ヒロヒロ山陰どうでしょう 知佳が振ったら江津でした。――遥室長に怒られた朝、反省ゼロでまたサイコロ!? 旧三江線を追って江の川を日本海まで下れ!
潮温泉の朝は、美しかった。
江の川の水面には薄い朝霧がたなびき、川向こうの山々は淡い光の中に重なっている。集落の屋根から昇る細い煙。川沿いの畑。山裾へ張りつくように点在する家々。
聞こえてくるのは鳥の声と川の音。
いかにも日本の山里らしい、穏やかな朝である。
――もっとも。
その一時間ほど前。
この静寂を破壊した人間が二人いた。
ノムさんと江波のどかである。
山根梨乃の鼻先に吹き戻しを置いて、寝息のたびに、
ぴろ。
ぴろろ。
ぴろろろろっ。
と伸ばし。
学生クイズ王として知的で上品なイメージを誇る一条知佳の部屋へ早朝から押しかけ、派手な音響装置で、
「ひゃああああああっ!?」
という、本人のファンですら聞いたことのない悲鳴を全国へ生配信した。
当然。
朝食後。
ノムさんのスマートフォンが鳴った。
画面に表示された名前。
芹沢遥。
ノムさん。
「……来たのう」
のどか。
「来ましたね」
「のどかも一緒に出ろ」
「何でです?」
「共犯」
「企画したの先輩でしょうが!」
「梨乃ちゃんの鼻にピロピロ置いたんは?」
「……うちです」
「ほら」
「“ほら”じゃない!」
少し離れた朝食席。
梨乃。
パンをもぐもぐ。
「怒られる?」
結衣。
「怒られるね」
伊織。
「間違いなく」
知佳。
何事もなかったように紅茶を飲みながら、
「当然でしょう」
ノムさん。
通話。
ぽち。
「もしもし」
一秒。
沈黙。
そして。
『朝っぱらから何してるのら!』
ノムさん。
スマートフォンを耳から少し離す。
のどか。
背筋。
伸びる。
「室長、これはですね――」
『のどかちゃんもなのら!』
「はい!」
梨乃。
小声。
「返事ええなあ」
知佳。
「そこだけは立派ですね」
電話の向こう。
遥室長。
本気で怒っていた。
「梨乃ちゃんの鼻で遊んで!」
「はい」
「寝てる知佳ちゃんに大きな音出して!」
「はい」
「それを朝六時前から生配信して!」
ノムさん。
「まあまあ遥ちゃん」
『“まあまあ”じゃないのら!』
のどか。
顔を伏せる。
ノムさん。
「でものう」
のどか。
すぐ。
「先輩、“でも”は禁止!」
遥。
『でも何なのら?』
ノムさん。
「ものすごい視聴者伸びたぞ」
のどか。
両手。
顔。
覆う。
「何で言うん!」
遥。
電話。
向こう。
沈黙。
「…………」
ノムさん。
「昨日までの最高同接――」
『数字の話してないのら!』
「はい」
「人が怒ってないからって何でもやっていいわけじゃないのら!」
知佳。
遠くから聞いて。
小さく頷く。
梨乃。
「知佳さん、怒ってない?」
「怒ってはいません」
「ほんと?」
「はい」
少し。
間。
「ただ、もう一度やったら怒ります」
梨乃。
「分かった」
伊織。
「その方がいいと思います」
一方。
説教は続いている。
しかし。
途中。
遥の声が少しだけ揺れた。
『そもそも梨乃ちゃんの鼻にあんなものを……』
止まる。
ノムさん。
眉。
上がる。
「遥ちゃん」
「何なのら」
「今笑うたじゃろ」
『笑ってないのら!』
「笑うた」
「笑ってない!」
のどか。
必死。
口。
押さえる。
遥。
『のどかちゃんも笑わないのら!』
「すみません!」
実は。
遥も見てしまっていたのである。
爆睡する梨乃。
すー。
ぴろ。
すー。
ぴろろ。
そして。
知佳。
「ひゃあああああっ!?」
枕を探して。
なぜか旅館の館内案内を抱える。
遥。
責任者として。
怒る。
だが。
人間として。
ちょっとだけ。
面白い。
