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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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1158/1176

列は短い。でも、顔はちゃんと見えました。 ――福生の不屈娘・宮本美知留、皿は回せても人気は回らない!? 陽菜・美月と売上三桁差、それでも“三人のファン”を誰より大切にした日

宮本美知留、二十歳。


東京都福生市出身。


戦隊ヒロイン採用試験を四度落ち、それでも五度目の扉を叩いたことだけを波田顧問に気に入られて採用された、


福生の不屈娘。


加入したばかりの頃は、何もなかった。


歌。


普通。


踊り。


普通以下。


身体能力。


ぎりぎり。


知力。


普通。


華。


ない。


特技。


ない。


ステージに立てば、客席の視線が怖くて固まった。


それから。


指導係を買って出た元小学校教諭・堀井琴葉による、若干方向性の怪しい育成が始まった。


池袋。


天秤行商。


戦隊ヒロイングッズだけではなく、タオルや布巾や保存容器まで完売。


ただし。


もともと接客販売のアルバイト経験が豊富だったため、新たに獲得した技能はほとんどなし。


得たもの。


近江商人の「三方良し」の精神。


続いて錦糸町。


安来節。


高齢者と酔客には大ウケ。


子どもからは、


「ドジョウどこ?」


という根源的質問。


続いて杉並。


皿回し。


こちらは子どもに大当たり。


人気美少女ヒロイン・白石陽菜とのバトン&皿回しコラボまで実現。


ようやく美知留にも。


「自分がイベントにいてもいい理由」


らしきものが見え始めた。


プロフィールにも堂々と、


特技:安来節・皿回し


と書かれた。


遥室長からは、


「かくし芸大会みたいなのら」


と言われたが。


何はともあれ。


宮本美知留。


前進していた。


ステージでも以前より話せるようになった。


客席も見られる。


皿を回しながらなら、


「どれが止まりそう?」


と自分から子どもに声を掛けることすらできる。


――しかし。


ひとつ大きな問題が残っていた。


人気がない。


びっくりするほど。


人気がなかった。


皿は回る。しかし人気は回ってこない


都内某所で行われた戦隊ヒロインイベント。


出演者の顔ぶれは華やかだった。


白石陽菜。


赤嶺美月。


大宮麗奈。


月島小春。


藤原詩織。


そして。


宮本美知留。


美知留は今回も皿回しを披露した。


一枚。


二枚。


三枚。


くるくる。


子ども。


「わあー!」


一本の回転が弱くなる。


美知留。


「あ、危ない!」


子ども。


「あー!」


持ち直す。


「おおー!」


さらに。


三枚同時。


棒から棒へ一枚を移動。


成功。


拍手。


美知留。


「ありがとうございます!」


笑顔。


以前とは違う。


ちゃんと客席へ届いている。


舞台袖。


琴葉。


「美知留ちゃん!」


「はい」


「良かったで!」


美知留。


「ありがとうございます」


小春。


「もう皿回し普通に持ちネタじゃん」


美知留。


「持ちネタって言い方すると、本当に芸人みたいになる」


詩織。


「でも子どもたち喜んでたよ」


美知留。


「うん」


手応え。


ある。


少しずつ。


本当に少しずつ。


自分も戦隊ヒロインとして認められている。


美知留はそう思い始めていた。


ところが。


イベント終了後。


会場内に設けられた、


戦隊ヒロイン個別サイン&握手会。


ここで。


人気という名の現実が、数字と列になって襲い掛かってきた。


まず。


白石陽菜。


「陽菜ちゃーん!」


「かわいい!」


「今日も来たよ!」


長蛇。


最後尾札。


さらにその後ろ。


係員が、


「こちら陽菜さん最後尾でーす!」


と案内している。


陽菜。


「ありがとう~!」


一人一人へ笑顔。


さすが人気者。


その隣。


赤嶺美月。


こちらも長蛇。


しかも騒音まで付く。


「おおきにー!」


「うわ、また来たん!?」


「今日三回目ちゃうん!?」


ファン。


