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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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1188/1295

KAWASAKI SILENT HILLS――静かな丘に潜む影! KANA☆WAVE、北部住宅街ステルス網を断て ――坂道、緑、通勤電車。平和な街で、未来の九人目が勝手に走り出す!

相模原での任務から数日。


南部沙羅は、まだ杉本恵のことを引きずっていた。


「絶対おかしい……」


新橋ヒロ室。


ノートパソコン。


タブレット。


メモ帳。


検索履歴。


そのすべてが杉本恵。


水無瀬澪は横でペットボトルの飲み物を飲みながら、特に興味もなさそうに画面を覗いた。


「まだ調べてるの?」


「調べますよ!」


「何がそんなに気になるの?」


沙羅が勢いよく振り返る。


「五十代半ばの小柄な家政婦さんが、ジェネラス・リンクの工作員三人を一瞬で薙ぎ倒したんですよ!?」


澪、


「元自衛官とか元警察官かもしれないよ」


「それならそれらしい経歴が出ます!」


「柔道とかで国体出てたり」


「それも調べました!」


澪、


「じゃあ合気道?」


沙羅、


「そういう問題じゃないです!」


澪は少し考える。


「元々すごく運動神経いい人だったとか」


沙羅、


「あなたまで陽菜と同じこと言わないでください!」


その本人。


白石陽菜。


ソファで紅茶を飲んでいた。


「恵さん、昔から身体を動かすの得意みたいですよ」


沙羅、


「“得意”で済む動きじゃないんです!」


陽菜、


「そうかなぁ」


にっこり。


沙羅、


「そうですよ!」


沙羅なりに杉本恵の公開情報を片っ端から調べてみた。


生年月日。


過去の住所。


海外生活歴。


仕事。


戸籍上確認できる経歴。


しかし。


何も出ない。


少し海外生活が長い。


それくらい。


不自然な点はない。


むしろ妙にきれい。


沙羅、


「……逆に怪しいんですよ」


澪、


「綺麗ならいいんじゃない?」


「そういう意味じゃありません!」


もちろん。


国際社会の裏側で「東洋のマタハリ」と恐れられた女の記録を、二十歳の女子大生が個人的に調べた程度で見破れるはずもない。


沙羅が見ている情報は、すべて「見えても問題ない情報」。


本物の経歴との境目など、沙羅如き――本人が聞けば怒るだろうが――に見分けられるレベルではなかった。


澪はあくびをする。


「世の中には触らない方がいいものもあるんだよ」


沙羅、


「何で澪が急に人生の達人みたいになってるんですか」


「聞いても答えなさそうだから」


少し間。


「知らんけど」


沙羅、


「最後に台無しにしないでください!」


そんな頃。


仙台。


ノースフロント仙台分室。


菅野真結――まゆちゃんは、相模原で押収したジェネラス・リンクの端末情報を解析していた。


画面には神奈川県北東部。


相模原。


町田。


多摩丘陵。


そして。


川崎市北部。


宮前区。


麻生区。


赤い点が増えている。


一か所ではない。


住宅地。


駅周辺。


小さな倉庫。


短期貸しの空き店舗。


点検業者が立ち寄りそうな場所。


毎日少しずつ変わる。


真結は複数のデータを重ねた。


「……固定拠点じゃない」


新橋ヒロ室とのオンライン回線を開く。


モニターには波田顧問と芹沢遥室長。


真結、


「川崎市北部で、ジェネラス・リンク系と思われる通信活動が活発化しています」


遥、


「北部ってどの辺?」


「宮前区から麻生区周辺です」


地図が拡大される。


波田、


「固定拠点?」


「現時点では確認できません」


真結は端末履歴を表示する。


「小型通信装置を毎日別の場所へ移しているようです」


遥、


「住宅地の中を?」


「はい」


宅配。


住宅設備点検。


リフォーム業者。


清掃。


巡回。


日中の住宅街には、住民以外の人間が普通に出入りする。


それへ紛れる。


怪しい倉庫を一つ作るより、圧倒的に目立たない。


真結、


「通信時間も短いです。一か所で数時間使用して、その日のうちに移動しています」


波田、


「面倒だな」


「ただし、生活動線と照合すると絞れます」


遥、


「どういうこと?」


