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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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1155/1168

売れるのに、ヒロインになれない!? ――福生の不屈娘・宮本美知留、池袋で天秤行商! グッズも雑貨も完売したのに、近江の先生は叫んだ「これ、何の研修やったん!?」

川崎・鶴見。


二つの商店街夏祭りを一日で回った、宮本美知留の戦隊ヒロイン初イベント。


結果だけを見れば――成功。


商店街側から苦情なし。


事故なし。


進行遅延なし。


熱中症なし。


迷子も大きなトラブルもなし。


水無瀬澪は地元・川崎鶴見で相変わらず大人気。


金城伊織も、現在暮らす鶴見側ではすっかり顔馴染み。


蛯沢紗耶も川崎側の住民として、地元のおばちゃんから、


「この前スーパーにいたでしょ!」


などと生活感あふれる声援を受けた。


南部沙羅は華やか。


森川美里はMCとして盤石。


では、新人・宮本美知留は?


――ほぼ空気。


存在していた。


確かにステージの上にいた。


写真にも写っている。


出席簿にも名前はある。


だが、


何をしたかと聞かれると、誰も困る。


美里から、


「美知留ちゃん、今日初めてのステージだけどどう?」


と振られ、


「……人が多いです」


「ほかには?」


「……暑いです」


「まあ、夏だからね」


さらに趣味を聞かれて、


「アルバイトです」


「それは趣味じゃないかな」


という惨状。


客席から笑いは起きた。


ただし、


美知留ではなく、美知留を必死で拾う美里に対して。


そしてイベント後のファミリーレストラン。


澪から、


「ちょっと申し訳ないけど、私よりダメな人、ステージでは初めて見たかも」


沙羅から、


「正直、戦隊ヒロインに向いているようには見えないけど、どうしてそこまでなりたかったの?」


と核心まで突かれた。


伊織が怒った。


澪と沙羅へ噛みついた。


三人で言い合い。


最後は年長者の紗耶と美里が、


「はい、そこまで」


と丸く収めた。


しかし。


美知留自身の中までは丸く収まらなかった。


その日の夜。


福生の自宅。


元小学校教諭・堀井琴葉から渡された、


『美知留ちゃん できた帳』


の新しいページへ、


「今日、できなかったこと」


を書き並べた。


客席を見られなかった。


自分から話せなかった。


美里に助けてもらってばかりだった。


そして最後に、


『次は、今日と同じにはしない。』


そう書いた。


その一方。


新橋のヒロ室。


美知留のイベント初登場について、森川美里から提出された報告書がフロントへ回っていた。


遥室長。


「…………」


安岡真帆。


「…………」


二人とも、何となく困った顔。


遥が報告書を机へ置いた。


「やっぱりなのら……」


真帆も静かに頷く。


「正直、私も驚いてはいません」


「美里ちゃん、ずいぶん頑張って振ってくれたみたいなのら」


「ええ」


「それでも会話が続かなかったのら」


「ええ」


遥。


「困ったのら」


美知留株。


依然として低空飛行。


そこへ。


「なんや、宮本の子の話か」


ブラックキャッププロダクションのノムさんこと、野村吉彦が顔を出した。


芸能界を半世紀以上見続けてきた大ベテラン。


美知留については以前から、


「あの子は芸能界向いてへん」


と早々に見切った人物でもある。


ノムさんは報告書を借りる。


読む。


「川崎……」


めくる。


「鶴見……」


さらに読む。


「うーん」


遥。


「どうなのら?」


ノムさんは眼鏡を少し下げた。


「やっぱ厳しいで、あの子」


真帆。


「どのあたりが?」


「全部やな」


遥。


「全部なのら?」


「こういう、人前立つ仕事いうのはな、何でもええから一個あるんよ」


ノムさんは指を折る。


「顔」


遥。


「普通なのら」


