ヒロヒロ山陰どうでしょう 県都鳥取、午前4時の罠――スーパーまつかぜ爆睡事件と知佳、三度目の大敗北! そして梨乃、実家へ帰る
弓ヶ浜の爽やかなサイクリングが、山根梨乃の水木しげるロード満喫によってまさかの「レンタサイクル返却締切タイムアタック」へ変貌し、残りわずか十一秒でどうにか全車を返却したヒロヒロ一行。江波のどか、神門結衣、山根梨乃、一条知佳、金城伊織、杉山ひかり、館山みのりの七人は、もはやその場から一歩も動きたくないほど疲労困憊していた。
「もう今日はここで泊まろうや……」
ベンチにへたり込んだのどかが、心の底からそう漏らす。
「温泉入りたい……」
ひかりも力なく呟き、みのりも「もう自転車は当分いい……」と完全に燃え尽きている。伊織も「今日は十分運動したさー」と苦笑し、知佳ですら「少し休憩を挟みたいですね」と珍しく弱音を吐く。
ただ一人。
「腹減ったで」
梨乃だけは元気だった。
「お前の胃袋、疲労いう概念ないん?」
のどかが呆れたその時、七人の視界へ最も見たくない物体が現れる。
巨大なサイコロを抱えたノムさんだった。
一同、無言。
「皆さん、お疲れさん。これから今日の宿泊地、県都・鳥取へ移動するけえね!」
「鳥取へ行くんは分かった」
のどかが低い声で言う。
「じゃけどノムさん。その手に持っとる物は何なん?」
「サイコロ」
「見りゃ分かるわ!」
今回も移動手段をサイコロで決定するという。提示された選択肢は、山陰本線普通列車、タクシー、途中下車ミッション付き普通列車、レンタカー、特急列車など相変わらず統一感がなく、七人から次々に文句が飛ぶ。特に「普通列車+途中下車ミッション」という謎の目には、のどかが「なんで移動するだけなのに余計な仕事増やすんよ!」と激怒するが、ノムさんは「その方が面白いけえ」と涼しい顔。
梨乃はタクシーの目を見ながら、「これが一番楽だで」と主張する。
「お前、“楽”に関してだけ判断が異常に速いな」
知佳も思わず感心する。
そして梨乃が「うち振る?」と手を挙げた瞬間、
「お前だけはダメ!」
六人の声が綺麗に重なる。
結局、ヒロヒロ支部長ののどかが代表してサイコロを振ることになる。
「頼むけえ今日は楽させてくれ! 特急来い! 六じゃ!」
疲労と願望をすべて込めて放たれたサイコロが転がり、止まった数字は――六。
特急スーパーまつかぜ。
七人は優勝でもしたかのような大歓声を上げる。
「スーパーまつかぜじゃあああ!」
「やった!」
「座れる!」
「鳥取まで寝られる!」
最後の一言だけ梨乃だった。
ノムさんとまさにゃんは乗用車で鳥取へ先行し、七人は米子駅から特急スーパーまつかぜへ乗り込む。ようやく座席へ腰を下ろした一行は、弓ヶ浜サイクリングと境港でのタイムアタックから解放され、完全な休息モードへ入る。
そして発車からわずか数分。
「……すぅ……」
梨乃が寝た。
「早っ!」
のどかが振り返る。
梨乃は窓際の座席に身体を預け、口をわずかに開け、今日一日の騒動など何一つ覚えていないかのように幸せそうな寝息を立てている。
結衣も苦笑する。
「この子、座ったら寝るようになっとるねえ」
「大型犬じゃねえんじゃけえ」
のどかはそう言いながら梨乃の寝顔を見る。
数秒。
そして鞄へ手を入れる。
知佳がすぐ気づく。
「……のどかさん」
「何?」
「まさか、また持っているんですか?」
のどかが取り出したのは、もはやヒロヒロ山陰どうでしょうの準レギュラーと化したピロピロ笛。
「旅の必需品じゃ」
「そんな旅は嫌です」
のどかは、そっと梨乃の鼻先へピロピロ笛を近づける。
梨乃が息を吐く。
ビロロロロロロロッ!
