ぽかぽかトリオ先生になる!?――歌って、踊って、作って考える! 子どもの“楽しい”は立派な教育です
栃木県小山市。
新幹線が停まり、鉄道路線が交わる交通の要衝でありながら、少し街を離れれば田畑や緑が広がる、都会と長閑さがちょうどよく同居した街。
かつては、関東地方で育ったある世代ならテレビCMのメロディだけで妙に記憶がよみがえる遊園地まで存在した。
全国区の巨大テーマパークではない。
しかし。
テレビをつければ流れていた。
一度聞けば、しばらく頭から離れない。
「小山といえば、あの遊園地のCM」
という妙な知名度を誇った時代もある。
そんな小山市で、この日。
全国各地の保育士。
幼稚園教諭。
認定こども園の職員。
保育を学ぶ大学生。
幼児教育研究者。
園長。
教育行政関係者。
数百人を集めた大規模なシンポジウムが開催されていた。
テーマは、
「遊び・音楽・身体表現から育てる、子どもの心――これからの情操教育」
そして。
特別講師。
戦隊ヒロインプロジェクトの中でも異色の未就学児向けユニット。
ぽかぽかトリオ。
体操のお姉さん。
白浜麻衣。
工作のお姉さん。
宮沢萌音。
歌のお姉さん。
藤原詩織。
三人は全国各地の幼稚園、保育園、子ども向けイベントから引っ張りだこ。
歌う。
踊る。
作る。
遊ぶ。
そして。
子どもが泣けば目線を合わせ。
失敗すれば笑って励まし。
帰る時には一人ひとりへ手を振る。
派手な戦闘をしなくても。
子どもたちにとっては。
立派な戦隊ヒロインだった。
ただし。
三人の関係。
少しおかしい。
最年長。
藤原詩織。
長身。
北欧系クオーターらしい整った顔立ち。
父は世界的指揮者。
歌唱力抜群。
普通なら三人の頼れる長女。
――のはず。
「麻衣ちゃぁん……」
舞台袖。
詩織。
今にも泣きそう。
麻衣、
「何ですか?」
「緊張するぅ……」
萌音、
「また?」
「だって今日、子どもいないんだもん……」
麻衣、
「先生たちがいっぱいいます」
「それが怖いのぉ」
萌音、
「世界的な指揮者の娘が何百人の保育士さん相手にビビらないでよ」
詩織、
「子どもの方が優しいもん……」
麻衣、
「大丈夫ですよ」
「ほんとぉ?」
「いつも自分がやってることを、自分の言葉で話せばいいんです」
詩織、
「麻衣ちゃん、隣にいてねぇ」
萌音、
「どっちが年上なんだろうね」
麻衣。
最年少。
小柄。
童顔。
中学生に間違えられることもある。
だが。
一番しっかりしている。
その横。
宮沢萌音。
真ん中。
柔らかい。
工作上手。
調整役。
そして。
最年長詩織をなだめる。
見た目。
詩織が長女。
萌音が次女。
麻衣が末っ子。
実態。
麻衣が長女。
萌音が次女。
詩織が末っ子。
歪な三姉妹。
しかも。
仲は抜群。
その三人を客席から見守っている芹沢遥室長。
既に満足そう。
同行スタッフ、
「室長、まだ始まってませんよ」
遥、
「分かってるよ」
「もう嬉しそうですね」
「だって、この三人は安心して見てられるだよ」
遅刻しない。
スタッフへ礼儀正しい。
控室を散らかさない。
無茶な要求をしない。
酒絡みの問題なし。
恋愛スキャンダルなし。
SNS炎上なし。
そして。
子どもに優しい。
遥にとって。
理想のヒロインユニット。
やがて。
司会者。
「それでは、本日の特別講師をご紹介いたします」
拍手。
三人。
登壇。
最初。
宮沢萌音。
テーマ。
「作ることで育つもの」
スクリーン。
過去の子ども向けイベント。
子どもたちが作った工作作品。
耳が三つあるウサギ。
紫色のゾウ。
羽が生えた魚。
よく分からない何か。
萌音。
優しく笑う。
「子どもの工作って、大人から見ると“そこ違うよ”って言いたくなることありますよね」
会場。
うなずく。
「でも、私はなるべく直さないようにしています」
一枚。
真っ赤な犬。
「犬って普通、こんな色じゃないですよね」
笑い。
「でも、この子にとっては赤い犬なんです」
「耳が三つあってもいいし」
「魚が空を飛んでもいい」
「完成した物を大人の正解に近づけるより」
「“自分で考えて作った”っていう気持ちを大切にしてあげたいんです」
会場。
静か。
萌音は続ける。
「テーマパークでバルーンアートを教えることもありますけど、私のお手本と全然違うものができる子もいます」
「そういう時に」
「“違うよ”じゃなくて、“面白いね”って言える大人でいたいです」
大きな拍手。
遥。
満足そう。
その瞬間。
パンッ!
