようにして退路を塞ぐ。


たつをが車両の前に立つ。


フリップ。


《とまれ》


車両が止まる。


美月が驚く。


「止まった!」


たつを。


《えらい》


「自分で言うな!」


最後にリーダー格の男がカーゴを諦め、徒歩で逃げようとした。


あかりが見た。


次の瞬間、空気が変わる。


「逃がさんに!」


四日市の突貫娘。


炸裂。


あかりは一直線に踏み込んだ。普段の穏やかな雰囲気が嘘のような速さだった。相手の進路を読み、逃げる方向を先に潰し、最短距離で距離を詰める。


相手が振り返るより早く、あかりが横へ入る。


体勢を崩す。


制圧。


美月は目を丸くした。


「あかり、怖っ!」


あかりは息も乱さず言う。


「美月、そっち見て!」


「はい!」


また返事をした。


美月は頭を抱える。


「なんで今日ウチ、完全にあかりの部下やねん!」


真央が笑う。


「だって今日のあかり、完全に隊長だがね!」


まもなく空港警察が到着した。


しかし、到着した時には、ほぼすべて片付いていた。


不審者は確保済み。


重要カーゴは無事。


一般客の混乱もなし。


管理道路も封鎖済み。


たつをはなぜかカーゴの上でフリップを掲げていた。


《おそい》


美月が慌ててたつをを隠す。


「警察にそれ見せるな!」


空港警察の一人が、周囲を見回した。ヒロインたちを見る。あかりを見る。凜花を見る。美月を見る。最後にたつをを見る。


そして、半ば呆れたように、駿河の響きを帯びた口調で言った。


「あんたら、いったい何者だら?」


一同が黙る。


すると真央が一歩前へ出た。


「ヒロ室東海(仮称)だがね。仮称まで含めて正式名称、空の玄関の臨時保安係ってとこだわ」


警察官は眉を上げた。


「仮称なのに正式名称だら?」


真央は胸を張った。


「そこ突っ込んだら、うちらもまだ答え出とらんがね」


美月が続ける。


「そこがウチら最大の未解決事件や!」


あかりが静かに言った。


「美月、それ今言わんでもええに」


警察官はしばらく黙り、それから小さく頷いた。


「……まあ、助かったもんで」


緊急任務は終わった。


凜花は少し息を整えながら、あかりを見る。


「あかりさん、今日すごかったですね」


あかりは少し照れたように目をそらす。


「前に空港で任務しとっただけやに」


美月が言う。


「だけ、のレベルちゃうやろ」


美音は穏やかに笑った。


「あかりは現場ではああいう人です」


凜花は、まだ知らない仲間の顔を一つ見た気がした。


夜。


RINKA MODEが始まった。


凜花は画面の前で、いつものように少し首を傾げる。


「りんか民のみんなぁ、ごきげんよう♡」


コメントが流れる。


《陛下おかえり》


《空港イベント楽しかった》


《美月便発車してた》


凜花は早速笑った。


「もう美月さんの話?」


その頃、美月は新幹線ひかり号の車内にいた。


イヤホン装着。


スマホを両手で持つ。


表情は真剣。


目的は偵察。


本人はそう言い張っている。


凜花は配信で、空港イベントを振り返る。


「今日は、ふじのくにの空の玄関口でイベントでした♡ 飛行機も見られるし、静岡のお土産もたくさんあるし、空港ってやっぱり楽しいね」


コメントが流れる。


《空港の陛下美しかった》


《凜花CA感あった》


《美月便は?》


凜花は少し笑う。


「あと、イベントの後にちょっと急な任務もありました」


《何があった》


《事件?》


《陛下戦った?》


凜花は少しだけもったいぶる。


「詳しくは守秘義務があるから言えないんだけどぉ……」


美月が車内で呟く。


「その顔、絶対盛る気や」


凜花は続ける。


