2はアカン言うたのにぃ~!――世界一周で大波乱! みのり奇跡のピタリ優勝、美月はなぜかアイアン2セットを抱えて帰る
「皆さん、スタジオ入ります!」
スタッフの声とともに扉が開いた瞬間、赤嶺美月は真っ先に中へ飛び込んだ。
「うわぁぁぁ! ホンマもんや!」
大阪市内にある関西準キー局の第1スタジオ。その正面いっぱいに広がっていたのは、美月が子どもの頃からテレビで何度も見てきた巨大な世界地図だった。
0番、大阪。
1番ソウル、2番台北、3番香港、4番ハノイ、5番バンコク、6番シンガポール、7番ジャカルタ。
そこからパース、シドニー、オークランドを経て、デリー、ムンバイ、ドバイ。イスタンブール、カイロ、ナイロビ、アディスアベバ、ケープタウン、カサブランカ。
さらにマドリード、リスボン、パリ、ロンドン、アムステルダム、コペンハーゲン、ストックホルム、ヘルシンキ、ベルリン、プラハ、ウィーン、ローマ、アテネ。
大西洋を越えてトロント、ニューヨーク、ワシントンD.C.、マイアミ、メキシコシティ、ハバナ、ボゴタ、リマ、サンティアゴ、ブエノスアイレス、リオデジャネイロ、パナマシティ、ロサンゼルス、サンフランシスコ、バンクーバー、アンカレジ、ホノルル。
そして50番。
再び大阪。
世界五十都市が大きなランプで結ばれ、その手前には赤、青、黄、緑の四つの解答席が並んでいる。
館山みのりも思わず目を輝かせた。
「すごい……テレビで見るより大きい」
本間菜帆も、
「本当に世界を一周する感じですね」
と感心している。
中野柚希は黙って地図を眺めながら、
「これ、実際に立つと位置関係が分かりやすいですね」
と冷静だった。
ただ一人、美月だけはテンションが違った。
「ここや! ここでウチがアメリカ東海岸を獲るんや!」
そのとき背後から声がした。
「何が『ここや』やねん。まだ一問も出してへんぞ」
美月の身体がぴたりと止まった。
ゆっくり振り返る。
そこには、テレビで見慣れた顔。
灰色のスーツに明るいネクタイ。穏やかな笑顔ながら、口を開けば濃厚な大阪弁が飛び出す、この番組の顔。
戌井浩平アナウンサーだった。
美月の目がさらに丸くなる。
「うわっ! 本物の戌井のおっちゃんや!」
「こら!」
返しはコンマ一秒だった。
「誰がおっちゃんやねん! 初対面やぞ!」
スタッフが一斉に吹き出した。
美月も負けない。
「でもテレビ見てる人、みんな戌井のおっちゃん言うてるで」
「勝手に親戚にすな!」
「ウチの大学の学食のおばちゃんも大ファンやで」
「知らんがな!」
「サイン頼まれてん」
「もう頼まれとんのかい!」
みのりが笑い、菜帆も口元を押さえる。緊張気味だった柚希まで小さく笑っていた。
戌井はその様子を横目で確認すると、何事もなかったように手を叩いた。
「はいはい。ほな皆さん、まずルール説明しよか。そんな難しい番組ちゃいます。クイズ答える。サイコロ回す。世界一周して大阪帰ってくる。それだけ」
美月がすぐ言った。
「簡単やん」
戌井が美月を見る。
「美月ちゃん」
「何?」
「今の言葉、ワシ覚えたからな」
「何で?」
「終わった頃にもう一回聞いたる」
「嫌な予感するわ……」
基本ルールは単純だった。
早押しクイズに正解した解答者は、数字が高速で変化する電光サイコロを止める。出た数だけ前進。
ただし誤答すると、同じくサイコロを止め、出た目だけ後退しなければならない。
そしてこの番組の最大の魅力が特殊マスだった。
「今回のごほうびCITYはこちら!」
戌井が世界地図を指さす。
19番カサブランカ。
27番ヘルシンキ。
39番ボゴタ。
「止まったら、それぞれ豪華賞品がもらえます」
美月が尋ねる。
「何人止まっても?」
「もらえます」
「同じ人が二回止まっても?」
