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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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1173/1295

ヒロヒロ山陰どうでしょう グリーン車は三席だけ!? 爆睡梨乃を乗せて商都米子へ――ヒロヒロ“仕入れ”PR大作戦

「よっしゃああああ! 四じゃあああ!」


玉造温泉の朝。


旅館の一室に、江波のどかの絶叫が響いた。


もっとも、喜んでいる理由は非常に後ろ向きである。


米子までの移動手段を決めるサイコロ。


一なら徒歩。


二ならレンタサイクル。


三ならタクシー。


四なら特急やくも。


五なら特急スーパーまつかぜ。


六なら山陰本線普通列車。


そもそも一と二を選択肢に入れた人間の良識を疑うしかないラインナップだったが、杉山ひかりと館山みのり――グレースフォースの共同投球によって出た目は見事に「四」。


一行は晴れて特急やくもで米子へ向かえることとなったのである。


「いやあ、ほんに助かったねえ」


神門結衣も心底ほっとしていた。


「一だったら、うちら今頃歩いとったがね」


「嫌じゃ!」


のどかが即答する。


「温泉旅館泊まった翌日に何十キロ歩かせる旅番組がどこにあるんよ!」


一条知佳が冷静に言った。


「少なくとも、本日予定されている米子での企画はほぼ消滅したでしょうね」


金城伊織も頷く。


「到着する前に一日が終わるさー」


そして山根梨乃。


「列車なら寝れるだな」


そこだった。


昨日の夜から今日の朝まで、何度寝れば満足するのか。


「梨乃、お前は昨日もよう寝とったじゃろ」


「寝たで」


「午前四時もな」


「四時?」


「いや、何でもない」


梨乃は、昨晩自分の鼻先でピロピロ笛が二度も盛大に伸びた事実を未だ知らない。


そして誰も積極的に教える気はなかった。


一行が玉造温泉駅へ到着すると、ノムさんが妙に得意そうな顔で待っていた。


「皆さん、今日は特別サービスがあるけえね」


のどかが警戒する。


「ノムさんがそういう言い方すると怖いんじゃけど」


「失礼じゃのう」


「松江で企画丸投げした人が言う?」


「昨日はカニで許してくれたじゃろ」


「カニが許したんじゃ。あんたはまだ保留じゃ」


ノムさんは気にせず続けた。


「今回、せっかく特急やくもに乗るんじゃけえ――グリーン車をご用意しました!」


「おおっ!」


七人の顔が一斉に輝く。


ひかりが喜ぶ。


「すごい! 今日は豪華ですね!」


みのりも、


「昨日の玉造温泉といい、今回ちょっと贅沢だね!」


のどかも珍しく素直に感心した。


「ノムさん、ようやった!」


「ただし」


その一言で、全員の笑顔が止まる。


ノムさんが指を三本立てた。


「三席だけじゃ」


「は?」


「予算がない」


七人。


「…………」


のどかが一歩前に出る。


「七人おるんよ?」


「知っとるよ」


「グリーン車三席?」


「そうじゃ」


「残り四人は?」


「普通車指定席」


「なんでじゃ!」


「予算じゃ」


「昨日あんたとまさにゃん酒飲んどったじゃろ!」


「必要経費じゃ」


「何が必要なんじゃ!」


横でまさにゃんが苦笑している。


「まあまあ。普通車指定席かて十分快適ですやん」


「そういう問題じゃないんよ! 同じグループ内で格差作るな言うとるんじゃ!」


するとノムさん。


「だから公平にサイコロで決めます」


一同。


「またサイコロ?」


もう今回の旅は旅行なのか賭博なのか分からなくなってきた。


ルールは単純。


偶数ならグリーン車。


奇数なら普通車指定席。


最終的に三人がグリーン車になるよう調整する。


説明を聞いていた梨乃が、真顔で首を傾げた。


「……偶数って、どっちだっけ?」


