SHONAN BURNING LINE――海岸線を西へ! 八人のKANA☆WAVE、湘南アジト殲滅戦 ――海風、仲間、地元の意地。藤沢から茅ヶ崎、平塚へ。美波、湘南総力戦へ!
鎌倉での激闘を終えても、平塚美波の腹の虫は収まっていなかった。
ジェネラス・リンク。
三浦半島から逗子、葉山、鎌倉。
神奈川の海沿いを少しずつ食い荒らすように、その影は広がっていた。
まして鎌倉で捕まえた工作員から、
「湘南にも、かなり深く入り込んでいる」
などと聞かされてしまった。
藤沢市在住。
江の島近くで生まれ育ち、今もライフセイバーとして湘南の海に立つ美波にとって、それはただの任務上の情報ではない。
自分の庭に、土足で入り込まれた。
それに近かった。
美波は海を見ながら吐き捨てた。
「……舐めやがって」
沙羅が横を見る。
「美波さん?」
「ウチの湘南で好き勝手してんじゃねえって言ってんだべ」
紗耶が小声で柚葉へ。
「出てきた」
「何がです?」
「総長」
美波、
「聞こえてんぞ」
伊織、
「でも今日は否定しないんですね」
「しねえ」
エミリー、
「That's serious」
「かなりな」
その顔を見て、七人にも分かった。
今日はいつもの美波とは少し違う。
KANA☆WAVEのゲームメーカー。
面倒見のいい姉御。
ライフセイバー。
それら全部のさらに奥に眠っていた、若い頃に湘南を走り回っていた元レディース総長・平塚美波が、完全に起きている。
とはいえ、美波は最初から殴り込みをかけたわけではない。
むしろ最初に始めたのは、恐ろしく地味な作業だった。
電話。
電話。
また電話。
そして徒歩。
聞き込み。
さらに電話。
新橋ヒロ室の沙羅が呆れた。
「……美波さん、それ何件目です?」
「知らね」
「知らないんですか?」
「地元の知り合いなんか数えてねえよ」
まずはライフセーバー仲間。
「最近、海沿いで見慣れない奴いなかった?」
次はサーフショップ。
「夜中に変な車来てねえ?」
次は昔馴染みの飲食店。
「最近、倉庫借りた変な業者知らね?」
漁業関係者。
海岸清掃の仲間。
スポーツ関係者。
昔からの商店主。
設備会社。
工務店。
運送会社。
そして――。
若い頃、一緒にヤンチャしていた仲間たち。
一人は今、藤沢で工務店を経営していた。
昔は美波と一緒に夜の湘南を走り回っていた男も、今では作業着姿が板についた社長。
電話を受けて開口一番。
『美波? お前また喧嘩か?』
「違えよ! ウチ今、戦隊ヒロインだぞ!」
『いや、お前から電話来ると昔の反射で』
「反射すんな!」
『で、何だよ』
「海沿いで最近、妙な改修工事なかった?」
しばらく沈黙。
『……ある』
美波の顔から笑いが消える。
「どこ?」
『茅ヶ崎の西の方。古い倉庫。外側はほとんど触らねえのに、中だけやたら電源増設して、床補強して、防音までやってた』
「誰の依頼?」
『それが変なんだ。発注名義が途中で二回変わった』
美波、
「場所送って」
『分かった。美波』
「何?」
『無茶すんなよ』
一瞬、美波は黙った。
昔なら、
「誰に言ってんだ」
と笑っただろう。
今は違う。
七人を一度見る。
「しねえよ。ウチ、一人じゃねえから」
電話を切る。
別の昔仲間は、今では運送会社を大きくしていた。
『見慣れねえ荷物? 質問が雑すぎるだろ』
「いいから思い出せ」
『相変わらず人使い荒いな』
「早く!」
『……夜中だけ動く白いバンなら、うちのドライバーが何回か見てる』
美波、
「場所」
