中央道の灯りが流れる夜に。 ――見る側だった美知留、今度は子どもたちの前へ。麗奈、美波、詩織と巡る小児ケア慰問――そして帰りの車で明かされた「五回目」の理由
宮本美知留は、五回目だった。
一回目。
不合格。
二回目。
不合格。
三回目。
不合格。
四回目。
もちろん不合格。
そして五回目。
安岡真帆が、
「今回も難しいですね」
と評価表を閉じようとしたところで。
波田顧問が、
「この子、五回来たの?」
と聞いた。
「はい」
「じゃあ採ろう」
「はい?」
「五回落とされてもまた来たんだろ? 根性あるじゃん」
そんな採用。
華があったわけでもない。
特技があったわけでもない。
身体能力が抜群だったわけでもない。
ただ。
五回来た。
それだけだった。
やがて美知留には、
「福生の不屈娘」
という、本人には少々大げさに思える呼び名がついた。
しかし。
なぜ五回来たのか。
なぜ、そこまで戦隊ヒロインになりたかったのか。
その本当の理由を。
美知留はまだ誰にも話していなかった。
堀井琴葉にも。
遥室長にも。
真帆にも。
同期や先輩にも。
麗奈にも。
美波にも。
言わなかった。
――その夜までは。
一 大宮麗奈が、何よりも大切にしている「儲からない仕事」
大宮麗奈。
人気戦隊ヒロイン。
イベントコンパニオンとしても活躍する華やかな美女。
出演依頼も多い。
企業イベント。
展示会。
トークショー。
撮影。
一日のギャランティが数十万円に届く案件も珍しくない。
ところが。
マネージャー。
「麗奈さん、土曜日なんですけど」
「うん」
「企業イベントから出演依頼が来ています」
「どこ?」
説明。
拘束時間。
内容。
そして出演料。
麗奈。
「へえ。いいじゃん」
「かなり条件いいですよ」
「でも土曜って」
スケジュールを見る。
「小児ケアの慰問入ってるよね?」
「はい。ただ、そちらはほぼ手弁当で……」
麗奈。
即答。
「じゃあ慰問の方行く」
マネージャー。
「企業イベントは?」
「断って」
「でも麗奈さん」
「私じゃなくても誰かいるでしょ」
「慰問も――」
麗奈。
少しだけ声を変える。
「そっちは行くって決めてるから」
以上。
本人はそれ以上説明しない。
麗奈は、小児医療や終末ケア施設への慰問活動を自分から宣伝しない。
取材されても、
「まあ、できる時に行ってます~」
くらい。
しかし。
彼女がなぜ、この活動だけは譲らないのか。
平塚美波をはじめ、近い仲間たちは知っていた。
かつて。
ある小児ケア施設。
麗奈は、一人の少女と出会った。
病弱な身体。
でも。
麗奈を見るなり。
嬉しそうに笑った。
少女。
「麗奈ちゃん……」
「ん?」
「だいすき」
麗奈。
「ありがとう~」
少女は。
上尾の大宮ふとん店で売っている、
『麗奈ちゃんまくらカバー』
が欲しいと言った。
定価。
千円。
後日。
体調が比較的良かった日。
少女は家族に連れられ、本当に大宮ふとん店へやって来た。
店番。
麗奈の父。
少女。
小さな財布。
その中に。
一生懸命貯めた小遣い。
父。
「何が欲しいんだ?」
少女。
「麗奈ちゃん……まくら……」
父。
「ああ、これか」
商品。
値札。
一〇〇〇円。
少女。
財布を見る。
母親。
「足りない分は私が――」
父。
「いや」
値札を外す。
麗奈。
「お父さん?」
父。
少し考える。
そして。
「今日は十一円だ」
麗奈。
「は?」
母親。
「え?」
父。
「十一円」
麗奈。
「千円!」
父。
「今日は十一円」
「九百八十九円どこ行ったの!」
父。
少女を見る。
「この子が自分の小遣いで買うんだろ?」
母親。
「でも……」
「だったら、ちゃんと買ってもらおう」
無料ではない。
