ヒロヒロ山陰どうでしょう 潮温泉の朝は静かじゃない。――梨乃の鼻笛、知佳の悲鳴、遥室長の説教?
島根県邑智郡美郷町。
中国地方最大級の大河・江の川が山あいを縫うように流れる、その静かな町へ――。
『ヒロヒロ山陰どうでしょう』一行は、ようやくたどり着いていた。
三次から路線バスを乗り継ぎ、地元のお年寄りと話し込み、旧三江線の思い出を聞き、道の駅では山根梨乃がソフトクリームに吸い寄せられた結果、接続バスを一本逃した。
そのせいで予定より大幅に遅れたものの。
夕暮れ時。
江波のどか。
山根梨乃。
神門結衣。
一条知佳。
金城伊織。
五人はどうにか潮温泉へ到着。
ところが。
自家用車で先回りしたノムさんとまさにゃんは、とっくに温泉へ入り。
とっくに着替え。
とっくにワインまで飲んでいた。
ノムさん。
グラス片手。
上機嫌。
「おお、来た来た。みんな遅かったのう」
のどか。
額。
ぴく。
「先輩、“遅かったのう”じゃないですよ!」
「何かあったん?」
「梨乃が!」
梨乃。
「うち?」
「うち以外に誰がおるん!」
のどかは今日一日の悲劇を説明した。
道の駅。
乗り換え。
残り十数分。
ソフトクリーム。
売店。
地元のおばちゃん。
記念写真。
出発するバス。
手にソフトクリームを持ったまま立ち尽くす梨乃。
全部。
ノムさん。
「ほうほう」
ワイン。
一口。
「……いやぁ、これうまいのう」
のどか。
「聞いとるんですか!」
「聞いとるよ」
「どこまで?」
「梨乃ちゃんがソフトクリーム食うた」
「そこしか聞いてないじゃん!」
梨乃。
「美味しかったで」
「梨乃まで話戻さんの!」
だが。
さすがに。
五人とも疲れていた。
そこでまず。
潮温泉。
江の川を望む湯へ身体を沈める。
のどか。
「はぁぁぁぁぁ……」
身体。
沈む。
梨乃。
「極楽だでぇ……」
結衣。
「気持ちええね」
伊織。
「今日は随分走りましたからね」
知佳。
「主に接続便へ間に合わせるために」
五人。
同時。
梨乃。
見る。
梨乃。
「……何?」
のどか。
「誰のせいじゃと思っとるん?」
梨乃。
「でも」
「でも?」
「ソフトクリーム、美味しかったで」
結衣。
「確かに美味しかったがね」
伊織。
「私も好きでした」
知佳。
「味については否定する理由がありません」
のどか。
「何なんあんたら!」
湯船。
笑い。
広がる。
「バス逃したんよ!?」
梨乃。
「でも次のバス来たで」
「何時間後に!」
「待ってる間も地元の人と話せたし」
結衣。
「それは良かったね」
知佳。
「配信としても結果的に地域交流の場面が増えました」
伊織。
「江の川の夕景も見られましたし」
梨乃。
胸。
張る。
「ほら!」
「梨乃の手柄にするな!」
とはいえ。
温泉に浸かってしまえば。
怒るのも面倒になる。
夕暮れの江の川。
山。
静かな空。
いつも静かな結衣は、故郷の島根へ入ったからなのか、普段よりさらに柔らかな表情だった。
のどか。
「結衣」
「何?」
「やっぱ島根帰ってきたら嬉しい?」
結衣。
少し考える。
「うん」
「やっぱり?」
「空気が落ち着くわ」
梨乃。
「出雲の静謐、島根仕様だで」
のどか。
「何じゃそれ」
結衣。
「通常より二割静か」
のどか。
「それ以上静かになったら聞こえんじゃろ!」
知佳。
「二割の算定根拠は?」
結衣。
「気分」
知佳。
「なるほど」
のどか。
「そこは納得するん!?」
伊織。
くすくす。
潮温泉。
いい湯だった。
路線バス旅。
悪くなかった。
そして。
夕食。
これがまた。