一同が固まった。


沈黙。


のどかがゆっくり梨乃を見る。


結衣も見る。


知佳も。


伊織も。


ひかりも。


みのりも。


「……何?」


梨乃だけが状況を理解していない。


のどかが聞いた。


「梨乃」


「ん?」


「一昨日、3が奇数いうの覚えたよね?」


「覚えたで」


「じゃあ2は?」


「……」


梨乃は考えた。


本気で考えた。


「……2?」


「数字聞いとるんじゃない!」


知佳が思わず額を押さえる。


「梨乃さん。本当に大学の入学試験を通ったんですよね?」


「通ったで」


のどかが間髪入れず、


「しかもウチと同じ大学じゃ!」


「そこを強調すると、のどかさんまで巻き添えになりますよ」


「しまった!」


そして梨乃の番。


サイコロを振る。


コロコロコロ。


止まった。


2。


梨乃がサイコロを覗き込む。


「……これは?」


のどかの目が一瞬だけ悪く光った。


「残念じゃ梨乃」


「何が?」


「2は奇数じゃ」


「そげかあ……」


梨乃は疑いもしない。


「ほんなら指定席行くわ」


立ち上がる。


知佳が目を丸くした。


結衣も、


「えっ」


ひかりはのどかを見た。


「のどか……」


しかし、その場で最も許せなかった人物がいる。


教員志望、教育学部在学。


清く、正しく、美しく。


王道戦隊ヒロイン、金城伊織。


「待ってください」


梨乃が振り向く。


伊織は、のどかをじっと見る。


「のどかさん」


「何?」


「嘘教えたらいかんさー」


「あ」


「2は偶数だから、梨乃ちゃんがグリーン車で合っとるよ」


梨乃の顔が一気に明るくなる。


「ほんま!?」


「ほんとさー」


「やった!」


のどかは露骨に残念そう。


「伊織、黙っときゃえかったのに」


伊織は毅然としている。


「子どもに間違ったこと教える先生にはなれんさー」


「梨乃は22歳じゃ!」


梨乃が胸を張る。


「大学生だで」


知佳がため息。


「だからこそ問題なんです」


こうして梨乃、堂々のグリーン車当選。


そして正義を貫いた伊織の番。


「行きます」


コロコロコロ。


5。


沈黙。


伊織はサイコロを見る。


のどかを見る。


梨乃を見る。


もう一度5を見る。


のどかの口角が上がった。


「伊織」


「……はい」


「5は?」


「奇数です」


「指定席じゃねえ」


「……はい」


梨乃が無邪気に言う。


「伊織もグリーン来ればええのに」


伊織は静かに答えた。


「あなたのグリーン車を守った結果です」


「?」


梨乃は意味が分からない。


のどかは腹を抱えて笑った。


「正義は必ずしも報われんのう!」


伊織、


「教育上好ましくないまとめ方はやめてください」


最終結果。


グリーン車。


山根梨乃。


一条知佳。


館山みのり。


普通車指定席。


江波のどか。


神門結衣。


金城伊織。


杉山ひかり。


その結果を聞いて、みのりだけが少し気まずそうな顔をした。


「ひかり、ごめんね」


「え?」


「私だけグリーン車になっちゃった」


ひかりは笑顔。


「そんなの気にしなくていいよ。せっかく当たったんだから、ゆっくりしてきなよ」


「ありがとう」


実に美しい友情。


――のはずだった。


のどかがひかりの横から顔を出す。


「寂しい?」


「寂しくないです」


「ほんまに?」


「本当です」


「みのりと離れて?」


ひかりの眉が動く。


「のどか!」


「図星じゃ!」


結衣が笑う。


みのりは顔を赤くして、


「もう、のどか!」


伊織が苦笑する。


「列車に乗る前からグレースフォースをいじらんでください」


やがて特急やくもがホームへ入ってくる。


七人は二組に分かれて乗車。


普通車指定席でも十分に快適だった。


座席へ腰を下ろしたのどかが言う。


「……普通にええ席じゃん」