「声」


真帆。


「普通です」


「歌」


遥。


「普通なのら」


「踊り」


真帆。


「普通以下です」


「頭」


「普通です」


「運動」


「基準ぎりぎりです」


「愛嬌」


遥。


「暗いのら」


ノムさん。


「……改めて並べると気の毒になってきたな」


実にひどい会話である。


もちろん三人とも美知留を嫌っているわけではない。


ただ。


本気で、


どこを伸ばせば戦隊ヒロインとして戦力になるのか分からない。


ノムさんが腕を組む。


「光るモンが見えんのよ」


その時。


「ずいぶん好き勝手言うてくれはりますなあ」


穏やかな声。


しかし、妙に圧がある。


三人が振り返る。


堀井琴葉。


近江商人の流れをくむ中堅商社・堀井商会の娘。


元小学校教諭。


そして現在、美知留の指導係を半ば自主的に引き受けている女。


遥。


「琴葉さんなのら」


琴葉。


「一回イベント出ただけやないですか」


真帆。


「ただ、これまでの選考結果とも整合しています」


「それは分かってます」


ノムさん。


「琴葉ちゃん、あんた教えるん上手いんは知っとるけどな」


「はい」


「ないもん磨け言われても光らんで」


琴葉の眉が微妙に動いた。


近江商人。


この言葉に弱い。


「売れない」


「価値がない」


「無理だ」


そう言われると。


なぜか、


ほな売ったろやないか。


という血が騒ぐ。


琴葉が笑った。


「ほな、見つけたろやないですか」


真帆。


「何をです?」


「美知留ちゃんの売りモン」


真帆。


「宮本さんを商品扱いしないでください」


「たとえやって」


ノムさん。


「完全に商売人の顔になっとるぞ」


遥。


「琴葉さん、ムキになってるのら」


「なってません」


なっている。


明らかになっている。


琴葉には、一人の成功例があった。


伊吹真白。


今でこそ「濃尾の秘密兵器」と呼ばれ、戦隊ヒロインとして堂々と活動している真白。


しかし加入直後は。


地味。


大人しい。


人見知り。


声が小さい。


自分から客へ話しかけるなど、とんでもない。


美知留ほどではないにせよ、


「これをどうやって人前へ出す?」


と悩ませるタイプだった。


そこで琴葉が真白へ叩き込んだのが――。


近江商人伝統。


天秤行商。


天秤棒の左右へ荷物を掛け。


人へ声を掛け。


話を聞き。


必要なものを見極め。


売る。


真白は最初、


「琴葉さん、うち絶対無理やて……」


と泣きそうだった。


ところが。


やらせた。


またやらせた。


さらにやらせた。


すると。


今や真白。


「ほれ見てってよ! このタオル丈夫やで!」


「こっちの保存容器、ふた共通やで便利やよ!」


「二つ要るんやったら、この組み合わせの方が得やて!」


美濃弁の啖呵売り。


戦隊ヒロイングッズどころか、


タオル。


台所用品。


洗剤。


保存容器。


掃除用品。


生活雑貨。


何でも売る。


もはや仲間から、


「真白、お前はヒロインなのか行商人なのかどっちだ」


と言われる始末。


琴葉は考えた。


美知留にも、これや。


まず、


「人へ声を届ける」


という感覚を覚えさせる。


そこで琴葉は美知留を研修室へ呼んだ。


美知留。


「先生、今日は何ですか?」


「教材見てもらいます」


「教材?」


琴葉が再生ボタン。


画面。


爽やかな音楽。


朝日に照らされた田園。


そこへ天秤棒を担いだ伊吹真白。


画面いっぱいにタイトル。


新人営業マン向け研修用教材

『声を届ける商い――伊吹真白、天秤行商で学んだ三方良し』


美知留。


「……すごいタイトルですね」


琴葉。


「堀井商会の社員研修でも使てんねん」


「伊吹さん本人ですよね?」


「本人」


「再現ドラマじゃなくて?」


「本人」


しかも。


内容は真白本人の実話体験をもとに構成されている。


ナレーション。


『かつて、人前で声を出すことすら苦手だった一人の女性――』


映像。


昔の真白。


天秤棒を担ぐ。