「本当に仕事をしている業者なら、移動先に一定の理由があります。ですが今回の車両は、仕事内容と移動が一致していません」


遥が感心する。


「なるほど……」


その時。


♪~~~~♪


真結の会社携帯。


三人、


「…………」


遥、


「石巻ですね」


真結、


「はい」


波田、


「今日は何だろう」


真結が電話を取る。


「はい、菅野です」


後輩。


『まゆちゃん、すみません。また書類のことで……』


「ああ、どうしたの?」


『この前の秋山常務と庄司部長の視察の精算です』


「どこで止まった?」


『本社来訪者対応費精算票なんですけど、どれ使うのか分からなくて』


真結、


「右下見て」


『右下?』


「R7改訂って書いてある?」


『……R5です』


「それ旧様式」


『えっ』


「共有フォルダ開いて」


『はい』


「総務関係」


『はい』


「来客対応」


『はい』


「精算様式」


『ありました』


「一番新しいの使って」


遥、


「…………」


後輩、


『昼のお弁当代と夜の宴席代って一枚でいいですか?』


「分けて」


『分けるんですか?』


「昼は会議費」


「夜は交際費」


『なるほど』


「昼の摘要は“本社役員工場視察時昼食代”」


『飲食代じゃ駄目です?』


「曖昧だからダメ」


『はい』


「人数も入れて」


『秋山常務、庄司部長、工場長……』


「実際に食べた人だけ」


『分かりました』


「夜は?」


『飲み会……』


真結、


「書かないで」


波田が顔を伏せる。


笑いを堪えている。


後輩、


『じゃあ何て?』


「“本社役員工場視察意見交換会”」


『すごく仕事っぽくなりました』


「仕事だから」


遥、


「…………」


真結は続ける。


「海鮮居酒屋の領収書、参加人数書いてある?」


『ないです』


「参加者一覧を別紙」


『席順表つければいいですか?』


「席順表は別で保存。参加者一覧は所属、役職、氏名だけ」


『はい』


「タクシー代は?」


『一緒に入れようかと』


「旅費交通費」


『はい』


「領収書の日付と利用日確認」


『はい』


「勘定コード4102」


『4012じゃなくて?』


「それ修繕費!」


『危なっ!』


真結、


「それで出したら経理から戻ってくるよ」


『まゆちゃん、仙台にいるのに何で全部覚えてるんですか』


「去年その様式改訂したの私だから」


『……なるほど』


「あと課長決裁まで」


『部長印は?』


「新様式には部長欄ないでしょ?」


『ないです』


「だから旧様式捨てて」


『はい……』


「できたらPDF送って」


『見てくれるんですか?』


「提出前なら見る。一回で通した方が経理もあなたも楽だから」


『ありがとうございます!』


電話終了。


真結、


「すみません」


遥は感心しきった顔。


「まゆちゃん、そこまで指示するだねえ?」


穏やかな駿河弁。


真結、


「一回差し戻されると二度手間になるので」


遥、


「情報解析もそうだけど、説明が本当に分かりやすいだよ」


波田、


「工場から手放してもらえない理由がよく分かるな」


真結が少し照れた。


「では川崎北部へ戻ります」


数秒。


仕事の顔。


「生活動線と照合した結果、移動中継点は六か所に絞れます」


遥、


「……本当に切り替え早いですね」


波田が地図を見る。


「しかし今度は川崎北部かぁ……」


少し考える。


「あの辺、確か柚葉が居候してる小野寺家の近くだな」


遥、


「そうですね」


波田、


「従妹の彩音もいるか」


その名前が、この任務を少しだけ予定外の方向へ転がすことになる。


川崎市北部。


宮前区。


麻生区。


川崎というと。


工場。


港。


煙突。


トラック。


そんな臨海部の強烈な印象を持たれがちだ。


しかし北部へ来れば、景色はまるで違う。


多摩丘陵。


坂。


緑。


整然とした住宅。


公園。


学校。


駅へ向かうバス。


静かな商店街。


私鉄で都心へ通う人々。


朝。


駅へ向かう。


昼間。


住宅街は静かになる。


夕方。


東京方面から人々が戻ってくる。


いわゆる、


神奈川都民。


住民自身は怒るかもしれない。


しかし、それだけ東京へのアクセスが良く、生活環境も落ち着いているということでもある。


治安も比較的良い。


緑も多い。


