KEN-O JOYFUL CROSS――厚木・海老名トランジットチェイス! KANA☆WAVE、県央クロスリンクを断て
秦野での任務は、平塚美波にとって、それまでのKANA☆WAVEの戦いとはまるで意味が違っていた。
昔、愛した男。
誰もが「レディース総長」としてしか見てくれなかった頃、ただ一人、
「お前は美波だろ」
と言ってくれた男。
その男がジェネラス・リンクへ加担している現実を前に、美波は自分から過去を切り離し、一人の戦隊ヒロインとしてタイマンを挑んだ。
勝った。
だが、倒れた男を見ようとはしなかった。
何も言わず、最後まで目を逸らした。
そして仲間に、
「悪い。ちょっと一人にしてほしい」
とだけ告げ、夕暮れの秦野を一人で歩いていった。
七人は追わなかった。
それが、昨日。
翌朝。
新橋ヒロ室では、白石陽菜がどうにも落ち着かなかった。
「美波さん……今日は来ますよね?」
蛯沢紗耶はコーヒーを飲みながら、
「来ると思うよ」
「でも昨日、あんな感じでしたし……」
「陽菜」
「はい?」
「美波さんって、引きずるタイプに見える?」
「……」
そこまで言ったところで、ドアが勢いよく開いた。
「おはよー!」
全員が振り返る。
ブロンズヘアー。
大きな声。
大股歩き。
そして入室するなり、
「何か食うもんねえ!? 腹減った!」
七人、
「…………」
美波が眉を寄せた。
「何だよ、その顔」
澪が淡々と言った。
「昨日と全然違うね」
「昨日?」
「秦野」
一瞬。
美波の表情が止まる。
だが本当に一瞬だった。
「昨日は昨日。今日は今日だべ」
陽菜がおそるおそる近寄る。
「美波さん……大丈夫なんですか?」
美波は陽菜を見る。
そして小さく笑った。
ぽん。
陽菜の頭へ手を置く。
「心配すんな。もう終わった話だべ」
「でも……」
「ウチ、切り替え早えんだよ」
紗耶が微笑む。
「それも美波さんのいいところだね」
「だろ?」
胸を張る美波。
そこへ澪。
「じゃあ昨日できなかった集会は?」
美波、
「お前は昨日からそこしか気にしてねえのか!」
沙羅、
「澪なりに心配してたんじゃないですか?」
澪、
「ご飯食べてなかったから」
美波、
「やっぱ飯じゃねえか!」
笑い声が戻った。
七人は秦野のことをそれ以上聞かなかった。
美波も語らなかった。
それでよかった。
過去を忘れたわけではない。
傷が消えたわけでもない。
ただ、美波には前を見る力があった。
倒れても立つ。
泣いたとしても、翌朝には腹が減る。
それもまた、平塚美波という女だった。
それから数日後。
仙台。
ノースフロント仙台分室では、菅野真結――まゆちゃんが秦野で回収したジェネラス・リンクの通信履歴を解析していた。
巨大モニター。
大量の位置情報。
暗号通信。
車両移動。
端末接触履歴。
その視線は、秦野から少しずつ東へ移っていく。
伊勢原。
その先。
厚木。
そして海老名。
真結が画面を拡大した。
「……変だな」
秦野方面から移動した端末が、海老名へ。
そこから厚木。
ところが、そのまま西へも東へも抜けない。
厚木からまた海老名へ戻る。
別の端末へ受け渡される。
今度はまた厚木。
真結は首を傾げた。
「何でこんな無駄な動きしてるんだろ……」
普通の物流なら効率が悪すぎる。
だからこそ怪しい。
数十分後。
新橋ヒロ室。
モニターの向こうに真結。
こちらには芹沢遥室長と波田顧問。
真結は淡々と説明する。
「秦野で押収したデータを内陸方向へ再解析したところ、厚木・海老名周辺でジェネラス・リンク系列と思われる不審な端末移動を確認しました」
遥、
「確度は?」
「かなり高いです」
「何をしていると思います?」
「人と物の移動へ紛れ込んでいます」