「凜花、長い脚を生かして空港を一気に駆け抜けて」


美月。


「まあ走ってはいたな」


「逃げる相手を追い詰めて」


「そこはまあ、合ってる」


「最後は華麗に制圧しました♡」


美月。


「チョイと盛っているな」


コメントは盛り上がる。


《陛下かっこいい》


《映画化希望》


《空港を駆ける女王》


《脚長いから一歩が2m》


凜花は嬉しそうに笑う。


「二メートルはないよぉ♡」


美月が突っ込む。


「否定するとこそこなん?」


凜花はそこで表情を少し真面目にした。


「でも今日、一番すごかったのはあかりさんかも。空港のことを本当によく分かっていて、全部指示してくれたの」


美月は素直に頷いた。


「それは認める」


コメントが流れる。


《美月も指示された?》


《河内の閃光、四日市の突貫娘の部下》


《美月が部下になった日》


美月の眉が跳ねる。


「誰が部下や!」


コメント欄を開く。


本人見てるで。


指が止まる。


「アカン」


削除。


「これは偵察や」


凜花は画面の向こうでコメントを読んだ。


「美月さんもすごかったよ?」


美月が身を乗り出す。


「そうや。言うたれ」


凜花は優しい顔で言う。


「任務でも本当にカッコ良かったし、私より年下なんだけど、すごく頼れる先輩だなって思いました♡」


美月は少し照れた。


「凜花さん……」


コメント。


《先輩美月》


《河内の閃光》


《美月かっこいい》


美月は満足した。


かなり満足した。


しかし、凜花の口元が少し緩んだ。


「ただ……」


美月が警戒する。


「ただ?」


凜花は耐えようとした。


耐えられなかった。


「飛行機に向かって“発車しまーす”は、やっぱりちょっと面白かった♡」


美月は座席で小さく叫んだ。


「そこ戻るんかい!」


コメント欄が爆発する。


《美月便発車》


《飛行機を電車にした女》


《美月航空改め美月鉄道》


《次は新大阪行き美月便》


美月は入力する。


本人見てるで!


止まる。


削除。


「耐えろ。冷戦や」


さらにコメント。


《美月便15分遅延》


《理由:しゃべりすぎ》


《たつを機長》


美月。


「たつを機長だけは絶対嫌や!」


入力。


本人見てるで。たつを機長は却下。


止まる。


削除。


「危なっ! 普通に返事するとこやった!」


凜花は笑っている。


「でも美月さん、恥ずかしそうだったけど、みんなが笑ってくれたら最後は満足そうだったんだよ」


コメント。


《さすが芸人》


《戦隊ヒロインですよ》


《笑いが取れれば着陸成功》


美月。


「誰が芸人や!」


また入力。


また止める。


また削除。


その間にも配信は進む。


凜花はあかりの活躍、真白の跳躍、美音の冷静な判断、ひかりと明日香の誘導、真央の情報収集、そしてたつをの謎すぎる身のこなしを語る。


「たつをもすごかったよ。何であそこにいたのかは分からないけど、本当に助かったの」


コメント。


《たつを有能》


《たつを機長》


《たつを空港警備隊》


《たつを>美月》


美月が止まる。


「最後の何や」


入力。


たつを>美月はない。


止まる。


削除。


「冷戦や。耐えろ」


ちょうどその時、車内放送が流れた。


「まもなく、新大阪です」


美月は一瞬顔を上げた。


「あ、降りる駅や」


しかしすぐにスマホへ目が戻る。


コメント欄。


《本人見てそう》


《ひかり号説》


《そろそろ新大阪》


《美月、降りるの忘れるな》


美月は笑った。


「誰が忘れんねん!」


入力。


本人見てるで! 今から新大阪で降りるわ!