プレゼントでもない。
少女が。
自分で財布を開き。
硬貨を数え。
十一円をレジへ置いた。
父。
レジを打つ。
「はい、毎度」
少女。
まくらカバーを抱える。
満面の笑顔。
麗奈。
「……お父さん」
父。
「何だ」
「十一円じゃ商売にならないでしょ」
父。
「一円より十円多い」
「そういう問題じゃないから!」
少女が笑った。
家族も笑った。
父も笑った。
やがて。
その少女は。
残念ながら、病気に打ち勝つことはできなかった。
後日。
家族から麗奈へ連絡があった。
最期の頃まで。
十一円で買った麗奈ちゃんまくらカバーを、大事に使っていた。
上尾へ行った日のことを覚えていた。
麗奈に会ったことを喜んでいた。
そして。
最期は穏やかだった。
麗奈は。
その話を他人へほとんどしなかった。
ただ。
その後。
慰問の日と高額イベントが重なれば。
「慰問の方行く」
そう言うようになった。
美波。
「麗奈ってさ」
「何?」
「そういうとこもっと宣伝すりゃいいじゃん」
「何で?」
「好感度上がるべ」
麗奈。
「好感度上げるためにやってるんじゃないし」
美波。
「……まあ、そういうとこなんだよな」
「何が?」
「別に」
「何よ」
美波は笑った。
ツンデレ。
面倒くさい。
でも。
そういう女だった。
二 今回の慰問班、助手席希望者が一人だけおかしい
今回。
中央自動車道沿線にある複数の小児医療・終末ケア施設を回ることになった。
メンバー。
平塚美波。
大宮麗奈。
藤原詩織。
宮本美知留。
朝。
集合場所。
美波。
「よーし、行くべ!」
運転席へ。
麗奈。
「…………」
美知留。
「…………」
二人。
無言。
後部座席へ。
美波。
「待て!」
麗奈。
「何?」
「何で二人して当たり前みたいに後ろ行くんだよ!」
麗奈。
「安全」
「前も安全だ!」
美知留。
「前回、美波さんの運転で何度か身体が左右に振られました」
「普通の車線変更だべ!」
麗奈。
「普通じゃないから」
そこへ。
詩織。
「じゃあ私、前!」
麗奈。
「え?」
美知留。
「詩織さん?」
詩織。
にこにこ。
助手席。
シートベルト。
「お願いします!」
美波。
「おっ、しおりん分かってるじゃん!」
麗奈。
「何が分かってるの?」
発進。
最初。
普通。
詩織。
窓の外。
「いい天気~」
美知留。
「普通ですね」
麗奈。
「美知留ちゃん、それ前回も言って――」
美波。
「あ!」
麗奈。
「何?」
「こっちだ!」
ぐいっ。
美知留。
「わっ!」
麗奈。
「美波!」
詩織。
「わあー!」
美波。
「何だよ!」
麗奈。
「急に車線変えないで!」
「ウインカー出したべ!」
「出せばいいってもんじゃないの!」
助手席。
詩織。
嬉しそう。
「ジェットコースターみたい!」
美知留。
「……楽しいんですか?」
「うん!」
「怖くないんですか?」
「全然!」
美波。
「ほら! しおりんは分かってる!」
麗奈。
「詩織の感性を安全運転の根拠にしないで!」
藤原詩織。
天使の歌声。
柔らかな笑顔。
子どもから絶大な人気。
性格も優しい。
そして。
乗り物に関する感性だけ、誰にも理解できなかった。
三 光の滑走路を西へ――中央道と四人の慰問班
車は中央自動車道へ入った。
東京の中心から西へ。
都会の密度が少しずつ変わる。
調布付近。
窓の向こうに広がる飛行場。
小さな航空機。
広い空。
少し進めば。
片側には競馬場の大きなスタンド。
反対側には長年この土地の風景を形作ってきたビール工場。
この一帯を走る高速道路は。
かつて。
都会的な女性シンガーの名曲によって、恋人たちが東京から西へ走り抜ける特別な道として描かれた。
競馬場。
ビール工場。
飛行場。
そして。
