『ヒロインたちの都市対抗――真夏のエアードーム! 白球、郷土愛、戦隊ショーが全部乗せ!?』 ――勝つのは選手だけじゃない。ベンチもスタンドもヒロインも、都市の誇りを背負って大騒ぎ!
東京都文京区。
真夏。
空から降り注ぐ陽光を跳ね返すように、巨大な白い屋根が都心に浮かんでいる。
エアードーム。
その内部は朝から、既に異様な熱気に包まれていた。
外の気温とは関係ない。
三塁側からは勇壮な吹奏楽。
一塁側からは大太鼓。
チアリーダー。
応援団。
横断幕。
法被。
社旗。
都市名を叫ぶ何千人もの声。
客席では会社員が立ち上がり、家族連れがメガホンを叩き、OBが昔話をし、地元から夜行バスや新幹線でやって来た人々が声を枯らす。
グラウンドでは、日本のアマチュア野球最高峰に連なる選手たちが白球を追う。
その名は――。
都市対抗野球大会。
社会人野球の祭典。
真夏の祭典。
そして。
ただの「企業対抗野球大会」ではない。
都市対抗。
ここが重要なのである。
普段は製鉄所。
ガス会社。
製紙工場。
自動車メーカー。
鉄道会社。
金融機関。
さまざまな企業の名前を背負って戦う選手たちが、この舞台では、
「姫路市代表」
「大阪市代表」
「石巻市代表」
と、自分たちの街を背負う。
だから応援席も。
会社の宣伝だけでは終わらない。
地元の祭りが来る。
郷土芸能が来る。
名物が登場する。
地域に縁のある音楽が流れる。
観光名所を模した巨大な大道具まで出てくる。
吹奏楽、応援団、チアリーディング。
時には寸劇。
時にはダンス。
時には、
「それ、もう野球の応援なのか?」
と尋ねたくなるほどの大演出。
ところが。
それがいい。
試合だけではない。
応援席まで含めて、
「俺たちの街が一番だ!」
と全力で競い合う。
エアードームそのものが、全国の街を一度に詰め込んだ巨大なお祭り会場になる。
しかも選手のレベルは一級品。
大学球界のスター。
プロ入りを逃して社会人で鍛え直した選手。
若手の逸材。
百戦錬磨のベテラン。
この大会で一気に評価を上げ、プロ野球ドラフトで指名される者も珍しくない。
そこから国内球界のスターへ。
さらに海を渡り、世界最高峰のリーグへ進む者すらいる。
会社へ出勤し。
仕事をこなし。
その一方で野球にすべてを懸けてきた男たちが。
この真夏の数日間だけは。
何万人もの観客の中心に立つ。
そして。
この大会には独特の制度まである。
補強選手制度。
地区予選で敗れたチームから有力選手を選び、本大会へ進む地区代表チームへ加える仕組み。
昨日まで本気で倒そうとしていた相手のエース。
ライバルチームの四番。
敵だった守備職人。
それが今度は。
「地区を代表して勝とう」
と同じベンチへ入る。
企業の垣根を越える。
ライバル関係も越える。
地区の総力戦になる。
だから。
都市対抗なのである。
グラウンドだけではない。
ベンチも。
応援席も。
街も。
会社も。
家族も。
全員参加。
そして今年。
その真夏のエアードームには。
なぜか戦隊ヒロインまで、あちらこちらに入り込んでいた。
まず。
姫路市代表の応援席。
一人の男が、腕を組んでグラウンドを見つめている。
年齢を重ねた今も肩幅は広く、現場仕事で鍛えた身体には張りがある。
表情は厳しい。
だが。
その目は温かい。
西川剛史。
「播州の烈火」こと西川彩香の父。
かつて。
姫路市の製鉄所を母体とする名門社会人野球チーム、
大日本製鉄広畑。
その外野を長く守った男だった。
現役時代。
剛史は派手な本塁打を量産する打者ではなかった。
だが。
打つ。
右へ。
左へ。
投手の球に逆らわず運ぶ。