実に豪華だった。
山あいの美郷らしく。
季節の山菜。
地元野菜。
肉厚の椎茸。
川魚の塩焼き。
そして。
イノシシ。
この地域では「山くじら」の名でも親しまれる猪肉。
鍋。
焼き物。
山菜の小鉢。
炊き込みご飯。
蕎麦。
派手な海鮮ではない。
だが。
山の町だからこその、滋味深い料理がずらりと並ぶ。
梨乃。
席。
座る。
料理。
見る。
「うわあ……!」
のどか。
「梨乃、今日一番いい顔しとるじゃん」
「腹減っとったけえ!」
知佳。
料理。
見る。
「あ。この猪肉ですが――」
のどか。
「来た」
結衣。
「知佳の解説」
梨乃。
「食べながら聞いてええ?」
知佳。
「構いません」
「“山くじら”という呼称は、かつて肉食を表立って避けていた時代に、イノシシ肉を別名で呼んだこととも関係しています。山にいるにもかかわらず“くじら”と――」
梨乃。
一口。
もぐ。
目。
見開く。
「うまっ!」
知佳。
止まる。
のどか。
「知佳さん、また負けましたね」
「何にですか」
「梨乃の『うまっ』に」
「私は勝負していません」
結衣。
「私は続き聞きたい」
知佳。
ちょっと嬉しそう。
「では続けます」
のどか。
「結衣がまた燃料入れた!」
伊織。
猪肉。
静かに。
味わう。
「でも、本当に美味しいですね」
梨乃。
「伊織さん、いっぱい食べる?」
「普通くらい」
のどか。
「酒は普通じゃないけど」
結衣。
「底なし」
伊織。
「だから、そこまでではありません」
梨乃。
「昨日も全然顔変わらんかったで」
伊織。
「体質だと思います」
そして。
今夜も。
ワイン。
食事とともに。
のどか。
グラス。
見る。
ノムさん。
見る。
ノムさん。
「何じゃ?」
「今日は」
「うん」
「配信してませんよね?」
「しとらん」
「カメラ回っとらんですよね?」
「回っとらん」
「遥室長見てませんよね?」
「そこまでは知らん」
のどか。
「……まあ、配信してないなら」
ノムさん。
ぱあ。
「よし!」
のどか。
「何でそこまで喜ぶん!」
まさにゃん。
「俺も今日はもう運転しない!」
「まさにゃんまで!」
「今日は俺も飲める!」
「二人とも解禁された高校生みたいになっとる!」
梨乃。
「高校生は酒飲んだらいけんで」
のどか。
止まる。
梨乃。
見る。
「3が偶数か奇数か分からんかったのに、そこは分かるんじゃね」
「分かるで!」
結衣。
「成長したね」
「そこは成長じゃないで!」
夕食。
笑い。
ワイン。
山の幸。
温泉。
この瞬間だけを切り取れば。
かなり上質な山陰旅だった。
ところが。
夕食後。
大部屋。
テーブル。
地図。
観光パンフレット。
時刻表。
ノートパソコン。
飲み物。
お菓子。
七人。
集合。
そして。
生配信。
タイトル。
『ヒロヒロ山陰どうでしょう 今後のルート緊急企画会議』
視聴者。
すぐ。
集まる。
《会議?》
《ようやく計画立てる気になったか》
《最初にやれ》
《明日は出雲?》
《梨乃3は奇数だぞ》
梨乃。
画面。
覗く。
「もう知っとるで!」
のどか。
「じゃあ7は?」
梨乃。
「奇数!」
全員。
拍手。
梨乃。
「何で拍手するん!?」
知佳。
「昨日から比べれば明確な進歩です」
梨乃。
「うち、大学生だで!」
のどか。
「大学生が7を奇数って答えて拍手される方がおかしいんよ!」
さて。
会議。
知佳。
地図。
開く。
完全。
参謀。
「現在地は美郷町です」
全員。
「はい」
「ここから出雲方面を目指すのであれば、移動方法として大きく三案考えられます」
