見る側だった私が、今日は笑わせる側にいる。 ――福生の不屈娘・宮本美知留、麗奈と美波の慰問班へ! 県央老人ホーム巡り、毒舌・安来節・皿回し――湘南の姐御は笑わせて、叱って、そして急ハンドルを切る
宮本美知留は、ほんの少し前まで――。
戦隊ヒロインを、
遠くから見る側の人間だった。
華やかな衣装。
きれいな笑顔。
堂々とした立ち振る舞い。
大勢の前でも臆することなく話せる先輩たち。
そのどれもが、自分とは違う世界にあるものだと思っていた。
だから新橋のヒロ室へ初めて来た時も。
大宮麗奈を目の前で見て、文字通り固まった。
あまりに華やかな顔を凝視しすぎて、
「私の顔、何かついてるのかなぁ?」
と言われたほどである。
それから。
富士川で走った。
踊った。
怒られた。
堀井琴葉から、
「あんたは、あかん子やない。まだ咲いてへんだけや」
と言われた。
川崎・鶴見では、初ステージでほぼ何もできなかった。
池袋では天秤棒を担いで生活雑貨を完売した。
ただし、もともと販売員としての経験が豊富だったため、
戦隊ヒロイン研修として何を得たのかは微妙だった。
錦糸町では安来節を踊った。
杉並では皿を回した。
それでも人気は出ない。
白石陽菜や赤嶺美月とは、物販売上の桁が三つ違う。
サイン会。
三人。
握手会。
短い。
ノムさんからは、
「あの子にゃオーラがないんよ」
とまで言われた。
それでも。
三人のファンの顔は覚えた。
一人一人と、ちゃんと話した。
自分の列がなくなった後は、控室を片づけた。
そして。
以前なら近づくことすらできなかった大宮麗奈へ、自分から声をかけた。
――あの慰問を見て、戦隊ヒロインを目指したんです。
麗奈の反応。
「そうなんだ~」
塩。
非常に塩。
しかし。
その後。
麗奈は何でもないような顔で言った。
「今度さ、慰問、一緒に行く?」
美知留は即答した。
「行きたいです!」
そして。
本当に、その日が来た。
一、憧れの慰問班。ただし運転手に重大な問題がある
朝。
集合場所。
一台の車の横に立つ女。
平塚美波。
湘南育ち。
元ライフセーバー。
そして――。
若い頃には地元界隈でかなり鳴らした、元レディース総長。
現在。
戦隊ヒロイン。
通称、
湘南の毒舌クイーン。
美波。
「おっ、美知留ちゃん! 来たじゃん!」
美知留。
「おはようございます!」
「今日はよろしくな!」
「はい!」
そこへ麗奈。
「おはよ~」
大宮麗奈。
今日も華やか。
朝から完成している。
美知留は、ちょっとだけ見とれる。
麗奈。
「美知留ちゃん?」
「あっ、すみません」
「また?」
「……はい」
美波。
「前よりマシじゃん。昔は麗奈の顔見て停止したんだろ?」
美知留。
「誰から聞いたんですか」
麗奈。
「私」
「麗奈さん!」
美波。
「アハハハ!」
麗奈。
「ところで美知留ちゃん」
「はい」
麗奈が後部ドアを開ける。
「後ろ乗った方がいいよ」
美知留。
「どうしてですか?」
麗奈。
運転席の美波を見る。
「前、怖いから」
美波。
「聞こえてんべ!」
麗奈。
「聞かせてるの~」
「アタシ安全運転だから!」
「それ自分で言う人が一番信用できないの」
「何だと!」
美知留。
「私、どこへ……」
麗奈。
「後ろ」
「はい」
迷いなし。
美波。
「美知留ちゃんまで!」
三人、乗車。
美知留。
後部座席。
シートベルト。
しっかり。
美波。
エンジン始動。
「じゃあ行くべ!」
麗奈。
「ゆっくりね」
「分かってるよ!」
発進。
普通。
美知留。
「……あれ?」
麗奈。
「何?」
「思ったより普通です」
麗奈。
「あー、それ言わない方が――」
