表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1154/1170

拍手の向こうに、私はいなかった。 ――福生の不屈娘・宮本美知留、川崎・鶴見夏祭りデビュー! 地元スターは焼きそばを見て、新人ヒロインは客席を見られない

宮本美知留、二十歳。


東京都福生市出身。


戦隊ヒロイン採用試験に四回落ち、それでも五回目の面談へやって来た根性だけを波田顧問に買われ、


「よっしゃ、合格!」


という、安岡真帆が聞けば今でも頭痛がしそうな採用経緯を経て、戦隊ヒロイン候補生となった女性である。


国家特務戦隊ヒロイン中央研修複合学習センター富士川分室では、何をやらせてもパッとしなかった。


足は速くない。


力もない。


歌も普通。


ダンスも普通以下。


頭も悪くはないが、秀才というほどではない。


華もない。


特技もない。


だが元小学校教諭・堀井琴葉だけは美知留を見放さなかった。


「あんたは、あかん子やない。まだ咲いてへんだけや」


朝から走る。


夜まで踊る。


失敗。


「もう一遍!」


また失敗。


「もう一遍!」


それでも美知留は、


「お願いします!」


と立ち上がり続けた。


結果。


大化けはしていない。


相変わらず地味。


相変わらず凡庸。


だが少なくとも、戦隊ヒロイン候補生として最低限の基礎と、


何度失敗しても逃げない習慣


だけは身についた。


そして新橋ヒロ室で東日本ヒロインたちへの挨拶も終えた美知留に――。


ついにその日がやってきた。


イベント初登場。


それも、大ホールではない。


テレビ中継もない。


大規模な観光イベントでもない。


場所は川崎・鶴見。


二つの商店街夏祭りを一日で回る、地域密着型の小規模イベントだった。


ヒロ室側としては、


「新人なら、まずこういう小さなイベントから」


という配慮である。


しかし実際には――。


小さな会場には、小さな会場なりの怖さがある。


観客との距離が近い。


表情が全部見える。


反応がないことまで全部分かる。


大歓声でごまかせない。


そこへ美知留が気づくのは、もう少し後のことであった。


この日の布陣。


MCは人気イベントコンパニオン・森川美里。


そして、


水無瀬澪。


南部沙羅。


金城伊織。


蛯沢紗耶。


最後に新人、


宮本美知留。


美知留はメンバー表を見ながら、美里へ小声で尋ねた。


「美里さん」


「ん?」


「私、本当にこの中に入るんですよね?」


「名前あるでしょ?」


「はい」


「だったら入るよ」


「人数合わせじゃなくて?」


美里が苦笑する。


「美知留ちゃん」


「はい」


「始まる前から自分で逃げ道作らないの」


「……はい」


美里は優しく笑った。


「今日は初めてなんだから、失敗したっていいよ」


「はい」


「ただし、お客さんの前へ出たら“新人だから許してください”って顔はしない」


美知留が姿勢を正す。


「はい!」


「大丈夫。困ったら私が振るから」


「ありがとうございます」


その言葉に、美知留は少し安心した。


森川美里。


イベントコンパニオンとして豊富な経験を持つ、華やかな美人。


