ヒロヒロ山陰どうでしょう さらば山陰!「ほいっ!」で全部終わった――最強ばあちゃん、史上最低MVP、夕暮れの梨畑
鳥取駅前の温泉旅館をチェックアウトした朝。
江波のどか、神門結衣、山根梨乃、一条知佳、金城伊織、杉山ひかり、館山みのりの七人を乗せた二台のタクシーは、鳥取市街を離れて郊外へ向かっていた。
ノムさんとまさにゃんは、いつものように乗用車で別行動。
今日が『ヒロヒロ山陰どうでしょう』最終日。
最後の舞台は――山根梨乃の実家である。
建物が密集する市街地を抜け、田畑の多い風景になってくると、梨乃が窓の外を指さした。
「この辺、子どもの頃よう自転車で走っとったで」
のどかが驚く。
「梨乃、お前でも道覚えとるんじゃね」
「実家の近くだで。当たり前だが」
「お前の場合、その当たり前ができただけで褒めたくなるんよ」
「失礼だで」
さらに進む。
やがて目立ち始めたのが、低く枝を広げる梨棚だった。
鳥取といえば梨。
中でも二十世紀梨は、鳥取県を代表する農産物として百年以上の栽培史を持つ。鳥取県への導入は1904年。爽やかな甘みと酸味、みずみずしい果汁、シャキシャキした食感で知られ、現在では二十世紀梨だけでなく新甘泉など多彩な品種が夏から秋へリレーするように旬を迎える、まさに「梨王国」である。
みのりが車窓いっぱいに広がる梨畑を見ながら、
「こうして実際に見ると、“鳥取は梨”っていうのがよく分かるね」
と感心する。
ひかりも、
「観光パンフレットで見るのと、生活の中に梨畑があるのを見るのじゃ全然違うね」
と頷く。
その前の席で梨乃は、
「梨は美味いで」
の一言。
のどかが額を押さえた。
「地元代表の情報量が少なすぎる!」
やがて梨乃が、
「あ。そこ曲がったらうちだで」
と言った。
タクシーが細い道を曲がる。
その先に広がっていたのが山根家の梨畑だった。
大企業が運営する巨大農園ではない。
昔ながらの農家。
しかし畑はきちんと手入れされ、梨棚は整然と並び、実には一つ一つ丁寧な管理の跡が見える。
山根家では二十世紀梨をはじめ、時季に応じて鳥取を代表するブランド梨を複数栽培している。
主力は祖父、祖母、母。
いわゆる三ちゃん農業である。
父親は地元の電話局に勤める会社員。農繁期や休日には梨畑を手伝う。
梨乃には兄も一人いるが、こちらはすでに鳥取を離れ、東京の一般企業に勤めている。
そして一行を出迎えた祖父、祖母、母を見て、六人が最初に思ったことはほぼ同じだった。
――真面目そう。
祖父は寡黙。
作業着はきちんと着込み、農具も綺麗に整理。
祖母も背筋が伸び、働き者そのもの。
母親も物腰は穏やかだがテキパキしており、帳簿から出荷予定まで几帳面に管理している。
梨乃とはだいぶ違う。
知佳が丁寧に頭を下げる。
「今日はお世話になります。一条知佳です」
伊織も、
「よろしくお願いします」
ひかりとみのりも続く。
祖父は、
「よう来んさった」
と静かに頭を下げる。
母も、
「梨乃がいつもお世話になっとります」
非常に常識的。
のどかが梨乃を見る。
梨乃、
「何?」
家族を見る。
また梨乃を見る。
「……なんでお前だけこうなったん?」
梨乃、
「何が?」
母親が真顔で、
「それは私らも知りたいです」
「母ちゃん!」
全員大爆笑。
ところが山根家を観察していると、別の事実が徐々に見えてきた。
祖父。
「剪定鋏どこやったかな」
母、
「お父さん、腰」
祖父が腰を見る。
剪定鋏がぶら下がっている。
「……ここにあったわ」
母親。
「私の眼鏡知らん?」
祖母、
「頭にあるがな」
母が頭を触る。
「……あった」
祖母。
「梨乃、そこの籠取ってきて」
梨乃、
「どれ?」
「そこにあるやつ」
「いっぱいあるで」
「そのいっぱいあるうちのそこにあるやつ」
「どれ?」
のどかが吹き出す。
「説明の仕方、梨乃と一緒じゃ!」
しかも仕事に出ている父親について母に聞けば、