大きな破裂音。
「ひゃあっ!」
藤原詩織。
飛び上がった。
手にしていた風船が割れた。
会場。
爆笑。
萌音、
「詩織さん……」
詩織、
「ご、ごめんなさぁい」
麻衣、
「でも、失敗しても大丈夫っていう話でしたから」
萌音、
「麻衣、回収うまいね」
また笑い。
次。
藤原詩織。
マイク。
テーマ。
「歌うこと」
さっきまでオロオロ。
しかし。
音楽の話になると。
少し雰囲気が変わる。
「わたしぃ、小さい子に歌を教える時って」
「そんなに“正しく歌って”って言わなくてもいいと思ってるんです」
少しざわめく。
世界的指揮者を父に持つ。
高い音楽教育を受けてきた女性。
その言葉。
意外。
詩織、
「音が外れてもいいしぃ」
「大きすぎる声でもいいしぃ」
「途中で歌詞を忘れて、自分で勝手に作ってもいいと思うんです」
そして。
「歌って、上手な人だけが歌っていいものじゃないから」
会場。
静まる。
詩織、
「小さい子って、好きな曲が流れると勝手に歌うじゃないですかぁ」
「それって、とっても自然だと思うんです」
「お父さんからも」
少し照れる。
「“音を間違えず並べただけでは、心に届く音楽にはならない”って教えてもらいました」
「だから」
「最初は、“歌うの楽しいなぁ”って感じてもらえれば十分だと思います」
拍手。
大きい。
詩織。
安心。
「えへへぇ」
その瞬間。
元の妹キャラへ戻った。
そして。
最後。
白浜麻衣。
体操のお姉さん。
紀州の舞姫。
ダンスが得意。
しかし。
この日。
麻衣だけは。
壇上に立った瞬間。
少し顔が変わっていた。
テーマ。
「身体を動かすこと――そして、褒めるということ」
麻衣。
ゆっくり。
「私は、本気で幼稚園の先生になりたいと思っています」
拍手。
「なので今日は、戦隊ヒロインとしてだけじゃなくて」
「将来、先生になりたい一人の学生として話させてください」
会場。
さらに静かになる。
「私は、“上手にできた子だけを褒める先生”にはなりたくありません」
前列の研究者たち。
耳を傾ける。
「例えば」
「ダンスで右と左を間違えた」
「振り付け忘れた」
「途中から違うことを始めた」
「疲れて座っちゃった」
「私は、それでもいいと思うんです」
「大人が“できたね、できたね”だけ言っていたら」
少し間。
「できないと褒めてもらえないって思う子も出てくるかもしれません」
麻衣の声。
熱が入る。
「だから私は」
「“いっぱい動けたね”って言いたいです」
「“楽しそうだったね”」
「“その動き面白いね”」
「“またやってみようか”」
「そういう声を掛けたいです」
麻衣。
普段の元気な体操のお姉さんとは違う。
真剣。
「間違えない子を育てたいわけじゃないんです」
「間違えても、“もう一回やってみたい”って思える子になってほしいんです」
拍手。
麻衣。
さらに。
「情操教育って」
「歌ったから明日すぐ何かできるようになる、とか」
「工作したから点数が上がる、とか」
「踊ったから何か資格が取れる、とか」
「そういうものじゃないと思います」
そして。
一つ一つ。
「きれいだな」
「面白いな」
「楽しいな」
「悔しいな」
「もう一回やりたいな」
「そういう気持ちをたくさん持つことが」
「その子の心を豊かにしていくんじゃないかと思っています」
客席。
大きな拍手。
麻衣。
最後。
「私は、そういう気持ちを一緒に喜んであげられる先生になりたいです」
拍手。
三人の中で。
一番大きかった。
遥室長。
小さく。
「麻衣ちゃん、ほんと先生になるなぁ……」
講演最後。
三人が並ぶ。
司会者。
「では皆さんにとって、情操教育とは?」
萌音。
「自分で考えて」
詩織。
「歌ってぇ」
麻衣。
「身体を動かして」
萌音。
「作って」
詩織。
「いっぱい笑ってぇ」
最後。
麻衣。