まっすぐ延びる高速道路。
景色が次々と後ろへ流れる。
路面の先。
遠くまで続く白いライン。
美知留。
「……本当に、滑走路みたいですね」
麗奈。
「分かる」
詩織。
「夜はもっと綺麗だよね」
美波。
「アタシ全然見らんねえんだけど」
麗奈。
「見なくていいから前見て」
「見てるって!」
美知留。
「お願いします」
「美知留ちゃんまで!」
詩織。
「帰りも私、前でいい?」
麗奈。
「何で予約してるの?」
「楽しいから」
「楽しくしちゃダメなの!」
美波。
「帰りも決定!」
麗奈。
「勝手に決めないで!」
笑い声。
車は西へ。
歌の世界なら。
恋人と走る洒落たドライブ。
今日。
この車が向かっているのは。
小児終末ケアセンター。
でも。
美知留には。
その行き先の方がずっと大切だった。
四 今日は大声を出さない湘南の毒舌クイーン
一件目。
小児終末ケアセンター。
消毒。
受付。
静かな廊下。
医療機器。
車椅子。
ベッド。
スタッフ。
家族。
美知留の足。
一瞬だけ止まる。
麗奈。
「美知留ちゃん?」
「……大丈夫です」
美波。
「無理すんなよ」
「はい」
詩織。
美知留の横。
「行こ」
美知留。
「はい」
平塚美波。
老人ホームでは。
「生きてっかー!」
などと言って高齢者を爆笑させる。
だが。
ここでは違う。
部屋にいる子どもの状態。
疲労。
音への反応。
全部を見る。
声。
落とす。
それでも。
美波は美波。
車椅子に座る男の子。
じっと美波を見る。
美波。
しゃがむ。
「何だよ」
男の子。
じーっ。
「アタシが思ったより美人でびっくりしてんだろ?」
横。
母親。
ぷっ。
男の子。
口元。
ほんの少し。
緩む。
美波。
「ほら」
麗奈。
「何?」
「笑ったじゃん」
麗奈。
「美波が変なこと言ったからでしょ」
「理由は何でもいいんだよ」
男の子へ。
「笑った方が得だべ?」
男の子。
また。
ほんの少し。
表情が変わる。
美知留。
見ている。
美波は。
ただ毒舌なのではない。
相手を見る。
老人ホームなら。
強く。
ここなら。
静かに。
でも。
距離を置かない。
相手を病人としてだけ見ない。
そこが。
美波が慰問先で絶大な人気を持つ理由だった。
五 大宮麗奈の「華」の使い方
麗奈。
ベッドサイド。
小さな少女。
言葉。
出ない。
麗奈。
無理に手を握らない。
無理に笑わせない。
ただ。
しゃがむ。
「こんにちは」
視線。
麗奈へ。
「今日ね」
少し笑う。
「会いに来たよ」
少女。
麗奈の衣装。
髪。
顔。
ゆっくり。
目で追う。
麗奈。
「見てる?」
母親。
「今日はすごく追ってます」
麗奈。
「そっか」
それだけ。
急がない。
自分を見ろと求めない。
麗奈は。
華やかだった。
そこにいるだけで。
目を引いた。
美知留は以前。
その華が羨ましかった。
自分とは違いすぎる。
そう思った。
でも。
今日。
気づく。
麗奈はその華を。
自分の人気のためだけに使っているのではない。
目の前の子どもの視線を。
ほんの少し。
明るい方へ向けるためにも使っている。
美知留。
心の中。
だから私は、この人を見て戦隊ヒロインになりたかったんだ。
六 天使の歌声。そして天使、机に激突
続いて。
藤原詩織。
小さな交流スペース。
大きなステージはない。
ベッドのまま参加する子。
車椅子。
家族。
スタッフ。
詩織。
マイク。
「今日は、ゆっくり歌いますね」
伴奏。
そして。
歌。
柔らかい。
押しつけない。
優しい。
子ども。
母親。
父親。
スタッフ。
静かに聞く。
医療機器の小さな作動音。
空調。
詩織の声。
それら全部が。
同じ空間へ溶けていく。
美知留。
息をするのも忘れそうになる。
