狩野川テラスで女王陛下を発見!?――ぽかぽかトリオ沼津公演、東部待望の新ヒロイン誕生前夜 ――エビとカニを踊ったその夕方、麻衣の「そこのお姉さん、右へ!」が“らぶりんか王国”の運命を変えた!?
日本列島。
東日本。
西日本。
その境目をどこに置くか。
文化。
言葉。
食。
交通。
電気。
何を基準にするかによって答えは変わる。
そして。
戦隊ヒロインプロジェクトにも。
かなり大雑把な。
東西境界線があった。
静岡県富士市。
富士川。
そのほとり。
そこに建つ。
正式名称。
国家特務戦隊ヒロイン中央研修複合学習センター富士川分室。
長い。
とにかく。
長い。
新橋ヒロ室。
芹沢遥室長。
資料を見ながら。
「国家特務戦隊ヒロイン……中央研修……複合……」
隼人補佐官。
「中央研修複合学習センター富士川分室です」
遥。
「富士川分室でいいら?」
「全職員がそう呼んでいます」
「じゃあ正式名称いらないじゃん」
「そういう問題ではありません」
新人ヒロインの基礎研修。
装備実習。
救命講習。
情報管理。
戦闘訓練。
地域対応。
東西チームの合同演習。
全国の戦隊ヒロインが何かと世話になる施設である。
その位置が富士川なのにも。
少し理由があった。
東西で商用電源の周波数が分かれることで知られる富士川周辺。
それになぞらえ。
戦隊ヒロインプロジェクトでも。
ものすごく大雑把に。
富士川より東は東日本。
富士川より西は西日本。
そう扱われることが多い。
ただし。
厳密ではない。
静岡市出身。
杉山ひかり。
富士川より西側。
なのに。
東日本方面での活動が多い。
公式理由。
「既存チームとの連携実績および任務上の適性を総合的に勘案したもの」
非公式理由。
遥室長曰く。
「ひかりちゃんを西へ持ってったら、みのりちゃん悲しむら?」
隼人。
「室長、それは絶対公式説明にしないでください」
「分かってるよぉ」
館山みのりと杉山ひかり。
何なのか。
本人たちも。
周囲も。
多分。
よく分かっていない。
だが。
そういう事情まで含めて。
戦隊ヒロインの東西区分は。
結構。
緩い。
そして。
その曖昧さこそ。
静岡県という土地には妙に似合っていた。
静岡県。
東西。
長い。
そして。
同じ静岡県民と言っても。
実際には。
地域ごとの色が非常に濃い。
歴史的に見れば。
大きく。
伊豆。
駿河。
遠江。
現在でいう遠州。
この三つ。
まず。
伊豆。
熱海。
伊東。
下田。
東伊豆。
西伊豆。
南伊豆。
伊豆半島。
海。
山。
温泉。
金目鯛。
複雑な海岸線。
首都圏から観光客が押し寄せる。
神奈川・東京との距離も近く。
同じ県内でも。
どこか。
「東の静岡」。
続いて。
駿河。
富士山。
駿河湾。
静岡市。
富士市。
焼津。
お茶。
しらす。
桜えび。
県都を抱え。
行政。
文化。
報道。
県全体の中心としての存在感。
そして。
遠州。
浜松。
磐田。
湖西。
掛川。
浜名湖。
遠州灘。
オートバイ。
自動車。
楽器。
繊維。
ものづくり。
同じ静岡県。
でも。
浜松へ行けば。
「静岡市とはまた違う街だな」
と誰でも感じる。
さらに。
東部。
沼津。
三島。
御殿場。
裾野。
駿東地区。
歴史的には駿河側。
でも。
伊豆の玄関口でもある。
首都圏とも近い。
だから。
県民自身も。
「東部」
「駿東」
「伊豆」
「駿河」
という言葉を。
場面によって。
使い分ける。
外から見れば。
ややこしい。
静岡県民から見れば。
普通。
そんな県。
戦隊ヒロインも。
地域性。
濃い。
県都。
静岡市。
杉山ひかり。