「もらえます」
「三回は?」
「もらえる言うてるやろ!」
美月はカサブランカを見つめる。
「ほな住もかな」
「世界一周せえ!」
カサブランカの賞品は高級アイアンセット。
ヘルシンキは高級ボストンバッグ。
ボゴタは高級美顔器。
一方で、画面上に不気味なマークが三つ灯る。
37番メキシコシティ。
40番リマ。
42番ブエノスアイレス。
「こちらが恐怖のトホホCITYです」
美月の顔から笑みが消える。
「止まったら?」
戌井はにっこり笑った。
「大阪へお帰りいただきます」
「全部?」
「全部」
「今までの苦労は?」
「水の泡」
「鬼や!」
「ワシが決めたんちゃう!」
さらに一発逆転のレインボールートも健在。
条件さえ整えば、序盤のアジアから一気に遠くへ飛ぶ可能性もある。
最後に50番大阪へゴールすれば、『交通公社で行くアメリカ東海岸7日間の旅』。
通常なら一人旅だが、ゴール前に「ピタリ宣言」をして必要な目を出せばペア旅行に格上げされる。
美月は胸を張った。
「ウチ絶対ピタリ宣言するで!」
戌井は即座に返した。
「まずソウルまで行け」
こうしてリハーサルの時点で、四人の緊張はほとんど消えていた。
やがて観覧客が入り始める。
その中には、西川彩香、山田真央、白浜麻衣、春日美咲ら関西在住の戦隊ヒロインたちの姿もあった。
美月が気づいて手を振る。
彩香も笑いながら手を振り返した。
「美月! トホホCITY期待してるで!」
「何しに来たんや!」
スタジオの照明が落ちる。
テーマ曲。
世界地図が一斉に点灯する。
拍手の中、戌井浩平が中央へ歩み出た。
「クイズとサイコロでお楽しみいただいております。『世界ぐるっと!双六大旅行』。司会の戌井浩平です。どうぞよろしくお願い致します!」
大きな拍手。
「本日は『全国戦隊ヒロイン花の女子大生大会』ということで、今大人気の戦隊ヒロイン、全国から現役の女子大生、花の女子大生の皆様に集まっていただきました」
そこで戌井は少し間を置いた。
「いやぁ~、ワタクシの最も得意としている部分であります」
スタジオ爆笑。
観覧席から美咲が、
「何が得意なんですか!」
と声を飛ばす。
「そこ掘り下げんでよろしい!」
戌井は即座に切り返した。
まず赤の解答席。
「東大阪市からお越しいただきました、赤嶺美月さんです!」
美月が元気よく手を振る。
「美月ちゃんは近畿学院大学3回生。何でこちらの大学選んだん?」
「家から自転車で通えるからです!」
一拍。
戌井の眉が上がった。
「そんなエエ加減な理由かいな!」
「大事やで! 電車賃かからへんねん!」
「教育理念とか学びたい学問とかあるやろ!」
「入ってから考えた!」
「順番逆や!」
いきなり会場は大笑いだった。
続いて青。
「新潟市から、本間菜帆さん」
菜帆は地元国立大学の農学部。
「将来は食育を通じて、元気な子どもたちを育てる活動につなげたいです」
戌井は感心したように頷く。
「立派やなぁ~。さっきの自転車とはえらい違いや」
「まだウチ引っ張るん!?」
黄色は館山みのり。
「千葉市から館山みのりさん。地元国立大学2年生。千葉のことなら何でも知ってる?」
「はい。千葉が大好きです!」
「今日は千葉から世界へ羽ばたいてもらいましょう」
「はい! でも千葉にも世界に負けない――」
「それはまた今度聞こ」
話を広げる前に遮られ、観覧席が笑う。
最後は緑。
「岩手県盛岡市から、中野柚希さん。地元国立大学で民俗学を研究しているそうですね」
「はい。地域の高齢者の方から昔の話を聞いたり、それを創作紙芝居にして子どもたちへ伝えたりしています」
戌井は素直に感心した。
「そら面白いですなぁ~。こういう人、雑学強いんですよ。期待してますよ」
柚希は少し笑って、