「その子が、その子らしく“楽しい”って思えるものを、大人も一緒に見つけていくことだと思います」
満場。
拍手。
講演終了後。
懇談会。
そこで。
麻衣へ声を掛けた女性がいた。
白髪。
上品。
柔和。
話す声も静か。
国内最高学府で長年幼児教育・情操教育研究を牽引し、多くの研究者や幼児教育者を育ててきた名誉教授。
柔らかな笑顔の女性だった。
麻衣。
緊張。
「本日はありがとうございました」
名誉教授。
「あなた、白浜さんね」
「はい」
少し。
麻衣の目を見る。
そして。
「あなた、とても良い先生になれるよ」
麻衣。
固まる。
「…………」
詩織。
横。
「麻衣ちゃぁん」
萌音。
「返事」
麻衣。
我に返る。
「ありがとうございます!」
深く頭を下げる。
名誉教授は微笑む。
「踊りが上手だからじゃないの」
「はい」
「子どもを大人の理想へ合わせようとせずに、その子自身を見ようとしているでしょう?」
麻衣。
真剣。
「はい」
「それを忘れなければ、きっと良い先生になれる」
麻衣。
少し目が潤む。
「……はい!」
そして。
名誉教授。
三人を見る。
「あなたたち三人にも一つお願い」
三人、
「はい」
「私生活でも、戦隊ヒロインでいてね」
麻衣、
「私生活でも?」
「そう」
温和な笑顔。
「子どもって、大人が思っているより敏感なのよ」
「テレビだけじゃなくて、普段どう振る舞っているかも案外見ているものだから」
「だから」
「子どもたちが好きでいてくれるお姉さんで、普段からいてほしいな」
三人。
「はい!」
さらに。
名誉教授。
少しだけ声を落とす。
「あと」
「?」
「男性問題なんかには特に気をつけてね」
三人。
「…………」
麻衣。
「は、はい」
萌音。
「男性問題……」
詩織。
「だ、男性……?」
三人。
顔を見合わせる。
今のところ。
心配する必要。
ほぼなし。
詩織に至っては。
恋愛より先に。
一人で目的地へ到着できるかの方が問題。
少し離れた遥室長。
「この三人は、たぶんそこは大丈夫だなぁ」
スタッフ、
「未来のことは分かりませんよ」
遥、
「詩織ちゃんは男性問題より迷子問題だよ」
その後。
懇談会。
司会。
「では最後に、せっかくこれだけ幼児教育関係者が集まっていますので――皆さんで踊りましょう!」
音楽。
イントロ。
会場。
ざわっ。
次の瞬間。
保育士たち。
「おおー!」
超有名。
エビ。
カニ。
二つの海の生き物をモチーフにした。
両手をハサミに見立て。
全身を大きく使い。
小さな子どもから大人まで。
誰でも一緒に楽しめる。
幼稚園・保育園界では超定番級のコミカルな体操ダンス。
麻衣。
目が輝く。
「皆さーん! 一緒にいきまーす!」
体操のお姉さん。
本領。
軽快。
キレ。
大きな動き。
麻衣、
「エビ!」
会場、
「エビ!」
萌音、
「カニ!」
会場、
「カニ!」
詩織、
「エビ~!」
全員、
「エビ!」
麻衣、
「カニ!」
「カニ!」
老若男女。
若い学生。
ベテラン保育士。
園長。
男性保育士。
大学教授。
全員。
両手をチョキ。
身体を横へ。
ジャンプ。
笑う。
萌音。
楽しそう。
詩織。
歌いながら踊る。
ところが。
右。
麻衣。
右。
萌音。
左。
詩織。
麻衣、
「詩織さん、反対です!」
詩織、
「え?」
萌音、
「右!」
詩織、
「こっちぃ?」
「それ左!」
「えぇ~?」
会場。
大爆笑。
詩織、
「わかんなくなっちゃったぁ!」
麻衣。
笑う。
そして。
マイク。
「いいんです! 間違えても楽しく踊れれば大丈夫でーす!」
拍手。
そのまま。
「エビ!」
「エビ!」
「カニ!」
「カニ!」
三人。
大笑い。
懇談会参加者も。
大笑い。
曲終了。
拍手。
息を弾ませながら。
麻衣。
「こういうダンスって、本当にいいと思うんです」