「……いらっしゃいませ」


声。


小さい。


客役。


「何?」


真白。


「……いえ」


逃げる。


美知留。


「私みたいです」


琴葉。


「せやろ」


画面の真白。


インタビュー。


「最初はな、知らん人に声かけるんがほんと怖かったんやよ」


美知留は真剣に見る。


「でも琴葉さんに、“商品見る前に相手の顔見い”って言われて」


場面転換。


現在の真白。


堂々と天秤行商。


「商いっちゅうのは、自分が売りたいもん押しつけるんやないんやよ」


客へ説明。


「相手が何を欲しがっとるか、それをちゃんと聞くんや」


続いて。


画面いっぱいに文字。


売り手によし。

買い手によし。

世間によし。


真白。


「三方良しやよ」


琴葉が一時停止。


「ここ」


美知留。


「はい」


「大事」


「はい」


「覚えた?」


「売り手によし、買い手によし、世間によし」


「そう」


再生。


真白がタオルを売る。


客。


「高い方がいい?」


真白。


「家で毎日使うんやったら安い方で十分やよ」


美知留。


「高い方を勧めないんですね」


琴葉。


「要らんもん高う売りつけて、次来てくれへんかったら商売にならへんやろ」


美知留。


「なるほど」


教材は一時間。


終了。


画面の真白が最後に言う。


「声を届けるいうのは、大声出すことやない。相手にちゃんと届くように話すことやよ」


エンドロール。


美知留。


「勉強になりました」


琴葉。


「ほな」


立ち上がる。


「やってみまひょ」


美知留。


「……何を?」


琴葉。


「天秤行商」


美知留。


「見るだけじゃないんですか?」


「実習や」


「聞いてません」


「今言うた」


「先生!」


数日後。


池袋。


東京でも屈指の巨大ターミナル。


東京西北部。


埼玉方面。


都心。


各地から人が集まる巨大な商業都市。


駅を出れば百貨店。


商業施設。


飲食店。


書店。


映画館。


若者向けの店。


老舗。


昼夜を問わず、ありとあらゆる人が行き交う。


今回の舞台は、その池袋駅に直結する大手私鉄系百貨店。


駅からそのまま入れる利便性。


食品から衣料。


生活雑貨。


贈答品。


催事場。


上質さを保ちながら、どこか庶民にも親しみやすい。


東京北西部と埼玉方面の人々にとっては、


「とりあえずここへ来れば何かある」


という巨大百貨店である。


その催事コーナー。


戦隊ヒロインプロジェクトの人気拡大を受け、


「戦隊ヒロインフェア&暮らしの便利雑貨市」


が開催されていた。


なぜヒロインと生活雑貨が同居しているのか。


堀井商会だからである。


美知留。


「統一感ないですね」


琴葉。


「売れるもん並べたらええねん」


「近江商人ですね」


「褒め言葉や」


そして。


美知留の肩には、


天秤棒。


左右の籠。


片側には戦隊ヒロイングッズ。


キーホルダー。


タオル。


ハンカチ。


小型バッグ。


もう片側。


保存容器。


布巾。


掃除用品。


台所雑貨。


美知留。


「重いです」


琴葉。


「近江商人は昔これ担いで何里も歩いたんや」


「ここ百貨店ですよ」


「精神や、精神」


「精神で軽くなりません」


琴葉。


「文句言わんと」


販売開始。


琴葉は少し緊張していた。


川崎・鶴見では、客席を前に完全に固まった。


まず声が出るか。


美知留。


「いらっしゃいませ」


琴葉。


「……」


普通に出た。


中年女性がタオルを手に取る。


「これ、洗濯しても色落ちしない?」


美知留。


「通常の洗濯なら問題ありません。最初だけ濃い色と分けていただいた方が安心です」


「じゃあ二枚もらおうかな」


「ありがとうございます」


琴葉。


「……」


次。


親子。


「あ、戦隊ヒロイン!」


子どもがキーホルダーを見る。


母親。


「どれが人気ですか?」


美知留。


「今でしたらこちらです。ただ、お子さんが好きなヒロインが決まっているなら、その子の方が喜ばれると思います」