地図が表示される。
県央。
大手私鉄。
複数の鉄道路線。
駅。
商業施設。
幹線道路。
物流拠点。
海老名から厚木。
さらに県西。
逆に東へ向かえば都心方面。
人も物も激しく動く。
それがこの地域の強みであり、同時にジェネラス・リンクに利用されているらしい。
「鉄道そのものを狙っているわけではありません」
真結ははっきり言った。
「普通に電車へ乗る人。駅周辺で働く人。配送車両。イベント関係者。そうした膨大な日常の移動へ工作員が混ざっています」
波田、
「なるほど」
遥、
「追跡しにくい」
「はい。ただ――」
♪~~~~♪
机のスマートフォンが鳴った。
真結、
「…………」
波田、
「石巻?」
「はい……」
遥が小さくため息をつく。
「どうぞ」
真結が電話を取った。
「はい、菅野です」
電話の向こうから後輩の切羽詰まった声。
『まゆちゃん、助けてください』
真結の表情が瞬時に変わった。
ジェネラス・リンクを追う情報分析官から、
北洋製紙石巻工場の何でも知っている総務の先輩
へ。
「どうしたの?」
『来週、本社から秋山常務が視察に来るんですけど、部長から“秋山常務の好みはまゆちゃんに全部聞け”って言われて……』
「ああ、秋山常務ね」
即答だった。
遥、
「…………」
真結、
「まず昼のお弁当」
『はい!』
「松島軒のすき焼き弁当にして」
『はい』
「ネギ多め。白滝少なめ」
『そんな注文までできるんですか?』
「できるよ。“菅野さんがいつも頼んでたやつ”って言えばたぶん分かるから」
波田の眉が微妙に動いた。
真結は止まらない。
「庄司部長も一緒?」
『はい』
「じゃあ庄司部長はカルビ焼き弁当」
『分かりました』
「コチュジャン付けてもらって」
『はい』
「普通のタレだけだと“パンチ足りない”って絶対言うから」
遥、
「そこまで……」
「秋山常務は食後ブラックコーヒー」
『はい』
「砂糖、ミルク不要」
『はい』
「でも午後の会議前には温かい緑茶も出してね」
『コーヒー飲むのにですか?』
「“工場へ視察に来たら緑茶が飲みたい”っていう本人だけの謎ルールがあるから」
『分かりました!』
「泊まり?」
『おそらく』
「じゃあ夜は駅前の海鮮居酒屋が一番いい」
『あそこですね』
「刺身盛り合わせは少し良いやつ」
「秋山常務、大酒飲み」
「ただしタバコ大嫌い」
「絶対禁煙席」
『はい!』
「あと副工場長とは犬猿の仲だから」
『そうなんですか?』
「知らなかった?」
『知りませんでした』
「絶対向かい合わせちゃダメ」
『はい』
「できればテーブルの対角線」
『そこまで!?』
「そこまで」
波田、
「…………」
「庄司部長は?」
『来ます』
「お酒入ると女性社員との距離感がおかしくなるから」
遥、
「……」
「女性社員は庄司部長の横に置かない」
『はい』
「若手男性社員を一人間に挟んで」
『分かりました』
「工場長は秋山常務の斜め前」
「副工場長は端」
「経理部長が来るなら常務の近く」
『どうしてです?』
「常務、数字の話始めると長いから。経理部長に受けてもらえば工場長が全部相手しなくて済む」
『なるほど……』
遥がぼそっと、
「完全に配置設計ですね」
真結、
「こういうのは事故が起きてからじゃ遅いんです」
『二次会はどうします?』
「最初から設定しなくていいよ」
『いいんですか?』
「常務が行きたがったらその時だけ。翌朝もあるから二十三時には切り上げるように」
『分かりました』
「席順作ったらメール送って」
『え?』
「私がチェックするから」
『仙台ですよね?』
「メールくらい見られるでしょ」
『お願いします!』
電話終了。
真結が新橋を見る。
「……お待たせしました」