「……知佳ちゃんのリアクションは、まあ……ちょっとだけ面白かったけど」
ノムさん。
即。
「ほら!」
遥。
『“ほら”じゃないのら!』
のどか。
「ぶふっ!」
『笑わない!』
「はい!」
結局。
十分以上。
こっぴどく。
説教。
最後。
遥。
『二人とも本当に反省するのら』
ノムさん。
「はい」
のどか。
「はい」
『勝手に寝起きドッキリしない』
「はい」
『特にノムさん』
「はい」
『のどかちゃんも』
「はい!」
そして。
通話。
終了。
のどか。
ふう。
「……怒られましたね」
ノムさん。
「半分笑うとった」
「半分は本気で怒っとったでしょうが!」
梨乃。
パン。
片手。
近づいてくる。
「反省した?」
ノムさん。
「した」
のどか。
「した」
結衣。
「ほんと?」
二人。
「ほんと」
知佳。
紅茶。
一口。
「信用できませんね」
伊織。
「私もです」
そして。
十五分後。
旧三江線。
潮駅跡付近。
ノムさん。
巨大サイコロ。
抱えて立っていた。
知佳。
無言。
見る。
「……やはり反省していませんね」
のどか。
「これは寝起きドッキリと別件です!」
知佳。
「反省とはそういう区分の問題でしょうか」
目の前には。
江の川。
かつて。
その川に寄り添うように列車が走っていた。
三次から山あいを縫い。
小さな集落をつなぎ。
島根県へ入り。
江津へ。
三江線。
列車はもう来ない。
しかし。
朝の江の川は。
昔と同じように。
静かに流れている。
山肌には杉林。
斜面には小さな畑。
川霧の向こうには瓦屋根の家々。
川岸を歩けば。
どこか昭和の風景をそのまま残したような場所もある。
派手ではない。
巨大観光地でもない。
けれど。
川と山。
家。
畑。
人。
そうしたものが一つの風景になっている。
のどか。
川。
眺める。
「ええ景色じゃね」
結衣。
「落ち着くわ」
梨乃。
「日本昔ばなしみたいだで」
知佳。
「その表現、意外に的確ですね」
梨乃。
「意外?」
伊織。
笑う。
「褒められてます」
そして。
本日の配信。
開始。
画面タイトル。
『ヒロヒロ山陰どうでしょう 三日目・出雲を目指せ!』
コメント。
《おはよう》
《昨日の知佳さん最高だった》
《ひゃああああ!?》
《梨乃鼻ピロピロ》
《遥室長に怒られた?》
のどか。
最後。
読む。
「怒られました」
梨乃。
「めっちゃ怒られとったで!」
ノムさん。
「梨乃ちゃん」
「何?」
「そこ強調せんでええ」
結衣。
「半分笑っとったけどね」
のどか。
「結衣まで!」
知佳。
「その情報は不要では?」
伊織。
すでに笑っている。
ノムさん。
咳払い。
「さて」
フリップ。
出す。
「今日は最終的に出雲を目指す」
結衣。
目。
少し。
輝く。
「出雲」
故郷。
家族の土産物店。
自分が育った街。
梨乃。
「そのあと鳥取!」
結衣。
すっ。
梨乃。
見る。
「梨乃」
「何?」
「今日は島根の番」
梨乃。
「はい」
のどか。
「結衣、地元のことになると静かに強いね!」
しかし。
ノムさん。
「ただし」
全員。
「?」
サイコロ。
掲げる。
「出雲までどう行くかは、これで決める」
途中合流。
知佳。
伊織。
二人。
サイコロ。
見る。
伊織。
「……本当に?」
のどか。
「本当に」
知佳。
「昨日の会議で聞いてはいましたが、実際に見ると改めて意味が分かりません」
梨乃。
「面白いで!」
知佳。
「効率は?」
のどか。
「ないです」
「合理性は?」
「ないです」
「計画性は?」
「聞かんといてください」
伊織。
「ちょっと楽しそうですね」
のどか。
「伊織さん、適性ありすぎですよ!」
ノムさん。
フリップ。
ばっ。
【出雲への道・運命の六択】
1 益田