結衣、


「最初からそう言っとるがね」


伊織も窓の外を見る。


「十分ですよ」


ひかりも、


「快適ですね」


と笑顔。


だが。


五分後。


のどかが立ち上がった。


「グリーン車見に行こうや」


結衣が即座に言う。


「やっぱり気になるんじゃない」


「別に気にならんよ。視察じゃ」


伊織、


「何を視察するんです?」


「グリーン車」


「そのままですね」


ひかりが少し間を置く。


「……私も行こうかな」


のどかがにやり。


「みのりに会いたい?」


「違います!」


結局、四人全員でグリーン車へ向かうことになった。


静かなグリーン車。


知佳は本を読んでいた。


背筋を伸ばし、実に上品。


「いかにもグリーン車に座っとる人じゃね」


のどかが小声で言う。


知佳が本から目を上げる。


「どういう意味ですか?」


その少し向こう。


みのりはゆったりした座席から山陰の景色を眺めている。


ひかりと目が合った。


みのりが手を振る。


ひかりも笑顔で手を振る。


のどかが横から、


「寂しかった?」


「うるさい!」


そして。


問題の三人目。


山根梨乃。


座席を倒している。


口を少し開けている。


両手は腹の上。


顔は平和そのもの。


「……すぅー……」


爆睡。


完全に寝ていた。


グリーン車という上級空間を、誰よりも活用している。


のどかの眉が動く。


「……なんか腹立つのう」


結衣が必死に笑いを堪える。


「偶数すら分からんかった人が、一番満喫しとるがね」


伊織も小さく笑った。


「運はでーじ強いさー」


ひかりは梨乃の顔を見る。


「でも……本当に幸せそう」


その表情はまさしく、


散歩を終えて冷房の効いた部屋で眠るラブラドルレトリバー。


警戒心。


ゼロ。


悩み。


おそらくゼロ。


知佳が全員を見る。


「ところで皆さん」


「はい?」


「何をしに来たんですか?」


のどかは答えなかった。


代わりにポケットへ手を入れる。


知佳の顔が曇る。


「まさか」


取り出した。


ピロピロ笛。


知佳が額を押さえる。


「まだ持っていたんですか?」


「ヒロヒロ山陰どうでしょう公式装備じゃ」


「昨日初めて聞きましたよ、その設定」


「伝統は一日にして生まれるんよ」


「それは伝統ではありません」


結衣が小声で、


「ほんにやるん?」


「ここまで来てやらん選択肢ある?」


「普通はないんよ、その選択肢自体が」


しかし。


誰も止めない。


むしろ全員、梨乃を見る目が期待に満ちている。


のどかが静かにピロピロ笛を伸ばす。


梨乃の鼻先へ。


「……すぅー……」


息を吐く。


ビロロロロロロロロッ!


静かなグリーン車。


そこに響く、間抜けな吹き戻し音。


「――っ!」


のどか、自分で仕掛けたくせに笑いそうになる。


結衣は即座に後ろを向いた。


伊織は口元を押さえて目を閉じる。


知佳は本で顔の下半分を隠す。


みのりは肩を震わせる。


そしてひかり。


両頬が膨らんでいる。


笑ってはいけない。


ここはグリーン車。


大声など論外。


ところが梨乃は、


「……ん……」


少しだけ鼻を動かす。


終わり。


また、


「……すぅー……」


六人。


さらに危険。


のどかがもう一度。


知佳が小声で、


「二回やる必要あります?」


「確認じゃ」


「何の?」


「再現性」


知佳は何も言い返せなかった。


ビロロロロロロッ!


梨乃。


「……むにゃ……」


少し寝返り。


また爆睡。


みのりがとうとう両手で顔を覆った。


結衣は窓の方向を向いたまま戻ってこない。


伊織は肩を小刻みに揺らしている。


そしてひかりは、生配信用スマートフォンを自分へ向けた。


懸命に真面目な表情を作る。


「良い子のみんなは……」


後ろで、


ビロロロロロッ!