『平塚寄り』
「ナンバー」
『一台なら控えてる』
「送れ」
『命令かよ!』
「お願いです!」
『絶対お願いする態度じゃねえ!』
横で聞いていた沙羅が呟く。
「美波さん、昔どういう総長だったんです?」
紗耶、
「だいたい分かるでしょ」
陽菜、
「でも、皆さんちゃんと協力してくれますね」
そこだった。
昔は一緒に馬鹿をやった。
怒られた。
笑った。
走った。
時には喧嘩もした。
その仲間たちは、今では家庭を持ち、仕事を持ち、地元を支える側になっている。
そして美波も、戦隊ヒロインになった。
年月が経っても、
「美波が湘南を守ろうとしている」
と分かれば、皆が動いた。
「美波ちゃんだったら、あそこの親父に聞いてみろ」
「そのバン、朝方にも見たぞ」
「最近、知らない連中が海岸近くで倉庫探してた」
「うちの職人が妙な電気工事の話してたな」
「海沿いで変なアンテナ積んだ車がいた」
情報が集まる。
ただし――。
あまりにも泥臭い。
美波は紙の地図を広げていた。
赤ペン。
黒ペン。
付箋。
丸。
矢印。
電話番号。
欄外には、
《犬の散歩のおっちゃん情報》
《工務店・確度高》
《白バン》
《夜2時》
《たぶん怪しい》
沙羅が地図を見て一言。
「昭和ですね」
美波、
「うるせえ!」
「だって紙ですし」
「紙は停電しても見える!」
「そういう問題じゃありません!」
その頃。
約四百キロ離れた仙台。
ノースフロント仙台分室。
菅野真結――まゆちゃんの前には、巨大なモニター。
高速処理される膨大なログ。
数百万件規模の通信履歴。
車両移動。
匿名化された端末挙動。
電力使用の変動。
時刻。
位置情報。
暗号通信。
鎌倉で押収した認証キーとの接触履歴。
美波が赤ペンで、
《白バン たぶんこれ》
と書いている一方。
真結の画面では複数のアルゴリズムが同時並行でパターンを抽出している。
沙羅がオンライン画面を左右に見比べる。
左。
仙台の巨大モニター。
右。
美波のぐちゃぐちゃの紙地図。
「文明の差がすごいですね」
美波、
「何だと!」
真結が苦笑。
『でも、私の分析にも弱点があります』
「まゆちゃんに?」
『ありますよ』
正常な通信があまりにも多い。
海岸沿いは住宅も店舗も観光客も多い。
大量のデータの中から、
「数学的に珍しい」
ものは拾える。
しかし、
「湘南の地元民から見て変」
かどうかまでは、データだけでは分からない。
真結、
『私は“異常値”は見つけられます。でも、“地元じゃこんなの普通じゃない”は美波さんの方が分かります』
美波がニヤッ。
「なるほどな」
一方、美波にも弱点がある。
地元民から聞いた、
「怪しい車」
「変な業者」
「知らない人」
が、本当にジェネラス・リンクなのか。
ただの珍しい出来事なのか。
そこまでは分からない。
「ウチは変な奴は拾える。でも敵かどうか決められねえ」
真結、
『そこを私が調べます』
「じゃあ決まりだべ」
夕暮れの辻堂寄りの海岸。
潮風を受けながら、美波が地面へ紙地図を広げる。
仙台では真結が最新鋭の解析システムを動かす。
間に柚葉。
タブレットを持ち、両者の情報を一つへまとめる。
「美波さん、その倉庫」
「これ?」
真結、
『その位置、三日前に不審な短時間通信があります』
美波が赤丸。
「じゃあこっちの白バン」
真結、
『ナンバーは別名義ですが、鎌倉で確認された端末と移動履歴が一度重なっています』
赤丸。
「工務店の内部改修」
柚葉、
「電力使用量の増加時期と一致します」