特急車内の静かな空気の中で、吹き戻しだけが妙に元気よく伸びる。
のどかは自分で仕掛けておきながら口を押さえ、結衣は窓の外へ顔を背け、伊織は目を閉じて肩を震わせる。ひかりは頬を膨らませて必死に笑いを堪え、みのりも俯いたまま震えている。知佳ですら口元を手で覆っている。
ところが梨乃は、
「……ん……」
わずかに鼻を動かしただけで、再び、
「……すぅ……」
何事もなく熟睡。
のどかが二発目。
ビロロロロロッ!
梨乃は起きない。
生配信のコメント欄は、
《またやってるw》
《スーパーまつかぜでも梨乃の鼻》
《もう伝統芸》
《本人だけ永久に初見》
《幸せそうすぎる》
と大盛り上がり。
ひかりは笑顔をこらえながらカメラへ向かって、
「良い子のみんなは、特急列車の中でこういうことを絶対にしないでくださいね」
と注意するが、どう見ても本人も楽しんでいる。
知佳が「ひかりさん、説得力がありません」と指摘すると、さらに笑いが広がる。
そして梨乃だけは鳥取到着直前まで何も知らず、幸せそうに眠り続けるのだった。
夕刻、鳥取駅へ到着した一行は、先行していたノムさんとまさにゃんと合流し、駅から徒歩圏にある高級温泉旅館へ向かう。
「県都の駅前なのに温泉旅館なんだ」
みのりが驚くと、知佳が即座に鳥取温泉について説明を始める。鳥取駅周辺の市街地に天然温泉が湧いており、県庁所在地の中心部で本格的な温泉旅館に泊まれるという全国的にも面白い立地だという。
のどかが、
「まだ玄関入っとらんのに知佳先生始まったよ」
と笑う一方、地元出身の梨乃は、
「鳥取帰ってきたで」
と妙に嬉しそう。
ところが本当に梨乃の地元愛が爆発するのは、その後だった。
夕食会場。
豪華な料理が並ぶ。
大山どり。
松葉ガニ。
日本海の新鮮な刺身。
焼き物。
鳥取県産の野菜を使った料理。
七人の目が一斉に輝く。
梨乃が胸を張る。
「これが鳥取だで!」
のどかが笑う。
「飯が出た瞬間だけ地元代表らしくなるな!」
松葉ガニを口にしたひかりが「甘い!」と喜び、みのりも「今日いっぱい動いたから余計に美味しい!」と笑顔。伊織も上品に料理を味わい、知佳ですら解説より食事を優先する。
そんな中、ノムさんは当然のように酒を飲んでいる。
すると生配信コメント欄へ、
《芹沢遥(本人):・・・》
という投稿が現れる。
昨日は「ノムさん、飲酒出演禁止!!」だった。
今日は三点リーダーだけ。
むしろ怖い。
視聴者から、
《遥室長、言葉失ってる》
《これは本気で怒ってる》
《ノムさん帰還後に事情聴取》
《ノムさんの運命やいかに》
とコメントが殺到するが、ヒロインたちは松葉ガニと大山どりに夢中で誰も触れない。
のどかも一瞬だけコメントを見るが、
「……知らん」
とカニへ戻る。
そして伊織も静かに鳥取の地酒を口にしている。
ところが伊織は酔った様子が全くない。姿勢も表情も声もいつも通り。むしろ、
「こういう地元のお酒を、その土地のお料理と一緒に少しずつ味わうのも旅の楽しみですね。鳥取は海の幸だけでなく、お酒も食文化の一つとして紹介できるさー」
と、銘柄を出さず自然に鳥取の地酒をPRする。
知佳が感心して、
「伊織さん、飲酒しているのにPR能力がまったく落ちませんね」
のどかが横を見る。
「むしろノムさんより仕事しとる」
ノムさんは聞こえないふりをする。
食後は鳥取温泉へ。
湯船へ浸かった瞬間、のどかと梨乃からまたしても、
「あぁ~~~……」
「ふわぁ~~……」
と二十代女性とは思えない声が漏れる。
ひかりが笑いながら、
「二人とも温泉に入るたびに同じ声出してるよね」
と指摘するが、のどかは「温泉いうんはこれでええんよ」と全く気にしない。
みのりは周囲を見渡しながら、
「県都の駅から徒歩圏内で、これだけ静かな温泉旅館に泊まれて、このお湯に入れるのはすごくいいね。観光にも便利だし」
と感心する。
ひかりも、
「分かる。外へ出たら駅前なのに、ここにいると全然そんな感じしない。落ち着くね」
と同意。