結衣。
少し。
身を乗り出す。
「出雲行きたいな」
のどか。
「実家あるもんね」
「うん」
梨乃。
「そのあと鳥取!」
結衣。
静かな顔。
梨乃。
見る。
「梨乃」
「何?」
「今日は島根の番」
梨乃。
「はい」
のどか。
「結衣が静かな圧出した!」
知佳。
「では第一案です」
地図。
説明。
乗り継ぎ。
時刻。
観光地。
昼食。
場合によってはゲストとの合流。
二案目。
三案目。
知佳。
本気。
完全。
旅行会社の人。
のどか。
「知佳さんがおると、うちら普通の旅行できるじゃん」
知佳。
「それは普通に計画すれば可能です」
ノムさん。
後ろ。
お茶。
ずず。
まさにゃん。
「俺、第一案好き」
伊織。
「私も」
結衣。
「出雲へ行けるなら」
梨乃。
「鳥取へ近づけば何でもええで」
四十五分。
経過。
知佳。
ホワイトボード。
完成。
「以上を踏まえれば、第一案が最も現実的です」
のどか。
「よし!」
結衣。
「決まり?」
知佳。
「問題がなければ」
そこで。
ノムさん。
「ああ」
全員。
振り返る。
「何です?」
ノムさん。
平然。
「これ、ほとんど意味ないぞ」
沈黙。
知佳。
「…………」
のどか。
「…………」
梨乃。
煎餅。
ぽり。
結衣。
「どういうこと?」
ノムさん。
「明日もサイコロで決めるけえ」
知佳。
ゆっくり。
ホワイトボード。
見る。
第一案。
第二案。
第三案。
自分の四十五分。
見る。
ノムさん。
見る。
「……今、何とおっしゃいました?」
「明日はサイコロ」
のどか。
「じゃあこの会議は何だったんですか!」
「配信」
「会議じゃないじゃん!」
知佳。
「私は四十五分かけました」
「うん」
「時刻表を比較しました」
「うん」
「三案作成しました」
「ご苦労さん」
知佳。
温厚。
いつも上品。
だが。
笑顔。
少しだけ。
固い。
「返してください。私の四十五分」
のどか。
机。
ばん。
爆笑。
「知佳さん、怒っとらんけど刺し方が怖い!」
梨乃。
煎餅。
ぽりぽり。
「うち何も考えとらんかったで」
のどか。
梨乃。
見る。
「……」
梨乃。
「何?」
「何で結果的にあんたが一番正しかったん!」
コメント欄。
《wwwww》
《会議の意味ゼロ》
《知佳の45分返せ》
《梨乃が最適解》
《ノムさん最初に言え》
《これぞヒロヒロ》
結衣。
「考えん方が効率的な番組」
のどか。
「それ番組として一番言っちゃいけんやつ!」
そこへ。
コメント。
芹沢遥(本人)
『企画会議はちゃんとやるのら』
《室長いた》
《今日も監視中》
《本人来た》
のどか。
「あ、遥室長!」
ノムさん。
「遥ちゃんは真面目じゃのう」
のどか。
「それ本人が見とる前で言わんでください!」
数秒。
芹沢遥(本人)
『ノムさんもちゃんと参加するのら』
知佳。
間髪。
「同感です」
コメント。
《知佳即答》
《室長&知佳連合》
梨乃。
カメラ。
「遥室長、おやすみ!」
のどか。
「急に締めるな!」
数秒後。
芹沢遥(本人)
『梨乃ちゃん、3は奇数なのら』
梨乃。
「知っとるで!」
のどか。
机。
叩く。
「遥室長まで覚えとる!」
梨乃。
「ほんに忘れてほしいで!」
一時間。
緊急企画会議。
結果。
明日、サイコロ。
のどか。
配信終了直前。
ぼそ。
「この配信、一体何だったん……?」
ノムさん。
「数字ええぞ」
「数字で正当化すんな!」
そして。
翌朝。
午前六時前。
潮温泉。
静か。
江の川。
朝靄。
鳥。
山。
旅館。
静寂。
その静寂を。