地元国立大学。
理知的。
温厚。
気象予報士。
将来はキー局女子アナ。
おっとりした駿河人。
清楚。
感受性。
強い。
そして。
よく泣く。
イベント。
子どもから。
「ひかりお姉さん、ありがとう」
と言われる。
泣く。
仲間が。
頑張る。
泣く。
富士山。
綺麗。
泣く。
遥室長。
「ひかりちゃん、また泣いてるら」
でも。
それが。
かわいい。
人気。
圧倒的。
静岡県内の知名度と人気。
ざっくり。
ひかり八。
残り二。
その二。
かなりの割合を占めるのが。
浜松市出身。
河合美音。
大型自動二輪。
操る。
船舶免許。
持つ。
ピアノ。
プロ級。
ハーモニカ。
プロ級。
潜入。
強い。
現場判断。
強い。
敵陣。
怖がらない。
勝負所。
強い。
「静岡県浜松市出身、勇猛果敢な彼女を人は遠州の勇者と呼ぶ」
ほぼ。
完璧。
一億人に一人。
くらい。
何でもできる。
ところが。
全国的人気。
意外と。
伸びない。
隼人。
「なぜでしょう?」
遥。
「完璧すぎるんじゃない?」
「それは欠点なんですか?」
「人気商売だと、ちょっとねぇ」
昭和の昔。
異常に強かった。
関西の名門球団。
勝つ。
上手い。
スターもいる。
なのに。
全国的な人気ではなぜか損をする。
美音。
妙に。
それっぽい。
でも。
遠州。
入れば。
違う。
浜松。
磐田。
湖西。
掛川。
ひかり三。
美音七。
地域によっては。
二。
対。
八。
美音本人。
全く。
気にしない。
「分かってくれる人だけ応援してくれればいい」
遥。
「そこまで含めて、なんか昔の強豪球団っぽいんだよねぇ」
しかも。
美音。
ひかりを敵視。
しない。
ひかり。
「美音ちゃん、本当に格好いい……」
涙。
美音。
「何で泣いてるの?」
その一方。
長く。
空白。
だった。
県東部。
沼津。
駿東。
伊豆。
遥室長。
富士市出身。
地元。
静岡。
大好き。
だから。
ずっと。
思っていた。
「東部からも一人、出てきてほしいんだよねぇ」
隼人。
「数合わせで採用するものではありませんよ」
「分かってるよぉ」
「適性のある人材がいれば」
「その“いれば”がなかなかいないから言ってるら」
静岡市。
ひかり。
浜松市。
美音。
なら。
沼津。
三島。
御殿場。
あたりにも。
地元を背負える。
誰か。
欲しい。
ただ。
人材。
見つからない。
そんな時。
ぽかぽかトリオ。
沼津公演。
決定。
全国から。
引っ張りだこ。
白浜麻衣。
宮沢萌音。
藤原詩織。
未就学児向け。
安心。
安全。
健全。
三拍子。
遥室長。
同行。
理由。
視察。
もちろん。
そして。
沼津。
富士市。
近い。
富士川分室。
寄れる。
実家にも。
帰れる。
さらに。
同行。
隼人補佐官。
隼人。
予定表。
見る。
「公演視察の後、富士川分室」
「うん」
「その後」
一秒。
「室長のご実家、とありますが」
遥。
「うん。お父さんとお母さんいるから」
「それは分かります」
「隼人くんも来るら?」
「なぜ私が?」
遥。
きょとん。
「挨拶」
「何の?」
「普通の」
「普通の挨拶で恋人らしき男性を実家へ連れて行きますか?」
遥。
「“恋人らしき”って何よぉ」
「私が聞きたいです」
この二人。
結局。
何なのか。
未確定。
そして。
当面。
このまま。
沼津。
市民ホール。
午前。
親子。
いっぱい。
舞台。
麻衣。
笑顔。
「沼津のみんなー! こんにちはー!」
子ども。
「こんにちはー!」
体操。
腕。
上。
足。
ジャンプ。
間違える子。
いる。
麻衣。
「いいよー! いっぱい動けてるよー!」