だが大宮麗奈ほど強烈な「私を見て!」というオーラではなく、周囲を包み込む柔らかさがある。


新橋でも、


「一緒に頑張ろうね」


と声をかけてくれた先輩だった。


美知留は思った。


美里さんがいるなら、何とかなるかもしれない。


――美里本人にとっては、この日の美知留がMC人生でも指折りの難物になるとは知る由もない。


最初の会場。


川崎市の臨海部。


巨大な工場群と物流の動脈を身近に感じながら、その少し内側へ入れば住宅や昔ながらの商店がぎゅっと集まる。


気取った高級住宅地とは違う。


働く街。


暮らす街。


庶民の生活がそのまま街の表情になっている。


工場帰りの作業着姿。


自転車で買い物に来るお母さん。


店先で世間話をするお年寄り。


昔から続く個人商店。


安くて量の多い食堂。


少々荒っぽい印象を持たれる地域でもある。


だが交通の便は意外なほどいい。


川崎中心部へも出やすい。


バス路線も生活の足として根付く。


日常の買い物にも困らず、東京や横浜の中心部と比べれば生活費も抑えやすい。


そして何より――。


住民同士の距離が近い。


それが夏祭りになると、一気に表へ出る。


普段なら腕組みして店先に座っていそうな怖そうなおじさんが、今日は額へタオルを巻いて焼きそば担当。


町内会のおばちゃんが、


「はい、そこ自転車置かないでねー!」


と抜群の交通整理能力を発揮。


子どもが水風船を持って走る。


提灯。


盆踊り。


鉄板から立つ湯気。


焼きそばソース。


焼き鳥。


フランクフルト。


かき氷。


どこかから聞こえる祭囃子。


八戸市出身ながら現在はこちら側に暮らす蛯沢紗耶が、会場を見渡した。


「いいべなあ、こういう祭り」


伊織。


「紗耶さんも、もうすっかり地元の人だね」


「んだな。住めば住んだで、便利なんだよ。何だかんだ食うとこも多いし」


そして。


この川崎・鶴見一帯こそ、


水無瀬澪の本拠地。


会場へ到着した瞬間から違った。


「あっ、澪ちゃん!」


「澪ちゃーん!」


「今日来るって聞いたよ!」


子どもまで、


「みおちゃーん!」


澪本人。


「どうもー」


薄い。


大人気なのに、とにかく反応が薄い。


美知留は隣で驚いている。


美里。


「澪ちゃん、やっぱり地元ではすごいね」


「そう?」


「今、三方向から名前呼ばれたよ」


「へえ」


すでに別の方向を見ている。


美里。


「何見てるの?」


澪。


「あとで焼きそば食べようかな」


「もう食べ物?」


「あっ」


澪の目が輝く。


「フランクフルトあるじゃん」


「澪ちゃん」


澪が突然、美知留を見る。


「美知留ちゃん、フランクフルト食べる?」


「え?」


「あとで」


「私は……大丈夫です」


「食べないの?」


「はい」


澪。


「ここのおいしいのに」


美知留。


「食べたことあるんですか?」


澪。


「ない」


美知留。


「え?」


澪。


「知らんけど」


美里。


「地元でそれ言うのやめて!」


近くの祭りスタッフが吹き出す。


澪も笑う。


美知留だけ分からない。


何で今ので笑いになるの?