遥、
「私たち今、ジェネラス・リンクの話をしていたはずですよね?」
「はい」
すると波田が腕を組み、感心したように言った。
「まゆちゃん、そこの弁当屋ずいぶん小回り利くね。ネギ多めとかできるんだ?」
遥、
「波田さん!?」
「いや、白滝少なめもだよ?」
真結が少し照れ笑い。
「いつもよくしてもらっているんですよ」
波田、
「いい店だねえ」
遥、
「感心するところそこじゃありません!」
真結もくすっと笑った。
そして数秒後。
「では厚木・海老名へ戻ります」
大型モニターを操作。
一瞬で仕事の顔。
「不審端末は三種類。海老名駅周辺を起点に厚木方面へ移動するパターンが最多です。配送業者やイベント設営業者へ偽装した工作員が認証端末を複数回受け渡している可能性があります」
遥、
「……説明は相変わらず分かりやすいですね」
波田、
「弁当の説明も分かりやすかった」
遥、
「もう弁当から離れてください!」
そんなまゆちゃんの情報を受け、KANA☆WAVE八人は県央へ向かった。
厚木。
海老名。
神奈川県の中央部。
湘南の海風とも、秦野の山あいとも違う。
大手私鉄の電車が次々と人を運ぶ。
都心へ。
県西へ。
横浜方面へ。
駅からバス。
駅から街。
巨大な商業施設。
新しい住宅。
昔からの商店。
少し離れれば幹線道路。
物流施設。
そして遠くには丹沢。
都会と郊外。
鉄道と車。
新しい街と昔からの生活。
その全部が交差する県央の中心地だった。
だが厚木と海老名を語るなら、もう一つ外せないものがある。
音楽。
二十世紀の終わり。
この界隈で若者たちが集まり、大手私鉄沿線や駅前で歌い始めた。
後に女性ボーカルが加わり、三人組となった。
小さな路上。
駅前。
ライブハウス。
そこから全国へ。
桜。
青春。
感謝。
仲間。
故郷。
青空。
そして、前へ進む勇気。
学校行事でも。
卒業式でも。
テレビでも。
大きなスポーツの舞台でも。
何度となく日本人の記憶に残る歌を届けてきた、神奈川が誇る国民的ポップユニット。
その原点が厚木と海老名。
美波、
「ここって、あの三人組のホームなんだよな」
陽菜、
「私も何曲も知っています」
エミリー、
「Me too!」
沙羅、
「世代問わず知られていますよね」
そこで澪。
「多分神奈川県民でアンチ居ないと思うよ」
全員が澪を見る。
澪、
「知らんけど」
美波、
「最後の四文字で全部責任放棄すんな!」
澪、
「でも聞いたことないよ。嫌いって人」
柚葉、
「サンプル数は?」
「知らない」
美波、
「でも県民の肌感としては分かる」
沙羅、
「リーダーまで主観で話を進めないでください!」
まゆちゃんが今回のジェネラス・リンクの動きを、
《県央クロスリンク》
と仮称した。
海老名から厚木。
厚木から海老名。
人。
車。
荷物。
端末。
それらをわざと交差させる。
最短距離で動かない。
効率など求めない。
むしろ追跡する側を疲れさせるため、無駄に動く。
美波、
「敵のくせに面倒くせえな」
沙羅、
「敵だから面倒にしているんです」
「だったらこっちはもっと面倒な八人で行くべ」
澪、
「褒められた?」
紗耶、
「たぶん褒められてない」
作戦開始。
海老名駅周辺。
人。
人。
また人。
買い物。
通勤。
学生。
親子連れ。
ベビーカー。
友人同士。
街そのものが跳ねているようだった。
KANA☆WAVEもその流れへ溶け込む。
最初に動いたのは紗耶。
「あれ」
美波、
「何?」
「偽物」
「早っ。今日はどこ?」
「台車」
配送スタッフ姿の男。
確かに荷物を積んだ台車を押している。
美波、
「普通に見えるけど」
紗耶、
「曲がる時見て」
男が角を曲がる。