ぶち壊そうとしている人間が。
二人。
廊下。
ノムさん。
のどか。
カメラ。
小声。
ノムさん。
「配信入っとる?」
のどか。
「入ってます」
画面。
『緊急生配信 ヒロヒロ寝起き大作戦』
コメント。
早朝。
なのに。
《何してる》
《まだ朝6時前》
《嫌な予感》
《のどか顔悪いぞ》
第一ターゲット。
山根梨乃。
扉。
そー。
開ける。
カメラ。
中。
梨乃。
寝ている。
正確には。
荒れている。
枕。
本来の場所。
ない。
布団。
半分。
床。
足。
一本。
外。
片手。
万歳。
髪。
ぼさ。
しかし。
本人。
気持ちよさそう。
すー。
すー。
のどか。
小声。
「寝相悪っ……!」
コメント。
《ひどいw》
《完全に犬》
《ラブラドール》
《安心しすぎ》
梨乃。
すー。
すー。
のどか。
懐。
ごそ。
取り出す。
昔ながらの。
吹き戻し。
いわゆる。
ピロピロ笛。
ノムさん。
笑い。
堪える。
のどか。
梨乃。
鼻。
そっと。
先端。
近づける。
梨乃。
すー。
ぴろっ。
戻る。
のどか。
唇。
噛む。
梨乃。
ふー。
ぴろろ。
戻る。
視聴者。
《wwww》
《動いた》
《鼻息で伸びてるw》
《くだらなすぎる》
梨乃。
さらに深く。
息。
吸う。
そして。
ふーーー。
ぴろろろろろろろろっ!
のどか。
肩。
がくがく。
「……っ」
口。
押さえる。
だが。
無理。
梨乃。
再び。
すー。
ぴろ。
のどか。
「ぶっ……あははははは!」
梨乃。
「……ん?」
目。
半分。
開く。
鼻先。
吹き戻し。
ぴろ。
付いたまま。
寝ぼけまなこ。
のどか。
見る。
「……何してる?」
のどか。
その顔。
見る。
完全。
崩壊。
「梨乃……鼻……! あはははは!」
梨乃。
鼻。
触る。
吹き戻し。
取る。
ぼー。
見る。
「……これ何?」
コメント。
《wwwwww》
《状況把握ゼロ》
《顔w》
《まだ寝てる》
《寝起き梨乃強すぎ》
梨乃。
「今……何時?」
ノムさん。
「六時前」
梨乃。
数秒。
止まる。
「……じゃあ、まだ寝る」
布団。
被る。
のどか。
「寝るん!?」
梨乃。
「眠い……」
「普通何か怒るとか!」
「後で……」
再び。
すー。
のどか。
「早っ!」
コメント。
《二度寝www》
《ラブラドール再就寝》
梨乃。
布団。
中。
「犬じゃ……ないで……」
のどか。
「そこだけ聞こえとるん!?」
既に。
伝説回。
の予感。
ところが。
ノムさん。
小声。
「次行くぞ」
のどか。
「誰?」
ノムさん。
にや。
「知佳ちゃん」
のどか。
「…………」
その瞬間。
布団。
ばさっ。
梨乃。
起床。
「うちも行く」
のどか。
「自分の時は二度寝したのに、人がやられる時だけ起きるな!」
梨乃。
寝癖。
目。
半分。
「見たい」
「悪い子じゃな!」
三人。
廊下。
知佳の部屋。
ノムさん。
取り出す。
安全な演出用。
見た目だけ派手な。
早朝バズーカ風音響装置。
のどか。
「……先輩」
「何?」
「これ、ものすごくくだらんですね」
ノムさん。
「じゃろ?」
「褒めてない!」
梨乃。
「早うやろう」
「梨乃が一番ノリノリ!」
部屋。
そー。
開く。
知佳。
睡眠。
普段。
学生クイズ王。
知的。
上品。
落ち着く。
難しい問題でも即答。
そんな一条知佳が。
普通に。
寝ている。
梨乃。
小声。
「知佳さん、寝とるで」
のどか。
「寝起きドッキリなんじゃけえ当たり前じゃ!」
ノムさん。
構える。
カメラ。
寄る。
合図。
三。
二。
一。
バァァァァァン!!