「三回目!」


美月。


「どんだけうち好きやねん!」


ファン。


「大好き!」


美月。


「知ってる!」


スタッフ。


「赤嶺さん、進めてください!」


美月。


「しゃあないやん、ファンサや!」


さらに。


「最後尾どこやー!」


自分で立ち上がる。


スタッフ。


「赤嶺さん!」


「何や!」


「本人が最後尾整理しないでください!」


美月。


「うちの客やで!」


「こちらでやります!」


「ほな頼むわ!」


座る。


一方。


その横。


宮本美知留。


列。


三人。


美知留。


「…………」


陽菜。


ざっと数十人。


美月。


それ以上。


美知留。


三人。


一人目のサイン開始。


すると列。


二人。


二人目。


列。


一人。


三人目。


列。


ゼロ。


美知留。


「…………」


まだ開始から十分少々。


目の前。


誰もいない。


一方。


陽菜。


長蛇。


美月。


長蛇。


麗奈。


当然長蛇。


美知留の机。


サイン用色紙。


山。


ほぼ手つかず。


横にいた琴葉が、こちらを見ない。


美知留。


「先生」


「……ん?」


「皿回し、受けてましたよね?」


「受けてたで」


「拍手ありましたよね?」


「大きかったな」


美知留。


自分の列を見る。


ゼロ。


「……何でですか?」


琴葉。


「…………」


「先生」


琴葉。


「世の中にはな」


「はい」


「芸を見るんと、その人のファンになるんとは、別いうこともある」


美知留。


「ものすごく分かりやすい実例が今ここにありますね」


琴葉。


「自分で傷口広げんといて!」


美知留。


「でも事実です」


琴葉。


「そういう冷静さ、今はいらん!」


陽菜と美月との差、なんと「桁が三つ」


さらに残酷だったのが物販。


翌日。


新橋ヒロ室フロント。


安岡真帆がイベント結果をまとめている。


遥室長。


「どうだったのら?」


真帆。


「ステージ自体は好評です」


「皿回し?」


「はい。宮本さんも以前よりかなり安定しています」


遥。


「おお」


真帆。


「ただ……」


「ただ?」


真帆。


物販集計を出す。


遥。


見る。


「陽菜ちゃん」


「はい」


「すごいのら」


「はい」


「美月ちゃん」


「こちらも好調です」


「麗奈ちゃん」


「相変わらずです」


そして。


宮本美知留。


遥。


「…………」


真帆。


「…………」


遥。


もう一度見る。


数字を指で追う。


「真帆ちゃん」


「はい」


「これ、ゼロ抜けてないのら?」


「抜けていません」


「一個?」


「いいえ」


「二個?」


「いいえ」


遥。


陽菜。


見る。


美月。


見る。


美知留。


見る。


「桁が三つ違うのら」


真帆。


「はい」


「三つ?」


「三つです」


遥。


「千倍?」


真帆。


「単純比較はできませんが、規模感としてはその程度の差があります」


遥。


「…………」


二人。


顔を見合わせる。


「やっぱりねぇ……」


その時。


「何が“やっぱり”なんじゃ?」


偶然。


ノムさんこと野村吉彦。


ブラックキャッププロダクション。


芸能界生活、半世紀超。


資料を覗く。


「宮本の子か」


真帆。


「はい」


ノムさん。


サイン会参加者数。


物販売上。


イベントアンケート。


一通り見る。


「うーん」


遥。


「どう思うのら?」


ノムさんは少し申し訳なさそうな顔をする。


だが。


業界五十年。


言う時は言う。


「あの子にゃ悪いけどのう、オーラがないんよ」


真帆。


「やはりそう見えますか」


「ファンいうんは素直なもんじゃけえの。こっちが“一生懸命じゃから応援してやって”言うて、そうなるもんでもないんよ」


遥。


「皿回しは受けてるのら」


「芸は芸じゃ」


「安来節もあるのら」


「なおさら芸じゃ」


遥。


「じゃあどうするのら?」


ノムさん。


資料を閉じる。


「まあ、あの子は一生懸命ようやるけえ、人のために動くんも嫌がらんじゃろ。裏方には向いとるかもしれんのう」


真帆。