二死二塁なら走者を返す。
無死二塁なら右方向へ進める。
守れば。
一歩目が速い。
抜けたと思った飛球へ追いつく。
余計な進塁を許さない。
外野三ポジションを高い水準でこなし。
走れば速い。
そして。
何より。
チームのために必要なことを、一つずつ確実にやる選手だった。
若い頃の夢は。
プロ野球選手。
社会人へ入った後も、その夢は消えていなかった。
ある年。
剛史のもとへ、パ・リーグ球団の担当スカウトが頻繁に姿を見せるようになった。
打撃。
守備。
走塁。
野球への姿勢。
高く評価された。
そして。
ドラフト前。
かなり具体的な話まで進んだ。
五位で指名する。
そう伝えられた。
剛史自身も。
家族も。
チーム関係者も。
「ついにプロへ行く」
と思った。
ドラフト当日。
名前は呼ばれなかった。
一巡。
二巡。
三巡。
四巡。
五巡。
それでも。
呼ばれない。
そのまま。
指名終了。
後日。
担当スカウト本人が広畑を訪ねてきた。
申し訳なさそうだった。
剛史と向き合い。
深く頭を下げた。
「すまん」
そして。
「オレはかなり強く推したんや」
「けど、最後に編成部長がな」
「外野手としてはパワーが足りん。それでダメやって」
約束を反故にした本人が悪いわけではない。
それくらい剛史にも分かった。
分かったからこそ。
余計につらかった。
「そうですか」
それしか返せなかった。
スカウトが帰ったあと。
剛史はしばらく一人で座っていた。
野球を辞めよう。
本気でそう思った。
プロへ行くために続けてきた。
そこまで届かなかった。
それどころか。
届いたと思った瞬間に、目の前で扉が閉まった。
もう十分じゃないか。
会社員として生きればいい。
野球を続ける理由はない。
だが。
数日。
練習場へ戻る。
後輩がいた。
先輩がいた。
スタッフがいた。
いつも通り。
「おはようございます!」
と声を掛けてくる。
そして。
グラウンドの外には。
自分たちを応援してくれる人がいた。
そこで。
剛史の気持ちが変わった。
プロへ行けなかったから野球を辞める。
それでは。
今まで自分を使い続けてくれたチームへ何も返していない。
ならば。
考え方を変える。
「プロに必要とされんかったんやったら、このチームに絶対必要やと言われる選手になったる」
そう決めた。
そこから。
剛史の野球は変わった。
いや。
もともと献身的だった野球が。
さらに研ぎ澄まされた。
自分が一番目立つ必要はない。
勝てばいい。
走者を進める。
カバーへ走る。
ベンチから声を掛ける。
若い外野手へ位置取りを教える。
自分が打てなくても、守備で一本防ぐ。
一本防げなければ、中継へ正確に返す。
一本でも先の塁を防ぐ。
それを積み重ねた。
結果。
プロへ行けなかった男は。
別の場所で。
日本を代表する選手になった。
社会人日本代表。
胸に日の丸。
国際大会。
外国の強豪選手を相手に。
日本代表の外野を守った。
あのドラフトで、
「パワーが足りない」
と評された男が。
日の丸を背負って国際舞台に立つまでになった。
都市対抗。
自チーム。
補強選手。
何度も真夏の大舞台を経験した。
そして。
地元の社会人野球ファンが。
いつしか彼を呼ぶようになった。
「ミスター姫路」
彩香が生まれた頃。
剛史はもう現役を退き、コーチになっていた。
だから。
娘は父の現役時代を知らない。
だが。
製鉄所の社宅には。
知っている人間が腐るほどいた。
幼い彩香が外を歩けば。
「あんたのお父ちゃん、昔ほんま凄かったんやで」
別の日。
「センター抜けた思た打球、追いつきよった」
また別の日。
「日本代表まで行った男やぞ」