紙吹雪。
派手。
音。
知佳。
「ひゃあああああああっ!?」
上半身。
跳ね上がる。
目。
全開。
「え!?」
右。
左。
「何!?」
布団。
絡む。
「何ですか!?」
立とうとする。
足。
引っかかる。
「あっ!」
ぽす。
ベッド。
着席。
枕。
床。
知佳。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
学生クイズ王。
完全停止。
のどか。
腹。
抱える。
梨乃。
ベッド脇。
しゃがみ込む。
ノムさん。
カメラ。
ぶれる。
コメント。
梨乃の鼻ピロピロ。
軽く。
超える。
《wwwwwwww》
《知佳さん!?》
《ひゃああああ!?》
《こんな声出るの!?》
《学生クイズ王大敗北》
《知力では防げなかった》
《かわいすぎる》
《ギャップww》
知佳。
まだ。
状況。
理解。
途中。
「……枕」
探す。
手。
伸ばす。
床。
しかし。
なぜか。
ホテルの館内案内。
手。
取る。
抱える。
「……」
梨乃。
じー。
「知佳さん」
「……何です?」
「それ、枕じゃないで」
知佳。
手元。
見る。
館内案内。
数秒。
「……あ」
コメント。
さらに。
爆発。
《天然wwww》
《かわいい》
《知佳OSまだ起動してません》
《クイズ王なのに枕判定ミス》
のどか。
涙。
流す。
「知佳さん! それ案内! あははは!」
知佳。
ようやく。
目。
少し。
覚める。
ノムさん。
見る。
梨乃。
見る。
のどか。
見る。
カメラ。
見る。
理解。
深い。
ため息。
髪。
整える。
それでも。
怒らない。
むしろ。
自分のさっきの姿。
思い出す。
少し。
笑う。
「……朝から何をしているんですか」
ノムさん。
「寝起きドッキリ」
知佳。
「それは見れば分かります」
梨乃。
「びっくりした?」
知佳。
「しました」
「どれくらい?」
知佳。
考える。
「人生で五本の指に入ります」
のどか。
また。
爆笑。
梨乃。
「もう一回やる?」
知佳。
にこ。
「やりません」
「はい」
のどか。
「そこだけ察するの早いね、梨乃!」
知佳は。
本気で怒ってはいなかった。
笑いも理解している。
自分の寝起き姿が面白かったことも。
少し。
認めている。
ただし。
恥ずかしい。
それが。
また。
視聴者に刺さる。
《知佳さん怒らないの好き》
《素の知佳かわいい》
《ファン増えた》
《伝説回》
早朝六時。
視聴者。
急増。
そこへ。
新着。
芹沢遥(本人)
『朝から何してるのら』
コメント欄。
一瞬。
止まる。
《あ》
《室長》
《来た》
《逃げろ》
のどか。
「……あ」
梨乃。
「遥室長だで」
知佳。
寝ぼけ。
「早起きですね」
のどか。
「そこじゃないです!」
次。
芹沢遥(本人)
『梨乃ちゃんの鼻についてたの何なのら?』
梨乃。
即。
「ピロピロ」
のどか。
「答えんでええ!」
遥。
『のどかちゃん』
のどか。
反射。
「はい」
梨乃。
「返事しとる」
「するじゃろ!」
遥。
『寝てる人の鼻で遊んじゃダメなのら』
コメント。
《注意内容が小学生w》
《戦隊ヒロインの室長が早朝から言う台詞じゃない》
《鼻で遊ぶなw》
梨乃。
「うちは別に怒ってないで」
遥。
即。
『梨乃ちゃんが怒ってなくてもダメなのら』
梨乃。
「はい」
さらに。
芹沢遥(本人)
『今のドーンって何なのら?』
沈黙。
ノムさん。
「演出」
のどか。
「先輩今しゃべらん方が!」
遥。
『ノムさん』
ノムさん。
反射。
「はい」
コメント。
《www》
《返事した》
《完全に学校》
《芸能界50年超》
遥。
『朝から寝てる知佳ちゃんに大きな音出したのら?』
ノムさん。
「まあ」
「まあ、じゃないのら!」
知佳。
横。
少し笑いながら。
「室長、私は大丈夫です。本当に怒ってはいませんので」
