世界一周のあとはファミレスで反省会!? みのりの“いちばん大切な人”と、美月・彩香の終わらない低レベル抗争
「お疲れさまでしたー!」
大阪市内のスタジオにスタッフたちの声が響き、『世界ぐるっと!双六大旅行 全国戦隊ヒロイン花の女子大生大会』の収録は無事に終了した。
館山みのりは50番・大阪へ見事ゴール。しかも44番パナマシティから「ピタリ宣言」を敢行し、狙いすましたように6を叩き出して、交通公社で行くアメリカ東海岸7日間ペアの旅まで獲得した。
本間菜帆は43番リオデジャネイロ。
赤嶺美月は33番トロント。
中野柚希は26番ストックホルム。
途中、一時トップを走っていた柚希が40番リマの「トホホCITY」に叩き込まれて大阪へ強制送還される大波乱があり、美月も36番マイアミから同じリマへ落ちた。
そして美月は、なぜか19番カサブランカの「ごほうびCITY」に二度も止まり、高級アイアンセットを二組獲得した。
世界一周クイズに出場して、旅行ではなくゴルフクラブを二組抱えて帰る女子大生。
これはこれで相当珍しい。
収録後には、司会の戌井浩平アナウンサーを囲んで記念写真も撮った。
美月は大学の学食のおばちゃんとの約束どおり、戌井からサインまで貰った。
戌井は最後まで、
「誰がおっちゃんや!」
と叫んでいた。
そんな華やかなテレビ収録から一時間も経たないうちに――。
戦隊ヒロインたちは、テレビ局近くのファミリーレストランにいた。
「世界一周したあとのポテト、めっちゃうまいな」
赤嶺美月は山盛りのフライドポテトを口へ放り込んだ。
目の前にはドリンクバーのメロンソーダ。
横にはチーズハンバーグ。
ついさっきまで巨大な世界地図を前に、
「4や! 4出せ4!」
「2はアカン!」
「ピタリ宣言!」
「やったぁ~~~☆!」
と全国放送用の収録をしていた人物とは思えない生活感である。
向かいの中野柚希が静かに言った。
「美月さん」
「ん?」
「世界一周してませんよ」
美月のポテトを持った手が止まった。
「……トロントまで行ったやろ」
「スタジオで」
「そこはみんな同じやん!」
「みのりさんだけはゴールしました」
「柚希、今日なんかウチに厳しない?」
「事実を言ってるだけです」
隣の本間菜帆が笑いをこらえている。
この日のファミレスには、出場者の美月、みのり、菜帆、柚希だけでなく、観覧席から応援していた西川彩香、白浜麻衣、山田真央、春日美咲、坂井まどかも来ていた。
総勢九名。
自然と話題の中心になったのは、本日の優勝者である。
彩香がドリンクのグラスを持ち上げた。
「まあ何はともあれ、みのり。優勝おめでとう」
「ありがとう」
「ピタリ宣言から6は格好良かったで」
麻衣も頷く。
「ほんまや。あそこでホンマに6出すとは思わんかった」
美咲も、
「持ってるなぁ」
と感心する。
真央は拍手。
菜帆と柚希も改めて、
「おめでとうございます」
と祝福した。
みのりは少し照れながら笑う。
「ありがとう。でも私も、押した瞬間は何が出たか分からなかったんだよね。戌井さんの『6や! 6!』って声しか聞こえなくて」
「あのおっちゃん、うるさかったもんなぁ」
美月が言う。
まどかが笑った。
「でも美月、めちゃくちゃ楽しそうに絡んでたやん」
「そらテレビでずっと見てた人やもん」
「いきなり『戌井のおっちゃん』はないやろ」
「みんな心の中ではそう呼んでるって」
麻衣が、
「本人は最後まで認めてへんかったけどな」
と言った。
一同が笑う。
そして笑いが収まったところで、彩香がみのりを見る。
「で」
「何?」
「アメリカ東海岸」
「ああ」
「ペアやろ?」
「うん」
彩香が口元だけで笑った。
「やっぱり、ひかり?」
ぴたり。
テーブルの空気が一瞬だけ止まった。
みのりは答えなかった。
ただ、にっこり。
それだけだった。
麻衣は無言で水を飲んだ。
美咲はフライドポテトを一本取った。
真央は、