やがてイベント開始。


森川美里がマイクを握る。


その瞬間。


普段の柔らかな美里から、プロのイベントコンパニオンへ切り替わった。


「皆さん、こんにちは!」


声がきれいに通る。


「今日は暑い中、夏祭りへお越しいただきありがとうございます!」


拍手。


目線。


間。


言葉の速度。


全てが自然。


「今日は私たち戦隊ヒロインも、お祭りを一緒に盛り上げていきたいと思います!」


客席が沸く。


メンバー紹介。


南部沙羅。


「ハマのプリンセス、南部沙羅ちゃん!」


華やかに手を振る。


拍手。


金城伊織。


「現在はこの川崎・鶴見エリアでも活動している金城伊織ちゃん!」


伊織。


「はいさい! 今日はよろしくお願いします!」


子どもたちから歓声。


蛯沢紗耶。


「そして、この辺りではもうすっかりお馴染み、蛯沢紗耶さん!」


紗耶。


「暑いけど、みんな水飲んで楽しむべよー!」


親しみのある声。


そして。


美里が少し大きく振る。


「川崎・鶴見といえば――!」


もう客席から声。


「澪ちゃーん!」


美里。


「そう! 水無瀬澪ちゃん!」


大歓声。


澪。


「どうも」


美里。


「もうちょっとない?」


「暑いね」


客席。


笑い。


澪。


「あとで焼きそば食べる?」


さらに笑い。


美里。


「ステージで客席に晩ご飯相談しないで!」


また笑い。


美知留は横で唖然。


澪は何も特別なことを言っていない。


なのに成立する。


その差を考える間もなく。


美里。


「そして今日は!」


来た。


「新しく仲間入りした新人ヒロインが、初めてイベントに参加しています!」


拍手。


「東京都福生市からやって来ました! 宮本美知留ちゃん!」


美知留。


「はいっ!」


前へ。


一瞬。


客席が近い。


近すぎる。


最前列のおばあちゃんの表情まで見える。


子どもがこちらをじっと見ている。


琴葉の声が頭へ響く。


胸張り。


下向かん。


声。


美知留は息を吸った。


「東京都福生市出身、宮本美知留です! よろしくお願いします!」


拍手。


できた。


富士川で何百回も練習した自己紹介。


ここまでは問題ない。


美里。


「美知留ちゃん、今日が初めてのイベントなんだよね?」


「はい!」


「どうですか? 初めてお客さんの前に立ってみて」


美知留。


「…………」


台本にない。


頭の中が止まる。


「……人が多いです」


美里。


「うん」


「……」


美里。


「それから?」


「……暑いです」


客席から、くすくす。


美里。


「夏だからね」


「はい」


「楽しんでますか?」


「……はい」


「じゃあ今日の目標は?」


「頑張ります!」


拍手。


ぱらぱら。


美里。


「はい! 美知留ちゃんでした!」


後ろへ戻る。


美知留の心。


終わった。


五秒ほどで。


もちろん美里は新人を放置しない。


しばらくしてもう一度振る。


「美知留ちゃんは福生出身なんだよね?」


「はい」


「福生ってどんなところ?」


これなら言える。


「米軍基地が近くて、アメリカっぽい雰囲気のお店が多くて、東京の中でもちょっと独特な街です」


「いいね!」


美里の目が輝く。


やっと話題が出た。


「美知留ちゃんもそういうアメリカンなお店へよく行く?」


「……あまり行きません」


美里。


「……そっか」


終了。


美里は次を探す。


「じゃあ、好きな食べ物は?」


「特には……」


「趣味は?」


「アルバイトです」


美里。


「それは趣味じゃないかな」


客席。


失笑。


美知留。


「すみません」


美里。


「謝らなくていいよ!」


ここだけちょっと受けた。


美知留はさらに落ち込んだ。


自分が面白いのではなく、自分への美里のツッコミが面白い。


イベントは続く。


澪が、


「あ、蚊いる」


と一言。


客席が笑う。


美知留は思う。


何でそれで笑うの!?


澪が子どもへ、


「暑いからちゃんと水飲みなよ。倒れたら祭りどころじゃないから。知らんけど」


笑い。


何で最後にそれ付けても成立するの!?