「頑張ります」
と答えた。
「さあ、この四人の皆さんで大阪から世界一周していただきます。首尾よくゴールインした方には、交通公社で行くアメリカ東海岸7日間の旅! そしてピタリ宣言成功ならペアでございます!」
美月が早くも拍手している。
「まだ美月ちゃんが貰うと決まってへんで」
「気持ちはもうニューヨークや!」
「身体は大阪や!」
第一問。
「世界三大穀物と呼ばれる作物は、米、小麦と何でしょう?」
青ランプ。
菜帆。
「トウモロコシ」
「正解!」
早速、農学部らしいところを見せる。
サイコロは5。
大阪からバンコクへ。
「おお、いきなり飛んだ!」
戌井も嬉しそうだ。
続いて、
「1910年に刊行され、岩手県遠野地方に伝わる説話や伝承を柳田國男がまとめた作品は?」
緑。
「『遠野物語』」
「正解!」
戌井が笑う。
「これは柚希ちゃんにサービス問題みたいになってしもたな」
柚希はサイコロで4。
ハノイ。
「ヨーロッパとアジアの二つの大陸にまたがる、トルコ最大の都市は?」
黄色。
「イスタンブール」
「正解!」
みのりも4。
ハノイ。
「仲良う並んだな」
そして美月には、
「都市対抗野球大会の優勝チームに授与される旗を何というでしょう?」
赤。
問題を読み切るより早く美月が押した。
「黒獅子旗!」
「正解!」
戌井が少し驚く。
「美月ちゃん、野球は強いんやな」
「野球応援好きやもん!」
「ほな大学の試験でもそれぐらいボタン押してみ」
「試験にボタンないわ!」
美月はサイコロで6。
シンガポール。
こうして序盤から全員が進む。
菜帆は生物・農業・食品。
柚希は文学・歴史・民俗。
みのりは地理・観光・一般教養。
美月はスポーツ・芸能・意外な雑学。
得意分野がきれいに分かれた。
「世界最大のコーヒー生産国は?」
「ブラジル!」
菜帆。
「国際司法裁判所の所在地は?」
「オランダのハーグ」
柚希。
「オーストラリアの首都は?」
「キャンベラ!」
みのり。
「日本のプロ野球で投手の完全試合とは、相手打者を一人も――」
「出塁させへん!」
美月。
「最後まで聞け!」
それでも正解だった。
ゲームは進み、4人はほぼ横一線。
やがて美月が15番カイロへ到達した。
ここで問題。
「社会人野球日本選手権の優勝チームに贈られる優勝旗を何というでしょう?」
美月の手が飛ぶ。
「ダイヤモンド旗!」
「正解!」
拍手。
現在15。
次のごほうびCITY、19番カサブランカまで4。
戌井の表情が一変する。
「美月ちゃん!」
「はい!」
「4や!」
「4?」
「4出したらカサブランカや! アイアンセットや! 4出そ! 4!」
電光サイコロが高速回転。
戌井まで身を乗り出す。
「まだや、まだや……今!」
美月が叩いた。
4。
一瞬後、19番カサブランカのランプが輝いた。
ファンファーレ。
戌井は拳を高く上げた。
「やったぁ~~~☆!」
美月が腹を抱えて笑う。
「戌井さんが貰うみたいになってるやん!」
「ええやんか! 一緒に喜ばせぇな!」
アシスタントが高級アイアンセットのパネルを運んでくる。
戌井が尋ねた。
「美月ちゃん、ゴルフやるん?」
「こないだ初めてラウンドデビューしました!」
途端に戌井の顔が明るくなる。
「そら良かったぁ~!」
「何でそんな嬉しいねん」
「せっかく当たったんや。使える人のとこ行った方がええやろ!」
純粋に喜んでいる。
笑わせながら、どこか人の良さがにじむ。
そこからゲームは一気に本格化した。
問題の難度も上がる。
「異郷から周期的に訪れる神聖な存在を、折口信夫が表現した言葉は?」
柚希。
「マレビト」
「正解!」
「『方法序説』を書き、『我思う、ゆえに我あり』の言葉で知られるフランスの哲学者は?」
みのり。