赤丸。
「火曜だけ深夜に車増える」
真結、
『通信量も火曜深夜だけ跳ねています』
さらに赤丸。
美波の紙地図。
柚葉のタブレット。
真結の巨大画面。
三つの世界が重なる。
泥臭く聞き歩いた人間の記憶。
現場で働く人間の勘。
最新鋭システムが処理した膨大なデータ。
人間だけでも届かない。
コンピューターだけでも届かない。
二つが重なった瞬間。
一点だけが、濃く浮かび上がった。
平塚寄りの海岸部。
古いマリンスポーツ用品倉庫。
真結、
『……全部一致しました』
柚葉、
「私も同じです」
美波が地図を見る。
海風が紙の端を揺らす。
その上へ手を置く。
「見つけた」
少しの沈黙。
真結が画面越しに笑う。
『私だけでは無理でした』
美波、
「ウチだけでも無理だったべ」
『ハイテクとローテクですね』
「いや」
美波は自分の足元を見る。
擦り減った靴。
大量の着信履歴。
ぐちゃぐちゃの紙地図。
「ハイテクとドブ板だべ」
真結が笑う。
『最高の組み合わせですね』
横から柚葉。
「その間を整理している私もいます」
美波、
「柚葉も最高!」
澪、
「私は?」
美波、
「お前まだ何もしてねえ!」
澪、
「そっか」
この時、誰も知らなかった。
その澪があとで妙に重要な働きをする。
情報が揃った。
美波は夕暮れの海を背に七人を見る。
東には藤沢。
江の島。
鵠沼。
辻堂。
そこから西へ続く湘南海岸。
茅ヶ崎。
海上に浮かぶ烏帽子岩。
夏だけではない。
冬も春も秋も海風が吹く。
そしてこの街は、海だけではない。
若大将として世代を超えて愛される歌手。
日本中が知る国民的バンドを率い、何十年にもわたって湘南の海と青春を音楽に刻んできたシンガーソングライター。
そんな日本を代表する音楽家たちを育んだ街。
美波が茅ヶ崎の海を見ながら言う。
「ここってさ、海だけじゃねえんだよ」
沙羅、
「音楽?」
「そう」
海風。
烏帽子岩。
街。
人。
生活。
そして音楽。
「何十年経っても日本中の奴が口ずさむような音が、この辺から生まれたんだべ。だから茅ヶ崎って、ずっと若いんだよ」
さらに西。
相模川を越えれば平塚。
広い海岸。
生活の街。
スポーツの街。
少し内陸へ振り返れば、湘南平の高台から海岸線も山々も富士山も見渡せる。
華やかな観光地だけが湘南ではない。
仕事。
学校。
買い物。
犬の散歩。
毎朝のジョギング。
サーフボードを自転車へ載せる人。
夕方の買い物帰り。
それ全部が湘南。
藤沢。
茅ヶ崎。
平塚。
三つの街が一本の海岸線でつながっている。
美波は、その全部が好きだった。
だから。
「地元で好き勝手させねえ」
七人を見る。
「徹底的に潰すべ」
紗耶、
「完全に総長」
「今日は総長でいい」
伊織、
「開き直ったさー」
エミリーが笑う。
「Lead the way, Minami」
沙羅が腕を組む。
「ここまで来たら、最後まで付き合います」
陽菜、
「私もです」
柚葉、
「後方は任せてください」
紗耶、
「周囲は見る」
伊織、
「前は任せるさー」
澪、
「私も行くよ」
美波が少し黙る。
今まで自分が七人へ命令してきた。
でも今日は違う。
七人が、自分の背中についてきている。
理由は単純だった。
美波が本気だから。
そして彼女たちも、もう湘南を「美波だけの地元」とは思っていない。
KANA☆WAVEが守る神奈川の一部。
それだけで十分だった。
美波がニッと笑う。
80年代の不良青春映画なら、ここでギターの効いた主題歌が始まりそうだった。