美波。
「あっ!」
美知留。
「?」
「こっちだった!」
ハンドル。
ぐいっ。
美知留。
「わあっ!」
麗奈。
「ほらぁ!」
美波。
「何だよ!」
「急に曲がらないで!」
「交差点なんだから曲がるだろ!」
「曲がり方!」
美知留。
シートベルトを握る。
美波。
「ウインカー出したじゃん!」
麗奈。
「ウインカーは免罪符じゃないの!」
美知留。
「……今日一日、無事に帰れますよね」
美波。
「縁起でもねえこと言うな!」
慰問活動。
まだ一件も訪問していない。
二、美知留、初めて美波へ「なぜヒロインになったのか」を話す
車は神奈川県央地区へ向かっていた。
今回訪ねるのは、高齢者福祉施設数か所。
県央地区。
神奈川県と聞いて多くの人がまず思い浮かべる横浜でもない。
港町・川崎でもない。
湘南の海でもない。
箱根でも鎌倉でもない。
しかし。
厚木。
海老名。
大和。
座間。
綾瀬。
その周辺。
鉄道。
幹線道路。
住宅地。
工場。
物流拠点。
昔からの商店。
新しい街。
人が働き。
家族が暮らす。
言ってみれば、
観光ポスターの神奈川ではなく、毎日の神奈川。
派手ではない。
でも。
神奈川県の暮らしを真ん中でしっかり支えている地域である。
美知留は窓の外を眺めていた。
すると。
美波。
「そういやさ」
「はい?」
「美知留ちゃん」
「はい」
「麗奈から聞いたんだけど」
麗奈。
「何?」
美波。
「アタシらの慰問活動見て、戦隊ヒロインになろうと思ったんだって?」
美知留。
「……はい」
少しだけ、緊張する。
以前。
南部沙羅から、
「どうしてそこまで戦隊ヒロインになりたかったの?」
と聞かれた。
あの時は。
答えられなかった。
だが。
今は。
少しだけ違う。
美知留。
「病気だったり、重い障害があったりする人って……」
美波。
「うん」
「本人だけじゃなくて、その家族もずっと頑張っているじゃないですか」
麗奈。
黙って聞いている。
「通院だったり、付き添いだったり。これからのことだったり。ずっと気持ちが張ってて……家族の人まで笑う余裕がなくなる時って、あると思うんです」
美波の顔から、少し笑いが消える。
「でも、あの日……美波さんと麗奈さんが来たら、患者さん本人だけじゃなくて、家族の人たちまで笑ってたんです」
「……うん」
「私、それを見て初めて、戦隊ヒロインってこういうこともできるんだって思いました」
美知留は。
まだ言わない。
なぜ自分があの小児終末ケアセンターにいたのか。
誰に付き添っていたのか。
そこまでは。
まだ言わない。
だが。
これだけは。
はっきり口にする。
「私も、そういう人たちの励みになれる戦隊ヒロインになりたいと思ったんです」
車内。
ほんの少し。
静かになる。
麗奈。
美知留を見る。
美波。
前方を見る。
そして――。
満面。
「そうでしょう。そうでしょう!」
麗奈。
「何で美波がそんな得意げなの」
美波。
「だってアタシらいいことしてんじゃん!」
麗奈。
「自分で言う?」
「言うよ!」
「普通ちょっと謙遜しない?」
美波。
「いいことした時くらい自分で褒めて何が悪いんだべ!」
美知留。
ちょっと笑う。
美波。
「いやあ、そうかあ! アタシら見て戦隊ヒロイン目指したのか!」
「はい」
「いいじゃん!」
「ありがとうございます」
「もっと早く言やよかったじゃん!」
美知留。
「……前は、うまく言えなくて」
美波。
「そういうのは堂々と言っていいんだよ!」
麗奈。
「美波、嬉しそうだね」
「そりゃ嬉しいべ!」
麗奈。
「私は“そうなんだ~”で終わったけど」
美波。