これも、戦隊ヒロイン。
笑いを取らなくてもいい。
派手な技がなくてもいい。
一人。
目を閉じて聞いている子がいる。
それだけで。
届いている。
歌。
終わる。
小さな拍手。
詩織。
「ありがとうございました」
その五分後。
控室。
詩織。
「じゃあ次の施設の――」
振り返る。
ごん。
「いたっ!」
テーブル。
麗奈。
「しおりん!」
美波。
「天使、急に地上へ戻ってきたな」
詩織。
「痛い……」
美知留。
笑う。
麗奈。
「大丈夫?」
「うん」
美波。
「助手席あんなに喜んで乗るのに机には負けんのかよ」
詩織。
「車は動くけど机は動かないから」
三人。
「……?」
詩織。
「?」
美知留。
「やっぱり詩織さんの感性、ちょっと分からないです」
麗奈。
「私も」
美波。
「アタシは分かる」
麗奈。
「美波側に行っちゃった」
七 皿回しが「芸」から「会話」になる
そして。
宮本美知留。
出番。
手元。
安来節用の道具も持ってきている。
でも。
今日は。
やらない。
老人ホーム。
安来節。
大ウケ。
ここ。
違う。
琴葉から何度も言われた。
「自分が何やりたいかやなくて、相手が何を喜ぶか見い」
池袋で教わった。
三方良し。
美知留。
選ぶ。
皿回し。
ゆっくり。
一枚。
くるくる。
ベッドの少年。
目。
皿を追う。
美知留。
「見える?」
返事。
ない。
でも。
視線。
動く。
二枚目。
「こっちと」
右。
「こっち」
左。
「どっちが先に止まりそうかな」
少年。
目。
少し。
左。
美知留。
気づく。
「こっち?」
視線。
また。
左。
美知留。
笑う。
「じゃあ、止めないようにするね」
棒。
動かす。
皿。
回転。
回復。
少年。
また目で追う。
母親。
小さな声。
「この子、ちゃんと見てます」
美知留。
「……はい」
分かる。
こういう反応。
美知留には。
分かる。
言葉がなくても。
家族には。
分かる。
美知留。
「気に入ってくれた?」
少年。
皿を見る。
美知留。
「じゃあ、もう一回やるね」
一枚。
また。
くるくる。
拍手。
ない。
歓声。
ない。
でも。
美知留には。
杉並で大勢の子どもからもらった拍手と同じくらい。
いや。
それ以上に。
嬉しかった。
通じた。
それだけで。
八 家族を見る美知留に、麗奈は気づく
慰問。
子どもだけではない。
家族。
母親。
父親。
きょうだい。
付き添い。
長い入院。
治療。
介護。
不安。
疲労。
美知留。
自然に動く。
椅子。
足りない。
持ってくる。
荷物。
置き場所。
作る。
飲み物。
渡す。
母親。
「ありがとうございます」
「いえ」
別の母親。
ぽつり。
「本人も大変なんですけど……付き添ってる方も、たまに疲れちゃって」
美知留。
「……はい」
「こんなこと言っちゃダメなんでしょうけどね」
美知留。
すぐには。
「頑張ってください」
と言わない。
「今日は、少しでも楽に過ごしてください」
母親。
美知留を見る。
「……ありがとう」
笑う。
麗奈。
少し離れたところから。
美知留を見る。
妙に。
慣れている。
病気の話へ踏み込みすぎない。
「絶対よくなります」
などとは言わない。
家族へ。
無責任な励ましをしない。
詩織も。
気づく。
美波も。
二件目。
言葉を発することのできない少女。
美知留。
皿。
回す。
少女。
視線。
追う。
母親。
「この子、好きなものじゃないとあまり目で追わないんです」
美知留。
少女。
見る。
「じゃあ、皿回し好きになってくれたんですね」
母親。
「みたいです」
美知留。
「嬉しいです」
それだけ。
余計なこと。
言わない。
麗奈。
確信。
三件目へ向かう前。
「美知留ちゃん」