理解不能。


最初の会場は無事終了した。


そして午後。


一行は鶴見側の二会場目へ向かう。


こちらは空気が少し変わる。


鉄道を使えば横浜方面にも東京方面にも出やすく、駅を中心に日常生活の動線がまとまっている。


表通りには人と車が行き交う。


少し中へ入れば住宅。


マンション。


学校。


小さな公園。


昔ながらの商店。


長く暮らしている住民も、新しく移り住んできた家族もいる。


巨大な観光地ではない。


だが、


住む場所としての完成度が高い。


電車に乗れば仕事へ行ける。


帰れば商店街で買い物。


休日には近所の店で食事。


そんな普通の日常がきちんと成立する街。


そして夏になると。


その「普通の生活」のど真ん中に、商店街の祭りが現れる。


道路には提灯。


店先では焼き鳥。


子どもたちにはヨーヨー。


近所のおじいちゃんも、お母さんも、制服姿の高校生も集まっている。


沖縄出身の伊織も、現在はこちら側の住民。


会場入りすれば、


「伊織ちゃーん!」


と声が飛ぶ。


伊織は嬉しそうに手を振った。


「はいさい! 今日も暑いねー!」


美知留が尋ねる。


「伊織さんも、ここでは結構知られているんですね」


伊織。


「住んでるからね。商店街で普通に買い物もするさー」


紗耶。


「こっちは伊織の庭だな」


伊織。


「紗耶さんも川崎側じゃ地元民みたいなものでしょ」


紗耶。


「んだな」


そして。


澪。


こちらでも――。


「澪ちゃーん!」


美知留。


「……また」


澪。


「どうもー」


また薄い。


「あ」


美里。


「今度は何?」


澪。


「たこ焼きある」


美里。


「あなた今日、本当に屋台しか見てないね!」


客席へ出る前から笑いが起こる。


美知留は小声で呟いた。


「……すごい」


伊織。


「何が?」


「澪さん」


「うん?」


「何もしてないのに面白い」


澪。


「聞こえてるよ」


美知留。


「すみません!」


澪。


「そこすぐ謝るのやめた方がいいんじゃない?」


美知留。


「すみま――」


止まる。


澪。


「今また言いかけた」


伊織が笑う。


二会場目開始。


ここでも澪は強い。


伊織も地元客から人気。


紗耶にも、


「紗耶さん、この前スーパーで見たよ!」


などという庶民的な声まで飛ぶ。


紗耶。


「見られてたのか。値引きシール待ってんのバレたべ」


客席、大笑い。


美知留は思う。


これが地元なんだ。


有名かどうかだけではない。


同じ街で暮らす。


同じ店へ行く。


同じ道を歩く。


その積み重ねが客との距離になる。


自分にはまだ、それがない。


美里は二会場目でも美知留を何とか生かそうとする。


「美知留ちゃん、今日二つのお祭りを回ってみてどう?」


「どちらもすごく温かいです」


「例えば?」


「地域の皆さんの……温かさが……」


「うん」


「……伝わってきます」


模範的。


悪くない。


しかし何も引っかからない。


美里がもう一つ。


「美知留ちゃんとしては、川崎側と鶴見側、どっちのお祭りが好き?」


美知留の表情が変わる。


これは危険。


どちらかを選べば、もう片方に失礼ではないか。


真面目な脳が高速演算。


そして出した答え。


「双方にそれぞれ異なる魅力がありますので、一概に比較することは難しいと思います」


美里。


「…………」


客席。


「…………」


沙羅が横を向く。


伊織も困った顔。


澪。


「市役所の回答みたい」


客席。


どっ。


美知留。


「すみません!」


美里。


「だから謝らない!」


さらに笑い。


美知留は思った。


また私じゃない。


笑いを取ったのは澪。


まとめたのは美里。


自分は材料になっただけ。


二会場目も無事終了。


結果だけなら成功だった。


主催商店街は喜んだ。


子どもたちは澪や伊織と写真を撮った。


沙羅も何度も握手を求められた。


紗耶は地元のおばちゃんから、


「ちゃんと食べて帰りなよ!」


と焼き鳥まで持たされた。


美里は、


「今日のMCよかったよ!」


とスタッフから褒められた。


美知留も誰かから怒られたわけではない。