「なるほど」
とも言わずに頷いた。
まどかも笑っている。
菜帆も何となく事情を察した。
柚希は最初から分かっていたような顔。
彩香も、
「……まあ、聞くまでもなかったな」
と、それ以上追及しなかった。
美月だけが周囲を見回している。
「何? 何でみんな急に分かった顔してんの?」
誰も答えない。
「なあ」
まどかが言った。
「美月は黙っとき」
「何でや!」
みのりは相変わらずニコニコしている。
アメリカ東海岸を誰と旅するのか。
その答えは、いずれはっきりすることになる。
しかし今日はまだ、その話を掘り下げる日ではない。
その代わり――。
彩香の視線が、ゆっくり美月へ移った。
「ところで」
「何や」
「アホツインテールは33番トロントかぁ」
「誰がアホツインテールや!」
間髪入れずに始まった。
彩香はニヤニヤしている。
「いやあ、残念やったなぁ。大学中で『アメリカ東海岸行くで』言いふらしてたんやろ?」
「それは……!」
「しかもピタリ宣言してペア旅行やったっけ?」
「トホホCITY入らんかったらゴールしてたわ!」
「はいはい」
「ホンマや!」
彩香はストローでアイスコーヒーを一口飲んでから、
「ウチもなぁ、美月がペア旅行獲る言うから、パスポートどこ置いたかなぁ思ってたんやけど」
美月が眉を吊り上げる。
「何であんたが一緒に行く前提やねん!」
「一応空けといたろかな思って」
「絶対いらん!」
「何でや」
「こんな怖いオバハンと7日間も旅行したら楽しさ半減するわ!」
彩香の顔から笑みが消えた。
「……誰がオバハンや」
「目の前におる」
「美月」
「何?」
「喧嘩売ってんの?」
「売ってへん。事実を述べただけや」
「ほな買うたるわ」
周囲の八人――ではない、七人はほとんど反応しなかった。
麻衣が一言。
「また始まった」
真央、
「いつものやつやな」
美咲、
「食べとこ」
まどか、
「そのうち終わるやろ」
みのりに至っては楽しそうに眺めている。
美月はさらに畳みかけた。
「そういや誰やったかなぁ~。『ステップアップクイズ』出て、獲得賞金ゼロやった人」
彩香のこめかみが動いた。
「8問目まで上がったんやで!」
「でもゼロ円」
「ちょいとボタン押すんが早かっただけや!」
「それを誤答言うねん」
「あれさえなかったら10問連続正解してサイパン旅行やったわ!」
美月がテーブルを叩く。
「それウチのセリフや!」
「あんた出てへんやん!」
「出とったらや!」
「『出とったら』でサイパン行けたら世話ないわ!」
「そもそもあんた、あみだくじでウチの枠取ったやろ!」
「ウチが線引いたんちゃうわ!」
「当たり引いたやろ!」
「運も実力や!」
「ほな今日のウチのトホホCITYも実力なんか!」
「それは知らん!」
とうとう何を争っているのか本人たちにも分からなくなってきた。
菜帆が目を丸くして見ていた。
そして隣に座っていた柚希へ、そっと顔を寄せる。
「柚希さん」
「はい」
「……いつもこんな感じ?」
柚希は美月と彩香を一度見た。
「大体こんな感じですよ」
「誰も止めないんですか?」
「止めても続くので」
「なるほど……」
「放っておけば疲れます」
菜帆は妙に納得した。
そしてパフェを一口食べた。
その向こうでは、
「怖いオバハン!」
「アホツインテール!」
「賞金ゼロ!」
「トホホCITY!」
「サイパン行けへんかった!」
「アメリカ行けへんかった!」
と、国家プロジェクトに関わる戦隊ヒロイン二名とは思えない争いが続いている。
みのりはくすくす笑った。
「仲いいよね、あの二人」
麻衣、
「本人らの前で言うたら両方から怒られるで」
それでも、収録直後のファミレスは楽しかった。
勝った者も、負けた者も、トホホCITYへ落ちた者も、アイアンセットを二つ手に入れた者も。
もう勝負は終わっている。
あとは笑い話にするだけだった。
そして数週間後。