知佳は鳥取温泉が明治期に発見され、駅周辺の発展とともに市街地の中の温泉として形成されてきたことなどを説明し、「山間の秘湯とは正反対の、“県都の日常の中に温泉がある”という面白さがありますね」とまとめる。
のどかも、
「今日の知佳先生、短くまとまっとる」
と褒める。
そして注目の地元代表・梨乃。
「梨乃は鳥取温泉どうなん?」
と聞かれる。
梨乃は湯に肩まで浸かり、満面の笑み。
「気持ちええで」
沈黙。
「……それだけ?」
「うん」
「地元民として何かもっとないん?」
梨乃は少し考える。
「鳥取駅の近くに、こんないい温泉あったんだなあ」
六人が一斉に、
「知らんかったん!?」
と突っ込む。
梨乃はきょとんとして、
「地元の人間は駅前の旅館あんまり泊まらんで」
知佳が思わず、
「……それは確かに一理あります」
とのどかを驚かせる。
「また梨乃が変なところだけ正論!」
こうして温泉を満喫し、一度は静かに夜が更けていく。
しかし皆生温泉では何も起きなかった。
だからこそ今夜は、午前四時に復活する。
午前四時。
のどかと知佳が生配信を開始。
今回のターゲットは、これまで「尊い」という理由でドッキリを免除されてきたグレースフォース――ひかりとみのり。
だが、その前に「一応いつもの確認」ということで梨乃の部屋へ向かう。
同室の結衣を起こして中へ入ると、梨乃は相変わらず口を少し開け、布団をずらし、幸福そのものの寝顔で爆睡中。
「皆さん、ご覧ください。今日も山根梨乃は正常運転です」
のどかがピロピロ笛を鼻先へ。
ビロロロロロッ!
梨乃、
「……すぅ……」
知佳、
「…………」
結衣、
「…………」
コメント欄も、
《はいはい》
《いつもの》
《今日も平和》
《もう実家の犬を見る安心感》
程度。
のどかがショックを受ける。
「飽きられとる!」
知佳が冷静に、
「同じ企画を何度もやりすぎです」
結衣も、
「梨乃ちゃん本人だけは一回目みたいに寝とるけどねえ」
と笑う。
梨乃だけは、視聴者の飽きなど一切知らず平和そのものだった。
そして本命。
グレースフォースの部屋。
知佳が聞かされている企画は、寝起きのひかりとみのりへ「本日をもってグレースフォース活動終了」という偽指令を見せ、二人がどれほど驚くかを見るドッキリ。
知佳自身も、
「これは二人ともかなり驚くでしょうね。あまり引っ張りすぎないようにしましょう」
と、むしろ二人を心配している。
のどかは意味深に、
「そうじゃねえ」
と答える。
だが知佳だけが知らなかった。
ひかりもみのりも、とっくに企画を知っている。
二人とも、のどか側の仕掛け人。
本当のターゲットは――またしても知佳だった。
知佳が二人を起こし、偽の解散指令を見せる。
ひかりが封筒を読み、しばらく沈黙。
みのりも無言になる。
知佳は二人が驚いていると思って見守る。
するとひかりが静かに、
「……みのり、これ、ちょうどいいきっかけかも」
と言い始める。
知佳の顔が変わる。
「え?」
みのりも、
「私も最近、ちょっと考えてた」
と神妙な顔。
「私たち、一回離れた方がいいのかもしれない」
「うん。グレースフォース、ここで終わりにしようか」
知佳が慌てる。
「ちょっと待ってください!」
完全に本気。
「これはドッキリなんです! 本当に解散する必要はありません!」
ひかりは演技を続ける。
「でも、こういう指令が来たのも何かのきっかけだと思うし……」
「思わないでください!」
みのりも、
「ひかりとは考え方が違うところもあるし」
「二人とも普段あんなに仲がいいでしょう!」
知佳は本気で仲裁へ入る。
さらにひかりが、
「じゃあ次は私、知佳ちゃんと組もうかな」
「私ですか!?」
みのりも、
「じゃあ私は伊織ちゃんと新ユニットにする?」
「待ってください! なぜ私まで再編計画へ組み込まれているんですか!?」
午前四時。
寝起き。
浴衣姿。
そんな状況で知佳だけが、グレースフォースの将来を本気で心配し、必死に二人を説得している。