萌音。
バルーン。
ひねる。
犬。
花。
魚。
「沼津だから、お魚も作ってみようか」
「つくるー!」
簡単工作。
青。
銀。
キラキラ。
海。
魚。
詩織。
マイク。
歌。
天使。
普段。
「お水どこぉ?」
「右ってどっちぃ?」
の人。
歌。
別格。
客席。
遥。
隼人。
横並び。
遥。
子ども。
見る。
満面。
「かわいいねぇ」
隼人。
「楽しそうですね」
前。
小さな男の子。
麻衣。
真似。
右。
左。
全部。
逆。
でも。
大笑い。
遥。
「ああいうの見ると、子どもっていいなぁって思うら」
隼人。
「室長、子ども好きなんですね」
「好きだよぉ」
「意外ではありませんが」
遥。
横。
見る。
「隼人くんは?」
「嫌いではありませんよ」
「ふーん」
「何ですか、その顔」
遥。
舞台。
見ながら。
「隼人くん、子育てしたら細かそうだなって」
「どういう意味です?」
「起床時間、授乳量、体温、睡眠時間、全部表にしそう」
隼人。
少し。
考える。
「健康管理上、記録は有用でしょう」
遥。
「ほらぁ!」
笑う。
隼人。
「室長は甘やかしそうですね」
「いっぱい抱っこしてあげるだよ」
「やはり」
「隼人くんが厳しくしすぎたら、私が甘やかす」
「もう共同養育する前提になっていますよ」
遥。
一瞬。
固まる。
「……例えばの話だら!」
「はいはい」
二人。
小声。
笑う。
ステージ。
ぽかぽかトリオ。
親子。
笑顔。
その中。
並んで座る。
遥。
隼人。
妙に。
家庭的。
少し。
昼ドラマ。
いや。
休日午後。
ホームドラマ。
第二公演。
同じく。
大盛況。
最後。
恒例。
エビ。
カニ。
二種類の海の生き物。
両手。
ハサミ。
横。
ジャンプ。
誰でも。
踊れる。
超定番。
麻衣。
「お父さんも、お母さんも一緒ですよー!」
「エビ!」
「エビ!」
「カニ!」
「カニ!」
遥。
チョキ。
「エビ!」
隼人。
見る。
「隼人くんも」
「私は結構です」
「エビ!」
「…………」
遥。
「エビ!」
隼人。
小さく。
両手。
チョキ。
「……エビ」
遥。
満足。
「カニ!」
隼人。
「……カニ」
遥。
笑う。
「似合わないねぇ」
「踊らせておいて何なんですか」
公演。
終了。
拍手。
プロモーター。
満足。
保護者。
満足。
子ども。
満足。
遥。
にこにこ。
「ぽかぽかトリオは安心して見ていられるら」
隼人。
「本日三回目です」
「だって本当だもん」
夕方。
打ち上げ。
狩野川。
沼津市街。
すぐ。
水辺。
おしゃれな。
川沿いカフェ。
大きなガラス。
木目。
テラス。
狩野川。
夕風。
麻衣。
萌音。
詩織。
遥。
隼人。
五人。
テーブル。
ジュース。
コーヒー。
軽食。
詩織。
「おしゃれぇ……」
萌音。
「川、すぐそこだね」
麻衣。
「沼津って港のイメージが強かったです」
遥。
ちょっと。
誇らしげ。
「東部もいいら?」
隼人。
「室長は富士市です」
「静岡県全体を褒めてるの!」
麻衣。
笑う。
今日。
公演。
どうだった。
前列。
元気。
工作。
魚。
詩織。
一回。
また。
左右。
間違えた。
詩織。
「だって分かんなくなっちゃったんだもん」
麻衣。
「いつもですね」
萌音。
「子どもの方が正しかったよ」
「えぇ~?」
笑い。
その。
数席先。
雰囲気。
違う。
女性。
長い黒髪。
整った顔。
華やか。
イベントコンパニオンらしい。
人に見られることへ慣れた。
姿勢。
表情。
小型三脚。
スマートフォン。
配信。
女性。
画面。
笑顔。
「りんか民のみんな、ごきげんよう♡」
コメント。