『世界ぐるっと!双六大旅行 全国戦隊ヒロイン花の女子大生大会』の放送日がやってきた。
新橋ヒロ室の大型テレビ前には、再び顔馴染みが集まっていた。
美月、みのり、菜帆、柚希。
彩香、麻衣。
月島小春。
そして今回は、一条知佳もいる。
知佳は過去にこの番組へ出場し、見事優勝した経験を持つ。
そのため番組規定の「優勝後5年間は再出場不可」に引っかかり、今回の女子大生大会には出場できなかった。
テーブルの上には、番組スポンサーから贈られた参加賞の桃の缶詰。
小春が小皿へ取り分ける。
「これ、普通においしいじゃん」
桃を一切れ口に入れる。
知佳も、
「参加賞としてはかなり実用的ですね」
と食べる。
そこへ美月も手を伸ばす。
そして、彩香を見た。
「怖いオバハンは食べたらアカンで」
「誰がオバハンや!」
開始前から始まった。
彩香はすぐ反撃する。
「あんたかて、ウチが『ステップアップクイズ』でもろたニッコリのり、バリバリ食べてたがな!」
美月は桃を口へ放り込みながら、
「そんな昔のこと覚えとらんわ」
「ほんのちょっと前や!」
「記憶にございません」
「政治家みたいな逃げ方すな!」
小春が笑う。
「またやってる」
みのりも桃を食べながら、
「止めない方が面白いよ」
付き合いの長い二人には、もはや娯楽である。
テレビからテーマ曲が流れ始めた。
世界地図が点灯する。
画面中央へ戌井浩平アナウンサーが現れた。
『クイズとサイコロでお楽しみいただいております。世界ぐるっと!双六大旅行。司会の戌井浩平です。どうぞよろしくお願い致します!』
美月が笑う。
「やっぱり声デカいなぁ」
知佳が首を振った。
「テレビだとかなり抑えられてますよ」
柚希がすぐ反応した。
「分かります」
「スタジオ、もっとすごかったでしょう?」
「はい」
そこから知佳と柚希の会話は、経験者同士ならではのものになった。
知佳が言う。
「戌井さんって、サイコロを振る直前の圧がすごいんですよ」
柚希、
「本当に」
「『1ですよ! 1!』とか横からずっと言われるじゃないですか」
「私は『2と4は駄目』と言われました」
「そうそう。それで言われた数字ほど頭に残るんですよ」
「私、そのまま2出しました」
「分かります」
妙に話が合う。
美月が割り込んだ。
「ウチも『1と4と6はアカン』言われて4出したで」
知佳は少し考えてから、
「美月さんの場合は、また別の問題では?」
「何でや!」
みのりも笑う。
「私はピタリ宣言の時、『6、6、6!』って声しか聞こえなかったよ」
知佳の顔がぱっと明るくなる。
「それ、すごく分かります!」
小春が興味深そうに尋ねた。
「そんなにすごいの? 戌井さん」
知佳は画面を見ながら答える。
「圧はすごいんです。でも嫌じゃないんですよ」
柚希も頷く。
「追い込まれてる感じがしないんです」
「そう。自分が勝たせてやる、じゃなくて、一緒に勝ちに行ってくれる感じなんですよね」
美月も、
「ごほうびCITY止まった時、ウチより喜んでたからな」
ちょうどその場面が画面に映った。
15番カイロから、美月がサイコロを回す。
画面の戌井が叫ぶ。
『美月ちゃん! 4や! 4出したらカサブランカ! 4! 4!』
4。
ファンファーレ。
そして、
『やったぁ~~~☆!』
新橋ヒロ室が笑いに包まれた。
小春は腹を抱える。
「何で司会者が一番喜んでんの!」
麻衣、
「ほんまに自分がもろたみたいやろ」
知佳は懐かしそうに笑う。
「昔から変わりません」
やがて中盤。
柚希の27番ヘルシンキ。
高級ボストンバッグ獲得。
そして後半戦。
38番ハバナまで抜け出した柚希。
テレビの戌井が真剣な顔になる。
『柚希ちゃん。2と4はあかん。1やったら最高や』
新橋ヒロ室の柚希が、画面を見ながら小さく言う。
「……分かってるんです。このあと2なんです」
サイコロ。
2。
40番リマ。
画面の緑ランプが一気に大阪へ戻される。
そして戌井。