「本人は表に立つ戦隊ヒロインを希望しています」


ノムさん。


「そこが難しいとこじゃの」


遥。


「厳しいのら……」


そこで。


遥が別の数字を見る。


「……あれ?」


真帆。


「どうしました?」


遥。


「美音ちゃん」


「河合さん?」


「美音ちゃんって、こんなに売れてたのら?」


真帆。


「以前よりかなり固定ファンが増えています」


遥。


「……人気者なのら」


その瞬間。


扉の外。


「ちょっと待ってください!」


河合美音。


入室。


「何で比較対象が私なんですか!」


遥。


「美音ちゃん!」


「聞こえてました!」


ノムさん。


「いやいや、美音ちゃん今は立派な人気者じゃ」


「“今は”を強調しないでください!」


遥。


「宮本さんと比べるとスターなのら」


美音。


「何で私を不人気の単位にするんですか!」


真帆。


「室長、その比較は失礼です」


遥。


「ごめんなのら」


美音。


「謝るなら最初から言わないでください!」


かつて、


パーフェクトヒューマンなのに人気がない。


と散々弄られた河合美音。


そんな美音ですら。


宮本美知留と比較すれば――。


超人気戦隊ヒロインに見えた。


美音。


「だからそういうナレーションやめてください!」


三人しかいない。だから三人とも覚えた


しかし。


美知留のサイン会。


列が三人しかなかったからこそ、見えたものもあった。


最初。


小学生くらいの女の子。


「皿のお姉ちゃん!」


美知留。


表情が明るくなる。


「見てくれたの?」


「うん!」


「どれが一番好きだった?」


「三枚!」


「三枚かあ。あれ一番練習したんだよ」


「何回?」


「落とした回数?」


「うん!」


美知留。


考える。


「……数えきれない」


女の子。


「えー!」


美知留も笑う。


「だから○○ちゃんも、何か失敗しても一回でやめなくていいんだよ」


「うん!」


色紙。


名前を聞く。


丁寧に。


『○○ちゃんへ』


その下。


宮本美知留。


そして余白へ。


小さな皿と棒。


女の子。


「おさら!」


「絵、あまり上手じゃなくてごめんね」


「かわいい!」


その言葉だけで。


美知留は少し救われる。


二人目。


年配女性。


「あんた、あれでしょ」


「はい?」


「安来節やった子」


美知留。


目が開く。


「見てくださったんですか?」


「錦糸町でね」


「本当ですか!」


「うまかったよ」


美知留。


声が少し大きくなる。


「ありがとうございます!」


世界でも希少かもしれない、


宮本美知留・安来節支持層。


美知留。


「また機会があったらやります」


女性。


「やってよ。ああいうの好きだから」


「はい!」


三人目。


幼い娘を連れた若い母親。


「この子、美知留お姉ちゃんの皿回しが好きみたいで」


女の子。


「おさら!」


美知留。


椅子を少し引き。


しゃがむ。


目線を合わせる。


「今日見てくれた?」


「みた!」


「ありがとう」


母親。


「家でも棒みたいなの持って真似してるんですよ」


美知留。


「本当ですか?」


「はい」


美知留。


少し笑って。


「じゃあ、危なくないものだけ使ってね」


女の子。


「うん!」


時間。


ある。


急かす必要がない。


次の客。


いない。


だから。


一人一人と。


ちゃんと話した。


三人全員。


笑顔で帰っていった。


横で琴葉。


黙って見ている。


人気がない。だから早く終わる。だから働く


十五分後。


美知留。


サイン会終了。


正確には。


客がもういない。


陽菜。


まだサイン中。


美月。


まだしゃべっている。


麗奈。


行列。


小春。


そこそこ長い。


詩織。


子ども連れを中心に好調。


美知留。


「…………」


少しだけ。


胸が痛い。


当然だ。


悔しくないわけではない。


でも。


机の前で落ち込んでいても仕方がない。


美知留。


「お疲れさまでした」


スタッフ。


「あ、宮本さん、もう?」


「はい」


スタッフ。


「ああ……」


言葉を選んでいる。


美知留。


「列が短かったので」


自分から言う。