萌音。
「上手い人だけがやるものじゃないし」
詩織。
「知らない人も、周り見ながら途中から入れるしぃ」
麻衣。
「三歳でも、二十歳でも、六十歳でも一緒に踊れる」
萌音。
「役職も関係ない」
詩織。
「先生も教授もぉ」
麻衣。
「みんな同じように笑える。それもすごく大切だと思います」
名誉教授。
少し離れたところ。
笑顔。
拍手していた。
シンポジウム。
大成功。
そして。
仕事を終えた三人。
小山駅近く。
餃子店。
麻衣、
「お腹空きました」
萌音、
「いっぱい踊ったからね」
詩織、
「餃子ぁ」
経費担当。
谷口佳乃。
通称。
けちのん。
今回の指示。
「食事代は一人千円前後。飲み物代は別」
普通のヒロインなら。
「千円!?」
「もう少し出して!」
「交渉!」
となるところ。
ぽかぽかトリオ。
全くない。
麻衣。
メニュー。
「焼き餃子とご飯とスープで九百八十円です」
萌音。
「私はこれで九百五十円」
詩織。
「わたし、このセットぉ」
麻衣。
見る。
「千八十円です」
詩織、
「えっ」
萌音、
「こっちなら九百九十円だよ」
詩織、
「じゃあこっちにするぅ」
誰も。
一円たりとも文句を言わない。
酒。
頼まない。
ビール。
見ない。
三人。
お茶。
水。
ジュース。
餃子。
到着。
麻衣、
「いただきます!」
ぱく。
「おいしい!」
萌音、
「ほんとだ」
詩織、
「幸せぇ……」
餃子。
ご飯。
スープ。
三人。
大満足。
麻衣、
「今日、すごく勉強になりました」
萌音、
「麻衣、名誉教授に褒められてたね」
麻衣。
少し照れる。
「……嬉しかったです」
詩織、
「麻衣ちゃん、絶対いい先生になるよぉ」
麻衣、
「ありがとうございます」
萌音、
「私もそう思う」
麻衣。
さらに照れる。
その隣。
詩織。
口元。
タレ。
萌音、
「詩織さん」
「?」
「口」
「え?」
麻衣。
紙ナプキン。
「ここです」
「ありがとぉ」
最年長。
また。
最年少に世話される。
麻衣、
「本当に私が先生になったら、詩織さんまで園児みたいに面倒見ることになりそうですね」
詩織、
「えぇ?」
萌音、
「今と変わらないね」
麻衣、
「萌音ちゃんまで言わないでください!」
三人。
大笑い。
後日。
経費精算。
谷口佳乃。
領収書を見る。
麻衣。
九百八十円。
萌音。
九百五十円。
詩織。
九百九十円。
追加請求。
なし。
酒。
なし。
不明瞭支出。
なし。
交通費。
規定通り。
佳乃。
少し感動。
「……完璧ですね」
遥室長。
得意げ。
「でしょう?」
佳乃、
「この三人は本当に安心できます」
遥、
「私のお気に入りだからね」
佳乃、
「美波さんたちにも見習っていただきたいです」
遥、
「比較しちゃだめだよ」
そして。
小山駅。
帰路。
麻衣は。
まだ名誉教授の言葉を思い出していた。
「あなた、とても良い先生になれるよ」
それは。
紀州の舞姫。
戦隊ヒロイン。
体操のお姉さん。
どの肩書きを褒められるより。
嬉しかった。
麻衣。
「私」
萌音、
「何?」
「絶対、幼稚園の先生になります」
萌音。
「うん」
詩織。
「なれるよぉ」
麻衣。
笑う。
そのまま。
三人。
駅へ。
歌う。
踊る。
作る。
笑う。
子どもたちへ。
「楽しい」
を届ける。
戦うだけが。
ヒロインではない。
子どもの中に。
「もう一回やってみたい」
という小さな勇気を残すこと。
それも。
ぽかぽかトリオにしかできない。
大切な戦隊ヒロイン活動だった。
ぽかぽかトリオ――小山・情操教育シンポジウム、大成功。
そして。
遥室長だけではなく。
この日を境に。
けちのん・谷口佳乃からも、
「安心して予算を渡せる戦隊ヒロインユニット第一位」
という。
本人たちが喜ぶべきか微妙な称号を、ひそかに獲得することになった。