夕陽。
潮風。
海沿いの道。
八人。
派手なブロンズヘアーの元レディース総長を先頭に、その後ろを七人のヒロインが歩く。
決して行儀はよく見えない。
でも筋は通す。
関係ない人間には絶対迷惑をかけない。
仲間は置いていかない。
地元を荒らす奴は許さない。
少し青臭い。
かなり暑苦しい。
でも、そういうのが似合う街だった。
美波が叫ぶ。
「KANA☆WAVE! カチコミ行くべ!」
沙羅、
「だから“突入”って言いません!?」
美波、
「今日はカチコミだ!」
「もう好きにしてください!」
決行。
旧マリンスポーツ用品倉庫。
地元の協力者たちは戦闘には参加しない。
工務店の元仲間は周囲の建物状況を教える。
運送会社は不審車両の出入りを確認。
ライフセーバー仲間は海岸利用者へ自然に迂回を促す。
陽菜も一般人の動線を最終確認。
「一般の方、全員安全区域へ移動しました」
柚葉、
「周囲の一般車両もありません」
美波が頷く。
元レディース総長時代からの鉄則。
「関係ねえ奴巻き込んだら、勝っても負けだからな」
七人、
「了解!」
倉庫前。
紗耶が作業員風の二人を見る。
「二人とも偽物」
美波、
「何で?」
「手」
「また?」
「あと靴」
美波、
「紗耶センサー優秀」
紗耶、
「もう訂正するの疲れた」
裏側。
澪がぼそっと、
「裏口あるよ」
沙羅、
「図面にありませんよ?」
「さっき犬散歩してたおじさんが出てきた」
「どこ見てるんですか!?」
「暇だったから」
美波、
「澪、お前の暇、戦術資産になってんじゃん!」
エミリーが上を見る。
「二階通路にも人いる」
伊織、
「正面、三人さー」
美波、
「よし」
一歩。
海風。
ブロンズヘアーが揺れる。
七人。
昔なら後ろにいたのはヤンチャ仲間だった。
今は戦隊ヒロイン。
でも妙な感覚だけは同じ。
仲間が後ろにいる。
それだけで前へ行ける。
美波、
「行くぞ!」
突入。
最初に炸裂したのは伊織だった。
真正面。
三人。
一人目の攻撃を半歩ずらしてかわす。
腕を取る。
引く。
崩す。
二人目が来る。
身体を回す。
鋭い蹴り。
三人目。
踏み込ませる。
その勢いを殺さず、方向だけ変える。
一人を止めた動作が、そのまま次の相手への準備になる。
琉球空手。
海とは遠く離れた沖縄で培った技が、湘南の倉庫で鮮やかに連続する。
美波、
「伊織、そのまま正面開けろ!」
「任せるさー!」
上。
エミリー。
荷台へ一歩。
さらに跳ぶ。
通常なら回り込む高さ。
関係ない。
長い脚が伸びる。
身体が宙へ。
金属製通路へ着地。
工作員、
「何だこいつ!?」
エミリー、
「KANA☆WAVE!」
走る。
跳ぶ。
身をかわす。
高低差を無視するような身体能力。
陽光が差し込む倉庫。
潮風。
ブロンズヘアー。
赤・白・青のアクセント。
完全にアメリカンコミックのヒロイン。
沙羅、
「なんでエミリーだけ毎回映画になるんですか!」
美波、
「文句言ってねえで右!」
「はい!」
沙羅ももう、ただ喋りが得意なだけではない。
横浜。
横須賀。
三浦。
逗子。
鎌倉。
任務を重ねてきた。
工作員の逃げたい方向を読む。
わざと一方向を空ける。
「こちらへどうぞ」
男がそちらへ走る。
先。
紗耶。
「来た」
沙羅、
「お願いします!」
男が紗耶を見て右へ。
紗耶、
「右行く」
柚葉、
『澪さん、右!』
澪、
「閉じてる」
男が裏口へ。
開かない。
澪が横に立っている。
「残念」
男、
「何なんだお前!」
澪、