ひかりの口元が崩れる。


「……グリーン車で、こういうことをするのは……絶対に、やめましょうね」


コメント欄が爆発した。


《ひかりちゃん笑ってるw》


《説得力皆無》


《止めろよw》


《注意喚起しながら楽しんでる》


《梨乃起きろ》


《グリーン車でもラブラドール》


《ピロピロ笛持込禁止にしろ》


ひかりは必死。


「本当にダメですからね」


のどか、


「ひかり、顔が笑っとるよ」


「のどかがやってるんでしょう!」


知佳も本の陰から、


「注意喚起する側が一番楽しそうですよ」


「知佳ちゃんまで!」


伊織がようやく小声で制した。


「もう戻りましょう。これはグリーン車の正しい使い方じゃないさー」


のどかが感心する。


「さすが伊織。やっぱり一番まともじゃ」


知佳、


「伊織さんも笑っていますけどね」


伊織の口元は完全に緩んでいた。


「……これは仕方ないさー」


その間も。


梨乃。


「……すぅ……」


起きない。


グリーン車の平和は、本人だけ守られていた。


米子到着直前。


車内放送。


梨乃がようやく目を覚ました。


「ん~~……」


大きく伸びる。


知佳が見る。


みのりも見る。


普通車から戻ってきた四人も見る。


「よう寝ただなあ」


六人。


「…………」


梨乃が首を傾げる。


「何?」


のどかが肩を叩く。


「いや。人生知らん方が幸せなこともあるんじゃね」


「何の話だ?」


「知らんでええ」


「変なの」


そして梨乃は窓の外を見ながら、


「腹減った」


のどか、


「お前朝飯食べたじゃろ!」


「寝ると腹減るで」


「燃費悪すぎじゃ!」


特急やくもは米子駅へ到着。


七人がホームへ降りる。


そこでは先行していたノムさんとまさにゃんが待っていた。


のどかは二人を見るなり、まず確認した。


「ノムさん」


「なんじゃ?」


「今日は企画決まっとる?」


「もちろんじゃ!」


その瞬間。


七人が拍手。


パチパチパチパチパチ!