《陛下ー!》
《女王陛下ごきげんよう》
《御意》
《今日もお美しい》
《納税します》
女性。
満足。
「よろしい♡ 今日もみんな忠誠心が高いわね」
彼女。
土屋凜花。
元アイドル。
現在。
イベントコンパニオン。
モデル系の仕事。
配信活動。
そして。
配信視聴者。
総称。
りんか民。
その配信内において。
凜花。
女王陛下。
りんか民。
国民。
絶対君主制。
完全独裁。
という設定。
ただし。
全部。
お約束。
凜花。
「本日は沼津から配信しております。地元だからって、りんか民のみんな気を抜かないように♡」
《御意》
《沼津は王都》
《女王陛下のお膝元》
「いつから王都になったの?」
《今》
「勝手に制定しない!」
楽しそう。
遥。
一瞬。
見る。
でも。
まだ。
特に気にしない。
その時。
カフェ。
別のテーブル。
午前公演を見ていた。
四歳くらい。
女の子。
母親。
さらに。
幼い弟。
女の子。
手。
青い。
紙。
魚。
風車。
今日。
萌音の工作コーナー。
作った。
銀色シール。
目。
二つ。
少し。
いびつ。
でも。
お気に入り。
狩野川。
風。
吹く。
ひゅっ。
「あっ!」
紙風車。
手。
離れる。
床。
転がる。
テラス。
出口。
川沿い。
遊歩道。
女の子。
反射。
追う。
母親。
「待って!」
同時。
弟。
飲み物。
倒す。
母親。
一瞬。
動けない。
女の子。
外。
走る。
向こう。
自転車。
来る。
速くはない。
でも。
幼児。
周囲。
見ていない。
最初。
気づいた。
麻衣。
椅子。
立つ。
顔。
変わる。
舞台上。
明るい。
体操のお姉さん。
今。
完全。
現場判断。
「萌音ちゃん、お母さんお願い!」
萌音。
一瞬。
状況。
見る。
「はい!」
母親。
弟。
そちら。
「大丈夫です。お姉ちゃんは麻衣が見てます!」
麻衣。
次。
「詩織さん、あの子に声かけて!」
詩織。
遊歩道。
見る。
「待ってぇ!」
女の子。
止まらない。
詩織。
声。
変える。
優しい。
聞き覚え。
ある。
「さっき一緒に歌ったよねぇ!」
女の子。
一瞬。
振り返る。
歌のお姉さん。
速度。
少し。
落ちる。
麻衣。
その間。
周囲。
見る。
自分から。
子ども。
距離。
ある。
自転車。
右。
そして。
もっとも近い。
人。
配信中。
華やかな女性。
麻衣。
迷わない。
面識。
ゼロ。
名前。
知らない。
「そこのお姉さん!」
凜花。
画面。
向いている。
「え?」
「右から前へ回ってください!」
凜花。
一秒。
「私?」
麻衣。
「お願いします!」
凜花。
何が。
起きているか。
子ども。
自転車。
麻衣の視線。
見る。
理解。
スマホ。
置く。
「りんか民、ちょっと待って!」
走る。
ハイヒールではない。
仕事終わり。
歩きやすい靴。
長い脚。
速い。
子ども。
真正面から。
後ろ。
追わない。
右。
回り込む。
自転車。
進路。
避ける。
先。
入る。
しゃがむ。
高さ。
子ども。
合わせる。
両手。
軽く。
広げる。
「はい。ここで止まろっか」
女の子。
目の前。
知らない。
綺麗なお姉さん。
止まる。
自転車。
十分。
手前。
減速。
ベル。
鳴らさず。
安全。
横。
通過。
麻衣。
すぐ。
子どもの横。
「大丈夫?」
女の子。
「おさかな……」
その時。
萌音。
少し。
先。
飛ばされた紙風車。
拾う。
「あったよ!」
女の子。
「おさかな!」
詩織。
しゃがむ。
「よかったねぇ」
母親。
弟。
抱き。
追いつく。
「すみません! 本当に、ありがとうございます!」