「水無瀬澪」
沙羅、
「敵に自己紹介する癖、直してください!」
外では陽菜。
一般人の安全。
車両。
周辺。
華やかな彼女だからこそ、人を怖がらせず誘導できる。
「こちら側へは入らないようお願いします」
その落ち着いた笑顔のおかげで、派手な戦闘のすぐ外では日常が保たれている。
そして柚葉。
今回は美波が完全に前線。
だから実質的な後方司令塔は柚葉。
仙台の真結から流れ込むデータ。
八人の位置。
中継装置。
敵人数。
逃走ルート。
「美波さん、北側の信号が強いです!」
「どこ!」
「奥!」
「エミリー!」
「Got it!」
伊織、
「左から二人来るさー!」
美波、
「そっちはウチがやる!」
そして。
美波。
完全に元総長。
一人。
二人。
敵の集団を見るだけで分かる。
誰が中心。
誰が怖がっている。
誰が強がっている。
誰が指示待ち。
誰が逃げる。
美波が一点を指す。
「あいつが頭!」
柚葉、
「どうして分かるんです?」
「立ち位置」
紗耶も見る。
「本当だ。全員あの人見てる」
美波、
「こういうの昔取った杵柄だべ!」
敵の頭を孤立させる。
指揮系統が崩れる。
そこへ伊織。
横からエミリー。
沙羅が逃げ道を限定。
紗耶が動きを読む。
柚葉が次の位置を伝える。
陽菜が外を守る。
澪が最後の出口をいつの間にか潰す。
八人の動き。
誰も同じことをしていない。
だが全部がつながる。
美波が叫ぶ。
「伊織、左!」
「はいさー!」
「エミリー、上!」
「On it!」
「沙羅、追いすぎんな!」
「分かってます!」
紗耶、
「分かってない」
「紗耶!」
「柚葉、奥!」
「あと二十メートル!」
「陽菜、外!」
「問題ありません!」
「澪、裏!」
「もう閉じたよ」
美波、
「早えな!」
そして。
中枢設備。
ジェネラス・リンクの湘南海岸拠点を支えていた通信装置。
エミリーが制御ケースを確保。
柚葉が真結の指示を受ける。
『接続確認。停止できます』
「停止します!」
一つ。
赤い反応が消える。
二つ。
消える。
三つ。
停止。
仙台。
真結がモニターを見る。
そして笑った。
『湘南海岸側の主要通信ネットワーク、完全停止です!』
美波が息を吐く。
「……よし」
一瞬の静けさ。
その後。
美波は七人を見る。
伊織。
エミリー。
紗耶。
柚葉。
沙羅。
陽菜。
澪。
そして。
笑う。
「巣、一個潰したべ」
七人にも笑顔。
昔の美波なら、自分が一番前で勝つことに価値を感じたかもしれない。
今は違う。
自分が前へ出ても、七人が後ろを埋めてくれる。
人脈で情報を集めても、まゆちゃんが裏を取る。
まゆちゃんの分析が広すぎれば、自分の地元勘が範囲を削る。
誰かだけでは勝てない。
全員だから勝てる。
それが、KANA☆WAVEだった。
そして――。
任務が終われば。
恒例。
美波、
「よし。集会――」
澪、
「ご飯?」
美波、
「最後まで言わせろ!」
平塚。
海から少し入った場所。
木の温もりがある、ちょっと洒落たカジュアルなイタリアンレストラン。
気取ってはいない。
でも安っぽくもない。
手書きの黒板メニュー。
木のテーブル。
大きな窓。
家族連れ。
地元のカップル。
友人同士。
海の街らしい、肩肘張らない店。
美波がこういう店を選ぶのも、少し意外だった。
沙羅、
「美波さんにしては、おしゃれですね」
「“にしては”って何だ」
その前に、美波にはもう一つ任務があった。
電話。
「佳乃さん?」
ヒロ室の谷口佳乃。
通称けちのん。
