アメリカ東海岸はもう獲った!? 河内のスピーカー赤嶺美月、「世界ぐるっと!」出演決定だけで優勝宣言
戦隊ヒロインという存在が世間に知られるようになってから、テレビ業界の反応は早かった。
全国各地の商店街イベント、自治体主催の観光キャンペーン、スポーツ大会、交通安全運動、防災フェア。華やかな制服に身を包んだ彼女たちは、行く先々で子どもたちに囲まれ、若者から写真を求められ、高齢者からは「あんたテレビで見たで」と声を掛けられる。
その一方で、悪の秘密結社による破壊活動や妨害工作が発生すれば、文字どおり身体を張って現場へ飛び込んでいく。
最初の頃こそ、
「戦隊ヒロインって何?」
という反応の方が多かった。
今では違う。
「ああ、あの戦隊ヒロインね」
で話が通るようになった。
しかも困ったことに――いや、ヒロ室としては喜ばしいことなのだが――彼女たちはテレビに出すと妙に面白かった。
真面目な子。
天然な子。
頭の切れる子。
とんでもない珍回答をする子。
地元愛が暴走して話が止まらなくなる子。
カメラが回っていることを忘れて普段どおり喧嘩を始める子。
素材には事欠かない。
老舗人気番組『ダービークイズ』が戦隊ヒロイン大会を企画すると予想以上の高視聴率を記録し、続く『ステップアップクイズ』の全国戦隊ヒロイン大会も大成功。
テレビ局側が気づくのに時間はかからなかった。
戦隊ヒロインは、強いだけではない。
テレビ的に、かなりおいしい。
そんなある日の午後、新橋ヒロ室に大阪の準キー局から分厚い企画書が届いた。
芹沢遥室長が封筒を開き、最初の一枚をめくる。
そして眉を上げた。
「……来ましたね」
向かい側で書類を整理していた安岡真帆が顔を上げる。
「何が?」
遥は無言で企画書を回した。
表紙には、色とりどりの世界地図を背景に大きな文字。
『世界ぐるっと!双六大旅行』
その下にはさらに、
『全国戦隊ヒロイン 花の女子大生大会』
と書かれていた。
真帆が思わず声を上げる。
「うわ、これ出るんだ」
藤堂隼人補佐官も身を乗り出した。
「かなり大きい番組ですよ」
小宮山琴音も企画書を覗き込む。
「うちのお母さん、毎週見てます」
『世界ぐるっと!双六大旅行』。
大阪の準キー局が全国ネットで制作している、老若男女に知られた人気クイズ番組である。
スタジオへ入った人間がまず驚くのは、床から壁面いっぱいに広がった巨大な世界地図だった。
日本を出発した解答者は、アジア、オセアニア、中東、アフリカ、ヨーロッパ、南北アメリカ、太平洋を経て再び日本へ戻ってくる。
盤上には世界各地の五十都市。
四人の解答者にはそれぞれ色が割り振られ、現在地が大きなランプで表示される。
ルールだけを聞けば簡単だ。
早押しクイズに正解する。
すると解答席に設置されたボタンで電光サイコロを止める権利が与えられる。
一から六までの数字が高速で点滅する電光サイコロを、自分のタイミングで止める。
出た数字だけ世界を進む。
つまり、頭が良ければ前へ進める。
――というほど単純ではない。
この番組を国民的人気番組にした最大の要素は、むしろそこから先だった。
五十都市には、普通の都市だけではなくいくつもの仕掛けが潜んでいる。
特定の条件を満たせば、一気に世界地図を飛び越える名物の「レインボールート」。
止まっただけで思いもよらぬ豪華賞品が手に入る「ごほうびCITY」。
そして視聴者にも解答者にも恐れられている「トホホCITY」。
順調にヨーロッパまで到達し、
「これはもう優勝でしょう」
と思われていたクイズの達人が、サイコロ一発でトホホCITYへ飛び込み、それまでの苦労を台無しにすることもある。
逆に、序盤から誤答を繰り返していた解答者がレインボールートを引き当て、