スタッフ。


「……次ありますよ」


美知留。


「ありがとうございます」


微妙な励まし。


それでも笑って頭を下げる。


そして。


控室へ。


人気ヒロインたちはまだ外。


だから控室は少し散らかっている。


脱いだ上着。


飲みかけのペットボトル。


資料。


お菓子の包装。


椅子。


美知留。


「……」


片付ける。


まずごみ。


ペットボトル。


名前が書かれているものは勝手に捨てない。


テーブルを拭く。


資料をまとめる。


差し入れの菓子を取りやすいように並べる。


詩織の椅子。


冷房の風が直撃する場所。


少しずらす。


美月の上着。


椅子に半分落ちかけ。


美知留。


畳む。


しばらくして。


美月が戻ってくる。


「つっかれたぁー!」


控室。


見る。


「あれ?」


美知留。


「どうしたの?」


「うちの上着」


「畳んだよ」


「美知留ちゃんが?」


「邪魔になってたから」


美月。


ぱっと笑う。


「ありがとうな!」


「うん」


その後。


小春。


戻る。


「美知留ちゃん、もう終わったの?」


美知留。


一瞬。


言いにくい。


でも。


「うん。列、短かったから」


小春。


「……そっか」


一秒。


そこで終わり。


慰めない。


同情しない。


代わりに。


「じゃあ美知留ちゃん、これ手伝って!」


「何?」


「みんなの飲み物、冷蔵庫と常温分けたい」


「うん」


「詩織、冷たいの苦手だから常温ね」


「分かった」


普通に仕事を任せる。


美知留。


動く。


その後。


詩織が戻ってくる。


「あれ?」


「どうしたの?」


「私の椅子」


「冷房当たってたから、少し動かした」


詩織。


「ありがとう」


美知留。


「別に。暇だったから」


詩織。


少し笑う。


「暇でも、やらない人はやらないよ」


小春。


「それ、美月に聞かせたい」


美月。


「聞こえとるで!」


小春。


「聞かせたんだもん!」


「何やと!」


詩織。


笑う。


美知留も。


笑う。


昔。


新橋に初めて来た時。


キラキラしたヒロインたちの中で。


自分だけ違う世界の人間に思えた。


今も。


見た目は違う。


人気も違う。


でも。


同じ控室で。


同じ飲み物を分け。


美月の上着を畳み。


詩織の椅子を動かし。


小春に仕事を頼まれる。


ほんの少し。


「仲間の中にいる」


感じがする。


「三人しか」ではなく「三人とも」


帰り支度。


琴葉が美知留へ尋ねる。


「今日来てくれた人、覚えてる?」


「うん」


「最初の子」


美知留。


名前を答える。


「二人目」


「錦糸町で安来節を見てくれた方」


「三人目」


「皿回しを真似してる女の子と、お母さん」


琴葉。


「全員?」


「三人だけだから」


琴葉。


「ちゃう」


「?」


琴葉は鞄を持つ。


「三人“とも”や」


美知留。


「……」


「三人しかおらんかった、やない。あんた目当てで三人も来てくれはったんや」


美知留。


「陽菜ちゃんは何十人もいましたけど」


琴葉。


「陽菜ちゃんは陽菜ちゃん」


「美月さんも」


「美月ちゃんは美月ちゃん」


琴葉。


「美知留ちゃんは美知留ちゃんや」


美知留。


黙る。


琴葉。


「人気出たらな、一人一人とあんな長いことしゃべれへん日も来る」


美知留。


「……人気出ますかね」


琴葉。


「知らん」


「先生」


「根拠ないこと言うたらあかんやろ」


「こういう時くらい励ましてください」


「励ましてるやん」


美知留。


「厳しい励まし方ですね」


琴葉。


笑う。


「今来てくれてる人、大事にし」


「はい」


「一人の客大事にできへん人間が、千人の客なんか大事にでけへん」


美知留。


「三方良し」


「せや」


美知留。


「池袋の研修、ここでつながったんですね」


琴葉。


「人生、何でもつながんねん」


美知留。


「安来節も?」


琴葉。


「…………」


「先生?」


「それはもうちょい待って」


「つながってないじゃないですか!」


そして――以前は近づけなかった大宮麗奈へ


数日後。


新橋ヒロ室。