台車の後輪が大きく振れる。
積み荷がぐらり。
「荷物運び慣れてる人なら、あんな曲がり方しない」
美波、
「紗耶センサー、県央でも絶好調!」
紗耶、
「もう好きにして」
沙羅は店舗側へ聞き込み。
陽菜は人の流れをさりげなく変える。
「こちら側が少し混み合いますので、反対側からお願いいたします」
笑顔。
華やか。
誰も戦隊ヒロインの作戦に巻き込まれているとは気づかない。
男が人の少ない通路へ。
伊織が追う。
工作員、
「何だ、お前」
伊織、
「ここなら人いないさー」
男が腕を振り上げる。
伊織。
半歩。
かわす。
手首。
肘。
重心。
一瞬で体勢が崩れる。
男、
「ぐっ!」
伊織、
「静かにしてくださいね」
通信。
美波、
『伊織、どう?』
「終わったさー」
『早っ!』
別方向。
もう一人が階段へ逃げる。
エミリー。
「追う!」
沙羅、
「階段混んでます!」
エミリーが横を見る。
「Then, this way」
「え?」
階段を使わない。
段差。
別デッキ。
手すり脇。
長い脚で一気に距離を詰める。
沙羅、
「またエミリーだけアクション映画になってます!」
美波、
「県央編はテンポ良く行くんだよ!」
「説明になってません!」
その頃。
澪。
ベンチ。
飲み物。
美波、
『澪!』
「何?」
『走れ!』
「まだいい」
『何がまだいいんだよ!』
澪が飲み物を持ったまま、一人の男を見る。
「三周目」
柚葉、
『え?』
「あの人、同じところ三周してるよ」
まゆちゃんが位置履歴を照合。
『対象です!』
美波、
「澪!」
「何?」
「何で座ってるだけで仕事できんだよ!」
「疲れないから効率いいよ」
沙羅、
「正論っぽいのが腹立ちます!」
男が別の工作員へ近づく。
バッグ。
手。
ほんの一瞬。
柚葉、
「受け渡しました!」
まゆちゃん、
『認証端末、移動!』
美波、
「KANA☆WAVE、追うぞ!」
八人が一気に動いた。
跳ねる。
走る。
曲がる。
交差する。
沙羅が先。
紗耶が別方向。
陽菜が一般客を避ける。
エミリーが一気に前へ。
伊織が横。
柚葉はまゆちゃんと通信。
澪はなぜか少し遅い。
美波、
「澪!」
「走ってる」
「それ早歩きだろ!」
海老名での追跡は、まるでアップテンポなポップナンバーだった。
深刻になる暇がない。
次。
次。
また次。
立ち止まったと思えば再び走る。
敵もKANA☆WAVEも、人の流れの中で軽快に位置を変える。
そして工作員は海老名を離れ、厚木方面へ。
相模川。
広い空。
夕方。
西には丹沢。
ここで八人の動きが少し変わった。
さっきまでは跳ねていた。
今度は、同じ方向へ走る。
風が吹く。
美波のブロンズヘアー。
エミリーの髪。
陽菜。
沙羅。
紗耶。
柚葉。
伊織。
澪。
八人の髪が同じ風で揺れる。
軽快だった空気が、少しだけ大きくなる。
誰かの背中を風が押してくれるような。
一人ではなく、みんなで同じ方向へ進んでいくような。
そんな堂々とした青春の景色。
紗耶が美波の横顔を見る。
秦野で見た顔とは全然違う。
「やっぱり、この美波さんがいいね」
陽菜も笑う。
「はい」
美波は聞こえていた。
でも振り向かない。
「バラけんな! 八人で最後まで行くぞ!」
伊織、
「了解さー!」
エミリー、
「Let's go!」
沙羅、
「当然です!」
陽菜、
「はい!」
澪、
「走るの疲れるけどね」
美波、
「今すげえ青春ドラマみたいに決まってたんだから黙って走れ!」
澪、
「でも疲れるものは疲れるよ」
「知るか!」
壮大な空気は約七秒で終了。
それもKANA☆WAVEだった。
最終的に工作員たちが逃げ込んだのは、厚木市内の架空のイベント機材物流センター。