「なんでこの人がトップなんだ」
という状況になることもある。
だから面白い。
知識は必要。
だが知識だけでは世界一周できない。
勇気も必要。
しかし勇気だけでも駄目。
最後は運。
そしてその運を、全国の視聴者がテレビの前で一緒になって祈る。
番組終盤、ゴールが近づくとさらに「ピタリ宣言」が解答者を悩ませる。
通常ゴールした場合の優勝賞品は、
『交通公社で行く アメリカ東海岸七日間の旅』
一人分。
ニューヨーク、ワシントン、ボストンなどを巡る憧れの海外旅行である。
だがゴールに必要な数字を出す前に、
「ピタリ宣言します」
と宣言し、その数字を本当に出してゴールすれば、旅行はペアへ格上げされる。
家族でも友人でも恋人でも、一人連れて行ける。
ただし失敗すれば優勝そのものを逃しかねない。
確実なシングルか。
勝負してペアか。
そこへ横から、
「どうすんの? お母ちゃん連れて行けるで?」
などと余計なことを言ってくる男がいる。
司会の戌井浩平アナウンサーである。
この男なくして『世界ぐるっと!双六大旅行』は語れない。
局を代表するベテランアナウンサー。
実況技術も進行能力も一流。
盤上五十都市の位置関係をほぼ頭へ叩き込んでおり、誰がどこにいて、どの数字を出せば何が起こるかを瞬時に計算できる。
にもかかわらず、見た目も喋りも、どうしようもなく「大阪のおっちゃん」だった。
声が大きい。
動きも大きい。
リアクションはさらに大きい。
「そこや! 押せ!」
「3やで! 今は3や!」
「6だけはアカン! 頼むから6だけやめてくれ!」
司会者なのに、もはや中立ですらない。
四人全員を同時に応援している。
狙った数字が出れば、
「よっしゃあああ!」
と本人より先にガッツポーズ。
ごほうびCITYへ止まれば、
「やったぁ~~~☆!」
と大喜びする。
ときには解答者から、
「戌井さんが貰うんじゃないでしょう?」
と言われるが、
「ええやんか! 一緒に喜んだって減らへんやろ!」
と笑って済ませる。
ところがトホホCITYへ止まろうものなら一転、
「ああああああ!」
と頭を抱える。
「せやから言うたやろ!」
「あかんいうたんにぃ~~!」
解答者より落胆する。
そして落ち込んだ本人がまだ立ち直っていないうちに、
「しゃあない!」
「まだ終わってへん!」
「次の問題取ったらええ!」
「まだまだ逆転できるで。ほないきまひょ!」
と立ち直らせてしまう。
珍回答には容赦しない。
「何言うてんねん!」
「どこの世界の話や!」
「今の答え、誰に教えてもろたんや!」
だが、人格を馬鹿にすることは絶対にない。
笑うところでは徹底的に笑わせる。
悔しいところでは一緒に悔しがる。
勝負どころでは本人以上に緊張する。
優勝者が出れば、最後には親戚のおじさんのような顔で、
「よう頑張ったなぁ」
と拍手する。
アクは強い。
強すぎる。
なのに不思議と嫌われない。
むしろ視聴者からは、
「戌井のおっちゃん」
と親しまれている。
琴音は企画書を読みながら笑った。
「この人と美月ちゃん会わせたら、大変じゃないですか?」
遥が静かに答えた。
「……まだ美月さんを出すとは言っていません」
三秒後。
遥はホワイトボードへ、
『赤嶺美月』
と書いた。
真帆が吹き出した。
「もう決めてるじゃない!」
「決めています」
「選考会議じゃないの?」
「美月さんだけは選考不要です」
隼人が苦笑する。
「前回の件ですね」
全員が思い出した。
人気番組『ステップアップクイズ』が戦隊ヒロイン大会を開催したときのことである。
関西代表一名を誰にするか。
当時もこの四人で会議した。
遥は赤嶺美月を推薦した。
「明るいですし、テレビ映えします。何をしでかすか分からないところも含めて」