「はい」
「こういうところ……慣れてる?」
美知留。
ほんの一瞬。
止まる。
「……少し」
麗奈。
「そっか」
終わり。
聞かない。
美波も。
詩織も。
聞かない。
でも。
三人とも。
美知留の「少し」の後ろに。
何かがあることだけは分かった。
九 夜の中央道――歌の景色が、今度は帰り道になる
慰問。
全日程終了。
夕方。
やがて夜。
車。
中央自動車道。
東京方面。
助手席。
当然。
詩織。
麗奈。
「本当にまた前なの?」
詩織。
「うん!」
美知留。
「怖くないんですね」
「楽しいよ」
美波。
「しおりんは最高の助手席だな!」
麗奈。
「最悪の組み合わせが完成した」
夜。
窓。
流れる光。
行きに見た景色とは違う。
競馬場。
夜の影。
ビール工場。
灯り。
調布周辺。
飛行場の広い闇。
そして。
道路照明。
点。
点。
点。
一直線。
東京へ。
光の列が伸びる。
恋人たちのドライブを描いた名曲の世界なら。
少し洒落た夜。
だが。
今日。
車に乗っているのは。
元レディース総長。
ツンデレ美女。
歌う天使。
福生の地味な新人ヒロイン。
麗奈。
「……すごい組み合わせだね」
美知留。
「何がですか?」
「いや、何でもない」
しばらく。
静か。
美波。
今日は珍しく。
比較的。
真っすぐ走っている。
美知留。
窓を見る。
麗奈。
「美知留ちゃん」
「はい?」
「今日、どうだった?」
美知留。
少し考える。
「……来てよかったです」
美波。
「だろ?」
詩織。
「また一緒に来ようね」
美知留。
「……」
何か。
胸の中で。
動く。
今日。
言葉を話せない子。
皿を見ていた。
家族。
笑った。
美知留。
「私」
三人。
「?」
「弟がいるんです」
車内。
空気。
変わる。
十 「弟がいるんです」――五回目の本当の理由
美知留。
「すごく年が離れてます」
麗奈。
黙って聞く。
「重い障害があります」
美波。
前を見たまま。
「言葉も」
一度。
息。
「話すことができません」
詩織。
助手席から。
少しだけ振り返る。
美知留。
「前に……美波さんと麗奈さんが小児終末ケアセンターへ来た時」
麗奈。
「……うん」
「あそこにいたの、弟なんです」
麗奈。
一瞬。
目を見開く。
あの時。
美知留。
「麗奈さん、覚えてないって言ってましたよね」
麗奈。
「……ごめん」
「本当に大丈夫です」
美知留。
「慰問、たくさん行ってるんですから」
そして。
続ける。
「弟、言葉では何も言えないんです」
でも。
美知留には。
分かる。
母にも。
分かる。
弟が。
嬉しい時。
怖い時。
苦しい時。
安心している時。
家族だから。
ほんの小さな変化を。
読み取れる。
「あの日、美波さんと麗奈さんが来たら……すごく喜んだんです」
麗奈。
黙る。
「あんなに反応したの、久しぶりでした」
美波。
ハンドル。
握る。
詩織。
聞いている。
美知留。
「それで……思ったんです」
自分が。
戦隊ヒロインになったら。
「お姉ちゃんが戦隊ヒロインになったところを、弟に見せられるんじゃないかって」
誰も。
口を挟まない。
「どうしても見せたかったんです」
それが。
美知留の始まり。
美知留。
小さく笑う。
「向いてないのは、自分が一番分かってました」
麗奈。
「美知留ちゃん」
「本当に」
「私、何もなかったから」
身体能力。
低い。
歌。
普通。
踊り。
苦手。
トーク。
できない。
外見。
周囲の華やかなヒロインと比べれば。
地味。
「だから真帆さんに四回落とされたのも、当然だったと思います」
美波。
「でも五回来た」
「はい」
「時間がなかったから」
麗奈。
「……」
美知留。
窓の外。
流れる灯り。