『もぅ……2はあかんゆうたのにぃ……』
知佳が苦笑する。
「これ、OAで見るとまた辛いでしょう」
「はい。二回負けた気分です」
「分かります」
美月、
「経験者同士の会話が妙に重いねん」
しかし、その後の場面。
落ち込む柚希へ戌井が、
『まだ時間あります。問題取れてるんやから、ここから立て直そ』
と声を掛ける。
OAを見ながら、柚希が少し笑った。
「これ、本当に助かったんですよ」
知佳も静かに頷く。
「戌井さん、そこが上手いんです。大失敗したあと、いつまでも弄らないんですよね」
それが長年司会を続けてきた戌井浩平の技術でもあった。
笑う時には容赦なく笑う。
けれど、本人が本当に落ち込んだら、もう追わない。
次の問題へ向かわせる。
やがて画面は、みのりのピタリ宣言。
44番パナマシティ。
『ピタリ宣言します!』
『必要なんは6! 6だけ持ってこい!』
6。
50番大阪。
ファンファーレ。
くす玉。
『やったぁぁぁ~~~☆!』
新橋でも拍手が起こった。
みのりはOAを見ながら、少し照れている。
そして、
『みのりちゃん、誰と行こか?』
画面の中のみのり。
『一番大切な人と行きます』
その瞬間。
部屋の中にいる全員が、ゆっくりみのりを見た。
みのりはテレビを見たまま、にっこり。
無言。
小春が、
「ああ」
とだけ言った。
知佳も何となく察した。
麻衣は何も言わない。
美月だけ、
「またその顔や!」
と突っ込んだ。
そして、いよいよ問題の場面。
36番マイアミ。
画面の美月。
『1と4と6がアカン』
戌井。
『そう! 2、3、5や!』
サイコロ。
4。
戌井と美月、二人そろって沈黙。
『…………』
そして戌井。
『あーぁ……何をしとんねん……』
その瞬間だった。
「ぷっ」
彩香が吹いた。
美月がゆっくり横を向く。
「……何で笑うねん」
「別に」
「笑ったやろ」
「いや、戌井さんの顔がおもろくて」
「ウチがリマ落ちたんが面白かったんやろ!」
「まあ、それもある」
「性格悪っ!」
彩香が言い返す。
「あんたかて、ウチが『ステップアップクイズ』で誤答してゴンドラ下がった時、めっちゃ嬉しそうやったがな!」
「あれはテレビ的リアクションや!」
「ほな今のウチもテレビ的リアクション!」
「今テレビ出てへんやろ!」
「屁理屈!」
「そっちがや!」
再び始まった。
小春は桃を食べながら大笑い。
みのりも、
「こっちの方が放送より面白い」
と完全に観客になっている。
麻衣も止めない。
菜帆が柚希を見る。
何も言っていない。
しかし柚希が先に囁いた。
「大体こんな感じですよ」
菜帆が笑った。
「まだ聞いてないんですけど」
「聞くと思ったので」
菜帆も随分慣れてきた。
番組ではその後、美月の猛追が映る。
一度0番大阪まで戻されたにもかかわらず、最終的に33番トロントまで回復。
守衛のおっちゃんが後に褒めることになる場面である。
そして、誤答で19番カサブランカへ後退し、まさかの高級アイアンセット二組目。
画面の戌井。
『はい! おめでとう~~~☆! もうナンボでも持って行って頂戴!』
小春が叫んだ。
「二個目いらないでしょ!」
美月、
「ウチもそう思った!」
彩香、
「一個くれ言うたのに」
「絶対やらん!」
「ケチ」
「自分でクイズ出ぇや!」
「出たわ!」
「賞金ゼロ!」
「また言うたな!」
いつまでも終わらない。
番組エンディングでは、巨大世界地図を背景にした記念写真が映った。
中央には戌井。
その横に出場した四人。
さらに観覧席組。
全員が笑っている。
知佳が画面を見ながら呟いた。
「やっぱりいい番組ですね」
柚希も頷く。
「また出たいです」
知佳が即答した。
「柚希さんは出られますよ。優勝してませんから」
「そうでした」
みのりが言う。
「じゃあ私は5年後まで出られないんですね」
知佳が微笑む。
「仲間が増えましたね」
「嬉しいような、残念なような……」
美月が腕を組んだ。