「お前、ほんっとそういうとこあるよな!」
麗奈。
「何よ」
「嬉しかったんだろ?」
「別に」
「顔!」
「運転に集中して!」
美波。
「してるよ!」
次の瞬間。
「あっ!」
ぐいっ。
美知留。
「わああっ!」
麗奈。
「だからぁ!」
美波。
「右折だって!」
「急ハンドル!」
「曲がんなきゃ通り過ぎるだろ!」
美知留。
シートベルトを握る。
「……今、すごくいい話してたのに」
美波。
「いい話と右折は別問題だべ!」
美知留。
「慰問活動に感動した話をしてる途中で死ぬかと思いました」
麗奈。
吹き出す。
「美知留ちゃん、言うようになったね~」
美波。
「縁起でもねえ!」
三、湘南の毒舌クイーン、高齢者相手に一切容赦なし
一件目。
県央地区の高齢者福祉施設。
三人が到着。
職員。
「お待ちしていました!」
美波。
「どうもどうも!」
美知留。
「よろしくお願いします」
麗奈。
「お願いします~」
会場。
入居者。
数十名。
三人が姿を見せる。
まず美波。
マイク。
美知留は袖で見ている。
職員。
「それでは平塚美波さんです!」
美波。
登場。
「どうもー! みんな、生きてっかー!」
美知留。
「えっ」
麗奈。
「大丈夫」
高齢者。
「生きてるぞー!」
大爆笑。
美波。
「声でけえな! そんな元気なら今日から職員側に回れ!」
おじいちゃん。
「給料くれるのか!」
「年金もらって給料まで取ろうっての? 欲深いじいちゃんだな!」
笑い。
いきなり絶好調。
美波の毒舌。
それは、単なる悪口ではない。
かつて昭和のラジオや寄席、福祉施設などで絶大な人気を集めた名物芸人のように。
高齢者を腫れ物扱いしない。
「おじいちゃん、おばあちゃん、かわいそうですね」
などと距離を取らない。
遠慮なく突っ込む。
遠慮なく笑う。
そして。
相手も遠慮なく言い返す。
それが。
美波流。
おばあちゃん。
「美波ちゃん、今日も綺麗ねえ」
美波。
「“今日も”ってことは昨日も見てたの? ストーカーじゃん!」
おばあちゃん。
「テレビで!」
「だったら先に言えよ!」
爆笑。
別のおばあちゃん。
「若いっていいねえ」
美波。
「ばあちゃんだって昔は若かっただろ! 使い切っただけじゃん!」
職員。
「美波さん!」
おばあちゃん。
大爆笑。
「そうだよ、全部使った!」
美波。
「ほら!」
おじいちゃん。
「美波ちゃん、俺と結婚してくれ!」
美波。
じっと見る。
「じいちゃん、まず歯入れてから口説け!」
会場。
大爆笑。
おじいちゃん。
「入れ歯部屋に置いてきた!」
「持ってこい! 審査はそれからだ!」
麗奈。
舞台袖。
「すごいね」
美知留。
「怒られないんですか?」
麗奈。
「見てて」
おじいちゃん。
腹を抱えて笑っている。
「美波ちゃん最高!」
美波。
「何だよ、結局アタシ好きなんじゃん!」
「好きだぞ!」
「じゃあ長生きしろ!」
また笑い。
別のおじいちゃん。
「俺、九十八!」
美波。
「九十八!?」
近づく。
「アタシより元気じゃん! もう慰問する側とされる側、交代しようぜ!」
「百まで生きる!」
美波。
「百で満足すんな! 百十まで生きてここの主になれ!」
大拍手。
また別のおばあちゃん。
「私、今年九十四」
美波。
「若い若い! さっき九十八いたから、ここじゃ若手だよ!」
「新人かい!」
「新人!」
爆笑。
そして最後は。
「いいか! みんな元気で長生きしろよ!」
高齢者。
「おー!」
「アタシがまた悪口言いに来るまで、勝手に死ぬんじゃねえぞ!」
「分かった!」
拍手。
美知留。
見入る。
毒舌。
だが。
全部。
相手へ向いている。
相手の声を聞き。