止まる。


「だから書いたらアカン!」


削除。


その間に列車は減速し、ホームへ入っていく。


凜花は画面の向こうで言う。


「美月さんって、集中すると周り見えなくなるところあるよね」


美月はスマホに向かって言った。


「誰がや!」


コメント。


《今まさに見えてなさそう》


《新大阪ですよ》


《美月便、新神戸まで延伸》


《発車しまーす》


美月はようやく窓の外を見た。


ホームの表示。


新大阪。


扉は開いている。


乗客は降り始めている。


美月は固まった。


「…………あ」


次の瞬間、荷物を掴んだ。


イヤホンを抜いた。


スマホを落としかけた。


「アカンアカンアカン!」


通路へ飛び出す。


「すんません! 降ります! 降りまーす!」


発車メロディ寸前。


美月はぎりぎりでホームへ飛び出した。


扉が閉まる。


新幹線がゆっくり動き出す。


美月は新大阪駅のホームで息を切らした。


「危うく新神戸まで行くとこやった……」


スマホを見る。


配信はまだ続いている。


凜花が笑っていた。


「りんか民、美月さんをいじりすぎないの。降り損ねたら大変だからね」


コメント。


《もう遅い説》


《ギリギリ降りた説》


《新神戸まで行ってほしかった》


《美月便、新大阪で緊急着陸》


美月はホームで叫びそうになった。


こらえた。


入力する。


本人見てるで!!


止まる。


長い沈黙。


削除。


「……冷戦や。耐えろ美月」


凜花は最後に、少し真面目な顔になった。


「今日はイベントも楽しかったし、急な任務もみんなで力を合わせて無事に終わりました」


「美月さんも、あかりさんも、美音さんも、ひかりさんも、真央さんも、明日香さんも、真白さんも、みんなすごかったよ」


そして、にこっと笑う。


「たつをも……何であそこにいたのか分からないけど、すごかった♡」


美月は小さく頷いた。


「ほんま、それや」


凜花は続ける。


「また空港イベント、行きたいな♡」


コメント欄。


《次回も美月便》


《次こそ定刻発車》


《たつを機長》


《あかり管制官》


《凜花CA》


《真白ジャンプ搭乗》


美月はスマホを見つめた。


「勝手に航空会社つくんな」


でも、少し笑っていた。


イベントは成功した。


任務も成功した。


あかりは予想以上に格好良かった。


凜花も、まあ少し盛ったが確かに活躍した。


美音は頼れた。


真白は飛んだ。


ひかりと明日香は落ち着いていた。


真央は相変わらず情報収集が早かった。


たつをは、もはや説明不能だった。


そして美月は、また一つ黒歴史を増やした。


「まあ、ええ一日やったな」


美月は新大阪駅のホームで、小さくそう言った。


少し考える。


「せやけど、りんか民」


スマホの画面を見る。


「お前らとの冷戦は、今日も定刻通り継続や」


ただし、当のりんか民は、美月がもう少しで新神戸まで運ばれそうになったことを、なぜかほぼ察していた。


こうして、**『FUJINOKUNI SKY HEROINE FESTA』**は大成功に終わった。


ふじのくにの空の玄関口は、空港PRイベントで笑顔に包まれ、突然の任務ではヒロ室東海(仮称)の底力を見せた。


凜花は長い手足を生かして空港を駆け抜けた。


美月は飛行機を発車させ、河内の閃光として走った。


真白は伊吹おろし仕込みのカンガルージャンプを披露した。


美音は遠州の勇者らしく冷静に逃走ルートを封じた。


たつをは着ぐるみの常識を破壊した。


そして山本あかりは、普段の穏やかさからは想像できないほど冷静に全員を動かし、最後は四日市の突貫娘として現場を締めた。


ヒロ室東海(仮称)。


仮称なのに正式名称。


組織の実態はいまだ曖昧。


だが、実績だけはまた一つ、確実に積み上がった。


なお、赤嶺美月便はこの日、離陸せず、発車もせず、最終的に新大阪へ緊急着陸した。


遅延理由は。


しゃべりすぎ。


であった。

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