「弟の病状、悪くなってるんです」
医師から。
家族へ。
残された時間。
長くない。
そう伝えられている。
「半年とか一年待ったら……間に合わないかもしれない」
だから。
不合格。
もう一回。
不合格。
もう一回。
また。
また。
「何回でも行くしかなかったんです」
波田顧問が。
「五回来たから」
それだけで拾った。
福生の不屈娘。
実際は。
不屈なのではない。
諦める時間がなかった。
十一 「ちゃんと、間に合ったんだね」
美知留。
「今は」
少し笑う。
「イベントの動画を弟に見せてます」
杉並。
皿回し。
錦糸町。
安来節。
地域イベント。
慰問。
「私が映ると……反応するんです」
麗奈。
「美知留ちゃんだって分かってる?」
美知留。
「たぶん」
そして。
すぐ。
「家族がそう思ってるだけかもしれませんけど」
麗奈。
首を振るでもなく。
安易に、
「絶対分かってるよ」
とも言わない。
ただ。
「じゃあ、見せられたんだね」
美知留。
「……はい」
「戦隊ヒロインになったお姉ちゃんを」
「はい」
麗奈。
少し笑う。
「ちゃんと、間に合ったんだ」
美知留。
目。
少し。
潤む。
「……はい」
でも。
美知留には。
まだ話すことがあった。
十二 「弟がいなくなったら、辞めようと思ってました」
美知留。
「私……弟が亡くなったら、戦隊ヒロインを辞めようと思ってたんです」
麗奈。
「え?」
詩織。
「……どうして?」
美知留。
「弟に見せるためだったから」
目的。
達成。
その後。
自分に何が残る。
人気。
ない。
華。
ない。
高い能力。
ない。
サイン会。
三人。
物販。
陽菜や美月と三桁差。
ノムさん。
オーラなし。
「私より向いている人、たくさんいるじゃないですか」
麗奈。
「……」
「私が残ってたら、皆さんに迷惑になるんじゃないかって」
美知留らしい。
ようやく居場所ができ始めたのに。
自分から。
消えようとする。
麗奈。
即座。
「辞めないでよ」
美知留。
顔を上げる。
麗奈。
今度は。
「そうなんだ~」
ではない。
「前に美知留ちゃん言ってたじゃん」
「?」
「病気の本人だけじゃなくて、家族の励みにもなる戦隊ヒロインになりたいって」
美知留。
「……はい」
麗奈。
窓の外を見る。
「私も同じだよ」
十一円。
少女。
まくらカバー。
助けられなかった。
治せなかった。
病気を止められなかった。
でも。
「病気を治すことなんか私にはできない」
美知留。
聞く。
「でも、その日の一時間を楽しくするとか」
少し間。
「今日いい日だったって思ってもらうとか」
「家族の人に少し笑ってもらうとか」
麗奈。
「そういうことなら、できるかもしれないじゃん」
美知留。
「……」
麗奈。
「だから私、慰問続けてる」
そして。
美知留を見る。
「美知留ちゃんも、そういう活動をしたい人なんでしょ?」
「はい」
「だったら、私、美知留ちゃんとこれからも一緒に活動したい」
美知留。
言葉。
止まる。
麗奈。
少し照れて。
「だから」
「簡単に辞めるとか言わないでよ」
美知留。
「……麗奈さん」
「別に命令じゃないけど」
美知留。
少し笑う。
「そういうところありますよね」
麗奈。
「何が?」
「ツン――」
麗奈。
「何?」
美知留。
「何でもありません」
十三 歌姫も「また一緒に」と言う
助手席。
詩織。
「私も」
美知留。
「?」
「辞めてほしくない」
美知留。
「詩織さん……」
「今日ね」
詩織。
「美知留ちゃんの皿回し、ずっと見てくれてた子いたでしょ?」
「はい」
「私の歌も聞いてくれた子がいた」
「はい」
詩織。
穏やかに笑う。
「次も、一人にでも届けばいいと思う」
美知留。
「……」