反応を見て。
その場で返している。
美波の言葉は乱暴でも。
距離は近い。
だから。
笑う。
四、大宮の華。そして福生の不屈娘
続いて。
大宮麗奈。
登場。
会場の空気。
一瞬で華やぐ。
おばあちゃん。
「あらぁ~!」
「麗奈ちゃん!」
「綺麗ねぇ!」
麗奈。
「ありがとうございます~」
手を振る。
美波。
舞台袖。
「アタシの時と反応違うじゃん!」
麗奈。
「普段の言動の差じゃない?」
「何だと!」
おじいちゃん。
「麗奈ちゃーん!」
麗奈。
「はーい」
「こっち向いて!」
「見えてますよ~」
歓声。
美知留。
その横。
やはり。
思う。
すごい。
自分にはない。
麗奈は立つだけで場が明るくなる。
自分が隣にいたら。
たぶん誰も自分を見ない。
以前なら。
そう思った瞬間。
一歩下がった。
でも。
今日は。
自分の番がある。
職員。
「そして今日は、新人の戦隊ヒロインさんにもお越しいただいています!」
美知留。
深呼吸。
舞台へ。
「東京都福生市出身、宮本美知留です!」
拍手。
「若いねえ」
「かわいいじゃない」
美知留。
「ありがとうございます!」
麗奈ほどではない。
反応も穏やか。
でも。
もう固まらない。
美知留。
「今日は、私の特技を披露します!」
おじいちゃん。
「何やるんだ!」
美知留。
堂々。
「安来節です!」
高齢者。
一瞬。
そして。
「おおーっ!」
美知留。
「……!」
想像以上。
美波。
舞台袖。
「すげえ反応いいじゃん!」
麗奈。
「ここ、美知留ちゃんの主戦場なんじゃない?」
音楽。
美知留。
手拭い。
ザル。
構える。
始める。
腰を落とす。
ドジョウを探す。
いた。
追う。
逃げる。
「あら上手!」
「若いのによく覚えたねえ!」
おじいちゃん。
「もっと腰落とせ!」
美知留。
「はい!」
さらに腰。
笑い。
前列のおばあちゃん。
楽しそうに手を叩く。
「若い子がこういうのやるのって、いいねぇ」
隣のおばあちゃん。
「ほんと。最近こういうの見ないものねえ」
別のおじいちゃん。
「ちゃんとやってる! 偉いぞ!」
美知留。
聞こえる。
胸。
少し温かい。
錦糸町。
子ども。
「ドジョウどこ?」
理世。
「戦隊ヒロインのステージに必要ないと思う」
知佳。
「安来節としては良かったです」
評価。
真っ二つ。
だが。
ここでは。
ドンピシャ。
美波。
「美知留ちゃん! ドジョウ逃げたぞ!」
美知留。
「追ってます!」
「右だ!」
「そっちはいません!」
会場。
爆笑。
美知留。
自分から返せた。
麗奈。
「返しまでできるようになってる」
美波。
「成長したじゃん!」
安来節終了。
大拍手。
美知留。
頭を下げる。
「ありがとうございました!」
そして。
皿回し。
一枚。
くるくる。
「おお!」
二枚。
「すごいね!」
三枚。
さらに拍手。
一本。
回転低下。
おじいちゃん。
「落ちるぞ!」
美知留。
「大丈夫です!」
ぐら。
会場。
「ああっ!」
美知留。
持ち直す。
拍手。
美知留。
「先生に何百回もやり直させられましたから!」
笑い。
美波。
「誰だその鬼教師!」
美知留。
「本人は“愛情”だと言ってます!」
さらに笑い。
麗奈。
「琴葉さんだね」
美波。
「分かりやすすぎる!」
五、安来節、県央老人ホームでまさかの無双
二件目。
三件目。
美知留。
完全に調子をつかむ。
おじいちゃん。
「今日はドジョウ何匹捕まえるんだ?」
美知留。
以前なら。
「……」
だった。
今日は。
「三匹です!」
「少ないぞ!」
「じゃあ五匹!」
美波。
「十匹行け!」
美知留。