麻衣。
「大丈夫です。転ばなくて良かったです」
凜花。
「走る時は周り見ようね」
女の子。
「うん」
「お魚飛んじゃったら、今度はお母さんに言おうね」
「うん」
終わり。
大事件。
ではない。
怪人。
いない。
敵。
いない。
ただ。
子どもが。
風に飛ばされた工作。
追った。
それだけ。
でも。
事故になる時は。
こういう一瞬。
麻衣。
初動。
早い。
役割。
すぐ。
振った。
萌音。
即応。
詩織。
声。
使った。
そして。
完全。
部外者。
凜花。
何も。
聞き返さない。
「何で私が?」
とも。
言わない。
必要。
判断。
動く。
遥。
テーブル。
立たず。
全部。
見ていた。
隼人。
横。
「麻衣さん、いい初動でしたね」
遥。
「うん」
「それと」
視線。
凜花。
「あの女性も」
遥。
少し。
目。
細める。
「いい動きしたら」
「初対面の相手から突然出された指示です」
「そうなんだよねぇ」
普通。
一瞬。
止まる。
何?
誰?
どうして?
その。
一秒。
二秒。
事故。
決める。
凜花。
それが。
なかった。
そして。
もう一つ。
問題。
あった。
土屋凜花。
配信。
止めていない。
スマートフォン。
テーブル。
放置。
狩野川。
映している。
音。
入っている。
《陛下どこ行った?》
《何かあった?》
《今の声誰?》
《麻衣お姉さんじゃね?》
《え、ぽかぽかトリオいる?》
《凜花様走ってった》
《りんか様が救助活動してる》
《戦隊ヒロインと共同作戦?》
《りんか民は待機》
《御意》
《女王陛下つよい》
《らぶりんか王国治安維持活動》
凜花。
戻る。
スマホ。
見る。
「ちょっと!」
コメント。
流れる。
「りんか民! 勝手に国家事業にしない!」
《御意》
《陛下万歳》
《王国警備隊を創設しましょう》
《増税して予算確保を》
「何で増税するのよ!」
《納税します》
「しなくていい!」
遥。
思わず。
笑う。
隼人。
「ずいぶん独特な配信ですね」
「面白い子だねぇ」
麻衣。
凜花。
ところへ。
「さっきは本当にありがとうございました!」
凜花。
振り返る。
「いえいえ。私、言われた通り動いただけなので」
麻衣。
「あそこで前へ回ってもらえたの、すごく助かりました」
凜花。
「麻衣さんですよね?」
「はい」
「判断早いですね」
麻衣。
少し。
照れる。
「子どもが走ったので」
凜花。
「いや、それだけであんなにすぐ人へ指示出せないですよ」
萌音。
来る。
「麻衣はこういう時すごく頼りになるんです」
詩織。
「麻衣ちゃん、私たちのリーダーだからぁ」
凜花。
「そうなんだ」
麻衣。
ますます。
照れる。
遥。
店員。
呼ぶ。
小声。
「あの人、知ってる?」
店員。
凜花。
見る。
「土屋凜花さんですよ」
「有名なの?」
「沼津じゃ結構有名ですよ」
「へぇ」
「元アイドルで、今はイベントコンパニオンとかモデルのお仕事が多いですね」
「地元?」
「沼津です。今もこちらに住んでますよ」
遥。
止まる。
沼津。
地元。
東部。
ずっと。
待っていた。
地域。
隼人。
横。
遥。
表情。
見る。
「室長」
「何?」
「その顔は、人材を見つけた時の顔です」
遥。
「そんな顔してないら」
「しています」
「まだ何も決めてないよぉ」
「私は“決めた”とは言っていません」
遥。
むっと。
でも。
もう。
視線。
凜花。
子ども。
母親。
話。
終わった。
また。
配信。
戻る。
「というわけで、りんか民の皆さん。女王自ら沼津の治安維持に貢献しました♡」
《陛下万歳》
《女王陛下最強》