失言なし。


進行妨害なし。


振付の大失敗なし。


転倒なし。


遅刻なし。


でも――。


何もない。


帰り支度をする時。


美知留は客席だった場所を見る。


あれだけ拍手があった。


笑いもあった。


歓声もあった。


なのに。


その拍手の向こうに、


自分がいたという実感だけがない。


それが思った以上に苦しかった。


夕方。


六人は近くのファミリーレストランへ。


簡単な打ち上げ兼反省会。


最初は和やかだった。


澪。


「結局、焼きそば食べ損ねた」


沙羅。


「まだ言ってるの?」


「フランクフルトも」


伊織。


「二会場目でたこ焼きも見てたさー」


「全部食べられなかった」


紗耶。


「祭り何しに行ったのよ」


美里。


「仕事!」


澪はメニューを見る。


「じゃあポテト」


沙羅。


「一周回って普通ね」


料理を注文。


水。


少し休憩。


だが、美知留には分かっている。


この後。


自分の話になる。


そして――。


澪がストローを触りながら言った。


「美知留ちゃんさ」


「はい」


「ちょっと申し訳ないんだけど」


澪はあっさりと。


しかし強烈な一言。


「私よりダメな人、ステージでは初めて見たかも」


空気が止まった。


伊織。


「澪さん」


美里。


「澪ちゃん、それは――」


澪。


「いや、ちゃんと話した方がいいと思って」


美知留は俯かない。


「……はい」


「ステージ苦手?」


「はい」


「緊張する?」


「……します」


澪は珍しく真面目だった。


「次も今日みたいな感じだと、正直ちょっと困る」


美知留の胸に刺さる。


反論できない。


澪。


「別に笑い取れとか、無理やり面白いこと言えって意味じゃないよ」


「はい」


「でもさ」


「ずっと自分がどう見られてるかだけ考えてたでしょ?」


美知留が顔を上げる。


図星。


「……はい」


澪。


「ステージって、お客さんの方を見る仕事じゃん」


珍しく。


本当に珍しく。


すごくまともなことを言っている。


沙羅も静かに口を開いた。


「美知留さん」


「はい」


「私も聞きたいことがあるんだけど」


沙羅は遠回しにしなかった。


「あなた、正直言って戦隊ヒロインに向いているようには見えないの」


伊織が沙羅を見る。


しかし沙羅は続けた。


「華やかなタイプでもない。ステージが得意でもない。戦闘能力が突出しているわけでもない」


美知留。


「……はい」


「なのに、どうしてそこまで戦隊ヒロインになりたかったの?」


核心。


美知留の胸の奥。


本当の理由。


年の離れた弟。


長く施設で暮らす弟。


あの日。


小児終末ケアセンター。


平塚美波。


大宮麗奈。


笑い声。


そして――。


自分が戦隊ヒロインになる姿を、先の長くない弟へ見せたいという願い。


だが。


まだ言えない。


「……」


沙羅。


「何か理由があるんでしょう?」


「……はい」


「じゃあ――」


「沙羅」


伊織が遮った。


軽く沖縄の響きが強くなる。


「ちょっと、そういう言い方はよくないさー」


沙羅。


「何が?」


「今日が初めてなんだよ?」


「初めてでも仕事は仕事でしょう?」


伊織。


「だからって“向いてない”って決めつける必要ないでしょ」


澪。


「でも伊織ちゃん」


伊織が澪を見る。


「澪さんも」


「私?」


「“私よりダメ”って言い方、普通に失礼さー!」


澪。


「え、そこ?」


「そこだよ!」


澪。


「いや、私もステージそんな上手い方じゃないから、それ以下って意味で――」


伊織。


「フォローになってない!」


沙羅。


「でも澪の言ってる内容自体は間違ってないと思うけど」


伊織。


「沙羅も!」


「何よ」


「本人が一番分かってることを、初日終わった直後にそんな言い方する必要ある?」


沙羅。


「じゃあ、できていたって嘘を言えばいいの?」


「誰もそんなこと言ってないさ!」


澪。


「伊織ちゃん、ちょっと熱くなりすぎじゃない?」


伊織。


「澪さんが余計なこと言うからでしょ!」


澪。


「余計って……」


沙羅。


「そもそも伊織は庇いすぎよ」