「勝手に増やさないでください!」
爆笑。
別の施設。
安来節終了。
おばあちゃん。
「昔、うちの旦那もやってたよ」
美知留。
「本当ですか?」
「下手だったけどね」
美知留。
「じゃあ私の勝ちですね!」
会場。
笑い。
美知留。
言ってから自分で驚く。
こんなこと。
以前の自分なら言えなかった。
美波。
舞台袖。
「いいじゃん!」
麗奈。
「美知留ちゃん、今日すごいしゃべる」
三件目。
皿回し。
おばあちゃん。
「落としたらどうするの?」
美知留。
少し考える。
「笑ってごまかします!」
笑い。
美波。
「正直!」
美知留。
「割れない皿なので大丈夫です!」
おじいちゃん。
「じゃあ落とせ!」
美知留。
「成功させてください!」
また笑い。
美知留。
気づかないうちに。
客席を見ている。
誰が笑っているか。
誰が声を掛けたか。
聞いている。
返している。
自分がどう見えるか。
それより。
この人たちが笑ってくれるか。
そちらへ意識が向いていた。
六、「このあと全員で上尾行くぞ!」――慰問先から大宮ふとん店へ謎の大移動
この日最後の施設。
プログラム終了。
美波。
「いやぁ~、みんな元気じゃん!」
おじいちゃん。
「また来いよ!」
美波。
「しょうがねえなぁ!」
おばあちゃん。
「麗奈ちゃんも来てね!」
麗奈。
「もちろん~」
美波。
調子に乗る。
「よーし! じゃあこのあと全員で埼玉県上尾市の大宮ふとん店行くぞ!」
会場。
「おー!」
麗奈。
「ちょっと!」
美波。
「麗奈んちだから!」
おじいちゃん。
「布団買うぞ!」
おばあちゃん。
「座布団欲しい!」
別のおばあちゃん。
「枕ある?」
麗奈。
両手。
「今日は来なくていいから~!」
爆笑。
美波。
「何でだよ! 客だぞ!」
麗奈。
「今日は店の軒先で、月に一度の大事な猫の集会があるからダメ~!」
高齢者。
「猫の集会?」
「何匹来るの?」
麗奈。
「それは猫しか知りません~」
美波。
「客より猫優先かよ!」
麗奈。
「今日は猫優先!」
おじいちゃん。
「猫も連れてこい!」
麗奈。
「猫は慰問しません~!」
美波。
「布団の上に猫寝かせりゃ宣伝になるじゃん!」
麗奈。
「勝手に店の営業戦略変えないで!」
美知留。
横で聞きながら。
つい。
「猫用の小さい布団なら売れるかもしれませんよ」
麗奈。
振り向く。
「美知留ちゃんまで!?」
美波。
「ほら! 三方良し!」
美知留。
「それは三方良しじゃありません!」
おばあちゃん。
「私買うよ!」
麗奈。
「商品化しないから~!」
最後の最後まで。
大笑い。
施設職員。
「またぜひお願いします」
美波。
「呼んで呼んで!」
麗奈。
「ありがとうございました」
美知留。
「ありがとうございました!」
一人のおばあちゃんが美知留へ手を振る。
「安来節、また見せてね」
美知留。
「はい!」
即答。
笑顔。
七、湘南の姐御から「愛のダメ出し」
車へ戻る。
美知留。
後部座席。
シートベルト。
今日一番しっかり締める。
美波。
「何でそんな確認してんの?」
美知留。
「念のためです」
「信用ねえな!」
麗奈。
「実績だよ」
「うるせえ!」
発進。
しばらく。
美波。
「美知留ちゃん」
「はい」
「今日」
少し真面目な声。
「良かったよ」
美知留。
「……本当ですか?」
「うん」
美波は裏表がない。
褒めるなら、ちゃんと褒める。
「安来節。ああいう場所ならめちゃくちゃ使えるじゃん」
「ありがとうございます」
「皿もいい。見たらすぐ分かるし」
「はい」
「客ともちゃんとしゃべれてた」
美知留。
少し嬉しい。
「ありがとうございます」