真帆は西川彩香。
「彩香ちゃんの方が落ち着いてるし、現場対応もうまいよ」
隼人は西園寺綾乃。
「知識量と受け答えの安定性なら綾乃でしょう」
琴音は白浜麻衣。
「麻衣ちゃん、こういうところでは意外と強いと思います」
四人とも理由がある。
四人とも譲らない。
十分経過。
二十分経過。
三十分経過。
議論は平行線。
とうとう真帆が言った。
「もう、あみだくじにしない?」
戦隊ヒロインという国家的プロジェクトのテレビ出演者が、あみだくじで決まった。
当たりを引いたのは西川彩香。
この選考過程そのものは、本来美月に伝える必要などなかった。
ところが、どこからか漏れた。
美月は知った。
そして荒れた。
「何でや!」
「何でウチがあみだくじで落とされなアカンねん!」
「実力で落ちたんやったらまだ分かる!」
「棒一本で人生変わっとるやないか!」
いつも明るく跳ねているハーフツインが、本当に逆立つのではないかというほど怒った。
それだけならまだよかった。
出演した彩香が番組で活躍したものだから、さらにややこしくなった。
その後、何か月経っても美月は言い続けた。
「ウチが出とったら10問連続正解やった」
「夢のサイパン旅行やった」
「絶対行けた」
誰かが、
「十問連続正解できる根拠あるん?」
と尋ねると、
「ある!」
「何?」
「自信!」
それだけだった。
隼人が椅子の背にもたれた。
「今回また外したら?」
琴音が即答する。
「三年は言われます」
真帆が首を振る。
「甘い。一生だよ」
遥は赤嶺美月の横に大きく丸を描いた。
「決定で」
誰も反対しなかった。
本人には、
『テレビ適性を高く評価した』
とだけ伝える。
『前回の恨みが面倒くさいから』
という真の選考理由は、ヒロ室永久機密である。
次は東北。
ホワイトボードに、
『佐々木玲香』
『中野柚希』
二人の名前が並ぶ。
室内の空気が微妙になった。
真帆が腕を組む。
「これ、嫌な二択だね」
仙台の佐々木玲香。
盛岡の中野柚希。
どちらも大学生。
容姿も良い。
テレビに出して問題のない受け答えもできる。
基礎知識もある。
候補としては申し分ない。
問題は――二人の仲だった。
悪い。
本人たちは、
「別に仲が悪いわけではありません」
と言う。
その言い方がすでに仲が悪い。
玲香を出せば柚希が、
「そうですか」
と静かに言う。
静かすぎて怖い。
柚希を出せば玲香が、
「別に構いませんけど」
と言う。
こちらも「構いません」の圧が強い。
琴音が資料を見ながら言った。
「どっちを選んでも、選ばれなかった方が絶対気にしますよね」
真帆が頷く。
「しかも本人は気にしてないふりする」
遥は額に指を当てる。
「二人同時に出せればいいんですけど」
「四人大会ですからね」
「じゃんけん?」
「絶対駄目です」
前回のあみだくじで反省したはずだった。
そのとき隼人がスケジュール表をめくる手を止めた。
「あ」
「どうしました?」
「収録日」
三人が見る。
「玲香、仙台で地元テレビの生放送入ってます」
沈黙。
隼人の顔がぱっと明るくなった。
「柚希で」
即決。
遥が思わず笑う。
「隼人くん、随分うれしそうだら」
「これ以上平和な理由がありますか?」
ない。
玲香本人の能力を否定したわけではない。
柚希を贔屓したわけでもない。
ただスケジュールが合わなかった。
完璧だった。
「中野柚希、決定」
遥が丸を付けた。
四人とも、玲香の生放送を決めた仙台のテレビ局へ心の中で礼を言った。
次は関東。
これがさらに難しかった。
遥が候補者を読み上げる。
「一条知佳さん」
真帆が即答する。
「知佳ちゃんでいいんじゃない?」
「駄目です」
「なんで?」