「デカルト」
「正解!」
「マメ科植物の根に共生し、窒素固定を行う細菌を一般に何と呼ぶでしょう?」
菜帆。
「根粒菌」
「正解!」
美月は一人だけ、
「今の全部分からん」
と正直だった。
戌井が笑う。
「美月ちゃん、収録終わったら菜帆ちゃんに家庭教師してもらえ」
「新潟遠いわ」
「大学、自転車で行ける距離しか無理なんか!」
観覧席は笑いっぱなしである。
27番ヘルシンキでは、柚希が高級ボストンバッグを獲得した。
普段控えめな柚希が、目録を受け取って少し嬉しそうに笑う。
「フィールドワークに使えそうです」
戌井がその顔を見逃さない。
「柚希ちゃん、笑うたら可愛いやん!」
「普段も笑ってます」
「今日まだ三回ぐらいやで」
「数えてたんですか?」
「司会者やからな!」
中盤終了時点では、柚希とみのりがわずかに先行。
菜帆がその後ろ。
美月もアイアンセットを抱えて食らいつく。
誰が勝ってもおかしくない。
そして後半。
柚希が強かった。
文学、歴史、経済、一般教養の難問を立て続けに正解。
一気に38番ハバナまで進み、単独首位に立つ。
問題。
「1776年に刊行された経済学の古典『国富論』の著者は誰でしょう?」
柚希。
「アダム・スミス」
「正解!」
スタジオから大拍手。
だが戌井は答えより盤面を見ていた。
現在38ハバナ。
1なら39ボゴタ。
ごほうびCITY。
2なら40リマ。
トホホCITY。
4なら42ブエノスアイレス。
こちらもトホホCITY。
戌井が解答席の前まで近づく。
「柚希ちゃん」
「はい」
「よう聞いてや」
声が妙に真剣だった。
「2と4はアカン」
「はい」
「1が最高。ボゴタで美顔器や」
「はい」
「3も5も6も、とりあえず生き残れる」
「分かりました」
「ほな行こ!」
電光サイコロが回る。
戌井はもう司会者というより応援団長だった。
「1! 1や! 1来い!」
柚希がボタンを押す。
表示された数字は――。
2。
40番リマのランプが不気味に点灯する。
効果音。
会場全体から、
「あぁぁぁぁ!」
という声。
戌井は目を閉じた。
肩を落とした。
そして小さな声で、
「もぅ……」
さらに、
「2はあかんゆうたのにぃ……」
本人より落ち込んでいる。
緑色の現在地表示が、リマから南米を逆走し、大西洋、ヨーロッパ、アジアを越えて0番大阪へ。
柚希もさすがに呆然。
しかし戌井は数秒で表情を切り替えた。
「柚希ちゃん」
「はい……」
「まだ時間ある」
「はい」
「問題は取れてる。クイズ力は一番安定してるんやから、ここから立て直したらええ」
柚希がゆっくり頷く。
「分かりました」
「そうそう。落ち込むんは収録終わってからでええ。ほな次いきまひょ!」
その一言で、スタジオの空気まで切り替わった。
番組スタッフから見ても、これが戌井浩平の真骨頂だった。
笑わせるだけではない。
解答者が本当に落ちた瞬間には、引きずらせない。
ゲームの流れを止めない。
そして本人にも視聴者にも、
「まだ終わっていない」
と思わせる。
柚希が消えたことでトップになったのは、館山みのりだった。
39番ボゴタに入り、高級美顔器を獲得。
またしても戌井、
「やったぁ~~~☆!」
みのりも笑う。
「戌井さん、ほんとに全部喜びますね」
「賞品出すたびにワシが落ち込んでたら嫌やろ!」
「それはそうですけど」
「みのりちゃん、二十歳そこそこで美顔器要る?」
「今からのお手入れが大切なんです!」
「ほぉ~。勉強になりますなぁ」
次の問題。
「パナマ運河が結んでいる二つの大洋は?」
みのりが押す。
「太平洋と大西洋!」
「正解!」
サイコロは5。
44番パナマシティ。
残り6。
客席からどよめきが起きた。
戌井がゆっくりとみのりを見る。
「さて」