「お父さんも真面目なんだけどねえ。この前、休日なの忘れて朝いつも通り電話局まで行って、門閉まっとるって帰ってきた」
さらに東京にいる兄について聞けば、
「お兄ちゃんは梨乃よりずっとしっかりしとるよ。でも去年のお盆、帰省日一日間違えて誰もおらん鳥取駅で一時間待っとった」
知佳が納得したように頷く。
「なるほど」
のどか、
「何が?」
「ご家族全員、基本的には質実剛健なのですが、どこか一か所だけ少し抜けていらっしゃいます」
結衣が笑う。
「それが梨乃ちゃんで全部集まったんかもしれんねえ」
のどか、
「なるほど! 山根家の“抜け”を一人に凝縮したんが梨乃なんじゃ!」
梨乃、
「何の研究しとるだ?」
どうやら、やっぱり山根家の娘だった。
今日の企画は極めて健全だった。
『ヒロヒロ鳥取農業体験――山根家の梨畑を手伝え!』
七人が実際に梨畑で作業を手伝い、鳥取の梨作りの魅力を全国へPRする。
そしてノムさんが説明役を指名した。
「まずは梨乃ちゃんから、皆さんに作業のやり方を教えてもらいます」
梨乃が胸を張る。
「任せんさい」
のどかが感動する。
「ついに梨乃が先生になる日が来た!」
伊織も教員志望だけに興味津々。
「しっかり聞きますよ」
ひかり、
「梨乃ちゃん、よろしく!」
みのり、
「頼りにしてるよ!」
梨乃は一つの梨の前へ立った。
「ええか。まずここ持つだろ?」
六人、
「うん」
「ほんで、こうするだ」
梨を持つ。
「こう?」
ひかりが聞く。
「違う。もうちょいこう」
「どう?」
「そげじゃなくて、こうだが」
みのり、
「角度は?」
「ええ角度」
伊織、
「どのくらいの力です?」
「ええ感じ」
知佳、
「成熟度の判断基準は?」
「見れば分かるで」
六人、
「分からないから聞いてるの!」
梨乃が困る。
「難しいこと何にもないで。こう持って、こうして――クイッ」
のどか、
「“こう”を禁止せえ!」
「じゃあ、こげして」
「言葉変えただけじゃ!」
梨乃にとって梨畑は幼い頃から手伝ってきた場所。
身体が勝手に動く。
だからこそ、説明するとなると壊滅的に下手だった。
知佳は何とか梨乃の動きを言語化しようとする。
「つまり、果実を手のひらで支えながら、枝との接合部分に無理な力を与えない方向へ――」
梨乃、
「そげな難しいこと考えんでええで」
「では、どう考えるんです?」
「クイッ」
知佳まで敗北した。
その様子を少し離れたところから見ていた祖母が、とうとう口を出した。
「梨乃!」
「何?」
「あんた、そげな説明で分かるわけないがな!」
梨乃、
「分かりやすいで?」
「誰も分かっとらんがな!」
そして祖母が前へ。
「よう見ときんさい。梨いうもんはな、力任せに引っ張ったらいけんだで。こう、手ぇ添えてな」
梨を包む。
膝を少し曲げる。
なぜか腰まで大きく入る。
「ほんで、こげして……」
身体をくるり。
最後に手首を軽く返す。
「ほいっ!」
梨が綺麗に外れた。
七人。
「…………」
祖母、
「分かったか?」
のどか、
「おばあちゃん、もう一回お願いします」
「何で?」
「ちょっともう一回だけ」
祖母は何の疑問も抱かず、次の梨へ。
「こいつはええな。ここ持ってな、ちょこっと上へ持ち上げて……」
また腰。
また妙に大きな動き。
「ほいっ!」
ひかりが口を押さえる。
みのりは肩を震わせる。
伊織まで笑いを堪えている。
本人は一切ふざけていない。
ものすごく真面目。
だから余計に面白い。
生配信コメント欄が動き始める。
《おばあちゃんかわいい》
《ほいっ!》
《この動きクセになるw》
《梨乃先生もう交代でいい》
《もう一回ほいっお願いします》
《説明は梨乃より100倍分かる》
ノムさんの目が光った。
撮れ高の匂いを嗅ぎ取った顔だった。
「おばあちゃん」
「何だ?」
「非常に分かりやすいんで、もう少しそのままお願いします」
「ああ、ええよ」
それが間違いだった。
祖母が説明を続ける。
「これはまだちょっと早いけえ残しとく。こっちはええな。こう持って――」