美知留は琴葉へ提出する練習記録を持ってやって来た。


ミーティングスペース。


そこに一人。


大宮麗奈。


雑誌を読んでいる。


美知留。


「……」


やっぱり華やか。


イベントコンパニオンとしても人気。


ステージへ立てば目を引く。


街中にいたって振り返られる。


宮本美知留とは対極にいる女。


以前。


初めて近くで麗奈と会った時。


美知留は顔を見つめてしまった。


麗奈から、


「私の顔、何かついてるのかなぁ?」


と言われ。


まともに話せなかった。


あの日。


美知留は結局、


「前に一度見たことがあります」


としか言えなかった。


今日は。


少しだけ違う。


川崎。


鶴見。


池袋。


錦糸町。


杉並。


皿回し。


三人のファン。


少しずつ。


話せるようになった。


美知留。


「麗奈さん」


麗奈。


「ん?」


顔を上げる。


美知留。


一瞬。


圧倒される。


でも。


逃げない。


「前に……麗奈さんを見たことがあるって言ったの、覚えてますか?」


麗奈。


「あー……」


考える。


「イベントだったっけ?」


美知留。


「三多摩地区の、小児終末ケアセンターです」


麗奈。


「……」


記憶を探している。


美知留。


「麗奈さんと、平塚美波さんが慰問に来た時です」


麗奈。


「ああ……」


慰問。


麗奈と美波は何か所も回っている。


病院。


福祉施設。


小児ケア施設。


家族支援施設。


華やかなイベントとは違い。


無償に近い活動も多い。


だから。


正直。


一か所一か所の家族までは覚えていない。


麗奈。


「ごめん。どこの時かまでは覚えてない」


美知留。


「大丈夫です」


分かっていた。


あの日。


麗奈たちにとっては、大切ではあっても数多くある慰問の一日。


自分は。


客席――いや、家族の側にいただけ。


でも。


言いたかった。


美知留。


「私、あの時の麗奈さんと美波さんを見て……戦隊ヒロインを目指そうと思ったんですよ」


麗奈。


「……」


一瞬だけ。


顔が止まる。


美知留。


「それまで、戦隊ヒロインって……もっと華やかなイベントに出る人だと思ってて」


「うん」


「でも、そうじゃないところにも来てくれるんだなって」


「……」


「誰かを元気づけるために、普通に来てくれるんだって」


麗奈。


少し視線を逸らす。


そして。


「そうなんだ~」


美知留。


「…………」


軽い。


ものすごく軽い。


勇気を振り絞って話した割に、


塩。


美知留。


「……はい」


麗奈。


「まあ、慰問って結構いろんなところ行ってるから、本当にその時のことは覚えてないんだけど」


「はい」


麗奈。


一瞬だけ間。


「でも、そう思ってくれた人がいたんなら、行った意味はあったんじゃない?」


美知留。


少し笑う。


「はい」


麗奈。


「それだけ」


また雑誌へ視線。


ツン。


美知留。


「話せてよかったです」


「そう?」


「はい」


美知留が立ち去ろうとする。


その時。


「美知留ちゃん」


「はい?」


麗奈。


雑誌から視線を上げない。


「今度さ」


「はい」


「慰問、一緒に行く?」


美知留。


「……え?」


麗奈。


「また何件か依頼来てるみたいだし」


「私も?」


「嫌ならいいけど」


美知留。


「行きたいです!」


即答。


麗奈。


ちょっと驚く。


「返事大きいね」


「あ……すみません」


「何で謝るの」


「癖で」


「それ直した方がいいよ」


「はい」


麗奈。


「美波も一緒になると思う」


美知留。


「本当ですか?」


「たぶん」


「行きます!」


「だから私に決定権ないって」


「はい!」


「返事また大きくなってる」


「すみません」


「だから謝らない」


以前なら。


麗奈を前に。


まともに一往復の会話すらできなかった。


今日は。


慰問のことを話した。


自分がヒロインを目指したきっかけを話した。


そして。


次の慰問へ。


誘ってもらった。


塩対応だったくせに、本人が消えたら嬉しさが漏れる


美知留。


退室。


麗奈。


「…………」


雑誌。


読んでいる。


はず。


ページ。