2 浜田
3 大田
4 江津
5 三次
6 出雲
静寂。
江の川。
さらさら。
鳥。
ちゅん。
知佳。
フリップ。
見る。
地図。
見る。
また。
フリップ。
見る。
「質問があります」
ノムさん。
「どうぞ」
「目的地は出雲ですね?」
「そうじゃ」
「1の益田は出雲から遠ざかります」
「そうじゃ」
「2の浜田も西です」
「そうじゃ」
「そして」
5。
指。
「三次は広島県です」
「そうじゃ」
のどか。
ゆっくり。
ノムさん。
見る。
「誰が考えたん、これ?」
ノムさん。
堂々。
「ワシじゃ」
全員。
「だろうな!」
コメント。
《全員ハモったw》
《5で三次に帰る意味》
《昨日までいたぞ》
《1出したら逆走》
《6だけまとも》
梨乃。
「益田も島根だで」
知佳。
「その基準を採用すると、目的地を設定した意味がなくなります」
梨乃。
「なるほど!」
のどか。
「そこ自分で気づいて!」
そして。
今回。
サイコロを振る。
人物。
ノムさん。
「知佳ちゃん」
知佳。
「……私?」
梨乃。
「昨日バズったけえ!」
知佳。
「その因果関係が分かりません」
ノムさん。
「話題の人じゃけえ」
知佳。
サイコロ。
受け取る。
「これで本当に決めるんですね」
のどか。
「決まります」
「5なら三次へ戻る?」
「戻ります」
「1なら益田?」
「行きます」
「6なら出雲?」
「普通に行きます」
知佳。
一呼吸。
「随分と恐ろしい六面体ですね」
コメント。
《知佳初サイコロ》
《5出せ》
《三次帰還希望》
のどか。
「何で視聴者は悪い目ばっかり望むん!」
知佳。
両手。
「では」
投げる。
ごろ。
ころころ。
一瞬。
5。
上。
のどか。
「あ!」
梨乃。
「三次!」
結衣。
「戻りたくない」
さらに。
ころ。
止まる。
4。
知佳。
「4」
のどか。
「江津!」
梨乃。
「江津だで!」
結衣。
「三江線のもう一つの端だね」
伊織。
「これはいいですね」
知佳。
ほっと。
「少なくとも三次には戻らずに済みました」
のどか。
「その時点で当たり扱いなのがおかしいんですよ!」
目的地。
江津。
かつて三江線が江の川とともに走り抜けたその先。
日本海側。
三江線の終着点。
ここから。
五人。
旧三江線の記憶を追う。
路線バスの旅・第二幕。
ノムさん。
「じゃあ江津で待っとるぞ」
のどか。
「え?」
まさにゃん。
車。
ドア。
がちゃ。
梨乃。
「まさにゃん?」
「何?」
「また車?」
「また車」
のどか。
「また先に行くんですか!」
ノムさん。
「そうじゃ」
「うちらは?」
「バス」
「先輩らは?」
「車」
「昨日と同じじゃん!」
梨乃。
後部座席。
覗く。
「一人なら乗れるんじゃない?」
のどか。
「何で梨乃だけ抜け駆けしようとするん!」
まさにゃん。
「ダメだよ」
梨乃。
「ケチ」
「俺が決めたんじゃないから!」
車。
ぶーん。
出発。
梨乃。
手。
振る。
「またなー!」
のどか。
「何で毎回気持ちよく見送れるん!」
路線バス。
乗車。
車窓。
江の川。
この旅。
最大の魅力。
それは。
急ぐ必要がないことだった。
大河。
ゆっくり。
流れる。
水面。
朝日に。
きら。
きら。
川沿い。
田畑。
小さな集落。
古い家。
山裾。
柿の木。
石垣。
時折。
旧線路の名残。
列車は来ない。
それでも。
かつて鉄道が通っていたことを知って見ると。
川沿いの風景。
何となく。
列車の姿が。
浮かぶ。
梨乃。
窓。
張りつく。
「すごいで」
のどか。
「何が?」
「ずーっと川」
結衣。
「江の川だけんね」
梨乃。
「昨日もずっと一緒だったがな」
知佳。
「三次を出てから、私たちはほぼこの川と並んで移動していますからね」