美波。
「でも」
麗奈。
「あ、来た」
美波。
「何が」
麗奈。
「愛の説教」
「説教じゃねえ!」
美知留。
背筋を伸ばす。
「お願いします」
美波。
ルームミラー越し。
「まだ自分を小さく見せようとしてる」
美知留。
「……」
「麗奈が前出ると一歩下がるだろ」
「はい」
「アタシがしゃべってると、入ってこない」
「……はい」
「自分の出番終わるとすぐ端行く」
「はい」
美波。
「気ぃ遣うのはいいよ」
少し間。
「でも、気ぃ遣うのと自分消すのは違うべ」
美知留。
「……」
「麗奈みたいな華がないとか」
麗奈。
「何で私基準なの」
「例!」
「陽菜みたいな人気がないとか」
美知留。
静かに聞く。
「美月みたいなうるささがないとか」
美知留。
「それはなくてもいい気がします」
麗奈。
吹き出す。
美波。
「まあ、そこは置いといて!」
続ける。
「そんなもん、今日のじいちゃんばあちゃん関係なかったべ?」
美知留。
「……はい」
「安来節見て笑った」
「はい」
「皿回し見て拍手した」
「はい」
「あんたが返したら、また笑った」
「はい」
美波。
「だったら、その場では堂々としてろよ」
美知留。
黙る。
「人気ないからって、“私なんて誰も見たくないだろう”って先回りすんな」
刺さる。
サイン会。
三人。
物販。
三桁差。
ノムさん。
オーラがない。
全部。
美知留自身も分かっている。
だから。
一歩引く。
邪魔しない。
迷惑をかけない。
でも美波は。
それを許さない。
「客の気持ちまで勝手に決めんな」
美知留。
「……はい」
「今日、美知留ちゃんの安来節見たばあちゃん、“若い子がこういうのやるのいいね”って言ってたじゃん」
「はい」
「あれ、誰に言ってた?」
「……私です」
「だろ?」
美知留。
少しだけ。
顔を上げる。
美波。
「だったら“ありがとうございます!”って胸張っときゃいいんだよ」
「はい」
「返事小さい!」
美知留。
「はい!」
美波。
「よし!」
麗奈。
「美波、たまにすごくまともだよね」
美波。
「たまにって何だよ!」
麗奈。
「普段との落差」
「何だと!」
その時。
前方信号。
黄色。
美波。
「あっ!」
ブレーキ。
ぐっ。
麗奈。
「きゃっ!」
美知留。
「わっ!」
車。
停止。
静寂。
麗奈。
ゆっくり美波を見る。
「……今のいい話、全部台無しなんだけど」
美波。
「ちゃんと止まったじゃん!」
麗奈。
「止まり方!」
「赤信号突っ込むよりいいだろ!」
「比較対象がおかしい!」
美知留。
後ろから。
「美波さん」
「何?」
美知留。
「自分を小さく見せるのはやめます」
美波。
「おう!」
「でも美波さんは、もう少し運転を小さくしてください」
一秒。
麗奈。
「あはははは!」
美波。
「美知留ちゃん!」
麗奈。
「うまい!」
美波。
「誰に向かって言ってんだ!」
美知留。
「あっ、すみません!」
麗奈。
「そこで謝らない!」
美波。
「今“堂々としてろ”って言ったばっかだろ!」
美知留。
「あ……」
少し考えて。
「じゃあ撤回しません」
麗奈。
さらに笑う。
美波。
一瞬。
そして。
「……言うようになったじゃん」
美知留。
笑う。
「はい」
八、琴葉が見つけた「美知留のやり方」
数日後。
新橋ヒロ室。
堀井琴葉。
慰問活動報告書。
読む。
平塚美波コメント。
「まだ引っ込みすぎ。でも人を笑わせようとしてる時は、ちゃんと前に出られる」
西里香澄の杉並イベント報告。
「子どもと皿を一緒に見ている時は会話が自然」
池袋販売研修。
「商品説明時の接客良好」
琴葉。
「……」
一つ。