ノムさんが戸惑う。


「……なんで企画が決まっとるだけで拍手されるん?」


知佳が即答。


「松江で失った信用の大きさです」


「まだ根に持っとる?」


のどか、


「カニで一時保留になっとるだけじゃ」


今回は本当に違った。


フリップあり。


地図あり。


取材先との交渉済み。


撮影スケジュールあり。


移動ルートも整理済み。


地元協力者への連絡も済んでいる。


のどかは資料を眺める。


「……ノムさん」


「なんじゃ?」


「できるんなら最初からやれ!」


「今日は本気出したんよ」


「毎日本気出せ!」


まさにゃんが横から、


「今回はスタッフ全員で事前にちゃんと詰めましてん」


七人が一斉に振り向いた。


のどか、


「“今回は”?」


まさにゃん、


「……言い方間違えましたわ」


ノムさんがフリップを掲げる。


そこには大きく、


『ヒロヒロ商都米子! 米子の魅力を“仕入れて”売り込めPR選手権』


「今日のテーマは、商都米子じゃ!」


「商都?」


梨乃だけきょとん。


知佳はすぐ理解する。


ノムさんは続ける。


「米子いう街は、昔から商業の街として栄えてきたんよ。そこで今日は、皆さん自身に米子の街を歩いてもらって――」


フリップをめくる。


『全国に売り込みたい米子の魅力を仕入れろ!』


ひかりが感心する。


「なるほど!」


みのりも、


「商人の町だから“仕入れる”なんだ」


「そうじゃ。そして最後に自分らが見つけた米子の魅力を全国へ“売り込む”」


知佳が頷いた。


「企画のテーマと街の歴史がきちんとつながっていますね」


伊織も、


「分かりやすい企画です」


のどかが疑いの目。


「これほんまにノムさんが考えたん?」


「失礼じゃのう!」


チームは三組。


ヒロヒロ三人娘――のどか・結衣・梨乃。


頭脳派コンビ――知佳・伊織。


グレースフォース――ひかり・みのり。


それぞれに渡されたのは、


「米子商人手形」。


そして、


仕入れ資金3000円。


梨乃は3000円を受け取った瞬間、自分の財布へ入れた。


のどかがその手首をつかむ。


「待て」


「何?」


「なんで自分の財布入れた?」


「もらったけえ」


「仕入れ資金じゃ!」


「米子の美味いもん買うんだろ?」


「PR用にな!」


「うちが食べて美味かったらPRできるで」


一同、少し黙る。


結衣がぽつり。


「……完全に間違いとも言えんねえ」


のどか、


「お前は梨乃に理屈を与えるな!」


第一ステージ。


米子の商店街や下町を歩き、


「全国へ売り込みたい米子」を一つ仕入れる。


食べ物。


店。


人。


風景。


文化。


何でもよい。


ただし地元の人へ必ず取材し、


「なぜこれを米子の魅力として勧めたいのか」


まで調べなければならない。


第二ステージ。


米子の歴史・文化を一つ拾う。


第三ステージ。


最後に米子城跡で、


60秒の米子PR。


視聴者投票と地元審査員によって評価する。


説明を聞き終えた知佳が言った。


「目的、手段、評価基準が明確です」


伊織、


「いい企画ですね」


ひかり、


「撮れ高も作りやすそうです!」


みのり、


「移動ルートにも無理がない!」


のどかがノムさんを見る。


「……誰?」


「ワシじゃ!」


「松江のノムさんと同一人物?」


「そうじゃ!」


「人って成長するんじゃねえ」


「なんで上からなん!」


まずはヒロヒロ三人娘。


商店街を歩き始める。


のどかは「商都」という言葉に妙な闘志を燃やしていた。


「商売いうたら交渉力じゃろ!」


結衣が嫌な予感。


「何する気?」


「値切る」


「やめんさい」


「なんで?」


「普通のお店で理由もなく値切ったら迷惑だがね」


「商人いうたら値切りじゃないん?」


「偏見が強いわね」


その横。


梨乃が消えた。


「梨乃?」


いた。


店先。


何か食べている。


のどかが駆け寄る。


「お前何食べとるん!」


「仕入れ」


「口の中に仕入れるな!」


梨乃はもぐもぐしながら、


「でも美味いで」


「そういう問題じゃ――」


店の人が笑っている。


梨乃はそのまま自然に聞いた。