彩香。
幼い頃から。
耳にタコ。
そして家へ帰れば。
本人。
剛史。
「彩香。人に応援してもろたら、そのありがたさ忘れたらあかんぞ」
小学生。
「分かった」
中学生。
「分かっとうって」
高校生。
「父ちゃん、それ何回言うん?」
成人して。
「もう百回以上聞いとうで」
剛史、
「百回程度で足りるかい」
彩香、
「まだ言うん!?」
「一生言う」
その言葉は。
本人が思っている以上に。
娘の中へ残った。
彩香が現場で。
誰か一人の手柄よりチーム全体を優先する。
応援してくれる人を粗末にしない。
目立たない仲間の働きを見落とさない。
その源流には。
プロ野球へ行けなかった代わりに。
「誰かのために野球をする」ことを極めた父の背中があった。
今年。
彩香はエアードームには来ていない。
それでも。
剛史はいつもの場所にいる。
姫路市代表のスタンド。
後輩の打者が追い込まれる。
剛史の目。
鋭くなる。
「外の変化球やろ」
投球。
外。
打者。
逆らわず右へ。
一、二塁間。
安打。
剛史。
小さく。
「よし」
それだけ。
隣の若い社員が尋ねる。
「西川さん、やっぱり都市対抗は特別ですか?」
剛史。
グラウンドを見たまま。
そして。
少しだけ笑った。
「都市対抗はええで」
播州の響き。
「スタンドとグラウンドがひとつんなれるんが、ほんまええねん」
グラウンドには。
自分より二十歳も三十歳も若い後輩。
スタンドには。
会社の仲間。
家族。
姫路から来た人々。
「選手だけで野球しとるんちゃう」
「はい」
「応援してくれる人がおる。せやから頑張れるんや」
その横顔は。
厳しい。
でも。
温かかった。
きっと。
今度彩香に会ったら。
また言う。
「応援してくれる人への感謝を忘れるな」
百一回目か。
百五十回目か。
本人たちにも。
もう分からない。
同じエアードーム。
今度は。
石巻市代表。
北洋製紙石巻。
ベンチ。
そこへテレビカメラが向く。
一人の女性。
菅野真結。
まゆちゃん。
四年連続。
ダイヤモンドサポーター。
試合は終盤。
接戦。
真結は両手を胸の前で組み。
本当に祈るような顔でグラウンドを見ていた。
実況。
「北洋製紙石巻のベンチでは、今年もダイヤモンドサポーターを務める菅野さんが祈るように戦況を見つめています」
映像だけ見れば。
この女性。
かなりの野球通。
四年連続でベンチ入り。
選手のことを熟知し。
野球への理解も深そう。
ところが。
実際。
全然知らない。
それでもなぜ四年間ベンチにいるのか。
理由。
選手たちから妙に評判がいいから。
若い選手からすると。
「お姉さん」
なのである。
試合前。
緊張している新人。
真結、
「大丈夫?」
「はい……いや、ちょっと緊張してます」
「緊張しますよね。こんなに人いますもん」
「菅野さんもですか?」
「私、試合しないから」
「そりゃそうですけど」
笑う。
それだけで。
少し緊張が抜ける。
飲み物が足りない。
真結が先に気づく。
タオル。
場所を知っている。
選手が、
「あれ、どこ置いたっけ」
と言えば。
「さっき右の棚に入れてましたよ」
なぜか覚えている。
困ったときのかんちゃん、みんなのまゆちゃん。
工場総務時代から変わらない。
ただ。
野球だけが分からない。
六回。
北洋製紙石巻の先発投手が連打を浴びる。
監督。
交代。
投手。
肩を落としてベンチへ戻る。
真結。
そっと近づく。
「お疲れさまでした」
「……すみません」
「大丈夫ですよ」
「でも、打たれちゃって」
真結。
優しい笑顔。
「また後半に出番があるかもしれませんから」
投手。
「…………」
真結、