つながる。
池袋。
商品を売る時。
美知留は話せた。
杉並。
子どもと皿を見る時。
話せた。
県央。
お年寄りに安来節を楽しんでもらおうとした時。
話せた。
共通点。
「ああ……」
琴葉。
ぽつり。
「この子、“自分を見て”が苦手なんや」
自分を売る。
自分を見せる。
自分の魅力を語る。
苦手。
でも。
商品を分かりやすく説明しよう。
子どもを喜ばせよう。
お年寄りを笑わせよう。
誰かに何かを届けよう。
そうなった途端。
宮本美知留は動ける。
琴葉。
少し笑う。
「“私を見て”やなくて、“これで喜んでもらお”か」
もしかすると。
美知留には。
陽菜の華はいらない。
美月の勢いも。
麗奈の美貌も。
美波の毒舌も。
真似する必要などない。
この子は。
この子のやり方でいい。
九、見る側だった私が、今日は笑わせる側にいた
夜。
福生。
美知留の自宅。
机。
一冊のノート。
琴葉が作った、
『美知留ちゃん できた帳』
美知留。
二十歳。
いまだに使っている。
本人。
最近はもう諦めている。
新しいページ。
日付。
書く。
今日できたこと。
一、美波さんに、自分が戦隊ヒロインを目指した理由を話せた。
少し止まる。
書く。
二、安来節を喜んでもらえた。
思い出す。
「若い子がこういうのやるのって、いいねぇ」
口元。
少し笑う。
三、皿回しで拍手をもらえた。
四、お客さんに自分から返事ができた。
そして。
五つ目。
少し考える。
ペン。
止まる。
美知留は。
あの日を思い出す。
三多摩地区。
小児終末ケアセンター。
美波と麗奈。
華やかな二人が来た。
笑いが起きた。
本人だけではなく。
家族も笑っていた。
美知留は。
その光景を見ていた。
見る側。
遠くから。
戦隊ヒロインを見ていた。
でも。
今日。
老人ホーム。
自分が前へ出た。
安来節を踊った。
皿を回した。
おじいちゃんが笑った。
おばあちゃんが拍手した。
「また来てね」
と言ってくれた。
美知留。
ゆっくり書く。
五、自分が笑われるのを怖がるのではなく、みんなと一緒に笑えた。
そして。
その下。
もう一行。
『見る側だった私が、今日は笑わせる側にいた。』
美知留は。
しばらく、その文字を見る。
まだ。
人気はない。
サイン会の列も短い。
グッズも売れない。
オーラもない。
野暮ったさだって、急には消えない。
今日だって。
麗奈と並べば見劣りする。
美波のように一言で会場を爆笑させることもできない。
でも。
安来節ならできる。
皿を回せる。
一人の客の顔なら見られる。
話しかけられたら、少しずつ返せる。
そして。
誰かを喜ばせるためなら。
恥ずかしくても。
格好悪くても。
何度でも練習できる。
美知留。
小さく。
「……これでいいのかな」
答えてくれる人はいない。
でも。
少し考えて。
自分で答える。
「今は、これでいい」
ノートを閉じる。
翌朝になれば。
また琴葉が、
「もう一遍」
と言うかもしれない。
真帆は、
「まだ華が足りません」
と言うかもしれない。
ノムさんは、
「オーラがない」
と言うかもしれない。
それでも。
今日。
美知留の安来節を見たおばあちゃんは笑った。
皿回しを見たおじいちゃんは拍手した。
それは。
数字にはほとんど残らない。
人気ランキングにも反映されない。
けれど。
宮本美知留が戦隊ヒロインになった意味としては――。
十分だった。
福生の不屈娘。
宮本美知留。
かつて憧れた二人の背中を。
今日は少しだけ。
同じ側から見ることができた。
見る側から、笑わせる側へ。
彼女はまだ。
ゆっくりと。
戦隊ヒロインになり続けている。