みのりも緊張した顔になる。
「普通に行きます?」
観覧席から声が飛ぶ。
「ピタリ!」
「みのり、行け!」
「ペアや!」
戌井も煽る。
「シングルでええなら普通に行く。大切な人連れて行きたいんやったら、ここは勝負や」
みのりが少し考えた。
そして顔を上げる。
「ピタリ宣言します!」
大歓声。
「言うたな!」
戌井も声を張る。
「必要なんは6! それ以外いらん! 6だけ持ってこい!」
電光サイコロ。
誰も喋らない。
数字だけが高速で変わる。
戌井が叫ぶ。
「6や! 6!」
みのりが押した。
表示された数字。
6。
一瞬の静寂。
次の瞬間。
50番大阪がまばゆく光った。
ファンファーレ。
天井から紙吹雪。
くす玉が割れる。
観覧席総立ち。
戌井は両手を突き上げ、
「やったぁぁぁ~~~~~☆!」
完全に優勝者より喜んでいた。
「館山みのりちゃん! 世界一周達成~~!」
みのりも思わず両手で口を覆う。
アシスタントが大きな目録を運んでくる。
「おめでとうございます。交通公社で行く、アメリカ東海岸7日間ペアの旅です」
みのりが深く頭を下げる。
戌井が横から聞く。
「さあ、みのりちゃん。誰と行こか?」
一瞬。
みのりは少し頬を赤くしながら答えた。
「一番大切な人と行きます」
美月が柚希を見る。
柚希が菜帆を見る。
菜帆も二人を見る。
三人の顔に同じ答えが浮かんでいた。
――ひかりだ。
観覧席でも彩香、麻衣、美咲が目配せ。
――ひかりやな。
しかし誰も口には出さない。
戌井だけは事情を知らない。
「ええやんか。一番大切な人と、仲良う楽しんできぃや」
そう言って、何の邪念もなく拍手する。
だが番組はまだ終わらない。
2位以下には現在地×1000円の賞金がある。
菜帆はその後も堅実に正解を積み重ね、39番ボゴタで高級美顔器を獲得。
「はい! 菜帆ちゃん、おめでとう~☆!」
「ありがとうございます」
「新潟持って帰って使ってや」
「母と一緒に使います」
戌井の顔がほころぶ。
「ええ子やなぁ~! お母ちゃん喜ぶで」
菜帆はさらに43番リオデジャネイロまで進む。
一方、美月は36番マイアミへ。
ここで少し意外な問題が出た。
「1985年、ドル高是正を目的として先進5か国が合意した協定を、会議が開かれたホテル名から何というでしょう?」
美月が押す。
「プラザ合意!」
「正解!」
戌井が目を丸くする。
「美月ちゃん、よう知ってたな!」
「大学生やで!」
「家から自転車で行けるから選んだ大学でも勉強してんねんな」
「何回その話するねん!」
会場爆笑。
しかし問題は、またサイコロ。
36マイアミから、
1なら37メキシコシティ。
4なら40リマ。
6なら42ブエノスアイレス。
すべてトホホCITY。
戌井が念を押す。
「美月ちゃん」
「はい」
「何がアカンか分かる?」
美月が指を折る。
「1と4と6」
「そう!」
「2、3、5ならええ」
「完璧や!」
戌井は両手を合わせる。
「頼むで! 2、3、5! 2、3、5!」
サイコロが回る。
美月が止める。
4。
二人とも固まった。
「…………」
「…………」
40番リマが点灯する。
戌井が天井を見上げた。
「あーぁ……」
そして美月を見る。
「何をしとんねん……」
「ウチかて4出したくて出したんちゃう!」
後ろでは彩香が机を叩いて笑っている。
「彩香! 笑うなぁ!」
「後ろ見んでええ!」
戌井が美月を制する。
赤いランプがマイアミから一気に大阪へ逆戻り。
大学中に、
「アメリカ東海岸行くで!」
と宣言した女、再び大阪。
美月が解答席に突っ伏す。
「終わった……」
戌井は即座に言った。
「終わってへん!」
「大阪まで戻ったんやで!」
「大阪ええとこやないか!」
「今はそういう話ちゃう!」