「?」
「菅野さん」
「はい」
「僕、もう今日は登板できません」
「えっ?」
「交代したんで」
「…………」
真結。
目を丸くする。
「一度代わったら戻れないんですか?」
後ろ。
控え選手。
吹き出す。
「かんちゃん!」
「何?」
「四年目ですよね!?」
「四年目だけど」
「何で知らないんですか!」
真結、
「誰も教えてくれなかったから……」
投手も。
思わず笑う。
数十秒前まで。
俯いていた男。
いま。
笑っている。
真結、
「じゃあ今日はもうないんですね」
「はい」
「そうなんだ……」
少し考え。
「でも次の試合なら出られますよね?」
「出られます」
「だったら次、頑張りましょう」
投手。
「……はい」
それでいい。
まゆちゃんは。
野球のルールを教える人ではない。
落ち込んだ選手の気持ちを。
少しだけ上向きにする人。
別の場面。
一死一、三塁。
ベンチ。
緊張。
真結。
小声。
「今、かなり大変なんですか?」
若手野手。
「めちゃくちゃ大変です」
「何が起きたら一番困ります?」
「点入ることです」
真結、
「それは私も分かります」
「そこは分かるんですね!」
打者。
スクイズの構え。
真結、
「何ですか今の?」
「スクイズです!」
「スクイズ?」
「後で説明します!」
「分かりました」
翌イニング。
「ところでスクイズって――」
「今ですか!?」
そんな具合。
戦術的には。
まったく役に立たない。
しかし。
ベンチ内評価。
高い。
「かんちゃんいるとピリピリしすぎない」
「負けてても普通に接してくれる」
「選手を成績で見ない」
「若手にもベテランにも同じ」
「たぶん野球知らないから誰がスターかも分かってない」
最後の評価。
本人が聞いたら困る。
だが。
かなり正しい。
テレビ中継。
再び。
祈るようにグラウンドを見る真結。
全国の視聴者。
「真剣だなぁ」
本人の頭の中。
「今アウトはいくつなんだろう」
それでも。
北洋製紙石巻ベンチにとって。
彼女は欠かせない。
四年連続。
ダイヤモンドサポーター。
野球知識。
ほぼゼロ。
人を支える力。
満点。
そして。
大阪市代表の応援席。
こちらは。
石巻ベンチとは真逆だった。
とにかく。
派手。
太鼓。
吹奏楽。
チアリーダー。
応援団。
巨大フラッグ。
そして。
ステージ中央。
赤嶺美月。
「大阪ーっ! 行くでーっ!」
声。
デカい。
動き。
デカい。
笑顔。
デカい。
大学のチアリーディングサークルへ、大阪市の大手ガス会社チームから応援要請。
今年も。
美月参加。
ジャンプ。
ターン。
キック。
仲間と呼吸を合わせる。
観客を煽る。
満面の笑顔。
美月。
完全に水を得た魚。
スタッフ、
「美月、次の曲終わったら一回下がって!」
「分かったー!」
「五回裏終わったらショーだからね!」
「分かってる!」
「着替え三分!」
「短っ!」
それでも。
嬉しそう。
仲間に言われる。
「美月、忙しそうやな」
美月。
笑う。
「ウチ、応援すんのも応援されんのも、どっちも好きやねん!」
「欲張りやな」
「せやで!」
五回裏。
終了。
美月。
猛ダッシュ。
「時間ない時間ない時間ない!」
舞台裏。
チアリーディング衣装。
脱ぐ。
戦隊ヒロイン制服。
着る。
ブーツ。
髪。
小物。
スタッフ、
「あと一分半!」
「宝塚でもこんな早着替えせえへんで!」
坂井まどか、
「喋っとらんと着替え!」
谷口佳乃、
「美月さん、右手袋逆です」
「うわっ!」
「あと五十秒」
「忙しいわぁ!」
だが。
笑顔。
めちゃくちゃ楽しそう。
そして。
三人。
スタンバイ。
今年の応援団コンクール。