「私、美知留ちゃんとまた慰問行きたい」
「はい」
「これからも一緒に活動して、いっぱい励ましたい」
美知留。
涙。
少し。
「……はい」
詩織。
「よかった」
そして。
前を見る。
美波。
「しおりん、いいこと言うじゃん」
詩織。
「えへへ」
十四 湘南の姐御は、あっけらかんと言った
運転席。
美波。
ここまで。
珍しく黙っていた。
美知留。
「美波さん」
「ん?」
美波。
前を見ながら。
「辞めるなんて簡単に言っちゃ、もったいねえよ」
美知留。
「……」
美波。
「だってさ」
「五回受けたんだろ?」
「はい」
「安来節覚えたんだろ?」
「はい」
「皿も回せるんだろ?」
「はい」
「前よりしゃべれるようになったんだろ?」
「……少し」
「全部捨てんの?」
美知留。
黙る。
美波。
「もったいねえじゃん」
麗奈。
「美波らしい」
「何だよ」
「全部“もったいない”で片づけた」
美波。
「いいじゃん!」
そして。
少しだけ。
声を落とす。
「弟のために始めたっていいんだよ」
美知留。
「……」
「でも途中で理由増えたっていいだろ」
美知留。
顔を上げる。
美波。
「今日、あんたの皿見てた子」
「はい」
「あの子だって、もう理由の一個じゃん」
美知留。
「……」
「県央のばあちゃんらも安来節喜んでたし」
「はい」
「三人しかいなかったファンもいるんだろ?」
麗奈。
「それ美波どこで聞いたの」
「小春」
「小春かぁ」
美波。
「三人もいるじゃん」
美知留。
琴葉と。
同じことを言われた。
三人しか。
ではなく。
三人も。
美波。
「始めた理由と、続ける理由が同じじゃなくてもいいべ」
美知留。
流れる中央道の灯りを見る。
弟。
それが始まり。
でも。
琴葉。
小春。
詩織。
麗奈。
美波。
杉並の子ども。
県央のお年寄り。
三人のファン。
今日会った子。
いつの間にか。
弟以外にも。
自分が戦隊ヒロインでいることを。
少しだけ喜んでくれる人ができていた。
美知留。
小さく。
「……私、続けてもいいんでしょうか」
麗奈。
「いいよ」
詩織。
「うん」
美波。
「誰も辞めろって言ってねえじゃん」
美知留。
涙を拭く。
そして。
少し笑う。
「じゃあ……続けます」
麗奈。
「うん」
詩織。
「やった!」
美波。
「決まり!」
宮本美知留。
戦隊ヒロイン活動。
継続決定。
中央道。
夜。
灯り。
四人。
静かな感動。
このままなら。
完璧だった。
十五 いい話を三秒で破壊する平塚美波
美知留。
「……ありがとうございます」
麗奈。
「これからもよろしくね」
詩織。
「また一緒に行こうね」
美知留。
「はい」
車内。
温かい。
美知留。
目元。
まだ少し。
赤い。
美波。
運転。
前方。
標識。
「…………」
麗奈。
「?」
美波。
「あっ!」
麗奈。
「何?」
「出口こっちじゃん!」
ぐいっ。
麗奈。
「美波ぁぁぁぁぁ!」
美知留。
「わああっ!」
助手席。
詩織。
「わあーっ!」
楽しそう。
麗奈。
「しおりん!?」
美波。
「ちゃんとウインカー出しただろ!」
麗奈。
「出した直後に行かないで!」
「後ろいなかったって!」
「そういう問題じゃない!」
美知留。
シートベルト。
握る。
「今、私の人生でもかなり大事な話をしてたんですけど!」
美波。
「高速の出口は待ってくれねえんだよ!」
麗奈。
「感動返して!」
詩織。
嬉しそう。
「もう一回ある?」
麗奈。
「希望しないで!」
美知留。
涙。
完全に引っ込む。
美波。
笑う。
「ほら、美知留ちゃん!」
「何ですか!」
「元気出ただろ!」
「出し方が違います!」
麗奈。
吹き出す。
詩織。
笑う。
美波。
「アハハハ!」
美知留。
最初。