伊織。
「川を旅しているみたいですね」
梨乃。
「うん」
そこへ。
近く。
地元のおばあさん。
「どこまで行くん?」
梨乃。
秒速。
振り返る。
「江津!」
のどか。
「始まった!」
「観光?」
「戦隊ヒロインの旅だで!」
「まあ!」
三分後。
完全。
会話。
成立。
おばあさん。
「私は川本まで」
梨乃。
「うちら昨日、潮温泉泊まった!」
「ええ湯だったでしょう」
「めっちゃ気持ちよかったで!」
結衣。
「私、出雲出身なんです」
「あら、島根の子?」
「はい」
おばあさん。
結衣。
顔。
見る。
「何となく分かるわ」
結衣。
少し嬉しそう。
「ほんとです?」
のどか。
小声。
知佳。
「梨乃、もう知り合いみたいになっとる」
知佳。
「山根さんの人的ネットワーク形成能力は異常ですね」
伊織。
「昨日も同じでしたね」
梨乃。
「のどかー!」
「何?」
おばあさん。
飴。
もらう。
「もらった!」
のどか。
「また餌付けされとる!」
梨乃。
「餌じゃないで!」
結衣。
「昨日から飴増えとるね」
梨乃。
「人気者だで!」
コメント。
《また飴w》
《因幡の太陽》
《バス乗った瞬間に地元民と友達》
《ラブラドール散歩中》
梨乃。
スマホ。
見る。
「犬じゃないで!」
地元のおばあさん。
笑う。
「犬って言われとるん?」
梨乃。
「違うで!」
のどか。
「現地の人にも説明せんでええ!」
さらに。
バス。
山あい。
走る。
川。
右。
次は。
左。
道。
川に沿って。
曲がる。
山間部では。
大きな橋。
川面。
見下ろす。
小さな集落。
停留所。
一つ。
また一つ。
乗客。
入れ替わる。
やがて。
地元のおじいさん。
知佳たちの配信。
気づく。
「三江線の話しとるん?」
知佳。
「はい。江津まで旧沿線をたどっているんです」
「ああ」
懐かしそう。
窓。
見る。
「昔は列車で行ったよ」
梨乃。
「乗っとった?」
「高校生の頃からね」
知佳。
「通学ですか?」
「そうそう。学校も、買い物も。車持つ前は列車だった」
のどか。
「潮駅も?」
「もちろん」
おじいさん。
少し。
笑う。
「今みたいな旅じゃなかったよ。普通の足だった」
その一言。
五人。
静か。
知佳。
「そうですよね」
鉄道ファン。
観光客。
今なら。
特別。
珍しい。
思い出。
でも。
当時の人には。
日常。
朝。
駅。
制服。
買い物袋。
病院。
家族。
列車。
生活。
結衣。
「なくなってから、寂しかったですか?」
おじいさん。
「寂しかったよ」
少し。
間。
「でも、今はバスが走っとるじゃろ」
車内。
見る。
「なくなったもんばっかり数えてもしょうがないからな」
のどか。
「……そうですね」
伊織。
「今あるものを大事にする」
「そういうこと」
コメント欄。
《深い》
《地元の人の言葉いいな》
《この回好き》
《三江線乗りたかった》
《こういう話を聞けるのが路線バス旅の良さ》
そして。
《昨日知佳にバズーカ撃ってた番組と同じ?》
のどか。
「忘れてください!」
知佳。
小さく。
笑う。
「私はもう大丈夫ですよ」
梨乃。
「“ひゃああああ”面白かったで」
知佳。
笑顔。
「梨乃ちゃん」
「はい」
「もう一度言ったら怒りますよ」
梨乃。
「はい」
地元のおじいさん。
「何の話?」
のどか。
「昨日いろいろありまして!」
そして。
乗り換え。
ここで。
前日のトラウマ。
梨乃。
道の駅。
売店。
見える。
全員。
梨乃。
見る。
梨乃。
「……」
のどか。
「梨乃」
「何?」
「今日は寄らんよ」
「何も言っとらんで」
知佳。
「昨日の結果から事前予防です」
結衣。