『はい』
「任務成功」
『お疲れさまです』
「湘南の拠点、完全に潰した」
『それは良かったです』
「だから八人で飯」
『予算は?』
美波、
「祝福から予算まで三秒しかねえ!」
『経費ですので』
「一人四千円」
『三千円』
「早っ!」
『飲み物別なら三千円まで』
「三千五百」
『三千円』
「三千二百」
『三千円』
「三千百」
『美波さん』
「はい」
『刻まないでください』
「……一人三千円、飲み物別?」
『はい』
電話終了。
美波が拳を握る。
「よっしゃ! 三千円引き出した!」
沙羅、
「最初から三千円でしたよね?」
「交渉して勝ち取った感じ出させろ!」
店へ。
気さくな店主が迎える。
湘南生まれ、湘南育ち。
海も街も人も大好き。
美波とも以前から顔見知り。
「おお、美波ちゃん。今日は大人数だな」
「八人」
「知ってる。最近よく一緒にいる子たちだろ?」
美波、
「KANA☆WAVE」
「テレビで見た」
沙羅、
「知名度上がってますね」
澪、
「お腹空いた」
店主、
「まず座れ」
美波、
「一人三千円までなんです。飲み物別」
店主、
「妙に具体的だな」
陽菜、
「経費なので……」
沙羅、
「けちのんです」
美波、
「お前ら本人いないと強えな!」
料理。
湘南野菜を使った大皿サラダ。
トマト。
葉物。
彩り豊かな野菜。
続いて焼きたてのマルゲリータ。
薄めの生地。
香ばしい縁。
とろけるチーズ。
エミリーが一口。
「Mmm! This is good!」
伊織、
「生地がおいしいさー」
次。
しらすと青唐辛子のペペロンチーノ。
にんにくの香り。
オリーブオイル。
しらすの塩気。
陽菜、
「これ、すごく合いますね」
伊織、
「海の街らしいさー」
紗耶、
「八戸だったら別の魚で作りそう」
柚葉、
「秋田なら何でしょうね」
三人が普通に食文化の話をしている。
以前なら紗耶と柚葉の二人だけだったところに、今は伊織も自然にいる。
美波はそれをちらっと見て、少し笑う。
次は地魚とフレッシュトマトのスパゲッティ。
その日の白身魚。
オリーブオイル。
香草。
トマトの酸味。
柚葉、
「魚がちゃんと主役ですね」
美波、
「うまっ」
沙羅、
「美波さん、これだけいろいろ語れる人なのに食レポだけ毎回三文字ですね」
「うまいもんは“うまい”で十分だべ!」
続いて魚介のペスカトーレ。
海老。
イカ。
貝。
濃いトマトソース。
澪、
「これ好き」
美波、
「知ってた」
「何で?」
「お前、出てきた料理ほぼ全部好きって言うじゃん」
「おいしいから」
紗耶、
「最強の理屈」
きのことベーコンのクリームパスタ。
もう一枚ピッツァ。
八人で取り分ける。
戦闘中とはまるで違う。
皿を渡す。
「これ取って」
「そっち回して」
「エミリー、それ一人で食べないでください」
「食べないよ!」
「澪、早い」
「冷めるから」
笑い声。
しばらくして店主が厨房から出てきた。
「美波ちゃん」
「はい?」
「今日さ」
声が少し真面目になる。
「海岸の方で、何かやってくれたんだろ?」
美波が一瞬黙る。
機密は言えない。
「……まあ、ちょっと」
「悪い方じゃないよな?」
「逆」
店主が笑う。
「だったら、ありがとな」
八人が静かになる。
店主は窓の外を見る。
「俺、この辺が好きなんだよ」
美波、
「知ってます」
「海があるからだけじゃねえぞ」
朝。
海へ向かう人。
学校。
会社。
買い物。
犬の散歩。
サーファー。
商店。
駅。
家族。
夕方。