一般人なし。
陽菜が外部を確認。
「安全です」
柚葉、
「一般車両もありません」
美波、
「よし」
さっきまで駅前では徹底して周囲へ配慮していた女が笑った。
「ここなら派手にやっていいべ!」
扉が開く。
工作員。
一人。
二人。
さらに奥。
伊織が前へ。
「行くさー」
一人目。
攻撃をかわす。
腕を流す。
重心を外す。
転倒。
二人目。
正面。
踏み込む。
鋭い蹴り。
三人目。
伊織は一度も止まらない。
まるで相手の動きまで自分の技の一部にしてしまう。
美波、
「伊織! そのまま開けろ!」
「はいさー!」
上。
エミリー。
荷台。
ラック。
金属通路。
全部が足場。
一段。
二段。
ジャンプ。
工作員が上を見る。
「何だこいつ!」
エミリー、
「KANA☆WAVE!」
沙羅の無線。
『毎回名乗らなくても――』
美波、
「今日はテンションで押し切れ!」
『雑な指示ですね!』
エミリー、
「I like it!」
「エミリーは乗らないでください!」
紗耶は敵の集団を見ていた。
「あの人」
美波、
「誰?」
「奥の黒い服」
「理由」
「逃げる前、全員あの人を見る」
美波が確認。
「頭だな」
「たぶん」
「よし」
沙羅は右の通路だけ、わざと空ける。
男がそこへ走る。
沙羅、
「どうぞ」
男、
「……?」
怪しいと思いながらも逃げる。
その先。
澪。
壁にもたれて立っている。
「そっち無理だよ」
男、
「またお前か!」
澪、
「会ったことあった?」
「知らん!」
「じゃあ初対面だね」
沙羅、
「敵と初対面確認しないでください!」
男が逆へ。
そこには紗耶。
また戻る。
沙羅。
さらに戻る。
伊織。
男、
「何なんだこのチーム!」
美波、
「KANA☆WAVEだよ!」
男、
「聞いてねえ!」
一方、柚葉。
「まゆちゃん、中枢は?」
『さらに奥。信号強度上昇しています』
「美波さん!」
「聞こえた!」
柚葉、
「奥です!」
美波、
「エミリー!」
「Got it!」
跳ぶ。
伊織、
「右から二人さー!」
「ウチが行く!」
美波も突っ込む。
秦野で過去の男とタイマンを張った女。
だが今日はもう昔を見ていない。
明るい。
速い。
豪快。
そして何より、仲間を全部見ている。
「紗耶、左!」
「見えてる!」
「沙羅、出口!」
「塞ぎます!」
「陽菜、外!」
「安全です!」
「柚葉、中枢!」
「あと少し!」
「澪、裏!」
「もう閉じた」
美波、
「毎回いつ閉じてんだよ!」
澪、
「さっき」
「説明になってねえ!」
最深部。
中枢装置。
エミリーがケースを押さえる。
柚葉が端末へ接続。
仙台の真結。
『認証確認』
柚葉、
「停止できます」
美波、
「やれ!」
一つ。
通信消失。
二つ。
消失。
三つ。
最後。
画面から赤い反応が消えた。
真結、
『県央クロスリンク、完全停止。厚木・海老名地区の不審通信、すべて消えました!』
美波、
「よっしゃ!」
陽菜が笑った。
沙羅も。
紗耶も。
秦野では聞けなかった、美波らしい一言だった。
任務終了。
――とはいかなかった。
一人の工作員。
美波が前へ。
「さて」
男、
「……」
「この先もあんだろ」
「知らない」
美波、
「もうその台詞聞き飽きた」
「本当に知らねえ」
「何か一個くらい知ってんだろ」
男は黙る。
美波の眉が動く。
「次どこ」
沈黙。
「どこだ」
やがて男が吐き捨てるように言った。
「町田だ……町田……」
美波、
「…………」
数秒。
「町田は東京だろうがよ」
男、
「知ったことか」
美波、
「何だその態度!」
沙羅、
「東京都町田市ですね」
陽菜、
「東京ですね」
柚葉、
「行政区分上は東京都です」
澪、
「でも神奈川っぽいよね」