住宅地としての完成度は高い。


観光地としての個性は薄いかもしれない。


だが。


毎日普通に暮らす場所としては、めっぽう強い。


それが川崎北部。


美波、


「同じ川崎なのに、こっちは全然煙突ねえな」


沙羅、


「川崎市全部を工業地帯だと思わないでください」


澪、


「坂はいっぱいあるよ」


美波、


「本当に坂多いな!」


柚葉、


「住んでると慣れます」


美波、


「足腰強くなりそう」


伊織、


「それはありそうさー」


エミリー、


「Good training」


柚葉、


「勝手に街全体をトレーニング施設扱いしないでください」


その少し前。


小野寺家。


阿部柚葉が任務の準備をしていると。


高校一年生。


小野寺彩音。


元気の塊。


「ゆず姉!」


「何?」


「ウチの近くで任務なの?」


柚葉の手が止まった。


「何で知ってるの?」


「ゆず姉の雰囲気」


「雰囲気で任務判断しないで」


彩音、


「私も行く!」


「ダメ」


即答。


「何で!」


「イベントならいい」


「任務は危ないからダメ」


彩音、


「私だって戦隊ヒロインなんだから!」


柚葉、


「まだ内定段階でしょ」


彩音は以前。


波田顧問から、


「元気あるな。気に入った。高校卒業したらウチ来な」


と声をかけられている。


本人は完全に、


戦隊ヒロイン加入予定者。


むしろ本人の頭の中では、


半分もう戦隊ヒロイン。


彩音、


「卒業したら入るんだから、予習!」


柚葉、


「任務は予習するものじゃない」


「見るだけ!」


「ダメ」


「遠くから!」


「危ない」


「絶対動かない!」


柚葉、


「その台詞が一番信用できない」


「何で!」


「彩音だから」


彩音、


「偏見!」


「実績」


「ひどい!」


それでも。


彩音は粘る。


「お願い!」


「絶対遠く!」


「見学!」


「勉強!」


「将来のため!」


十分。


十五分。


最終的に柚葉が折れた。


「本当に遠くから見るだけ」


彩音、


「はい!」


「勝手に動かない」


「はい!」


「危険を感じたら帰る」


「はい!」


「私の指示に従う」


「はい!」


柚葉は大きく息を吐く。


「返事だけは完璧なんだけど……」


彩音、


「任せて!」


「その言葉が一番怖い」


作戦開始。


ジェネラス・リンクの今回の仕掛け。


仮称。


《サイレント・ヒルズ・ネットワーク》


固定拠点なし。


短時間通信。


住宅設備会社へ偽装。


巡回車両。


短期利用の空き店舗。


小型中継装置。


目立たない。


騒がない。


平和な住宅地へ、ただ溶ける。


美波が指示する。


「柚葉、まゆちゃんと位置確認!」


「はい」


「紗耶!」


「偽物探し?」


「話早くて助かる!」


紗耶、


「完全に担当になってる……」


「沙羅と陽菜、住民側!」


「はい!」


「伊織、エミリー、前!」


「了解さー」


「Got it!」


「澪」


「何?」


美波。


少し考える。


「……ぼーっとしてろ」


澪、


「いつも通りだね」


美波、


「言ってて自分でも変な指示だと思った!」


遠く。


彩音。


じっと見ている。


本人なりには約束を守っている。


今のところは。


紗耶が一人の男を見る。


住宅設備点検員。


作業服。


工具箱。


「あれ」


美波、


「出た?」


「偽物」


「理由!」


「住宅設備点検の人なのに、住宅見てない」


「何見てる?」


「通行人」


美波、


「紗耶センサー!」


紗耶、


「はいはい」


一方。


澪。


公園脇。


「あの人、さっきもいたよ」


柚葉、


「どこで?」


「坂の下」


「何分前?」


「十五分くらい」


まゆちゃん、


『一致しました。同一人物です』


美波、


「今日もすげえな」


澪、


「何もしてないよ」


「お前の場合、それでいいのが困る!」


敵もKANA☆WAVEに気づいた。


工作員が散る。


一人が住宅街の坂を下っていく。


美波、


「一般人いる! 無理に追い込むな!」


伊織が追う。


だが。


工作員が一本横へ。


細い道。


小さな公園。


その先。


二股。


柚葉たちの配置。


わずかな隙。


遠くで見ていた彩音には分かった。


地元だから。


右へ抜ければ大通り。