「ウチもまた出る!」
彩香、
「まずトホホCITY避ける練習せぇ」
「そんな練習あるか!」
テレビの放送が終わってからしばらくすると、収録で獲得した賞品も各地へ届き始めた。
新潟市。
本間菜帆の家に届いたのは、39番ボゴタで獲得した高級美顔器。
母親と一緒に箱を開ける。
母親は値段を知っているらしく、少し驚いた。
「菜帆、これずいぶん高いものじゃない?」
「そうみたい。ごほうびCITYでもらったの」
「クイズに答えるとこんなもの貰えるの?」
「クイズだけじゃなくて、サイコロも必要だけど」
その夜。
母娘二人で説明書を読みながら使ってみる。
「どう?」
「何か違う?」
「一回じゃ分からないんじゃない?」
そんな普通の会話が、菜帆には妙に嬉しかった。
豪華な賞品が、母娘で過ごす時間へ変わった。
盛岡市。
中野柚希の元には、高級ボストンバッグ。
27番ヘルシンキのごほうびCITYで獲得したものだった。
届いた実物は、テレビで見た以上に使い勝手が良かった。
丈夫。
軽い。
容量も大きい。
着替え。
ノート。
資料。
筆記具。
取材用の録音機材。
そして創作紙芝居の道具まで入る。
戦隊ヒロイン活動で盛岡から各地へ出張する機会の多い柚希には、むしろ高級美顔器よりありがたい品だった。
新しいバッグを肩に掛けながら、柚希は呟く。
「リマは悔しかったけど……これは本当に助かる」
負けた番組の賞品なのに、使うたびに楽しかった収録を思い出す。
東大阪市。
赤嶺家。
玄関に巨大な段ボール箱が二つ届いた。
父・真人が出てきて、しばらく箱を見る。
「……何やこれ?」
美月が胸を張る。
「戦利品」
「戦隊ヒロインの任務でゴルフクラブ奪ってきたんか?」
「クイズ番組や!」
二人で箱を開ける。
中身を見た瞬間、ゴルフを嗜む真人の目が変わった。
「おい、美月!」
「何?」
「これ一流メーカーの最新モデルやで!」
高沢雪乃の出向元でもある世界的スポーツメーカー、その最新高級アイアンセットだった。
「そんなエエん?」
「エエどころちゃうぞ。これ全部揃えたら結構するで」
真人は一本を手に取り、クラブフェースを眺める。
普段より明らかに楽しそうである。
その姿を見た美月は、少し考えた。
「父ちゃん」
「ん?」
「一セットあげるわ」
真人が振り向く。
「ええんか?」
「二組もいらんもん」
「そらそうやけど……」
「父ちゃんゴルフやるやろ?」
真人はもう一度クラブを見る。
そして笑った。
「ほな、ありがたく貰うわ。エエモンもろたなぁ」
「大事に使いや」
「お前に言われんでも使うわ」
一組は父へ。
もう一組は自分用。
こうして「何で二組も」と言われ続けた美月の奇妙な賞品は、意外にもきれいに収まった。
後日、美月は新品のアイアンを抱えて尼崎のゴルフ練習場へ向かうことになる。
「せっかくエエクラブもろたんや。ちゃんと練習せな!」
意気揚々と申し込んだレッスン。
だが担当として現れた女性レッスンプロを見て、美月は首を傾げる。
「……どっかで見たことない?」
女性は平然と答える。
「気のせいや」
実は潜入任務中の迫田澄香だった――という話は、また別の機会に譲ることになる。
そして千葉。
優勝した館山みのり。
彼女の賞品だけは宅配便では届かない。
交通公社で行く、アメリカ東海岸7日間ペアの旅。
番組内で、
『一番大切な人と行きます』
と答えたみのり。
しばらくして、美月のスマートフォンに一枚の写真が届いた。
旅行準備中のみのり。
そして、その横には杉山ひかり。
美月は画面を見て叫ぶ。
「やっぱりひかりやん!」
すぐメッセージを送る。
『やっぱりひかりやん!』
返事。
『何のこと?』
「何のことちゃうやろ!」
一人でスマートフォンへ突っ込んだ。
二人がどんなアメリカ東海岸旅行をすることになるのか。
それはまた後日、ゆっくり語られる話である。
そしてもう一つ。