美波、
「お前まで!」
沙羅も少し考える。
「まあ……」
美波、
「何」
沙羅、
「カナちゃん号も走っていますし……」
美波が即座に振り向いた。
「だから話をややこしくすんなよ!」
沙羅、
「でも神奈川県民には馴染み深いバスですし」
美波、
「町田が東京だって話してんだよ!」
澪、
「神奈川のバスが走ってる東京」
美波、
「やめろ!」
陽菜、
「県境ですからね」
美波、
「陽菜まで理屈で補強すんな!」
工作員、
「……俺に言われても知らねえよ」
美波、
「こっちだって知らねえよ!」
ジェネラス・リンクの取り調べだったはずが、いつの間にか町田の帰属感について話し合う場になっていた。
美波は頭を抱える。
「もういい! 町田についてはまゆちゃんに調べてもらう!」
真結の声。
『分かりました』
澪、
「まゆちゃんは町田、神奈川っぽいと思う?」
美波、
「まゆちゃんにまで聞くな!」
任務は完全終了。
美波は大きく伸びをする。
「よし!」
澪、
「ご飯?」
美波、
「今日は早いな」
「厚木だから」
「だから何?」
澪、
「シロコロホルモン」
美波、
「……お前、食い物関係だけ土地勘異常に強えな」
任務後の集会。
厚木の夜。
炭火。
煙。
味噌だれ。
焼き台の上では、丸い豚ホルモンがぷっくりと膨らんでいる。
その前には当然、ヒロ室の谷口佳乃――けちのんとの交渉があった。
美波、
「佳乃さん」
『はい』
「任務成功!」
『お疲れさまです』
「八人でシロコロ!」
『一人三千円』
美波、
「まだ交渉始めてねえ!」
『飲み物別です』
「お?」
『ただしアルコールを経費で認めるのは成人一名につき一杯まで』
美波、
「急に規則細かくなってね?」
『前例を考慮しました』
美波が伊織を見る。
伊織、
「何です?」
「お前何かした?」
「知らないさー」
佳乃、
『陽菜さんは未成年ですから、オレンジジュース、ウーロン茶などノンアルコールのみです』
陽菜、
「言われなくても分かってます!」
すると伊織が美波の肩越しから電話へ。
「二杯目から自腹なら大丈夫ですか?」
美波、
「電話に勝手に参加すんな!」
佳乃、
『成人の方なら節度の範囲内で自費は自由です』
伊織、
「了解さー」
美波、
「了解すんな!」
電話終了。
美波が得意そうに宣言した。
「一人三千円、飲み物別!」
沙羅、
「今回一度も値上げ交渉してませんよね?」
「結果が三千円なら勝ち!」
「何に勝ったんです?」
「けちのん」
「戦ってもいません!」
やがて焼けたシロコロ。
澪が一つ。
噛む。
珍しく目を少し輝かせた。
「シロコロホルモン好きなんだよね。歯ごたえあって美味しい」
美波、
「今日一番感情出てんじゃん!」
澪、
「おいしいから」
紗耶も食べる。
「分かる。噛むと脂の味出てくる」
柚葉、
「味噌だれとの相性いいですね」
エミリー、
「I like this!」
沙羅、
「白いご飯が欲しくなりますね」
陽菜はウーロン茶。
「私も好きです」
伊織はというと。
経費一杯目。
ぐい。
普通。
シロコロ。
普通。
キャベツ。
普通。
一杯飲み終える。
「すみません。ここから自腹で」
二杯目。
ぐい。
美波が見る。
「伊織」
「はい?」
「大丈夫?」
「何が?」
「酒」
「全然さー」
三杯目。
もちろん自腹。
途中で水も飲む。
だが酒も飲む。
顔色。
変わらない。
声。
変わらない。
目。
普通。
そして恐ろしいことに――。
思考能力も全く変わらない。
伊織がシロコロを焼きながら突然言った。
「今日の任務だけど」
美波、
「ん?」
「海老名みたいな人の多い場所なら、うちら全員が最初から追跡に動く必要ないと思うさー」
柚葉が顔を上げる。