コメント欄は大盛り上がり。
《知佳ちゃんまた信じてる》
《三回目w》
《でも本気で心配してて良い子すぎる》
《もうやめてあげて》
《お人好しクイズ王》
やがてのどかが限界を迎える。
「ぶふっ!」
知佳が止まる。
のどかを見る。
ひかりを見る。
みのりを見る。
三人とも笑っている。
知佳の顔が徐々に固まる。
そしてすべてを悟る。
「…………またですか?」
三度目。
玉造温泉に続き、またしても知佳は完璧に騙された。
しかも今回は単に驚いただけではない。
本気で二人の関係を心配し、本気で解散を止め、本気で「これまでの積み重ねを大切にしてください」とまで説得してしまった。
知佳の顔がどんどん赤くなる。
のどかは大爆笑。
「知佳、ほんまにええ子じゃねえ!」
「今、褒めないでください!」
ひかりも申し訳なさそうに笑いながら、
「ごめんね。でも知佳ちゃんが本気で止めてくれたの、嬉しかったよ」
みのりも、
「私たちのこと、本当に心配してくれたんだね」
と言う。
知佳はさらに恥ずかしくなる。
「それを今言われるのが一番恥ずかしいんです!」
ところがコメント欄は完全に知佳支持。
《知佳ちゃん優しすぎる》
《三回騙されても仲間を信じるの尊い》
《知識人なのに人間関係では疑わない》
《好感度爆上がり》
《もう知佳ちゃん騙すな》
《でも四回目も見たい》
知佳が最後のコメントを見つける。
半笑い。
「最後の方」
カメラを見る。
「本当に私へ同情してくださっているんですか?」
《しています》
《四回目も楽しみにしています》
「矛盾しています!」
三度目の大敗北。
しかし一条知佳は、ドッキリ耐性の低さと引き換えに、仲間を疑わないお人好しな素顔を全国の視聴者へさらけ出し、結果として好感度を大幅に上げることになった。
翌朝。
知佳はまだ若干恥ずかしそう。
一方、ひかりとみのりは何事もなかったように仲良く朝食を食べている。
のどかがわざと、
「グレースフォース、昨日解散したんじゃなかった?」
と聞く。
知佳が即座に、
「のどかさん!」
ひかりとみのりは大笑い。
そして梨乃。
「今日もよう寝ただで」
結衣が意味深に、
「ほんに、よう寝とったねえ」
「何で笑っとる?」
「何でもないよ」
梨乃は、自分の鼻が今朝も生配信されていた事実を一生知らなくても幸せに生きていけそうだった。
朝食後、七人は高級旅館をチェックアウト。
玄関前ではノムさんとまさにゃんが待っている。
ノムさんが本日の予定を発表する。
「今日はここ鳥取市内で、地元ならではの企画をするけえね」
梨乃が首を傾げる。
「何するだ?」
ノムさんがフリップを出す。
そこには、
『ヒロヒロ鳥取農業体験――山根家の梨畑を手伝え!』
梨乃、
「……うちんち?」
のどか、
「なんで本人が一番驚いとるん!」
この日は梨乃の実家へ向かい、家族が営む梨畑で農作業を手伝うことになっていた。
「母ちゃん知っとるだ?」
「もちろん。こっちから話は通しとるよ」
「ならええわ」
あまりにも軽い。
知佳が苦笑する。
「梨乃さんらしいですね」
移動は珍しくサイコロなし。
ノムさんとまさにゃんは乗用車。
七人はタクシー二台へ分乗し、鳥取駅前の市街地を離れて梨乃の実家へ向かう。
車内。
のどかが何気なく聞く。
「梨乃」
「何?」
「梨畑の仕事、できるん?」
「できるで」
「ほんまに?」
梨乃はきょとん。
「子どもの頃から手伝っとるけえ」
六人が少し驚く。
偶数は怪しい。
集合時間は守れない。
列車へ乗れば寝る。
鼻へピロピロ笛を当てられても起きない。
そんな山根梨乃が、梨畑では誰よりも役に立つ――かもしれない。
タクシーは鳥取市街から、梨乃が生まれ育った風景の中へ進んでいく。
次なる舞台は、山根家の梨畑。
そこでヒロヒロ一行が見ることになるのは、普段の「頭の弱いラブラドルレトリバー」とはまったく違う山根梨乃なのか。
それとも――。
実家へ戻っても、やっぱり山根梨乃なのか。
七人はまだ知らなかった。