「庇ってるんじゃない!」


「庇ってるじゃない」


伊織。


「二人とも――!」


声が大きくなる。


隣のテーブルの客がちらっと見る。


美知留は顔面蒼白。


やめて。


私のせいで喧嘩しないで。


その時。


年長者の声。


「はい。そこまでだべ」


蛯沢紗耶。


それほど大声ではない。


でも三人が止まった。


紗耶は腕を組む。


「何しにファミレス来たんだ。反省会だべ?」


伊織。


「でも紗耶さん――」


「伊織」


やや南部訛りの柔らかな声。


「美知留を庇いてえのは分がる」


伊織が黙る。


「でもな、本人が向き合わねばなんねえことまで隠してやったら、それは優しさでねえべ」


「……はい」


今度は澪と沙羅。


「だからって初舞台終わったばっかの子を二人して“向いてねえ”“ダメだ”って追い込むのも違う」


澪。


「……はい」


沙羅。


「ごめんなさい」


紗耶。


「今日の美知留が良かったかって聞かれたら、わだって良かったとは言えねえ」


美知留の胸にまた刺さる。


しかし紗耶は続ける。


「だから次どうすんのか考えるんだべ」


美知留が顔を上げる。


「今日一日で向いてる向いてねえまで決める必要ねえよ」


そして、


「な?」


美知留。


「……はい」


ここで美里も入った。


「私からもいい?」


美里は美知留を見る。


「美知留ちゃん」


「はい」


「今日、私の振り方も上手くなかったと思う」


美知留が驚く。


「そんなことありません」


「あるよ」


「美里さんは何回も話題を振ってくれました」


「振ればいいってものじゃないの」


美里はMCとして真面目な顔になる。


「相手が話しやすいところを見つけて、その人のいい部分をお客さんへ見せる。それもMCの仕事だから」


「……」


「今日は美知留ちゃんの良いところ、私は上手く引き出せなかった。ごめんね」


「違います!」


美知留が初めて少し強く言った。


「美里さんは悪くありません!」


皆が美知留を見る。


美知留は怯む。


「……すみません」


美里。


「ほら。また謝った」


少し笑いが戻る。


美里。


「じゃあ、こうしよう」


「はい?」


「お互い一個ずつ直す」


「一個ずつ?」


「美知留ちゃんは、次は今日より自分から一言多く話す」


「はい」


「私は、美知留ちゃんが一言多く話せる振り方を考える」


美知留。


「……はい」


美里。


「これで半分ずつ」


伊織も頷く。


「美知留さん」


「はい」


「今日、二会場とも最後までちゃんと立った。それまでゼロにはしないでね」


「ありがとうございます」


紗耶。


「そうだべ」


そして少し笑う。


「できなかったことが分かったのも収穫だよ。本当に困るのは、自分ができてねえことに気づかねえ人だべさ」


美知留。


「はい」


紗耶は澪にも目を向ける。


「澪」


「はい」


「言い方は良くなかった」


「……はい」


「でも、美知留に良くなってほしいから言ったんだべ?」


澪が少し考える。


「まあ……そう」


そして美知留を見る。


「私さ」


「はい」


「今日みたいにずっと緊張してたら、美知留ちゃん自身が一番つまらないと思う」


「……はい」


「ステージって、上手いこと言う場所じゃなくて、お客さんと一緒にその時間楽しむ場所だと思うよ」


美知留。


「はい」


澪。


「まあ私、だいたい食べ物のこと考えてるけど」


伊織。


「台無しさー」


澪。


「でも今日はちゃんと客席も見てたって」


沙羅。


「屋台七、客席三くらい?」


「五五くらい」


美里。


「合計十なの?」


ようやく一同が笑う。


紗耶。


「まあ、美知留は澪の食い意地は真似すんな」


美知留。


「はい」


澪。


「何で?」


さらに笑い。


そして沙羅。


少し気まずそうに美知留を見る。


「美知留さん」


「はい」


「さっきは、ごめんなさい」


「いえ」


「向いてないって決めつけるような言い方だった」


美知留は首を振る。


沙羅。


「でも」


少し間を置く。


「どうして戦隊ヒロインになりたいのか。それだけは、いつか自分の言葉で話せるようになった方がいいと思う」


美知留の表情が少し変わる。