「ほいっ!」
次。
「これはこっちからやった方がええ。枝傷めたら来年困るけえな。ここ見て――」
「ほいっ!」
次。
「そこのやつも採っとこうか。ほら、梨乃、籠持ってきんさい」
「はい」
「ほいっ!」
「ほいっ!」
「ほいっ!」
コメント欄は完全に、
《ほいっ!》
で埋まる。
知佳は笑いながらも感心する。
「でも説明自体は非常に合理的です。どの実を残すか、枝をどう扱うか、全部理由がありますね」
伊織も、
「教え方が上手ですね。動作を見せてから理由を説明しているので分かりやすいです」
梨乃、
「ばあちゃん昔からあげだで」
のどか、
「じゃあ最初からおばあちゃんに教えてもらえばよかったじゃろ!」
梨乃、
「うちもできるで」
「だから教えるのが下手なんよ!」
その間にも祖母は進む。
「ほいっ!」
「ほいっ!」
「ほいっ!」
スタッフの一人が時計を見る。
予定表を見る。
畑を見る。
もう一度予定表。
顔色が変わった。
「……ノムさん」
「何?」
「今日予定していた作業なんですが」
「うん」
「全部終わりました」
ノムさん、
「…………」
のどか、
「は?」
ひかり、
「全部?」
みのり、
「まだお昼前だよ?」
祖母自身も、
「もう終わったか?」
と不思議そう。
梨乃、
「ばあちゃん仕事早いけえ」
のどか、
「それ先に言え!」
本来は午後までヒロイン七人が悪戦苦闘しながら進める予定だった農業体験。
しかし「もう少しお願いします」と頼まれた祖母が真面目に働き続けた結果、予定分をすべて処理してしまった。
残ったもの。
生配信時間。
約一時間。
作業。
ゼロ。
のどかがノムさんを見る。
「どうするん?」
ノムさんもまさにゃんを見る。
まさにゃんが首を傾げる。
「どないしましょ」
「計画性!」
そして急遽始まったのが、
『山根梨乃のおばあちゃんロングインタビュー』
という誰も予定していなかった企画だった。
インタビュアーはのどか。
梨畑を背景に、二人が椅子へ座る。
ところが祖母は落ち着かない。
「のどかちゃん」
「はい」
「カメラはどこだ?」
「これです」
のどかがスマートフォンを見せる。
祖母は覗き込む。
「電話機だがな」
「電話もできますけど、カメラも入っとるんです」
「電話機にカメラ?」
「はい」
「なんで?」
「なんで言われても……」
祖母は裏を見る。
表を見る。
「これでテレビ映るだ?」
「テレビじゃなくて動画配信です」
「生放送だろ?」
「まあ、生ではあります」
「どこの局?」
「局はないです」
祖母は次々挙げる。
「日本海放送?」
「違います」
「山陰テレビ?」
「違います」
「国営放送?」
離れたところから知佳。
「N●Kのことだと思います」
のどか、
「全部違うんよ!」
祖母、
「局がないのに誰が見とる?」
「全国の人です」
「全国!?」
突然、祖母が姿勢を正す。
のどか、
「そこ急に緊張するん?」
コメント欄。
《おばあちゃんw》
《電話機w》
《国営放送》
《かわいい》
のどかがコメントを読む。
「おばあちゃん、“カワイイ”いうコメントいっぱい来とりますよ」
祖母、
「あらまぁ」
少し照れるのかと思えば、真顔で、
「カワイイなんて60年ぶりに言われたわ」
梨乃、
「60年前誰に言われただ?」
祖母、
「知らん」
全員爆笑。
だがインタビューが本題へ入ると、祖母の話はぐっと真面目になった。
のどかが聞く。
「梨乃って、小さい頃どんな子じゃったんです?」
祖母は一秒も悩まない。
「今と変わらんで」
梨乃、
「ばあちゃん!」
祖母は続ける。
「何考えとるかよう分からんしな。梨畑連れてきても、仕事しとった思うたら虫追っかけとるし、ちょっと待っとれ言うたらどっか行っとるし」
のどかは腹を抱える。
「今と一緒じゃ!」
「ほうだで。昔からあげだわ」
梨乃、
「ちょっとは変わったで!」
祖母、
「どこが?」
梨乃、
「…………」