「これ、地元の人もよう食べるだ?」


「昔からあるだ?」


「どんな人が買う?」


難しい質問は一切しない。


ところが相手も気楽に答えやすい。


気づけば、地元の人が昔の商店街の話や米子での暮らしまで次々話してくれている。


のどかが呆然。


「……取材成立しとる」


結衣が笑う。


「梨乃ちゃん、こういうの強いねえ」


「何も考えとらんのに」


梨乃、


「失礼だで」


「考えとる?」


「何を?」


「ほら!」


しかし、この人懐っこさはヒロヒロ三人娘最大の武器となる。


頭で考えるより先に人へ近づく梨乃。


その後ろで、のどかが話を盛り上げる。


結衣が島根・山陰側の感覚から丁寧に補足する。


気がつけば、三人組の周りには地元の人たちまで集まり始めていた。


一方。


知佳・伊織組。


こちらは方向性が真逆。


知佳のメモが止まらない。


「なるほど。そうすると商都としての米子の発展には交通と商業集積の双方が――」


書く。


書く。


また書く。


伊織が横から覗く。


「知佳さん」


「はい」


「今何枚目です?」


「六枚です」


「最終PRは何秒です?」


「60秒です」


「六枚は入りません」


「重要な情報なのですが」


「削りましょう」


「では、これは?」


「削ります」


「こちらは歴史的背景として必要では?」


「削ります」


「伊織さん」


「はい」


「随分思い切りがいいですね」


伊織は微笑む。


「小学生が聞いて分かる説明にしましょう。詳しい話は興味を持った人が後から調べればいいさー」


知佳は少し考え、


「……確かに」


このコンビ。


知佳が集める。


伊織が削る。


知佳がまた足す。


伊織がまた削る。


最終的に知佳の六枚は、伊織によって一枚未満へ圧縮された。


知佳、


「少し寂しいですね」


「60秒ですから」


そしてグレースフォース。


これは強かった。


ひかりは店の人へ自然に話しかける。


「こんにちは。ここって地元の方もよく来られるんですか?」


柔らかな声。


自然な笑顔。


相手がどんどん話してくれる。


みのりは横で情報を整理。


場所。


交通。


歴史。


周辺との関係。


必要な部分を次々組み立てる。


ひかり、


「みのり、今回は60秒だからね」


「大丈夫!」


「本当に?」


「60秒もあるんだよ?」


ひかりが不安そう。


「その言い方がもう不安なんだよ」


そしてリハーサル。


みのり。


「米子は古くから山陰地方における交通・商業の重要拠点として発展してきた街で――」


速い。


「また市街地には歴史的な商人町の面影が残されており現在の交通体系との関係を見ると――」


さらに速い。


ひかり、


「みのり!」


「何?」


「速度!」


「まだ25秒しか経ってないよ!」


「経過時間じゃなくて喋る速さ!」


「これ普通だよ!」


「普通じゃない!」


そのやり取りまで含めて撮影スタッフは笑っている。


スタッフの一人がぽつり。


「でも、この二人普通に観光番組できますね」


のどかが遠くから聞きつけた。


「やめえ! ヒロヒロから独立させるな!」


各チームは米子の商店街、下町を巡り、地元の人々と触れ合っていく。


商都という言葉だけでは分からない、


「昔から店を続けている人」


「町を守ってきた人」


「新しい店を始めた若い世代」


それぞれの姿に触れる。


途中から七人自身も、単なるゲームではなく、


「自分たちは何を米子の魅力として伝えたいのか」


を真剣に考えるようになっていた。


もっとも梨乃だけは、


「これも美味そう」


と言っている。


のどか、


「お前だけテーマ変わっとるぞ!」


そして最終目的地。


米子城跡。


登り口。


梨乃が山を見上げる。


「……城、上にあるな」


「城跡じゃけえね」


「登る?」


「登る」


梨乃はしばらく無言。


「グリーン車で寝た意味ないが」


のどかが即座に叫ぶ。


「むしろ体力満タンじゃろ!」


「いっぱい寝たけえ、もうちょい寝たい」


「どういう身体の仕組みしとるんじゃ!」


七人が登り始める。


知佳は淡々。


伊織も余裕。


みのりも意外と足取りが軽い。