車を拾われたら厄介。


彩音、


「……」


約束。


見るだけ。


動かない。


遠くから。


彩音、


「…………」


工作員が右へ。


彩音、


「無理!」


走った。


柚葉、


「彩音!?」


「ゆず姉! あいつ右行く!」


「動かない約束!」


「あとで怒って!」


「今怒ってる!」


彩音は工作員へ突っ込まない。


地元の抜け道。


先回り。


坂を一つ。


階段。


公園の脇。


そして。


美波が見えた。


「美波さん!」


美波が振り返る。


「誰!?」


彩音、


「こっち!」


柚葉、


『私の従妹です!』


美波、


「説明が追いついてねえ!」


彩音、


「あの人右行ったら大通り出ます!」


美波の判断は速い。


「紗耶、右!」


「了解!」


「伊織、前!」


「はいさー!」


「エミリー、逆!」


「Got it!」


工作員が進路変更。


逃げる。


その先。


澪。


「そっち無理だよ」


工作員、


「何なんだお前!」


澪、


「通れない」


後ろ。


紗耶。


横。


エミリー。


前。


伊織。


完全包囲。


伊織、


「終わりさー」


一気に制圧。


柚葉とまゆちゃんが最後の中継装置を停止。


真結、


『サイレント・ヒルズ・ネットワーク、全停止です!』


美波、


「よっしゃ!」


任務成功。


結果として。


彩音が勝手に動いた。


でも。


その判断が逃走路を塞ぎ、最後の工作員確保につながった。


まさに。


結果オーライ。


彩音、


「やった!」


後ろ。


柚葉、


「彩音」


低い声。


彩音の肩が止まる。


「……はい」


「約束」


「はい」


「見るだけ」


「はい」


「動かない」


「……はい」


「あとで話す」


「はい……」


そこへ美波。


彩音を見る。


上から下。


「で」


柚葉、


「はい」


「この子、何?」


柚葉、


「私の従妹です」


「へえ」


「小野寺彩音。高校一年生」


彩音が元気よく頭を下げる。


「小野寺彩音です! よろしくお願いします!」


美波、


「おお、元気いい!」


柚葉、


「高校卒業後、戦隊ヒロインへの加入が内定しています」


美波、


「ああ!」


思い出す。


「波田さんが言ってた子!」


彩音、


「はい!」


美波は笑顔になる。


「彩音かぁ。よろしくね」


「よろしくお願いします!」


「いい動きしてたよ」


彩音、


「本当ですか!?」


「判断早かったし、地元の道もちゃんと分かってた」


「はい!」


「元気もあるし、私は好きなタイプだね」


彩音の目が一気に輝く。


「ありがとうございます!」


「一緒に活動できるの楽しみにしてるよ」


彩音、


「はいっ!」


完全に舞い上がる。


エミリーも笑う。


「Good job!」


紗耶、


「結果的には助かったね」


沙羅、


「元気ですねえ」


陽菜、


「彩音ちゃんらしいです」


澪、


「前からこんな感じだよ」


伊織も微笑む。


KANA☆WAVEは、彩音を責める空気ではなかった。


むしろ。


いずれ自分たちのところへ来る後輩。


未来の仲間。


そんな歓迎ムード。


柚葉だけが頭を抱えている。


「皆さん甘やかさないでください……」


美波、


「甘やかしてねえよ」


そして。


美波は彩音を見る。


少ししゃがむ。


目線を合わせる。


声が変わる。


「ただし」


彩音、


「はい」


「今日のは結果オーライだからな」


彩音の笑顔が少し引き締まる。


「はい」


「助かった。そこは本当」


「はい」


「だけど、まだ専門訓練受けてないだろ」


「はい」


「だったら手順踏もう」


彩音が黙る。


美波、


「戦隊ヒロインって、敵倒すだけじゃないんだ」


「一般人見る」


「仲間を見る」


「自分が今動いたら、誰かが穴埋めしなきゃいけなくならないか考える」


「逃げるべき時には逃げる」


「助けを呼ぶ」


「そういうの全部含めて仕事なんだよ」


彩音、


「……はい」


美波は笑う。


「元気あるんだから、焦る必要ねえべ」


「……はい」


「ちゃんと特別な訓練受けて、OKもらってから一緒に活動しよう」


彩音が顔を上げる。


「その時まで、楽しみにしてるよ」


彩音、


「はい!」


柚葉が隣で少し笑う。


美波は。