コメント欄。
《答えられないw》
《完成形だった》
《ラブラドール幼少期》
だが祖母の表情は柔らかい。
「まあ、何考えとるか分からんでもな」
梨乃を見る。
「孫だけえ。カワイイもんだで」
梨乃が少しだけ照れる。
のどかも声を柔らかくする。
「今は広島で戦隊ヒロインやっとりますけど、やっぱり心配です?」
「そりゃ心配だで」
祖母は即答。
「危なっかしいけえなあ。梨乃は悪気はないけど、人の話聞いとるようで聞いとらん時あるし」
六人のヒロインが一斉に頷く。
梨乃、
「なんでみんな頷くだ?」
「自覚せえ!」
祖母は、のどかへ顔を向けた。
「のどかちゃん」
「はい」
「梨乃がみんなに迷惑かけんように、見とってやってね」
のどかは一瞬だけ黙った。
いつもなら即座に笑いへ持っていく。
しかし今回は、きちんと頷く。
「はい。任せてください」
それから少しだけ笑う。
「まあ、もう十分振り回されとりますけどね」
祖母、
「そうだろうなあ」
「そこ否定してくださいよ!」
梨乃、
「うちそんな振り回しとる?」
全員、
「振り回してる!」
その後も祖母は、梨作りについて語った。
剪定。
花が咲く春。
受粉。
小さな実を選ぶ作業。
袋掛け。
夏の暑さ。
台風。
収穫。
一年かけて育てても、天候一つで苦労が増えること。
だからこそ、綺麗な梨が箱へ収まり、遠くの街へ発送されていく時は嬉しいこと。
「毎年同じことやっとるようでもな、同じ年なんか一回もないで。暑さも雨も違う。梨の木も人間と一緒で、毎年ちょっとずつ違うがな」
知佳は真剣に聞いている。
「経験だけでなく、毎年観察することが大切なんですね」
「ほうだで。昔のやり方だけ覚えとってもいけん。変えるところは変えにゃ」
意外なほど先進的。
のどかも、
「おばあちゃん、ええこと言いますねえ」
祖母、
「何十年梨作っとると思っとるだ」
そして鳥取について聞けば、
「鳥取は何もない言う人もおるけど、何もないことないで。梨もある。海もある。山もある。空もよう見える。それでええがな」
横で梨乃。
「そうそう。なんかええで」
のどか、
「お前はおばあちゃんの話を六文字に縮めるな!」
尺埋めで始めたはずのインタビュー。
ところが終わる頃には、
《普通にいい話だった》
《おばあちゃんずっと聞いていたい》
《今日一番の名場面》
《梨乃愛されてるな》
《ほいっ!だけじゃなかった》
とコメント欄は温かな言葉で埋まっていた。
そして夕方。
梨畑へ橙色の光が差し始める。
そこに妙に厳粛なBGM。
テーブル。
マイク。
賞状。
なぜかジャケットへ着替えたノムさん。
のどか、
「農業体験は途中で終わったのに、閉会式だけ異様に準備ええね」
ノムさん、
「締めは大事じゃけえ」
『ヒロヒロ山陰どうでしょう』閉会式が始まった。
ノムさんが宣言する。
「今回の旅を通じて活躍された方を表彰いたします!」
賞は三つ。
優秀選手賞。
視聴者が選ぶ最高殊勲選手賞。
そして最高殊勲選手賞。
さらに最高殊勲選手賞には、
「ワシのポケットマネーから、賞金十万円!」
一同、
「十万円!?」
梨乃、
「何食えるだ?」
のどか、
「最初にそれ考えるな!」
最初の優秀選手賞。
ノムさんが封筒を開く。
「受賞者は――山根家のおばあちゃん!」
拍手。
これは満場一致だった。
演者もスタッフも視聴者も異論なし。
理由は、
「梨乃の説明で混乱した出演者を救済し、その日の農作業をほぼ全部終わらせ、さらに予定外のロングインタビューで尺まで埋めたから」
のどか、
「一人で番組一本成立させとる!」
祖母には賞品として、
麗奈ちゃんプリペイドカード二千円分。
そして、
非売品・戦隊ヒロイン手ぬぐい。
祖母は手ぬぐいを広げる。
「ああ、これはええわ。畑で使える」
大喜び。
次にカードを見る。
「これ、どげして使う?」
ノムさん、
「お店で――」
祖母、
「公衆電話、最近ないけえなあ」
一同、
「テレホンカードじゃない!」