「……はい」


今度は。


「すみません」


とは言わなかった。


紗耶がそれを見て、小さく頷いた。


その後、料理が運ばれてくる。


澪。


「あ、ポテト」


沙羅。


「結局それ頼んだのね」


「焼きそば食べられなかったから」


伊織。


「まだ言ってる」


紗耶。


「ほら食え食え。今日は暑かったからな」


美里。


「反省会しながらね」


澪。


「ポテト冷めちゃう」


美里。


「じゃあ食べながら」


いつもの空気へ戻る。


大人二人がうまくまとめた。


澪にも。


沙羅にも。


伊織にも。


逃げ道を残した。


誰か一人を悪者にすることなく、その場は収まった。


しかし――。


美知留の中までは収まっていなかった。


自分を庇ってもらえた。


励ましてもらえた。


美里は自分にも責任があると言ってくれた。


紗耶は初日で全てを決める必要はないと言った。


伊織は、


「二会場最後まで立った」


と認めてくれた。


それでも。


澪の言葉。


「私よりダメな人、初めて見たかも」


沙羅の言葉。


「向いているように見えない」


それだけは消えない。


なぜなら。


今日の自分を振り返れば――。


否定できなかった。


二つの街で。


地元の人たちが集まり。


大勢が笑った。


澪が笑わせた。


伊織が声をかけられた。


紗耶が地元の人と話した。


沙羅が華を作った。


美里が全てをつないだ。


そして自分は。


そこに立っていた。


ただ、立っていただけだった。


夜。


福生の自宅。


美知留は机へ座る。


バッグから取り出したのは――。


堀井琴葉から渡された、


『美知留ちゃん できた帳』


二十歳の女子大学生が持つには、少々かわいすぎるノート。


猫のスタンプ。


花丸。


星。


富士川で積み上げた、小さな「できた」。


一キロ走。


腕立て。


発声。


ダンス。


笑顔。


美知留はそのページをしばらく眺める。


そして次の白紙を開く。


今日だけは。


「できたこと」ではない。


上に書いた。


『今日、できなかったこと』


一。


お客さんを見る余裕がなかった。


二。


自分から話せなかった。


三。


美里さんが助けてくれないと会話が続かなかった。


四。


自分の言葉で、何一つお客さんへ届けられなかった。


美知留のペンが止まる。


そして五。


沙羅から聞かれた言葉。


どうして戦隊ヒロインになりたかったの?


そこだけ。


答えを書けなかった。


書こうと思えば書ける。


でも。


まだ書かなかった。


しばらくして。


その下へ新しい一行。


『頑張っただけで満足しない。』


さらに。


『次は、今日と同じにはしない。』


ペンを置く。


富士川では、


頑張れば琴葉が見ていてくれた。


一回増えれば褒めてくれた。


半拍縮まれば、


「成長や」


と言ってくれた。


だがステージは違う。


観客は、美知留が四回不合格になったことを知らない。


早朝から走ったことも知らない。


琴葉と何百回ダンスを練習したことも知らない。


だから。


頑張った事実そのものには、拍手は来ない。


その努力を。


笑顔でも。


言葉でも。


何か一つの行動でも。


客席へ届けなければならない。


美知留は初めて、それを知った。


厳しい。


悔しい。


情けない。


でも。


そこで、


「やっぱり向いていないから辞めます」


という発想だけはなかった。


四度不合格になっても。


五回目へ来た女である。


今日駄目なら。


次。


次も駄目なら。


その次。


華はない。


才能もまだない。


ステージでは空気。


それでも。


福生の不屈娘・宮本美知留は――。


誰にも見られていない自室で、小さく呟いた。


「次は、ちゃんとお客さんを見る」


この日の川崎・鶴見二会場。


イベントそのものは成功。


新人・宮本美知留の初舞台は――。


ほぼ惨敗。


だが。


自分の無力さから目をそらさなかったこと。


それだけが。


彼女がこの日初めて残した、


戦隊ヒロインとしての小さな成果だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