子ども。


「これ!」


美知留。


「じゃあこれですね」


売れた。


次。


高齢男性。


「これ何?」


「保存容器です」


「電子レンジいける?」


「ふたを外せば使えます」


「冷凍?」


「大丈夫です」


「二つ」


「ありがとうございます」


売れた。


また客。


「このタオルとこっち、何が違う?」


「こちらは厚手です。こっちは乾きやすいです」


「どっちがおすすめ?」


「毎日洗うなら、私は乾きやすい方が使いやすいと思います」


「じゃ、それ」


売れた。


琴葉。


「…………」


さらに。


若い女性。


「このトートかわいい。でもちょっと高いかな」


美知留。


「普段使いなら、こちらの小さい方でも十分入りますよ。値段も少し安いです」


「じゃあそれにします」


「ありがとうございます」


琴葉が近づく。


「美知留ちゃん」


「はい」


「何でできんの?」


美知留。


「何がですか?」


「接客」


「アルバイトでやってますから」


琴葉。


「聞いてへんで!」


「聞かれませんでした」


「書店も?」


「はい」


「コンビニも?」


「はい」


「販売接客、慣れてんの?」


「まあ……」


琴葉。


「先に言い!」


美知留。


「すみません」


琴葉。


「そういう自分の情報を自分から出さんとこが問題なんや!」


「はい……」


ここへきて、衝撃の事実。


今回の研修。


美知留にとって、


ほぼ既習科目。


商品説明。


客対応。


在庫確認。


レジ誘導。


問い合わせ。


美知留は全部経験済み。


さらに。


美知留の母親は生命保険の外交員。


毎日、人と会う。


話を聞く。


生活状況を聞く。


必要な保障を提案する。


もちろん美知留自身が保険営業をしてきたわけではない。


それでも幼い頃から、


「相手の話をちゃんと聞く」


「無理に押しても続かない」


「信用なくしたら終わり」


という母親の仕事ぶりを身近で見て育っている。


美知留自身は意識していなかった。


だが。


販売現場ではそれが自然に出ていた。


高いものを無理に勧めない。


迷っている客には理由を聞く。


不要なら、


「それなら買わなくても大丈夫です」


とまで言う。


琴葉。


「ちょっと待って」


美知留。


「はい」


「今のお客さん、高い方買いそうやったやろ」


「でも用途なら安い方で十分です」


琴葉。


「……」


美知留。


「何ですか?」


琴葉の顔が急に明るくなる。


「美知留ちゃん!」


「はい?」


「あんた、“三方良し”分かってるやん!」


美知留。


「さっきビデオで見ました」


琴葉。


「ちゃう! 行動でや!」


「……そうなんですか?」


琴葉、感動。


「売り手だけ儲かったらええ思てへん! 買い手に要らんもん押しつけへん! 信用残す!」


美知留。


「普通の接客じゃないですか?」


琴葉。


「それができへん人もおるんや!」


美知留。


「アルバイト先でそう習いました」


琴葉。


「…………」


一瞬。


琴葉の感動が止まる。


「アルバイトで?」


「はい」


「近江商人の教えちゃうの?」


「今日初めて聞きました」


琴葉。


「……」


美知留。


「でも、考え方はいいと思います」


琴葉の目が輝く。


「ほら! 三方良しの心はある!」


美知留。


「今、付いたんじゃなくて?」


琴葉。


「細かいことはええ!」


この日の最大の成果。


宮本美知留、近江商人の心意気だけは認定される。


ただし。


身についた技能。


ゼロ。


もともと販売できたからである。


昼過ぎ。


商品の減り方が明らかに早い。


担当者。


「追加出しましょうか?」


美知留。


「お願いします」


琴葉。


「ほんまに売れるな……」


午後。


さらに販売。


戦隊ヒロインプロジェクト自体の知名度が上がっていることも追い風。


「戦隊ヒロインのグッズあるって!」


「あ、これSNSで見た」