「優勝経験者です」
『世界ぐるっと!双六大旅行』には、優勝者は五年間再出場できないという規定がある。
クイズ女王・一条知佳は、実は過去に一般大会へ出場し、見事世界一周を達成していた。
したがって出場資格なし。
後日、話を聞いた知佳は、
「今回だけ規則変えられませんか?」
と真顔で頼むことになるが、もちろん変わらない。
「白石陽菜さん」
『ステップアップクイズ』優勝経験者。
今回は未出演者へ機会を与えるため見送り。
「水無瀬澪さん」
琴音が少し考える。
「頭は悪くないんですよね」
隼人も頷く。
「でもテレビで喋るか?」
全員が澪が解答席で無言になっている姿を想像した。
遥が名前に横線を引く。
「今回はやめておきましょう」
「南部沙羅さん」
華やか。
美人。
カメラ映え抜群。
真帆がプロフィールを見る。
「テレビ的には強いね」
遥が小さく言った。
「クイズの方が……」
四人が黙った。
誰も沙羅を馬鹿にしてはいない。
ただ、世界一周する以前に日本から出られない危険が若干あった。
「柏木理世さん」
学校行事。
「宮沢萌音さん」
同じく学校行事。
参加不能。
残るのは二人。
月島小春。
館山みのり。
遥と琴音は小春を推した。
「小春さんは場慣れしていますし」
「トークもできます」
真帆と隼人はみのり。
「地理問題なら強い」
「観光問題もありますからね」
また二対二。
嫌な空気。
真帆が先に釘を刺す。
「今回はあみだくじ絶対禁止だからね」
「もちろんです」
遥も力強く頷いた。
その横で、
チャリン。
金属音がした。
三人が見る。
隼人の手の中に百円硬貨。
「表、小春。裏、みのり」
遥が目を見開く。
「ちょっと待って」
隼人が弾いた。
百円玉が宙を舞う。
「隼人くん!」
机に落ちる。
くるくる回る。
止まる。
裏。
隼人が言った。
「館山みのり」
遥は両手で眉間を押さえた。
「何のために会議してるんですか」
「民主的な解決です」
「運任せです」
真帆はすでに疲れていた。
「……みのりちゃんでいいんじゃない?」
琴音も諦める。
「地理は強いですし」
こうして関東代表は、またしても高度な人材評価とは程遠い方法で決まった。
館山みのり。
本人には、
『地域知識とテレビ適性を総合的に判断した結果』
と伝える。
『百円玉の裏が出た』
という選考理由も永久機密である。
残り一人。
地域バランスを考え、西日本から選ぼうという話になった。
候補は、
愛知県春日井市の山田真央。
三重県四日市市の山本あかり。
広島市の江波のどか。
まず山本あかり。
琴音が書類を見て、しばらく黙る。
「……この子、大学ちゃんと行ってます?」
真帆が答える。
「本人は行ってるって言ってる」
「単位は?」
「その話すると逃げる」
隼人が付け加える。
「任務でも指示を聞いてないことがあります」
遥が考える。
「早押しクイズですから、問題文を最後まで聞く必要があります」
四人の脳裏に、問題の途中で適当にボタンを押すあかりの姿が浮かんだ。
琴音、
「無理ですね」
真帆、
「無理だね」
隼人、
「無理でしょう」
遥、
「見送りましょう」
過去最速の全会一致だった。
山田真央と江波のどかは有力候補だった。
明るい。
テレビにも慣れている。
受け答えもできる。
しかし二人とも『ステップアップクイズ』出演経験がある。
遥が言った。
「せっかくなら、まだ全国クイズ番組へ出ていない方へ機会を回したいですね」
真帆が全国名簿をめくっていく。
そして一枚で手を止めた。
「この子は?」
全員が見る。
本間菜帆。
新潟市在住。
地元の国立大学に通う現役女子大生。
専攻は農業系。
将来のために本気で農業を学び、食育を広めたいという明確な目標を持つ。