《戦隊ヒロインになれる》
凜花。
「そこまでは言ってない!」
遥。
笑う。
打ち上げ。
続く。
麻衣。
「それで午後の工作なんですけど」
萌音。
「魚のシール、人気だったね」
詩織。
「お魚飛んじゃったけど戻ってきたぁ」
遥。
「何もなくて良かったねぇ」
隼人。
「麻衣さんの初動が大きかったですね」
麻衣。
「みんながすぐ動いてくれたからです」
遥。
それを。
聞く。
小さく。
笑う。
麻衣。
小柄。
童顔。
三人。
最年少。
でも。
今日も。
一番。
お姉さん。
しばらく。
夕方。
風。
少し。
涼しく。
なる。
遥。
コーヒー。
飲み終える。
席。
立つ。
隼人。
「どちらへ?」
「ちょっと」
凜花。
配信。
休憩中。
スマホ。
伏せている。
遥。
近づく。
「さっきはありがとう」
凜花。
「あ」
「いえ。本当に何もしてないですよ」
「いやいや。ちゃんと動いてくれたら」
「麻衣さんの指示が分かりやすかったから」
遥。
笑う。
「それでも、初対面の人から急に言われて、すぐ動ける人は案外少ないよぉ」
凜花。
少し。
不思議そう。
遥。
バッグ。
名刺入れ。
一枚。
取り出す。
差し出す。
凜花。
受け取る。
目。
文字。
追う。
国家特務戦隊ヒロインプロジェクト
室長 芹沢遥
凜花。
顔。
上。
「……戦隊ヒロイン?」
遥。
「うん」
「私が?」
「興味があったら、連絡してみて」
凜花。
名刺。
見る。
「でも、私、今はイベントコンパニオンですよ?」
「別にいいら」
「元アイドルだし」
「それも別にいいよぉ」
「戦闘経験なんてないですけど」
遥。
少し。
笑う。
「今日は戦闘じゃなかったけど、ちゃんと必要な時に動けたじゃん」
凜花。
「…………」
遥。
「それだけ覚えといて」
押さない。
「じゃ」
戻る。
凜花。
名刺。
見送る。
隼人。
遥。
戻る。
「名刺を渡しましたね」
「渡しただけ」
「連絡してと言いましたね」
「興味があったら、って」
「一般にはそれをスカウトと言います」
遥。
「まだ候補だら」
「室長、朝から“東部から一人欲しい”と言っていましたが」
「それとこれとは別!」
「はいはい」
遥。
少し。
口。
尖らす。
打ち上げ。
終了。
五人。
店。
出る。
次。
富士市。
遥。
実家。
麻衣。
ふと。
「室長、これからご実家ですよね?」
「うん」
萌音。
隼人。
見る。
「隼人さんもご一緒なんですね」
「……そういう予定になっています」
詩織。
純粋。
「ご両親に結婚のご挨拶?」
遥。
隼人。
同時。
「違います!」
詩織。
「違うのぉ?」
遥。
「普通に遊びに行くだけだら!」
隼人。
「私はそう聞いています」
萌音。
「でも、ご両親に会うんですよね?」
「はい」
麻衣。
「お二人で?」
「はい」
三人。
「…………」
遥。
「何、その顔!」
ぽかぽかトリオ。
笑う。
恋人。
なのか。
恋人。
ではない。
のか。
結ばれる。
のか。
まだ。
結ばれない。
のか。
とりあえず。
今は。
二人。
並んで。
富士市。
帰る。
そのくらい。
ちょうどいい。
カフェ。
少し。
後。
凜花。
再び。
配信。
「りんか民、お待たせしました」
《陛下!》
《さっき誰かと話してた?》
《名刺もらってた》
《戦隊ヒロイン関係者?》
凜花。
一瞬。
名刺。
見る。
そして。
カメラ。
映らないところへ。
置く。
「これは見せません」
《国家機密》
《陛下が国家に召喚された》
《らぶりんか王国、ついに日本政府と国交》
《戦隊ヒロイン凜花様爆誕》
「りんか民、勝手に決めない!」
《御意》