「子どもに買ってく」


そこへ美知留の淡々とした接客。


華はない。


だが押しつけない。


客は安心する。


気がつけば。


ほぼ完売。


琴葉。


「……美知留ちゃん」


「はい」


「ほんまに物売るん上手いやん」


「ありがとうございます」


「何でステージあんなことになったん」


「それとこれとは別です」


「同じ口から声出してるやろ!」


「違うんです」


「何が!」


しかし。


琴葉の近江商人魂。


ここで終わらない。


「まだ在庫ある」


美知留。


「百貨店の催事、時間終わりますよ」


「外や」


「外?」


「池袋の街角」


美知留。


「先生」


「何?」


「ちゃんと許可あります?」


琴葉。


「ある」


「本当ですか?」


「道路使用関係も一応取ってある」


美知留。


「一応って何ですか」


「取ってあるって言うてるやろ」


「“らしい”じゃないですよね?」


「うちが取った!」


美知留。


「なら安心しました」


琴葉。


「信用ないなあ」


池袋の街角。


人波。


若者。


会社員。


買い物客。


観光客。


夕方近くになっても人が途切れない。


美知留、再び天秤棒。


「戦隊ヒロイングッズあります!」


声。


出る。


「生活雑貨もあります!」


さらに出る。


琴葉。


「美知留ちゃん!」


「はい!」


「声出てるやん!」


「販売なので!」


「だからステージも仕事や!」


「違うんです!」


それでも売る。


通行人。


「あ、戦隊ヒロイン?」


美知留。


「はい、新人です」


「あなたのグッズある?」


美知留。


「まだありません」


「ないの?」


「はい」


琴葉が後ろから、


「そのうち作ります!」


美知留。


「先生、勝手に!」


別の客。


「この布巾いくら?」


美知留。


「こちらです」


「ヒロイングッズじゃないじゃん」


「堀井商会の商品です」


「じゃあ一つ」


売れた。


琴葉。


「また生活雑貨売れた」


美知留。


「生活に必要ですから」


「ヒロイン本人がヒロイングッズより雑貨推さんといて!」


「でも布巾便利ですよ」


「知ってる!」


タオル。


完売。


保存容器。


完売。


キーホルダー。


完売。


なぜか布巾。


最速完売。


琴葉。


「……戦隊ヒロイン人気って何やろ」


美知留。


「布巾は消耗品ですから」


「分析せんでええ!」


そして最後の一品。


「ありがとうございました!」


美知留。


「先生」


「何?」


「全部なくなりました」


琴葉が天秤籠を見る。


空。


本当に空。


「……完売?」


「はい」


琴葉。


「すごいやん!」


美知留も少しだけ嬉しそう。


「ありがとうございます」


その時。


琴葉が遠くを見る。


何やらこの辺りを仕切っていそうな顔つきの一団が、こちらへ歩いてくる。


琴葉の表情が変わった。


「美知留ちゃん」


「はい」


「撤収!」


「え?」


「早よ片付け!」


「でも道路使用許可取ってるんですよね?」


「取ってる!」


「じゃあ大丈夫じゃないですか」


「地回り来る前に帰った方が話早いやろ!」


「先生!」


二人。


天秤。


籠。


空箱。


高速撤収。


美知留。


「何で許可取ってるのに逃げるんですか!」


琴葉。


「全部売れたんやから、余計な揉め事増やさんのが三方良しや!」


美知留。


「それ絶対違います!」


琴葉。


「売り手によし!」


「はい!」


「買い手によし!」


「はい!」


「地回りにも仕事増やさんでよし!」


「三方目変わってます!」


近江商人四百年の歴史に、


謎の第四解釈


が加わりかけた。


ともあれ。


池袋販売研修終了。


結果。


戦隊ヒロイングッズ――完売。


生活雑貨――完売。


客対応――良好。


トラブル――なし。


道路使用許可――ちゃんと取得済み。


地回り――来る前に撤収。


美知留。


「先生」


「何?」