「浪速ド根性や、美月ちゃん! もう一回世界行ってこい!」
「無茶言うな!」
ところが美月、本当に行った。
レインボールートも味方し、一気に中盤へ復帰。
スポーツ問題、音楽問題、一般常識を拾い、21番リスボン近辺まで戻る。
「美月ちゃん、ホンマに戻ってきたで!」
戌井も興奮する。
しかし今度は一般教養問題で痛恨の誤答。
誤答なのでサイコロ分だけ後退。
出た数字は2。
21リスボンから19カサブランカへ。
ファンファーレ。
美月がぽかんとする。
戌井も盤面を見る。
「……また来たな」
「何が?」
「アイアン」
アシスタントが、再び高級アイアンセットのパネルを持ってくる。
美月、
「二個目!?」
戌井は一瞬呆れていたが、すぐに両手を上げた。
「はい! おめでとう~~~☆!」
「めでたいんかこれ!?」
「もうナンボでも持って行って頂戴!」
「二セットもどうすんねん!」
「一つ使う用、一つ保存用!」
「ゴルフクラブ保存してどうすんねん!」
観覧席から彩香。
「美月、一セットちょうだい!」
「絶対やらん!」
戌井が笑いながら、
「喧嘩は収録終わってからせぇ!」
と収める。
柚希も負けてはいなかった。
一度大阪まで戻されたにもかかわらず、得意の歴史、文学、民俗学で正解を積み重ねる。
最後には26番ストックホルムまで復帰した。
「柚希ちゃん、ようここまで戻ったなぁ」
戌井も感心する。
「ありがとうございます」
「リマさえなかったらなぁ……」
「それ、私が言おうと思ってたんですけど」
「言わんとこ言わんとこ!」
そして終了ブザー。
ゲーム終了。
最終結果が世界地図へ表示される。
優勝。
館山みのり。
50番大阪GOAL。
賞金5万円。
さらにピタリ宣言成功で、
『交通公社で行くアメリカ東海岸7日間・ペアの旅』。
2位。
本間菜帆。
43番リオデジャネイロ。
賞金4万3000円。
3位。
赤嶺美月。
33番トロント。
賞金3万3000円。
そして高級アイアンセット二組。
戌井が笑う。
「美月ちゃん、賞金より荷物の存在感すごいで」
「誰のせいや!」
「サイコロや!」
4位。
中野柚希。
26番ストックホルム。
賞金2万6000円。
さらに高級ボストンバッグ。
順位発表が終わると、スポンサーから4人へ出場記念品が贈られる。
まず缶詰セット。
そして、だしの素。
豪華海外旅行。
高級美顔器。
高級アイアン。
高級ボストンバッグ。
その流れから急に家庭的になった。
美月が思わず言う。
「急に生活感出たな!」
戌井が即答する。
「何言うてんねん! 学生さんにはこういうもんが一番ありがたいねん!」
菜帆は真面目に頷く。
「だしの素、普通に嬉しいです」
戌井は勝ち誇ったように美月を見る。
「ほら見ぃ!」
「農学部を味方につけんな!」
スタジオは最後まで笑いに包まれた。
やがて本番収録が終了。
照明が少し落ち、スタッフがセットの片付けへ入る。
観覧席から彩香たちも降りてくる。
みのりは優勝を祝福され、菜帆は美顔器を見せ、柚希はボストンバッグを手にしている。
美月はアイアンセット二組を前に、
「これどうやって持って帰るんやろ」
と現実的な問題に直面していた。
そのとき、
「あっ!」
美月が突然走り出した。
向かった先は戌井浩平。
「戌井さん!」
「何や、美月ちゃん。アイアン三つ目欲しいんか?」
「いらんわ!」
美月は持ってきていた色紙を差し出した。
「サインください」
戌井が目を丸くする。
「急に普通の女の子になったな」
美月は、大学の学食のおばちゃんとの約束を説明した。
出演を言いふらした翌日、おばちゃんから、
『戌井アナに会うんやろ? おばちゃんあの人大好きやねん』
と言われた。
そこで美月は、
『サインもろてきたるわ』