ひかりもその横についていく。


結衣は無理のないペース。


のどかは、


「まだ?」


と言い始める梨乃へ、


「ウチが聞きたいわ!」


と返しながら登る。


数分後。


梨乃、


「城、下に造ったらよかったのに」


のどか、


「防御力ゼロじゃ!」


「観光客は楽だで」


「当時の殿様は未来の観光客のこと考えとらん!」


知佳が後ろから冷静に、


「城郭は観光施設として建設されたものではありませんから」


梨乃、


「知佳、それ今言わんでも分かるで」


知佳、


「偶数が分からない人に言われたくありません」


「まだ言う?」


そして山頂。


視界が一気に開けた。


米子市街。


中海。


遠くまで伸びる風景。


さっきまで、


「まだ?」


「疲れた」


「城下に造れ」


と騒いでいた梨乃まで、黙った。


「……おお」


のどかが横目で見る。


「梨乃でも感動するんじゃね」


「うちを何だと思っとるだ?」


「頭の弱いラブラドル」


「犬じゃないで」


「知っとる」


「知っとるんかい」


いよいよPR本番。


最初は知佳・伊織。


知佳の豊富な知識。


伊織の分かりやすい構成。


難しくなりすぎず、内容は濃い。


60秒ぴったり。


スタッフから拍手。


のどか、


「知佳、六枚全部喋らんかったね」


「伊織さんにかなり削られました」


伊織、


「その方が伝わりますよ」


続いてグレースフォース。


ひかりの聞き取りやすい語り。


みのりの整理された情報。


二人の掛け合いまで自然。


映像としてほぼ完璧。


スタッフが再びざわつく。


「完成度高いな……」


のどかが聞きつける。


「褒めすぎるな! 調子乗るじゃろ!」


ひかり、


「なんで止めるんですか!」


そして最後。


ヒロヒロ三人娘。


のどかが勢いよくスタート。


結衣が地元・山陰目線から落ち着いて補足。


そして残り数秒。


のどかが梨乃へ振る。


「梨乃! 最後に米子どうじゃった?」


「え?」


完全に油断していた。


「まとめ!」


「今?」


「今!」


梨乃は困った顔。


米子の街を見る。


山頂からの景色を見る。


少し考える。


そして言った。


「んー……昔からある店もあるし、新しい店もあるし、人もよう喋ってくれるし……」


一呼吸。


「なんかええで」


終了。


のどかが固まった。


「……それだけ?」


「うん」


「60秒PRの締めが『なんかええで』?」


「ダメだ?」


ところが。


配信コメント欄。


《なんかええでw》


《これ好き》


《逆に行きたくなった》


《米子、なんかええで》


《公式キャッチコピー決定》


《梨乃観光大使》


《ラブラドール観光大使》


のどかがスマホを見る。


梨乃を見る。


またスマホを見る。


「なんでじゃ!」


知佳も困ったように笑う。


「情報量自体はほぼありませんが……妙に印象へ残りますね」


伊織も、


「親しみやすいさー」


ひかり、


「悔しいけど覚えちゃう」


みのり、


「私たちかなりちゃんと作ったんだけど……」


梨乃が嬉しそうに聞く。


「うち、米子の観光大使になれるだ?」


のどか、


「偶数覚えてからじゃ!」


結果は大接戦。


情報量・正確性なら知佳&伊織。


映像としての完成度ならグレースフォース。


視聴者人気と親しみやすさならヒロヒロ三人娘。


どこが優勝しても不思議ではない。


むしろ三チームのPRを一本へまとめてみると、


米子という街を三つの異なる角度から紹介する良質な観光PR映像


が出来上がった。


ノムさんも満足そう。


「これはええ出来じゃのう」


知佳、


「企画設計がよかったと思います」


ひかりも、


「今回は本当に楽しかったです!」


みのり、


「米子のことかなり知れたね」


結衣も、


「山陰の街をこういう形で紹介してもらえるとうれしいねえ」


のどかがノムさんを見る。


「ノムさん」


「なんじゃ?」


「やればできるじゃん」


「上からじゃのう!」


「松江での実績があるけえ!」


ノムさん、


「今回の成功で相殺じゃ」


のどか、


「カニと合わせてようやくプラスマイナスゼロじゃ!」


まさにゃんも笑う。