「これ、成功ですよね?」


琴葉。


「大成功や!」


「良かったです」


琴葉も満面の笑み。


ところが。


二人が新橋へ戻り。


遥。


真帆。


ノムさん。


三人へ成果報告を始めたところから、事態がおかしくなる。


琴葉。


「売れました!」


遥。


「何がなのら?」


「全部!」


真帆。


「全部とは?」


「ヒロイングッズも、生活雑貨も」


ノムさん。


「ほう」


琴葉。


「客への声掛けも問題なし。質問されてもちゃんと答える。必要ない商品は無理に売らん」


遥。


「すごいのら」


琴葉。


「しかもや!」


胸を張る。


「この子、三方良しの精神持ってます!」


遥。


「近江商人になったのら?」


真帆。


「宮本さんは東京・福生出身ですよ」


美知留。


「今日覚えました」


琴葉。


「ちゃうやろ! 前から自然にできてたやん!」


美知留。


「アルバイトで習った接客です」


琴葉。


「…………」


ノムさんが笑いをこらえる。


「琴葉ちゃん」


「何です」


「つまり?」


真帆が整理する。


「宮本さんは販売アルバイト経験が豊富だった」


「はい」


「もともと接客販売ができた」


「はい」


「今日は、それを池袋でやった」


「……はい」


遥。


「ということは――」


全員の視線。


美知留。


「新たに身についたものは、特にないと思います」


琴葉。


「…………」


ノムさん。


「はははは!」


琴葉。


「何の研修やったんや!」


新橋ヒロ室に響く。


美知留。


「先生がやれって言ったんじゃないですか」


「声出す練習やったん!」


「出しました」


「出したな!」


「商品も売りました」


「売ったな!」


「三方良しも理解しました」


「そこは嬉しい!」


遥。


「堀井商会の新人社員研修としては満点なのら」


真帆。


「戦隊ヒロイン研修としては、評価不能ですね」


琴葉。


「そんなぁ……」


ノムさん。


「でも営業職なら即戦力やな」


美知留。


「母も生命保険の外交員なので」


琴葉。


「え?」


「母、人と話す仕事長いです」


「それも先言い!」


「聞かれなかったので」


琴葉が額を押さえる。


「この子、ほんま自分の情報出さへんな……」


真帆。


「そこがステージにも出ていますね」


琴葉。


「今うまいことまとめんでええ!」


遥。


「でも販売が得意なのは分かったのら」


琴葉。


「せや!」


真帆。


「しかし戦隊ヒロインは販売員ではありません」


琴葉。


「……せや」


ノムさん。


「売り子でもない」


「分かってます!」


美知留。


「じゃあ、あまり意味なかったですね」


琴葉。


「本人が一番あっさり言わんといて!」


笑い。


しかし。


ひとしきり騒いだあと。


琴葉は美知留をじっと見た。


そして、何かに気づく。


「美知留ちゃん」


「はい」


「今日、怖かった?」


「何がですか?」


「知らん客に声かけるん」


「別に」


「百貨店で何十人も来たやろ」


「はい」


「街角でも人いっぱいおった」


「はい」


「緊張した?」


美知留は考える。


「……あまり」


琴葉。


「川崎では?」


「ものすごくしました」


「何が違う?」


美知留。


「販売の時は……」


少し考える。


「商品があります」


琴葉。


「うん」


「お客さんが何を欲しいか聞けばいい」


「うん」


「商品について答えればいい」


「うん」


「私自身がどう見られてるかは、あまり考えなくていいので」


琴葉の目が変わる。


「それや」


美知留。


「え?」


「あんた、人としゃべれへんのちゃう」


「……」


「人から“宮本美知留そのもの”を見られるんが怖いんや」


美知留は黙った。


確かに。


販売なら商品が真ん中にある。


自分は橋渡し役。


でもステージでは。


宮本美知留本人が見られる。


何が好き?


何が得意?


何を考えてる?


どうしてヒロインになった?