「といいますと?」
伊織、一口飲む。
「紗耶さんと澪ちゃんの観察を先行」
紗耶、
「私と澪?」
「紗耶さんは違和感を見抜く。澪ちゃんは変な反復行動とか抜け道を見つける」
澪、
「ぼーっとしてるだけだけど」
「そこがいいと思うさー」
美波、
「まさかの現状維持評価」
伊織、
「下手に澪ちゃんへ細かい任務与えたら良さが消える」
柚葉、
「私もそう思います」
澪、
「じゃあ今のままでいい?」
全員、
「いい」
澪、
「楽だね」
美波、
「そこはもう少しやる気見せろ!」
伊織は続ける。
「美波さんが前線へ出た場合は、柚葉が後方指揮を引き継ぐ」
柚葉、
「はい」
「沙羅ちゃんは敵側や関係者へ入り込む」
沙羅、
「私の得意分野ですね」
「陽菜ちゃんは一般人側」
陽菜、
「はい」
「エミリーは――」
エミリー、
「自由?」
伊織、
「あまり制限しない」
「Yes!」
紗耶、
「今日一番嬉しそう」
さらに一口。
普通。
美波がグラスを見る。
伊織を見る。
またグラス。
「……頼もしい」
沙羅、
「戦術分析ですか?」
「うん」
「酒量ですか?」
「うん」
「両方ですか!」
美波、
「両方」
伊織、
「飲酒能力を戦力に含めないでほしいさー」
澪、
「でも本当に水みたいに飲むね」
伊織、
「水もちゃんと飲んでるよ」
紗耶、
「そこは大事」
陽菜がオレンジジュースを持ちながら伊織を見ている。
「伊織さん、全然変わらないですね……」
紗耶、
「陽菜は真似しちゃ駄目だよ」
「しません!」
八人が笑った。
秦野ではなかった笑い声だった。
昨日、美波は一人で過去へ別れを告げた。
今日。
七人は何も聞かなかった。
「大丈夫だった?」
とも。
「元カレのことどう思ってる?」
とも。
ただ、いつものように美波へ突っ込み。
美波に怒鳴られ。
一緒に走り。
一緒に敵を倒し。
一緒にシロコロを食べている。
それが美波には心地よかった。
伊織がグラスを置いた。
「うちら、だいぶチームになってきましたね」
柚葉、
「川崎の頃とは明らかに違います」
沙羅、
「指示がなくても動ける場面が増えました」
紗耶、
「誰が何をするか、みんな分かってるし」
陽菜、
「私も前より周りを見る余裕が出ました」
エミリー、
「We're a real team now」
澪、
「最初からチームだったよ」
美波が笑う。
「まあ、そりゃそうなんだけどな」
七人を見る。
海の湘南。
古都鎌倉。
秦野の山。
そして県央。
違う街。
違う任務。
それでも八人は、毎回少しずつ強くなっている。
美波がグラスを持ち上げた。
「じゃあ、この八人でもっと強くなるべ!」
伊織、
「賛成さー」
沙羅、
「もちろんです」
陽菜、
「はい!」
柚葉、
「異論ありません」
紗耶、
「やろう」
エミリー、
「Absolutely!」
澪、
「うん」
少し間。
「シロコロ追加していい?」
美波、
「今いい話してただろ!」
八人の笑い声が、煙の上へ弾ける。
街が動く。
人が行き交う。
電車が人を運び。
トラックが荷物を運ぶ。
その流れに敵が隠れたなら。
KANA☆WAVEは、その流れより速く追いかける。
跳ねるように。
風を受けながら。
八人で。
厚木。
海老名。
県央の交差点を駆け抜けた八人は、今日もまた一つ強くなった。
美波が最後のシロコロを口へ放り込み、ふと思い出した。
「……でもさ」
沙羅、
「何です?」
「町田って東京だよな?」
澪、
「東京だけど神奈川っぽい」
沙羅、
「カナちゃん号も普通に走っていますし……」
美波、
「だから話をややこしくすんなよ!」
笑い声。
炭火。
煙。
県央の夜。
KANA☆WAVE――厚木・海老名任務、完了。