危ないから来るな。


とは言わなかった。


お前には無理。


とも言わなかった。


むしろ。


素質を認める。


仲間になる日を楽しみにする。


そのうえで。


順番だけは守れ。


そう伝えた。


彩音には、それが嬉しかった。


任務終了後。


近所のファミリーレストラン。


九人。


KANA☆WAVE八人。


そして。


未来の戦隊ヒロイン。


小野寺彩音。


テーブルには。


ハンバーグ。


パスタ。


ピザ。


ポテト。


サラダ。


ドリンクバー。


デザート。


美波、


「今日は平和な懇親会だな!」


澪、


「ファミレス好き」


美波、


「何でも好きじゃん」


澪、


「安定感あるよ」


柚葉が改めて立つ。


「皆さん、一応ちゃんと紹介しておきます」


彩音も立った。


「小野寺彩音、高校一年生です! よろしくお願いします!」


沙羅、


「改めてよろしく」


澪、


「知ってるけどよろしく」


陽菜、


「これからもよろしくね」


紗耶、


「また会ったね」


彩音、


「はい!」


四人は以前から面識がある。


だが。


エミリー。


伊織。


この二人とは初対面。


彩音がまずエミリーを見る。


長身。


圧倒的な身体能力。


明らかに憧れの目。


「エミリーさん!」


「Yes?」


「戦隊ヒロインになるまで、何を鍛えればいいですか!?」


エミリー、


「まず――」


彩音、


「高いところから飛び降りるとか!?」


「No!」


全員笑う。


美波、


「一番真似しちゃダメなやつ!」


エミリー、


「私の動きを基準にしないで」


彩音、


「じゃあ筋トレ?」


「筋力は大事」


「はい!」


「でも、それだけじゃない」


エミリーは丁寧に指を折る。


「柔軟性」


「持久力」


「バランス」


「周囲を見る力」


「仲間を見る力」


そして。


「自分にできないことを知ること」


彩音、


「できないこと?」


「Yes」


「全部自分でやろうとしない」


「伊織の方が上手なら伊織に任せる」


「柚葉の方が情報に強いなら柚葉に任せる」


「それがTeam」


彩音、


「なるほど……」


エミリー、


「一人で強いより、八人で強い方がいい」


美波、


「いいこと言うじゃん」


エミリー、


「Always」


沙羅、


「自分で言います?」


彩音は真剣に頷いた。


そして。


次。


伊織。


「伊織さん!」


「はいさー」


「伊織さんは、今のうちに何しておいたらいいと思います?」


伊織は高校教員志望。


そして彩音は高校一年生。


伊織はすぐに答えなかった。


先生が生徒へ話す時のように。


一度。


彩音の顔を見る。


「彩音ちゃん」


「はい」


「高校生活を楽しんでください」


彩音、


「…………え?」


予想外。


美波も少し見る。


彩音、


「トレーニングとかじゃなくて?」


伊織、


「それは必要になれば、ちゃんと専門の人から教えてもらえるさー」


「でも私、早く戦隊ヒロインになりたいです」


「うん」


「三年って長いし」


伊織は微笑む。


「でも、高校一年生の彩音ちゃんは今しかいないですよ」


彩音が黙る。


伊織、


「友達と遊んで」


「授業受けて」


「部活して」


「体育祭やって」


「文化祭やって」


「試験前に焦って」


美波、


「そこは経験しなくてよくね?」


伊織、


「美波さん」


「はい」


全員笑う。


伊織は続ける。


「帰り道に友達とくだらない話したり」


「好きな人ができるかもしれない」


彩音、


「えっ」


「失恋するかもしれない」


美波、


「いきなり重くね?」


伊織、


「人生だから」


紗耶が笑う。


「教師っぽい」


伊織、


「そういう普通の高校生活を、ちゃんと楽しんでほしいんです」


彩音、


「それって……戦隊ヒロインになるのに必要ですか?」


伊織は即答。


「必要ですよ」


少し静かになる。


「私たちが守るのは、そういう普通の日常だから」


彩音の表情が変わる。


伊織、


「学校へ行く」


「友達と笑う」


「家へ帰る」


「家族とご飯食べる」


「明日また学校へ行く」


「そういう毎日を自分でちゃんと大切にできる人の方が、それを守る意味も分かると思うさー」


彩音、


「……」


伊織、


「だから急がなくていいですよ」