大阪市代表の目玉。
戦隊ヒロインショー。
美月。
坂井まどか。
谷口佳乃。
名付けて。
トリオ・ザ・大阪。
一方。
敵。
ジェネラス・リンクのザコキャラ役。
人選。
水無瀬澪。
南部沙羅。
宮本美知留。
一条知佳。
沙羅。
衣装を見ながら。
まだ納得していない。
「どうして私が美月に簡単に倒される役なんですか?」
スタッフ、
「暇そうだったので」
「そこじゃありません!」
美知留、
「いいじゃん、楽しそうだよ」
知佳、
「私は近所なので助かります」
沙羅、
「参加理由が全員軽い!」
澪。
募集要項を見ている。
「でも条件いいよ」
沙羅、
「何がです?」
澪、
「エアードーム弁当」
「……」
「エアードームで使える商品券千円」
「……」
「遊園地半日パスポート」
沙羅、
「……」
澪。
さらに。
「決勝まで五試合やったら商品券五千円になる」
沙羅、
「何で積立みたいに考えてるんですか!」
澪、
「五千円は大きいよ」
「私のプライドは五千円より高いです!」
「じゃあ商品券いらない?」
「それとこれとは別です!」
知佳、
「受け取るんですね」
沙羅、
「受け取りますよ!」
美知留、
「素直じゃないなぁ」
スタッフ、
「そろそろお願いします」
ザコ四人。
ステージへ。
照明。
音楽。
澪、
「わー。大阪市代表を負けさせるぞー」
沙羅、
「演技!」
澪、
「悪いことするぞー」
「もっと感情を込めてください!」
知佳、
「悪役の演技指導まで始めましたね」
美知留、
「沙羅、真面目だなぁ」
そこへ。
照明。
ドン!
トリオ・ザ・大阪。
登場。
美月、
「待てぇーい!」
大歓声。
まどか、
「大阪の勝利を邪魔する悪党ども!」
佳乃、
「ここから先は通しません!」
沙羅、小声。
「私、横浜なんですが」
澪、
「川崎」
知佳、
「文京」
美知留、
「設定だからね」
沙羅、
「分かってます!」
美月。
全力。
本当に全力。
殺陣。
決めポーズ。
まどか。
華麗。
佳乃。
意外なほどノリノリ。
ザコ四人。
順番に倒される。
知佳、
「くっ、ここまでとは!」
ぱた。
美知留、
「やられたー!」
ぱた。
沙羅。
プライドがあるので。
妙に芝居がうまい。
「お、おのれ……大阪市代表……!」
倒れる。
最後。
澪。
美月が決め技のポーズ。
澪、
「わー」
ぱた。
沙羅。
倒れたまま。
「雑!」
観客。
笑い。
美月、
「よっしゃ、最後や!」
三人。
中央。
背後。
巨大な横断幕。
バン!
《必勝! 大阪市》
ズバッ!
決めポーズ。
客席。
大歓声。
大拍手。
美月、
「決まったぁ!」
スタッフ、
「美月! 次の応援!」
「もう!?」
「着替え!」
「忙しいっちゅーねん!」
走る。
また着替え。
でも。
笑う。
「めっちゃ楽しい!」
その日の応援団コンクール。
トリオ・ザ・大阪の戦隊ヒロインショー。
ファン投票。
トップ。
美月、
「よっしゃ! このまま決勝まで行くでー!」
澪、
「決勝まで行けば五千円」
沙羅、
「あなたはそこから離れてください!」
そして。
試合後。
ザコキャラ役の四人。
戦隊ヒロインショー。
終了。
弁当。
食べた。
商品券。
もらった。
そして手元には。
遊園地半日パスポート。
澪、
「遊園地行こう」
沙羅、
「早いですね」
「何が?」
「切り替えが」
「せっかく付いてるのに使わないともったいない」
知佳、
「それは正論です」
美知留、
「行こ行こ!」
四人。
エアードームそばの遊園地。
さっきまで。
大阪市代表の敵。
今。
普通に遊ぶ。
ジェットコースター。
沙羅、
「待って待って待って!」
ゴオオオッ!