「“御意”じゃない!」
《でも興味ある?》
凜花。
一瞬。
止まる。
「…………」
コメント。
流れる。
《沈黙》
《これはある》
《陛下分かりやすい》
「うるさい!」
笑う。
でも。
名刺。
捨てない。
配信。
終了。
夕暮れ。
狩野川。
川面。
街の灯り。
少しずつ。
映り始める。
凜花。
一人。
テーブル。
名刺。
また。
手。
取る。
戦隊ヒロインプロジェクト。
初めて。
少し。
真面目に。
読む。
今日。
小さな子ども。
走った。
知らない。
麻衣。
自分へ。
「そこのお姉さん、右へ!」
何も。
考えず。
動いた。
そして。
止められた。
たった。
それだけ。
なのに。
妙に。
残っている。
凜花。
小さく。
「……私でも、できるのかな」
誰も。
聞いていない。
スマホ。
もう。
配信。
していない。
女王陛下。
でもない。
ただの。
土屋凜花。
名刺。
裏。
表。
また。
見る。
そこには。
連絡先。
そして。
隅。
小さく。
研修施設。
所在地。
富士市・富士川分室。
凜花。
眉。
少し。
上がる。
「富士なら、近いな……」
財布。
開く。
名刺。
入れる。
閉じる。
その頃。
車。
富士市。
向かう。
遥。
助手席。
隼人。
運転。
後部座席。
ぽかぽかトリオ。
詩織。
「遥室長のお母さん、どんな人ぉ?」
遥。
「普通のお母さんだよぉ」
萌音。
「隼人さん、緊張してます?」
隼人。
「していません」
麻衣。
「さっきから姿勢いいですよ」
「いつもです」
遥。
横。
見る。
ニヤニヤ。
「緊張してるら?」
「していません!」
車内。
笑い。
東日本。
西日本。
その境界。
静岡県。
駿河には。
杉山ひかり。
遠州には。
河合美音。
そして。
長く待たれていた。
県東部。
沼津。
まだ。
戦隊ヒロインはいない。
この日。
新しいヒロインが誕生したわけではない。
採用。
決まっていない。
試験。
受けていない。
研修。
もちろん。
していない。
ただ。
狩野川のほとり。
一人の女王陛下が。
一枚の名刺を。
財布へ入れた。
それだけ。
でも。
次の日。
りんか民向け配信。
コメント。
《陛下、昨日の名刺どうした?》
凜花。
「持ってますけど?」
《捨ててない》
《きた》
《戦隊ヒロイン陛下》
「まだ何にも決まってないって!」
《富士近いよ》
凜花。
一瞬。
ぎく。
「……何で知ってるの?」
《昨日陛下が独り言で言ってた》
凜花。
「配信切った後でしょ!?」
《完全に切れるまで入ってた》
「…………」
コメント。
爆発。
《富士行く気だ》
《女王陛下研修編》
《りんか民も入国準備します》
《納税して装備代出します》
凜花。
顔。
赤い。
「りんか民! 全員ちょっと黙りなさい!」
《御意》
「だからその“御意”をやめなさい!」
だが。
配信を終えた後。
もう一度。
財布。
開く。
名刺。
取り出す。
そして。
今度は。
連絡先を。
スマートフォンへ。
入力しかける。
指。
止まる。
「……まあ、話を聞くだけなら」
まだ。
発信。
しない。
でも。
番号。
消さない。
狩野川テラスで起きた。
ほんの小さな出来事。
ぽかぽかトリオの沼津公演。
麻衣の。
たった一言。
そして。
芹沢遥の。
一枚の名刺。
それが。
この時はまだ誰も知らない。
らぶりんか王国女王陛下・土屋凜花が、戦隊ヒロインへの第一歩を踏み出すきっかけになったのである。
次の舞台は。
富士川。
たぶん。
女王陛下にとって。
人生で初めて。
「下々の者」ではなく。
自分自身が。
新人として教えを受ける場所になる。