赤嶺美月が『世界ぐるっと!双六大旅行』から持ち帰った、賞金でもアイアンでもないもの。
戌井浩平のサイン。
大学へ行った美月は、約束どおり学食へ向かった。
いつものおばちゃんを見つける。
「おばちゃん!」
「美月ちゃん、放送見たでぇ!」
「その前にこれ」
美月が色紙を差し出した。
おばちゃんが受け取る。
そして文字を見た瞬間、目を丸くした。
『いつも美月ちゃんに美味しいご飯を食べさせてあげてください 戌井浩平』
「うわぁ……!」
何度も読む。
「美月ちゃん、ホンマにもろてきてくれたん!」
「約束したやろ」
「嬉しいわぁ!」
「戌井さん、おばちゃんによろしく言うてたで」
「ほんま!?」
もちろん厳密には「よろしく言うといて」だったが、だいたい同じである。
おばちゃんは色紙を大事そうに抱えた。
「これ額に入れるわ」
美月は笑った。
「家に飾るん?」
「厨房」
「厨房!?」
数日後。
本当に額装されていた。
学食厨房の、美月からもよく見える位置。
戌井浩平のサイン。
その下には手書きで、
『美月ちゃん、ちゃんとご飯食べや!』
と学食のおばちゃんが勝手に追加した紙まで貼ってある。
美月はトレーを持ったまま立ち尽くした。
「……何かめっちゃ恥ずかしいねんけど」
おばちゃんは笑う。
「ええやん。宝物や」
テレビ出演決定を嬉しさのあまり大学中へ言いふらし、遥室長から大目玉を食らった「河内のスピーカー事件」。
その騒ぎの最後に残ったものが、学食厨房に飾られた一枚のサイン色紙だった。
悪くない結末だった。
その帰り。
大学の門を通ろうとすると、守衛のおっちゃんが声を掛ける。
「美月ちゃん!」
「何?」
「『世界ぐるっと!』見たで」
美月は少し警戒する。
「リマ?」
「何で最初からそこやねん」
「みんなそこ言うから」
守衛のおっちゃんは笑った。
「惜しかったなぁ。でも美月ちゃん、あそこからトロントまで切り返したやろ」
「うん」
「大したもんやで。一回大阪戻されたら普通、心折れるで」
美月が少しだけ照れる。
「まあな」
「よう頑張った」
「せやろ?」
胸を張る。
守衛のおっちゃんは続けた。
「アイアン二セットも凄かったな」
「結局そこ言うんか!」
二人で笑った。
世界一周はできなかった。
アメリカ東海岸にも行けなかった。
それでも、大学中で大騒ぎしたテレビ出演は、ちゃんとみんなが見てくれていた。
優勝したみのり。
堅実に2位まで進んだ菜帆。
一時はトップに立ちながらリマへ落ち、それでもストックホルムまで戻った柚希。
そしてトホホCITYから這い上がり、なぜか高級アイアンセットを二組持ち帰った美月。
結果は違う。
けれど全員、大切に使える何かを持ち帰った。
旅行。
美顔器。
ボストンバッグ。
アイアンセット。
そして思い出。
新橋ヒロ室でOAを見終わったあと、美月がふと呟いた。
「また出たいなぁ」
知佳が即答する。
「美月さんは優勝していないので、いつでも出場資格ありますよ」
美月が知佳を見る。
「それ褒められてる?」
「事実です」
彩香が桃の缶詰を食べながら言った。
「次はせめてホノルルまで行きや」
美月の眉が吊り上がった。
「賞金ゼロの人に言われたないわ!」
「また言うたな!」
「事実やろ!」
「トロント!」
「賞金ゼロ!」
「リマ!」
「サイパン行けへんかった!」
「アメリカ行けへんかった!」
小春とみのりは笑いながら見物。
麻衣は、
「また始まった」
と呆れながら桃を食べる。
菜帆はもう柚希へ質問しなかった。
代わりに柚希が小さく囁いた。
「ほら、大体こんな感じです」
菜帆は吹き出した。
「もう分かりました」
クイズ番組にはゴールがある。
世界一周にもゴールがある。
『世界ぐるっと!双六大旅行』にも50番大阪という立派なゴールがある。
だが――。
赤嶺美月と西川彩香の、このどうしようもなく子供じみた低レベル抗争だけは。
どうやらこの先も、
永遠にゴールすることはなさそうだった。