さっきから同じ。


口元。


ほんの少し。


にや。


そこへ。


小春。


「麗奈ー」


「何?」


小春。


止まる。


じーっ。


麗奈。


「何よ」


小春。


「何ニヤついてんの?」


麗奈。


「ニヤついてない!」


「絶対ニヤついてた!」


「ついてない!」


「口元!」


「うるさい!」


小春。


「美知留ちゃんと何話してたの?」


「別に」


「別にじゃない顔してる」


麗奈。


「……昔」


「うん」


「私と美波が慰問行ったの見て」


「うん」


「それで戦隊ヒロイン目指したんだって」


小春。


目が大きくなる。


「えっ! めっちゃ嬉しいやつじゃん!」


麗奈。


「別に」


「嬉しいでしょ!」


「別に!」


「顔!」


「うるさい!」


小春。


「で、何て言ったの?」


麗奈。


「“そうなんだ~”」


小春。


「薄っ!」


「何よ!」


「そこ感動するとこじゃん!」


「恥ずかしいでしょ!」


「認めた!」


麗奈。


「あ」


小春。


にやにや。


「で?」


麗奈。


「……今度一緒に慰問行く?って言った」


小春。


満面。


「麗奈、めっちゃ嬉しいんじゃん!」


「うるさい!」


「ツンデレ!」


「誰が!」


「麗奈!」


「小春!」


新橋ヒロ室。


今日も騒がしい。


そして次の仕事――麗奈、美波、美知留


数日後。


美知留のスマートフォンへ連絡。


ヒロ室フロント。


次回活動予定。


小児医療・福祉施設慰問活動。


参加者。


平塚美波。


大宮麗奈。


そして。


その下。


宮本美知留。


美知留。


しばらく。


画面を見る。


一度。


二度。


三度。


見間違いではない。


自分の名前がある。


琴葉。


「何見てんの?」


美知留。


スマートフォンを見せる。


琴葉。


「お」


「決まりました」


「麗奈ちゃんたちと?」


「はい」


「良かったやん」


美知留。


「……はい」


琴葉。


「緊張する?」


「します」


「皿持っていく?」


「持っていきます」


「安来節は?」


美知留。


「……子ども向けですよね」


「やめとこか」


「先生から言うんですね」


琴葉。


「今回は皿でええ」


美知留。


笑う。


「はい」


スマートフォン。


そこに並ぶ。


平塚美波。


大宮麗奈。


宮本美知留。


あの日。


自分は客席側にいた。


二人を見ていた。


名前すら知られなかった。


そして今。


同じ「出演者」の欄に。


自分の名前がある。


人気では。


まだ比べものにならない。


麗奈のサイン列は長い。


美知留の列は三人。


美月や陽菜とはグッズ売上の桁が三つ違う。


ノムさんからは、


「裏方向き」


とまで言われている。


それでも。


美知留は三人のファンの顔を覚えている。


自分の仕事が早く終われば、控室を片付ける。


仲間の飲み物を揃える。


椅子を動かす。


皿を回せば。


少しだけ子どもが笑う。


そんな自分にも。


一緒に仕事をする場所が、少しずつできてきた。


琴葉。


「美知留ちゃん」


「はい」


「列はまだ短いな」


「はい」


「でも、その分よう顔見えるやろ」


美知留。


少し笑う。


「はい」


琴葉。


「ほな今は、それでええ」


「……はい」


数日後。


美知留は。


かつて自分が遠くから見上げた二人――


湘南の毒舌クイーン・平塚美波。


大宮の華・大宮麗奈。


その二人と一緒に。


小児医療・福祉施設への慰問活動へ向かうことになる。


なぜ宮本美知留が。


あの日。


小児終末ケアセンターにいたのか。


麗奈はまだ知らない。


美波も知らない。


ヒロ室の仲間たちも知らない。


そして美知留自身も。


まだ。


その話をするつもりはなかった。


ただ。


あの日は見る側だった自分が。


今度は――。


誰かの前へ行く側になる。


福生の不屈娘。


宮本美知留。


サイン会の列は。


まだ短い。


でも。


その先にいる一人一人の顔なら。


今の彼女には――


誰よりよく見えていた。

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