地域イベントでも、子どもたちへ農作物や食の大切さを丁寧に伝える。
品行方正。
受け答えも落ち着いている。
清潔感のある整った顔立ちで、いわゆる越後美人。
テレビ映りも申し分ない。
農業、食品、生物、自然科学、地域文化には特に強い。
隼人が資料を読む。
「新潟なら地域も散りますね」
琴音も頷く。
「初出演というのもいいです」
遥が丸を付けた。
「本間菜帆さんでいきましょう」
最後だけ驚くほど普通に決まった。
こうして、
大阪・赤嶺美月。
千葉・館山みのり。
岩手・中野柚希。
新潟・本間菜帆。
四人の女子大生ヒロインが揃った。
遥は完成した名簿を眺めた。
「バランスは悪くありませんね」
真帆が笑う。
「決め方はかなり悪かったけどね」
隼人は聞こえないふりをした。
問題はその後だった。
遥は東大阪の美月へ電話した。
「美月さん」
『はいはい、室長どしたん?』
「今度、『世界ぐるっと!双六大旅行』の――」
『出る!』
「まだ何も言ってません」
『今から出演の話する声やった!』
どういう声なのかは分からない。
「全国戦隊ヒロイン花の女子大生大会への出演依頼です」
電話の向こうで一瞬静かになった。
次の瞬間。
『よっしゃああああああ!』
遥はスマートフォンを耳から離した。
『出る! 絶対出る! ウチやっとクイズ番組出られるやん!』
「美月さん」
『何?』
「正式発表までは、あまり周囲に――」
『分かった分かった!』
返事だけはよかった。
翌朝。
東大阪。
美月が通う有名私立大学のキャンパス。
友人を見つける。
「なあなあ聞いて!」
開始五秒。
「ウチ今度、『世界ぐるっと!双六大旅行』出るねん!」
別の友人。
「マジで?」
「マジや!」
さらに別の学生。
「美月、何か嬉しそうやな」
「ウチ、世界一周してくるわ!」
「スタジオやろ」
「細かいなぁ!」
ゼミへ行く。
「先生! ウチ今度アメリカ東海岸行きます!」
「何の話だ?」
「『世界ぐるっと!』優勝するから!」
まだ収録すらしていない。
昼前には、
『赤嶺美月が世界ぐるっと!双六大旅行に出る』
という情報が、学内を高速で駆け巡っていた。
本人は情報漏洩をしている認識がない。
ただ嬉しいので、会った人全員へ教えているだけである。
河内のスピーカー、全開。
サークル仲間の前では、ついに戌井浩平の物真似まで始まった。
腰に手を当て、
「3や! 3出せ3!」
「6はアカン! 絶対6はアカンでぇ!」
友人が爆笑する。
「全然似てへん!」
「似とるわ!」
「戌井さんもっと声低いやろ」
「ほなこれや!」
美月は急に渋い声を作る。
「あかんいうたんにぃ~~!」
「ただのおっさんやん!」
「戌井さん大阪のおっちゃんやろ!」
本物に聞かれたら間違いなく怒られる。
昼。
美月はいつもの学食へ入った。
トレーを持って列に並ぶ。
料理を受け取ろうとすると、顔馴染みのおばちゃんが笑った。
「美月ちゃん」
「ん?」
「『世界ぐるっと!双六大旅行』出るんやろ?」
美月が固まった。
「……なんで知ってんの?」
「朝から学生さんみんな言うてるで」
美月は首を傾げた。
情報源の八割は自分である。
おばちゃんは羨ましそうに続けた。
「戌井アナに会うんやろ? ええなあ。おばちゃん、あの人大好きやねん」
美月は途端に胸を張った。
「サインもろてきたろか?」
「ほんま?」
「任せとき!」
後ろにいた友人が突っ込む。
「勝手に約束増やすな!」
「ついでや、ついで!」
「収録でサイン頼むな!」
「ほな優勝してアメリカ土産買うてきたるわ!」
「まだ一問も答えてへん!」
夕方。
新橋ヒロ室。
大阪の番組スタッフから電話が入った。
『赤嶺さんの出演情報なんですけど……もう発表されました?』