夏が終わっても続く普通の生活。
店主は言った。
「湘南って外の人からしたら、海とかサーフィンとか、音楽とか、格好いいイメージなんだろうけどさ」
八人が聞く。
「俺らには、ここが普通の地元なんだよ」
美波が小さく頷く。
分かる。
痛いほど分かる。
店主、
「その普通を守ってくれてるんだったら、それでいい」
そして八人を順番に見る。
「これからも頼むよ。KANA☆WAVE」
沙羅が真っ先に、
「はい」
陽菜、
「頑張ります」
柚葉、
「任せてください」
紗耶も頷く。
伊織、
「任せてくださいさー」
エミリー、
「We will」
澪、
「うん」
そして美波。
少し照れくさそうに、
「任せといてください」
店主、
「ただし無茶はすんなよ」
美波、
「今日、昔の仲間にも同じこと言われました」
「だったら二人分聞いとけ」
「はい」
店主が厨房へ戻る。
少しだけ静かな時間。
美波はテーブルの向こうにいる七人を見る。
誰一人、今日の情報収集で、
「美波だけでやれば」
とは言わなかった。
誰一人、
「知らない土地だから」
とも言わなかった。
自分が、
「ウチの地元を守る」
と言ったら。
七人とも、
「行く」
と言った。
美波は少しだけ俯く。
それから、
「……ありがとな」
沙羅、
「何がです?」
「今日」
七人を見る。
「ウチについてきてくれて」
伊織、
「何言ってるさー」
エミリー、
「We're a team」
紗耶、
「今さらだよ」
柚葉、
「美波さんだけの任務じゃありません」
陽菜、
「KANA☆WAVEの任務ですから」
沙羅、
「当然です」
最後。
澪。
「パスタもおいしいし」
美波、
「最後のお前だけ理由違う!」
店内に笑い声が広がる。
少し青臭い。
ちょっと照れくさい。
でも。
80年代の青春ドラマなら、それでいい。
不器用でも。
格好つけても。
喧嘩っ早くても。
仲間のためなら走る。
地元のためなら頭を下げる。
敵には負けない。
一般人には迷惑をかけない。
そして、全部終わったら同じテーブルで飯を食う。
それが今の八人だった。
外には平塚の夜。
その東には茅ヶ崎。
さらに東へ行けば藤沢。
今日八人が守った一本の湘南海岸線。
美波の泥臭い人脈。
まゆちゃんの最先端解析。
昔の仲間。
今の仲間。
地元の人たち。
それぞれ単独では届かなかったものが、全部つながった。
一つの波になった。
美波がフォークを置く。
七人を見る。
そして笑った。
「やっぱウチら、かなり強えな」
沙羅、
「今ごろですか?」
「前から思ってた。でも今日は特に」
伊織、
「美波さんが先頭だったからさー」
紗耶、
「今日は本当に総長だったね」
美波、
「もう戻ったよ!」
エミリー、
「Really?」
美波、
「戻った!」
澪、
「じゃあデザート頼んでいい?」
美波、
「どうつながった!?」
沙羅、
「三千円まで少し余っている可能性があります」
柚葉、
「計算します?」
美波、
「やめろ! 最後までけちのんに支配されんな!」
八人がまた笑う。
海岸の向こうで波が砕ける。
湘南の夜は、今日もいつも通り。
それでいい。
その「いつも通り」を守るために、この八人はいる。
最初は寄せ集めだった。
今はもう違う。
誰かが前へ出れば、七人が続く。
誰かが立ち止まれば、別の誰かが背中を押す。
泥臭くてもいい。
青臭くてもいい。
仲間と地元を大事にすることを、格好悪いと思わない。
それこそが――。
KANA☆WAVE。
湘南海岸任務――完全勝利。