「ソフトクリームないかもしれんけどね」
梨乃。
「あるかもしれん」
伊織。
「先に乗り場確認しましょう」
梨乃。
「四対一は卑怯だで!」
のどか。
「昨日バス逃した人間に発言権ない!」
知佳。
梨乃。
すぐ横。
歩かせる。
梨乃。
「知佳さん」
「何です?」
「うち逃げんで」
「知っています」
「じゃあ何で横?」
「念のためです」
コメント。
《梨乃護送中》
《監視対象》
《知佳先生付き添い》
《売店見せるな》
梨乃。
「みんな信用ないなあ!」
のどか。
「昨日なくしたんよ!」
今回は。
無事。
乗り換え。
完了。
バス。
出発。
梨乃。
座席。
「乗れたで!」
のどか。
「当たり前!」
知佳。
「昨日より進歩しました」
梨乃。
「うち、何歳だと思われとるん!?」
結衣。
「大学生」
「そう!」
のどか。
「3が奇数か分からん大学生」
梨乃。
「それもう忘れて!」
次のバス。
さらに。
江の川。
下流。
美しい。
川幅。
少しずつ。
存在感。
増す。
山の緑。
空。
水。
雲。
それだけで。
絵になる。
川沿いの集落には。
古びた商店。
小さな神社。
郵便局。
畑。
学校。
道端の花。
何気ない。
暮らし。
梨乃。
窓。
見ながら。
「ここ住んどる人には普通なんだろうな」
のどか。
「何が?」
「この景色」
結衣。
「そうだろうね」
梨乃。
「うちだったら毎日写真撮るで」
知佳。
「毎日見れば、日常になりますから」
伊織。
「でも離れて戻ってきた時に、改めて綺麗だと感じるのかもしれませんね」
結衣。
少し。
頷く。
島根。
故郷。
だから。
分かる。
車内。
前方。
小学生くらいの子。
ちら。
ちら。
伊織。
見る。
梨乃。
すぐ。
気づく。
手。
振る。
少年。
照れながら。
振り返す。
母親。
「あの……戦隊ヒロインの方ですよね?」
のどか。
「はい」
「子どもが動画見たことあるみたいで」
梨乃。
「ほんと?」
少年。
頷く。
梨乃。
「誰が好き?」
のどか。
「それ聞くん!?」
少年。
指。
伊織。
伊織。
「私?」
少年。
また。
頷く。
伊織。
柔らかく。
笑う。
「ありがとう」
梨乃。
「……」
のどか。
「梨乃?」
「うちじゃなかった」
結衣。
「残念だったね」
知佳。
「人気投票ではありませんから」
梨乃。
「うちのファンおらん?」
のどか。
「全国にいっぱいおるけえ安心しんさい!」
少年。
梨乃。
見る。
少し考える。
「あ、梨乃ちゃんも好き」
梨乃。
ぱあ。
「ほんと!?」
のどか。
「気ぃ遣わせとる!」
母親。
大笑い。
車内。
笑い。
コメント。
《少年優しいw》
《梨乃救済》
《伊織強い》
《こういう交流いいね》
伊織。
少年へ。
「ありがとう。学校頑張ってね」
少年。
「うん!」
停留所。
親子。
降りる。
五人。
手。
振る。
梨乃。
最後まで。
振る。
「またなー!」
のどか。
小さく。
笑う。
「ほんま、梨乃がおるとどこ行っても人と話すね」
結衣。
「それが梨乃の一番強いところだがね」
知佳。
「数値化しづらい能力ですね」
伊織。
「でも大事な能力です」
梨乃。
「うち強い?」
のどか。
「そこだけは最強かもしれん」
梨乃。
にっ。
笑う。
因幡の太陽。
戦闘。
勉強。
判断。
たぶん。
大して強くない。
でも。
隣にいる人。
笑う。
それだけなら。
誰にも負けない。
しばらく。
梨乃。
静か。
川。
見ている。
のどか。
「どうした?」
「川」
「うん」
「三次からずっと一緒だで」
結衣。
「そうだね」
梨乃。
「昨日も」
「うん」
「今日も」
「うん」
梨乃。
窓。
向こう。
江の川。
「江の川がずっと道案内してくれとるみたいだで」