祖母、
「違うの?」
梨乃、
「買い物するカードだで」
「電話できん?」
「できん」
祖母、
「ほんなら何でカードにするだ?」
のどか、
「そこから説明せんといけんの!?」
視聴者欄。
《おばあちゃんMVP》
《手ぬぐいの方が喜んでるw》
《2000円使えるように梨乃教えてあげて》
《ほいっ!賞も作って》
続いて、
視聴者が選ぶ最高殊勲選手賞。
ノムさん、
「投票はただいまから受け付けます!」
知佳、
「事前告知していなかったんですか?」
「忘れとった」
のどか、
「最後まで雑!」
ノムさん、
「締め切りは三分後!」
七人、
「短っ!」
コメント欄。
《今から!?》
《三分w》
《投票ページどこ》
《段取り悪すぎ》
《これぞヒロヒロ》
しかし時間が短すぎたにもかかわらず、結果は圧倒的だった。
一条知佳。
早朝バズーカから始まり、仲間を信じたばかりに逆ドッキリへ三度も引っかかり、そのたびに本気で相手を心配した。
頭脳明晰なのに、人を疑うことが苦手。
そのお人好しぶりが視聴者の心を掴んだ。
知佳は半笑い。
「選出していただいたこと自体は大変光栄なのですが、受賞理由に若干納得できない部分があります」
ひかり、
「でも知佳ちゃんの優しいところがみんなに伝わったんだよ」
みのり、
「三回騙された甲斐があったね」
知佳、
「その表現はやめてください」
知佳にも麗奈ちゃんプリペイドカード二千円分と戦隊ヒロイン手ぬぐいが贈呈される。
コメント欄は、
《知佳が本当のMVP》
《10万円も知佳》
《異論なし》
と完全に知佳支持。
そして最後。
賞金十万円。
最高殊勲選手賞。
全員の空気が少しだけ緊張する。
ノムさんが封筒を開ける。
「それでは発表します」
間。
「ヒロヒロ山陰どうでしょう、最高殊勲選手賞は――」
七人が注目。
「ワシです!」
一秒。
二秒。
三秒。
「はあああああああ!?」
梨畑に七人の絶叫が響いた。
のどか、
「なんであんたなん!」
知佳、
「選考者は?」
ノムさん、
「ワシ」
「駄目です」
伊織、
「自薦ですよね?」
「結果的にはそうじゃね」
ひかり、
「賞金十万円は?」
「ワシのポケットマネー」
みのり、
「じゃあ自分で出した十万円を自分でもらうの?」
ノムさん、
「そういうことになるのう」
結衣、
「お金一円も動いとらんがね」
梨乃、
「意味あるだ?」
コメント欄は瞬時に大荒れ。
《大ブーイング》
《帰れノムさん》
《知佳に渡せ》
《史上最低MVP》
《選考委員=本人w》
《出来レース》
《賞金支出ゼロで草》
しかもノムさんはプレゼンターなので、自分で自分へ賞を渡すわけにはいかない。
「代理受賞として、まさにゃんお願いします」
まさにゃんが前へ出る。
「ほな、ノムさんに代わりましてありがたく――」
のどか、
「粛々と進めるな!」
まさにゃん、
「式次第にそう書いてありますねん」
コメント欄、
《まさにゃんも共犯》
《受け取るなw》
《知佳MVP!》
それでも表彰式は本当に粛々と終了した。
最後の最後まで、ヒロヒロだった。
しかし。
笑い声が落ち着くと、空気が変わった。
夕日が低い。
梨棚の影が長く伸びている。
ノムさんがマイクを持つ。
今度はふざけない。
「これをもちまして――『ヒロヒロ山陰どうでしょう』、全日程終了です」
七人から拍手。
長い旅だった。
三次から始まった山陰への道。
潮温泉で過ごした時間。
江津での騒動。
出雲では結衣の実家の土産物屋までヒロヒロ総出で手伝った。
松江では企画を丸投げされ、七人で宍道湖七珍を使ったPR企画を一から作った。
玉造温泉ではカニとしまね和牛に怒りを忘れ、午前四時に知佳が騙された。
米子では商都の魅力を“仕入れて”全国へ売り込んだ。
皆生温泉から弓ヶ浜を自転車で走り、境港では梨乃の寄り道によって残り十一秒のレンタサイクル返却タイムアタック。
スーパーまつかぜでは梨乃が鼻でピロピロ笛を鳴らされても起きず、鳥取温泉では知佳が三度目の逆ドッキリに敗北。