全部、自分。


それが怖い。


琴葉。


「一個分かったやん」


美知留。


「でも」


「ん?」


「戦隊ヒロインって、そこを見られる仕事ですよね」


「せやな」


「じゃあ、やっぱり駄目じゃないですか」


琴葉は即答しなかった。


少し考えてから笑う。


「また掘ったらええやん」


「何をですか?」


「あんたの中」


美知留。


「井戸じゃないんですから」


「似たようなもんや」


「どこまで掘るんです?」


琴葉。


「何か出るまで」


美知留。


「出なかったら?」


「場所変えてまた掘る」


「……」


美知留は思った。


この先生、やっぱりしつこい。


だが。


それは美知留も同じだった。


五回落ちても来た。


だからこそ二人は妙に相性がいい。


ノムさんの言葉。


「光るモンがない」


今のところ。


確かにない。


今日見つかったのは、


宮本美知留、販売員として結構優秀。


さらに、


三方良しの精神あり。


以上。


戦隊ヒロインとしてどれほど役立つかは、かなり怪しい。


それでも。


琴葉は少し嬉しかった。


何もないと思っていた美知留に、


一つ、


「これは普通にできる」


と言えるものが見つかった。


新しく覚えた能力ではない。


本人が最初から持っていた。


周囲も。


美知留自身も。


それを、


戦隊ヒロインとしての自分の一部だと思っていなかっただけ。


琴葉は思う。


美知留は雑草だ。


大輪の花のように、


「あ、綺麗」


と一目で分かるタイプではない。


だが。


よく見れば根を張っている。


踏まれてもまた立つ。


妙なところから芽が出る。


今日も、


池袋で天秤担いで生活雑貨を完売した。


普通の戦隊ヒロインはあまりやらない。


琴葉。


「美知留ちゃん」


「はい」


「今日の成果、一個あったわ」


「何ですか?」


「あんた、近江商人になれる」


美知留。


「戦隊ヒロインになりたいんです!」


琴葉。


「あ」


「先生!」


「ちゃうちゃう! 分かってる!」


美知留。


「危うく目的変わるところでした」


琴葉。


「でも三方良しは忘れんといて」


「はい」


「売り手によし」


「はい」


「買い手によし」


「はい」


「世間によし」


「はい」


少し間。


美知留。


「地回りによし、は?」


琴葉。


「忘れ!」


美知留が笑った。


琴葉も笑う。


この日。


宮本美知留が戦隊ヒロインとして急成長したわけではない。


ステージ能力。


変化なし。


歌唱力。


変化なし。


ダンス。


変化なし。


身体能力。


変化なし。


華。


相変わらずなし。


新規獲得技能。


特になし。


ただし。


販売能力。


思った以上に高い。


接客経験。


豊富。


三方良し。


適性あり。


そして。


琴葉には新しい疑問が生まれた。


「この子の中には、ほかにも本人が気づいてへんもんがあるんちゃうか?」


だったら探そう。


一個ずつ。


失敗しても。


違っても。


また別の方法。


それが元教師・堀井琴葉のやり方。


そして。


五回落とされても来る宮本美知留なら、きっと付き合う。


帰り際。


琴葉。


「美知留ちゃん」


「はい」


「次の研修、考えとくわ」


美知留。


「今度は何を売るんですか?」


「もう売らへん!」


「布巾、かなり売れましたよ」


「知ってる!」


「保存容器も」


「知ってる!」


「先生、ちょっと嬉しそうですよ」


琴葉。


「そら売れたら嬉しいやろ!」


美知留。


「やっぱり近江商人ですね」


琴葉。


「悪い?」


美知留。


「いえ」


少し笑って。


「先生、次もお願いします」


琴葉の表情が柔らかくなる。


「おう。じっくりやってみよか」


美知留。


「先生の“じっくり”だけは、もう信用してません」


琴葉。


「失礼やな!」


その日。


池袋で戦隊ヒロイングッズと生活雑貨を売り切った福生の不屈娘。


戦隊ヒロインとして光るものは――。


まだ見つからなかった。


でも。


「何もない」と決めつけるには、まだ早い。


近江の先生と福生の不屈娘。


二人による、


宮本美知留の“まだ本人も知らない何か”探し。


その迷走は――。


まだまだ続くのであった。

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