のどか。
「……」
知佳。
「素敵な言い方ですね」
伊織。
「私も好きです」
結衣。
「梨乃、たまに詩人だがね」
梨乃。
得意。
「うち頭ええで!」
四人。
「…………」
梨乃。
「何?」
のどか。
「何で最後に自分で台無しにするん!」
コメント。
《余韻3秒》
《梨乃w》
《黙ってれば名言》
《頭ええで、で全部壊した》
梨乃。
「ほんとのことだで!」
知佳。
「その評価については保留します」
「知佳さん!」
さらに。
地元のおじいさん。
今度。
配信。
カメラ。
気づく。
「それ、生放送?」
梨乃。
「そうだで!」
「全国?」
のどか。
「はい。結構いろんなところから見てもらってます」
おじいさん。
「わし映ってもええか?」
「もちろん、ご本人が大丈夫なら」
おじいさん。
カメラ。
手。
振る。
「孫ー! 見とるかー!」
コメント。
すぐ。
《おじいちゃんこんにちは》
《見てますよー》
《孫さん見てるかな》
《元気でね》
おじいさん。
画面。
見せてもらう。
目。
丸くする。
「おお……」
梨乃。
「いっぱい来とるで」
「すごいのう」
少し。
照れる。
そして。
川。
見る。
「昔は列車が人を運んで、この川沿いをつないどったけどな」
画面。
見る。
「今はこういうもんで、知らん人ともつながるんじゃな」
一瞬。
五人。
黙る。
知佳。
「本当にそうですね」
のどか。
「形が変わっただけなのかもしれませんね」
結衣。
「鉄道もバスも、配信も」
伊織。
「人と人をつなぐものですね」
コメント。
《泣く》
《いい話》
《この旅ずっと見ていたい》
《地元のおじいちゃんありがとう》
梨乃。
おじいさん。
見る。
「おじいちゃん、どこ行くん?」
のどか。
「梨乃! 今めっちゃ綺麗に締まりそうじゃったのに!」
おじいさん。
大笑い。
「病院じゃ!」
梨乃。
「気ぃつけてな!」
「姉ちゃんらも江津まで気ぃつけて!」
バス。
停留所。
おじいさん。
降りる。
全員。
手。
振る。
川。
流れる。
やがて。
山あい。
少しずつ。
開ける。
町。
大きくなる。
信号。
建物。
駅。
生活の音。
そして。
アナウンス。
江津駅。
梨乃。
「着いた?」
知佳。
「着きました」
のどか。
「ほんま?」
「はい」
結衣。
「江津だがね」
伊織。
「今回は予定通りですね」
のどか。
「今回は誰もバス逃さんかった!」
梨乃。
胸。
張る。
「うちも!」
「特にあんた!」
「何で!」
バス。
止まる。
五人。
降りる。
目の前。
江津駅。
かつて。
山陰本線。
そして。
三江線。
二つの鉄路が出会った場所。
三次から。
江の川。
ずっと。
追ってきた。
途中。
列車。
もう走っていない。
けれど。
五人は。
現在の地域交通。
バス。
乗り継ぎ。
地元の人と。
話し。
笑い。
昔話を聞き。
ここまで。
やってきた。
梨乃。
駅。
見る。
「三次から来たで」
のどか。
「ほんまじゃね」
結衣。
「二日かかったけどね」
知佳。
「途中、潮温泉に宿泊しましたから」
伊織。
「でも、いい旅でした」
五人。
一瞬。
静か。
江の川。
最後。
日本海へ。
向かう。
鉄路。
なくなっても。
旅は。
できる。
暮らし。
続く。
人。
いる。
のどか。
「来て良かったね」
梨乃。
「うん」
結衣。
「私も」
知佳。
「非常に興味深い旅でした」
伊織。
「またこういう移動をしてみたいです」
その時。
「おーい!」
声。
全員。
振り返る。
駅前。
車。
その横。
ノムさん。
まさにゃん。
コーヒー。
持って。
待っている。
梨乃。
「おった!」
のどか。
「先輩!」
ノムさん。
手。
振る。