急降下。
「きゃああああああ!」
澪。
無表情。
知佳。
意外と平気。
美知留。
笑いっぱなし。
終了。
沙羅、
「澪!」
「何?」
「怖くなかったんですか?」
「怖かったよ」
「顔に出してください!」
次。
お化け屋敷。
澪、
「これパスポート対象?」
知佳、
「対象です」
「じゃあ入ろう」
沙羅、
「お化けを怖がるかどうかではなく料金から確認するんですね」
中。
美知留、
「きゃっ!」
沙羅、
「ちょっと今の怖っ――!」
知佳。
壁を見る。
「この仕掛け、恐らく赤外線センサーですね」
沙羅、
「分析しないでください!」
澪。
天井を見る。
「人件費かかりそう」
「経営分析もしなくていいです!」
次。
射的。
知佳。
撃つ。
外れる。
もう一回。
外れる。
黙る。
美知留、
「知佳?」
「もう一度やります」
沙羅、
「火がつきましたね」
澪、
「商品券使える?」
沙羅、
「今日は全部そこですか!」
最後。
観覧車。
夜。
ゴンドラ。
ゆっくり上る。
眼下。
東京。
道路。
鉄道。
ビル。
街の明かり。
そして。
エアードーム。
昼。
何万人もの歓声。
太鼓。
吹奏楽。
応援。
白球。
今は。
少し静か。
澪が窓へ顔を向けた。
「綺麗だね」
沙羅、
「ええ」
知佳、
「昼間とは全然違います」
美知留、
「本当だね」
しばらく。
四人。
静か。
そして。
澪。
ぽつり。
「今日、あそこに何万人もいたんだよね」
沙羅、
「いましたね」
「みんな誰かの応援に来てたんだ」
知佳、
「会社だったり」
美知留、
「街だったり」
沙羅、
「家族だったり、仲間だったり」
グラウンド。
西川剛史。
プロ入りという夢を失い。
それでも。
チームへ。
街へ。
応援してくれる人へ。
野球で恩を返した。
「スタンドとグラウンドがひとつんなれるんが、ほんまええねん」
ベンチ。
まゆちゃん。
野球は分からない。
だが。
若い選手が笑顔を取り戻す方法だけは知っている。
応援席。
赤嶺美月。
踊る。
叫ぶ。
着替える。
走る。
自分が応援する。
自分も応援される。
その両方を。
心の底から楽しむ。
そして。
沙羅たち四人。
ザコキャラとして倒される。
たった数分。
でも。
その馬鹿馬鹿しい寸劇で。
数千人が笑い。
拍手し。
「大阪市!」
と声を上げた。
沙羅。
窓の外を眺める。
「都市対抗って、野球する人だけの大会じゃないんですね」
知佳、
「そうみたいですね」
美知留、
「応援する人も参加者なんだよ、きっと」
澪、
「うん」
一拍。
そして。
「決勝まで行ったら五千円だし」
沙羅、
「今いい話してたじゃないですか!」
知佳。
笑う。
美知留。
笑う。
澪も少し笑う。
観覧車。
夜空。
エアードーム。
この日。
勝ったチームもある。
負けたチームもある。
夢へ近づいた選手も。
最後の都市対抗になった選手もいる。
歓声を受けた人。
応援する人。
ベンチで祈った人。
チアリーダーとして跳ねた人。
ザコキャラとして倒された人。
遊園地で商品券の計算をしている人。
全員。
それぞれ違う。
だけど。
同じ一日を。
同じ真夏のエアードームで過ごした。
都市対抗。
それは。
社会人野球最高峰の戦い。
プロへの登竜門。
都市のプライド。
会社の誇り。
郷土色むき出しの応援合戦。
昨日まで敵だった選手が仲間になる補強制度。
何万人もの大声援。
そして。
野球を愛する人。
野球をあまり知らない人。
それでも誰かを応援したい人。
みんなが一緒になれる。
真夏の祭典。
翌日になれば。
また別の都市がやってくる。
別の応援歌。
別のユニフォーム。
別のドラマ。
別のヒロインが。
どこかのスタンドにいるかもしれない。
白球が飛ぶ。
太鼓が鳴る。
都市名が叫ばれる。
そして。
今年も。
エアードームの夏は。
まだまだ終わらない。