「だいぶ採点厳しいですなあ」


イベント終了。


一同には明らかな達成感があった。


珍しく、


「無茶ぶりを切り抜けた」


ではなく、


「ちゃんとした企画をちゃんと成功させた」


という達成感である。


そして、まさにゃんが次の予定を告げた。


「ほな皆さん、お疲れさんでした。これから今日のホテルへ向かいます」


梨乃がすぐに聞く。


「どこ?」


「皆生温泉ですわ」


梨乃の目が輝く。


「温泉!」


伊織が笑った。


「昨日も玉造温泉に入ったばかりですよ」


梨乃は当然のような顔。


「玉造は玉造。皆生は皆生だが」


一同。


「…………」


知佳が静かに頷く。


「……今回は反論できませんね」


のどかも、


「珍しく完全な正論じゃ」


結衣、


「梨乃ちゃん、今日たまに頭良くなるねえ」


梨乃、


「いつもだで」


六人。


「それはない」


一行を乗せた車は米子市街から皆生温泉へ。


街並みが流れていく。


一日の企画を終えた疲れから、車内は徐々に静かになる。


そして当然。


梨乃。


「……すぅ……」


寝た。


乗車から数分。


のどかはその寝顔を見る。


ポケットへ手を入れる。


知佳が見逃さない。


「のどかさん」


「何?」


「やめてください」


「まだ何もしてないじゃろ」


「何を取り出そうとしているか分かっています」


「ティッシュかもしれんよ?」


「ピロピロ笛ですよね?」


「……なんで分かった?」


「今日だけで何回見たと思っているんですか」


ひかりが吹き出す。


みのりも笑う。


伊織も、


「梨乃ちゃん、今日はもう寝かせてあげましょう」


とのどかを止める。


結衣が梨乃を見る。


「ほんにどこでも寝るねえ」


梨乃、


「……すぅ……」


何も知らない。


その顔だけは相変わらず幸せそのものだった。


のどかがため息交じりに笑う。


「まあ、今日はよう働いたけえね」


知佳が一言。


「主に食べていた気もしますが」


「それも梨乃の仕事なんじゃろ」


「いつから?」


誰にも分からない。


やがて車窓の向こうに日本海が近づいてくる。


今夜の宿泊地。


皆生温泉。


玉造温泉に続く、二夜連続の温泉地。


のどかが腕を伸ばす。


「今日は米子でちゃんと働いたけえ、今夜こそ普通に温泉入って飯食って寝たいのう」


結衣、


「ほんにそれでええがね」


ひかり、


「今日は寝起きドッキリなしですよ」


知佳が即答する。


「絶対なしです」


伊織、


「平和な夜が一番さー」


みのり、


「温泉ゆっくり入りたいなあ」


その時。


前方の席にいるノムさんが振り返った。


妙に笑顔だった。


のどかが固まる。


「……ノムさん」


「なんじゃ?」


「その顔、何?」


「何が?」


「なんでニヤニヤしとるん?」


「別に何でもないよ」


「怖いんじゃけど」


知佳もノムさんを見る。


「確かに、何か隠している顔ですね」


結衣、


「今回は米子でちゃんと仕事したんだけん、夜くらい普通でええよね?」


ノムさんは笑うだけ。


のどか、


「……嫌な予感するのう」


ひかり、


「何もありませんように……」


伊織、


「祈りましょう」


みのり、


「普通に温泉だけでいいよ……」


そして梨乃だけは。


「……すぅ……」


何も知らず眠っている。


その鼻先を見ながら、のどかの手がまた無意識にポケットへ伸びる。


知佳、


「のどかさん」


「分かった、分かった!」


車は皆生温泉へ向かって走る。


商都米子を舞台にした、珍しく段取りの整ったPR企画は大成功。


グリーン車では梨乃がピロピロ笛の餌食となり。


米子では偶数すら怪しい女が、なぜか視聴者の心をつかみ。


グレースフォースは安定の高品質。


知佳と伊織は抜群の頭脳戦。


のどかと結衣は今日もツッコミに追われた。


次なる舞台は皆生温泉。


今度こそ何も起きない。


きっと。


たぶん。


おそらく。


――もっとも、この旅に同行しているスタッフの名前がノムさんとまさにゃんである以上、その保証だけはどこにもなかった。

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