遥の手が止まった。
「いいえ」
『東大阪の大学周辺ではかなり知られているようなんですが』
遥は静かに目を閉じた。
向かいにいた隼人が言う。
「美月さんですね」
琴音も言う。
「美月ちゃんですね」
真帆も言う。
「美月ちゃんしかいないよ」
犯人捜しは一秒で終了した。
遥は美月へ電話した。
「美月さん」
『何やろ?』
「言いふらしましたね」
『言いふらしてへんで!』
「誰に話しました?」
『友達やろ、ゼミのみんなやろ、サークルやろ、学食のおばちゃんやろ、守衛のおっちゃんやろ、それから――』
「それを言いふらすと言うんです」
『でもまだ東大阪から出てへんやん』
「地理的範囲の問題ではありません」
『SNSには書いてへんで』
「当たり前です」
『大学の掲示板は?』
「駄目です」
『口で言うだけなら?』
「今それを注意しています」
電話の向こうで美月が不満そうに、
『厳しいなぁ』
と呟いた。
国家機密を守れと言われているわけではない。
テレビ出演の情報解禁まで黙っていろと言われているだけである。
それすら難しい。
だが注意された翌日から、美月が完全に黙れたかというと、もちろんそんなことはなかった。
直接番組名は言わない。
代わりに、
「近いうち世界一周するかもしれへん」
と言うようになった。
余計に怪しかった。
収録日が近づく。
美月の頭の中では、もはや優勝は確定事項だった。
「アメリカ東海岸や!」
「ニューヨーク行くで!」
「絶対ピタリ宣言する!」
友人が聞く。
「ペア旅行なら誰連れていくん?」
美月が止まる。
「…………」
初めて考えたらしい。
「誰?」
「……ゴールしてから決める!」
考えていなかった。
勢いだけでペア旅行まで獲得済みにしていた。
やがて収録当日が来た。
大阪へ集まった四人。
赤嶺美月。
館山みのり。
中野柚希。
本間菜帆。
四人はスタッフに案内され、局内の長い廊下を歩いていた。
扉の向こうには、テレビで何度も見た巨大な世界地図がある。
世界五十都市。
レインボールート。
ごほうびCITY。
トホホCITY。
ピタリ宣言。
そしてその中心にいる、名物司会者・戌井浩平。
美月だけが朝から落ち着かない。
「なあ、ホンマに戌井さんおるん?」
みのりが呆れる。
「司会者なんだからいるでしょう」
「テレビで見るまんまかな?」
柚希が淡々と答える。
「本人なんだから、だいたい同じだと思う」
菜帆が小さく笑った。
美月は両手を握る。
「サインもろてこなアカンねん。学食のおばちゃんに約束したし」
「もう仕事増やしてるの?」
「あと優勝もせなアカン」
「それは仕事じゃないでしょう」
スタジオ入口に到着した。
赤いランプが点灯している。
中からスタッフの声。
照明の調整音。
そして美月には見えない扉の向こうで、あの巨大な世界地図が光っている。
大阪で散々物真似してきた男もいる。
美月はまだ知らない。
テレビの前では頼もしく見える戌井浩平が、実際に対面すると想像以上に声が大きく、想像以上に世話焼きで、想像以上に容赦なく突っ込んでくることを。
そして――。
「絶対アメリカ東海岸行くで!」
と大学中に言いふらしてしまったその発言が、これから自分自身へどれほど巨大な圧力となって返ってくるのかも。
スタッフが扉へ手を掛けた。
「皆さん、スタジオ入ります」
美月が一歩前へ出る。
「よっしゃ。世界一周や!」
みのり、柚希、菜帆がその背中を見ながら、それぞれ違う意味でため息をついた。
『世界ぐるっと!双六大旅行 全国戦隊ヒロイン花の女子大生大会』。
知識と運と、世界五十都市。
そして大阪の濃すぎる名物司会者。
戦隊ヒロイン女子大生四人の、予測不能な世界一周が――いよいよ始まろうとしていた。