怒った顔。
でも。
やがて。
笑う。
大声で。
笑う。
中央道の車内。
四人。
笑い声。
光の滑走路を。
東京へ。
エピローグ 初めて「明日」を書いた、できた帳
その夜。
福生。
美知留の部屋。
机。
一冊。
『美知留ちゃん できた帳』
琴葉にもらった時。
美知留。
「私、二十歳です」
琴葉。
「知ってる」
「小学生みたい」
「元小学校教師やからな」
そんなノート。
いまでは。
大切に使っている。
新しいページ。
美知留。
書く。
今日、できたこと。
一、子どもの様子を見ながら皿回しができた。
二、施設の家族と話せた。
三、美波さん、麗奈さん、詩織さんに弟のことを話せた。
四、戦隊ヒロインを目指した本当の理由を話せた。
そして。
五つ目。
筆。
止まる。
今まで。
この帳面に書いていたのは。
昨日できなかった。
今日できた。
そんなこと。
でも。
今日。
初めて。
これからのことを書く。
『弟に見せるために、戦隊ヒロインになった。』
その下。
『でも、それだけじゃなくなってもいいのかもしれない。』
美知留。
少し。
考える。
そして。
最後。
『これからも、戦隊ヒロインを続ける。』
書いた。
ペンを置く。
皿回し。
できる。
安来節。
できる。
販売。
得意。
華。
まだない。
人気。
まだない。
サイン会。
短い。
グッズ売上。
少ない。
ノムさん曰く。
オーラなし。
でも。
それでもいい。
美知留は。
ようやく知った。
戦隊ヒロインになる理由は。
一つでなくていい。
続ける理由は。
途中で増えていい。
弟。
そこから。
すべてが始まった。
弟が。
お姉ちゃんを見てくれる。
それだけでよかった。
でも。
その扉の向こうには。
思っていたより。
たくさんの人がいた。
皿回しを見て笑う子。
安来節を喜ぶお年寄り。
三人のファン。
励ましてくれる仲間。
「また一緒に行こう」
と言ってくれる先輩。
美知留。
ノートを閉じる。
窓の外。
福生の夜。
遠く。
車の走る音。
どこかでは。
中央自動車道の灯りが。
今も。
西から東へ。
東から西へ。
流れている。
まっすぐな滑走路のように。
でも。
人の道は。
そんなにまっすぐではない。
宮本美知留も。
五回落ちた。
天秤を担いだ。
安来節を踊った。
皿を回した。
三人しかいないサイン会も経験した。
遠回り。
迷走。
いや。
琴葉に言わせれば。
模索。
その模索の末。
ようやく。
戦隊ヒロインになる理由ではなく。
戦隊ヒロインであり続ける理由
を見つけ始めた。
見る側だった少女は。
笑わせる側になった。
弟のためだけに始めた道は。
いつしか。
誰か一人でも笑ってくれるなら続けたい道へ変わった。
福生の不屈娘・宮本美知留。
まだ。
華やかなヒロインではない。
まだ。
人気者でもない。
でも。
もう。
「何もない子」ではなかった。
そして。
彼女は。
もう辞めない。
――少なくとも。
自分から簡単には。
――福生の不屈娘・宮本美知留編 第一部・中締め――
翌朝。
新橋ヒロ室。
琴葉。
「美知留ちゃん」
「はい」
「昨日どうやった?」
美知留。
「すごく良かったです」
「そう」
「これからも続けます」
琴葉。
一瞬。
美知留を見る。
そして。
笑う。
「ほな、じっくりやってみまひょ」
美知留。
「はい」
琴葉。
「ところで」
「はい?」
少し間。
「テーブルクロス引きなんやけど――」
美知留。
「それはやりません!」
遥室長。
遠くから。
「もう特技増やさなくていいのらー!」
新橋ヒロ室。
今日も。
平和だった。
そして――。
福生の不屈娘の物語は。
ここで一度。
中締め。
またいつか。
皿が回り。
ドジョウが掬われる日まで。