と約束したのだ。
話を聞き終えると、戌井は笑った。
「自分で言いふらしたんやろ?」
「そこはええやん」
「怒られたんちゃうん?」
「遥室長に怒られた」
「そら怒られるわ」
だが戌井の表情はすぐに柔らかくなった。
「それでも収録終わるまでちゃんと覚えてたんやな」
「約束したから」
戌井は少し感心したように美月を見る。
「美月ちゃん、そういうとこ随分律儀やなぁ~」
「そうやで。ウチ、意外と律儀やねん」
「自分で言うたら値打ち下がるで」
そう言いながら、戌井は色紙を机に置き、丁寧にペンを走らせた。
最後に一言を書き加える。
『いつも美月ちゃんに美味しいご飯を食べさせてあげてください 戌井浩平』
美月の顔がぱっと明るくなった。
「うわっ! これ絶対喜ぶ!」
「学食のおばちゃんによろしく言うといて」
「言うとく!」
「ほんで美月ちゃんもちゃんと大学行きや」
「行ってるって!」
「自転車で」
「最後まで言うんか!」
周囲でまた笑いが起きる。
その後、スタッフから、
「せっかくですから皆さんで記念写真撮りませんか?」
という声が上がった。
巨大な世界地図の前。
中央に戌井。
その横に、みのり、菜帆、柚希、美月。
さらに彩香、真央、麻衣、美咲ら応援組も加わる。
カメラマンが位置を調整する。
「皆さん、もう少し真ん中寄ってくださーい!」
戌井が美月を見る。
「美月ちゃん」
「何?」
「せっかくやからアイアン二組持っとき」
「重いわ!」
「二組も取ったん誰や!」
「サイコロや!」
「ワシ4アカン言うたやろ!」
「それマイアミの話や!」
「細かいなぁ!」
全員が笑う。
「はい、撮りまーす!」
シャッター。
一枚。
もう一枚。
最後は戌井が、
「ほな世界一周した顔して!」
と言い、
「どんな顔やねん!」
と美月が突っ込んだ瞬間に三枚目が撮られた。
勝ったみのり。
ゴール直前まで迫った菜帆。
一度は大阪へ叩き戻されながら、最後まで諦めなかった柚希。
そしてトホホCITYで転落し、高級アイアンを二組も持って帰ることになった美月。
結果はそれぞれだった。
しかし4人とも、収録前よりずっと楽しそうな顔をしていた。
そして、その真ん中にいる戌井浩平も満足そうだった。
「今日はみんなよう頑張ったな。ええ回になったわ」
「ホンマ?」
美月が聞く。
「ホンマや。勝った人も、負けた人も、最後までちゃんと世界一周しようとしてくれた。それが一番や」
いつもの大声ではなく、少しだけ穏やかな口調だった。
それからすぐ、
「まあ美月ちゃんは世界一周よりゴルフショップみたいになってたけどな!」
「ええ話で終われへんのか!」
また笑いが起きる。
帰り際。
美月は、みのりたちに小声で言った。
「テレビで見るまんまやったなぁ」
菜帆が笑う。
「もっと面白かったです」
柚希も、
「でも、すごく解答者を見てくれてましたね」
みのりが頷く。
「失敗しても嫌な感じにしないんですよね」
美月は少し考えてから、
「やっぱ戌井のおっちゃん、ええ人やな」
その瞬間。
少し離れたところから声が飛んできた。
「聞こえとるぞ!」
美月が飛び上がる。
振り返れば、戌井が笑っている。
「誰がおっちゃんや!」
「もうええやん! みんなそう呼んでんねんから!」
「ワシは認めてへん!」
スタジオの廊下に、もう一度笑い声が響いた。
ツッコミは速い。
声は大きい。
アクも強い。
サイコロを振る本人以上に熱くなり、トホホCITYでは本人以上に落ち込み、ごほうびCITYでは本人以上に喜ぶ。
けれど、誰かが失敗すれば必ず立ち直らせ、最後には全員を笑って帰す。
戌井浩平は名司会者だった。
そしてそれ以上に――。
最後まで、とびきり人情味のある、
最高にオモロイ大阪のおっちゃんだった。