遥。
『知佳ちゃんが怒ってなくても、朝からこんなくだらないことしちゃダメなのら』
のどか。
「くだらないって言われた!」
梨乃。
「ほんとにくだらないで」
のどか。
「あんた参加しとったじゃろ!」
コメント。
《室長ド正論》
《くだらないw》
《出演者も認めるくだらなさ》
ところが。
ノムさん。
ここで。
最悪。
「遥ちゃん」
のどか。
「先輩、やめといた方が」
「でも見てみい。視聴者めちゃくちゃ増えとるぞ」
のどか。
両手。
顔。
「何で今それ言うん!」
数秒。
そして。
遥。
『再生数の話してないのら!』
コメント。
《…………》
《怒った》
《ガチ》
《室長オカンムリ》
《ノムさん終了》
梨乃。
小声。
「ノムさん」
「何?」
「謝りんさい」
ノムさん。
「梨乃ちゃんに言われるとはのう……」
「うちでも分かるで」
のどか。
「それ結構な重症ですよ!」
知佳。
「私も謝った方がいいと思います」
ノムさん。
「……すまん」
最後。
遥。
『ノムさん、のどかちゃん。朝食のあと話するのら』
コメント。
《終わった》
《朝食後呼び出し》
《保護者面談》
《校長室》
《温泉旅行で説教》
ノムさん。
「朝飯食いづらいのう……」
知佳。
にこ。
「自業自得ですね」
のどか。
「知佳さん笑っとるけど地味に刺しますね!」
配信。
終了。
しかし。
もう。
遅い。
梨乃の鼻。
ぴろろろ。
知佳の、
「ひゃああああああっ!?」
遥の、
「再生数の話してないのら!」
切り抜き。
拡散。
朝食会場。
一時間後。
一条知佳。
髪。
完璧。
服。
完璧。
表情。
いつもの知的で上品な学生クイズ王。
何事もなかったかのように。
コーヒー。
飲む。
向かい。
梨乃。
スマートフォン。
見る。
「知佳さん」
「何ですか?」
「さっきの『ひゃあああああっ!?』、もう百万回いっとるで」
知佳。
カップ。
止まる。
「…………」
結衣。
「かわいかったがね」
伊織。
「私も初めて見ました」
知佳。
少し。
頬。
赤くする。
「できれば忘れてください」
梨乃。
「無理じゃない?」
のどか。
「もう切り抜かれとる」
ノムさん。
「むしろ知佳ちゃん人気――」
知佳。
じー。
見る。
ノムさん。
「……何でもない」
梨乃。
「うちの鼻も伸びとるで!」
のどか。
「その言い方やめんさい!」
「動画が!」
「分かっとる!」
そこへ。
ノムさん。
ポケット。
ごそ。
何事もなかったかのように。
サイコロ。
ころん。
テーブル。
全員。
見る。
のどか。
「…………」
知佳。
「…………」
結衣。
「また?」
梨乃。
「次どこ?」
伊織。
ちょっと楽しそう。
ノムさん。
「ほいじゃ、今日の行先を決めるぞ」
全員。
「昨夜の会議、ほんまに何だったん!?」
潮温泉。
美肌の湯。
山の幸。
ワイン。
一時間かけた無意味な企画会議。
梨乃の鼻息で伸びるピロピロ笛。
学生クイズ王・一条知佳の、誰も聞いたことがなかった絶叫。
そして。
早朝からコメント欄で本気のお説教をする芹沢遥室長。
後にこの回は視聴者から、
「梨乃の鼻・知佳の悲鳴・遥の説教が十五分で全部見られる神回」
と呼ばれ。
『ヒロヒロ山陰どうでしょう』屈指の伝説回となる。
ただし。
シリーズの本来の目的である。
鳥取・出雲への山陰大遠征。
その行程は。
まだ。
半分も終わっていなかった。
そして。
出雲出身。
神門結衣。
目の前。
サイコロ。
静かに見る。
「……今日こそ出雲、行けるとええな」
梨乃。
「鳥取でもええで!」
結衣。
梨乃。
見る。
出雲の静謐。
静かな声。
「梨乃。今日は島根の番」
梨乃。
「はい」
のどか。
「結衣、故郷のことになると静かに強いね!」
次のサイコロが。
彼女たちをどこへ連れていくのか。
またしても。
出演者だけが。
何も知らない。