「おお! 今回は予定通り来たのう!」
のどか。
「予定通りです!」
まさにゃん。
「お疲れ!」
梨乃。
「今日はバス逃さんかったで!」
まさにゃん。
「偉い!」
梨乃。
「えへへ」
のどか。
「大学生がバス乗り継いだだけで褒められとる!」
知佳。
「昨日の実績を考えれば妥当です」
梨乃。
「知佳さんまで!」
ノムさん。
「ええ旅じゃったか?」
のどか。
「良かったですよ」
「地元の人と話した?」
梨乃。
「いっぱい話した!」
「飴もらった?」
「もらった!」
ノムさん。
「ほう」
梨乃。
「あと、おじいちゃんが昔三江線乗っとった話とか――」
「ほうほう」
珍しく。
ちゃんと。
聞く。
知佳。
「旧三江線そのものはなくなりましたが、現在の交通と地域の暮らしを知るという意味でも、とても意味のある移動でした」
ノムさん。
「そうか」
結衣。
「江の川も綺麗だったよ」
伊織。
「配信の反応も良かったです」
まさにゃん。
「俺も途中見てたよ。いい回だった」
のどか。
「まさにゃん!」
梨乃。
「まさにゃんは分かっとる!」
ノムさん。
「わしも分かっとるぞ」
のどか。
「ほんまです?」
「もちろん」
「じゃあ一番印象に残ったところは?」
ノムさん。
考える。
一秒。
二秒。
そして。
「梨乃ちゃん、今日はソフトクリーム食わんかったのう」
全員。
「…………」
梨乃。
「食べる時間なかったで」
のどか。
「そこなん!?」
知佳。
「感想として最低限のラインを割っています」
伊織。
笑う。
結衣。
「ノムさんらしいがね」
梨乃。
「でも今日はちゃんと着いたで!」
ノムさん。
「それが一番じゃ」
梨乃。
「うん!」
のどか。
「梨乃は褒められたら何でもええんか……」
コメント欄。
《江津到着!》
《いい回だった》
《地元の皆さんありがとう》
《江の川きれい》
《梨乃乗り換え成功おめでとう》
《知佳の4ナイス》
《伊織さんの地元交流よかった》
《結衣ちゃん島根入ってから楽しそう》
《のどかツッコミお疲れ》
そして。
大量。
《ノムさんだけ車なのズルい》
《次はノムさんもバスに乗せろ》
のどか。
スマートフォン。
ノムさん。
目の前。
差し出す。
「先輩」
「何じゃ?」
「民意です」
ノムさん。
コメント。
見る。
そして。
即答。
「嫌じゃ」
知佳。
「早いですね」
まさにゃん。
「俺は一回バス組行ってみたいけどな」
ノムさん。
「運転手がおらんようになるじゃろ」
まさにゃん。
「俺は室長代理だから!」
のどか。
「やっと思い出した!」
一同。
大笑い。
こうして。
ヒロヒロ山陰どうでしょう。
三日目。
潮温泉を出発した五人は。
旧三江線の記憶を追いながら。
美しい江の川沿いを。
路線バスで。
ゆっくり。
下った。
地元のおばあさんから飴をもらい。
かつて三江線を日常の足として使った人たちの話を聞き。
小さなファンと出会い。
梨乃を全員で監視して。
今回は一度も乗り遅れず。
そして。
無事。
江津。
到着。
大騒ぎ。
失敗。
寄り道。
それだけではない。
知らない町へ行き。
知らない人と話す。
何でもない景色。
何でもない暮らし。
それを。
面白がる。
大切にする。
いつも。
真面目に。
バカをやる。
ヒロヒロ。
けれど。
この日の配信を見た視聴者からは。
いつもの、
「くだらない」
「またやってる」
ではなく。
こんなコメントが。
数多く。
残った。
《こういう旅も、ヒロヒロらしくて好きだ》
江の川。
流れる。
五人。
江津駅前。
笑う。
ノムさん。
まさにゃん。
待っている。
そして。
『ヒロヒロ山陰どうでしょう』。
三日目。
江津到着。
ここまでは。
珍しいほど。
平和だった。