そして最後にたどり着いたのが――梨乃の実家の梨畑だった。
散々笑った旅。
散々食べた旅。
何度も温泉に入った旅。
何度もサイコロに人生を委ねた旅。
梨乃は何度寝てもピロピロ笛に気づかなかった。
そして知佳は何度騙されても仲間を疑わなかった。
そんな旅も、終わる。
帰り道は別々だった。
ノムさんとまさにゃんは、まさにゃんの運転する乗用車で東京へ。
広島に住むのどか、結衣、梨乃のヒロヒロ三人娘は、タクシーで鳥取駅へ向かい、そこから高速バスで広島へ帰る。
知佳、伊織、ひかり、みのりの在京組は、別のタクシーで鳥取空港へ。
山根家の祖父、祖母、母が梨畑の脇まで見送りに出てきた。
祖父が、
「また来んさい」
と静かに言う。
ひかりが、
「ありがとうございました!」
みのりも、
「今度はもっとちゃんと梨の作業やりたいです」
と頭を下げる。
祖母、
「今日、ほとんど私がやっちゃったけんな」
のどか、
「ほんまですよ!」
最後まで笑い。
伊織も、
「いろいろ教えていただいてありがとうございました」
と丁寧に挨拶する。
知佳も頭を下げた。
「本当に勉強になりました」
すると。
梨乃の母が知佳へ近づく。
「知佳ちゃん」
「はい?」
母は優しく、しかし妙に意味深に笑う。
「人がええのはええけど、あんまり騙されんようにな」
知佳が固まった。
「…………」
のどかがゆっくり母を見る。
ひかりとみのりも顔を見合わせる。
知佳、
「お母さま……もしかして」
母、
「動画、見とったよ」
知佳、
「…………全部ですか?」
「午前四時のも」
知佳の顔が赤くなる。
のどか、爆笑。
「知佳! 梨乃のお母さんにまで心配されとる!」
「笑わないでください!」
母、
「三回目はさすがに、知佳ちゃんまた信じたんかと思ったわ」
知佳、
「もうやめてください……」
梨乃、
「知佳、何に騙されただ?」
知佳、
「あなたは知らなくていいです!」
最後まで何も知らない梨乃。
祖母は梨乃へ、
「広島戻っても、みんなに迷惑かけんようにな」
梨乃、
「かけとらんで」
ヒロイン六人、
「…………」
梨乃、
「何?」
母、
「ほら、あげだで」
一同、大笑い。
やがてタクシーが動き始める。
梨畑。
低い夕日。
鳥取の郊外に広がる静かな田園。
祖父。
祖母。
母。
三人が並んで手を振っている。
梨乃が後部座席から振り返り、窓越しに手を振る。
「ばあちゃーん!」
祖母も大きく手を振る。
のどかと結衣も手を振る。
別のタクシーから、知佳、伊織、ひかり、みのりも山根家へ向かって手を振っている。
普段なら誰かが何か言う。
だが、この時だけは誰も喋らなかった。
夕陽に染まった梨棚が流れていく。
山根家が遠くなる。
祖母の姿が小さくなる。
やがて見えなくなる。
梨乃も前を向いた。
ほんの少しだけ寂しそうだった。
のどかも何も言わない。
結衣も窓の外を見る。
数十秒。
静かな時間。
そして梨乃。
「なあ」
のどか、
「何?」
「鳥取駅で何か食べる時間あるだ?」
のどかは天井を仰いだ。
「余韻を返せ!」
結衣、大爆笑。
梨乃、
「腹減っただが」
「お前さっき梨食ったじゃろ!」
「梨は飯じゃないで」
「知らんわ!」
最後まで山根梨乃だった。
画面は、夕暮れの鳥取の梨畑へ切り替わる。
三次。
潮温泉。
江津。
出雲。
松江。
玉造。
米子。
皆生。
境港。
鳥取。
それぞれの場所で笑い、食べ、人に出会い、予定を狂わせ、サイコロを振ったヒロヒロ一行。
そして最後に残ったのは、米子で梨乃が何気なく言った、あの一言だった。
夕暮れの梨畑に白い文字が浮かぶ。
――山陰、なんかええで。
少し間を置く。
さらに小さな文字。
※最高殊勲選手賞の選考結果について、出演者および視聴者の大多数はいまだ納得しておりません。
その直後。
画面外から祖母の声。
「ほいっ!」
暗転。
『ヒロヒロ山陰どうでしょう 完』