「はい」


「高校生活を楽しんで」


「……はい」


「今しかできないことを、しっかりやってください」


彩音はしばらく黙った。


さっき美波に褒められた時とは違う。


興奮ではない。


もっとゆっくり。


言葉が心の奥へ沈んでいく。


三年間。


今までは。


戦隊ヒロインになるまでの「待ち時間」だと思っていた。


でも。


違うのかもしれない。


この三年間にも。


意味がある。


文化祭。


体育祭。


友達。


学校。


何気ない帰り道。


それは。


将来自分が守るものそのもの。


彩音、


「……分かりました」


一番静かな返事だった。


でも。


一番強く刺さった返事でもあった。


「文化祭、ちゃんとやります」


伊織、


「うん」


「体育祭も」


「うん」


「友達ともいっぱい遊びます」


「うん」


少し間。


彩音、


「……勉強も?」


伊織、


「もちろん」


彩音、


「そこだけ保留で――」


柚葉、


「保留しない」


美波、


「一番大事なとこ逃げんな!」


エミリー、


「Study!」


彩音、


「急に敵が増えた!」


全員大笑い。


KANA☆WAVEの八人は、彩音を歓迎していた。


まだ正式なメンバーではない。


まだ高校一年生。


まだ訓練も受けていない。


それでも。


「三年後に来るかもしれない子」。


ではなく。


「三年後に来るのを楽しみにしている後輩」。


そんな扱いだった。


紗耶、


「彩音ちゃん、三年後楽しみにしてるよ」


沙羅、


「その前にちゃんと卒業してくださいね」


陽菜、


「また遊びに来てね」


澪、


「今度おすすめのデザート教えて」


柚葉、


「澪は何を教えるつもりなの」


エミリー、


「Trainingなら相談乗るよ。でもsafeなやつ」


伊織、


「学校生活の相談でもいいですよ」


彩音、


「はい!」


美波も笑う。


「正式に一緒に活動する時は、今日よりもっと動けるようになってろよ」


彩音、


「もちろんです!」


柚葉、


「まず今日の反省」


彩音、


「はい……」


その帰り。


夜。


川崎北部。


坂道。


駅から家へ向かうバス。


自転車。


塾帰りの高校生。


仕事帰りの会社員。


犬を散歩させる人。


家の窓に明かりが灯っていく。


観光地ではない。


巨大なランドマークもない。


南部のような港湾地帯の迫力もない。


人によっては、


「個性が薄い」


と言うかもしれない。


だが。


静かな住宅街には。


毎日帰ってくる人がいる。


明日また学校へ行く子供がいる。


家族がいる。


友達がいる。


普通の暮らしがある。


その何でもない夜を守るために。


KANA☆WAVEは今日、静かな丘を走った。


そして。


未来の九人目も。


ほんの少しだけ走った。


小野寺彩音。


高校一年生。


戦隊ヒロイン加入予定。


だが。


今はまだ。


高校生。


ファミレスを出たところで。


彩音が柚葉へ言った。


「ゆず姉」


「何?」


「私、ちゃんと高校生活楽しむ」


柚葉が少し驚く。


「伊織さんの話?」


「うん」


「戦隊ヒロインになるの、早い方がいいって思ってた」


「うん」


「でも今しかできないことあるって」


柚葉、


「そうだね」


彩音、


「ちゃんと三年間やってから行く」


柚葉が微笑む。


「その方がいいよ」


彩音、


「でも絶対行くからね」


「それは知ってる」


「KANA☆WAVEにも入りたい」


「それは三年後相談しなさい」


彩音、


「美波さんは楽しみって言ってた!」


少し前を歩いていた美波が振り返る。


「言ったよ! 楽しみにしてる!」


彩音、


「ほら!」


柚葉、


「……美波さんが一番煽ってる」


美波、


「でも手順は守れよ!」


彩音、


「はい!」


伊織が横から穏やかに言う。


「急がなくていいさー。彩音ちゃんの番は、ちゃんと来ますよ」


彩音は伊織を見る。


そして。


今日一番素直な笑顔。


「はい!」


静かな丘の夜へ、九人の笑い声が響く。


正式には。


まだ八人。


けれど。


未来には。


もう一人分の場所が、少しだけ見え始めていた。


KANA☆WAVE――川崎北部任務、完了。

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